あべ☆こべ   作:カンさん

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第十五話 誰でもないあなたと

「……ここか」

 

 校舎の片隅にある教室――『理科室』。

 普段授業以外では、あまり使われないこの教室に俺は訪れていた。

 手に持った手紙を見て、俺は視線を外へと移す。夏が過ぎ、秋が訪れたからか日が落ちるのが早い。本当なら、今頃家に帰って父さんの手伝いをしていた筈だったのに……。

 

「はぁ……」

 

 無意識のうちにため息が出てしまった。今のうちに出せるだけ出しておいて、この先に居る人の前では出ないようにという、俺の気遣いだろうか。

 しかし、心の奥底から湧き出る感情から察するに、どれだけ出しても後から後から出ていきそうで……。ため息を吐けば吐くだけ幸せは逃げるというが、不幸が訪れたからため息が出るのだと、俺はその答えに辿り着いた。

 さて、ここで時間を潰しても問題の先送りになるだけであり、そろそろ覚悟を決めなくてはならない。まぁ、俺にとっては、この覚悟も数多の一つでしかないのだろうが。

 意を決して、扉を開く。時間が時間だからか、この校舎には人がほとんどいない。そのせいか、扉の開く音が大きく感じた。そしてそれは、俺を呼び出した人間も同じなのか、視界の隅にピクリと背中を震わせているのが見えた。

 

「あ……柊先輩」

 

 恐る恐ると言った風にこちらを見たその人は、消え入りそうな声でそう呟いた。

 我が校の制服を着て、俺のことを先輩と呼ぶことは俺の後輩だということになる。さらに、顔を真っ赤にさせて瞳を潤わせて、こちらに背中を見せていたことから極度の緊張状態にあったことが窺えた。

 つまり、俺とは関係のない別の理由でたまたま此処に来た、という線は消えた。

 それに、俺の下駄箱に入っていたこの手紙。その内容とこのシチュエーションを顧みれば、俺を呼び出したのは目の前の後輩ということになる。

 後輩は、唇を震わせて深呼吸していた。普通なら、先輩である俺が「落ち着いて」と声をかけてあげるべきなのだろうが、それをするだけの余裕は、今の俺にはなかった。だから申し訳ないが、後輩には自力で己の中の心と戦い、勝ってもらうしかない。

 

「――あ、あのっ!」

 

 約五分くらい経ったのだろうか。額に汗を垂らしながら、後輩が俯かせていた頭を上げる。その際に、夕日が後輩の青い頭に光を当てキラキラと光る。

 しかし、俺はそれを気にしないようにしつつ、ただ黙って次に放たれる言葉を待った。

 

「い、いきなり呼び出してこんなことを言うのもおかしいと思います。

 でも、体育祭の時の先輩を見て憧れて――好きになりましたっ! 好きです、付き合ってください!」

「――」

 

 後輩の言葉を受けて、俺の胸中にあるのは「やはりか」という達観にも似た感情だった。

 放課後に理科室に来てください、とシンプルに書かれていた字を見た時には既に分かっていたことだった。しかし、希望を捨ててはたまるかという建前を自分の心に刻み込み、しかしそれでも漏れ出す己の感情を律しつつ此処にやって来た。

 現実は、こうだったわけだが。

 少し前に、俺は修学旅行の時にやらかしたせいで()()から告白を何度も受けて来た。その度に俺は断って来た。理由は身勝手なものだが、俺にそういう存在を作る気がない、という告白した相手からすれば納得のいかないものだ。現に、「一発ヤらせてくれ!」としつこい奴も居た。

 その騒ぎも、受験シーズンに入ると収まって来ていた。俺が受験に集中したいと宣言したのもあるのだろう。少なくとも、同学年で絡んでくる奴は居なくなった。

 

 だが、先日行われた体育祭。後になって気づいたが……俺はこの時にもやらかしたらしい。

 別に運動しにくいから薄着にしたとか、世の女の理性を突っつくようなことはしていない。事前に姉さんたちから耳にタコができるほど言われたからだ。こなたさんの「誘い受けビッチ」という言葉に思うところがあったのも理由の一つだ。それに、元々寒かったし。

 じゃあ、何が問題だったのか? 

 答えは簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()()

 今年の体育祭は俺たちにとって最後の体育祭だ。だから、日頃の勉強疲れのストレス解消のついでに、俺は常日頃から鍛えている体を使って、今回の体育祭では頑張らせてもらった。

 結果は、我がチームの圧勝。元々、この世界の男子は全体的に体力がない。故に、俺が出た男子部門のリレーではぶっちぎりの一位を取らせてもらった。男女合同の総合リレーでもごぼう抜きをさせて貰ったりと、我ながらチームに貢献した。若瀬さんに「カッコよかった」と言われた時は、素直に嬉しかった。

 

 でも、それがいけなかったらしい。

 この体育祭で活躍……というか注目された俺の元に、再び告白の嵐が殺到。

 どうしてこうなったと頭を抱えるも時既に遅し。加えて、さらに俺にとって頭の痛い状況ができあがっている。

 その原因の象徴とも言える目の前の後輩を見る。告白した後、俺が黙っていたからか、その表情には不安と期待が半々といったところ。だが、その期待はさっさと捨てて欲しい。

 その思いを、俺は言葉にして口に出す。

 

「ごめん。その想いに俺は答えることができない」

「っ……他に、好きな人が居るんですか? わ、若瀬先輩とか……」

 

 そしてこういう場合、相手は二つのパターンの行動を起こす。

 一つはフラれたことを素直に受け止めて足早に去っていく方。俺はこっちの方がありがたい。

 しかしもう一つ……こちらの方は勘弁して欲しい。目の前の後輩の顔を見れば分かる。明らかに「諦めきれない」と顔に出ている。だから納得のいく理由を求めて、若瀬さんの名前を出す。

 ……今は若瀬さんは関係ないのに。

 思わずため息が出そうになって……すんでのところで止めた。流石に失礼だからだ。

 

「いや、別にそういうことじゃないよ」

「だ、だったらあれですか? 柊先輩に流れているあの噂! それだったら気にしませんよ?」

「別にそういう意味じゃない。俺は今誰かと付き合う気はないんだ。それに――」

 

 この告白を断る理由。毎回それを言おうとして、毎回言葉に詰まる。

 これを言ってしまえば、相手を絶対に傷つけてしまうだろう。もっとオブラートに包んだ言い方はないのか?

 そう自問自答し、しかし結局は同じ答えに辿り着く。

 目の前の後輩のような人間には、俺の思いをしっかりと伝えないといけない。もしかしたら、なんて幻想を抱かせてはいけないんだ。

 だから、俺は言った。

 

「――俺、普通に女の子が好きなんだ」

 

 それを聞いた後輩――丸坊主頭の典型的な男子生徒は、物凄くショックを受けたように顔を強張らせた。

 ごめんね。でもさ――俺もショックなんだよ。色々と!

 

 

 

 ――寒い日が続く、とある日の出来事であった。

 

 

第十五話 誰でもないあなたと

 

 

「ということが最近ありまして……」

「へー、そうなんだー」

「……今『萌える』とか『薔薇キター!』とか考えませんでしたか?」

「イ、イヤダナー。そんなことある訳ないじゃないですかキョウさん」

「全く……結構深刻な悩みなんですよ?」

 

 女子相手だったらまだ大丈夫だが……同性相手だとキツい。

 別に同性愛についてどうこう言うつもりはないが、いざ自分にそういうのを向けられると参ってしまう。

 おかげで精神的に疲れてしまって、勉強に集中できない。

 

「でもキョウくん? ここ最近のアニメでは、最低一人は薔薇キャラが居るんだよ? ほら、この前のアニメでもさ」

 

 この前のアニメ……確かコメントが流れる動画サイトで見せて貰ったこなたさんお気に入りのアニメか。

 内容は五人の男の子が送るほんわか日常アニメで、再生数もコメント数も凄かった。OPの歌詞に対応したいくつものテンプレがあり、特に開幕の『あぁ^~心がぴょんぴょんするのですわ^~』には色んな意味で衝撃を受けた。

 

「でもそれって俺が男子に告られるのとなんら関係ないですよね? 今はアニメの話じゃなくて現実の話をしているんですよ?」

「ちょ、怖い。怖いよキョウくん。私にM属性は今のところ無いから、その蔑む目線はマジ勘弁」

 

 まったく……俺は本気で悩んでいるというのに……。

 やっぱりこの世界の女性にとっては、男子同士のアレコレはスイーツ的な何かなのだろうか。

 逆に女子同士はネタ的な意味で捉えられているところがある。学校でも「お前レズかよォ!?」って騒いでいる女子生徒が居たし。

 なんでこういう細かいところまで逆転しているんですかねぇ……?

 

「アンタちゃんと断っているの? いつもみたいになぁなぁで流しているんじゃ……?」

「いや、はっきりと断っているよかがみ姉さん。というかいつもは曖昧に断っているみたいな言い方やめてよ。それじゃあ俺が本当のビッチみたいじゃん」

「違うの?」

「違います!!」

 

 最近お互いに慣れたからか、俺とこなたさんの間に遠慮というものが無くなって来ていた。元々こなたさんがこういう性格だからか、俺の方は不快に思ったことはない。

 でも、この前のアレはびっくりしたなぁ。最初は半裸のかがみ姉さんとパンツ持ったこなたさんに混乱していて気づかなかったけど、俺の世界的に考えたら結構凄いことしてたなぁ。

 ちなみに、あのことは両親には話していない。反省はしたようだしね。

 

「まぁネットでもそういうのは二次元だから良いって言われているし。三次元ならぬ惨事嫌とか何とか」

 

 誰が上手いことを言えと。

 

「でもこればっかりは女の私にはなー」

「ああ……なんとなく分かっていました……」

 

 色々と博識なこなたさんでもお手上げな様子で、俺は肩をガックシと落とした。

 これからも地道に断っていくしかないことに、俺はため息を吐いた。

 ……次からは若瀬さんにも同行してもらおうかなー。下手したら押し倒されて処女を奪われそうだ。

 

「あっ、でもアドバイスをくれる人なら居るかも」

「アドバイス?」

「うん。昔っから妙に男に惚れられて、掘られそうになっている人ー」

「別に上手くないです。というかなんか怖いからその手の冗談はしばらく勘弁してください!」

 

 というかですねかがみ姉さん。あんた何でもないように装っているけど、物凄く興味深そうにしていない? 普段だったらツッコミ入れている場面でしょ? この前こなたさんの家に泊まりに行った時にナニを見たの? お兄さん怒らないから言ってみて? いや俺弟だけど。

 なお、つかさ姉さんはあまり理解できていなかったらしく、呑気にポヘーとしている。ああ、俺もそっち(ピュアな方)に行きたい……でもそれだとさらに大惨事になりそうだから無理か。

 

「で、誰なんですかそのアドバイスくれるかもしれない人って。男の人っていうのは分かるんですけど……」

「ああ、それはね――」

 

 珍しく持ってきた携帯を操作しながら、こなたさんはその人物の名を……いや、その人と自分の関係を一発で表す言葉を解き放った。

 

 ――私のお父さん、と……。

 

 

 

 

 それから一週間。

 特に予定も無いから、とかがみ姉さんと共に遊びに行くこととなった俺。しかし、前情報から察するにいろいろと凄い家ならし……そしてそれを否定できない自分がちょっと嫌だ。

 ちなみに、つかさ姉さんは家のお手伝いで来れない。残念そうにしていたけど……まぁ仕方がないよね。

 

「どんな人なの? こなたさんのお父さんって」

「う~ん……なんというか、こなたを大人の男性にした感じ?」

「へぇ……でも大丈夫かな?」

「なにが?」

「だって……」

 

 

『いやいや大丈夫だって。そんなんじゃないって』

『いや、本当。……え? 中学の時の? それとは別の人だよ。というか今は交流ないし……』

『とにかくっ。一回会ってみてよ。キョウくんは普通の男子とは違うし。そっちの道の先輩として色々とアドバイスしてあげてよ』

 

 

「明らかに歓迎されていないんですけど? こなたさんがゴリ押したように見えるんですけど?」

「あ、あはは……」

 

 こなたさんは大丈夫だと言っていたが、迷惑だったらやめておいた方が良いと思うんだよねぇ。しかしこうして向かっている以上、もう後戻りはできない。というかしたら失礼だ。

 それに、俺もどうにかしたいと思っているし、ここは厚意に甘えさせてもらおう。

 

「着いたわよ」

 

 そうこうしているうちに無事にこなたさんの家に着いた。

 何処にでもある普通の一軒家だ。特に変わったところはない。

 一度来たことのあるかがみ姉さんは、インターホンを押してリラックスしている。そう感じるということは、何処か緊張しているのか俺は。

 ……ん? なんで緊張しているんだ俺は? 

 

『ほいほーい。入って入ってー』

 

 ふと感じた違和感に疑問を抱いていると、こなたさんの声が機械越しに聞こえた。

 頭に浮かんだことを隅に追いやり、俺は姉さんと共にお邪魔することにする。

 

『お邪魔しまーす』

「おーっ。いらっしゃーい。上がって上がってーっ」

 

 こなたさんに歓迎されて、俺たちは中に上がらせてもらった。そしてそのまま奥に向かい居間へと案内してもらい、そこには和服を着たこなたさんと同じ色の髪をした男性がいた。察するにこなたさんのお父さんなのだろうが、俺は意外に思っていた。この世界の男性のほとんどは背が低く体が弱い印象を与える。うちのお父さんも高い方と言われているが、それはあくまでこの世界の基準でだ。しかし、目の前の男性は前世の世界でも背が高いと言えるほどの身長で、そしてがっしりとした男らしい体つきをしていた。

 久しぶりに見たなーと惚けてしまい、しかしすぐに気が付いた俺は挨拶をした。

 

「あの、初めまして。俺、柊キョウと言います。こなたさんとは仲良くさせてもらって……」

「……」

「? あの……?」

 

 しかし、何故かこなたさんのお父さんは反応しなかった。ただこちらをジッと見つめていて、表情を変えないから少し怖い。こういう人なのだろうか? と思ってかがみ姉さんに目で問いかけると、首を横に振られた。

 どうしたのだろうか。そう思った時だった。

 突如こなたさんのお父さんは勢いよく立ち上がると一気にこちらとの距離を取り叫んだ。

 

「やっぱりこの子も薔薇じゃないかーっ!」

「んな!?」

 

 俺にとって聞き捨てならないことを。

 

「ちょ、どうしたのお父さん!?」

「だって、だって……この子の目が渇望していたんだ! 俺の体を! この身長を!」

「ぶっ!」

「逆セクハラだよ、お父さん!」

 

 この世界にとって、男性の身長は女性のアレと同じ意味を持つ。それをいきなり口走ったことでかがみ姉さんは顔を真っ赤にして吹いて、こなたさんは慌てて己の父を落ち着かせようと諭そうとする。

 というか、なんで俺がソッチ系に見られているの俺!? あれか。背が高いのが良いなーと思っているのが歪な形で捉えられたのか?

 でもそれだけで……。

 

「キョウくんはノーマルだよ! ポニテに萌える普通の男の子だよ!」

「でも俺は知っているぞこなた。そういう子に限って男道へと逸れて行くんだ!」

「キョウくんに限ってそれはないよっ」

「それに、こなたが中学の頃に連れて来たボーイフレンドだって俺を見ると目の色を変えてケータイのアドレスを渡して来たんだぞ!? 男はオオカミなんだ!」

「ちょっと待って。その話詳しく聞かせて」

 

 

 

 

 ――それから場が落ち着くまで十五分かかった。

 とりあえずこなたさんはグッジョブと言っておこう。でも俺の性癖を分析して叫ぶのやめてくれない? それだいたい合っているから。姉の前で姉の友達に自分の性癖叫ばれるとかどんなプレイだよ。……この思考もこなたさん色に染まっているなぁ。

 とりあえず落ち着いてもらい、俺のホモ疑惑が晴れたところで改めて自己紹介することになった。

 

「さっきは失礼したね。俺は泉そうじろう。今更だけどいらっしゃい、かがみちゃん、キョウくん」

 

 こうして聞くと大人の男性というふうに感じられるが、さっきの騒動を見た後だとどうにも……。

 かがみ姉さんが挨拶をし、俺も再び挨拶をする。

 

「ああ、それと。キョウくんには言っておきたいことがある」

「言っておきたいことですか?」

 

 いったいなんだろう?

 そう思っているとそうじろうさんはクワッっと目を見開いて叫んだ。

 

「君に、娘のこなたをやるわけにはいかん!」

「いきなり何を言っているんですか!?」

「というか、それキョウくんのお母さんが私に言うセリフでしょ!? 色々と逆でしょう、色々と!」

 

 どっかで聞いたことあるセリフをそうじろうさんが叫び、それにかがみ姉さんがツッコミ、こなたさんが訂正を入れる。

 いや、俺的には違和感ないですこなたさん。

 かがみ姉さんに「それってどういう意味? ねえこなた。どういう意味」と迫られているこなたさんにそう思いながら、俺は言いたいセリフを言えて満足そうにしているそうじろさんに早速本題を切り出した。。

 

「あの、今日訪れた件なのですが……」

「うん? ああ、学校で受けている同性からの告白だね。確かにあれは困るよね? こっちは普通に女の子が好きなのにねぇ。向こうはお構いなしにやってくる」

 

 なんというか、言葉に重みがあるなぁ。昔を思い出して表情を暗くさせていくことから、過去に色々とあったんだなぁ、というのが窺えた。まさに経験者だ。

 

「で、俺からのアドバイスだけど……」

 

 そして、その経験者であるそうじろうさんは。

 

「諦めろ」

「ちょ、お父さん!? ちょっと冷たくない?」

「あー。やっぱりそうですか」

「アレェ? こっちも意外とドライ?」

 

 いや、だって……。

 

「なんとなく分かってましたし」

「あ、やっぱり?」

「はい。ちょっと言い方があれですけど、断る理由がないんですよ」

「断る理由が……ない?」

「こなたさん目を輝かせないでください。そうじろうさんも身を引かないでください。あと姉さんも」

「わ、私は別に……」

 

 どうだか。

 んで、断る理由が無いというのは別に俺のことじゃない。というか断る理由は「俺が普通に女の子が好き」で事足りる。でもね……。

 

「それじゃあ向こうが納得してくれないんですよ。そう言ってもじゃあ友達から~とか振り向かせてみせるとか言われるんですよ」

「えっと、それはつまり……」

「ええ、そうです。向こうが諦めてくれるだけの理由が無いんですよ」

 

 多分だけど、今まで断って来た人たちは諦めていないんだろうなぁ。逆転したからか、それともこの世界の男性特有なのか、諦めの悪さが凄い。

 

「結局、地道にやっていくしかないのね」

「うん。でも卒業まであともう少しだし、それなら何とか……」

「えっと、なんかごめんねキョウくん。ぬか喜びさせたみたいで……」

「いえ、気にしないでください」

 

 それに、別に無駄だったということじゃないし

 俺と同じ悩みを持っている人が居ると分かっただけでも、幾らか気分が楽になった。相談に乗って貰っているこなたさんたちは異性だから、どうしても全てを理解してもらえるわけじゃない。

 その点、そうじろうさんの存在は俺的に大きいものだ。

 

「でもね、キョウくん。これだけは聞いてほしい。

 君のことを本当に想ってくれている人は絶対に居る。本当に辛くなった時はその人に甘えたら良い。恥ずかしいとかみっともないとか……そういうのを考える前に。

 そして、その人の手をどうか離さないようにしてくれ」

 

 ――本当に想ってくれる人。そう言われて頭に浮かび上がったのは彼女だった。

 何故彼女の姿が浮かんだのか。それを俺は知っているはずだ。でも、どうやら俺はそれを認めるにはまだ成長しておらず、受け止めることができずに顔が赤くなるのを感じた。

 ……認めるのが恥ずかしいのだろうか。多分そうなのだろうけど――これ以上考えるのはやめよう。こっちを見て失礼だけど腹立つ顔をしているこなたさんに揶揄われそうだし。

 

「……なにか?」

「いやいや。やっぱりキョウくんはヒーローしているなーっと」

「茶化さないでくださいっ」

「なはは……ねっ、言った通りでしょお父さん?」

「そうだなー。でもお父さん的にはあざといと思う」

「いやいや。そこが良いんだよ。普段はクールだけど、時折見せるこのデレが――」

「……かがみ姉さん。さっき言っていた意味がよ~く分かったよ」

「でしょ? 私とつかさが初めて来たときに第一声が『家が巫女さんなんだって?』って聞いてきたわ」

 

 オタク談義を繰り広げる目の前の親子を見ていると、なんだか告白云々のことで悩んでいたことがアホらしく思えて来た。

 ……というか、この光景を見る限りこなたさんがオタク化したのってそうじろうさんの影響だよな……というか絶対にそうだろう。

 

「あっ、そうだ!」

 

 一区切りがついたところでこなたさんが突如声を上げた。

 そしてゆっくりとこちらを見るが……なんだろう、凄い嫌な予感。

 

「キョウくん。せっかくだから例のアレしていかない? お姉さんが優しくリードしてあげるよ?」

「こなた、うちの弟にナニさせる気? 場合によっては私と語り合ってもらうわよ? 主に拳で」

「ちょちょ。かがみん暴力はんたーい! 別にやましいことじゃないよっ。ただのコスプレだよ」

「そう……」

「……いや、なんでそこで引き下がるの姉さん? もっと頑張って!」

「……まぁ、オシャレみたいなものでしょ?」

 

 ちくしょう! この姉使い物にならねえ! というかこなたさんよく覚えていましたねコスプレのこと!

 俺が嫌な顔をしているのが気になったのかそうじろうさんが不思議そうに尋ねてくる。

 

「あれ? コスプレは嫌いかい?」

「嫌いというかなんというか……自分がして誰が得するんだっていうか……」

「大丈夫! 私含めてこっちの住民のほとんどが得するからっ」

「それに、こんな感じで薦めてくるこなたさんが正直怖い」

「大丈夫大丈夫。みんな最初はそうだからっ。慣れればやみつきになるって」

「ワザと不安を煽っていませんか!? というか、そうじろうさんにしてもらえば良いんじゃ……」

 

 こなたさん好みのキャラは、体系的に無理だろうけど……。

 

「いや~流石にこの年でするのはちょっと……」

「そうですか……」

「それに、もう昔散々にやったし」

 

 ああ、そういう意味ね。

 

「というわけでキョウくん! 早速やってみようよっ。もう衣装はあるからさっ」

「なんでこんな時だけは手際が良いんですか?」

「ふふふ……それはひとえに――愛だよ」

 

 そうじろうさんには悪いけど、ちょっと教育間違えてませんお宅の娘さん?

 目を輝かせているこなたさんをどうしようかと思っていると、そうじろうさんが軽く笑いながら次のように言った。

 

「まぁまぁ、こなた。今日のところは普通にゆっくりして貰いなさい。あまりガツガツ行くと引かれるぞ?」

「うん、そうだね。それもそっか」

「変わり身早っ」

「あ、でもキョウくん。うちのこなたに変なことは……」

「だから! それ色々と逆だってばお父さん!」

 

 そうでもないけど……黙っておこう。

 では早速と言わんばかりに、こなたさんは俺たちを自分の部屋へと案内した。その前にそうじろうさんに挨拶をし、付いていく。

 さて、いったいどんな凄い部屋なのだろうか……。

 こちらを見送るそうじろうさんの視線を背中に感じながら……。

 

 

 

 

「昔の俺に似ているなぁ……」

 

 キョウを見てそうじろうが感じたのは懐かしさだった。

 しかしキョウと違って前世の記憶はなく、元々この世界で言う女勝りな男の子だった。

 加えて、長身でガッチリとした体つきをしていたからか、この世界の女性と一部の男性にモテてしまい、一時人間不信に陥ったことがある。

 そんな彼を救ったのは妻であった。

 

「……かなた」

 

 そうじろうは、建て掛けてある写真を手に持って優しい目で中に映っている一人の少女……否、女性を見る。

 その写真の中の女性こそがこなたの母であり彼の妻である泉かなたであった。容姿はこなたと瓜二つで、見分けるのはかなり難しい。後日知ったキョウも「クローンかなにか」と言うほどであった。

 そうじろうは瞳を閉じて彼女を見た最後の時間を思い出す。仕事に行く準備をしながら年と共に衰えた自分を心配し、遅刻ギリギリに会社に行った愛しき人。しかし今この時間、彼女はこの家には居ない。

 それが酷く寂しく感じたのか、それとも先ほどの話で昔を思い出し、かなたを恋しく思ったのか、そうじろうは彼女を強く求めた。

 

「かなた……今すぐ会いたいよ」

 

 悲しげな声でそう呟いたそうじろうは、静かに瞳を閉じ――。

 

 ――~♪~~♪♪

 

 次の瞬間、彼の持っている携帯が鳴り響き、そうじろうはすぐさま手に取った。

 

「はい、もしもし?」

『あ、そうくん? そろそろ帰るけど、今日の夕飯のお肉はまだあった?』

「ちょっと待ってよ……うん、あるぞー」

『そう、ありがとう。じゃあ、これから電車乗るから』

「ああ、分かった。……かなた」

『ん? なに?』

「愛しているよ」

『も、もう!』

 

 ブツッと通信を切られ、彼の耳には『ツー、ツー、ツー』という音が。

 しばらくそのままで居た彼は携帯のボタンを押して机に置くとソッと一息。

 

「――やっぱ俺の嫁は最強だーっ!」

 

 にへらっとだらしない顔を浮かべながら、そうじろうはそう叫んだ。

 その後、飲み物を取りに来たこなたにその顔を目撃されて引かれるも、彼は気にしなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 




明日はバレンタインですが間に合わないので諦めました。
まぁ、何話か前に書いたし良いかな、と。


本当はそうじろうとかなたさんの話を深く書きたいけどキョウの存在が薄くなるので没に。キャラが出揃った後に番外編として書くかどうか……でも重い話になりそう。

次話で中学編を終了し、書きたい番外ネタを書いて高校編に突入させようと思います。
あのキャラたちをようやく出せそうでドキドキ。
ライバルが増える(確定事項)ので若瀬さんもドキドキ。
そんなドキドキな話を書きたいと思います。

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