カルデアの落ちなし意味なしのぐだぐだ短編集   作:御手洗団子

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メガネデスパニックと鼻血。

 魔術礼装という物は所謂「魔法使いの杖」みたいなもので、魔術師の詠唱のサポートする杖や魔術師自身を守る水銀、使用者の能力を封じるメガネまで幅広い物が存在している。

 特にカルデアで作られた服型魔術礼装は魔術師そのものを補助する役目を持つ「増幅機能」と、それ自体が魔術理論を帯び、使用者の魔力を動力源として神秘を発動させる「限定機能」を上手いように練り込んだカルデア開発局自慢の一品なのであった。

 これさえあれば魔術に関しては()()の素人でロクに魔術が行使できないマスターも魔力を通すことで一定の魔術を使えるようになるし、身体能力も強化されるという正に戦闘では手放せない、もとい着放せない物であり、最初はカルデアの制服だけだった礼装も開発局の研究が進むごとに新しい礼装が生み出され、学校の制服風のものや、果てには水着まで幅広い礼装がマスターのクローゼットに保管されているのであった。

 

 そんな服型礼装は今日も主人に着られてその役目を果たしたばかりであり、その主人はそのままカルデアの食堂で昼食を取っている所であった。

 今日はアトラス院の制服であり、紫を基調としたデザインは高貴な印象と共に凛々しさを際立てており、またそれと一緒にかけている眼鏡もまた知的な印象を相手に持たせやすい。 イメージとするならば大図書館にいる物静かな司書の様な印象である。

 

「おう、少年。 アトラス院の礼装を着てるな! 俺はどっちかと言うとその礼装は少々ピーキーな性能をしてるし、消費魔力量が多いから魔術協会の方が調整しやすくて好きなんだが、まぁ一対一のサーヴァント戦の補助ならそれで決まりだな! 因みにその眼鏡は只のファッションじゃないぞ? サーヴァントのドンパチの際に発生する過度な光量をカットするし、魅了防止、魔眼による呪いもある程度カットできる。 それにパソコンから出る光を抑えて長時間の作業にも良い! 不要だという輩の声を圧倒的大多数の声で黙らせて作ったその眼鏡は実を言うと服よりも高価だったりする!」

 

「____……」

 

 すると、いつもの様に開発局所属であろう職員の一人が鼻高々に説明をしてきた。 マスターはグランドーオーダーの際にも着用してきたのである程度の効果は知っていたが最後の無駄に目にいい効果は今まで気づかなかった。 というかその最後の機能はいるのだろうか。

 ある程度職員と世話話をすると職員は「新作を楽しみに待ってろよ!」と意気揚々に去っていく。 なんだかオーダーメイドで自分の服を作ってもらっているようで恥ずかし半分嬉しさ半分のマスターであるが、この頃職員が落としていった企画書の中に「お月見バニー計画」という表紙を見てからなんだか素直に喜べないところもあった。

 

「いようマスター。 うどんを食うのは良いがぼーっとしてると伸びちまうぜ、あと眼鏡が曇ってる。 っと、横いいかい?」

 

「____」

 

「ありがとさん」

 

 そういって隣に座ってきたのは、アサシンの燕青である。 長い髪に飄々とした顔つきの美青年であるが、その体に入っている刺青と引き締まった肉体は一目で只者ではないと相手に分からせることが出来る男であった。

 その性格は正に無頼漢と言ったところで酒と喧嘩と女を愛す風来人と表現するのも容易いが、一方で義理にも熱く義を持った男であり、マスターにも何かと世話を焼くお人好しな一面もあった。

 

「いや、飯と酒に関しては召喚されて良かったと思ってるぜ。 いやホントさ、カレーライスなんて俺の時代……まぁお話の中の時代には無かったからな! はっは!」

 

 そういって持ってきたカレーライスを食べ始める燕青の後ろの席ではいつの間にか何名かの女性職員達が熱い目線を背中に注いでいた。 無論燕青の方は気付いているだろうがあえて放っておいているらしく気にする様子もない。

 ファンかとマスターが尋ねると、燕青にもこの頃からで良く分からないらしく、ただ見つめてくるだけで声もかけてこないのでこちらとしても聴きにくいらしい。

 

「なんだろうなぁ、水滸伝のファンでもいるのかね。 この頃妙にマスターといるとこぞって何人かが熱心に見つめてくるんだよなぁ。 まぁ女の熱い視線には慣れているから俺としては気にしないんだけどな」

 

「____?」

 

「喋ると印象が変わる? くくっ、黙ってれば色男ってありゃ褒め言葉かね? ……カレー一口いるかい?」

 

「____」

 

「ほいきた、そら」

 

 マスターのカレーを見る視線に気付いたのか、スプーンで一すくいするとマスターの口の元に持っていく。 その時点で後ろがざわめき始め、マスターが普通にそのままスプーンを咥えるとそのまま歓声が沸き起こった。

 

「全く、マスターと言うよりかは雛鳥みたいだな。 育てるのに一苦労しそうだ」

 

「___?」

 

「はは、まぁ確かにそうしたら俺が親鳥ってことか。 じゃあ可愛い可愛い雛鳥ちゃんよ、もう一口どうかね? ……なんだいありゃ?」

 

 ふと燕青達が後ろを見ると女性職員が思い思いにガッツポーズしたり頭を抱えたり、打ち付けたりして「あーんキタァ」とか「燕ぐだイエスッ」とかそれぞれ口走ってる。 一見すると怪しいお薬使っちゃった集団か妖しい新興宗教の儀式のそれである。 普通に怖い。

 マスターと燕青は知らなかったが、ダ・ヴィンチちゃんたちのカルデア女子達のもと女性専用総合アンソロジー本「カルデアガールズ」が発刊されて数カ月が経過しており、その中でも特に人気が高かったのは「ゴールデンとマスター」と「燕青とマスター」の同人漫画であり、バラ色に飢えていた淑女たちの心を大いに潤わせまた狂わせていた。 彼女たちはその中でもノンフィクションを見たいと常時チャンスをうかがっている過激派の一員のなのであった。

 

「うわぁ、なんじゃこやつら……おぉおった、マスターよこの『しょっけん』とやらは何処で渡すのじゃ? (わらわ)こういうのは召喚時の知識に入ってなくてのう……」

 

 マスターと燕青が困惑していると、その集団を奇妙な目で見ながら一人の少女がマスターに近寄ってきた。

 年は若くあどけない少女と表現するに適しており、中華風の豪華な衣装で身を包んだ姿は何処かの令嬢とも思える。 腰まで伸びている紫の髪を二つに束ねて揺れる姿は金襴草(きらんそう)を思わせ大変可愛らしい。

 自分の事を「だいなまいとぼでぃ」と自称し、尊厳ある態度でマスターに接するこの少女は「不夜城のアサシン」と呼ばれるこの頃カルデアに召喚された幼女サーヴァントである。

 

「____」

 

「えっ? カウンターで渡す? あの看板? あぁー……分かっておったぞ? 妾はそなたを試しただけじゃ。 うむ、召使として雇ってやっても良いぞ?」

 

 かなりドヤ顔で無い胸を張るアサシンは、強がって背伸びしている大変可愛らしい子供にしか見えない。 なのでマスターの対応も笑ってアサシンの頭を撫でるぐらいのもので、大変微笑ましい。

 

「____……」

 

「いやいや何で子供扱いなのじゃ、不遜すぎてびっくりする。 あーいやいや、やめろとは言っておらん。 言っておらんからそこの刺青入った優男、ちょっと代わりにいってもらえんか」

 

「ひぇっへへへへ、いやすげぇ。 荊軻の姉さんが姉さんだったのも驚いたが、へっへへ、アンタもそういう姿で現界してんのか。 いや現実は小説より奇なりってのは本当だな」

 

 何かアサシンを見て思う所があったのか、燕青は笑いながら不夜城のアサシンの食券を取ると厨房へと向かっていった。 「不敬なことして手足もがれないようにな」と不吉な言葉を残しながらであったが……

 

「此処って意外と中華系のサーヴァントもいるんじゃな……まっ! 妾が一番ぱーふぇくどぼでぃーで可愛く美しく、そして輝いておるがな! うん? ぷりん? うむ、食す。 むろん食後でな、にはっ!」

 

 なんだかんだで小さい子を甘やかすのが好きなマスターは相手がサーヴァントと分かっていてもついつい何かと世話を焼いてしまう。

 不夜城のアサシンもなんだかんだでまんざらでもなさそうな顔をしており、そのため食堂の奥からやはり幼子が好みなのかとすすり泣く母の声が聞こえてくることになる。

 

「なんだこのちっこいのは、お前のガキか?」

 

「あら、本当何時の間に……隠し子かしら?」

 

 そこに西洋の軍服に身を包んだ短髪の男と妖しい仮面をつけた白髪の女がこれまたカレーライスを持ってマスターのテーブルへと座ってくる。

 男の方は日本で知らぬ者はいないというほどの知名度を誇る新撰組の副局長、土方歳三。 女の方はエリザベート・バートリー、その未来が行きつくもの、カーミラである。

 中々に珍しい組み合わせなのでマスターが不思議に思っていると、先ほどまで一勝負してきた後らしい。

 

「____?」

 

「ん? この別嬪が拷問に一家言あるっていうんで、どちらが早く相手を吐かせるかシミュレーションで技比べといってきたんだよ」

 

「流石に拷問中にまで口説いてくるのは勘弁してほしかったけれど……あとあなた詩のセンスないわよ」

 

「はっはっは外人には日本の俳句の良さはわかんねぇか!」

 

「いえ、そういう意味では無くて……」

 

 この土方歳三、クラスはバーサーカーと言うこともあり、まさに鬼と見間違えるぐらいに激しく自分が倒れるまで進むかそれで無かったら流水のように冷静な戦闘マシーンの様な男なのだが、意外にも女好きで俳句好きという風流な一面もある。

 女の方はまだしも、俳句はどうにも佐々木小次郎が苦笑いするような出来なものが多く、上手いという者と、下手だという者が綺麗に二分する腕前であった。

 

「あら? 貴方メガネかけてたかしら? あぁ礼装なのね、それも」

 

「まためんどくせぇもんつけてんな。 ウチでは誰が付けてたか……永倉のやつか?」

 

「なんじゃそなた、元々は裸眼だったのか? どれどれ……?」

 

 マスターはアガルタを探検した時はアトラス院の礼装を着用しており、不夜城のアサシンには眼鏡を取った姿を見せたことは無かったのでアサシンはマスターの顔に手を伸ばすとそのままその眼鏡を取って自分の目に装着する。

 

「おぉう、本当に度は入っておらぬのだな。 ふふん? 似合うか?」

 

 そういって顔を上げる眼鏡装備型アサシン、ロリロリしい雰囲気と眼鏡をかけたことによるなんだか知的な雰囲気が混ざり合って別の魅力が引き立てられていた。 つまりは中々に似合っていて可愛らしい。 普段眼鏡をかけている後輩によって新たな好みに眼鏡属性が追加されたマスターにとっては中々に来るものがあった。

 

「_____!」

 

「ふふん、そうであろうそうであろう。 この国一の眼鏡美人と言っても過言ではないぞ? そなたが惚れても無理はないということじゃまったく罪作りな女じゃのう! くふふ、にはは!」

 

 自慢げにそういいながら高笑いする不夜城のアサシン。 だが、アサシンは知らなかった。 ここでの_マスターについての_不用心な一言は思わぬ災害を_主にマスターに_もたらすことを……

 

 

 

 

 

 次の日の朝の事であった。

 朝寝返りを打つとなんだか目の周りに違和感があって目覚めたマスターが鏡を見てみると、自分の顔に眼鏡が着いているのに気付いた。

 いつも裸眼であるマスターが眼鏡をはめたまま眠りにつくなんてことはありえず、礼装の眼鏡も昨日シャワーを浴びた時しっかりと礼装と共にしまったはずなのである。 それに礼装とは違った眼鏡でありどうにも可笑しいとその眼鏡を外そうとすると、なぜかぴったりとくっついていて幾ら力を入れようとも外れる兆しが無い。

 

「マスターさん……起きていますか……?」

 

 そうやってマスターが外れない眼鏡に悪戦苦闘していると、ドアからけだるそうな声が聞こえてくる。

 マスターにはこの声には聞き覚えがあった、金色の髪に、琥珀を思わせる目の色をした物静かな文学少女、謎のヒロインXのライバル的な存在である謎のヒロインX・オルタ、通称えっちゃんである。

 ブレザーに制服、眼鏡と言った学生スタイルのえっちゃんは時々仲の良い同級生の如くマスターの部屋にお菓子を強請りに来ることはあるが、こんな早い時間に来るのは初めての事であった。

 怪奇現象が悩まされていたマスターは丁度来たえっちゃんに取ってもらおうと、ドアを開ける。

 

「____……」

 

「眼鏡……取れますか?」

 

 が、そこにいたのは同じく怪奇現象に悩まされていたえっちゃんであった。 マスターと同じように眼鏡がくっ付いているが、えっちゃんの場合はもともと眼鏡をかけていたので眼鏡の上に眼鏡と言う良く意味の分からない状態になっている。 因みに新しい眼鏡は大きい瓶底眼鏡であり、これはこれである意味可愛らしい_下に眼鏡が無ければ_

 

「夜更けまで本を見ていたら、いきなり眼鏡が飛んできて……あ、羊羹いただきますね」

 

 えっちゃんの話を聞く限りどうも何の兆しもなく眼鏡が飛んできて自分の眼鏡と合体したらしい。

 敵の呪いや、奸計の類ではない事は確かであるが、いつも通り何処かの誰かが碌でもないことをやらかした結果であることは間違いない。 というかこれが敵の作戦だったら嫌であった。

 

「____?」

 

「取れませんね……マスターの眼鏡も無理やり取ろうとしたらマスターの首が取れてしまう可能性がありますよ」

 

 自分では取れなかったのでお互いならと、マスターとえっちゃんはそれぞれの眼鏡を引っ張ってみるが、やはりというかうんともすんともしない。 こう見えても筋力のランクはAの持ち主であるえっちゃんが取れなかったのだから、これ以上はヘラクレスなどの怪力の持ち主が試すしかないが、そうなるとマスターの頭が危ないので結局力づくでは無理だと言う結果に終わった。

 

「____……」

 

「そうですね、こういった事は今までの経験から黒幕と首謀者は大体決まっていますし……探しに行きますか……」

 

「_____」

 

 マスターがため息をつきながら重い腰を上げると、そっとその横に並んでえっちゃんが少しだけマスターに微笑んだ。

 

「でも、マスターのその丸眼鏡お坊ちゃんみたいで似合ってますよ?」

 

 余計なお世話であった。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、シグルド……! その叡智の結晶は正にシグルド……貴方なのね!」

 

「すまない……俺はシグルドではない、この眼鏡は朝勝手に飛んできたものなんだ本当にすまない……」

 

「そう、なんですか……でもその眼鏡はシグルドに似て……良く似た連れて行くべき英雄……ごめんなさい、やっぱり殺しますね」

 

「すまない! 意味が分からないのだが!」

 

 その日のカルデアは謎の眼鏡病の蔓延によって混乱の渦にあった。 眼鏡を付けたジークフリートを見たブリュンヒルデの暴走。 元々眼鏡をかけていたサーヴァント達が二重に眼鏡をかけることになり、さらに宝具やクラスなどによって同時に召喚された幻想種や馬までもが眼鏡をかけている事態となっていた。

 だがそれだけなら、異常事態ではあるもののサーヴァントや人の体にはとれない眼鏡以外にはどれも体に異常はない物で騒ぐほどの事でもない。 呪いが解けるまで眼鏡ファッションショーでもしようとダ・ヴィンチちゃんが提案するぐらいである。

 

「ふん、またくだらんことになっているようだな……ここの連中は落ち着くという言葉を知らんと見える」

 

「___、_____!」

 

「ど、どうもダンテスさぷふっ……すいません、どうにも笑いをこらえるのが難し……くくぅ……!」

 

「……笑いたければ笑え」

 

 いつもの様にマスターの影から浮かび上がる様に姿を現したのはアヴァンジャーのサーヴァント、エドモン・ダンテスであるが。 エドモンの顔を見た瞬間マスターとえっちゃんは噴き出してくる笑いを抑えようと口を手で覆って必死に笑いをこらえている。

 それもそのはず、エドモンもまた眼鏡病に感染したらしいのだが、その肝心の眼鏡が鼻眼鏡だったからである。 いつも着用している黒い外套と帽子とネクタイの中に爛々と輝くように自己主張する瓶底の様なレンズと鼻毛が飛び出たデカい鼻の鼻眼鏡。 申し訳ないと思うが、普段とのギャップがあり過ぎてマスターも笑いをこらえることが出来ない。

 いつも氷のように冷たい表情のえっちゃんもこればかりは笑いをこらえるのに必死であった。

 眼鏡だけなら気にしなかったサーヴァントもランダムでかけられた眼鏡が鼻眼鏡になるという現象だけは黙って見過ごすことはできなかったらしい。 しかも普段シリアスなメンバーに限って鼻眼鏡で普段の印象が台無しである。

 アヴェンジャーの他には、ナイチンゲール、スカサハ、ヴラド三世、等々が被害に遭っており、キングハサンに鼻眼鏡が飛んできた際は鼻眼鏡が一瞬のうちに両断され周りは笑うどころではなくなったし、よりにもよってオジマンディアスに鼻眼鏡が装着されてしまった時は、横にいるニトクリスに笑ってはいけないカルデア二十四時が開催され、冥界の女王は自分が絞首台の十二段目を笑いをこらえながら昇っている様な思いで必死に今を過ごしている。

 

「くすっ……しかしこの眼鏡病の発端は誰なのでしょうか? 大体の黒幕のパラケルススさんや黒髭さんも眼鏡がしっかり装着されていてどちらも否定されましたし……」

 

「大体検討はつくがな、またどこかの誰かが挑発したのだろう」

 

「____?」

 

「無論、お前の事でだ。 こうなっている場合犯人というものはお前に対して見せつけてくるだろう……そら」

 

 アヴェンジャーが呆れたようにため息をつくと鼻眼鏡が少しだけ曇る。 そのままマスターに後ろを向くように言うとそのままコーヒーを入れに何処かへ歩いて行ってしまった。

 

旦那様(ますたぁ)……どうですか、この清姫マスターが眼鏡好きだと聞いて駆けつけてまいりました。 どうですか? どうですか?」

 

「ふふ、眼鏡を付けただけで金時も恥ずかしがって母を直視できないなんて、これが噂に聞く『いめちぇん』でしょうか?」

 

「こういった趣向は生前でもありませんでしたので……似合いますかマスター?」

 

 こういったときにやはりと言っていいまでにその姿を現すのは例の三人衆であった。

 皆それぞれ当然のようにかけている眼鏡をマスターに見せつけ、マスターの感想を待っているようであった。

 

「なるほど、察しました。 自首してください、なぜか全員鼻眼鏡らしかったルーラーさん達の温情には期待しないほうが良いですが……」

 

「いえ、今回は私たちではありません。 確かに依頼はしましたけれど、ここまで眼鏡が感染病的な意味で流行するとは思っていませんでしたし」

 

 スクエア型と呼ばれる細い四角形の眼鏡をはめて若い女教師の様な凛々しさと色気を醸し出している頼光が頬を抑えて応えた。

 

「依頼はしたんですね」

 

「まぁ依頼と言いますか、あちらからの提案でした。 三人で眼鏡を選んでいた時に『BBちゃんにお任せです!』やらなんやら一人の少女が飛び出してまいりまして……」

 

「____……」

 

 BB、その名前を聞いた途端マスターは眉間に寄った皺をほぐすのに若干の時間を要した。

 BB、ムーンキャンサー。 パッションリップ達と同時期に入った謎の多いサーヴァントであり上級AI、彼女らの生みの親とも言える存在である。 その性格は小悪魔的でありラスボス的でありフリーダム。 マスターの事を「センパイ」と呼び、何かしら悪戯やイベントを仕掛けてはマスターの困った顔を見てほくそ笑むのが好きだといういろんな意味で困った人物なのである。

 彼女が来たおかげで平穏じゃないマスターの日常が掛け算的に波乱万丈となっていくので、マスターとしては堪ったものではなかった。

 根本的な所に人間は好きではないと公言しているもののお人好しな所があるのかマスターが怪我したりしないような配慮をするのが救いであったが、それでもやはり巻き込まれる側は堪ったものではないのだ。

 この子を大人しくさせられる人が居たらそれはさぞ諦めという字が自身の辞書から喪失している超人ぐらいであろうとマスターはいろんな意味で思っていた。

 

「ふーっふふー! ついにたどり着きましたかちっぽけな勇者たちよ! そうです、私がラスボスです! 眼鏡の眼鏡による眼鏡の為の空飛ぶモンティ眼鏡を作ったのはこの私! BBちゃんでしたー! びっくりしました? 絶望しました?」

 

 噂を聞きつけたかなんなのか、床に突然穴が開いたかと思うとそこから無駄に壮大なBGMと共に眼鏡を付けてなぜかナース服に身を包んだBBが登場してきた。 果てしないほど腹立つドヤ顔であったがそれと同じぐらい可愛いので周りの職員たちはそのセクシーなナース服を見つめながらにやけている。

 

「______?」

 

 とりあえず、どうしてこんなことをしたのか聞くことにするマスター。 その横でえっちゃんが供述書を作るために紙とペンを用意し始めている。

 これは質問ではなく取り調べであった。

 

「ふふん、もちろんセンパイを困らせるためです♪ どうです、この見渡す限りの眼鏡、眼鏡、眼鏡! 見る人が見るなら歓喜な濃密な眼鏡空間で足掻くセンパイ……ふふふ、どうです? 絶望しましたか?」

 

「_____」

 

 もうとりあえず元に戻してと懇願するマスター。 なぜ眼鏡だけでこんなにもパニックにならなければならないのか、マスターはニヒルな皮肉屋にはなれないと自分自身思っていたがこの時ばかりはどこぞのオカンの真似をして皮肉の一つでも言いたい気分であった。

 

「ふふっ、センパイったらどこかのアーチャーさんみたいに皮肉ろうとしてもムダです♪ まったくメルトリリスちゃんが目立ってるからってラスボス系後輩である私が大人しくしていると思いましたか? 丁度眼鏡萌えに飢えていた黒い髭さんとのプランニングは大成功! 職員さん達が研究していた飛行型礼装をちょこっと弄って眼鏡を増やせばこの通り! 解除には一日経過が必要で無論ディスペルする方法何てありませーん!」

 

「共犯者の名前が出ましたね。 後程出頭命令を出しておきましょう」

 

「_____……」

 

「おおっと、逮捕するつもりですか? ざーんねん! 既に捕まって囲んで叩かれた黒髭さんとは違って私はちゃーんと対策しているんですからね?」

 

「手遅れだったみたいです。 代わりに葬式のプランを用意しておきます」

 

 そのままBBちゃんがポーズをとりながら指を一鳴らした。 揺れる胸に、ヒラリと舞うスカート、見えそうで見えないチラリズムが男性職員達を更にテンションアップさせ、その熱狂が男性職員を見る女性職員達の目を冷たくさせる。

 

「BBちゃーん、デス! LOVEアイ!」

 

「____!?」

 

「マスター!?」

 

 BBちゃんがその名前を言った途端、マスターの顔が見る見るうちに赤くなっていきその鼻からは赤い液体がとめどなく溢れ出てその場に倒れ込んでしまった。

 驚いたえっちゃんがマスターの安否を確認しようとするも、そのえっちゃんにも異常が生じてきていた。

 強制的に装着されている眼鏡が光ったと思うと、ある映像が眼鏡に投影されはじめたのだ。 不思議なことに目を逸らそうとしてもその映像は視界の先に映し出されており、瞼を閉じようとその映像は貫通して脳に強制的に認識させていた。

 

「さぁ……えっちゃん口を開けて……」

 

「そうです……我慢なんかしなくていいんですよ……」

 

 それはえっちゃんに時を見せた。 一糸纏わぬ姿で和菓子を差し出してくるマスターと怨敵X、星の海の中で行われるその行為はえっちゃんの心理的ユニヴァースを臨界点まで上昇させ、キーゼルバッハ部位の血管を断裂させる。

 

「ぶふっ、意味が不明過ぎる……!? こ、これは一体……!?」

 

「そうこれこそは眼鏡をかけた対象の脳を分析して、興奮値を最大値まで上昇させる映像を見せ強制的にキーゼルバッハ部位から出血させる超絶むっつりなセンパイ特攻プログラムなのです! 無論サーヴァントの皆さんもそのエーテル体に干渉してばっちり鼻血ブーです♪」

 

 見れば、周りの職員やサーヴァントたちも悶えながら鼻血を流しており、この効果は眼鏡を装着した全員に作用しているようであった。 つまりはこのカルデアは鼻血の海に沈もうとしているのだ。

 

「なんて無駄な技術を……!」

 

「ふふふ、正直にあくどいことしてもセンパイは解決しちゃいますからね。 リップちゃんの谷間とメルトちゃんの股間をチラ見すること幾億回のセンパイには、こういうのが一番有効なんです」

 

「そ……っくぅ、そんなことをしてマスターさんが失血死したらどうするんですか!」

 

「そこは安心、私もそんな幸せ殺しをするほど悪魔じゃありませんからそこまではならないように……あれ?」

 

 ふとBBが足元を見てみると、赤い液体が自分のブーツを濡らしていることに気付いた。 見ると床が赤いペンキをひっくり返したかのようにどんどん赤色に染まってきており、BBが顔をしかめながらその液体の出所へと視線を向けていく。

 

「____……」

 

「きゃーっ!? センパイ!? こ、これ全部センパイの血ですか!? どれだけえっちな映像を見たんですかぁー!?」

 

「か、完全に致死量です……! ど、ドクター!」

 

 倒れた後も脳裏で続く過激な映像にマスターは気を失いながらもその鼻から噴水さながらに鼻血を噴き出していた。 その量は人間の血は3L程度しか無いという常識を打ち壊すほどの量であり、自分の鼻血で窒息しながら痙攣する様はさしものBBちゃんも顔がBigBlueである。

 このままではマスターの魂がざざーんざざーんなのだわなのだわと冥界に引っ張られることは遅かれ早かれ確実であり、そんなことになった暁にはこのカルデアに太陽の日が昇ることはなくなるだろう。 大慌てでBBちゃんがデス・LOVEアイを解除してマスターのバイタルを安定させながら警報を鳴らす。

 けたたましくカルデアの中に警報が鳴り響き、マスターのバイタルが急変したことに気付いた職員たちが眼鏡と鼻血を垂れ流しながらマスターを担架に乗せてナイチンゲールが待つ緊急治療室へと運ばれていった。

 

「せ、センパイのむっつり具合があんなにひどいなんて……このBBちゃんの目を持っても見抜けないとは……」

 

「マスターさんの死因が鼻血にならないように祈るばかりです……えっ? くっ、くふふ……!」

 

「……? どうしたんですかえっちゃんさん、いきなり私の顔見て笑い始めるなんて。 言っておきますが私にはデス・LOVEアイは作用して……?」

 

 突然笑いだすえっちゃんにLOVEアイが効きすぎて可笑しくなってしまったかと思ったBBちゃんであるが、後ろから叩かれる肩に自分ではなく自分の後ろにいる人間を見て笑ったことに気付く、そのままBBちゃんが振り向くとそれは一人ではなくしかも全員が全員変な鼻眼鏡を付けておりそこから鮮血が流れ出ていた。

 

「BBさん、やっと見つけましたよ……」

 

「まったく何処かに逃げたと思ったら変な通路を作っているなんてね」

 

「困ったものです……」

 

「あ、あぁー……どうもお元気そうですね……ルーラーさん……」

 

 それはカルデアのルーラーたちであった、皆が皆鼻眼鏡と鼻血を垂れ流しながらBBに冷たい態度で冷ややかな目線を向けている。

 が、瓶底眼鏡の奥から見える目はそれはそれは怒りに燃えており、表情が落ち着いているものの今にも断裂しそうなぐらいに青筋を浮かべている。 ただ怒りの炎が燃えすぎて赤から青に変わっているだけであった。

 

「ルーラー簡易裁判、は……今回は不要ですね……」

 

「そうね……分かりきった事ですし……」

 

「それでは行きましょうか……」

 

「ちょ、ちょっとまってください! る、ルーラーは弱点クラスなんですよ! それを三人がかりっていうのは卑怯とか思ったりしないんですか!?」

 

「さぁ? 戦闘システム的にも相手の弱点でぼっこぼこにしろって書かれていますし……」

 

「宝具使わないだけでもありがたく思いなさいな」

 

「いやでも、その手甲は死にますよね!? 死んじゃいますよね!?」

 

「あ、私は使いますよ。 この頃強化されましたし」

 

「げ、外道神父……! いやー! 助けてセンパーイ! 先輩ー!」

 

 そのままルーラーたちに引っ張られていくBBちゃん、肝心のセンパイは自分の鼻からでた血で沈み、先輩の方は遠い月の彼方である。 つまりはしばらくBBちゃんは自分がナースに看護される側に回るということであった。

 ちなみにマスターは一日中輸血をしなければならず、アホな事で死にかけたことでナイチンゲールからお説教を食らいBBちゃんのLOVEアイで()()()()()()()()()らしいサーヴァントたち不特定少数が押しかけ、マスターは貧血の身でカルデアでマラソンをする羽目になった。

 そしてBBちゃんを見た者は三日たったが今の所いない。

 

 ___マスターとBBちゃんの明日はどっちだ。

 

 




学生的繁忙期もやっと終わり、やっと続きが書けました……遅くなって本当に申し訳ございません。 眼鏡っていいよね……

水着を待ちながら、まさかのリヨサーヴァントに驚く日々でございます。
因みに二周年記念の礼装はアタランテさんにしました。 あんな衣装卑怯やん……
また普通のペースで投稿していきたいと思っていますのでどうぞよろしくお願いします。

感想&誤字報告、ありがとうございます。 前回は特に誤字酷かった様で皆様に御手間をかけさせてしまったようで……精進してまいりますので、これからもどうぞ見守っていただけると嬉しく思います。

では、次のお話でお会いしましょう。

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