今回の物語の主軸にあたる登場人物、白蛇。
滑らかで現実離れした美しい鱗。紅い宝石のごとく煌めな瞳の双眸。ちょっとした出来事により言葉を喋るようになってしまったこの蛇は、果たして野生のごく普通な蛇なのだろうか。
実際、絶滅寸前とまでいわれる希少種である白蛇。「珍しい」の一言で済まされるはずだった蛇。だがこの白蛇を珍しい。の一言で済ませてはいいのだろうかと疑問を覚える。
少し、話をずらすと妖怪
件は牛として産まれながら人の言葉を話したという。件は預言者と言われていた。それは何故か。件は半分牛半分人間というなんとも想像しにくい見た目をしていたとされる。そんな件が近々に戦争が起こると予言すればそれは必ず当たったそうだ。
だからこそ、恐れられる。怖れられる。それでいて感謝される。そんな妖怪だったそうだ。
そんな件とこの白蛇にどんな関係があるのかと言われれば単なる人外の生き物が人間と同じ言葉で喋ると言う点だ。そして、これは八意永琳談ではあるのだが白蛇の予想は大概当たっているという。
ますますこの件に似ているように思えるが他の妖怪にもスポットを当ててみると
この七歩蛇の毒は猛毒の域を越え、人間なら七歩歩く前に全身に猛毒が回り死に至るという。
その姿は全身を真紅に包み鱗と鱗の間には金の線が入った一つの幻術作品のようだ。して、この白蛇の鱗と鱗の間にもあの七歩蛇のような金の線が見えるという。これも永琳談なのだが夜になるとよく分かるそうだ。
閑話休題。
さて、ここまでこの白蛇と他の妖怪との近い点を述べたわけなのだが実際のところそれだけの話。件とは違って白蛇が言う事は当たるし同時に外れることもある。七歩蛇のように金色の線は入っているけれども猛毒は持ち合わせていない。
でも、もし件や七歩蛇のようにこの白蛇にもなんらかの力があるとすれば。
それはもう妖怪とさして変わらないのではないだろうか。
壱
秋も深まり寒さが本格的になっていく。
その冷気は体の芯をも凍えされるようにさえ感じる。前回も言ったことがある気するが私様は寒さが苦手だ。死にそうになる。
そんな姿を見かねて永琳が声をかけてきた。
「寒そうね。よかったら私の首に巻きついても良いわよ」
「それは助かるな。お言葉に甘えようか」
私様は永琳の足から膝へと登りそのまま首までやってくる、体を曲げて首へ絡みつく。
寒さが強く感じるようになってからの日課だ。
ああ、温かくて気持ちがいい。
「人間は首が一番体温が高いのよ」
「ほほう、知らなかったな。だが永琳お前は寒くはないのか?今日もろくに厚着もせずいるじゃないか。あの首に巻く布はどうした」
「あれがあると貴方をこうして巻けないじゃない。大丈夫よ、私は体温高いほうだから。それにこうしていた方が落ち着くわ」
永琳が喋るたびに喉が震え体を揺さぶる。暖かい中でこの振動は心地よく何度か眠りに誘われた。
なぜか彼女は私様を気に入っている。理由はわからない。ただ誰でもよかったんじゃないかと思ってしまう。それにこれが事実なのだろう。
「して、今はどこに向かっている?俺様としては早く暖かい室内へ行きたいものだが」
「いつもあんな部屋にたら私が
「なるほど。ただ単に暇つぶしのお散歩か」
「正解」
それは、一言で言うなら気分転換。普段自室にこもりきりで薬の開発を行っている永琳にはなにかとたまりやすいものがある。第一にはストレス。続いて孤独感。
それ故の私様の存在なのだ。
「白蛇さんは一人称が俺様よね?」
唐突な問い。
「そんなお前は私だな」
「でもそれは嘘ね」「どして」「貴方に俺様なんて似合わない」
ふふんと鼻を鳴らす彼女にイラっとした感はあるがそれをわざわざ公言する気はない。
それに見破られた。という訳でも別にないのだけど、女子供の前では少しでも自分を大きく見せようとしたのがキッカケ。せっかく蛇が喋るシーンだ威圧感ぐらい与えたい。そんなどうでもいい理由。でも私様にとっては大きな理由なのだ。
「ずいぶんな言い草じゃないか。ええ?」
弐
二人で歩くこと十数分。徐々に眠気が現れ始めた頃。永琳は村人と話をしているのを耳にした。
「永琳様、今日も冷えますね。お身体をしっかり暖めくだされ」
「ありがとう。おばあちゃん」
この老婆。もちろん永琳の実の婆ではない。この村最年長の彼女は伝染病の時に永琳に救われた身なのだ。
老婆はそれから永琳を実の娘のように愛し接する。助けられた恩情と共に。
「はて、永琳様。その首の白い布は?」
「あは、実は布じゃないのよ?」
「……ああ。飼育していらしている白蛇。全く分かりませんでした。ただ、こうして遠目でわかる。その白蛇の鱗は神に選ばれたかのごとく美しい」
目を細め感嘆する老婆を見て永琳は微笑む。
この老婆は永琳にとって近しい存在だった。感性も近ければ相性もいい。そんな老婆との新たな共通点を発見した。それに、この白蛇のことを美しいと思ったのは永琳を含め二人目なのだ。
「そうでしょう。今は眠ってるからこそ言えるわ。その子結構恥ずかしがり屋でそういう事言うと怒るのよ」
「可愛らしいものじゃないか」
そう。私はそんなとこを含めてこの白蛇を気に入っている。
心にもない言葉を放つのがこの子だが本当は心優しい蛇様。妖怪たちの度が過ぎたイタズラに子供でも叱るように淡い光で跳ね除けたりするのだ。
そんな優しい蛇だが普通の蛇には淡い光を放つ事はできないし、迷子になった子供を村まで導いたりする能力はないはずだ。だからこそ、村人たちは白蛇に感謝はするが同時にちょっとした恐怖心を覚えているようだ。
助けてもらいながらそれは少し悲しい。でもそれが人間らしい。
そして一方で白蛇のことを妖の類、妖怪だと言うものが多くなってきた。白蛇の良心があまり報われた試しがないのだ。その結果に白蛇自身は不快にも思っていない。無関心。その言葉で説明ができてしまう。
「それにしてもだ。はてさて、この白蛇は一体どうして永琳様と一緒にいるのかねー
老婆は嘲笑うかのように笑みをうかべた。
「?どういうこと?」
思わず眉をひそめる。私のどこかに欠点があるとでも言いたいのだろうか。
でもそれは思い過ごしだったらしい。
「蛇って言うのはあまり人には懐かない。それに力が強く怒らせたら惨事になるほどの力を持っている。だからこそその白蛇が村人に受けいられるまで何度も殺されかけていたのさ」
「でもこの子は違うでしょう?」
「ああ。だからこそ問おう永琳様」
婆は優しく細めた目を開け、唾を飲み込みはっきりと私に向かって言い放った。
「いったい、どんな呪いを使ったんだい?」
参
「ん………ああ、すまない永琳。眠っていたようだな」
「おはよう。ぐっすり眠っていたわね」
「どのくらい時間がたった?」
「三十分ぐらいよ。あなたなら空を見れば時間帯ぐらいわかるはずでしょ?」
永琳の可笑しそうに微笑んだ。その顔は美しい。瞳は百万カラットといったところか。
しかしやはり永琳は体温が高いようだな。ここまで安眠できたのも珍しい。私様には睡眠も食事もさほど必要じゃないはずなのだが。
そんな事を思い耽っていると永琳が少しいつもと違うような気がした。どことなく不安になっているような表情が読み取れる。
「どうかしたか?」
「ねぇ白蛇さん。例えばあなたが私に飼われているのはなんらかの力によっての働きだって考えたことはある?」
「心理学の話かね?」
唐突に話の斜め上をいく。右上がりではなく左に。
「いいえ。忘れて。ちょっとした考え事」
「次の研究題材か?」
「そんなとこよ」
これにて、話は終わる。
沈黙の中、初めて白蛇は考えた。そして初めて疑問に思った。どうして自分がこの八意永琳に付いているのかを。八意永琳は白蛇にとって美しい存在だった。言葉で伝える力をくれた。だがそこまでだ。確かにその場では感謝したこそ今ではどうとも思っていない。そんな義理堅い性格ではないのだこの白蛇は。
ならなぜだ。なぜ私様は永琳に付いている?
そこまで考えが巡った時、一つの言葉が頭をよぎる。
約束。なんの?
「ん、永琳。この家には誰も住んでいないのかい?」
「……ええ。そうみたいね」
必死になって思考を広げていた白蛇はなぜかこのなんの変哲もない家に目を奪われた。なにか引っかかる事があって。でもそれはただの民家で今考えていることより重要なことだとは思えない。
永琳は不思議そうに首を傾げ言葉を続ける。
「でも変ね。この村で廃家なんてなかったはずよ。誰か亡くなったならお葬式もするし、誰かしらの耳に入ってもおかしくない」
「ならどうしてこんな場所に廃家が」
そこまで来て、また引っかかりを覚える。なぜか知っているような、いや見たことがあるような。
白蛇はなぜかこの事を思い出さないと行けない気がして、永琳に頼みを申しあげる。
「永琳、周辺の住民に聞こう。なにか嫌な予感がする」
「そうね」
そこから一件一件を回る。周る。でも住民たちも今この話を聞いて初めて違和感を覚えたように語った。だからこそまるで情報が入らない。永琳と共に諦めていた頃、一人の子供が言葉を投げた。
「ねえ、まことちゃんは何処にいっちゃったの?パパもママも居ないみたいだし」
お引越しかな?と続く言葉を聞いて永琳は目を開いて女の子の目を見つめた。
「ねえお嬢さん、そのまことちゃんってどんな子?あの家に住んでたの?」
「?みんな大きな病になって大変だった前にもちょっとした病気が流行って大変だったでしょ?そのとき永琳様がまことちゃんを助けてくれたじゃない」
「おい永琳」
「待って。そんなはずないわ。患者の名前は一人残らず書き写している。まことなんて女の子の名前はない」
永琳は気を使ってか白蛇はにしか聞こえないように小さく呟く。
訳がわからない。この子供の現実と永琳の現実は相違している。この子供がホラを吹いた可能性もあるが必要性もないし純粋な疑問を口にしているだけに見える。
だからこそ気味が悪い。
「永琳や他の村人たちで祠様にお礼にいったじゃない。まことちゃんもいたのよ?」
「祠……?」
祠。この村にいるとき何度か耳に挟んだ話。この村では誰もが知っている話だと勝手に思っていたが永琳はまるで初耳だというように疑問を浮かべている。
どういうことだ。それぞれの知っている事がまるでバラバラじゃないか。
「ねぇお嬢さん、よければその祠まで案内してくれない?」
「いいよ。でも今はないんだけどね」
こっち。と手を振るように歩いていく女の子に私様と永琳は黙ってついていく事にした。行ってみたら何かがわかる、そんなきがして。
「はぁはぁ……」
「おい、永琳。息がたえたえじゃないか。ええ?ずっと引きこもっているからそうなるんだ」
「こんなはずはなかったのよ……」
村から少し山に登ったとこに祠があると言う話だったが、その祠にたどり着く前に永琳は大粒の汗を流していた。さすがに苦しかろうと思い私様も地面を這っている。
「おかしいわ。しっかり運動を……」
「していたのか?」
「しなくてもいいように特製の薬を使っていたはずなのに」
「ただの薬中じゃないか」
ダメだこりゃ。呆れて物も言えない。
天才はどうも間違った方向にばかり気を取られてしまうらしい。
白蛇にずけずけと物事を言われて永琳はこれからしっかり適度な運動をかさねてこうなるまいと決心する。
「でも、あなたはいいわね。その細長い体で這っているだけで良いんだから」
「嫌味か?なら前を見てみろ。お前より遥かに若い少女が我先にと歩いているぞ。疲れた様子なんて見受けられんが」
「子供って凄いわね。私もいつまでも若くありたいわ」
「お婆ちゃんみたいな事を言うじゃないか」
「誰がババアですって?」
「言っていない」
それにしても永琳は精神的に年をとりすぎろう。
まだ見た目を十代のくせして何を年寄りじみたことを言っているのか。
「ならいっそ不老不死にでもなれる薬を作ればいいんじゃないか?一生若いままいられるぞ」
「……」
「どした?」
「その手があったか」「おい」
永遠の若さは女性の希望。「私は毎日このお薬で若さを保っています。」
製造数百万個突破。永琳印の美容薬。「魔法のおくすり。今なら一箱二千八百八十円!二千八百八十円!さらに今からご注文いただいた方にはもう一箱おつけしてお値段そのまま!」「えー!」
「ついたよ!」
白蛇が頭の中でとんだ茶番劇を広げていると、ついにその祠の場所まで来ていたらしい。
だがその場には何も残っていなく、あるのはごく自然な森の姿。
だが白蛇には覚えがある。昔ここに住んでいた覚えが。
「何もないみたいね」
「もう無いっていったもん」
永琳は周りを見渡して言葉を漏らして不服そうに頰を膨らませる女の子。永琳は優しくごめんねと微笑み祠があった場所にたち上を見上げた。
もちろん、そこには何も無い。
「水の音?」
見上げているのではなく、音を聞いていたらしい。水の音が流れる方へ永琳は足を進めていった。
だが嫌だ。これ以上先には行きたく無いと白蛇の脳が拒否反応を示す。それでも真実を知るために近づいていく。
そして、森を抜けた。
「………これって」
すぐ目の前には滝が広がっていた。上から覗くと下には川が続き当たり前だが魚や自然が広がっている。
だがそこまで見て白蛇には十分だった。
お腹が減らない。いつもそう疑問に思っていた。何も食していないのに減ることの無い空腹感。だがもし、自分が食していたら。食物以外の何かを食していたら。
白蛇は自分がただの野生の蛇だと信じて疑わなかった。ただかなり大きく美しいだけの希少な蛇だと。でもそれは見当違いらしい。
もし、自分が妖怪たちのように何かしらの能力を持っていたら。それがもし、記憶を食し空腹感を満たすのだとしたら。ならばそれはもう妖怪とさして変わらないのではないだろうか。