東方幸々蛇   作:続空秋堵

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口なし

私がこの世界で最初に感じた事は「つまらない」の一言だった。と言っても私に口はない。死人に口なしと言う言葉があるが別に死んだ訳ではなく、ただ単に人でなく。さらにいうならば生き物ですらないということ。佇むだけの石の塊なのだ。

この石の塊がどう出来たのかは世界に人類が誕生して間もなく、様々な季節を巡り他人も想うことを覚えたぐらいだろうか。時代背景を語るならそんな時間。

 

そんな時間という概念に囚われない変哲もない石の塊に最近姿を見せる少女がいる。彼女は決まってくるたびに花や食物を御供えしてきたのだ。私が何かをした訳じゃない。彼女の人生に何かが起こり奇跡的にそれを解決される出来事があったのだろう。親への不治の病か。それとも豊作へと発展したか。恐らく人類には人外の力によって救われることを信じるようになった。神様という考えが追いついたのだ。それ故に彼女は石の塊へと毎日足を運ぶ。勝手に救われたのに神様のおかげなのだと信じて。

 

そう考えると私という存在は石の塊ではないのかもしれない。

適当に積み上げられた石の塊だったが様々な意図や思考が交わりそれは祠のようになっていたのだ。少女の行動は他者へ影響しまるで自分が大きな業を大成したような扱いを受け勝手に私は大きくなり、人々のその気持ちを得てちょっとした能力を得た。能力と言っても万能ではなく迷った人にこの村の近くにある祠まで導いたり、人々を脅かして回る妖怪を跳ね除けたりと自分にとってなんの益もない力ばかりだった。

祠になるまでの過程で人々の話を聞くかぎり、事実村でちょっとした病が流行したらしく治す方法が解らない時に、足を運ぶ少女が石の塊の後ろに生えていた植物で薬を作ったかららしい。

 

ちょっとまて。私は本当に何もしてないじゃないか。毎日足を運ぶ白髪の少女、彼女の功績ではないだろうか。

そう思いもするがその少女自身がその結果に満足しているとこを見ると何も文句はいうまい。口はないが。

 

それからというもの、この祠が出来てから人類は少しづつ進歩していく。それと同時に妖怪の数を増やした。

人々が勝手な妄言や思い込みで私のような祠ができるのと同じで、人は勝手に思い込みで恐怖を感じる。その恐怖が妖怪を増やしていった。妖怪とは元々人々の恐怖から生まれるもの。進歩し心に余裕ができた人々は思考と視野が広がった事によりいろんな感情を抱く。

それが恐怖だったのだろう。

人々は妖怪を怖がり恐れおののいた。

 

が、実際の妖怪の姿を知る私からすればそれはまた可笑しかった。妖怪とは人を脅かし回ってはいるが、それ以上の害はなく怖がる姿を見て楽しそうにしている子供と変わらない。子供に脅かされ逃げ惑う姿は滑稽だった。でもこの村の祠へと祀られてしまった訳で傍観しているだけにもいかなくなり、度が過ぎた妖怪たちを跳ね除けたり通せんぼをした。代わりといってはなんだが自分への御供え物を妖怪へと渡しお互いに不快な思いはしないように気を使う。

御供えでふと思い出す。あの少女は今どうしているだろうか。あの病の事件後まるで姿を見せないのだ。

妖怪たちの話を聞くと彼女はその薬を作った偉業を認められて村の薬剤室で毎日遅くまで薬を開発し助けになっているそうだ。

 

きっと彼女は成長して今は十代に入ったところだろうか。たしかにそれより幼い幼少期に薬を作ったてん彼女は天才と言える。天才は常に人々に貢献しなければいけない。幼き時代に偉業を成し遂げてしまったのが彼女の運のツキというものだ。私は若干淋しさを覚えたが彼女の未来が輝かしい物になることを願った。

 

 

 

 

 

 

なんでも、この祠は幸運を呼ぶ祠など言われているらしい。妖怪に聞いた話なので真実はわからないが話がまた大きくなっていた。それはどんな人間でも救ってみせる神様の掌と。その話を聞いた私は笑えなくなっていた。昔なら可笑しくて堪らないだろうが大きくなりすぎた戯言は冗談ではなく不快になる。これも彼女のように勝手に人々を救った事への運のツキなのだろう。救ったのは彼女一人で私は何もしてないがすぎた話を弁解する余地はない。だが神様の真似事だけはしておこう。ただ私一人でなく彼女も同じくこういった扱いを受けていると思うと救われる。自分は一人じゃないのだと。

 

ある日、その彼女が現れた。あの幼き姿から成長し、背丈も伸びたがまだ幼い。ただ容姿は美しいものへと変わっており目を奪われた。長年生きて私も分かったことがある。どうやら私は美しいものが好きらしい。新たな発見だった。

その彼女は疲れたようにため息を吐き祠へと触った。

 

「毎日毎日薬の開発、嫌になってくるわ」

 

そのため息の様に吐かれた言葉を聞いて彼女なりの疲労感が伝わった。

村では多忙の時間を過ごしているのだろう。

 

「人々は成長して変わっていってしまったけどこの祠は何にもかわらない」

 

変わらないか。たしかにその通りだ。きっとこの祠は変わらない。変わったとしても風化するように形を変えるか、人々の忘れられて形を保てなくなるか。

 

「今思えば私は貴方を見つけてから人生が百八十度くらい変わったものね」

 

そうか、私も変わったよ。もういっそ運命共同体とでも語るか?

 

「お陰様で多忙の日々よ、今日は逃げ出してきちゃったわ」

 

それはすまない事をしたね。でもそれは君にしか出来ないことだろう。

でもどうして彼女は今そんな多忙なのか。考えて一つの思考が浮かぶ。それは新たな病の流行だった。それが原因なのだとふんでみる。

 

「今回の病はちょっと驚異的でね、伝染病だった。このまま行けば遅かれ早かれ死人が出る。薬の方は完成までは近いかもだけど量産はできない。きっと……いえ確実に被害者がでるわ」

 

思考には沿った答えではあったが中々にそれはスケールの大きな話だった。彼女の疲労の意味がわかる。といっても私にはうつらないし傍観するしかないのだが。だが頑張れと応援の意は浮かべよう。

 

「さて、私はそろそろ戻るとしましょうか。全てが終わったらしっかり手入れして御供えを持ってきてあげる、またね」

 

また、と言葉を残して腰を上げて帰る彼女の背中を見送った。そうか、次もまた来るか。ならば待っていなければいけないな。

今思うと彼女の心には余裕がなかったのだろう。祠へ向かい言葉を投げて答えが返ってこなくても満足して気合を入れ直す。私から見たら十分病んでるのだが人間とはそういう生き物のような気もする。私はそのいつかはわからない時を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は新たな病である伝染病を解決した。彼女の行動力はさらに大きな業を乗せ人々から感謝された。予想よりも早かったが、きっと村としては遅かった。少なからず犠牲者が出ただろう。私は何もしていないがまた私の株が上がった。この村の守り神だそうだ。本当に人間の心はわからない。素直に誇れない謙虚さの現れなのだろうか。

全てが解決してひと段落がついた。これにて第一場面は終了だろう。少女と私が出会い(というのもおかしいが)少女は偉業を成し遂げそれと同時に何故か感謝された祠の話。では私は彼女が約束を守ってくれることを待とう。またと言ったのだからそれはやってくる。

それまで一眠りするとしーーーー

 

「なんで守ってくれなかったの」

 

少女が現れた。でも白髪の約束の少女ではない。見たことがない女の子だった。

 

「あなたこの村の守り神なんでしょ?今まで救ってくれたんでしょ。じゃあなんで……なんで……」

 

彼女は俯き泣き声を孕んだ。そうして私は全てを察した。

 

「どうしてお父さんもお母さんも助けてくれなかったの!」

 

そう、全ては解決した話。過ぎた話。その話はハッピーエンドではない。なにせ良い話の裏には必ず不幸になった話があるのだから。彼女は石の上の藁を焼いた。それが彼女の怒りの業火なら私は黙って焼かれよう。

変に思われるかな。でもこれがきっと神様というやつの宿命だ。勝手に感謝されて勝手に盛り上がることの対に勝手に憎まれれば勝手に手を下される。幸運とはプラスマイナスはないと話を聞く。つまり私が幸運を呼んだのならそれは先の未来の幸運を前借りしただけで、後に残るのは不幸なのだ。

 

伝染病の前に流行った病がある。彼女はそれに救われた。それが幸運だったとすれば、親が子を残して天へ昇ったことは不幸なのかもしれない。そのやり場のない怒り、恨みを受けるのは決まって神様の役目だ。

藁が燃え落ちた。

 

「ははは、何やってんだろ私。こんな事しても意味ないって知ってるのに」

 

私は黙って聞いておこう。彼女の最後を。

 

「藁も燃えちゃってお父さんに怒られるかなぁ?ううん怒られないだっていないもん。そっかいないんだ。何やっても怒られないよねじゃあいっか私いなくなっても泣いてくれる人もいないしそうかお前のせいだなんで助けてくれないなんでなんでなんで」

 

一つ、面白い話をしよう。この祠から後ろへ向かうと大きな滝がある。私がたって豊作の時期が来た時村人が発見したらしい。それからと言うもの魚が取れるため栄養には困らなかったとか。どうしてそんな話をするのかって?わかるだろう。そういうことさ。

 

彼女は焼かれてスッキリとした祠から一番奥にある小さな石を抱える。そう。それが私だ。小さいといっても彼女が抱えるくらいの大きさはあるが。それ以外の石は適当に滝への道のりの末山に無造作に捨てられた。

そして彼女は滝につく。

 

そういえばこの山には白蛇が住んでいたな。あの鱗は美しかった、私は美しいものが好きでね。

さて未来どうなるかはその時にならないとわからない。今は彼女と最後の時を過ごそう。いくら頑丈な石でも此処から落ちたら真っ二つだ。ただこの少女が怒りの矛先が約束の彼女に向かわなかったのが幸いだ。いや、それこそ私の能力なのかもしれない。幸運の前借りだ。

 

「ぱぱ、まま。ただいま」

 

そう言って足を踏み出した少女とともに浮遊感を抱く私は一応彼女に謝罪しておこう。

「約束を破ってすまない」と。

 

ああでもそうだ。私は石の塊だったな。


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