カルデアの落ちなし意味なしのぐだぐだ短編集   作:御手洗団子

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お酒は二十歳になってから!

「この頃各サーヴァントの飲酒量が増えているというマスターからの注意文が届きました」

 

 此処はおなじみ人理継続保障機関カルデア、今日はいつもの食堂で昼食と共にサーヴァントの不定例会議が開かれていた。 マスターとの訓練の調整や、サーヴァントの要望、逆にマスターや職員たちからの要望をまとめてルーラーたちが報告するのだ。

 今日前に立って分厚い書類を読んでいるのはカルデア一の凄女(せいじょ)様と呼ばれるマルタである。

 

「へぇ……そりゃあ大変だねぇ……ちょいとなんで揃いも揃ってこっちを見るのさ」

 

「アンタが昼食と言うのに片手にビールを持ってるからよ! ……こほん、それで集計した結果なんと飲酒量は先月と比べて二倍、先々月と比べると四倍。いくら外との連絡が繋がって物資が届くようになったとはいえこれはあんまりです」

 

「でも、外は雪山だと言うのにこの施設は何故か夏真っ盛りのように熱いし、正直お酒が無いとやってられないよ」

 

「そうそう、しかも暑さは増す一方でこんなに暑いのにお酒を飲むなと言う方が酷ですわ」

 

 そう答えたのは海賊のアン&メアリーである。よほど暑いのかカルデアの中で水着になっており、それを盗撮しようとしたどこかの髭に銃声が鳴った。

 それを華麗に見なかったことにしながら、マルタはさらに呆れ顔になる。

 

「あのねぇ、なんでそれでお酒を飲むという選択肢になるの、水飲みなさい水、塩分補給も忘れずに」

 

「えぇー、暑くて汗がびしょびしょの時にエールを飲むときの快感がいいんじゃないか」

 

「凄女様ったら服装以外お堅いんでごじゃるんだからー」

 

 ぶーぶーと文句を垂れる酒飲みたちに鉄拳を見舞おうかと青筋を浮かべながらマルタはお酒を制限させる方向で会議を進めていく。

 実際サーヴァントが増えるごとにお酒の量と種類は増す一方で、それにかかる金は馬鹿にならない。

 カルデアだって無限に資金があるワケではないのだ、お酒のせいでお金が無くなってレイシフトが出来ないなんて笑い話にもなりはしない。

 

「とにかく今週からお酒入荷量を半分にしますから、そこんところ理解するように!」

 

「おいおい! そりゃ酷くねぇか?」

 

「横暴であろう! 酒呑の酒に不備があったらどうする!」

 

「おぉ、バーで出すお酒に不自由があっては困るのですが……」

 

「妾に献上させるためのどんぺりとやらはどうなるのじゃ?」

 

 マルタの決定に、今度は大勢の酒飲み達が不満の声を上げるがマルタが手甲を装着し霊基を変更し始めたのでその声はとたんに小さくなっていく。

 これ以上言うと半分どころか飲酒を禁止にまでされかねないからである、ルーラー勢はその公平さをマスターから信用されてカルデアの財布の一端を握っているためマルタが禁止と言ったら本当にカルデアからは酒が無くなる可能性があるのだ。

 

「はい、決まり。 次はマスターからの懇願、『お願いだから暑いからって水着でマイルームに忍び込むのは止めてください』……まぁ禁止ですね」

 

「「「異議あり!」」」

 

「却下します」

 

「「「そんなっ!」」」

 

 こうして会議は続いていく。

 

 

 

 

 

「全く騒がしい……」

 

「しかしこれもマスター、ひいてはカルデアの環境を良くするためです。 外の敵を倒すにはまず内側から強固にしなければ」

 

「同感です、マスターよりサーヴァントの欲を優先させるなどあってはならぬことです」

 

「ふん、おかわりだ」

 

 遠くの円卓では、かのアーサー王として知られるアルトリア・ペンドラゴン達がそれぞれのリアクションと共に会議に耳を傾けていた。─XとXオルタは除く─

 過去未来別世界の同一人物が揃いに揃ってもうそろそろ全クラス制覇する勢いの彼女たちの健啖家具合はカルデアのエンゲル係数を約三十パーセントにまで引き上げている原因の一つでもあった。

 

「お酒が半分になるんですね……男の人にはお酒が喜ばれると聞いたので、マスターに日々のお礼として送ろうと考えていたのですが……」

 

 そういったのは遠慮がちに三杯目のご飯のおかわりを貰ったアルトリア・リリィである。

 白百合の様な純粋さと優しさを持つ少女でアルトリアの中では一番若く、過去の自分ながらアルトリア達から末っ子の妹のような扱いを受けていた。

 

「いえ、彼はまだ成人していないのでお酒は飲めなかったはずですが? よく誘われてはいるようですが、彼の国では二十歳になるまでお酒は禁止されていたかと」

 

「そうなのですか? マスターはお酒に酔うと人に絡みやすいというお話を聞いていたのでてっきりお酒は嗜む方なのかと……」

 

「むむ、誰かがマスターに飲酒をすすめたのでしょうか、それはいけません。 サーヴァントとして一人の王として指導しなければ」

 

「そうですね、我がマスターに悪影響になるものは排除すべきかと」

 

 大きい方と小さい方の青い王がお互いに頷く中、リリィは疑問符を頭に浮かべる様に首を傾げたままなのでこの頃ライダーにもなったアルトリア・オルタが目をリリィの方へと向けた。

 セイバーの方と比べるとやや厳しい性格をしているが、根の優しさは変わっていないオルタはリリィの面倒見は良いほうなのであった。

 

「どうした、何か気になることでもあるのか」

 

「いえ、その、マスターが酔うと目の前の人を褒めちぎった挙句に『きすま』になると聞いていたので、いったいそれがなんなのかと気になって……」

 

 瞬間、全員の食事を進める手が止まる。

 リリィはただ純粋に聴いた言葉をそのまま伝えているだけだろうが、いかんせん言葉の意味を知らずに口にすることもあるので聴いている周りが反応に困ることがある。

 家族でテレビを見ていた時にCMに青少年が反応する描写が流れてしまったときの様な気まずさと同等の空気が円卓に流れ始めてきていた。

 

「『きすま』というのはどういった意味なのでしょうか……? 皆さんはご存知ですか?」

 

「ごほん! り、リリィ、マスターはまだ未成年なので贈り物は違うものにした方が良いでしょう。 そうだクッキーなどはどうですか?」

 

「え? はい、そうですね……?」

 

「待て、リリィ。その話は一体だれから聞いた?」

 

「え……? 武蔵さんですが……?」

 

「……詳しく話せ」

 

 いつの間にかオルタ二人が身を乗り出すようにして聴いてくるのでその鋭い目線にリリィは若干気圧されてしまう、なんだか答え次第では戦いが勃発してしまいそうなそんな予感がしたのだ。

 

「えーっと、つい先日玉藻さんと酒呑さんから逃げてきたらしいマスターを介抱した武蔵坊弁慶さんがそのような目に遭ったと私に……」

 

「そちらか! ……急用ができた。 私はこれにて失礼する」

 

「同じく」

 

 リリィのお話を聞いた後、オルタ二人は料理の代金をテーブルに置くと足早に食堂を後にし始める。 余りに急であったので残ったアルトリア達は同じように首を傾げたが、何だか碌でもないことが起きそうな予感に一抹の不安を覚えていた。

 

旦那様(ますたぁ)が……」

 

「キス魔に……」

 

「なでなで……褒めてくださる……」

 

 そして此処はカルデアの食堂、障子も壁もない空間でマスターに関する話を聞き逃さなかったサーヴァントたちが食堂を出て行ったオルタ達と同じく目を光らせていた。

 

 

 

 

 

 マスターは未成年である。母譲りだと言われる大人びた風貌と上物のラピスラズリのような青い瞳は年上に見られるには十分で、また遠くから()()している清姫に深いため息をつかせるにもまた十分であったが、まだまだ大人というには様々な経験が乏しい少年であった。

 酒もその中の経験の一つである。まだまだ成人するにはもうしばらくの辛抱が必要であったマスターは飲酒は禁じられており、また自分からも飲もうとはしなかった。

 時たまマスターを飲みに誘うサーヴァントもいるが、基本的にマスターが未成年と知ると自重するし、規則には厳しいサーヴァントたちが飲ませる前にストップをかけるので今の所マスターは酩酊するという感覚を味わったことが無かったのである。

 そう、玉藻と酒呑の企てで新しいジュースと言われたチョコ味のジュースを飲まされるまでは。——なお、タマモシャークの激ヤバお屠蘇はマスターの記憶が無いので除外とする。——

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

「————……」

 

 サーヴァントたちの不定例会議から日をまたいだ翌日の事である、マスターはマシュに介抱されながら自室のベットで唸り声をあげていた。

 マスターといえどその体自体はただの一般男性のそれである、病気もするし、怪我だってするが今回の病は「二日酔い」というおよそ危機感のない病名であったため胃薬などを持たされ大人しく部屋で寝ていなさいと医療スタッフから苦笑いと共に送られて三日は経つがまだ酔いは醒めそうになかった。

 だが実際は二日酔いどころではなく三日酔い以上の悪酔いであり、頭痛はするわ、吐き気はするわ、世界は回るわでマスターにとって初体験の二日酔いはまるで魔術王に呪われたかのように最悪の体験である。

 そして一番不味いのは泥酔した時の記憶が一片たりとも頭の中に残っていなかったことであった、玉藻と酒呑童子の悪笑みに嫌な予感を感じとってトイレに行くと言って逃げたもののそこからの記憶が無いのだ、介抱してくれたという弁慶はマスターに目も合わせてくれないしなんだか気まずそうにするのでマスターは何か不味いことをやってしまったのではないかと気が気でなかった。

 

「まだ気分が優れませんか? お水を持ってきますね」

 

 マシュが聴いたところ、先輩であるマスターはそれは本人が覚えないで良かったというほどに乱れに乱れたらしい

 

 ──先輩が自ら痴態を晒すなんてお酒と言うのは怖い物ですね。

 

 とマシュは他人事のように冷蔵庫から水を取り出すが、彼女自身も酒に酔うと記憶を無くすタイプである。

 

「先輩がこんなになってしまうなんて……玉藻さん達は先輩に何を飲ませたのでしょう、そもそも先輩は対不浄の加護を持っているのでお酒などには極端に酔いにくいはずなのですが……」

 

「————……」

 

 声なき声でマシュに声をかけるマスターだが、相変わらず呻く様な声しか出せていない。

 

「■■■!」

 

「あれ……これは確か先輩がファラオ・オジマンディアスから頂戴した……」

 

 マシュが冷蔵庫を開けた音を聞いたのか、どこからか三匹の奇妙な動物がどの動物にも当てはまらない鳴き声をあげながらマシュの周りをくるくると回りだした。

 この小動物はオジマンディアスからマスターが賜った子スフィンクスであり、コスモスフィンクスと呼ばれるスフィンクスを統率する上位のスフィンクスの子供なのであった。

 その体は銀河を内包したかのように黒い体の中から星々の光が映し出されており、尻尾や頭には可愛らしいエジプト風の被り物と装飾が施されていてその仕草は獅子の子供の様で大変可愛らしい。

 

「————……」

 

「え、これは水じゃなくてスフィンクスさん達のご飯なのですか?」

 

 驚いたマシュがペットボトルに入った液体をまじまじと見るがどこをどう見ても只の水にしか見えない。

 ふとマシュが足元見ると、これまた何処から持ってきたのかマスターの扶養家族たちはそれぞれの器を持ってマシュの目の前でお座りをしながらペットボトルが開けられるのを今か今かと待ちわびていた。

 そのゆっくりと振られる尻尾を見てマシュは何とも言えないときめきを覚えながらフォウ君がこの頃マスコットの座を奪われないかと戦々恐々している理由を察する、中々のキュートさである。

 

「■■■……」

 

「————……」

 

「ご飯の時間だからあげてもいい? で、では……失礼して……」

 

 その液体は確かに水ではなかった。 マシュがペットボトルの蓋を開けると、熟れた果実の匂いが部屋の中で弾けた。様々な果実がその水の中に濃縮されたかのような豊潤で濃い香りは正に桃源郷か、エデンの園かを再現しているようである。

 マシュが餌皿にその液体を入れるとスフィンクスたちは体の星々の光を増して喜び目も口もない顔でその液体を食していく。

 その食べ方もまた独特であり、スフィンクスのモノアイのように輝る一際大きな星の光が、点滅したかと思うとその液体がゆっくりとその星へと吸い込まれ、体に溶けこむようにして体内へと吸収される。

 摩訶不思議であるが、神秘的で美しくもある食事方法にマシュは身をかがめながらスフィンクスたちを見つめるが、その時勢いよくドアが開かれたことで侵入者と思ったスフィンクスたちがマスターの防御態勢に入ったために中止となってしまった。

 

「ま、マスター! 御無事でしたか!」

 

 マスターの部屋に駆け込んできたのはカルデアの美男子ランキングで一、二位を争うほどの美貌の持ち主、ディルムッド・オディナであった。

 驚いたマスター達が見るとその眩いほどの美貌にはいくつもの傷がついており、服もいくつか裂けて只ならぬ雰囲気をまとっていた。

 ディルムッド程の男がその端正な顔を崩すときは、特異点などの緊急事態か、碌でもない事が起きた時である、そして今回は外の騒音からして十中八九後者であるらしい。

 

「ど、どうしたのですかディルムッドさん!?」

 

 そのディルムッドの姿に声をかけるマシュと警戒する子スフィンクス達であるが、問われたディルムッドは言い難そうにしながらマスターの方を向いて口を開く。

 

「そ、その……サーヴァントたちがマスターに酒を飲ませる飲ませないで戦いを……」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはサーヴァントたちの不定例会議が終わった後の事であった、この頃メイドに変身したアルトリア・オルタがダ・ヴィンチちゃんの工房に突然乗り込んでいき、袋一杯のQPと共にダ・ヴィンチちゃんにこう言い放ったのだ。

 

「アルコールは入っていないが対不浄の加護持ちの対象を酔わせる飲み物が欲しい」

 

 ──と。何の脈絡もない、いきなりの依頼にダ・ヴィンちゃんも一瞬戸惑った。アルコールが入っていないお酒はもはやお酒じゃないような気がするし、そもそもなぜそんな飲み物を作れと言うのか、だがダ・ヴィンチちゃんもなんだか面白いことになりそうな予感がしたので理由を聞いてみると。

 

「将来、完璧なジェントルマンにするためにメイド直々に酒の飲み方を教えるためだ」

 

 と返ってきた。それですべてを察したダ・ヴィンチちゃんは笑いながらその依頼を承諾して、そのお酒の様でお酒ではない飲み物を作るために席を立ったが、丁度その時もう一人の客が扉を勢いよく開いた。

 

「余だよ!」

 

 それは萎れた薔薇ももう一度花開く様な笑顔と、大袋に入ったQPを持った皇帝陛下であった。 因みに花嫁の方である。

 そんな皇帝陛下はメイドよりも二回りも大きな袋をカウンターに置くと、たわわに実った胸を張ってダ・ヴィンチちゃんにこう言い放った。

 

「酒が欲しい! だが、此処で売っている様な物ではなく絶世の美酒で、こう、飲んだ後蕩けた目で見てみると、目の前にいる美少女の美しさを改めて認識して心の底から惚れこむような、そんな酒が欲しいのだ!」

 

 それはそれは良い笑顔であったが、それは惚れ薬じゃありませんか陛下? とダ・ヴィンチちゃんが突っ込む暇もなく横やりを入れられたメイドが皇帝陛下に突っかかった。

 

「何が、『絶世の美酒』か。マスターの年齢を考えろ、未成年に悪影響だろうが、貴様のようにあーぱーになったらどうするのだ」

 

「一歳二歳の違いなど関係あるまい! そちらだって酔わせようとしていたではないか!」

 

 終着駅は同じでも、そこまでに至るアプローチが違う二人の言い合いは、あぁいえばこういう口論へと発展して泥沼と化していった。

 

「そもそも、マスターを酔わせて何をするつもりなのだ、頭の中まで薔薇色に染まったか?」

 

 とキングメイドが言うと、

 

「そういうそちらも『とーへんぼく』とそなたがいつも言っているマスターが『キス魔』になるのが見たくてそんな酒を注文したのであろう! そもそもローマであったイタリアなる国では十六歳から飲酒は可能と言うではないか! ならば日本のローマ市民であるマスターが飲酒できない理はない!」

 

 と皇帝陛下が言い返す。

 実際二人にはイシュタルが変装した積極的なマスターがそのまんま現物で手に入るかもしれないという密かな期待もあったのも事実であった。普段しっかりして大人しい者ほど酔ってしまうと大胆になったりするのだ、酔ったトリスタンが勢いでCDを出したことは二人の記憶にはまだ新しい。

 ついには実力でマスターを勝ち取ろうと両者が武器を構え始めたので、ラボを壊されてはかなわないダ・ヴィンチちゃんが両者に始まっている騒動の原因である言葉を言い放った。

 

「二人とも満足できるであろう飲み物がマスターの部屋に一つだけある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが全ての始まりでした。 そのまま黒い騎士王とネロ殿は廊下で高速戦闘を行いながらマスターの部屋を目指していましたが、途中で清姫たちも参戦し場は混乱状態……それを止めるために幾人かのサーヴァントが間に入りましたが、その中に『飲みすぎ、ダメ、絶対』と書かれたプラカードを首から下げたヘラクレスがいたことで一気にその場は混沌と化し……なんとかそこから抜け出しマスターの無事を確認をと……」

 

 ディルムッドの報告に、何とも言えない顔をしながらとりあえずマスターはしばらくお酒を禁止にしようと心に誓った。

 

「それで先ほどから廊下が騒がしかったのですね……そういえばダ・ヴィンチちゃんが言っていた飲み物とはどれの事なのでしょうか? 先輩の冷蔵庫にはそんな物は見当たりませんでしたし……」

 

 マシュの言うとおりダ・ヴィンチちゃんが言う様な奇怪な飲み物はマスターの部屋には見当たらなかった。そもそもマスターはお酒を飲まないのでそのような物は自主的に於くことは無いし、他のサーヴァントが置いていくということもほとんどのサーヴァントがお酒類などはマスターの部屋には持ちこまないので有り得ない事であった。

 なのでマスターの冷蔵庫には少しばかりのアイスやジャンヌ・オルタ・リリィが置いて行っているジュースなどしか入っていないはずであった。

 

「確かに気になるな……この騒動の発端でもある、マスターは何か心覚えはおありで?」

 

「————……」

 

 ベットに伏せながら、少しだけあるかもしれないといいながらスフィンクスの餌が入っているペットボトルに目を向ける。半分ほど注がれてテーブルに置かれているそれは未だに冷たく冷やされているかのように周りから水滴を落としていた。

 

「あれは確か先輩の……」

 

「そこをどくがいい!! そこは私が通る道だ!」

 

「なにおう! マスターの初めてを貰うのはこの余である!! なんどか奪われているが、自ら差し出すのは初めてであろうしな!」

 

「それは丁重に私が預かる!」

 

「————!?」

 

「マスター!? 大丈夫ですか!?」

 

 何かがぶつかり合う音と共に廊下から誤解を招きかねない会話を大音量で繰り広げているネロとアルトリア・オルタに思わずマスターは咳き込んでしまう。

 清姫あたりが聴いたら正に大炎上ものである、現に目の前のマシュの目が何だかつんとしており必死にマスターは誤解を解こうとするが変な所に唾が入り込んだのか咳き込んで上手喋ることが出来ない。

 慌ててディルムッドが近くにあったペットボトルに入った水をマスターに持ってきてゆっくりと飲ませるが、その果実の匂いと、子スフィンクスが慌てだしたのを見てマシュはそのペットボトルが何なのかを直ぐに察した。

 

「どうぞ、マスター。ゆっくりと飲まないと……」

 

「ディルムッドさん! それは水ではなく————!」

 

「————……? ————~?」

 

「んなっ、マスター?」

 

 マシュの制止も間に合わず、ディルムッドから差し出された水を飲んで数秒後、マスターに変化が生じ始めた。体温が急激に上がって行き、その顔は見る見るうちに赤くなっていく、目は蕩けていき楽しく笑っているかのように口角をあげて、体はゆっくりと揺れ始め、まるで深く酔っているかのような、そんな様子であった。

 

「せ、先輩……?」

 

「ま、マスター? 大丈夫なのですか……?」

 

「————……? ————!」

 

「え、はい!? はい、ディルムッドですが……」

 

 そしてマスターの変化は更にヒートアップしていった、まるで酔っぱらいが人に絡むようにディルムッドに絡み、同じ話を何回も繰り返し、どんどんと声が大きくなっていく。

 これだけであればディルムッドも対処が可能であったが、問題はその内容であった。

 褒める、これでもかと言うぐらい相手の事を褒めるのだ。顔のことから性格の事、戦闘面で頼りにしていることや信頼していることをこれでもかと本心のままに相手を褒め称えるので聴いている方は嬉しいやら恥ずかしいやらでマスターと同じぐらいに顔を赤くすることしかできない、しかも今回はディルムッドと言う忠義の戦士なのでなんだかディルムッドまで感極まっている。

 隣で見ているマシュはなんだかそっちのけにされているようで少しだけ頬が膨らむのを感じた。

 

「あ、ありがとうございます……どうにもこういうのはなれないと申しますか……おっとっとそういうのはご婦人に……」

 

「デ、ディルムッドさん……?」

 

「あぁ、マシュ……ちょっと、外の風に当たってくるとする……次は素面の時に聞いてみたいものだな……」

 

「いえ、ディルムッドさん? 外は大乱闘の最中では……ディルムッドさーん!?」

 

 結果ディルムッドはマスターをベットに落ち着かせると夢ごこちで部屋の外へ出て行ってしまう。 数秒後に何かの衝突音がしたがそれがディルムッドではないことを祈りつつ、マシュはマスターの介抱へと戻っていく。

 どうやら身体への影響はこれ以上は無いようでマスターは散々ディルムッドを褒めて疲れたのかそのままベットで目を閉じているようであった。

 

「まさか、スフィンクスさんのご飯がダ・ヴィンチちゃんの言っていた……?」

 

 マシュがマスターの近くに座りながらペットボトルを持って中身を見る。

 マシュの考察は正解であった、スフィンクスは霊魂などを餌とするが、さすがにそれを毎日あげるとなると非常に手間もかかるし何処にでもいる存在でもない。なので子スフィンクスには霊魂などの味を出来る限り再現した栄養ドリンクのようなものをダ・ヴィンチちゃんの監修の元作ってそれを摂取させていたのである。

 そしてそれは様々な材料でできておりその中には濃度が高めのアルコールも入っており、魔術的なものでもないのでマスターの加護がそれだけは弾かずに結果マスターが酔っぱらってしまう結果になってしまったわけであった。

 

「今度から着色してもらわないと、匂いでしか見分けがつかないならまた間違って飲んでしまう可能性も……先輩?」

 

 ふとマシュは手を握られている様な感覚を覚えたので、そちらに目を移すと、マスターが手を伸ばしてマシュの手を握っていた。まだ酔いは醒めてはいなかったみたいだが、マシュを見るその眼はいつものほんわかとした目ではなく、戦闘を行う時のようなしっかりとした真面目な目をしており、マシュを少しだけ動揺させる。

 

「せん、ぱい?」

 

「————……」

 

「きれい……? それはどういった……きゃっ!?」

 

 そのままマスターは体を起こすとマシュの手を引っ張って自分の所まで引き寄せる。突然のことに抵抗も出来ないままマシュはいつしかそのままマスターの押し倒されるようにベットに横になってしまう。

 マスターの宝石のように蒼い目が真直ぐにマシュの目を捉えて離さそうせず、マシュは自分が置かれているこの状況を理解していく内に胸の鼓動がどんどんと大きくなっていくのを感じた。

 この光景を他の者が見たら驚嘆するであろう、女性耐性のないこういったことに小心者の少年が大事に思っている少女を押し倒している。結ぶことが無かったであろう他のサーヴァント達のいらぬ教えがアルコールの力も入って、今成されようとしていた。

 

「————……」

 

「は、はい……んっ……」

 

 それか今の少年は目の前の少女の美しさを改めて認識しただけなのかもしれない。

 少年はディルムッドの時とはまるで異なる、小さく確かめる様に少女の名を呼びながら、頭を撫でる。そのまま美しく流れる髪を梳きながらそのまま少女の耳をゆっくりと撫でた。

 

「あっ……せんぱ……」

 

 少女はその愛しむような触り方に一層胸を高鳴らせて、頬に熱を集める。少女はこんな少年を見るのは初めてで、その青い目に奥に秘める野獣の様な光を見たとき若干耳年増なところがある少女はこれから何が起こるのか想像して、彼の顔が自分の顔に近づいてくるとその胸の鼓動は少女の耳を塞ぐぐらいに大きくなっていた。

 

「————……」

 

「えっ、あっ、のっ! んんー!」

 

 どんどんと近づいてくる先輩の顔、唇に、マシュはこれ以上は心臓が耐え切れないと判断したのかそのまま目を瞑る、だが顎はあげて少しだけ唇を突き出してその時を今かと待ち構えていた。

 

「……んん?」

 

 が、何時まで経ってもその感触はやってこない。最初のキスの味は無味乾燥とでもいうのだろうか、不思議に思ってそのままゆっくりとマシュが目を開けてみると、

 

「————Zzz……」

 

 当のマスターはマシュのすぐ隣で顔を突っ伏してそのまま深い眠りについていた。どうやらマシュより先に眠りの神(ヒュプノス)に口づけをしてしまったらしい。そのまま寝息を立ててピクリとも動かない。

 

「……よかったような……残念だった様な……」

 

 マシュはまだ鳴りやまぬ心臓を痛いほどに感じながら覆いかぶさっているマスターを元の位置に戻そうと、マスターの背中に手を回してそのまま転がる様にしてマスターを下にしようとする。意外と大きい背中と固い筋肉の感触に、マシュはまた少し胸が高鳴るのを感じながらそのまま回ろうと勢いをつけていく。

 

「よいしょっ、せーの……」

 

「マスター! 待たせたな! 余……だ……よ」

 

「隣の脳内薔薇色女は放っておけ、私が直々……に……」

 

「いい加減にしなさい、マスターの健康は私……が……」

 

 その時であった、ついに激闘を繰り広げ立ちはだかる強敵を打ち破りながら三人のサーヴァントが部屋の中に転がり込んできた、この頃水着になったネロとこの頃メイドになったアルトリアオルタ、それに二人を阻止しようとして来た最近馬が戻ってきたランサーのアルトリアである。

 

「あ、あの皆さん……これは……」

 

 が、三人が見たのはマシュを押し倒して体を密着させているマスターの姿。マシュは顔を真っ赤にして背中に手を回しているし、見る者が見れば邪推するような光景に間違いなかった。

 そしてその三人は思いきり邪推をする方であった。

 

「なるほど、我々の決着の前にやることが出来たらしいな……」

 

「誰にでも盛るご主人様は、再教育といこう……!」

 

「とりあえず、再指導といきましょう……!」

 

「せ、先輩! 起きてください! せんぱーい!」

 

 それぞれ武器を構えだす三人にマシュは急いでマスターを起こそうとするが、日常でも一度寝たら中々起きないマスターである。アルコールが入った今は何が有ろうとも起きる気配はない、これでは永遠に起きられなそうな体にされそうな予感。マシュは何とか三人を説得しようとするが

 

「ま、待ってください。これは!これは口づけをするだけのはずで……!」

 

「「「罪ありき(ギルティー)!!!」」」

 

 語弊のあり過ぎるマシュの言い方に、三人の武器が一緒に光った。

 

 翌日、マルタ達から一週間の禁酒制限が出され、マスターの症状には二日酔いに加えて全身むち打ちが加わることになった。

 

 

 ──マスターの明日はどっちだ。




あまーい。

お酒っていうのは飲みすぎると怖いですよね。ケツァルさんも飲み過ぎで痛い目に遭っちゃってますし。
書いている途中にぐだマシュを書けという啓示を貰ったので急きょ展開を変更しています。是非もないよネ。

誤字報告&感想ありがとうございます。感想欄でも誤字を報告される始末、すいません、精進致します。

次回は題名は決まっておりまして、ミニック・メルトリリスでございます。
それでは今回も楽しんで読んでいただけると嬉しく思います。

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