「もうすぐゴールデンウィークも終わりだけど、宿題はちゃんと済ませたかい?」
とある昼下がり。居間にて談笑していた俺たちに向かって父さんがふとそんなことを尋ねてきた。
それに対してつかさ姉さんは宿題の存在に今気づいたのか、ハッとする。
その反応でだいたい察した俺たちの視線に、つかさ姉さんが苦笑しながら言い訳を述べた。
「な、長いお休みだとつい遊んじゃって……まだ終わってなかったり……」
「まぁ、なんとなくそうかなーって思ってたよ」
「まったく……」
それを聞いた父さんは眉を顰める。学校までには終わらせるように、とお叱りの言葉を頂いたつかさ姉さんは体を小さくさせて返事をした。
基本的に真面目だからなぁ、姉さんは。なんだかんだで終わらせるだろう。父さんもそのことは分かっているからか、それ以上は言わずに今度はこちらを見る。
「キョウとかがみは終わらせているのかい?」
「うん、ばっちり」
「私も」
父さんの問いに対して俺とかがみ姉さんは当然とばかりに答える。
という、俺は姉さんたちに比べてそこまで量が無かったから初日で終わらせたけど。
宿題だけに時間を割いていたら受験勉強が疎かになるからねぇ……。俺としてはそっちを優先したいからこそさっさと終わらせた訳だが……決して遊びまくりたい訳じゃないよ?
俺たちの返事に父さんは満足そうに頷いた。しかし……
「え……? あれ?」
何故か横で聞いていたつかさ姉さんは目を白黒させていた。
「な、なんで? 二人とも一緒に遊んでたよね?」
「なんでって……」
「言われても……」
俺とかがみ姉さんは顔を見合わせて、つかさ姉さんの疑問に答えた。
「つかさ姉さんよりも早く起きて」
「つかさよりも遅く寝たから、じゃないの?」
――その日、つかさ姉さんは頭を抱えて宿題と睨めっこすることになった。
それを部屋の外から見ていた俺とかがみ姉さんはそろってため息を吐く。
……やれやれだぜ。
第十一話 それぞれの……。
6:00
柊キョウ、柊かがみ。起床。洗顔後、ランニングへ。
柊つかさ。就寝中。
7:00~12:00
柊キョウ、柊かがみ。それぞれ勉強。
柊つかさ。12:00に父に起こされる。
13:00
柊キョウ、若瀬いずみの家へと遊びに行く。
柊かがみ。柊つかさ。泉こなたと共に外出。
17:00
柊キョウ、柊かがみ、柊つかさ帰宅。
18:00
入浴時間。
19:00
夕食。
20:00
全員勉強中。
21;00
柊つかさ就寝。
柊キョウ、柊かがみは22時まで勉強。
「これは……」
「つかさ、寝すぎ」
「あう……」
それぞれ振り返って、それを元にさらっとノートに時刻表を作ってみたところこのような結果となった。
確かにこれだったら、つかさ姉さんから見れば不思議に思うだろう。いつも遊んでいたのに、何故か俺たちは宿題を終わらせているのだから。しかしこうして情報を揃えれば……原因ははっきりと分かる。
流石に俺もフォローができず、かがみ姉さんはズバッと切り捨てた。自分が悪いと分かっているからか、つかさ姉さんはぐうの音も出ないようであった。
「とりあえず、明日一日は勉強漬けなのは確実だとして……つかさ姉さん。宿題ってあとどれくらい残っているの?」
まとめた時刻表を見る限り、まったくしていない訳じゃない。それでも少ないが。
だから俺はどこか軽い感じで聞いてみた。
「……」
しかしつかさ姉さんはだんまり。
……おいおいまさか。
「つかさ姉さん……」
「アンタまさか……」
「いや、その……うぅ……ごめんなさい」
いや、俺らに謝っても……。
「こりゃあ明日からと言わず、今からしないといけないね」
「や、やっぱり?」
「当たり前でしょ? 分かったら早く自分の部屋に行って宿題進めなさい」
「は、はぁい……」
今まで遊んでいたツケが一気に来たからか、つかさ姉さんは肩を落として居間から出ると自分の部屋へと帰っていった。それを見送った俺たちは思わずため息を吐いた。
「コツコツ毎日やれば良いのに……」
「それか俺みたいに初日で全部やるとか」
「いや、それはどうなのよ? アンタの場合は受験勉強してたから良いけど」
――ジリリリリリリン!
「あ、電話だ。ちょっと出てくる」
「ん。分かった」
今は夜の八時だ。こんな時間にかけてくるのなんてあの人くらいだろう。
しかし廊下から聞こえる姉さんの声は明るいもので、俺は内心「あれ?」と思う。二、三分経つとかがみ姉さんが戻って来た。
「誰だったの?」
「みゆきだった。助け合いも兼ねて勉強会でもだってさ」
「へー。でもみゆきさん分からない所あるのかな?」
「んー。どうだろう。少なくとも宿題は終わってると思うわよ?」
みゆきさん学年トップだからねー。
「余裕あったら勉強見て貰おうかなー」
「あはは。そうね。みゆきは私よりも頭良いから頼りになる……」
初めは笑いながら俺の思いつきに賛同していたかがみ姉さんだったが、何故かだんだんと言葉尻が萎んでいき、ついには黙り込んで何か考えている。
(ちょっと待って。もしこのままみゆきに勉強教えて貰ったら……)
――ここ教えてみゆきお姉ちゃん!
――ふふ。仕方ないですね、キョウちゃん。
「盗られる……頼りになる姉としての立場が……みゆきにぃ……!?」
「また風邪でも引いたのー?」
なんか、かがみ姉さんが悶絶してる。どうしたんだ?
――ジリリリリリリン!
と、思っているとまた電話が鳴り響いた。今日は多いな。
かがみ姉さんはまだ戻って来ていないし、俺が出るか。
「私が、お姉ちゃん……私がお姉ちゃんなのよぉ!」
今声かけるの怖いし。
ツインテールをぶん回している姉を放置して、鳴り響いている電話の受話器を取る。
「はいもしもし。柊ですけど」
『あ、その声キョウくん?』
「あ、こなたさん」
今度はこなたさんだった。さっきみゆきさんから電話かかってきたからなんとなく来ると思っていた。
俺は用件を尋ねる。それと今かがみ姉さんは出られないことも伝えておく。
『勉強のそう……助け合いを兼ねて勉強会でもと思って』
「……今掃除って言いかけてませんでした?」
『さあ、何のことやら』
こなたさん勉強嫌いだからやっていないと思っていたけど……こりゃあ明日は修羅場になりそうだ。かがみ姉さんが修羅になる的な意味でも。
でもまぁ、かがみ姉さんの性格なら拒んだりしないだろう。俺はこなたさんに伝えておくと言って、電話を切った。
……電話口からアニメのBGMが聞こえて来たけど、大丈夫かなー? 大丈夫じゃないか。
とりあえずこなたさんのことを伝えるべく俺は居間に戻った。
「キョウ!」
すると、ようやく自分の世界から帰って来たのか、かがみ姉さんがこちらに振り向きながら叫んだ。
「私はあなたのお姉ちゃんよっ!」
「……」
最近、かがみ姉さんの方がつかさ姉さんより……いやよそう。俺の考えでみんなを混乱させたくない。みんなって誰だ?
そんなアホなことを考えながら、俺は姉さんの訴えをスルーしてこなたさんのことを伝えた。
☆
「ほとんど真っ白ね……」
「あ、あははは……」
「休日は何していたんですか?」
次の日、柊家の居間にて。
つかさ姉さんとこなたさんの宿題を見た俺は、失礼だけど思わずそう言ってしまった。存在自体を忘れていたと言われても納得できるレベル。かがみ姉さんは呆れ果て、流石のみゆきさんも苦笑するしかない。
というかつかさ姉さん少しはやっていたんじゃないの? 昨日だって。え? 途中で寝てた? 何時? ……一時間持たないのか……。
で、こなたさんは……朝昼晩ゲームアニメマンガ遊びで大忙し? 充実してますね。自分受験生なんで羨ましいですわ。
「計画は立ててたんだけど……」
「計画倒れだったんだね」
「無駄な抵抗だったネ」
「アンタは無抵抗だったでしょーがっ!」
流石にこの量を自力でやり切るのは無理だと判断したのか、かがみ姉さんは渋々宿題を写させることにした。
「まったく……休み明けのテストの結果が今から楽しみねぇ」
「うぅ……もっと勉強しとけば良かったよぉ」
「今からでも遅くないから、頑張ろうよ」
ションボリと落ち込むつかさ姉さんを慰めながら、かがみ姉さんはノートを開きつつそう言った。
口ではなんだかんだ言っても、やっぱりかがみ姉さんは優しいなぁ。
「大丈夫だ、問題ない。一番いい
「お前は少しは悩めよ! というか反省しろ!」
で、肝心のこなたさんは気にしていない。陵桜に入学できたんだから、やればできると思うんだけど……やらないからこうなっているのか。
「でも、実際こなちゃんテストの点は良いよね。授業中とかよく寝ているのに」
「うん、私一夜漬け得意だから」
「調子良い時は私とほぼ同じ点数なんだから、納得行かないわ……」
……うん。本当にやればできる子なんだな、こなたさんって。
でもそれだと、ヤマ外した時とかやばいんじゃ……。
「あ~。確かにそうだね。その度にお母さんから怒られてさー」
「当たり前でしょ」
「しかし、一夜漬けでそこまで点数取れるなら、普段から勉強していればもっと高くかつ安定した点数を取れるかと……」
「う~ん……でもアニメで忙しいし……」
……こればっかりは本人の問題だからこれ以上言及するのは、な。
でもさ……。
「よく陵桜に入れましたね……失礼ですけど」
「そうよね。もしかして入試も一夜漬けだったりして」
「お姉ちゃん、それは流石に……」
一夜漬けで入試をパスできたら、ある意味みゆきさんよりも凄いだろ。
かがみ姉さんも冗談で言ったのか笑いながら「そうよね、あり得ないわよね」と言い、それを受けたこなたさんは……。
「――フッ」
『!?』
不敵な笑みを浮かべた。
え……うそ、マジ? まさか本当に……?
戦慄……というかドン引きする俺たちに、こなたさんが先ほどの笑みを消して「冗談だよ」とふにゃりと破顔させて言った。……心臓に悪い冗談はやめて欲しい。
「お父さんと賭けていてね。BランクならP○2。Aランクならデスクトップパソコンとかね」
「アンタの父さん。扱いを心得ているわね……」
「まぁね。……というかさ」
チラリとつかさ姉さんに視線を向けて、次にかがみ姉さんへと向ける。
そして神妙な顔つきになり……。
「私的には、つかさが受かっていることの方が不思議なんだけど」
「そんな言い辛いことをはっきりと!?」
こなたさんの言葉にショックを受けるつかさ姉さん。それを見て俺とかがみ姉さんは微妙な表情を浮かべるしかない。同じことを考えているのか自然と視線が合い、お互いに苦笑する。
だって、ねぇ?
それに気づいたみゆきさんが問いかけてきた。
「どうかなさったのですか?」
「いや、その……」
「つかさもやればできるのよ。陵桜の入試の時も凄かったし」
「へー……あっ! もしかしてそれってさ、キョウくんに『お姉ちゃん頑張って♡』みたいなこと言われたとか?」
「泉さん、それは流石に失礼かと……」
「……」
「……」
「……え? なんで黙っているの二人とも?」
「……まさか、本当に?」
……うん、まぁ……なんというか。
俺から言えるのはただ一つ。
「愛って世界を救えると思うんですよね」
「ちょ、それってマジなの!? どんだけ弟好きなのさ!」
「えへへ……」
「褒めてないからね、つかさ!」
これが普通の反応だよね。慣れた俺たちの反応の方がおかしいんだよね。
あの時は凄かったなー。一時かがみ姉さん超えたし。そのせいでかがみ姉さんが危機感持って……あれ? よくよく思い出したら結構怖いな、これ。
「し、しかし。それなら普段からキョウさんが応援すれば……」
「いやーそれはダメなのよ、みゆき」
「え?」
「俺たちも同じことを考えて実際にしてみたんですけど……」
つかさ姉さんたちが中学の頃に中間・期末の度に俺が応援したことがある。その結果つかさ姉さんはテストでかがみ姉さん並みの点数を取ることができた。成績も上がっていって当人含めて喜んでいた。
「聞いている限り、特に問題はなさそうですが……私も親に褒められて勉強をするようになりましたし」
「つかさ姉さんもそうなれば良かったんですけどね」
「でも実際はブースト掛かっていたのはテスト終わるまでで、それが終わったら一気に力抜けるのよこの子」
で、その間構えなかった分俺に甘えてくるんだよねぇ。しかもテスト中に覚えたこともほとんど抜けていくから、成績の改善の根本的な解決になっていない。むしろ問題視された。このまま続けたら、俺の応援が無いと頑張れない子になるんじゃないかって……。
よって俺たちは、どうしても必要な時にだけこの奥の手を使うようにしている。受験の時は、つかさ姉さんがどうしてもかがみ姉さんと同じ高校に行きたいっていう強い意志があったから使ったんだけどね。それ以降は使っていないよ。
「なにその限定チート。令呪かなにか?」
まぁ……ある意味呪いだよな。ぶっちゃけブースト状態のつかさ姉さん怖いし。
「それにしても、キョウくんも真面目だよね。その点はかがみんに似たのかな?」
「しっかりしている所も似ていますし、目元も似ていますよね?」
確かに俺とかがみ姉さんは少しツリ目だよね。ついでに言うといのり姉さんも。
多分その辺は母さんの遺伝子が強かったんだろうな。
「そ、そうかな?」
「……むぅ」
こなたさんたちが類似点多いね、と言っているとかがみ姉さんが照れて、つかさ姉さんが頬を膨らませた。
何を考えているのか凄く分かりやすいな。
「で、でも料理が得意な所はつかささんと似ていますよね?」
「それと髪型も一緒だよね。リボン付けたらさらに似るかも」
こなたさんたちもそのことに気づいたのか、苦笑しながら俺とつかさ姉さんの類似点を挙げる。
というか、髪型も料理もつかさ姉さんの影響なんだよなぁ。これ以上は短くできないし、料理だって二人で父さんに習っていたし……。
「えへへ……」
「……」
……で、次はつかさ姉さんが喜んで、かがみ姉さんがちょっと寂しそうにする。
それを見たこなたさんが滅茶苦茶面倒くさそうに顔を歪める。そしてチラッと俺の方へと向くと。
――君のお姉ちゃんたちでしょ。なんとかしてよ。
と、目で言ってきた。んなこと言われてもどうしろと……。
俺は愛想笑いを浮かべて首を横に振った。というか、下手なこと言って火に油を注ぐようなことしたくないし。
「そ、そう言えばキョウさんは陵桜を受験するんですか?」
何となく察したのか、みゆきさんが話題を振って来た。
これ幸いと俺はその話題に乗ることにする。
「はい、しますよ。先生たちにはもう少し上を目指せるって言われたんですけど、陵桜以上だと息が詰まりそうで……」
というか、姉さんたちが許してくれない気がする。
俺もこの世界の女子高生に抵抗できるか不安だし。貞操的に。
ちなみに、若瀬さんも陵桜を受験するらしいけど……大丈夫かな? 俺が受験するって聞いたらめっちゃ焦っていたし……。
そう言えば、若瀬さんは宿題ちゃんと終わらせたのかな? 結構俺と遊んでいたはずだけど……。
☆
一方その頃。
「し、宿題終わらないよ~! お兄ちゃん助けて~」
「まったく……柊くんに手伝って貰えば良いのに」
「集中できないし、みっともないじゃない!」
「兄に泣きつくのはどうなの?」
☆
「まっ。昔から勉強見ている私からすれば、キョウなら陵桜なんて楽勝よ!」
「かがみん、最近隠さなくなってきたね……。うちの従妹も陵桜受けるんだよねー。もし受かったら仲良くしてあげてよ」
「はい、分かりました」
こなたさんの従妹か……どんな人なんだろう?
多分良い人なんだろうけど……その人もオタクなのかな? そこで判断する訳じゃないけど気になる。
「あ、私の近所の子も陵桜を受ける予定なので、もしよろしければ……」
「はい、よろこんで」
というか、こなたさんとみゆきさんの従妹や知人だったら良い人でしょ。
じゃないとこの人たちと親交持っていないだろうし。
それにしても、みゆきさんの近所ねぇ……。それを聞くと白い犬の飼い主を思い出すな。あの時は悪いことをしたな。忘れてくれたら幸いだけど。
「でもさ。キョウくん」
「なんですか?」
少し前のことを思い出していると、ふとこなたさんが声をかけてきた。
普通に受け答えをしたんだけど……なんだろう。何故か急に嫌な予感がする。
心なしかこなたさんの顔は、いつもかがみ姉さんたちを弄る時のモノになっており、知らず知らずのうちに体が警戒する。
「キョウくんは男子校に行こうとか思わなかったの? キョウくんだったら結構馴染めそう。そして『お兄様』って呼び慕われて薔薇の花が咲き乱れ――」
「勘弁してください」
思わず遮ってしまったが、俺には気にする余裕はなかった。
……誕生日。下駄箱にラブレター。差出人。下級生。お兄様。
やばい。封印しておいた忌まわしき記憶が解放されつつある。思い出すな、思い出すな俺……! 俺にはそっちのケはないんだ! だから諦めきれないって押し倒されても応えられない応えたくない助けてあばばばばばばばばば。
「俺はホモじゃない……ホモじゃないよ……」
「……なーんかトラウマを刺激したみたいだネ」
「アンタに少しでも良心があるのなら、この話題に触れないであげて」
その日、俺は久しぶりに眠れない夜を過ごすこととなった。
こう、尻の辺りが……キュッとして、ね?
おかげで休み明けは寝不足でした、まる。
☆
「久しぶりにゲーセンに来たね」
「そうだねー。ここのところ勉強勉強で息が詰まりそう」
とある放課後。受験と中間テストの勉強に耐え切れなくなった若瀬さんのお誘いの元、俺たちは学校帰りゲーセンに寄ることにした。
様々なゲーム機から流れる大音量が独特な雰囲気を作り出しており、この辺は前世と変わっていない。一人で来れないのが少し残念だ。
「何からする?」
「うーん。本当に久々だから目移りするなぁ」
音ゲー。格ゲー。アーケード……。最新機種が増えているからか、何処となく人が多い気がする。
さて、何から始めようかな……。
キョロキョロと見渡していると、俺の視界にとあるゲーム機が映った。
UFOキャッチャー。クレーンを操作して中にある景品を取るゲームだ。俺が見つけたUFOキャッチャーには、カエルに似た宇宙人のキャラクターの人形がどっさりとケースの中に入っていた。
ふむ……。
「若瀬さん、あれしようよ」
「うん? UFOキャッチャー? 良いよー」
了承を得た俺は早速百円玉を入れてクレーンを操作。
そしてアームで人形の頭を掴み……。
「あっ」
しかし、持ち上げることなくそのままアームは元の位置へと戻っていった。
むー……他のと比べて簡単そうに見えたんだけどなぁ。
俺は次の百円玉を入れてもう一度操作する。今度はアームがしっかりと人形の頭を掴み、そのまま上へと持ち上げて……。
「あっ」
しかし上がり切った際の振動で人形がアームから零れ落ちてしまった。
「あー……やっぱコレ取れないようにしているのかなー。アームの力弱そうだし……」
「ははは……確かにUFOキャッチャーってそんな感じするよね」
「これ以上やったらドツボに嵌まりそうだし……他の所に行こうか」
「オッケー。じゃあ、あそこの太達を……」
少しだけ名残惜しいけどね。チラリと人形を見つつ太達の方へと歩を進めようとするが、ふと若瀬さんが立ち止まった。何やら考え込んでいるようだが……。どうしたんだろう?
(ここで私が取ってあげたら……)
――わぁ、ありがとういずみさん! 凄く嬉しい……!
――ふっ。これくらいチョロイものさ……キョウ。
――これ、一生大事にするね!
「……ちょっと私両替してくる」
「お、おう……」
なんか若瀬さんから途轍もないオーラが放たれている。
まるでこれから戦場に向かう傭兵のようだ。この数秒で彼女に何が起きたのか、俺には理解できなかった。
「よし、待っててね柊さん!」
大量の
若瀬さん、本気だ……。こんな彼女見たこともない。
しかし、それ以上に頼もしさを感じる。今の彼女の気迫は覚醒状態のつかさ姉さんに同等以上だ。
もしかしたら、今の若瀬さんなら――。
「ふひゃー……」
「頑張った……若瀬さんは頑張ったよ、うん」
どうやら俺が感じていたのは勘違いだったようだ。
あの後何度も挑戦し続けた若瀬さんだったけど、結局十回以上やっても取れなかった。あのまま放っておいたら本人も財布の中身も溶けていたのかもしれない。いや、していたな。
「UFOキャッチャーって貯金箱ってよく聞くけど……これじゃあ募金箱よ……」
「うん、そうだよね。減るだけだもんね」
それにしても、あそこまで欲しかったのかあの人形……。
そう言えばつかさ姉さんもあのキャラクター好きだって言っていたし、女の子に人気なのかな……
……よし。
俺はもう一枚百円玉を取り出して先ほど若瀬さんを無慈悲に打ち負かしたUFOキャッチャーへと向かう。
「!? だ、だめよ柊くん! そいつは危険だわ。柊くんまでそいつに食われたら私……!」
「いや、ラスト一回だから。大袈裟だよ」
苦笑いしながら俺は百円玉を入れてクレーンを操作する。
さっきまで若瀬さんの操作を見ていたから、それを参考にしてっと。
何度も見た動きでクレーンが移動し、アームを開いてそのまま下へと降りて……そして。
「あ」
「え」
アームは人形を掴んだ……緑と赤の二つを。タグが引っかかっているのか、そのまま人形はアームに絶妙な位置で宙づりになり、クレーンが戻って来て。
「……取れちゃったね」
「……そうだね」
取り出し口から二つの人形を取り出すも、俺も若瀬さんも微妙な表情だ。さっきまではあんなに取れなかったのに、何となくでやってみたら取れるんだもの……。
よくあることだけど、素直に喜べないなー。
……でもまぁ。
「はい、これ。丁度二つだしあげるよ」
「え? でも……」
「遠慮しなくても良いよ。欲しかったんでしょ? これ」
「え、いや、そうじゃなくて……」
「あ、それともこっちの赤い方が良い?」
「……軍曹の方でお願いします」
何はともあれ結果オーライだ。
俺は人形を持って太達の方へと向かった。
「……カッコ良いところ見せたかったなー」
「どうしたの?」
「……ううん。何でもないよ」
さて、次は太達……つまり音ゲーだけど……。
「若瀬さん、曲選んでいいよー」
「え、良いの?」
「うん。俺そこまで詳しくないし……でもリズム感はある方だから」
いつもかがみ姉さんたちと来る時はこうしているんだよね。俺が好きな曲ってマイナーなせいか、こういう音ゲーに入っていなくて……。
そのことを伝えると若瀬さんは快く引き受けてくれた。何処となく嬉しそうなのは、何か使いたい曲でもあったのだろうか。
ニコニコと笑顔を浮かべ、バチで叩いて選曲し始める若瀬さん。しかし、ふと手を止めてしまう。……今度はなに?
(これ……選べる曲無いわー。好きに選んだら、私がオタクだってことバレるわー)
冷や汗をダラダラと流してうんうん悩む若瀬さん。何度も叩いて曲を選ぼうとするも、見つからない、または無いのか制限時間が無くなっていく。
そして結局選ぶことができず、途中に表示されていた曲が選ばれてしまった。
「ご、ごめんね。変な曲になっちゃって」
「別に良いよ。俺が任せちゃったし」
とりあえず俺は難しさ:鬼を選ぶ。それを見た若瀬さんも難しさ:鬼を選んだ。
「え? 若瀬さん音ゲー得意だっけ? 鬼で大丈夫?」
「うん大丈夫大丈夫。私も結構得意だから」
(不幸中の幸いなのは、私の
そして始まる軽快な音楽。聞いたことないが、それでも何とか表示されるマークを見てバチを太鼓に叩きつける。少し経てば何となく曲のリズムを把握し、ミスも徐々に無くなっていく。そして早々にノルマを達成することに成功した。流石に初見だからフルコンボはできなかったけど……。
「――って、若瀬さんフルコンボ? 凄いじゃん」
「ふっふっふ。さっきのUFOキャッチャーでは遅れを取ったけど、こっちじゃ負けないわよ?」
「くっそ~。ちょっと自信あったんだけどなー。よし、次やろう次!」
(あ、あっぶなー! いつもの調子でフルコンボしちゃったー! 何考えているのよわたしー!)
さて、次こそはフルコンボしてやる!
だんだん楽しくなってきたぜ!
その後、俺たちは勉強漬けで溜まっていたストレスを様々なゲームで発散した。
女の人に絡まれて以来行っていなかったけど、やっぱり楽しいや。
今度また来よう。
☆
――それから数週間後。
「じゃあ、この間の中間テスト返すぞー」
中間テストを終えたその次の週。先生たちの採点が終わり、今週はテスト返しだ。既にほとんどのテストが返ってきており、周りには諦めている者、絶望している者、楽しみにしている者と様々だ。
かく言う俺もちょっと気分が落ち着かない。ベストは尽くしたと思うけど、やっぱりこの待っている間は楽しみでもあり怖くもある。
次々とクラスメイトたちが呼ばれて行き、結果に一喜一憂していく。そこに男女間の違いはなく、項垂れる女子、ため息を吐く男子、自分の席で撃沈していたりしていて、後続に不安感を与えてくる。
「次、柊ー」
「はい」
呼ばれた俺は先生の元に赴く。
「はい、ご苦労さん。相変わらず姉弟揃って教師泣かせなことだ」
「ということは……」
それ以上は何も言わずに、先生は次の生徒を呼ぶ。
俺はそそくさと自分の席に戻り、受け取った二つに折った解答用紙を広げる。
そしてすぐに右上に書かれているであろう自分の点数を見て――。
「……よしっ」
周囲のクラスメイトたちにバレない程度に一人喜んだ。
しばらくするとすべての生徒に答案用紙が返され、先生は黒板に最も間違えられた問題を書きながら解説をする。それを俺は少し退屈に思いながら眺めて、ふと視界に若瀬さんの背中が見えた。
暇だったので、ノートの切れ端にメモを取り、それを隣のクラスメイトの子に渡して若瀬さんの元に届けてもらう。なるべく先生にバレないように。
何人かを経由して無事に俺が書いたメモは、若瀬さんの元に辿り着いた。それを受け取った若瀬さんはチラリとこちらを見て、渡されたメモに何か書き込むと後ろの子に渡した。そしてそのメモは俺の元に返って来て、先生にバレないように広げて中を見る。
【\(^o^)/】
そこに書かれていたのは文字ではなく、顔文字だった。
俺は思わず苦笑し、若瀬さんに向かって手を合わせた。
――今度一緒に勉強会でもしてあげようか。
キョウの隣の女の子(え!? 急に声かけられた! な、何の用かな……?)
キョウの隣の女の子(私じゃないのかよ……若瀬さんかよ……ああ知ってた知ってた)
(´・ω・`)こんな経験、ありません?