あべ☆こべ   作:カンさん

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第十七話 旅立ちと出会い

「……」

 

 ふと、俺の頬を風が撫でた。

 見上げた青空には桜の花びらが舞い、まるで俺たちを祝福しているかのようであった。

 

「どうしたの、柊さん?」

「……うん。こうして振り返ると楽しかったなぁって」

「……そっか。私も楽しかったよ」

 

 隣に立っている若瀬さんと共に、三年間お世話になった校舎を見上げる。

 長いようで短かったこの中学生活は……俺の思い出として残り続けるだろう。

 辛かったこと。悲しかったこと。楽しかったこと。人の生の中ではほんの一握りの時間だったけど、この時間はかけがえのないものとなった。

 

「私、そろそろ行くね。母さんたちが待っているから」

「うん。分かった」

 

 そう言うと、若瀬さんは走り去っていった。

 それを見送った後、俺もまた母さんのところへと向かう。

 

「卒業、おめでとうキョウ」

「ありがとう、母さん」

「今日はお父さんがキョウの好きなもの作ってくれるそうよ」

「あはは、それは楽しみだな」

 

 母さんに付いていきながら、俺は最後に後ろを振り返る。

 

 ――柊キョウ、中学を卒業しました。

 ――そして、来月からは姉さんたちと同じ陵桜に通います。

 

 

 第十七話 旅立ちと出会い

 

 

「それにしても、流石はキョウちゃんだよね~」

「うん? なにが?」

 

 中学の卒業式を終えて数日後のとある日。

 ふと、つかさ姉さんがそう零した。

 

「だって新入生代表に選ばれたってことは入試でトップだったってことでしょ?」

「う~ん……そうなのかな? 結構適当に選ばれたのかもしれないよ?」

 

 確かに新入生代表は入試トップで選ばれることがほとんどだ。

 他にも総代が女性だったら男性に、男性だったら女性にとクロスさせたりもするらしい。あと、出身中学の関係やら地域バランスで決めたりもするらしい。

 そのことを姉さんに伝えると……。

 

「く、詳しいんだね?」

「だって、いきなり電話掛かって来て『新入生代表の挨拶をしてくれませんか』って言われたんだもの。そりゃあ調べるさ」

 

 前世でそんな挨拶をしたことなどない。後ろから眺めて大変だなーっと他人事のように思っていたが、いざこうして当人になると焦る。一応挨拶の言葉は出来上がっているけど、これで本当に良いのか未だに不安だ。

 ……断りたかったけど、何事も経験だって父さんと母さんが言うから押し切られてしまった。加えてまつり姉さんといのり姉さんが悪乗りしてきて……思わずため息が出てしまった。つかさ姉さんの純粋さをもう少し見習ってほしいものだ。

 

「大丈夫よ。キョウなら心配ないわ」

「ありがとう、かがみ姉さん」

「……あれ? でもお姉ちゃん反対していなかった?」

「あっ、そういえば……」

 

 そう。何故か、かがみ姉さんは俺が新入生代表の挨拶をすることに否定的だった。

 結局こうして俺がすることになったけど、今にして思えば何であそこまで反対していたんだろう? さっきの言葉から察するに、俺がヘマをするとかそういうことを心配しているわけじゃなさそうだが……。

 俺とつかさ姉さん二人分の視線を受けたかがみ姉さんは、何処か居心地悪そうに体を捩らせて、観念したのかため息を吐いてから語り出した。

 

「いやね。新入生代表ってことは全校生徒の前に出るでしょ?」

「まぁ、そうだね」

「私だったら緊張しちゃってカチコチになっちゃいそう」

 

 俺も慣れていないけどね、そういうの。

 

「で、それがどうしたの?」

「考えすぎだとは思っているんだけど……何というか、中学の時みたいな噂が流れそうだなって」

「いやー、どうだろう?」

 

 かがみ姉さんの懸念を聞いて俺は思わず苦笑してしまった。

 中学の時に俺の噂をどうにかしようと奔走していたかがみ姉さんは、その辺疑心暗鬼になってしまっているらしい。卒業した後にその苦労を全部ぶち壊した俺が言えたことじゃないが。

 でも、新入生代表として挨拶をしている俺を見て、いきなりビッチだとかそういう風に考える人は居ないと思う。……居ないよね?

 せいぜい新入生代表の人だ~くらいにしか思われないだろう。

 ……あっ、でも。

 

「ねぇ、かがみ姉さん」

「なに?」

「ウチの中学から陵桜に行く人って結構居るからさ、ぶっちゃけ心配しても意味ないんじゃ……」

「……開き直っているんじゃない!」

 

 かがみ姉さんの言葉には、何処となく諦めの感情が組み込まれていた……。

 

 

 

「中学で思い出したけど、アンタ大丈夫だった?」

「なにが?」

「なにがって……告白よ告白。この時期そういうの多いじゃない」

 

 確かに、卒業式の日に告白をするというのは多い。

 マンガやアニメでもよく見られる光景で、大抵最終回とかで行われる王道イベントだ。

 現実にもそういうのは結構あり、うちの中学でもしている人は居た。というかされた……。そのほとんどが別の高校に進学する人だった。

 

「まぁ、一回断ったら引き下がってくれたから……それに母さんも居たし」

「そっかぁ……私とお姉ちゃんは学校で行けなかったから、少し心配していたり」

「でも、何で会えなくなるギリギリになって告白するのかしらね? 一緒の学校に通っている間に告白して、同じ時間を過ごせば良いのに。キョウ以外と」

 

 キッパリとそう言い切るかがみ姉さんだが、最後の言葉で台無しだ。それに、姉さんたちはそろそろ浮いた話の一つや二つ持ってくれば良いのに……そんなこと言えば落ち込むから言わんが。

 それと……。

 

「会えなくなるからこそ告白したんじゃないのかな? このまま何もせずに居るくらいなら……って」 

 

 この世界の男子のほとんどは男子校に行く。それはこの世界の女子にとっては由々しき事態だ。

 国としてもそれは困るらしく、例年何校かの男子校を共学化させてきているが……。

 それでも俺たちくらいの年になると出会いの場が無くなるのは確かだ。それを知っているからこそ、彼女たちは最後の希望に手を伸ばしたのではないのだろうか。あ、希望って俺のことじゃないからね?

 

「へ~……」

「……なに?」

 

 そう考えての発言だったが、話を聞いたかがみ姉さんは面白くなさそうにしていた……いや、つかさ姉さんもだ。

 ジト目でこちらを見ており、何となく居たたまれない気分になる。

 俺、なんか変なこと言ったか?

 

「別に。ただ、キョウって意外と『をとこ』なところあるなって」

 

 ちなみに、『をとこ』とは俺の世界で言う乙女と言う意味だ。元の世界では乙女の対義語的な言葉だったのだが……。それはつまり、かがみ姉さんは俺のことを夢見る男の子だと思っているのだろうか。

 というか……。

 

「なんでそうなるの……? というか二人ともなんで不機嫌なの?」

「別に……」

「なんでもないよ……」

 

 なんなんだいったい……。

 

「あっ、そういえばこなちゃんが言っていたんだけど、キョウちゃんは男子校とかには興味なかったの?」

 

 話題を変えるためか、それとも本当にふと思い出したのか、突然つかさ姉さんはそんなことを言い出した。

 

「男子校ねぇ……」

 

 そう言えば先生に散々薦められたなぁ。俺なら陵桜以上の高校に行けるし、男子校の方が気分的には楽だろう、と。ぶっちゃけ共学に行く男子は珍しいみたいで、俺の中学では男子校に行くのがほとんどだった。

 男子校に進学が決まった時も嬉しそうにしていたのが居て結構印象的だったなぁ……。

 でも、この世界の男子校は俺で言うお嬢様学校みたいな立ち位置で、俺の知っている男子校とは違う。

 ごきげんようとか、ネクタイが曲がっていてよとかそういうのがあるだろうな。

 そう思うと、逆に安心できないな男子校。色々と怖い。そういう経験もうしたし。

 というか、こなたさん絶対分かっているでしょ。どうせ変な妄想していて口を滑らしてつかさ姉さんに聞かれたんだろうな。後で問い詰めよう。

 でも、つかさ姉さんは知らないで良い世界だし……。

 

「うん。俺は姉さんたちが居る陵桜の方が良いから」

「そっかー。一年だけだけど、高校生活一緒に楽しもうね?」

「そうだね」

 

 ……つかさ姉さんを見ていると、時々胸の辺りが痛くなるなー。なんでだろー。

 

「そういえば、例の友達は合格したの?」

「うん。無事にね。凄く喜んでいたよ」

 

 合格通知が来たと同時に電話かけてきたからねー。

 もう泣きながら喜んでいて、半分言っていることが分からなかったよ。

 ……まぁ、俺も嬉しかったケド。

 

「そう……ねぇキョウ?」

「うん、なに?」

「高校が始まったらで良いから、紹介してよその子。なんだかんだでしてもらっていないし、アンタと仲の良い友達っていうのも興味あるわ」

「……」

「? どうしたの?」

「いや……その……」

 

 今まで俺は姉さんたちにしっかりと若瀬さんを紹介したことがない。機会が無かったというのもあるが……あれだ。若瀬さんをうちに連れてくると泣きそうだ。

 すくなくとも何事もなく、穏やかに済みそうにない。というか絶対に一波乱ある。

 だから、何となーく避けて来たんだけど……。

 そっかー。高校に行ったら距離近くなるのかー。

 あとで若瀬さんに激励の言葉を送っておこう……。

 俺はかがみ姉さんに「そのうちにね」と答えつつ、少しだけ未来に不安を感じた。

 

「あっ、ねえねえキョウ。アンタ明日暇?」

「うん? 暇だけど……どうしたの?」

「今度の休みにこなたン家に行くんだけど、例の従姉妹さんも居るんだって」

「ああ。確か陵桜に受かったっていう……」

「そう。同じ学校に行くんだし、顔合わせくらいはしたら?」

「俺は別に良いけど……」

 

 ……良いのだろうか? ブラコンの姉的に。いや、弟の俺が言うのもアレだけど。

 その辺を聞いてみると……。

 

「流石に初めて会う人にそんな気は起こさないわよ」

「それに、こなちゃんの従姉妹さんだしね」

「……そう聞くと不安になるわね。話を聞く限りそっち系の人じゃないみたいだけど」

 

 確かにこなたさんの従姉妹と聞くと、そう思うけど流石に先方に失礼だよなぁ。

 ……どんな人なんだろう?

 

 

 

 

 これは予想外だ。

 

「は、初めまして。小早川ゆたかですっ」

 

 こなたさんから紹介された従姉妹さんの小早川さん。

 こなたさんよりも小柄な体格で、以前言っていた()()()()()で妹みたいというのが理解できた。

 みゆきさんより濃い桜色の髪を小さなツインテールにしているしているからか、少し子供っぽく見える。何も事前情報を知らない状態で会ったら、同い年とは気づかなかっただろう。

 

「私は柊かがみ。よろしくね小早川さん?」

「柊つかさだよ~。これから仲良くしてね」

「そしてこちらのレア度MAXな男子が――」

「柊キョウです。高校でも仲良くしてね?」

「あっ、は、はい! よろしくお願いします!」

 

 そう言うと、小早川さんは声に緊張の色を滲ませて、勢いよく頭を下げた。

 それを見た俺は、何となく男子に対する耐性がないことが分かった。いや、今まで色んな女子を見て来たし。

 しかしそれと同時に、つかさ姉さんと似通った純粋さが感じられ、姉さんたちから見ても好印象のようだった。

 

「ゆーちゃん。キョウくんと仲良くする時は気を付けてね? このこわ~いお姉ちゃんたちがガードしているからさ」

「何言ってくれてんのアンタ。まさかいつもそんな感じで話していないでしょうね?」

「……」

「こっちを見ろ!」

 

 ……本当に従姉妹? 

 まるで正反対な二人を見て、人を形成するのは環境だということが理解できた。

 

 挨拶を済ませた俺たちは、こなたさんの部屋……は漫画とかゲームで溢れ返っていて狭いので、小早川さんの部屋に通して貰った。

 

「小早川ちゃんは、もう卒業式終わったの?」

「はい、先日に」

「卒業式かぁ……懐かしいわね」

「私は覚えていないなぁ」

 

 つかさ姉さんが、小早川さんに卒業式のことを尋ねる。だいたいこの時期にはどの学校も卒業式を終えており、それは小早川さんのところも例外ではなかった。昔を思い出したのか、かがみ姉さんが感慨深げに呟き、こなたさんはこなたさんらしくそれに続いた。

 確かに余程のことがなければ卒業式自体は印象薄れると思う。偉い人からの話とかは、ぶっちゃけ覚えていないし。というか、中学校生活の方に意識を持っていかれるというか記憶の容量を取られるというか……。

 でも、俺は忘れないだろうなぁ……。

 

「でも卒業式と言えば告白イベントだよね! 二人は何かあった?」

「あはは……私、あまり男子と接点無かったから。それに、体弱いから学校を休みがちで……そういう機会自体無かったかも」

 

 こなたさんの問いにそう答える小早川さんの顔は、何処となく暗い。しかし、この世界の男子のことを考えると仕方のないことだ。

 彼らは、強い存在に惹かれる生き物だ。だから身長やガッシリとした肉体に恋焦がれて、条件を満たしていたそうじろうさんや体育祭で活躍した俺は羨望の対象となった。ほとんどの男子は女子に負けるくらい弱いしね。

 だが、弱い女子……小早川さんに対する扱いはあまり褒められたものではない。絶対に勝てない存在である女子が、自分たちよりも弱いと知ればどうなるか。流石にイジメにまでには発展しないだろうけど、今の彼女の様子を見ればだいたい想像できる。

 ……本当、こういう醜い部分は変わらないんだな。

 

「ゆーちゃんは良い子なのにねぇ。そこの男子どもは見る目が無いよ」

「そ、そんなことないよ……」

 

 ……でも、それ以上に人の優しさも変わらないんだな。

 ちゃんとお姉ちゃんをしているこなたさんを見て、俺はそう思った。

 

「で、キョウくんはどうだった?」

 

 あっ、やっぱり俺も聞かれるのね。

 

「ご想像の通りですよ」

「なるほど。全校生徒の前で百人くらいに告られたのか」

「ぜん……!?」

「そんなのあり得ませんから! 小早川さんも信じないで!?」

 

 ギョッとした顔を浮かべた小早川さんに弁明し、俺は渋々その日にあったことを簡潔に述べることにした。

 ……一回こなたさんの頭の中を見てみたい。ちょっと怖いけど。

 

「まぁ……ありましたよ告白」

「お~、流石キョウくん! テンプレ分かっているね~。で、何人くらい蹴って来たの?」

「人聞きの悪い言い方は止めてくれませんか?

 そうですね……十人以上は覚えていません」

「わぁあ……す、凄いね」

 

 小早川さんが驚きの声を上げるが……そのうちの何人かが同性だと知ったらどういう顔をするのだろう。

 俺は間違いなく渋い顔をする。

 幸い彼らは男子校に通うだろうし、陵桜で上手く立ち回れば今回のようなことにはならないだろう。

 ……なんか誰かに無理だろって言われた気がする。

 

「キョウくんは女受けが良いからね~」

「ぶっちゃけ、この子のはもはや呪いよ。街に出たら大抵ナンパされるんだもの」

「そう言えば、この前芸能事務所にもスカウトされていたよね?」

「え? そうなんですか? うわ~、凄いな~……柊くんって私と同い年なのに、なんだか大人っぽいや……」

 

 そう言ってこちらにキラキラとした瞳で憧れの視線を送ってくる小早川さん。

 むぅ……これは今までに無いタイプだ。ここまで異性とかそういうの無しで他人から純粋な目で見られたのは初めてだ。俺は慣れない視線に身を捩らせる。

 

「確かにある意味大人扱いされてたよね、キョウくん?」

「……それはどういう意味ですか?」

「さあ、どうでしょう?」

「キョウ。いざとなったらセクハラとして訴えなさい。全力で援護するわ」

「???」

 

 ビッチか。ビッチのことを言っているのか。

 そう視線で問いかければ、「分かっているでしょ?」と返された。よし、後でゲームで負かす。パズルなら勝率あるし。もしくは禁断のお姉ちゃん呼びを……いや、実の姉二人が阿修羅になりそうだから止めておこう。

 

「まぁ、高校では気を付けますよ」

「本当に頼むわよ? 小早川さん、できたらこの子のこと気にかけて貰っても良い? しっかりしてそうで抜けているから……」

「は、はい! 女として、頑張ります!」

 

 そう言って両手を握り、ムンッ! と気合を入れる小早川さん。

 ……なにこの可愛い生き物。同い年だけど、なんか年下みたいだ。というか妹として欲し……。

 

「……」

「どうしたの、キョウちゃん?」 

「いや、何でもない」

(なんか、思考がこなたさんみたいだったな……今の)

 

 結構やばいところまで行っている気がして、俺は少しへこんだ。

 いや、失礼かもしれないけど。

 

「でも無理はしないでねゆーちゃん? 体弱いんだから」

「う、うん」

「ま、まぁその辺は助け合いですよ。お互いにね、小早川さん?」

「! う、うん! ありがとう、柊くん!」

 

 ……もう、良いかなーこなたさんみたいな人で。

 小早川さんの純粋さに癒されながら、俺はそんなことを考えていた。

 

「えへへ……なんだか、柊くんって他の男の子と違う感じがするなー。

 私、普段はあまり男の人と話せないのに、柊くん相手だとなんだかリラックスできるよ」

「俺も、小早川さんとは話しやすいよ。高校に入る前に友達ができて嬉しいし」

「あはは、そうだね」

 

 

 

「お二人さんお二人さん。今のご感想は?」

「あの子相手には強く出れないわー」

「小早川ちゃんって良い子だよねー」

「……このブラコンシスターの警戒網を潜り抜けるとは……もしかしてゆーちゃんって凄い?」

 

 なんか先輩たちが話しているけど、まっいっか。

 告白とかはよくされるけど、俺友達少ないし、だからこうして友達増えて今日はハッピーだ。

 

「なんだか、さらに楽しみになってきた」

「さらに? 小早川さんは何かしたいことでもあるの?」

「あ、うん。実は……」

 

 ……ふむふむ、なるほど。

 小早川さん曰く、どうやら彼女は入試の時に体調を崩したらしい。そこにハンカチを貸してくれた優しい人が居たらしい。学校説明会の時にお礼を言ったが名前を聞きそびれたらしく、次に会ったら是非とも友達になりたい、とのこと。

 

「へぇ……」

「柊くんにも紹介するね。絶対に仲良くなれるからっ」

「うん。じゃあお願いするね?」

 

 俺は小早川さんの優しさに胸を温かくさせながら頷いた。

 

(それにしても……)

 

 偶然というか、なんというか……。

 似たようなこともあるもんだ……。

 

 

 

 

 ――陵桜学園。入試当日。

 

「ん~~。っはぁ。疲れたぁ……」

 

 入試試験を終えた俺は確かな手応えを感じていた。

 勉強をしてきたかいもあってスラスラと解けて、逆に不安に思うほどだった。

 担当の教員から解散を命じられて、試験を受けに来た俺と同年代の女子たちは思い思いに疲れを解しながら帰宅していった。

 それを見つつ、別の教室に居る俺も一緒に受けに来た若瀬さんの元に向かおうと席を立ち……ちょっとその前にトイレに行こう。緊張感が無くなって催した……。

 教室を出た俺は、あらかじめ確認しておいたトイレに向かう。

 っと、その前に一応若瀬さんにメール送っておくか。先に帰ったって勘違いして落ち込みそうだし。そう思って携帯を取り出したその時、気になるものを見つけた。

 

「……っ、ぁ……」

「――! だ、大丈夫ですか!?」

 

 いや、ものじゃない人だ。

 その人は顔を真っ青にさせて壁に寄りかかっており、明らかに体調を崩している。

 俺はハンカチを取り出し、その人に差し出して声をかける。

 

「どうしましたか? 話せますか?」

「……っ」

 

 弱弱しく首を横に振る試験を受けに来たであろう女子生徒。

 取り合えず休ませるために俺は近くの教室に入り、その女の子を椅子に座らせる。

 そして持ってきておいた飲料水を取り出して差し出す。

 

「飲めますか?」

 

 すると、頷いて水を受け取った彼女はゆっくりと中身を飲み込んでいき、深く息を吐いた。

 その間に俺は貰っておいた案内を見て保健室の場所を確認しておく。

 

「……あ、ありがとうございます」

「いえ、気にしないでください。下の階に保健室があるので、そこまで歩けますか」

「いや、あの……大丈夫です。ただ、少し気分が悪くなっただけで……」

「無理しないでください。まだ声がかすれていますよ?」

 

 女の子は気にするなと言うと立ち上がろうとする。しかし少し回復したとはいえ、壁に寄りかかるほどの不調だ。

 このまま放っておけるほど俺は人でなしではない。

 

「手伝います」

「え、あいやその……」

「気にしないでください。同じ陵桜を受けた者同士、助け合いですよ?」

 

 そう言って俺はその女の子の体を支えながら保健室へと向かった。

 身長がそこまで変わらないからか、変に負担をかけることなく保健室に辿り着き、そこで待機していた先生に事情を話してベッドに休まさせてもらった。

 

「ありがとうございます。えっと……」

「あ、柊キョウと言います。今日は試験を受けに……」

「そう、改めてありがとうね? この子は友達?」

「いえ。この人とはさっき……あっ」

 

 そういえば、と思い出して携帯を見てみると着信アリ。もちろん相手は若瀬さんだ。

 何も言っていないから、勝手に帰ったと思われているのかもしれない。すぐに戻らないと。

 でも、助けた手前このまま帰るのもなんか気が引ける。

 そんな俺の考えを見抜いたのか、保健室の先生はにっこりと笑顔を浮かべて言った。

 

「あとは私が責任をもって看ておきますから。だから、柊さんは友達のところに戻りなさい」

「でも……」

 

 少し迷った俺だったが、若瀬さんを待たせるわけにもいかないので素直に従うことにした。

 俺はカーテンの向こうで寝ている先ほどの女の子に挨拶をして帰ることにした。

 

「友達を待たせているから先に帰るね?」

「ああ、うん……気にしないでいいッスよ……助けてくれてありがとう」

「いえいえ。……お大事にね?」

 

 その言葉を最後に、俺はその場を立ち去った。

 

 

 

 

「その子、絶対にフラグ建ったね!」

「真っ先にそう言えるこなたさん、パネェっす」

「ふらぐ……?」

 

 そのことを話すと、みんなそれぞれの反応を示した。こなたさんは予想通りだったけど。

 

「そう言えば、前に父さんがハンカチ一つないって言ってたわね。その時のか」

「まぁね」

「その子、大丈夫だったのかな……?」

「うん。俺も気になって説明会の時にそれとなく探したけど……会わなかったよ」

 

 つかさ姉さんの言葉に、俺は一つ付け足した。

 人が多かったし、単純に見つかっていないだけかもしれないけど……あそこまで体調が悪かったら試験に響いていたのかもしれない。もしそうだとしたら気の毒だ。

 

「いや~、大丈夫だと思うよ。そういう縁っていうのは、結構繋がっているものだし」

「うん。私もそう思うよ。多分学校で会えるよ柊くん」

「だと良いけどね」

 

 それにしても、俺も若瀬さんのこと言えないな。

 俺も結構な気にしいさんだ。

 

 ――~~!

 ――~~。

 

 その後、小早川さんのと俺が持ってきた卒業アルバムを見ながら雑談をしていると、下の階から話し声が聞こえた。かなたさんは居らず、そうじろうさんだけなはずだけど……聞いたことない声だ。

 こなたさんも気づいたのか、ふと聞き慣れない名前を呟いた。

 

「あ、ゆい姉さん来てる」

「ゆい姉さん?」

「うん。ゆーちゃんのお姉さん。警察官さんなんだよ」

 

 あー。そう言えば前に姉さんたちが夏祭りに行った時に会ったとかなんとか。そんな話をちょろっとした覚えがある。

 若瀬さんとの夏祭りについて尋問されていて今の今まで忘れていたけど。

 そんなことを思い出していると、ドタドタと忙しない足音が近づいてきて、バタンっとドアが開かれた。

 

「ハロー、エブリワン! 遅くなったけど、ゆたか卒業おめでとうっっ!!」

 

 なんか別ベクトルで凄い人が来た!? 小早川さんのお姉さんと聞いて浮かんだイメージが吹き飛んだ。というか浮かぶ前に消し飛ばされた。

 姉さんたちはすでに会っているからか、苦笑しながらも挨拶をする。

 

「姉さんいらっしゃー」

「……うん? そちらさんは?」

 

 そんななか、小早川さんの視線が俺を捉える。

 それに対してこなたさんが紹介してくれた。

 

「かがみんたちの弟の柊キョウくん。ゆーちゃんと同じく陵桜に受かったんだよ。今日はその顔合わせ」

「おー! 君が噂のキョウくん! 私は成実ゆい。よろしくねー?」

「あ、はい。柊キョウです。よろしくお願いします」

「うんうん。礼儀正しくてお姉さん嬉しいよ」

 

 ……うん? 成実?

 

「あの……小早川さんと苗字が違いますが、もしかして」

「お察しの通り、ゆい姉さん結婚してるよ」

「もう毎日がバラ色さー! たっはー!」

 

 なんか、裏表のないところは小早川さんと同じだな。

 凄い元気だけど。

 ちなみに、一夫多妻の関係から結婚をしたら姓は男性の方になる。

 最近は二人以上の妻を持つ男の人は居ないけど。

 

「丁度いいから、キョウくんも連れてみんなで呑みに行こうか! 卒業祝いだ卒業祝い!」

「ちょ、お姉ちゃん! 私たちまだ未成年だよ? そういうお店には入れないよっ」

「うん? 大丈夫大丈夫。堂々としていればバレないって」

 

 ……主にこなたさんと小早川さんでバレると思うんですけど。

 それにしても……。

 

「……」

「? どうしたの、キョウ?」

 

 視線がかがみ姉さん、つかさ姉さん、こなたさん、小早川さん、そして最後に成実さんへと向く。

 ……うん。色々とパワフルだ。それとも結婚してから育ったのかな?

 そんなこと考えているのを知られたら怒られそうだと思いつつ、俺は説得に回る小早川さんの援護に向かった。

 このままじゃあ居酒屋に連れて行かれそうだし。

  

 




本当はキョウの身長が高校に入る前にぐんっと伸びる予定でした。
地味っ子が高校に行くとイメチェンして可愛くなるというネタやゆたか相手のおねショタネタとか……。
でもなんか合わないので没に。この辺のネタはそうじろうさんに回す予定。

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