カルデアの落ちなし意味なしのぐだぐだ短編集   作:御手洗団子

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新宿のネタバレ注意です。



無頼漢とハンバーグ。

 

 身長、平均的長身。 体重、見かけにしては重め。 足が速いのが子供からの特技であり、家庭はクォーターの母と正義漢の父に妹が一人。

 その生活は正に平凡、エスカレーター式の男子校へと小学校から入学し、友と出会い、思わぬ幸運に喜び、時には目の前の理不尽に怒り、膝を屈する挫折に哀しみ、それらすべてを人生だと受け入れ楽しんでいた。

 正に、何処にでもいる善良な一般人。 だがその記憶はある時からその平凡な生活から一転する。

 カルデア、特異点、未来を取り戻す旅、英霊、人々の歴史、裏切り、友との別れ、運命の宿敵、そして初恋。

 今まで生きていた人生とこれから生きていく人生すべての時間をその二年間に詰め込んだような、愛と勇気の物語。

 そんな事を経験しても、その性格は善良な一般人を超えていない。

 

 ______なぜ。

 

 そんな、何も持っていない人間がなぜ、世界を救えたのか。

 

 ______なぜ。

 

 そんなただの人間が世界を救って、その在り方を変えようとしないのか。

 

 ______面白い。

 

 一つ、その方法を思いついたとき自分の口が大きく歪んだことを覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、魔神柱が生き残っていたとは……」

 

「彼を殺すためだけに特異点を作り上げるとはな」

 

「凄まじいまでの殺意ですね、あの子はこれから大丈夫でしょうか」

 

「出来ることをやるしかないだろう。 そして今解決すべき問題は今回召喚されたアヴェンジャーだ」

 

 カルデアの廊下を四人の職員が歩いていた。 日も落ちて、もうそろそろ夕食も出来上がるといった時間で、四人は先に食堂の席をとっておこうと早めに仕事を終わらせ食堂へと向かっていた。 今日の献立はエミヤ特製ハンバーグ定食であり、油断しているとあっという間に席が埋まってしまい肉が焼けてる良い匂いを嗅がされながら順番を待たなければいけないのだ、この四人はそんな精神的拷問を受けるつもりはなかった。

 

「あぁ、あの狼か……あの本は俺も小さいときに読んだことがある。 確かに人間を恨んでも仕方がないよなぁ……」

 

「あの子も危うく、殺されそうになったと聞いたが」

 

「でも、あの毛並みは一回モフってみたいですよねぇ……」

 

「食いちぎられるぞ。 下層隔離区域に押し込んだのは良いが、問題は食事だ」

 

 このカルデアにいるサーヴァント全員の魔力を供給しているのはマスターではない、正しく言うと直接的に供給するのはマスターだが、その大部分はカルデアから生成している魔力をマスターに通してそれからまた英霊に魔力を通している。

 そうでもしないと魔術師的にはヘッポコであるマスターは百を超えるサーヴァントどころか一体でも維持不可能である。

 しかしながら、魔力のパスはマスターに繋がっており、いくらカルデアから膨大な魔力が生成されようともそれを流す蛇口は一つ、幾ら膨大な水が溜まっていようが、一度に水が出る量は決まっているし、それを超えて流そうとすると蛇口の方が壊れる危険性がある。

 なのでサーヴァントたちはカルデアでは疑似的な受肉を果たしており、食事や睡眠などをすることで出来る限り魔力の消費を抑えている。 といったわけで、珍しいことにマスターにとっては霊体化されるより実体化される方が魔力の消費が少なく楽なのである。

 

「あの狼王は人からの施しを受けない。 人から出された食事を絶対に受け取らないんだ。 と言ってもここは雪山、狩りの獲物なんかいないし、そもそもさせるわけにもいかない。 これがまだ人類滅却中であったらレイシフトでもして適当な森にでも放つことが出来たが、今では外からの眼がある。 もともとレイシフトは魔術教会と国連とが議論を煮詰めた上で許可される一大プロジェクトなんだからな」

 

「じゃあ、今はどうしているんです?」

 

「唯一の例外はあの子だ、彼が作った料理を彼があの狼と同じ場所で同じ物を食べる時にようやく口にする。 上に乗っている騎士はその……口が無いからどうにもできないが」

 

「彼に服従したのか……?」

 

「いや、それはどうだろうか」

 

 一人の職員が異議を唱えた。

 

「古来から人間と狼と言うのはその生物的頂点の座を巡って争いを続けてきた。 その自立性と個性、強い縄張り意識……人間で言うとプライドと言えばいいだろうか、犬との違いはそのプライドの高さであり、人間と協力しても服従という選択肢は取らないだろう」

 

「ならば、マスターとの関係はどう説明するんだ」

 

「受け入れられるのではなく、受け入れる。 つまり、服従と言うよりはあちらが群れに入れた、と言う方が正しいのかもしれないな」

 

「でも、ただ単にお友達同士になったってこともあるかもしれませんよ?」

 

「あほう、相手は狼王だぞ。 そんな手を握り合って仲良しってわけにはいかねぇよ」

 

「でも……」

 

「問題は、マスターとの関係ではなく、マスターがいないと食事を行わないということだ。 今は彼がいるから良いとして彼が不在の時誰が料理を食べさせるのだ?」

 

 四人は頭を悩ませる。 どうしても食べないという時は霊体化してもらうしかないのだが、相手が素直にこちらの言うことを聞くとは限らない。

 それにマスター以外の人間が狼王の前に立つということは獲物と見定められるということと同義である。

 

「誰かオレの事呼びました?」

 

「あぁ、丁度良かった。 丁度お前さん達の事話し合ってたんだ」

 

「オレの?」

 

 と、そこにマスターが偶然職員たちと出会う。 マスターも夕食をとろうと食堂に向かっていたらしく、職員たちはマスターに狼王の事を話ながら一緒に食堂へと足を運び始める。

 

「うーん、そうですか……オレとしては一人ぐらい負担が増えたって大丈夫なんですけど」

 

「そういうと思った……いいか? 君は本来ならばサーヴァント何て一人も維持できないほど回路は少ないんだぞ、無理に魔力を供給して体に異常をきたしたらどうするんだ」

 

「へー、そんなに……」

 

「うん? どうした?」

 

「いえ、何も。 まぁ、あの狼の事はこちらも考えておきますよ、それよりもこちらも腹ごしらえといきましょう。 自分達人間は霊体化できませんからね」

 

「え? あ、あぁそうだな」

 

「なんだか、いつものあの子と雰囲気違いません? なんだか、大人びているっていうか」

 

「男子三日会わざれば、って奴だろ。 男ってのはきっかけがあればいくらでも成長するんだよ、あれは俺が十五の時だったか……」

 

「うーん、そうでしょうか……」

 

 そうこうしているうちにマスターたちは食堂へと到着する、まだ夕食には三十分程度時間があるというのに、食堂のテーブルは埋まり始めており、マスターたちも慌てて自分たちが座れる場所を探し始める。

 

「あー、なんだ。 折角ここまで来たんだし、どうだ、一緒に喋りながら食事でも」

 

「そうだな、色々と今後の事のについて話し合いたいこともあるしな。 まぁもっとも堅物女史は違う目的がありそうだが?」

 

「んなっ、んなわけあるか!」

 

「いえ、オレも丁度そう思ってました。 もっとも二人っきりじゃないのが残念ですが」

 

「はうぁっ!? ば、馬鹿っ! 大人をからかうんじゃない……」

 

 ウィンクしながら微笑むマスターに、思わず白衣を着た職員は赤面して目をそらしてしまう。 そんな光景を見てさらに眉間にしわを寄せたのはオペレーター担当の職員である。

 オペレーターの職員は隣の先輩を耳を掴むと自分の口もまで持ってきて小声で話しかける。

 

「やっぱり可笑しいですよ! あの子があんなエミヤさんみたいな真似を意図してできるはずがありません! いつもなら女性相手には赤面して小声で早口になっちゃうおぼこちゃんなんですよ!?」

 

「お前がマスター君にどんな印象を持っているか良ーく分かった、あとな、内緒話をする時は自分の口を持ってこような? 耳がちぎれるかと思ったよ俺は」

 

「だってあの子ですよ!? 私が胸元のボタンかけ忘れてた時にすっごいチラチラ見ながら、顔を隠して指摘してくれるような純粋な子なんですよ? そんな子がかっこつけて女性にウィンクなんかできます!?」

 

「お前が何やってんだよ!? そもそもあんな美人なサーヴァントたちに囲まれてるんだから、否が応にも女性には慣れるだろうよ」

 

「えー、でも……」

 

 オペレータ職員が横目でマスターを見る。 外見は何も変わらない何時もの少年であり、その大人びた笑顔以外は何も変わらない。

 やはり自分の勘違いなんだろうか、たしかにエミヤさんからは女性を怒らせない方法を学んでいる姿を何回か見たけど……と顎に手を当てて悩んでいると、一人の男が周りの職員と肩がぶつかることも気にせずに、大股でマスターへと近寄ってきた。

 その意匠を凝らした服と、尊大な態度から見るに近頃時計塔の各科から送られてきた魔術師の一人の様であった。 マスターほどではないが年は若く、美男子であり、そのグレーの瞳でマスターを見据えるとその顔を少しだけ歪ませた。

 

「ふん、百を超えるサーヴァントと契約しているマスターと聞いて期待したが、こんな……はっ、凡人とは。 英霊は良い目を持っているみたいだな、こんなに操りやすいマスターも他にはいまいよ」

 

「はぁ……ありがとうございます……?」

 

「褒めてないわ! ……ごほん、私は不思議でたまらないんだ、魔術回路も才能も下の下である君がどうやって世界なんてものを救えたのかとね、どうか教えてはくれないかな?」

 

「お言葉ですがミスター、彼はマスターではありますがそれは現世とサーヴァントを繋ぐ楔の役割でしかありません。 その他の交渉、戦術面での指揮などは全てロマニ・アーキマンが対応したと報告書に記入されているはずですが」

 

 男の言い方に、思う所があったのか白衣を着た職員が言葉を放った。 冷静に努めようとしているが、その言葉の端々には怒りを含んでいた。

 実際このような事はこれが初めてではなかった。

 人理定礎後、魔術教会から人員が補充されたのは良い物の、このカルデアの現状はどうやって切り裂こうかとナイフを持って悩まれているテーブルの上のパイのようなもので、様々な時計塔の権力者たちがカルデアの権利を求めて様々な人員を紛れ込ませており、静かに権力闘争の場へと化している。

 その中でサーヴァントの力を求めてくる魔術師もいる。 彼らからすれば、サーヴァントを手に入れることが出来れば、最強の使い魔としてその力を十分に振るうことが出来るし、それだけで他の権力者たちから一定のアドバンテージを得ることも出来る。

 なので密かにサーヴァントを引き抜こうと交渉したり、時には力に訴えて自分の陣営へと引きいれようとする、が、これが上手く行かない。 マスターにその剣を預けることを誓った騎士達は勿論として、仕える主を選ばない武人の英霊たちも、一度契約した以上マスターからの命令が無い限り鞍替えはしない、どうしても変えさせたかったら自分のマスターを殺すなりしてその令呪を奪え、その代り手を出そうとした瞬間にその手を切り落とされても文句は言うな。 と言うのだ。

 なので魔術師たちは結果的に直接マスターに()()()()()()を強いられるが、相手は自分より才能も血筋もない只の一般人。 そんな相手に頭を下げてお願いするということはプライドが許さなかったのである。

 

「勿論見たとも。 君が出来たのは精々サーヴァント共のご機嫌取りぐらいだろう? 使い魔よりも下に見られるなんて私は耐えられないなぁ……」

 

「そりゃまぁ、アンタ方には耐えられないでしょうね」

 

 そういって鼻で笑うマスターに男は眉をひそめるが、ここで怒ったら交渉_彼からしたらではあるが_は決裂である。 男は一つ咳をして、不敬な態度を無視すると本段に入った。

 

「どうだろう、ここは才能があるものに管理を任せてみないか? 君も使い魔などにご機嫌取りをするのにはもううんざりだろう、私達なら正しくアレ達を扱えるのだよ? 君にとっても損にはならないと思うが……」

 

「そんな言い方って!」

 

「金は?」

 

 流石に腹を立てはオペレーターの職員が抗議しようとする声を、マスターが遮った。 足をテーブルに乗せて薄笑いしながら男を見るマスターの姿に、職員たちは今度こそ自分の目を疑うことになった。

 

「金ですよ、まさか只で物事運ぼうとしてたんです?」

 

「あ? あぁ、金か。 もちろん用意するとも! 幾らでも言いたまえ、君は日本出身だったな、ならば百万でも二百万でも用意しよう! 幾らだね?」

 

 男はその顔を大きく歪ませながら嬉々として紙とペンを用意する。 幾ら立派な事を周りが言おうとも本人は平民、金の誘惑には勝てないのだと男は心の中でほくそ笑んだ。 自分が今金で手放そうとしているのは金ではいくら積んでも買えない物なのだということに気付いていない、金なら幾らでもある。こんなことで済むなら早くやっておくべきだったと男は今後自分に待っている栄光に酔いながら交渉を進めていく。

 

「お前、何をしようとしてるのか分かってるのか!?」

 

「どうしたんだ一体! 君はそんな子じゃなかったはずだ!」

 

 職員たちも、そのマスターの変わり様に信じられないような顔をしながら止めるが、マスターはただ面白そうに笑うだけである。

 

「ハハハ、人も変わるということさ。 さ、いくらだね? 幾らでも用意しようじゃないか」

 

「じゃあ、百億でも」

 

 が、マスターが放ったその法外な値段にその場の全員が固まった。 男は思わず、持っていた紙とペンを落とし口をあんぐりと開けたまま固まる。

 

「ひゃ……馬鹿にしているのか! そんな額到底払える者じゃ……」

 

「なんだ、払えないんですかい? じゃあこの話は無かったということで」

 

「なっ……! 待て、五千万! 五千万なら払えるぞ! どうだ?」

 

「ひぇっひぇえへへへへ、なんですその程度なんですか? そんな貴族っぽいカッコして意外とせこいんですねぇ?」

 

「き、貴様……私を誰だと……!」

 

 男が青白い肌を真っ赤にしながら怒り狂う、自分より下の人間から言い様に扱われているという屈辱は男にとっては耐えられない。

 そんな姿を見てマスターはさらに笑い、止めとばかりに舌を出しながら言い放った。

 

「誰って、こんなガキ相手に偉そうな態度取った挙句に良いようににからかわれている馬鹿な貴族様です! いやぁなるほど大変だなマスターも!」

 

「貴様っ……!」

 

「危ないっ!」

 

 そのマスターの言葉で男の張りつめた怒りの糸が千切れる。 瞬間男は何かを呟くと、マスターに向けて指を指す。 それがどういった魔術か分からなくともその男がマスターになんらかの危害を加えようとしているのは明らかであり、職員たちはマスターを庇おうとするが間に合わない。 当のマスターは反応出来ないのかそれともしようとしないのか只笑って席から逃げようともしない。

 そのまま魔力の塊が男の指先から発射_____

 

「まったく、いい加減にしたまえ」

 

 される直前に、何時の間にか男の後ろに立っていた老紳士が杖で男の腕を弾き、結果魔弾はマスターの髪を掠めてテーブルへと着弾し、爆発した。

 

「んなっ_____」

 

「なんだい、見てたのかい」

 

「見てたとも、全く酷い変装もあったものだ」

 

 老紳士はそういうと、マスターを庇おうとして転んだ職員に手を貸して立ち上がらせる。 男は邪魔されたことに文句を言おうとしたが、老紳士の鋭い視線に萎縮して何も言えずに立ち尽くすままである。

 

「おっと、流石に気付いたかな?」

 

「そりゃあ気付くだろう。 いや、十七ほどマスターとは違う癖のある動きをしていたのもあるけど、まずキャラが違いすぎる! マスターがそんな妖絶な笑みを浮かべるかね。 いや時々浮かべることもあるけど、あれは動物が生命の危機に瀕した時に使う死んだふりみたいなものだからネ!」

 

「え? え? どういう事?」

 

「こういう事さ」

 

 マスターの姿がいきなり影に包まれたと思うと、中から一人の美男子が飛び出した。 長い髪をなびかせ、何処か女性を思わせる美しい顔立ちであるが、その立ち振る舞いや完成された肉体に刻まれた義の刺青には男らしさと風流が醸し出されている。

 好青年と言うより無頼漢と表現した方が適切であろう、この男は最近マスターから召喚されたサーヴァントの一人であった。 クラスはアサシンである。

 

「んなっ……マスターじゃなかったのか!?」

 

「やっぱり! そうだと思いました! あの子はもっと可愛いんです! 」

 

「はは、やっぱり記憶も読み取れると言ってもそのまんま真似するってのは難しいもんだなぁ! 特にマスターは難しい! 」

 

 そういって無頼漢は笑うと、固まっている男に視線を向ける。 男は何が何だか分からないといった表情で口をあんぐりと開けている。

 

「そういうこった、いやーすまん旦那! まさか魔術師とはいえサーヴァントと人間の区別も分からないとは思わなかったからついからかっちまった! 」

 

「んなっ……!」

 

「君もそこまでにしておきたまえ、そもそもうちのマスターは世界の半分をくれてやると言われてもいいえを押すタイプなのだ。 それとね、君の為にも言ってるんだヨ? 目の前の男は数秒で君をミンチに出来る男だ、容赦もない。 私が止めなかったらそうなっていただろう、だから今回は帰りたまえ、な?」

 

「うぐっ……覚えていろ……!」

 

 目の前の無頼漢の尋常ならざる存在感を今更感じたのか男は冷や汗をかくと捨て台詞を残して走って去っていった。 途中食堂のドアにその豪華な服が引かっかって転んでいく光景は通りかかったナーサリーを笑わせるには十分であった。

 

「すごい古典的な捨て台詞だなオイ。 しかし、なんだ、意外と甘いんだな教授。 悪の親玉とは思えない優しさだったじゃないか」

 

「別に彼の為じゃないよ。 あのまま彼が今日のハンバーグみたいになったらマスター君が悲しむだろう? あの子もお人好しだからネ、きっと自分の責任だと落ち込むだろう」

 

「なんだか孫の世話するおじいちゃんみたいだなぁ」

 

「せめておじさんと言いたまえ!」

 

 二人はテーブルの席に座ると、そのまま対話を続ける。 英国アラフィフ紳士と中華美麗無頼漢の組み合わせは非常にアンマッチであったが、それが逆に周りの目を引いており、一緒に座っている職員たちは一人を除いてなんだか居心地の悪い。

 

「しかし、なぜマスターに化けたのだね? マスターが熱狂的追跡者から隠れるために君をスケープゴーストに仕立てたわけじゃあるまい」

 

「別に、只マスターに化けたらどうなるのか、と思っただけさ」

 

「なるほど、君は気になったわけだ。 どうしてマスター君があんなにサーヴァントを率いてられてるのか」

 

「……まったく、どうして教授は一だけ聞いて十まで分かるのかね」

 

「別に仮説を立てているだけさ、君は化ける時対象の記憶まで化けるからね。 彼に特別な何かがあると思ったんだろう? それで記憶を見るために彼に化けた。 彼に化けるために記憶を見るのではなくて、記憶を見るために彼に化けたのだ。 違うかな?」

 

 教授がそういうと、無頼漢は両手を上げて参った言う様に溜息をついた。

 

「まったく、趣味の悪い爺さんだ」

 

「オジサンと言いたまえ。 それで、何か分かったかね?」

 

「余計に分からなくなっちまった。 生まれてから此処に至るまで全く普通の人間だったよ、特別な生まれでも、特殊な才能もなく、至って平凡の生まれで平凡に生きてきた坊ちゃんだ。 ありゃただの善人だよ、教授。 アンタはなんでマスターに付いていってるんだい?」

 

「理由? 理由は無いなぁ。 只面白いから付いていっているだけだネ、私は」

 

「なんだそりゃ」

 

 無頼漢が笑うが、教授は至って真面目な顔で答えた。

 

「いやいや、彼は面白いよぉ? 正義側の癖に悪の親玉雇ってるんだからね。 多分皆もそうだろう、大層なセリフ並べても結局は面白いから着いていってるのサ」

 

「まさか……」

 

 今度は無頼漢は笑えなかった。 世界を救った英霊たちが面白いからと言う理由でマスターと共に戦ったというのか。

 

「多分、君も彼の記憶を見たときそう思ったはずだ。 まぁ救ってくれた恩で主に仕えてた君にとっては理解するのに難しいだろうが……ほら君って無頼漢とか言いながら忠義には厚かったからネ」

 

「面白いから……?」

 

「なんだか難しい話してますね……ハッ!? アラフィフ紳士と美青年とあの子との三角関係……!?」

 

「大丈夫かお前」

 

 一人興奮するオペレータ嬢にドン引く職員たちの中、無頼漢は一人面白いからと教授が言った理由に頭を悩ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白いから……ねぇ……」

 

 数刻後、無頼漢のアサシンは一人与えられた部屋で思いにふけっていた。

 宋江とも違う、自分の元主である盧俊義のように選ばれた人間でもない、ただの平凡な人間に仕える理由が面白いから? 恩でも忠でもなく……?

 面白いから仕えるという感性は持ち合わせていない、相撲、喧嘩、花、女すべてを愛してあまつさえ無頼漢と呼ばれた自分がこんなことで悩むとは。

 無頼漢は、まだ殺風景な部屋で一つため息をつく。 すると、部屋のドアが開いて一人の少年が入ってきた。

 

「誰だ……ってマスターかい? どうしたんだそれ?」

 

「______」

 

 マスターは手に二つのプレートを持っており、それを部屋のテーブルに置くと、無頼漢に向かって手招きをした。

 

「なんだ? ハンバーグ?」

 

 それは今日の食堂の夕飯であるハンバーグであった。 既に時間は食堂の開いている時間を過ぎておりハンバーグも売り切れているはずであったのだが、マスターはどうしてか作りたてを無頼漢の部屋に持ってきていた。

 

「_____?」

 

「え? そりゃたしかに食わなかったが……」

 

「______?」

 

「あぁ? い、いただきます……」

 

 困惑する無頼漢をよそにマスターは箸を渡すと、そのままいただきますとハンバーグを食べ始める。 マスターが食べたとあっては自分も食べないわけにはいかず、おずおずと無頼漢もその箸を進める。

 

「あ、結構うまいな……」

 

 箸でハンバーグを裂くと肉汁があふれ、良い匂いが鼻孔をくすぐる。 デミグラスソースとの相性も良く、噛むごとに肉の味が口の中に広がって、白米も良く進んだ。

 

「_____」

 

「へ、なんだコレマスターが作ったのか? そりゃお見事だ、星三つ付けれるぜ」

 

 良かったと安堵するマスターに無頼漢はハンバーグをマスターが作ったことを知った。 食堂はもう閉まっている時間であるし、当たり前の事だったが一見不器用そうな目の前の少年が作ったとなると無頼漢としては感心せざるを得ないぐらいにそのハンバーグは旨かった。

 

「____」

 

「へ? オカンから手伝ってもらった? そりゃあ良いが何でわざわざ」

 

「_____」

 

 無頼漢が聞くと、マスターは照れくさそうに食堂でのお礼だといった。 魔術師の男が無頼漢が化けていたマスターに交渉を迫った時の事である。

 

「いやいや、あれは俺が勝手にやったことで、マスターが気にする必要はねぇよ。 だからお礼も言う必要も」

 

「_____」

 

 それでも、とマスターは無頼漢に向かって礼を言った。 こうもされると無頼漢もなんだか照れくさく頬を掻くことしかできない。

 

「はぁ……分かった分かった。 だからってなんでハンバーグなんだ?」

 

「_____?」

 

「いやまぁ、腹は減っていたが。 そもそもサーヴァントは飯食わなくたって支障は無いんだぜ?」

 

「______」

 

 またマスターは、それでもといいながら誤魔化して照れくさそうに笑う。 結局マスターはお礼とかなんだかんだ腹を空かせている無頼漢を放っておけなかったのである、そのことに気付いた無頼漢は溜息をついて彼のお人好しさ加減に呆れた。

 

「まったく、そしたらわざわざ手間かけなくてもいいだろうが……まったく」

 

「_____、_____?」

 

 そういわれるとマスターは何も考えたわけでもなく、一緒に温かいご飯を食べた方が美味しい、それにエミヤ直伝のハンバーグは美味しい。 と答えた。

 

「……ははっ、参ったよ。 そうだな、違いない」

 

 二人は笑い合うと、冷めないうちにハンバーグへと箸を進めていった。

 

 __なるほど、面白いな。

 

 無頼漢はハンバーグを口に入れながら、教授の気持ちを少しばかり理解した。 出来るならば、この面白い主と末永く過ごしてみたいものだ。 とそんな気持ちを抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁあ、今日も徹夜かぁ……」

 

 長くなったポニーテールを揺らしながら、誰も歩かなくなった廊下を一人オペレーター担当の職員は歩いていた。 普段使っていた機械が異常をきたしたためにその対応に追われ遅い時間まで駆り出されていた職員は眠たそうに自室に向かう。

 

「お肌が荒れたらどうしよう……ダ・ヴィンチちゃん印は良く効くけど高いのよね……」

 

 肌を触りながら、そんな心配をしていると、一つの部屋から見覚えのある少年が出ていくのが見えた。 マスターである少年だ。 少年は二つのプレートを持って誰かと親しそうに喋っており職員に気付いていない。

 

「おっ? こんな夜中に誰かと親しそうにするなんて、もしかしてあの子にも春が……!? スクープね、これはスクープよ!」

 

 あふれ出る青春の気配に職員は素早く隠れると、じっとマスターを観察する、相手はマシュだろうか、それとも他のサーヴァントだろうか、それともそれとも大穴で自分の先輩である堅物女史であろうか、カルデア史に残る大事件の香りに職員はもう一人が見送りに出てくるのをじっと待っていると。

 

「んじゃ、ありがとなマスター。 旨かったぜ、ハンバーグ。 また食わせてくれよな」

 

 出てきたのは今日見たあの髪の長い美青年であった。

 

「(スクーーーーーープ!?)」

 

 職員は心の中で絶叫する。 まさか、まさか、あの子があの人とこんな時間まであんなことやこんなこと……! 職員の中で脳内妄想が肥大化していき、鼻から一筋の血が流れ出て来るのも気づかずに、職員は叫びだしたい気持ちを抑えながら二人が親しそうに別れるのを見つめていた。

 

 次の日、マスターは謎のタレこみを受けた女性サーヴァントから徹底的指導を受けることになるのだが、そんなことは今のマスターには知る由もなかった。

 

 

 _______マスターの明日は……明後日はどっちだ。




む……無頼漢。 最初漢字読めませんでしたごめんなさい。
今回はリクエストに会った新宿のアサシンとの話。 飄々としているくせに忠義には熱かったって良い性格してるよね……すごい漢だ……

次からは真名で出そうと思っているのですがどうでしょうか、まだ早いでしょうか……

リクエスト&感想&誤字報告ありがとうございます。 日頃のお礼と言っては何ですが、黒髭の胸毛、送りますね。

リクエストは活動報告欄で大募集中です! どうぞよろしくお願いします。
それでは今回も楽しんで頂ければ幸いです。

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