目を覚ます私様は蛇である。それに白蛇だ。希少種だ。すごいんだ。
てーか目を覚ますと言うよりは物心ついた時なのだ。背丈は低く地面を這うように動く行動方法は最初は動きにくく不自由なものだと思ったが慣れてしまえばなんのその。どんな村でも良いとこがあり住んでみたら都だったりすることは良くあるのだ。いや蛇だけど。言うなら森?林でもよきかな。
自己紹介はこんなとこで終いとして蛇はけっこう人に嫌われていたりする。私様の趣味が人里に潜り込み暖かい個人的なベストポジション探しや木の上からぶら下がり全身を使う運動をして勤しむのだが、人に見つかるたびに殺されかける。ただの蛇ならそこまで邪険にされないはずなのだが、私様は白かったため災いを呼ぶだのと恐れさせてしまっているらしい。こーんな珍しい蛇を殺そうとするなんて酷い!でもそれが当たり前なのかもしれない。妖怪からも白い蛇なんて珍しすぎてもはや不気味の域に達すると言われてしまった。
そうするたびに思う。喋れたらいいのにと。私様自身も出来る限り人間と友好な関係でいたい。でも伝える術がないのだ。この白蛇についた口は獲物を捕食する口。といっても私様はあまり食事を欲しない。なぜだろうか。腹の代わりに満たされるのは不快感。だからこそ食事は欲しなくとも何かを口にする。そんな日々。
今日も今日とてスネークイーター作戦だった。食すのは特にない。美味しそうなもの。
人里には出来る限り見つからないように木の上や川の中を潜って進む。目的地はない。それでも行ってみたい場所はある。この村の最奥地にはたくさんの薬があると言われる薬剤室があるらしい。薬なんぞに興味はないが行ったことがないのはここぐらいなので辿り着いてみたい。どうせ着く前に見つかるのだが。
途中途中で人間を見つける。気づかれることはなかったが私様は不意に足を止める。てーか体?
会話に耳をすますと興味深い話だった。
「結局祠は誰がやったんだろうね?」
「ああ、まさか姿そのまま無くなるなんて何者かの仕業にしてもタチが悪い。守り神様に手をかけるなど」
「全くだ。真っ先に見つけてくれた永琳様には頭があがらない」
祠?澄ました耳から入る興味深い言葉。だが私様はその祠とやらを見たことがない。はて、一体いつの話なのだろうか。この前の伝染病事件のときには既になかった?その以前から私様はこの村へ訪れていたはずだ。いや、それを見ていた?私が。ああ、止めておこう。まるで理解ができない。それほど重要な話でもないだろう。
私様はそう判断すると自慢の尻尾を村人二人の首を掠め脅かす。
二人はびくんと体を震わせ振り返る。
「何者だ!」
「誰もいない……。また妖怪の仕業か?」
その間に白蛇は上手く足元をくねりながらその奥地へと向かうのだった。
「近頃多いな。特に祠が姿を消してから」
「確かに、永琳様も気にしていらしたし何らかの対象が欲しいだろう。祠のような皆から支持されるべきものが」
これ以上の村奥への侵入は実は初めてだったりする。どうしても行きたい訳ではないが、何せ私様には目的がなく、時間はありあまった蛇なのだ。ならばこの暇つぶしの延長下に置かれた人生、蛇生を生きるとしよう。そんな言葉はないのだけど。
そうして奥へ向かい続け一つの部屋を見つける。中へ入り即座に天井へと這っていった。上は人間の死角なのだ。蛇は蛇でも利口で酔狂な私様はそのことを理解している。
なのに、何故なのかな。彼女は一発で私の気配を当てて見せるのだ。
「あら、変わったお客様ね」
それは美しい少女だった。白髪の彼女は椅子に座り何かの書物に目を通しているようでこちらをちらりともみない。それで当ててみせるあたり只者ではないのは明白だった。
「お茶も出せないけどゆっくりしていって。て言っても蛇はお茶も飲まないか」
これは意外。蛇というとこまで知られてしまっていた。
でもあれなのだ。蛇かて私様はお茶飲めるぞ。ん。
そう思っても言葉は出ない。彼女に伝える術はない。当たり前だ。私は蛇なのだから。人間とは性質が違う。この口で出来ることは彼女の首筋にでも噛み付くことぐらい。しないけど。
何度でも言おう。私は美しい者が好きなのだ。それでいて美しい物も。
正体も気づかれているのに何時までも隠れているのはいささか失礼が過ぎると思いその姿を彼女の前まで持ってくる。
「まぁ驚いた。白い蛇なんて初めて見たわ」
彼女は集中していた書物を忘れたかのようにこちらを凝視する。
ふん、そうだろう。珍しいだろう?私様も気分が良いぞ。
「でもあなたよくここまで辿り着きましたね」
彼女は私様の鱗を指でなぞりながらそう呟いた。
確かに今日はいつもより警備が緩かった気もする。これはこれで有難い。
「秋も近いし冬眠に備えて食物でも探しにきたのかしら?でも残念。ここに目当ての物はないと思いますよ」
冬は嫌いだ。雪に紛れて隠密行動するには向いているが、寒さはどうにも馴れない。鱗の中に無理やり侵食してくる冷気は気持ちが悪く、常に眠気を誘う。この眠気に負ければそこで命を落としそうな気がして怯えながら冬を越す。
そんな事を思い耽っていると彼女は閃いたように戯言を申す。
「ねぇあなた。私に飼われてみないかしら」
何を言うているのか。人間にでも飼われてみろ。
一年と持たずこの命奪われ壺の中にでも入れられそうだ。
「私はここでいつも一人ぼっち。さすがに気が滅入るわ。でも愉快なお友達が居れば飽きないと思って」
蛇を愉快なお友達とはこの少女もなかなかの変わり者。少し気に入った。いいかもしれん。飼われても。
彼女には友達がいないのだろうか。白髪少女と同じくらいの年代の子はチラチラ見かけるはずだが。
「でもお話できないのは残念ね。一方的に言葉を投げても満足出来るけど出来ればお話してみたいし。そうよ、あの祠とは違って生き物なんだから薬でわんちゃん……」
訂正。絶対飼われたくない。怪しい薬を打たれることを知ってなお飼われたいと思うのは自殺願望者か。私様には考えられん。命が持たぬかもしれん。
ぼそりと呟く彼女の言葉を聞き逃すほど私様落ちぶれていない。
そんな時だ。何者かがこちらに歩いてくる音が聞こえた。
一歩づつ乱れることのないリズムを刻みながらこの部屋まできて、そいで言葉を投げて扉を開けた。
「永琳様!大変申し訳ありません。そちらに侵入者が入ってはいないでしょうか」
まさか気づかれていた?いや、そんな馬鹿な。どうして気がついた?何がキッカケで?疑問は多々残るが侵入者とは言わずとも私様か。
そう言えばあの周辺の妖怪たちが私様が先に行くのを見ていたし、もしやしたら妖怪の低級どもがチクったか。今度あったら噛み付いてやろう。
「侵入者ってもしかしてこの子のこと?」
そんなことを考えていると永琳と呼ばれた少女はクスクスと笑みをこぼして私様を指差した。
「白蛇!珍しい、その白さは不気味で禍々しい。永琳様に近づくでない!」
「そうかしら。私は結構綺麗だと思いますけど」
「永琳さま!」
おや分かっているじゃーないか永琳。この白さが美しいとわかるとは中々の目を持っている。みな私のことを邪悪だの悪の根源だの忌々しいなどと失礼にもほどがある人間共だったが永琳は違うかもしれん。
「永琳さま、私はこの蛇を処理してきます」
「あ、ちょっとやめなさい」
永琳の言葉が届く前に警備員の手が私様の首を掴もうとする。
馬鹿め、ただやられるのをじっと見ている私様ではないは。
「な、この蛇」
身を曲げて手を離れ一気に飛びついた。
首に尻尾から巻きつけ死なない程度に圧縮する。でもいかんかな。ちょっとした反撃のつもりが彼は命の危機に感じてしまったのだろう。
大きく騒ぎ立て、それを聞いた他の警備員たちが集まってきてしまった。
「大丈夫か!」
「忌々しい」
「この白蛇め、その命奪い壺の中にでも押し込んでやろう」
それぞれ持っていた棒などで叩きつけようとするがそれを上手くかわしていく。幾つか当たったり掠りもしたが致命傷には至らない。
だがその勢いよく降られた棒に当たれば私様の頭は潰され、脳は砕かれるだろう。こればかりは仕方なしに反撃に出ようとした時だ。
「やめなさい!」
その永琳の一言で男たちは時でも止められたようにピタリと静止した。
そしてニコリと笑って口を開くのだ。
「ここは大事な私の自室兼薬剤室ってことを理解しているのかしら?それに、私のペットに向かって傷を付けようなんて、この意味理解しているかしら」
『し、失礼いたしました!!』
男たちが一斉に永琳に向かって敬礼する。全く大の大人、それに男たちが少女に臆するなどなにごとか。でもわかっちゃう。その笑みは全然笑ってないし仮に笑っていたとしてもそれは般若の微笑みだ。遺言はあるか?と脅されているようなその笑みに勝てる者はまだこの世界に存在していないだろう。
え、てーかペット?いつの間に?あれこれ決定して訂正できない奴じゃのーて?
その日から白蛇は永琳様がお飼いになっている世界で最初のペットだと広まり村を彷徨いても矛先を向けられなかった。そうなると永琳とは何者なのだろうか。それほどの権力を持った少女が一体なぜ閉じこもっているか。疑問は多々残るがそういうものだと理解した。
「大丈夫、ほらこっちにきなさい。手当してあげる」
微妙に傷がついた私様をみて永琳が膝にこちらだと誘う。そのまま素直に話を聞くのは癪だったが先ほどの光景をみると逆らえない。この時点で私様は永琳のペットなのだから。
警備員の男たちはいつの間にか姿を消しており永琳はやっと落ち着いたように息をはいた。
「申し訳ないわ。でもどうかあの人たちを責めないであげて。何かをしようと必死なのよ。それともう村の人に危害を加えてもだめ」
もともと私様から村人に危害を与えたことはない。矛先を向けられたら反撃にでるくらいだ。噛み付いたことだってまだないのだぞ。でも永琳のペットになった事によって変な危害が与えられないのは素晴らしいことだともう。メリット性を初めて得た気がする。
彼女は薬剤師なのだろう。手慣れた手つきで治療薬を出していき白蛇の傷がついた体へ優しく手を伸ばす。
蛇自身もそれが満更でもなく流されるように時の流れを感じた。
「これからよろしくね。白蛇さん」
それから幾つかの時を永琳と過ごした。そうした事でわかる彼女の人生。なんでも大きな伝染病の事件があったらしく、それを解決してこの村の英雄のようになったのがこの八意永琳だと言う。永琳と同時に村の守り神として祠があったらしいが今はもうなき物だと言う。
だが、なぜだろうか。この話、以前にも聞いた事がある。そんな気がしてならない。
が、その違和感を解決する一手が私には存在しないのだ。
秋になった。
村人たちも私が永琳のペットで特に危害がない温厚な蛇だと気付いたからは歪な目で見られる事もなくなった。永琳が外に出れば村人たちは挨拶する中それは当たり前のように私様にも挨拶がくる。ありがたいけど、喋れないのよね。子供には舌でペロリと額を舐めては驚かれる。それも永琳の人徳の末なのだと思うとなんとも言えない。もはやこの村での神様なのではないだろうか。
一緒に過ごすと薬物実験を手伝わされる。今じゃあ毒物は効かず様々な効果も体内で処理できるようになってしまった。永琳曰く、普段の薬、食事に死や体調不慮にならない程度の毒物を入れ続け慣れ始めたらまた量を増やし私様の中にできる限り全ての免疫力を付けさせる実験だったとか。
それは見事成功した。別に永琳の独断ではなく私様の了承の上なのだ。
だがそんな薬物実験を重ねた結果、ついに私様の中で劇的な変化を遂げる。
「白蛇さん。白蛇さん」
「ーーー。永琳……か?」
喋った。喋ったぁぁぁぁぁぁぁあ!?アイエェェェエなんで喋ったなんで!?え、てーか自分?今の声じぶんなん?この部屋にいるのは永琳と私様。喋ったのは二人つまり私!
意味がわからない。え、なんで?唐突な変化に、人生の180度が変わるくらいの異常事態に脳の処理が追いつかない。
「やっと……成功した」
「永琳、やめ、苦しいじゃないか」
永琳は頬を染め嬉しそうに私を抱いた。
まるで自分の子供が初めて二本足で歩けるようになったような感覚だ。永琳自身もそんな気持ちだろう。
でもやっと落ち着いて思考が追いつくと私様自身も嬉しくて仕方がなかった。ずっと誰かに私様のことを伝えてみたいと思っていたことが遂には叶ってしまったのだ。今はこうして言葉で伝えることができる。喜びを噛み締めながらも永琳にこの疑問を訴えた。
「永琳、私さ………俺様に一体なにをしたんだ」
「薬物実験を以前からしていたでしょう?あれは貴方の蛇の体に人間に限りなく近い細胞を生殖させて様子を見るためのものだったのよ。人間は約二万という細胞で出来ているのだけどその細胞の数がやと貴方に回るようになった。生命倫理を冒涜するような行為だけどそんなの関係ないわ。命に携わる医療に直接的な関係はないこの声帯を与え細胞を蛇に人間とまるで同じように作り出すというやり方。かといって体外受精、体内受精ともまるで関係ない直接的ではなく間接的に命を作り出してしまった様なもの。医者としてはいろいろ思う事はあるけれども」
「生命倫理、バイオエシックスか」
「ええ、勝手にこんなことしたのは謝るわ。でも貴方とこうして言葉を介してみたかった。語りあいたかった。伝え合いたかった。私の勝手なエゴだし許されるとは思っていないけどこうした事をいつも夢に思っていたのよ」
「いや待て待て。俺様は決して嫌じゃない。むしろ感謝すらしている。それに…俺様自信も永琳と同じ気持ちだ。夢にも思ってなかったよ。こうして伝え合える日々を」
確かに勝手な事だろう。これは生命への冒涜とも取れる行為かもしれない。でも私自身も嬉しいし永琳がこうして喜んでいるだけでこちらはもっと嬉しくなる。
ああ、永琳よ。お前は罪な女だ。私をもっと美しい存在へと昇華してくれた。感謝してもしきれない。
暫くは二人で喜びを分かち合った。一緒に話して伝え合って初めてお互いを理解できたような気もする。
でもこれがきっかけとなり悩む事もあるだろう。これから先、何千年という長い間を彷徨い続けながら。
でも今は喜びに浸る時間だ。
今は、互いに酒でも交わえ語り合おう。