東方幸々蛇   作:続空秋堵

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子供の落書き帳

◯月△日

 

なんときょうはすわこさまにらくがきちょうをもらいました。

これからまいにちつけていこうとおもいます!すごくうれしかったです。

 

◯月◻︎日

 

きょうはすわこさまとかなこさまとあそんだ。

すごくたのしかった。あやとり?っていうのをおしえてもらったの!でもわたしたちいがいにもだれかいるみたい。すわこさまにきくと、彼ははずかしがりやなんだっておしえてくれました。はずかしがらなくてでてきてほしいなぁ。でもかくれんぼみたいでたのしいね。

 

◯月→日

 

きょうはちかくのおともだちたちとおにごっこをしました。

あそぼ!っていってきたからわたしもいいよ!って。はじめておそとではしりまわったけどすごくつかれた。

でもあねとーってみんなとわらってばいばいしたからきもちがいいです。いまこうしてかいてるとちゅうにせきがではじめっちゃった。すごいかなこさまがあわててたけどだいじょうぶだよーっていったの。かなこはしんぱいしょうだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、この子どうするつもりだい?」

 

近頃この洩矢神社で共に生きることとした大和の神、八坂神奈子は眉を顰めて困惑したように口を開いた。

彼女は目の前にいる小さな金髪少女、洩矢諏訪子と色をぐちゃぐちゃに混ぜた結果のような濁った髪をした男、白蛇の二人が抱く赤子を見ていたのだ。

 

彼女は最近、というより今日から一緒に生活するわけだがこのなんとも言えない光景にこれからやっていけるのかと頭を抱える。

だが、その一緒に生活するであろう、洩矢諏訪子と白蛇の印象や態度になんの不服もなくこれからが楽しみだと思っていたぐらいなのにどうしてこうなってしまったのだろうか。

 

「といってもねぇ……。だってこの子捨てられた子供でしょ?このまま放って置くのも可哀想だよ。それに、最悪死んじゃうのかもしれないよ?」

 

神奈子の問いに最初に反応したのは諏訪子の方だった。

彼女は首を傾げながら現状確認をする。だが、短い付き合いながらも彼女がこの先なんて言おうとしているのか察することができる。

 

「この神社で預かっちゃえば」「ダメだよ」

 

ほら見たことか。

私は諏訪子の言葉を遮るように言葉を投げる。その後、彼女は「むぅ……」と本当の子供のような視線を向けてくる。それはまさに玩具を買ってと親に喋りかけダメだと否定されたような感じだ。また見た目と大変合っていたためなんだかズルく思える。

 

「あんたは黙ってないでどうなんだい?」

 

次に私が問うのはさっきから何処か遠いところをみて心にここに無いと言う表情をした白蛇にだった。

彼は面白い奴だが食えない奴でもある。だからこそ黙っていた彼の言葉が気になった。

 

「私かい?っても正直どうでもいいねぇ。その子が野垂れ死のうが死まいが関係ないし」

 

これは意外な言葉だった。

彼はなんだかんだで優しく助ける掌を持っていると思っていたのだが。神奈子は若干の印象に違いに首を傾げるとやはりと言うか続きがあるようだ。

 

「ただこうして見つけちまった子がその後で妖怪に食われた死骸とかあっても気分悪いねぇ。そうさね、私も出切れば諏訪子の意見には賛成さ。ここで保護しちまえばいい」

「やっぱりそうだよね!白蛇ならそう言うって信じてたよ!」

 

黙っていた諏訪子が白蛇に飛びかかるようにして喜びをぶつけた。

彼もこの子を保護する方に賛成のようだ。と、いっても私も反対な訳ではないのだ。ただ、人の子を育てるということに自覚と覚悟を持って欲しかっただけで。だからこそ、反対な意見を私は述べなきゃならない。

 

「私は反対さね。私たちは今生きることに精一杯なのに人の子なんて育ててる余裕はないね」

「う……。そう言われると悲しい」

 

諏訪子は雨に打たれたような表情をして事実を改めた。八坂神奈子は信仰が足りなくなって、存在を保つのが危うかったのだ。だからこそ諏訪子の元へ信仰の略奪を図り、失敗して共存の道を選んだ。

だが共存を選んだところでこのまま常に信仰を保てるかはわからない。もしかしたらそのまま消滅だってありえるのだ。危機に陥った時、果たして子供まで目を配ることが出来るだろうか。

はっきり言うなら、それはなかなかに難しい。

 

「ふむむ、うん。白蛇ー」

 

諏訪子は頭を使い考えたあと直ぐさま白蛇に助けを求めてしまった。彼女なりに考えたのだろうが喋りなら神奈子の方が上手である。つまり自分が話したところで説得できないと感じたのだろう。

頼られた白蛇は頭を掻くようにはいはいと促して私を見る。相変わらず長く汚れたような髪である。

 

「おいおい神様ともあろう者が弱気だねぇ」

「なんだって?」

 

白蛇が私の目を見据えて言葉を投げる。どうやら挑発を選んだらしい。

さて、納得させることができるかな。

 

「お前さん方は神様だろうに。なら人の子の一人や二人面倒見れるくらいの寛容さが欲しいと思わないかい?」

「ふむ、例えその寛容さを持っていたとして果たして私たちはこの子をなんの苦労もなく成長させて時間とともに死なせれるかい?」

「それが違うのさ。子供に苦労させんじゃなくて一緒に背負って支え合って生きてるかって話だよ」

 

なるほど。私は少し納得してしまう。

私は神様故に人この一人や二人をなんの苦労もなく生活させ、楽して死なせるようなものを求めていた。神様としてそれが最大の慈悲だと思ったからだ。だが白蛇は共に生きる事に価値を覚えろと投げたのだ。これは一本取られたかもしれない。

 

そして彼は追い討ちをかけるように言葉を続けるのだ。

 

「それにもし神様が子供を見捨てただなんて村人が知ったらどう思うかねぇ。下手しなくても信仰はダダ下がりだと思うけれども」

「そうだ!今生きる事すら難しいよ!」

 

白蛇の言葉に諏訪子も同意して意見を主張した。

なるほど、この妖怪は神様に一種の脅しをかけたのだ。そして思う、やはりこいつは面白いと。これで私は完全に納得された訳ではないが否定する事もないと思ったため認めることにした。

 

「ああ分かったよ。私の負けだ。この子をこの神社で世話をしよう」

「やった!」

「でも条件はあるよ」

 

私は確かに認めている。だが、最後まで世話するなんて言っていない。

 

「ある程度成長したら、しっかり親探しをしよう。人の子は人の手で育てるべきだ」

 

白蛇は納得したように頷き諏訪子は不服そうな態度をとる。

これにて一時的な交渉は終了である。

 

 

 

 

 

 

 

 

◯月×日

 

きょうはかなこさまにかんじって言うのをおしえてもらいました。

少しづつおぼえていこうと思うけどやっぱりうまくかけない。かなこさまはびみょーなわらいかたをしてゆっくりおぼえていこうって言ってくれました。かなこさまはたまにきびしいけどほんとうに優しいひとです。

あ、「優しい」って言うじはかなこさまにおねがいしておしえてもらいました。このことばはわたしはとってもだいすきです。うまくかけたかなぁ?

 

◯月☆日

 

きょうはおそとであそぼうとしたらかなこさまに止められちゃった。きょうもおべんきょうをおしえてくれるそうです。

でもわたしはおそとであそびたいです。たしかにかなこさまとのおべんきょうはたのしいけどおそともとってもたのしいのです。

 

◯月←日

 

今日もお外にだしてくれないかなこさま。ちょぴりわたしもおこっちゃってかなこさまをこまらせちゃった。

ごめんねって言いたかったけど、かなこさまもわるいもん。わたしのおはなしきいてくれない!……でもあとですわこさまに教えてもらった。さいきんわたしがこんこんしてるからしんぱいしてたんだって。

だからわたしはごめんねって言うの。そしたらいいよってわらってくれました。わたしもつられてわらってしまいました。かなこさまは優しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神奈子の過保護っぷりは凄まじいねー」

 

私は中で勉強している神奈子と縁風(よかぜ)を見ながらそんな感想を抱いた。

そうそう、拾った子の名前は微風(そよかぜ)から取って縁風になった。神奈子と二人で考えたけど、神奈子は最初の反対ぶりから打って変わってのりのりだった。その名前はダメだ。それは縁起が悪いだとか。

そこで私はこの子を拾う、いや見つけた日の気温や風を思い出しながらこの名前を提案した。あの日はとっても優しい微風が吹いていたのだ。暖かく包んでくれるようなこの風はもう何百年と生きてきて初めてと言えるぐらいのものだ。

 

そのままそよかぜって名前でも良かったけど、私たちは二人の神様の影響のせいか髪の色が緑色に変わったから縁風。この色もとっても優しくて私は好きだ。

縁風はもう三つになった。最初は歩くことすらままならぬ。と言ってもどこの家でもそうだろうけど難しくて何度も転んでしまっていた。その度に私が駆け寄るより早く神奈子が抱きついてよしよしと慰めている姿は凄く良い女性のそれだった。私だってかなり早く駆け寄ってるはずなのに一度たりとも勝てたことはない。

 

「ねぇ、そろそろ会ってもいんじゃない?縁風も気づいてるみたいだしさ」

「・・・」

 

私はどこかにいるであろう彼に言葉を投げた。おそらく近くにいる。でも私は見つけない。探そうともしない。

彼は縁風を見守ることだけにするそうだ。

投げた言葉は木霊になって消えていくが私はそれ以上のことはしない。

 

「まぁいいけどね」

 

私は中で勉強する二人に視線を戻してその光景をみて微笑んだ。

おっと、どうやら縁風が私の姿に気づいたらしい。

 

「すわこさまー!!」

「よっと。急に抱きついてきたら危ないよ」

「だいじょうぶだもん。すわこさまがまもってくれるから!」

「そりゃ守るけどね」

 

まぁ可愛いから良いや。小煩い説教は神奈子の専売特許。私は常に甘やかして過ごそう。そっちの方が私も良い気分に浸れるし。

えへへーと胸に頭を押し付けてくる縁風の髪を撫でながら私もにっこりと笑った。

 

「諏訪子、だからあんまり甘やかしちゃいけないって」

「いいのいいの。私は神奈子と違うから」

「いいのーいいのー」

 

後から注意するように言葉をしながらやってきた神奈子。彼女も注意するように言ってはいるがその顔は嬉しそうにしていて微笑ましく感じているのだろう。神奈子はなんだかんだ言いながらもこの子を本当に愛しているのだ。

何かあったらいち早く駆け寄り励ましの言葉を送る。本当に良い母親だと思う。

 

そうそう、母親と言えば。成長したら村の誰かに、それも信用出来る人を探して預ける話だったのだが。言い出した本人である彼女が「人になんて預けない、縁風は私の子供だ!」と言って聞かなかったのだ。

というのも一応しっかり村人全てに調査して観察して良い候補はいっぱいいた。それでも神奈子は心配だったようだ。それに、私も絶対に預けないだろう。それ程までに愛してしまっているのだから。

それになりより、縁風にとって一番不安になってしまうんじゃないかとも思った。子供は唐突な環境の変化についていけないからだ。色んな感情を学習して行っているこの現状で親が変わってしまったら不安で押しつぶされてしまうだろうと言う判断。

結局、縁風は本当の守矢神社の祝子になった。

 

「こほこほ」

「ほら、やっぱり縁風も咳し始めたじゃないか。やっぱりもう少しは安静だね」

「本当だ。咳、治んないね」

 

咳をし始めた縁風を見て私は目を細めた。

この前、村の子供たちと元気にはしゃいで遊んでいた日の夜頃だ。縁風は咳をするようになった。あの時の本当に楽しそうに笑っている縁風を私と神奈子はずっと見守っていたのだが、あんな顔を見せられたら外で遊んじゃいけないなんて言えなかった。

 

そう、この子は生まれつき体が弱いのだ。

本当に幼い頃、やっと言葉を口にするようになったぐらいの事だ。この子は物凄い熱を出してしまった。今の医学力ではこの子を十分に治せる技術はない。大きな熱を引き起こせば命に関わる。

だからあの日の夜は大変だった。ひたすら私と神奈子で生命力や霊力を注ぎ込んで命をこの場に止め続けた。それも二週間近く。私も神奈子も死に物狂いで息を切らしこの子を守った。

こうなった現状を思うとやはり人に預けなくて正解だったと思える。

 

「さて、ちょっと長く勉強し過ぎたかね。縁風、お昼寝でもしようか」

「えーまだねむたくない」

 

神奈子が気を使うように言葉を発するが本人である縁風は頬を膨らませた。

遊び盛りの子供の素直な反応である。

 

「あー私も眠くなっちゃったかな」

 

私はワザとらしく眠たいと言う。神奈子のためでもあるし、縁風のためでもあり。

でもこの言葉に食いついた縁風は目を輝かせた。

 

「じゃあすわこさまといっしょにねるー!」

「なっ」

 

手を上げて元気に言った。

それを見て驚愕の色に顔を染める神奈子。申し訳ないけど縁風の好感度が高いのは私の方なのだ。いつだって厳しい母親とかは幼い子供からは好かれない。だけど時間が経ったあとでその良さに気づくものなのだ。

 

「じゃ、じゃあ私もねようかなー」

「んー。いいよー」

「そのんーはなんだい!?」

 

なんともまぁ哀れな神奈子だが仕方がない。

さて、私もいつも縁風に構ってあげている訳じゃないから今日はゆっくりと時間を過ごそう。さーておやすみなさい。

 

 

 

 

×月↑日

 

今日でこの日記も付け始めて四年目。生まれて八つでしょうか。

ふと昔の頃の日記を読んでいたらかんがい深くなったのでそのことを書こうかと。なんというかやはり昔の私は字がまだ覚えたてのようでかなり読み辛いものでした。

それにずい分と我がままな子のようで。神奈子様も手がかかった子だと笑っていました。少しばかし気恥ずかしいものがあります。

さて。なぜ私が昔のことを読み返したのか。それは今私が飼っているこの鴉さんが原因なのでしょう。

 

 

 

 

「これはこれは……。どうしたものでしょう」

 

私が朝目が覚めて顔を洗い神社の外へ出る。いつも浴びている朝日に感謝を込めて目を瞑り伸びをしていたときです。

いつもの風景とは見慣れない黒い羽が地面に散っていた。その羽はどこかへ続くように神社の裏の林へと向かっていたのだ。私は息を吐いて駆け足でその方角へと進んだ。

口からは白い息が出る。そしてその息を覆うように首に巻いた綺麗な白い布と金の刺繍が施されたマフラーが風に揺れた。そうしてその場所にたどり着く。

 

「………カァ………ク」

 

その羽の正体、それは知っていたことだが鴉であった。こちらに気づいた鴉は睨むような鋭い眼光をして警戒し私を威嚇した。だが地面に倒れ伏せ羽を撒き散らす鴉の威嚇は哀れにしか思えなくて怖いなどの感情は抱けなかった。

羽からは何かが刺さっていたのか血を流している。死ぬかもしれないという覚悟を持って生き延びる為に木の実でも探しに林にやってきたのだろう。

 

「そう怖がらなくてもいいですよ。私はあなたを襲ったりしませんから」

 

ゆっくりと近ずいて屈んだ。鴉さんをよく見るために。

鴉も抵抗する気力がないのか、諦めたのか、どうという反応はなかった。そして近くで見てわかる。酷い傷だと。何かの妖怪にでも噛み付かれたのか、大きな牙のような痕がついていた。

が、疑問を覚える。はて、鴉が自分の力で刺さった牙を抜けるだろうか。私は不思議に首を傾げながらもその鴉を優しく手に包むように抱いた。

 

「このままじゃ本当に死んでしまいます。どうか私を信じてください、鴉さん」

 

鴉はなんの返事もしない。

それを勝手に承諾だと判断して私は神奈子様と諏訪子様の元へと向かった。

 

「諏訪子さま、神奈子さま少しよろしいですか?」

 

私の言葉に炬燵の中に入ってお茶を啜っていた二人はこちらに顔を向けた。

 

「どうしたの?」

「なんだい、その黒いのは」

 

神奈子様が私の腕に抱えている鴉さんを見て言葉を投げた。

その今にも死にそうな(おびた)だしい量の血を流す鴉を見て神奈子は眉を顰める。

 

「この子、どうにか助けていただけませんか?」

 

私は懇願するようにお願いをした。

見つけてしまったのだ。このまま放置して死んでしまったなんてあまりにも後味が悪い。それに、救える命は救いたいというのが緑風の心情である。

が、お願いするまでもなく諏訪子は鴉に近づき傷口に手を伸ばしたのだ。

 

「よっと」

 

傷口をなぞるように指を滑らせる。

そしてその後には怪我なんて最初からなかったように消えてなくなった。

 

「す、凄いです。諏訪子さま!!」

「まぁねー」

 

彼女は得意げに鼻を鳴らした。

鴉も驚いたように硬直したがすぐには飛べることに気づき早苗の頭の上を回る。

 

「よかったですね、鴉さん」

「カー」

 

そういって早苗ははにかむのだった。

 

「で、その鴉どうするんだい?」

 

喜びもつかの間神奈子は早苗に問うた。腕を組み困ったような表情を浮かべながら。

 

「どうって。このまま自然へと返すんですよ?」

「えー、飼っちゃいなよ」

 

私はごく当たり前のことをおっしゃるように言う。諏訪子様はなんだか楽しそうなことをいっていたが。

それを聞き神奈子は息を吐いた。

 

「どうとは言わないけど、鶴が恩返しにくるようなこの世の中だ。その鴉も恩返しするまで帰りそうにないじゃないか」

 

私は鴉さんの方へ目を向けると神社の柱の上に巣のようなものを作り始めている鴉さんと目があった。

鴉さんは活気のいい声で鳴くと巣作りの続きを始めた。私は困ったように神奈子様へと視線を戻すと苦笑いをしながらお願いをするのだった。

 

「神奈子さま。その、この子家で飼ってもいいですか?」

「いいもなにも勝手に家作ってるよ。うん、まぁいいんじゃないかい?生き物を飼って命を学ぶのも立派なお勉強さね」

「そうそう。それに死に損なったならまた同じ妖怪に襲われかねないからね」

 

確かに、それもあり得なくはない話。

次に出会ったら今度こそ食べられてしまうかもしれない。そう思うとしばらくは家で飼った方が安心かな?

 

「ありがとうございます。鴉さんもよろしくね?」

 

その言葉に返事するように鴉は鳴いた。

 

 

 

 

「さて、もう眠りましょうか」

 

私は体を清め、食事をとり後は寝るだけとなった。外もすっかりと夜がふけて妖怪たちが活発となる時間帯。

この守矢神社には二人の神様がいるからこそ安心して眠れる。下の村の人々は外に火を焚いたりそれぞれの明かりを灯すことによって妖怪たちから身を守ってるのだという。

そう考えると、拾い子の私は生まれは不幸かもしれないが今はなんとも恵まれた生活をしていることだろう。

だからこそ、少しでも恩返しやこの神社のためになることをと勉強に巫女の心得を学ぶのだ。

 

明日も朝が早い。だからこそ私は就寝する。

ではでは、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

67→→→→→63

『二年前。緑風は外で待つ。寒い冬空の下彼女は自分の育ての親である八坂神奈子、洩矢諏訪子の帰りを待ち続ける。何時間という時を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってくるね」

「寒いから中で待っててね。きっとすぐには帰れないから」

「うん、いってらっしゃい」

 

そういって二人は下の村へと飛んで行ってしまった。

私は二人が何をしに村に行ったのかしらなかった。夕日が沈みかけている今頃、二人は唐突に険しい顔をしたかと思うと準備をしていた姿をしっかりと覚えていた。

こんな時間にどこへ行くんだろう?いつ帰ってくるのかな?大丈夫かな?私は初めての状況に戸惑う。

 

「はぁ・・・。寒い・・・」

 

息を吐く。季節はすっかりと冬へと変わった。出かけてしまった二人を待ってもう二時間は経とうとしていた。彼女は神奈子の言葉を守らず外で待ち続けた。空は暗くなり、月が顔をだした。それでも二人は帰ってこない。

 

「あ。ゆき」

 

どうりで寒いはずだ。空から深々と白い雪が降ってくる。緑風は手に息をかけた。

一時的に暖かい熱気を感じては、雪がその温度を奪う。それでも彼女は中には決して入ることはない。

 

「帰り、おそいな・・・」

 

さらに一時間だろうか。いや三十分。正確な時間などわかるわけがない。

だが彼女にとっては本当に長い時間のように感じた。本当に長く。だんだん寒さで体の感覚がおかしくなってきた。痙攣し、呼吸が荒くなる。だがやはり彼女は中には入らない。

 

それは二人が帰ってきたらおかえりなさいと笑顔で迎えてあげたいからだ。少しでも早く二人のことを感じたいのだ。ずっと二人に守られてきた彼女にはこの時間はとても寂しく感じた。

 

「わふっ」

 

緑風は頭に何かがのっかった感覚をへた。最初は大きな雪の塊が降ってきたんだと思ったがそんな雪はない。彼女も雪ではないと気付いたのかそれを手に取った。

 

白い布だった。金の刺繍が施された雪のように白く、だが暖かな布。

彼女はそれを首に巻いてまた手に息を吐く。

 

「あたたかい」

 

彼女は微笑んでその白いマフラーを頬で感触を得る。とっても優しくて気持ちのいい肌触り。

私はこれは凄く好きなものだと思う。誰がくれたのかはわからない。もしかしたら神様かもしれない。そう彼女はどことなく呟いた。

 

「ありがと」

 

私はこれを世界で一番大切にするよと。

 

 

「よ、緑風!あんたまだ待ってたのかい!?」

「あ、おかえりなさい!」

 

神奈子は慌てたように緑風に抱き着いた。嬉しくて、心配で、たまらなった。

抱き返してくれる緑風を優しく包むように頭をなで申し訳なくなって額を緑風の額に合わせる。

 

「こんなに冷たくなっちまって・・・」

「用事はおわったの?」

「ああ。終わったよ。本当になんにもなかったように」

 

神奈子はどこか含みある言葉で伝えると緑風を抱っこして神社の中へ向かった。

 

「さぁ入ろうか。体を温めなきゃね」

「うん!」

 

二人で神社へ向かう姿を微笑ましげに見つめ諏訪子もその後をついていく。

そして緑風の首元でひらひらと舞う白い布を見て諏訪子は思わず尋ねるのだ。

 

「ねぇ緑風、その布どうしたの?」

「?わかんない。ただ空からふってきたんです」

「誰か人は見た?」

「ううん。だから神様からの贈り物かなって」

 

ふーん。と諏訪子は頷いた。ただ話に相槌を打つように。だが内心彼女は焦っていたのだろう。その理由は彼女にしかわからないのだが。

 

これが彼女の緑風物語。忘れてしまっていた記憶の断片の一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

64←←←←←63

『次の日を迎えた緑風は布団の中から出られずにいた。高熱がひどく、彼女を苦しめる。そして彼女は蛇と出会う』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こほ・・・こほ・・・」

 

次の日目を覚ましたら全身が暑くてしょうがなかった。体中も痛いしのどもイガイガして痛い。だからとっても苦しい。神奈子様と諏訪子様が様子を見に来てくれたけど風邪だって。今日は一日寝てなさいって。

本当は寝たくなんてないけど体が痛いから素直に言うことを聞く。

 

「むぅ・・・。本当だったらお外で雪遊びしたいのに」

 

昨日の雪はあの後も降り続けてやはり積もった。

遊び盛りの子供たちからしたら絶好の遊び日和である。それをできなくなってしまった彼女はとっても悔しかった。

 

「こほ・・・。ん、苦しい」

 

どうこうと頭の中で不満は出てくるがそれに伴うように苦しさがあふれてくる。

ただ寝ているだけだというのに酷く疲れてしまっていて力を抜いたら眠ってしまうだろう。それが悔しくて彼女は意地で起きていたがだんだん体が耐え切れなくなっていきついには眠ってしまった。

 

一人静かな部屋に彼女の咳と息苦しそうな音だけが物静かに響いた。

だが彼女を包む静けさを不意に破るものが現れる。

 

「ああ、こんなに苦しそうに。可哀想だ。変わってあげれたらいいのに」

「(・・・だーれ)」

 

その声に彼女は瞳を開けれずにただ耳で感じた。

聞いたことのない声だ。でも優しくて、暖かな声だ。その声だけで彼女は安心して夢をみれそうなぐらいに。

 

「こんな時しか親面できない大馬鹿野郎を許しておくれ緑風。でも私はずっとお前を見守っていてあげるよ」

「(そっか。あなただったんだ)」

 

彼女は昔から三人家族だと思っていた。神奈子に諏訪子、そして緑風の。でも気づいてもいた。この三人以外にもう一人いると。いつも優しく見守ってくれているのに私に姿を見せてくれない。一度たりともだ。

だから彼女の中で勝手にかくれんぼだと思い、いつか見つけてあげようと思っていたのだ。

 

「(でもごめんね。今はまだ見つけたよっていえないね)」

 

彼女は眠りながらにも申し訳なさそうに謝る。

そんな彼女を元気づけるように優しくそっと手を握られた。すごく暖かった。

 

「一人でも寂しくないようにずっと手を握っててあげよう。それと、優しいおまじないも一緒に」

 

彼女はその言葉にすっかり心をゆだねてみる。

なんだかすごく安心して眠れそうだ。

 

それから誰かはずっと私の手を握ってくれていた。何十分も何時間も絶対に手を離さずに。

どれくらい経ったか、彼女は凄く楽になれた気がして一瞬だけ薄く目を開けた。

 

「(しろいろ)」

 

それはとっても美しい白髪。白銀のようで穢れなき美しい白に彼女は見えた。

そしてその色は一生宝物にしようと思ったあのマフラーと同じような純白。ああ、あなたはずっとそばで見守ってくれていたんだね。そう彼女は内心呟いて深い眠りに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

68←←←←←64

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで。忘れてたんだろう」

 

緑風は目覚めるなり最初に呟いた言葉はそれだった。

本当にどうして忘れていたのかは分からない。でもこれは自分にとって大切なことだったのは確かなのに。

 

「あなたの恩返しなんですか、鴉さん?」

 

自分の部屋の柱で眠る鴉の姿を見て彼女はそういった。

 

 

 

 

 

△月@日

 

あれからまた二年の月日が経ちました。鴉さんもすっかりこの守矢神社の神様のように見守る存在となり日々子供たちを空から見守っています。

年齢も十に。まだまだ小さいですが心はすっかり大人です。どうです、成長したんですよ!

 

 

 

 

 

「そういえば諏訪子、あの緑風にあげた落書き帳どこで手に入れたんだい?」

「んー、ちょっとしたことでね」

「にしてもあの落書き帳は便利なものさね、どれだけ書いてもその分ページを増やしていって。終わらないからまた与えなくてもいいけど。いったいどんな力があるんだろうね」

「さすがにそれは私も知らないな」

 

神奈子自身すごく便利なものだと思っている。終わらないノートだ。どれだけ書いても減ることはない。

だからこそ書き始めた最初の自分のこともまた見直せる。こんなに素晴らしいことはない。

それともう一つ、神奈子には気になっていることがった。

 

「もう一つそういえば。白蛇のやつすっかり姿を見せなくなってしまったねぇ。まぁ元気でやっているならそれだけでいいんだけどさ。全くあいつもいたら子育てはもっとスムーズに進んだものの。誰かさんが甘やかせてばっかりだから」

「えー、だって可愛んだもん。しょうがないよ。それに白蛇だってこうするんじゃないかな」

「どうだかね。なんだかんだ厳しそうなイメージだけど」

 

緑風が来て間もない頃は白蛇は毎日緑風にかまってあげていた。本当に大切に宝物のように。だが物心つき始めたぐらいだろうか。途端に姿を見せることがなくなったのは。

 

「まったく、見なくなったものだねぇ」

「本当、見えなくなったよね」

 

二人はしみじみと昔話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

☆月&日

 

昨日、好きな人ができました。唐突に告白されて、私も意識して顔が赤くなりました。

なんというか、今まで仲のいいお話相手だと思っていたのですが相手は私のことをずっとそう意識していたみたいです。諏訪子様に言ったらもう十八なんだし結婚する時期なんじゃないかと。神奈子様は凄く気に入らなそうに家に呼んできなと言ってました。挨拶させるのだと。

神奈子様、相手は一般の方なのですから呼んだところで挨拶はおろか姿すら見えませんよ。

 

 

 

 

「く、緑風を嫁にだなんて認めるか!」

「もすーぐそう言うんだから」

「だって緑風だぞ!世界一可愛い娘をその辺の平民の嫁になど渡せるか!?」

「いやあでもいい子だったじゃん。私たちのこと見えてないのにしっかり挨拶だとかお土産とかもってきてくれてさ」

 

諏訪子は神奈子の親ばかっぷり呆れた。正直私が緑風を外で遊ばせたのは正解だったと思っている。体は弱かったがそれを理由に外へ出さなければ彼女は本物の箱入り娘へとなっていただろう。

それに男の方も人のよさそうな人だった。凄く緑風のことを思っていてくれて見えていないはずの私たちにもしっかりと頭を下げた。

私としては彼以外に緑風の夫に合う人間はいないと確信している。彼ならば緑風を幸せにできると。それは神奈子とて一緒の気持ちなんだろう。ただ可愛い娘が嫁に行くのが寂しいだけの頑固親父と変わらない。それほどまでに神奈子は緑風を愛していたのだから。

 

だが、人の命はあまりにも短い。最高寿命は三十。だがふつうは二十前半で多くの者が亡くなり後半まで生きられる者など一握り。

つまり、緑風の寿命もあとわずかだということだ。それを神奈子もよく理解している。だからこそ口では反対しているが心の中では緑風の幸せを願っている。

さぁもう時は近い。

 

いつまでかくれんぼは続くんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+月:日

 

結婚しました。凄く幸せで暖かくて、いっぱいでした。

彼も私のことを本当に思っていてくれてずっと手を握ってくれました。本当に幸せであふれてしまいそうなほどに。

 

 

 

 

 

「おめでとう。緑風」

「おめでとう」

「諏訪子様、神奈子様、ありがとうございます」

 

式が終わって、二人はすぐにお祝いの言葉をくれました。

神奈子様は目元を赤くし涙に濡れながら。諏訪子様は心からお祝いしてくれるような笑顔で。私は生まれた時からずっと育ててくれた二人にどうしても言わなきゃならない言葉があります。

 

「お二人とも。本当にありがとうございます。私は今とても幸せです」

 

 

 

 

 

・月。日

 

夫が亡くなりました。私とその子供を置いて先に行かれたのです。幸せは一瞬です。でも、花びらのように散るからこそ美しい。そんなことを思いますが正直、余裕ありません。

私は泣きました。自分の娘を腕に抱えて大泣きしました。人の命は短いです。分かってます。だからつぎは私なんです。神奈子様も諏訪子様も神様だから一生年をとらず老いることをなく昔から今のままですが私ももうすぐなんだなって思えてきます。

 

 

 

いやだなぁ。死にたくないなぁ。

この子が大きくなるまでは傍にいてあげたいな。

 

 

 

 

 

「緑風、大丈夫だよ。私も、諏訪子もあんたの子もここにいるから。ちゃんと傍にいるから」

 

私は布団に倒れながら神奈子様に手を握られていた。

幼いころは気にも留めなかった。とっても大きくてだけど細くきれいな手。彼女は今にも泣きだしてしまいそうな顔を無理矢理押し込めて明るく振る舞った。少しでも私を心配させないように。

でも、その優しさが痛い。

 

「はい。わかります。とてもあたたかいです」

 

私はもうすぐ死ぬのだろう。それはなんとなくわかる。

随分前から体中はいうことを聞かず、ぼーっといたりする日が増えていてそれが一気に多くなったのだから。

でも、本当は死にたくなんてない。だって、まだやり残したことがいっぱいあるんだ。まだ教えたいことがたくさんあるんだ。まだ伝えたいことがたくさんあるんだ。

百でも千でも足りない言葉を用いて私の子供に、世界で一番愛してる君に届けたいことが星の数ほどあるんだ。

 

私が神奈子様に教えてもらったこと、私が諏訪子様に与えられた思い。そのどれもまだ一割もこの子に伝えられていないんだ。まだ物心つけず泣くことしかできないこの愛し子にたくさんのことを伝えたい。

 

でも、そのどれも口には出さない。

私の、私だけの思いだから。願いは口に出したら願望になっちゃうんだよ。だからそっと胸に秘めて祈り続けるのだ。幸あれと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこにいるんだ!出てこい!?」

 

私は叫び続けた走り続けた。

どこかにいるのに姿を見せない彼に。でも一向に返事は来ない。知っていた。私は何度も何年も名前を呼び続けたが彼が出てきたためしはなかったのだ。だから今回もどれだけ読んでも彼は現れないかもしれない。でもそれはだめだ。それじゃあダメだ。

だって、それで一生後悔するかもしれないのは彼なのだから。

 

「今合わなくていつ会うんだ!いつ言葉をかけるんだ!最後まで見守るとか言って出てこないつもりか。後悔するのはお前なんだぞ!」

 

神社の表で私は叫んだ。声が枯れるまで。喉が潰れるまで。

彼がなぜずっと緑風のもとに姿を現せなかったのは知っている。そして今出てこない理由も何となくわかる。それでも彼は出てくる義務がある。

 

だって彼は間違いなく緑風の父親なのだから。

 

 

 

 

 

「今合わなくていつ会うんだ!いつ言葉をかけるんだ!最後まで見守るとか言って出てこないつもりか。後悔するのはお前なんだぞ!」

 

諏訪子の声が聞こえる。

私はそれを木の上で眺めていた。そして諏訪子の激情を聞いて降りられなくなっていた。

このまま私が降りなければ緑風の死の直前を見なくて済む。見たくないものは見なければいい。だって嫌な思いをするだけなのだから。

 

「どの面下げて会えってんだよ・・・」

 

というのがすべて建前である。

本当は今すぐ会いに行きたかった。手を握ってやりたかった。

 

だが会ってどうする?緑風は私の姿なんぞ見たこともないし、会話の一つもしたことがない。そんな相手に手を握られても怖いだけだろう。だからそれは神奈子の役目なのだ。最後を見届ける資格は私にはない。最初から最後まで愛し接し続けた神奈子の役目。だからこそ諏訪子も早く戻るべきなのだ。行って最後を見届けるべきなのだ。こうして出てくるのはどれも逃げるための言い訳だと知っていても。

 

それなのに。どうして彼女は私を呼び続ける。どうして私にこだわる。どうしてそんなにも辛いことを言う。どうして、そんなに甘い事を言う。

 

言葉を胸の中で堂々巡りさせ私は踵を返そうとしたその瞬間だ。

 

 

 

「父親なら娘の最後ぐらい見届けろよ!」

 

息が止まった。

彼女は私を父親といったのだ。父親らしいことを何もできず顔すら見せなかった私のことを。それは間違えていった言葉に違いない。そう思いながらも私は諏訪子のもとへ降りたのだ。

 

諏訪子と正面に向かいあう。

 

「私は緑風にはあえない」

 

ただそれを言うために。

だがそれを聞いた諏訪子は歯をギシリとならし叫んだ。

 

「まだそんなことを言ってるのか。一番傍で最後を見届けたいのはお前のくせに!」

「違う。私は彼女の最後に立ち会う資格がない。あるのはお前さんだ諏訪子。今すぐ戻ってやりな」

「だからそういうことを言ってるんじゃないんだよ」

 

諏訪子は小さく呟いた。

私は何を言ったのか聞こえなくて耳を澄ました。だが次にいう諏訪子のセリフは前のものと違っていた。

 

「自分が最後まで緑風の傍で見守っていたいかって聞いてるんだよ!?」

 

二度目だ。息ができなくなった。

私はすぐに反論しようとしたが諏訪子がさせない。

 

「資格だとか合わせる顔がないだとか、そんな建前はどうだっていいんだよ!!今お前は緑風に会いたいのか、最後まで傍にいてあげたいかって聞いてるんだ!?」

「でも私は穢れている。髪は濁った絵具のようで、体はただのはりぼてだ。こんな体した奴があの子に何を与えてやれる。今までなにもできなかった私がなぜ今父親面できるっていうんだい?」

「体だとかそういうのなにも関係ないんだ。結局はお前が怖いだけだろう!こんな姿を娘に見られてどう思われるか怖くて前に出てこれなかっただけだろう!」

 

図星だった。

私は今まで緑風のもとへは姿を見せなかった。あの子は人の子で私は妖怪だとか、私といたら彼女に悪影響を与えるだとかひたすらに言い訳を並べて。

でも、だからどうすればいい。

 

「ならば、ならば私が今彼女の元へ出てなんて声をかけたらいい!?私がお前の父親だというか?どの面下げて!今までさんざんほったらかしてきた奴がノコノコト最後に何の用だってんだよ!私だって行きてーよ!でもそれは彼女が許さない、緑風は許せないだろうよ!こんな奴が娘に会えってのかい!?わかんねーよ私自身が!どうしたらいいのかなんて!」

 

「自分で決めろ!」

 

鈍器で殴られたような衝撃が走った。

私は思わず後ずさりする。でもそれを優しく手を引っ張ってくれるように彼女は言ってくれるのだ。

 

「大丈夫、白蛇はほったらかしてなんかないよ」

 

諏訪子はゆっくりとこちらに足を進め、そして通り越した。

 

「ずっと見守ってきたじゃん。誰よりも緑風の幸せを願って遠くからずっと緑風のことを思い続けてきたじゃん。寒い日にはマフラーを作ってあげて、寂しい夜は手を握ってあげて。十分かっこいいよ。お父さんできてるよ。資格だってちゃんとあるよ」

 

できていただろうか。父親らしいことなんて。

できていただろうか。緑風を見守り続けることなんて。

 

「できてたよ」

 

諏訪子はくるりとこちらに顔を向けて笑顔で微笑みながら言うのだ。

 

「よく今まで見守ってきてあげてくれたね。さぁ、最後の姿も見守っててあげよう。私と神奈子と白蛇で。だって家族なんだからさ」

 

 

 

 

「緑風、初めまして。かな」

 

そういって私に声をかけて手を握ってくれる人がいた。

ああ、この手を忘れたことはない。だって私のたった一人の。

 

「やっとでてきてくれたんですね」

 

私はそういって微笑んだ。

この人は今にも泣きそうになりながら私の手を力強くも優しく握ってくれていた。

 

「もう会えないかとおもいましたよ」

「私はもう会わないと思ってたよ。でも諏訪子が背中を押してくれたんだ。最後くらい近くで見てあげろって」

「もう。本当に諏訪子様は素晴らしい人ですね。・・・ずっと探していました。ずっとお礼をいいたくて待っていました」

 

昔からいつも見守っていてくれたこと。

辛いときには手を握ってくれたこと。どれもこれも私には大きなものだった。

 

「どうか、どうか私の願いを聞いていただけませんか」

「なんだい?」

「私はもうこの世にはいられない。それはもうわかってます。でも、私が死ぬと一人になってしまう子がいるんです。神奈子様や諏訪子様はいますけど、本当に血の繋がった子はこの子しかいない。だから、だからどうかこの子を見守っててくれませんか?私の時のようにずっとずっと大切に」

「ああ。・・・ああ」

 

彼は力強く頷いてくれた。

私はそれだけで満足だ。もう悔いはないといえる。だってこんなにも幸せなのだから。

 

「緑風、私も言わなきゃ言わないことがたくさんあるんだ。言いたいことがたくさんあるんだ。でも噛み砕いて言うなら、今まですまなかったね。ずっと遠くで見守ることしかできなくて」

「いいえ。それで本当に十分で幸せでした。ありがとうございます」

 

ああ、もし。たとえばこの世界が子供たちの夢のような話ならば私はどんな物語にしていただろう。美しき家族の愛の物語?それとも幸せが永遠に続く話?

いやきっとどれも違うと思う。作るならきっと子供のように素直で優しい物語。

 

「ねぇ最後にいいですか?」

「なんだい?」

 

 

 

 

 

「みーつけた。ずっとずっとありがとね。おとうさん」

 

 

 

 

 

「緑風・・・」

 

それを最後に緑風は息をしない。私は最後の緑風の言葉を聞いて涙が止まらなかった。こんな、こんな奴を父と呼んでくれたのだ。

だから私も彼女の願いを聞き届けよう。娘の最後の願いを聞き届けよう。

 

能力を発動した。

今までに考えられないくらいに。全ての力をぶつけるようにこの子の残した娘に。この子に幸せを。その次の世代へと。そしてさらに次の世代へと。奇跡のように永遠に続く幸せ。それは呪いのようにこの子たちを祝い祝福するように伸ばしていった。

 

「カーカー」

 

それと同時に鴉が空へ飛びだした。天へ上った彼女が迷子にならないように道を示すようにどこまでもどこまでも飛んでいき姿は見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか。白蛇はここから出ていくんだね」

「ああ、世話になったね」

「全く勝手なやつだよ」

 

私はこの神社を出ていくことにした。

それは緑風の娘の死に耐えられないとかではなく、私は私なりの思いを持ってそれを探しに。確かに人間の命は短い。いつの間にか死んでしまっていて、そしてまた新たな命を宿す。そうやってずっと続いていくのだ次の世代へと。

思いを伝えて、気持ちを伝えて。自分たちの嬉しかったこと、辛かったこと、楽しかったこと、悲しかったこと。そのすべてを次の世代へと伝えるんだ。

 

「これ、持って行ってやりなよ」

「なんだい?これは」

「一言で言うならそう。子供の落書き帳さ」

 

十でも百でも、いや千でも足りない言葉を用いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白蛇は気づいている。

だからこそ洩矢を離れた。彼の体はもう限界なのだと。




どうでもいいこと。
鴉の発音ですがカラス(→→↑)が普通の呼び方ですが、この緑風にはカラス(→↑↑)と呼ばせているということ。

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