「ヒロイン(笑)」
「若瀬さん可哀想……」
「不憫系ヒロイン可愛い」
「ポニテhshs(意訳)」
と反応様々でしたので、今回は若瀬さん大勝利回。
作者の精神力を犠牲にして書きました
「おぉ……盛り上がっているねぇ」
キョウやかがみたちの学校が夏休みに入って数日後。
町内では夏祭りが開かれていた。
屋台があちらこちらに開かれ、人の賑わいがキョウの心を擽る。
浴衣を着て下駄をカラコロと音を立てながら、彼は周囲をキョロキョロと見渡していた。手提げ袋を手に、早くこの祭りを楽しみたいと珍しくウキウキとしているようであった。しかしそれはキョウを押し留める。
今日は一人で楽しみに来たのではないのだ。ならば誰と?
そう聞かれると、おそらく彼は頬を薄っすらと赤く染めながらこう言うだろう。
――頑張った親友と、と。
第十三話 夏祭り
「流石と言うか、みゆきはしっかりしているわね」
浴衣をしっかりと着こなしたみゆきを見つつ、かがみは自分の思ったことを素直に述べた。目の前の親友は完璧超人と評されるほどの人間。ゆえに、一番に見て思ったのが「流石」であった。
かがみたちも浴衣を着ているが、彼女たちはキョウと違って簡単に着ることができる代物だ。
「いえ、これはお店の人に見繕ってもらったもので……」
「へー」
しかしみゆきの答えはかがみの考えたことと異なり、流石の彼女も浴衣を着こなす技術を持ち合わせていなかったようだ。
だからといってかがみは驚くことなくみゆきの言葉に頷き、視線を横へと逸らし……少し下げてもう一人の親友へと向ける。
「で、こなたは意外よね。あんた面倒くさいとかいって浴衣とか着そうにないのに」
彼女の言うように、こなたの服装は短パン+Tシャツといった女子らしいものではなく、みゆきやつかさ、かがみたちのようにしっかりとした浴衣であった。加えて帯もしっかりと結んでおり、普段の彼女を知るだけにかがみは少しだけ違和感を感じていた。
「ああ、うん。私もそうしようと思ったんだけど、お父さんが無理矢理ねー」
「へぇ……。結構オシャレとか気にする人なんだ」
コスプレ喫茶で働いているこなただが、お洒落といった物にはほとんど興味がない。ゆえにかがみはこなたの話を聞いて彼女の父親はしっかりしているのかと思った。
娘が
そんなことを考えていたかがみだったが……。
「うーん、たぶんそうじゃないと思う」
「へ?」
「ただ単にボーイゲー的に考えて、祭りイベントで浴衣じゃないのは許せなかったんじゃないかな?」
「……ああ、そう……」
――
泉家の凄さを垣間見て絶句するかがみであった。
「それはそうとして……」
ふと、こなたは辺りをキョロキョロと見渡す。まるで何かを……誰かを探しているようだ。
つかさはこなたの行動に疑問を感じて尋ねる。
「どうしたの、こなちゃん?」
「いや、あのさ……キョウくんは?」
『……』
こなたはこの祭りとは別に楽しみにしていたことがあった。
それは、キョウの浴衣姿。
いつもとは違う彼をおか……目の保養にしようと考えていたのだが、その肝心のキョウの姿がない。
みゆきもキョウの姿が見えないことを気にしていたのか「確かにそうですね」と言いつつ、こなた同様周囲を探す。
そんな二人の疑問はすぐに解消されることになる。
涙を流す、お姉ちゃんズによって。
「そうなのよ! 聞いてよこなた!」
「え? もしかしてこれめんどくさ――」
「私もつかさも今日という日を楽しみにしてたのよ? それなのに――」
「キョウちゃん、友達と別の所のお祭りに行っているんだよ!」
友達と姉。二つを天秤にかけた結果、彼は友達の方を選んだ。
そのことが彼女たちには納得できなかったようで、今こうして涙を流している。
加えて、相手が女子……というか絶賛ヒロイン力上昇中の若瀬いずみだったのが、柊姉妹のブラコンエネルギーを爆発させた。
自分たちも行く。こっちにしよう。付いていくぜ!
何度も説得を重ねるつかさとかがみだったが、キョウは姉たちの反論を切り捨てて、いのりの付き添いの元、某町の夏祭りへと向かった。
話を聞いたこなたとみゆきは苦笑しつつ、彼女たちを慰めた。
「元気出してください、つかささん。かがみさん。今日は楽しみましょう?」
「うぅ……でも心配だわ……今頃何人目の女にナンパされているんだか……」
「ナンパされているのは確定なんですね、分かります」
「私はあの黒髪の子に変なことされていないか心配だよ……キョウちゃんにはまだ早いよ……」
「つかささん、考えすぎです」
さめざめと泣く柊姉妹、慰めるみゆき、自分の状況を顧みて、ふとこなたは思った。
――キョウくん居ないと、私たちって悲しい存在だなぁ……。
同性で集まって祭りに行くのはなんら可笑しいことではない。それどころか、この世界ではありふれた光景だ。
しかし、キョウという存在を知った今、こなたの胸に浮かぶこの感情は……なんと空しいことだろうか。
深いため息を吐きつつ、こなたは死んだ魚の目で空を見上げた。
星が綺麗だった。
☆
「あと三十分……」
腕時計を見ながら、本日何度目かになる待ち合わせ時間の確認をする若瀬。目印に指定しておいた○○神社の一際大きい巨木を見上げて、逸る気持ちを抑えようとするも……己の感情を制御するには彼女は若過ぎた。
夏休みに入る前に行われた期末テスト。その際に成り行きで行われたキョウとの一つの賭け。全ての教科で90点以上取れば、キョウに一つだけ何でもしてもらえる。そんな、思春期真っ盛りな女子なら
そして、賭けに勝利した若瀬は『キョウと二人で夏祭りに行く』という幼き頃から憧れていたイベントを実現することに成功した。
同い年の女と男が二人っきりで夏祭りに行く。それはエロゲーやアニメ等では定番のイベントで、だからこそ若瀬のような人種の女はそれに渇望する。兄は勿体無いやらもっと自分に正直になれやら茶化してきたが……この気持ちは男には分からないだろうと若瀬は耳を塞いだ。
……決して、兄の言っていた内容に心惹かれた訳ではない。
(あ~……楽しみだなぁ!)
待ち合わせ時間の一時間前から此処に居る彼女だが、舞い上がる気持ちは一向に収まらなかった。ソワソワと時間が来るのを待ち、祭りの喧騒を耳にしながらキョウが来るであろう方へと視線を向けて――不意に視界が黒に染まった。それと同時に柔らかい感触と心地良い花の香りが、失った視覚情報を補うかのように若瀬の感覚器官を敏感にさせる。
「だーれだ?」
それと同時に、すぐ背後から聞きなれた、それでいて待ち望んだ声が彼女の鼓膜と心を震わせた。
答えはすぐに出たが、それを答えることができなかった。
目隠しをされているということは、言葉と共に吐き出された息が若瀬の首裏を擽るほど近づいている……いやほぼ密着状態というわけで。
手の感触。香り。声。それらの情報から真実に辿り着いた若瀬は、見た目は子ども頭脳は大人な名探偵のように流暢に全てを解き明かすことができず……。
「~~! ~~!?」
「うわ!? お、俺だって若瀬さん! 落ち着いて!」
茹タコのように顔を真っ赤に染めて、声にならない叫びを上げることしかできなかった……。
「いや、本当にごめん。ちょっとしたイタズラのつもりだったんだ……」
「う、ううん気にしないで! ちょっとビックリしただけだから!」
(ちょっと?)
数分後、落ち着きを取り戻した若瀬はキョウの謝罪を受け取りながら、しかし実際の所彼の言葉は届いていなかった。
(うわー! うわー! ――うわあああああああ!!)
先ほどに晒した醜態も、キョウが来たら言おうと考えていた台詞も忘れて、彼女はただただ心の中で歓喜の声を上げていた。
普段は学校の制服や私服姿のキョウ。しかし今回は落ち着いた印象を与える紺色の浴衣を着ていた。キョウからすれば前世と変わりない普通の浴衣だが、若瀬からすればその意味が違ってくる。
何故なら、彼女は浴衣姿の男性を見るのはこれが初めてだ。もちろんアニメやゲームでは何度も見て来た。しかし、現実はフィクションとは異なり浴衣を着ている男性はほとんど居ない。居るとしてもそれは年を取ったおじいちゃんやテレビに出る芸能人くらいだ。
この世界の男性は肌を見せることを不埒なことだと考えており、ゆったりした浴衣は好まれていない。加えて、時代と共に機能性が優れた洋服が認知された結果、浴衣や着物といったものは廃れていった。
簡単に言うと、浴衣や着物だとはだけたり脱がせやすくて男の貞操がマッハでヤバい。昔はサポーターとか無かったし、基本下着無いし。
なお、キョウは常にサポーターを付けていない。これもビッチ呼ばわりの原因の一つだ。
「それにしても……」
キョウは腕時計で時間を確認する。待ち合わせ時間の時間まであと十五分ある。にも関わらず二人とも早めに来ていることに思わず苦笑い。しかしそれ以上に、彼は気になることがあった。
先ほどイタズラするために若瀬に近づいた時、彼女の頭部には葉っぱが乗っていた。今は落ちているが……。
「気づかないほど楽しみだったのか。それとも長い時間待っていて気づいていなかったのか……」
いったいどちらだろうか、とキョウは思った。
正解はどちらも、だが。
「――はっ。その、柊くん!」
「うん? なに?」
「に、似合っているね浴衣姿!」
「あ、うん。ありがとう。若瀬さんも似合っているよ?」
トリップしていた意識が戻った若瀬は、すぐさまキョウの浴衣に関して感想を述べた。かなり削って一般化させたモノだが。
それを受けたキョウは素直に礼を述べて、お返しと言う訳ではないが己も若瀬の浴衣姿も褒める。百合の花が描かれた浴衣を着て、黒の長髪をポニーテールにした若瀬は『可憐』という言葉が似合うほどに魅力的だった。しかしこの世界では評価されなかったりする。少なくとも男子は靡かない。つくづく自分とは違うのだとキョウは再確認し、もう一度若瀬のポニーテールに視線をやって、次に祭り会場の方へと移す。
「時間よりも早いけど、行こうか? さっき通ったけど色々あったよ?」
「へえ、そうなん――って、柊さんあそこ通って来たの? 大丈夫だった? ナンパとか?」
「いつもの二割増し多かった」
隠れオタクの若瀬は少し過剰にキョウの浴衣姿に感激していたが、そうでない女性にとっても彼女と似たような感想を抱いたようで、声を掛ける人数が多かった。
「あれ? でも確かお姉さんに送って貰うって……」
「うん。それでも尚声かけて来たから、途中から腕組んで貰って恋人のフリしてもらった」
後にいのりはこう語った。
「最初は優越感みたいなのを感じました。ええ。周りの喪女どもの視線が心地良くて。でも隣の男が弟だという現実が、私も彼女らと同類だという真実を突き付けて来て自分の目がどんどん腐っていくのを感じました。しかも弟は女と楽しむようで……見送った後に見えたあのイチャツキを見たらね、死にたくなってね? もう地球滅べと(ry」
弟のために闇を抱えた長女はともかく。
これは楽しみつつ守らないといけないと認識を改める若瀬だった。
「じゃあ、行こうか?」
「へ?」
そう言うとキョウは若瀬の手を取ると、祭り会場へと歩き出した。
突然手を握られた若瀬は間抜けな声を出して、そのまま彼に引っ張られるままに歩みを進める。
「ちょ、ひいらぎさっ!?」
「ん? どうしたの若瀬さん?」
「その……手……」
嬉しさと恥ずかしさを100%顔に出した状態で、若瀬は視線をキョウの顔と繋がっている己の手へと交互に移す。
「あ、ごめん。嫌だった?」
「いや、そういうことじゃなくて! ただ驚いたというか……」
「だったら、このままで良いかな? いつもみたいな感じだと楽しめないから……」
「え、それって……」
――もしかして柊君も意識している?
浮かび上がった可能性に若瀬は呆然とし、しかしすぐさま腕で口元を押さえた。それを見たキョウが不思議がるが、彼女は答えることはできない。この腕を退けてしまえば、己のニヤケ顔がキョウに見られてしまうからだ。
彼女が腕を退けたのは、それからしばらくしてからのことだった。
「あっ、射的ある!」
幾分か羞恥心が消え去ると、若瀬の目にやっと『祭り』が映る。
隣で歩くキョウのことはまだ意識しているが、流石にそればかりでは自分もキョウも楽しめない。そこで目についたのが射的だ。
棚に景品が飾られ、射的用の模擬ライフルが幾つか並べてあった。丁度空いているらしく人が居ない。
「やってみる?」
「うん、やろう!」
早速と言わんばかりに射的に近づくと、彼女たちは棚に置いてある景品を眺める。
菓子類や人形等が並べてあり、弾を当てて倒したら取れるようだ。
二人はそれぞれ500円払い――若瀬がキョウの分も出そうとしたが断られた――ライフルを構えて三発撃った。しかし……。
「あらら、残念」
射的のお姉さんが快活に笑いながらそう言った。
二人が撃った弾は見当違いの方へと飛んでいき、掠りもしなかった。
いつぞやのゲームセンターの時みたいに、キョウの前でカッコいい所を見せようと考えた若瀬は特に悔しがっていた。どうやら一番大きな人形を取ってキョウにプレゼントするつもりだったようだ。捕らぬ狸の皮算用とはこのことだ。
そんな彼女の考えを読んだのか、射的のお姉さんはニヤリと挑発的な笑みを浮かべると若瀬を煽る。
「もう一回やるかい、お嬢ちゃん?」
「――じょうと」
「あ、大丈夫です。ありがとうございました」
しかし、その前にキョウが若瀬を引きずってその場を後にした。
デジャブを感じたのだろう。あのまま放っておけばどうなるかなんて……火を見るよりも明らか。
射的のお姉さんは「毎度あり~」と言いながら手を振った。その余裕な態度に若瀬はさらに悔しそうにする。
「むー……今度から練習しようかな」
「練習って……何処で?」
「うーん……射的屋?」
祭り以外では見たことがないのだが……と思うもこれ以上は野暮だと思い、彼らは次の店に向かう。
「あっ、かき氷!」
キョウが次に見つけたのはかき氷屋だった。小さな子ども連れから、カップル、仲の良いグループ等が並んでおり、彼らもその後ろに続いた。
日中よりは涼しいとはいえ、それでも季節は夏。冷たい物を体が求めていた。
「祭りの定番だよね~。柊さんは何味にする? 私イチゴ」
「俺はメロンかなー」
「柊さんってメロン好きだよね。ジュース飲むときはメロンソーダだし」
「まぁねー」
チラリと列の先を見てみる二人。かき氷機を回しているお姉さんは、頬に汗を垂らしながらかき氷を精製していた。やはりこの時期のかき氷は人気なようで、その表情からは疲労が伺える。
これはもう少し掛かりそうだなーと考えていると、キョウはふと店先に並んだ色とりどりのシロップに目が移った。メロン、イチゴ、レモン。そしてブルーハワイと他にも様々な種類がある。
「そう言えば、ブルーハワイって何なんだろう?」
「え?」
「いやさ。メロンとかイチゴは果物じゃん? でもブルーハワイは? って思って……」
「うーん。確かにそう考えると謎だよね」
「何かの果物が原料だけど、名前が合わないから変えたとか? 色が色だし」
「あー、確かにそうかもねー。でもそう考えると緑とかも中々アレじゃない?」
「緑は良いんだよ。メロンだから」
「ははは……」
「……あっ、でも確かかき氷のシロップって実際は味が変わらないらしいよ?」
「え? そうなの?」
「うん。この前トリ○アでやっていた」
などと、取り止めのない会話をしていると行列が解消され、自分たちの前で売り切れるというベタなオチもなく無事にそれぞれかき氷を手に入れることに成功した。
二人は座って食べようと適当なベンチに座ってかき氷を一口食べる。
細かく砕かれた氷の冷たさとシロップの甘さが舌の上でとろける。
アイスとはまた違った味わい深さに二人は頬をほころばせた。
「うーん! 美味しい!」
「本当にねぇ。やっぱり祭りで食べるかき氷は違うね」
「コンビニとかで買ったほうが安いけど、何故かこっちの方がおいしく感じるよね? なんでだろう」
先がスプーン状になっているストローを突き刺しながらキョウはそう言った。
以前猛烈にかき氷を食べたくなった時があった若瀬。そこで近くのコンビニに行ってかき氷を買って食べたのだが満足できなかった。
(……あれかな。限定版とかの特別さ的な感じなのかな)
自分の経験的に考えて、その答えに行き着いた若瀬だが。
そんなことを口走ろうものなら己がオタクであることがバレそうだし、何だか捻くれた考えみたいで、口に出すことはなかった。
イチゴ味のかき氷を食べて冷たさに体を震わせ、ふと先ほどの会話を思い出す。
「そう言えば、さっきかき氷のシロップは同じ味だって言ってたよね柊さん?」
「うん、言ったねー」
「柊さんを疑うわけじゃないけど、ちょっと信じられないなー。だってこれ明らかにイチゴの味だし」
「……じゃあ、試してみる?」
軽い感じで言った若瀬だったが、次のキョウの行動に目を丸くさせた。
彼はシャリシャリと己の持っているカップの中を弄ると、シロップが十分に染み込んだかき氷をスプーンで一掬いし、それを若瀬の方へ向ける。
(……へ? これってもしかして――)
予想。期待。興奮。
それらの感情が若瀬の胸の奥で混ざり合い、そしてキョウはそれに応えた。
「はい、あーん」
(――あ、あーんだとーーーー!?!?)
若瀬、妬みの視線を送っていた独り身の女性たちが戦慄した。
夏祭りで、浴衣を着た男の子が、自らあーんをする。
この世界の男性は異性に対して厳しい。
ゆえに、もはや幻とすら評された
そんな中、若瀬は思考を停止していた。パニックを起こすほどの余裕など無く、スプーンに乗せられたメロン味のかき氷をただただ注視していた。まるでエメラルドの宝石を前に惚けている某海賊団の航海士のように。
「あーん」
「……あ、あーん」
キョウがもう一度「あーん」と言ってさらに彼女の方へと差し出すと、若瀬は促されるまま口を開いて、彼のスプーンが自分の口の中に入るのをそのまま――。
「――あむ」
――しかし、そのかき氷は若瀬の口に差し出される前にヒョイッと躱され、キョウは自分の口の中に放り込んだ。
それを呆然と見ていた若瀬は、何が起きたのか確認し、意識を取り戻すと……。
「……へぁ?」
なんとも間抜けな声を零した。
まるで夢から覚めたかのようなその反応に、キョウはクスクスと小さく笑いながら謝罪した。
「ご、ごめんね? ちょっとからかってみたくなっちゃって」
「……」
しばらく呆然とし、少ししてキョウの言葉を理解した若瀬は赤面した。
先ほどまでの自分の行動と思考に心が乱れる。
すごく恥ずかしい。ただただ恥ずかしかった。
顔を俯かせて、彼女は体を小さくさせた。
「……あの、若瀬さん?」
そして、そんな彼女の心情は他人から見ても丸分かりで、その原因であるキョウは笑みを引っ込めてた。
しかし彼女は彼の声には応えず、羞恥に耐えるように視線を地面に固定したままだった。
軽い気持ちでしたとはいえ、流石のキョウも罪悪感を覚えた。言い訳をさせてもらえるなら、祭りの気に当てられて気持ちが舞い上がっていた。
それでも、今回は反省するべきであり、かと言って本気で謝っても空気が悪くなるだけ。
キョウはどうすれば良いのかを考え、しかしその答えはすぐに出た。
若瀬が落ち込んでいるのを見れば明らかであり、それを実行するのは少し恥ずかしい。
(――まっ、いっか)
シャリッとかき氷にスプーンを突き刺して掬うと、彼は再び若瀬に声をかけた。
「ねえ、若瀬さん。これ見て」
「……え、な――」
二度目の声掛けに応じた若瀬が顔を上げ、キョウの方へと向いたと同時に口の中に違和感を感じた。少しだけ固い感触。しかしその違和感はすぐに外へと出ていき、口内に感じたのは冷たく甘い味。
「――どう? 同じ味?」
突然のことに目をシロクロとさせていた彼女は、頬を赤くさせている彼の言葉にただ頷くことしかできなかった。
――一方その頃、かがみたちは……。
「お姉ちゃんすごーい!」
「えへへ。ありがとうつかさ」
「大事にしようね、その金魚さん」
「ええ、そうね。うんと可愛がろう――ねぇぎょぴちゃん?」
「え? もう名前付けているの?」
彼女たちは彼女たちで、祭りを楽しんでいるようであった。
かき氷を食べ終えた二人は、他の店も回っていた。
それぞれの手には道中購入したフランクフルトとチョコバナナを持っており、モグモグと笑顔で食べていた。どうやら夕食を抜いてきた分空腹なようで、かき氷では満足できなかったようだ。
他にも金魚すくいや型抜きなどの店に行ったり冷やかしながら、二人は祭りを楽しんだ。
「……あ」
「? どうしたの柊さん」
そんななか、キョウがとある店を見つける。
それは様々なアニメキャラのお面を売っている屋台。そのほとんどが子ども向けで、日曜日の朝に放送されているアニメ番組に出演しているキャラクターたちのお面が並んでいた。
しかし、キョウが気になったのはそれらではなく、端っこの方にひょっこりと並んでいるとあるお面。
それは、少し昔に……キョウたちが丁度小学生くらいの時に流行ったとあるヒーローのお面。
キョウはそれを指さしながら、店番をしているおばさんに尋ねた。
「すみません、これって……」
「ん? ああ、それか。倉庫からひょっこり出て来た物でねぇ。ついでだから並べただけだよ。なんだい? 買うのかい?」
「……そうですね、一つください」
「え?」
それに対して意外に思ったのは若瀬だ。彼女の認識では、キョウはアニメなどが苦手な男の子なはず。
にもかかわらずこうして購入している事実に驚愕していた。
お金を払ってお面を見つめるキョウの視線は何処か優しいもので、彼女は気になって尋ねた。
「そのお面がどうかしたの? なにか思い入れがあるの?」
「うん? ああ、これね。ちょっと昔にやんちゃしてた時にちょっとね」
「やんちゃ?」
「うん。前にも話したことがあると思うけど、俺って昔から男らしくないって言われていたんだ」
彼からしたら、典型的な男の子だったのだが、この世界からしたら女の子のような男の子だった。
幼い頃の彼は、まだ前世のことをよく思い出させておらず、しかし前の世界の常識に引っ張られていた。今の彼からすれば、あの頃は何処か夢を見ていた時のように意識が朧気だった。おそらくそれが原因でこの世界の違和感に気づかなかったのだろうが……今は置いておこう。
そんな、やんちゃな性格だった彼だが、当然ながら父親からは注意された。
「『男の子らしくしなさい』ってね。まぁ、毎日泥だらけになったり傷だらけになって帰ってきたら、父親からすれば心配するよね。逆に母さんはそこまで厳しく言わなかったなぁ。父さんが言っていたというのもあるし、小さい頃の俺は母さんに結構甘えていたみたいだし」
「へぇ……」
「でも、あの頃の俺はそんなこと理解していなかったんだろうな。ただ、父さんにガミガミ言われることに嫌気が差して、ストレスをどんどん蓄積させていた。
やりたいことをしたら説教をされる。なんで自分だけって周りの女の子に嫉妬したよ。加えて、かがみ姉さんからも男らしくしなさいって言われて、反発心が煽られていた」
あの頃は仲良くなかったしね、と彼は続ける。
しかし彼女には理解できなかった。その話とお面にどのような関係があるのか。
そんな彼女の疑問に気づいたのか、彼は「話を戻すけど」と前置きをして続ける。
「で、そんなときに手に入れたのがこのお面」
「確か、ちょっと前にしていたアニメだよね?」
「うん。と言っても、ぶっちゃけ俺はこのお面のキャラの出るアニメを知らなかったけどね。ただ、祭りに行った時に適当に買って貰ったんだ。
さて、ここで問題です。俺はこのお面を使って何をしたでしょう?」
「え? う~ん……ヒーローごっこ?」
「おっ。半分正解」
「半分?」
「うん。正確には『いじめっ子を見つけて撃退してまわるヒーローごっこ』でした」
「……はぁ!?」
思わず足を止めてキョウへと振り返る若瀬。
しかし無理もない。今の彼を知っているだけに、そのような過激なことをしているとは思いもしなかったからだ。
その反応を予想していたからか、彼は苦笑いを浮かべて「そういう反応するよね」と呟いた。
「探したら結構居るんだよねぇ、いじめっ子。それっぽいところに行ってはそれっぽい子を助けたり、現行犯見つけたら殴り込み――と言ってもハリセンでぶっ叩くだけ――に行ったり。あと一番凄いのは、自転車で東京の方に行った時かな。朝早くから家出て夜遅くに帰って大目玉。
いやー。あの時の俺はどうかしていたよ。女の子相手になにしてんだって」
「いやいやいや! そういう問題!? 危ないよソレ!」
「うん、まぁね。我ながらアホなことをしたと思っているよ。最後にバレた時なんか、滅多に怒らない母さんに怒られたりしたし。それ以来そういうことはしなくなったかなー」
そんな訳で、彼からすればこのお面は最も自由で無謀だった時期の思い出を思い起こす代物なのだ。当時使っていた物は東京に遠征した際に紛失しており、それ以来そういうことはしなくなった。
……実際には、やめるきっかけとなったちょっとした事件があったのだが……それはまたの機会に。
「なんか、想像以上にやんちゃだったんだね……」
「あはは……引いた?」
「正直ね……でも、柊さんらしいかなって思う」
「え、俺普段そんな感じに見られているの? ちょっとショック」
「え!? いや、そういう意味じゃなくて――」
わたわたとしながら弁明する若瀬に笑いながら、彼は頭に付けたお面に触れる。
あの時の物とは違う筈なのに、何故か懐かしく感じた。
☆
「……すみません、遅くなりました」
「おおう、みなみちゃん。今日はありがとうね? 本当なら彼氏と楽しみたいだろうに」
「……いえ。私にはそういう相手は」
「またまたそういうこと言っちゃって~。でも、まぁおばさんからしたら助かるけどね。バイト代も色付けるからよろしく頼むよ」
「はい……あっ、あのお面」
「うん? なんだい、そのお面が気になるのかい?」
「はい……」
「……なんだったらあげようか? どうせ売れないし、もう古いしねぇ」
「……いえ、もうあるので大丈夫です」
「そうかい?」
「あと……」
「?」
「古くても、カッコいいと思います……私は」
☆
「あー、楽しかった!」
祭りを楽しんだ二人は、初めに集合した神社に来ていた。
それぞれの手には水風船やくじで取った景品があり、十分に楽しんだことが窺える。
二人は、いのりがキョウを迎えに来るまでここで待つことにしていた。
「それにしても、今日は忘れられないね。まさか同じクラスのあの人がねー」
「確かに。しかも、あの子も林檎さんのこと好きみたいだよね? ちょっと意外だったかも」
「だよねー。生徒会の仕事で忙しそうだから意外だったよ」
「あとあと、茂みの向こうのアレもびっくりしたよ! まさか校長と教頭が……」
どうやら、祭りの道中様々な珍事件に遭遇したらしい。そのことについて思い出しながら語り合い、笑みを浮かべるキョウを見ながら若瀬は思った。
(――まだ、あと少しだけ一緒に居たいなぁ)
キョウからしたら、いつもと変わらない日常の一ページなのだろう。
しかし、彼女は違う。
彼女にとって、今回の夏祭りは一歩を踏み出した証なのだ。
だから、今日という日が終わるのが勿体なく感じた。
「――キョーーウッ! 迎えに来たよーーぅ!」
「あ、いのり姉さんだ」
しかし、終わりは必ず来る。
己を呼ぶ姉の声に反応したキョウは立ち上がる。
それを見た若瀬は咄嗟に手を伸ばして引き留めようとして――しかし、その手はすぐに戻される。
(……まぁ、今日は楽しかったから良いかな)
もし踏み込んで、今の関係が壊れるのが怖い。
キョウとの今までの日々が、彼女を押し留めた。
それに、なんとなく思うのだ。キョウは誰かとそういう風になりたいと思っていない。もしそういう気があるのなら、今まで告白してきた女子と何かしらの交流がある筈なのだ。
それがないと言うことは……そういうことなんだろう。
「じゃあ、俺は帰るね。今日は楽しかったよ。気を付けて帰ってね」
「あ、うん……。私も……私も楽しかったよ! また今度遊ぼうね!」
「うん、ありがとう!」
手を振って、いつものように振る舞う若瀬。
特別な日はもう終わった。なら、ここで変なことをせずに見送ってまた遊べばいい。
それが良い……それが良いんだ。
カラコロと下駄を鳴らしていのりの元へと歩くキョウの背中に手を振りながらそう考えるように努める。
自分も踵を返し、自宅に帰ろうとした彼女だったが……ふと呼び止められた。
「あの! 若瀬さん!」
「え?」
キョウの声に振り返ると、彼は何故か引き返して彼女の方へと走って来た。
いったいどうしたのだろうか? と思っていると……。
「あっ!」
「! 危ない!」
暗闇で見えなかったのか、キョウは木の根に足を取られてバランスを崩す。
それを見た若瀬は咄嗟に前へと出て手を広げ――そのままキョウを受け止めた。
「……あ、ありがとう」
「……う、ううん。でも暗いから気を付けてね」
礼を言ってすぐに若瀬から離れたキョウ。しかし、その頬は羞恥から赤かった。年甲斐もなく転びそうになったからか、それとも……。
若瀬も、助けるためとはいえキョウと密着したことに顔を赤くさせていた。
お互いに赤面し、気まずい空気が流れる。しかしそれを気にしないようにしながら、キョウはとある物を取り出した。
「あの、これ」
「これって……」
「うん。うちの学業成就のお守り。確か若瀬さんも陵桜を目指すんだよね? 渡そうと思っていたんだけど祭りが楽しくて忘れちゃってた」
そうなのだ。彼女もキョウと同じく陵桜を目指している。
本当は近くのそこそこの高校にしようと考えていたのだが、キョウの進学先を聞いて『一緒に行きたい』と思い、目指すことにした。進学校のため、するべき勉強が多いが、それでも彼と行くために彼女は日々努力している。そして、その努力をキョウは知っている。
「気休めにしかならないだろうけど、絶対に一緒に陵桜に行こうね。正直、俺嬉しかったんだ」
「え?」
「もし若瀬さんが別の高校に行ったら、多分俺ぼっちになりそうだし。というかビッチの噂が凄いことになりそうだし……」
「あの、柊くん?」
「まぁ、なんというか……まぁ、あれだよ」
先ほどよりも頬を赤くさせ、そして普段は滅多にしない表情を浮かべて彼は言った。
「――俺は、若瀬さんと同じ陵桜に行きたい」
「――」
「だから……一緒に頑張ろう?」
嘘偽りのないキョウの言葉を受けて、若瀬は言葉を無くし、しかししっかりと彼からお守りを受け取った。
先ほどまで聞こえていた人の、町の音が消え、聞こえるのは彼女の心臓の鼓動のみ。
「じゃ、そういうことで。勉強、頑張ろうね! 今度こそじゃあね!」
「あ、うん……気を付けてね」
お守りを渡し、言いたいことを言ったキョウはいのりの元へと駆けていった。
それを見送り、彼の背中が見えなくなると彼女は手の中にあるお守りへと視線を落とす。
『学業成就』と書かれた何の変哲もないお守り。しかし、今彼女は、このお守りから何か特別な力を感じた。徐々に心の奥底から湧き上がる感情のまま、彼女は決意した。
「――絶対、陵桜に受かってやるぅーー!!」
そんな彼女の心からの叫びを聞いた誰かさんは、何処か恥ずかしそうに笑って、ニヤニヤとからかってくる姉の追求を躱し続けた。
(頑張って、若瀬さん)
親友――よりも少しだけ特別な女の子に心の中でエールを送りながら。
本当は
・不良(女)にからまれる
・茂みでR18指定行為をしているのを見て気まずくなる
とかやってみたかったけど作風に合わないんで断念。
多分他の人がやってくれる。