あべ☆こべ   作:カンさん

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前回、あとがきで高校生編に入るとかなんとか言いましたけど
あともう一話かかりそうです。
今回は時間も飛び飛びで、いわゆる短編集です。
時期的に、色々と遅いネタですが……。
二日以内ならセーフだよね? というわけで投下です。


第十六話 冬の欠片

 第十六話 冬の欠片

 

 

【初詣】

 

「お姉ちゃん……眠い……」

「私だって眠いわよ……ふわぁ……」

 

 新年早々、暗い表情を浮かべているかがみたち。どうやら寝不足なようで、今にも瞼が落ちそうであった。

 何故ここまで疲労困憊なのか。それは、彼女たちの友人である泉こなたに原因があった。

 それは、大晦日に行われたコミケに連れて行かれたからだ。

 朝早くから人ごみに揉まれて、帰宅後すぐに家の手伝いをした彼女たちに休む時間はなかった。

 結果、こうして眠気に襲われている状態が続いていた。

 そんななか、二人の視界に見慣れた人影が映る。向こうも気づいたのか彼女たちの方へとやって来た。

 

「つかさ~、かがみ~。二人ともあけおめ~」

「つかささん。かがみさん。あけましておめでとうございます」

「おお、こなた。みゆきも」

「こなたちゃん、ゆきちゃん。あけましておめでとう~」

 

 白い息を吐きながら上着を着こんだこなたとみゆき。彼女たち四人は新年の挨拶を交わし、こなたは目の前の二人の服装をじっくりと見て……満足そうに笑みを浮かべた。

 

「おい、なんだその顔は」

「いんや、別に~」

「なんか気に障る態度だなー……」

 

 それに目敏く反応したかがみの言葉に、こなたは茶を濁す。

 そんな彼女たちを他所に、みゆきは普段では見ることができない服装――巫女装束を着こんでいる二人にそのことについて触れる。

 

「巫女装束ですね。お二人とも、似合っていますよ」

「えへへ……そうかな? 結構着慣れているけど、友達にそう言われると恥ずかしいな……」

「いやいや。これは良い物だ。私の知っているのとはチョット違うけどね」

「あんたの知っているのは、どうせ創作の物でしょ。ほら、さっさとお参りしてきなさい」

 

 かがみにそう言われ、お参りしに行く二人。

 それを終えた二人は再びかがみたちの方へと戻って来た。

 

「お参り済んできたよ~」

「ご苦労様」

「こなたさん、随分と熱心にお祈りをしていましたが、何か強い願いがあるのですか?」

「うん? そうだね~……○○のアニメ化とか△△の新刊とかかな?」

「おま、こういう時もブレないんだな……」

 

 かがみの呆れた視線を受けながら、こなたは内心思った。

 

(『お父さんの病気が早く治りますように……』なんて、そんなの私のキャラじゃないしね)

 

 幼い頃から毎年祈っている願いの内容を……。

 追求される前に話を進めるべく、彼女はかがみたちに問いかけた。自分たちはどんな祈りをしたのか? と。

 

「私は今年も良い年でありますように……と願いました」

「おお、みゆきさんらしいね」

「私とお姉ちゃんは、キョウちゃんの受験が合格しますようにってお祈りしたよ~」

「でもまぁ、あの子ならそんなのしなくても受かるでしょうけどね」

 

 と、自分はそこまで気にしていないと言っているかがみだが、念入りに祈っていたところを見られれば説得力が皆無である。その様子を傍で見ていたつかさは苦笑いを浮かべ、こなたは察したのかにんまりと笑みを浮かべた。そもそも、普段リアリストなところを見せる彼女がそういうことに熱心な態度を見せる時点で色々とお察しだったりする。相変わらず過保護な姉なかがみであった。

 

「で、その肝心のキョウくんは何処に?」

「向こうの方でおみくじ売ってるわよ? 丁度良いし、していく?」

「行く行くー!」

 

 かがみたちに連れられておみくじが売られている場所まで向かうこなたとみゆき。

 しかし、いやに人が多く首を傾げる二人。反対にかがみたちは見慣れた光景なのか特に表情を変えていなかった……わけでもなく。キョウの元へ近づくと増えていく人――それも女性客と比例するように、彼女たちの顔から感情が削げ落ちていく。というよりも、内心で燻っている炎に蓋をして無理矢理抑え込んでいるかのような……。

 それを感じ取ったみゆきは戸惑い、こなたは周りの様子を見て察した。

 

「キョウちゃん。今日も可愛いね~」

「はい、ありがとうございます! おみくじを買ったら脇に逸れてくださいまし」

「すみませ~ん! 写真一枚いいですか?」

「申し訳ありません。そういうのは控えて貰ってもよろしいでしょうか?」

「キョウく~ん! ほわ、ほわ、ほわーーー!」

「田中さん、普通のお客さんの迷惑になるのでやめてください」

「いや~。新年早々良いもの見れたよ……よーし。おばちゃん、おみくじ五枚買っちゃうぞ~」

「小林さん。帰ってください」

 

 キョウに群がる無駄にキャラの濃い女性たち。

 年は大学生くらいだろうか? キョウの対応から察するに知り合いなのだろうが……。

 己の欲を隠さないその姿に触発されたからか、周囲の女性客も携帯を取り出しキョウと彼女たちに向けてシャッターを切る。彼女たちのコントかキョウの禰宜装束か……どちらにせよ、大事な弟を見せ物にさせられてこの姉妹が黙っているはずもなく、早々に蹴散らしに行った。主にキャラの濃い四人に向けて。

 

「おらそこの変態四天王。さっさと帰れ」

「あ、かがみちゃん。そんなこと言わずにさ~。君たちは毎日拝めるけど、出禁喰らっている私たちはこういう日じゃないと――」

「……来年、来れなくしようかなお姉ちゃん。この人たち反省していないみたいだし……」

「――と思ったけど、末っ子のひーちゃんが怖いからそろそろ撤退しましょうか」

 

 行くぞ、お前ら! とリーダーっぽい女性がそう言うとその場から去っていった。

 その背中をつかさとかがみは深いため息を吐いて見送り、傍から見ていたこなたたちが戸惑い気味に尋ねる。

 

「なんなの、あの人たち?」

「近所のお姉さんたち。昔からキョウを狙っている変態よ」

「昔って……それって犯罪なんじゃ……」

「うん。でもギリギリを見極めてるから残念ながら逮捕できないのよ」

「かがみん……辛辣ね」

「そりゃあそうよ。あんなのにキョウを盗られるものですか」

(かがみんが過保護になる理由が分かった気がする……)

 

 一方、つかさに「大丈夫? 変なことされなかった?」と心配されてキョウは、こなたとみゆきたちに気づくと店番を姉のまつりに任せて彼女たちの方へと向かった。

 

「こなたさん。みゆきさん。あけましておめでとうございます」

「はい、キョウさん。あけましておめでとうございます。その服大変似合っていますね」

「あ、ありがとうございます」

「……」

「こなたさん?」

「あ、うん。あけましておめでとうございます、キョウくん」

 

 ふと沈黙したこなたに、キョウが声をかけると彼女は早口で新年の挨拶をすると顔を背けた。彼女のその行動にキョウは首を傾げ疑問に思っているようで、こなたの頬が赤くなっていることに気づいていないようであった。

 

(さっきのお姉さんたちじゃないけど……)

 

 ちらり、とキョウを盗み見るこなた。

 キョウもかがみたちと同じように家の手伝いで此処に来ており、当然それに適した格好をしている。

 紫色の袴を履き、白い着物を着ている。こういうのを禰宜と言うのだろうか。いわゆる巫女の男バージョンであり、今の彼からは普段とは違う魅力を感じ取れた。

 直球で言うと、こなたはキョウに萌えた。

 元々それ目的で来たのだが……いざこうして本人を前にするといつものお茶らけた言葉が出ない。

 

(やっぱりキョウくんは侮れない……!)

 

 そんなことを考えているとは知らずに、彼はみゆきと談笑していた。

 

「それにしても、よく此処まで来ましたね。遠くなかったですか?」

「いえ。泉さんから折角お誘いして貰ったので……。

 それはそうと、キョウさんは大丈夫ですか? 先ほどまで忙しそうでしたが……それに、陵桜の受験まであと少しのはず……」

 

 キョウにとって大事な時期。もし受験日に何かあれば大変だろう。

 それを危惧しての言葉だったが、キョウは柔らかく微笑んで応える。

 

「ええ、どちらも大丈夫です。

 普段ご利益とか信じない誰かさんのお祈りが、背中を押してくれますから」

「……ふん」

「でも――」

 

 弟の言葉にかがみは拗ねたのかそっぽを向く。その姿にこなたたちは相変わらずだと笑った。

 しかし、キョウは言葉を続けた。自分が感じている嘘偽りのない己の心を。

 

「ここまで想ってくれていますからね。絶対に受かってみせますよ――ね? かがみ姉さん?」

「……当然よ。この私が神頼みしてあげたんだから」

「かがみん、ツンデレ~」

「誰がツンデレかっ!」

 

 調子を取り戻したこなたとかがみの掛け合いを見ながら、キョウは思った。

 こりゃあ、落ちたら大変なことになりそうだ。

 そうならないように全力を尽くすのみだが……と。

 

 

 

 

【正月の悪魔】

 

「嘘、来てたの? じゃあ何で声掛けてくれなかったのさ……行くって聞いてたら探したのに」

『ご、ごめん。でも忙しそうだったから……』

「相変わらず気にしいさんだなぁ若瀬さんは」

 

 新年の挨拶をするべく若瀬へと電話したキョウ。

 本当は直接会ってするつもりだったが、若瀬の性格が災いしてこうして携帯越しにすることになった。

 彼女の性格を知ってはいるものの、何処か呆れたような声を出すキョウに若瀬はぐうの音も出ない。

 ……ちなみに、キョウの禰宜姿はしっかりと目に焼き付けている。ついでに携帯のフォルダにも。

 

「そう言えば、おみくじは引いた?」

『ああ、うん引いた引いた』

「何吉だった?」

『大吉だった。受験控えている身としてはありがたいわ~』

「おお、良かったじゃん」

『うん! ……でも、ちょっと気になるところがあったり』

「気になるところ?」

 

 具体的には恋愛について。

 どうやらそこに書かれていたことが彼女にとってあまり良いものではなかったようだ。かと言って悪い内容ではなく、気にし過ぎかと判断してキョウに『やっぱり何でもない。気にしすぎだった』と答えた。

 

 ――高校に入った後、気に掛けるべきだったと落ち込むとは知らずに。

 

『そういう柊さんは?』

「俺は中吉だった。気になる勉学のところは可も不可もなくって感じで……」

『へぇ……』

「うん」

『……ね、ねえ。れ、恋愛面はどうだった?』

「え? う~ん……待ち人来るって書いてあったよ」

『そ、そうなの! へー、ふーん、ほーう』

「……」

 

 分かりやすいなぁ、とキョウは電話の向こうにいる彼女に苦笑する。

 かがみはおみくじの書いてあることに左右されても意味が無いと言っていた。結局は気の持ちようだと。

 言いたいことは分かるが関係者としてどうなのだろうか、とも思う。

 

「キョーウ! お餅食べよー!」

「あ、はーい! 姉さんが呼んでるから行くね?」

『あ、うん。じゃあまた学校で』

「うん。バイバーイ」

 

 通信ボタンを押して通話を切ると、キョウは自分の部屋から居間へと向かった。

 そこにはいのり、まつり、つかさ、かがみが餅を美味しそうに食べていた。全員表情を綻ばせており、なんというか幸せそうだった。つかさの隣にはキョウの分の餅が置いてあり、彼も座ろうとするが……。

 

「……」

「? どうしたの、キョウ?」

 

 ふと、彼は座らずにかがみの傍に座ると彼女へと手を伸ばす。

 彼の突然の行動に四人とも首を傾げ、そんな中彼はかがみのとある部分にさわさわと触れる。

 

「ちょ、どうしたのよキョウ! く、くすぐったいってばっ」

「……かがみ姉さん、太った?」

「――」

 

 キョウからのスキンシップに身を捩らせていたかがみは、ビシリと体を硬直させた。

 

「え、なに言ってんのアンタ」

「いや、かがみ姉さん最近朝走っていないから……。おかげでランニングコース変更する羽目になったし」

「で、でもたった一週間よ? そ、そんな急に太ったりは――」

「まぁ、確かに。でもさ――」

 

 そこでキョウはかがみのお腹に触れていた手を除けて、視線を他の姉たちに向ける。

 

「最近、お餅食べ過ぎじゃない? みんな、太るよ?」

 

 ――その日、一人の少年が放った言葉は四人の女性の心を打ち砕いた。

 次の日から、町を走る五人の若者が目撃されるようになったとか……。

 

 

 

 

【此方と彼方】

 

「まさか、キョウくんが一人で私の家に来る日が来るなんて……!」

「あの、寒いんで中に入れて貰えます?」

 

 別に遊びに来たのはキョウ一人ではない。ただ、かがみとつかさが別件で学校に残っており、キョウが先に来ただけだ。

 当然こなたもそれを分かっており、いつものようにボケただけだ。約一年くらいの付き合いで彼女のペースを知っているキョウは、そのボケを切って捨てた。というよりも普通に寒いというのも原因だったりする。

 

「あっ、これお土産です。そうじろうさんたちと食べてください」

「お、あり~。いや~、相変わらずキョウくんは良い子だねー。弟に欲しいくらいだよ」

 

 いつも言っている揶揄いの言葉。普段ならかがみたちが怒るから、と断りの言葉を送るキョウだが……。

 今日は何となく別の切り返しをしてみたくなった。

 

「ふふっ。じゃあ、なってみようか?」

「……へ?」

「――こなたお姉ちゃん!」

 

 自分ができる飛びっきりの笑顔を浮かべて、こなたから教えて貰ったアニメの弟キャラのように、そしてあざとく媚びるように、しかし純粋さを忘れずに、キョウは『こなたお姉ちゃん』と呼んだ。

 

(我ながら無いな)

 

 しかし、やってみて思ったのは自分のキャラではないという感想だった。思いっきり作った感があり、常日頃からエロゲーやボーイゲーをしているこなたからすれば、鼻で笑うレベルだろう。

 少し恥ずかしいが、こなたならフォローしてくれる。

 ダメ出しするか『弟萌え~』とニヤニヤするか。そんな未来を予想していたキョウだったが……彼女からの反応が無かった。キョウをジッと見て沈黙し全く反応がない。

 

「……」

「あの、こなたさん?」

「――っ!」

 

 次の瞬間、真っ赤になった顔を俯かせてプルプルと体を震わせるこなた。

 ガチだ。

 ガチの反応だった。

 キョウが思っているよりも彼の演技はこなたの心臓を撃ち抜いており、悶えさせる効果があったようだ。そんな反応を見せられて、キョウも恥ずかしさから顔を赤くさせる。

 

「は、反則……!」

「す、すみません……」

 

 何気なく言ったお姉ちゃん呼びが、まさかこんなことになるとは思っていなかったキョウ。

 気まずい空気が流れる。

 互いになんて言えば良いか分からず硬直状態が続き――それを破ったのは第三者だった。

 

「あら? どうしたのこなた? それにキョウくんも……」

「!? な、なんでもないよお母さん!」

「お、お邪魔していますかなたさん!」

「そ、そう?」

 

 二人の慌てように、かなたは不審に思うも……深く聞かないことにした。

 キョウたちはさっきのことは触れずに居間へと向かった。

 キョウは持ってきた土産品をかなたに手渡す。

 

「あの、これお土産です。良かったら食べてください」

「あら。ご丁寧にどうも」

「ゆっくりしていってよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 「夕飯の後に食べようか」「うん、そうだね」と仲睦まじい泉夫婦を見て、キョウは初めてかなたと会った日を思い出した。声などの違いはあるが、隣のこなたと容姿が瓜二つで、若いどころか幼いと言っても良い。

 以前みゆきの母であるゆかりと会った時よりも衝撃的で、無礼にも驚きの声を上げてしまったくらいだ。

 

「じゃあ、私たち部屋に行くから」

「変なことしないようにね?」

「ちょ、酷いなお母さんっ」

 

 親子間の仲は良い方だと、傍から見たキョウは思った。

 

「それにしても、本当に似てますよね。こなたさんとかなたさん」

 

 こなたの部屋に案内されたキョウはこなたにそう言った。

 自覚があるのか、こなたは苦笑いをしながら同意する。

 

「あはは……まぁ、町に出掛けた時にも姉妹だと言われたことあるよ」

「あ、やっぱり?」

「うん。で、それを見てお父さんがニヤニヤする。あれはヤバいね」

「……なんでニヤニヤしたのか、知らない方が良い気がしますね」

 

 むしろ知りたくないと思ってしまうキョウ。

 体は弱いが、精神はアグレッシブなそうじろうは、今まで出会ってきた人間には居ないタイプだ。

 そもそも、男のオタクという存在自体がこの世界では珍しいのだが……。

 

「でも、これで何となく分かりました」

「ん? なにが?」

「いえ、こなたさんの理解力の高さです」

「……へ?」

「だって、毎回的確な助言をしていたじゃないですか。こなたさんはゲームで培った知識と言っていましたが……本当はそうじろうさんから聞いていたんですね」

「……いやいや。何を言っているんだいキョウくん。それは君の勘違いだよ」

「そうでしょうか? 時々冗談は言いますけど、こなたさんは絶対に傷つくようなことは言いませんでした。

 ……そうじろうさんやかなたさんを見て思いました。こなたさんってやっぱり良い人だなぁって」

「……」

 

 カアァ……ッと顔を赤らめるこなた。

 何故か今日は彼に顔を赤くさせられてばかりだ、と火照った頭でそう考えるこなた。先ほどのお姉ちゃん呼びもそうだし、今日はエイプリルフールでもなんでもないのに……。

 しかし、今の言葉はからかっているとは思えないほど真摯で、だからこそ彼女はキョウのその真っすぐな言葉に赤面していた。

 恥ずかしい。だが、それ以上に――。

 

「も、もう! あまりお姉さんを困らせないでよ!」

 

 このまま主導権を握られ続けるとどうにかなってしまいそうだ。

 それに、このような真面目な空気は耐えられない。

 ゆえに、いつものように軽口を叩いて軌道修正を図るこなた。そんな彼女を見て、キョウも何となくこなたの意図を察したのだろうが――。

 

「あはは……ごめんね――こなたお姉ちゃん?」

「――ぐほっ」

 

 どうやら、今日は彼に弄ばれ続ける日らしい。

 痛恨の一撃を喰らったこなたは自分のベッドに倒れ込み、見られたら色々とヤバい顔を枕に押し付ける。

 しかし……。

 

「どうしたの? こなたお姉ちゃん?」

「具合悪いのお姉ちゃん?」

「ボクに何かできることはある?」

 

 キョウの追撃は止まず、むしろ勢いを増していく。

 楽しんでいる。鬼畜だ。絶対に分かってやっている。

 先ほどのあの恥ずかしがりようは何だったのだろうか。もしかして、かなたが来ると分かっていてあえて沈黙をしてあの気まずい空気を作っていたのか。

 その可能性に至ったこなたは、それを指摘して反撃に移ろうと体を起こし彼の方を見る。

 

「もう! キョウくん絶対にさっきのアレはえん……ぎ……」

「……」

 

 しかし、こなたはキョウの顔を見て言葉を無くした。

 顔を真っ赤にさせて悶え苦しんでいるのは自分だけかと思っていたが、それは彼女の勘違いで。

 目の前のキョウもまた、顔を真っ赤にさせていた。

 

「……」

「……」

「……今日、本当にどうしたのさ」

「……いえ、以前から弟が欲しいって言っていたので。俺が考えられる限りの、こなたさんが好きそうな弟を演じてみたのですが……は、恥ずかしいですね、これ」

「……本当に」

 

 そう絞り出すように呟いたキョウの顔を脳内フォルダに刻みつつ。

 

「反則だよぅ」

 

 こなたはボスンッと背中からベッドに倒れ込んだ。

 

 

 ――後日、こういう遊びはほどほどにしようと二人の間で契約が結ばれたのであった。 

 

 

 

 

【ミニ・バレンタイン】

 

「え? なにこれ? 私そういう趣味無いんだけど」

「私にだって無いわよ。キョウからよ。キョウ」

 

 本日は2月14日。日本では涙を流す女性が異常発生する特別な日。

 こなたにとって、周りの女子を見るのが楽しい日だ。

 口笛を吹いて男子に目線を送ったりする者。「甘い物好きなんだよねー」と普段はそんなことを言わないのに周りに聞こえるように呟く者。バレンタインのことなど知らないという風に取り繕いながらもしっかりと下駄箱を確認する者。

 そんな一喜一憂をする女性たちを見ていたこなたの元に、かがみがチョコが入っているであろう袋を渡して来た。変な誤解をされないように断りの言葉を送るこなただったが、続けて放たれたかがみの言葉に目を変えた。

 

「うそ。マジで!? キョウくんからのチョコ!?」

「言っとくけど、義理だからね? 勘違いしないでよ」

「……」

「? なによ?」

「いや、定番のツンデレの言葉だけど萌えないなーっと」

「いらないみたいね」

「いるいる!」

 

 ブレないこなたにため息を吐きつつ、かがみはこなたとみゆきにチョコを渡した。

 正直なところ気乗りしなかったりするかがみ。弟が家族以外の異性にチョコを渡すというのもあるが、女が女に渡しているところを見られると変な誤解をされそうだ。一応、弟のだと公言しているので問題ないだろうが……。

 

「む~……」

「あの……つかささん? どうしたのですか?」

「ゆきちゃんの、私のより大きい気がする……」

「え?」

「あー、気にしないでみゆき。毎年のことだから」

「そうですか……あっ、キョウさんにお礼を伝えて貰っても良いですか? 一応連絡はするつもりですが。それと届けてくださりありがとうございます」

「あ、ついでに私も。かがみんあり~」

 

 今朝キョウからチョコを貰ったつかさは、みゆきのチョコを見て唸る。しかし、柊家では見慣れた光景なのでかがみは気にするなと付け加えた。

 みゆきはつかさの視線を気にしつつも礼を述べた。その後に適当ながらもこなたも続ける。

 

「それにしても、大変だねキョウくんも」

「まぁね。うち女多いから、作る数も多いのよ。今年はあんたたちも居るし」

「それもあるけど……今頃中学校で凄いことになってそうだなって」

「……ああ、そうね」

 

 去年のことを思い出したかがみは、表情を歪ませて頷いた。

 今年も荒れそうである、と。

 

 

 

 

「柊先輩、これ……受け取ってください!」

「勘弁してください」

 

 予想以上に荒れていた。

 女子からの意味深な視線に加えて、同性からのチョコレートにキョウは疲れ切っていた。

 何とか受け取らずに済み、呼び出し場所から自分の教室に戻ったキョウはため息を吐きつつ席に着いた。

 そんな彼に若瀬が労いの言葉をかける。

 

「お疲れ様」

「ありがとう。本当、今日は疲れるよ」

「放課後までの休み時間、何度も呼び出されていたからね。もうこれで終わり?」

「多分……今日はもう帰ろう……」

 

 ハードな一日だった、とキョウは振り返る。

 

 朝。チョコを欲しがる女子生徒から視線を送られる。

 休み時間。後輩から呼び出しを喰らう。また、用もないのに世間話を執拗に仕掛けてくるクラスメイトたち。

 昼。チョコを渡しに行く男子が現れ、何処を向いても誰かと視線が合う状態に。また、調子に乗った女子生徒が「柊、チョコ持ってきているんだろ? 貰ってやるよ」と絡んで来る。撃退済み。

 放課後。連続呼び出し。

 

 去年よりも二割増しで疲れた、と再び深く息を吐いた。

 そんな彼を見て、今日はもうバレンタインの話題は避けようと心に決める若瀬。

 ……少しだけ期待していたのだが、目の前の疲労困憊のキョウを見ているとそうも言っていられなかった。

 それにチョコを貰えなくても、こうして仲良くしてもらえるだけでも良い、と。

 ……実際は凄く欲しいのだが。口に出せるほどの勇気がなかった。

 

「じゃあ帰ろうか。もう遅いしね」

「あ、うん。でもその前に」

 

 そう言うとキョウは鞄の中からあるものを出して若瀬に差し出す。

 不意に差し出されたソレに一瞬彼女の思考が止まる。

 

「え……?」

「バレンタインチョコ。若瀬さんには日頃からお世話になっているし。これはそのお礼」

「――あ、あああああ……ありがとう」

 

 歓喜から手を震わせながらも、キョウからチョコを受け取る若瀬。

 

(やった! 柊さんからのチョコだ!)

 

 期待して、でもダメかと諦めていただけに彼女の喜びは凄まじい。

 まるで宝物を見るかのように手の中にあるチョコを見て――ふと、去年の記憶が呼び起こされる。

 

「あ……」

「? どうしたの、若瀬さん」

「あ、ううん。別に大したことじゃないんだけど……あの、柊さん」

「うん? なに?」

「この袋って……」

「うちの近くのスーパーで売っているものだよ? それがどうかしたの?」

「……ううん! なんでもない! 本当にありがとうね、柊さん!」

 

 去年帰って食べた人生初の兄以外のチョコレート。それは、彼女にとって忘れられない味であり……。

 その味を今年()食べることができることと、去年渡すことができなかったお礼を返すことができることに、自然と頬が綻んだ。

 それに対してキョウは何も知らないかのように、柔らかい笑みを浮かべていた。


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