カルデアの落ちなし意味なしのぐだぐだ短編集   作:御手洗団子

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新宿のネタバレ注意です。


星の海にて狼は鳴く。

 

 文明の光が届かぬ暗く深い森というものは、獣だけではなく様々な危険が潜んでいる。 動くたびに光景が変わり旅人を迷わせ、木々から飛び出した根や細い木々は足を取り、その肌をえぐる程度には鋭利である。

 そんな危険な森は最早この現代において自ら飛び込む事をしなければ迷い込むことはまずないだろう。 だが目的のために自らそんな森に飛びこまなければならない立場の人間もいる、カルデアのマスターはそんな人間の一人である。 しかも現代の森ではなく神代の森となればその危険性はいうまでもない。

 

「トラップ設置完了、今夜はここで一夜を過ごしますが……マスター? 空を見て何をしてるんで?」

 

 そんな深い夜、神代の森の中でたき火の傍で空を見上げているマスターに緑がかかった灰色の外套に身を包んだサーヴァント、ロビンフッドが獣用の罠を設置して帰ってくる。

 

「_____」

 

「星が綺麗? んなもん見てどうするんです? まさか俺を口説くってわけじゃねぇですよね? 星より君が~ってな」

 

 ロビンの軽口にマスターは笑って、首を振る。 彼の青い瞳に夜空の星々の光が映り込みまるで一つの青い宇宙が彼の瞳の中に存在しているかのようであった。

 そんなマスターの眼を見てロビンは宝石の様だなと心の中で呟き、たき火で熱していたケトルを取ってマスターのコップに熱湯を注ぐと、ココアの粉と砂糖を入れてマスターの目の前に差し出した。

 

「ほい。 そのまま星を見るのもけっこうですがね、そのままだと首も凝るし風邪ひきますぜ」

 

「_____」

 

 マスターは礼を言いながらコップを受け取ると一口ココアを口にする。 冷える夜の森の中で冷えた体が体の芯から温まり、ほうと吐いた白い息が空へと向かって消えていく。

 そんな子供っぽいマスターの姿に、ロビンは少しだけ微笑むとたき火の中に小枝を投げ込んでいく。

 

「そういう貴殿も一つどうですかな?」

 

「うおっと、気配遮断しながら近づくのは止めてくれ! 髑髏の旦那」

 

 ふと闇の中から髑髏仮面が浮かび上がり、長い腕がロビンの顔まで伸びたと思うとココアの入ったコップを差し出してきた。 呪腕のハサンである。

 ロビンとは違い漆黒の外套に身を包み、周りの暗さと相まって髑髏が宙に浮いているようで不気味極まるが、本人は秩序を守る暗殺者であり、マスターに忠実な礼儀の正しい男であった。

 

「マスター、こちらも罠を設置完了いたしましたが此処は神代の森、刻一刻と地形は変化いたします。 念のため交代制で見張りを立てておくべきかと」

 

「_____」

 

「ではその通りに。 しかしながらマスター殿まで見張りをすることはありませんぞ? あと夜更かしもせぬように」

 

 仮面の前で指を立ててマスターに言いつけるその様はまるで子供をしつける親の様だが、なんせ相手が物騒な格好なのでまるで今からお前を殺すという様な宣言にしかロビンには見えない。

 

「あー、後の二人はまだですかね?」

 

「あぁ、それならもうそろそろでしょう。 今夜の夕食を狩りに行っていたはずですから……」

 

「ハーイ! 噂を聞きつけ、帰ってきたヨー! マスター、お帰りのキッスをくだサーイ!」

 

「____!?」

 

「猛獣を素手で絞めるとは、ヘラクレスかこの女神は……」

 

 噂をすればなんとやら、茂みの中から二人の女性が姿を現した。 一人は南国風の衣装に身を包んだ背の高い陽気な女性、もう一人は獅子の耳と尻尾が付いた気高き雰囲気を持つ狩人で、名をケツァル・コアトルとアタランテ。 南国の神と、伝説上の狩人の二人は自分の背丈よりも高い獣と幾つかの果実を持ってマスターたちの元へ帰ってきていた。

 

「ココア! ココアあるデスか! マスター、ちょっと一口くださいな? 」

 

 ケツァルはその担いでいた自分の背丈より大きな獣を何の重さも感じないような動作で下すと、そのままマスターのコップをその彼の手ごと握ると自分の口に持っていき、ココアを口にした。

 

「うーん、甘いデース! 温まりマース! それにえへへ、間接キスで更に甘いデース……」

 

「このテンションの高さは、万女神共通なのか……?」

 

 頬を手に当てながら恥ずかしそうに顔を振る女神を見て、自分の信望する女神を思い出したのか胃の部分を押さえるアタランテ。 マスターはそんな光景に苦笑いしながら、夕食の準備に入ることにした。 さすがにココアだけでは夜を過ごすには心もとないし、マスターもただ何かをしてもらうだけではサーヴァントたちに申し訳なかったのである。

 その代わりマスターの手料理が食べれると聞いて飛び上るぐらいに喜んだケツァルが、マスターが調理をする時じっと見ていたのでマスターには中々のプレッシャーになることになったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん! ムイ リコ! 美味しいデース!」

 

「そういやあの赤マントから料理習ったんだっけか……中々上達してるんじゃねぇか? 立派立派」

 

「私としてはもう少し薄味の方が好みだ」

 

「そういうアタランテ殿は何杯目ですかな?」

 

「不味いとは言っていない」

 

 それから半刻もすると、マスターお手製のごった煮スープが出来上がった。 獣のなぞ肉や採ってきた薬草などを入れ、持ってきた調味料や匂い消しの薬草を入れて完成するこれは、いつでもどこでも美味しくをモットーにしたエミヤ直伝万能野宿飯の一つである。

 食材が地域ごとで変わるので時折謎の野菜や、キメラの肉などが混ざるのが難点だが、その地域ごとに変わる味と変わらない真心を込めたスープはサーヴァントたちにも好評である。

 

「____?」

 

「ん、あぁ。 目標は確実に追い込んでいる」

 

 マスターがこれで三杯目となるスープをアタランテに注ぎながら、目標の魔獣の状態を聞いた。

 今回の任務は、魔獣の駆除であった。 バビロニアの泥の海を生き残った魔獣が成長し、近隣の人間を襲い始め極小規模の特異点が発生したので、マスターに出動要請がかかったのである。

 なので今回の人選も狩りに適したサーヴァントが選ばれることになった。 呪腕のハサンは斥候、またマスターの護衛として選抜され、ケツァルは本来選ばれるはずであったジャガーマンの代わりである。 _謎の女神から気絶させられたため_

 

「そうだな、ここが吾々だとすると目標は____」

 

「(さりげなく隣に座ったな)」

 

「(説明するついでに座りましたな)」

 

「(耳がピコピコ動いていまーす! ムヘル ボニータ♪)」

 

「……何だ汝らのその顔は」

 

「「「いいえ、なんでも」」」

 

 何だか優しい目にアタランテは怪訝な顔をするが、全員目をそらして何でもないふりをするので気にせず説明を続けていく。

 

「____?」

 

「そうだ、ダミーである罠を避け続けて此処に来る。 後は追いたてるだけだが……マスター、私はまだ反対している」

 

「___?」

 

「そうだ、あの狼だ」

 

 アタランテがマスターの目を見据えてそういった時、遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。 魔獣ではない、純粋な狼の美しく、気高い声である。 だがその声の中に憎しみと怒りが混じり、それがマスター自身に向けられていることをマスター自身は感じていた。

 

「なぜ、彼奴らを連れてきた。 アレは汝の命を狙っている、おそらく今この時も」

 

 それは狼王と未だに微睡む首なしの騎士のサーヴァントであった。 アヴェンジャーであるその狼王は人間という人間を憎み、人と言う存在に怒りを抱いており、それはマスターでも例外ではなかった。

 召喚されたその日、狼王はマスターに向かってその首を食いちぎらんとその牙を剥いた。 即座にその場にいたサーヴァント達に取り押さえられ事なきを得たが、ゴルゴーンと同じく狼王はカルデアの下層隔離領域へとその身を移されていた。

 なのでその狼王を連れて行くとマスターが言い出した時、そのほとんどの職員とサーヴァントたちは反対した。 そんなことは自分から腹を空かせたライオンの檻に入りに行くようなものである、これには流石のマシュも断固反対してマスターを止めたがマスターも譲らず、結果狼王に二十四時間カルデアからの監視を付け、いざとなれば強制送還させるという手段を用いるという条件でマスターの提案を受け入れることになった。

 

「お前はどんなサーヴァントとも分かり合えると思っているかもしれないがそれは違う。 あれは聖獣ではない。ただ憎しみに塗れた獣だ、人の味を覚えてしまった獣に話し合う余地はない、奴らは人間ではない、その子供でさえ噛み砕くことに容赦はない」

 

「____」

 

「分かっているならば、なぜ……」

 

 アタランテはふと言葉を途切れさせた、マスターが夜空を見ていたからである。 星々が彼の青い目にこぞって入り込み月が彼の瞳孔に重なる。 神代の時代だからこそ起こる現象なのだろうか、そのマスターがまたアタランテに視線を戻すとその眼は元の青い目に戻ってしまったが、それまでアタランテは彼から目を離すことが出来なかった、見惚れていたのだ。

 

「____?」

 

「い、いやなんでもない。 何でもないからあまり見つめるな……」

 

「_____??」

 

 顔を赤くして俯くアタランテに、何が何なのか分からないマスターは首を傾げるしかない。 そんな姿を見てロビンは口元を隠しながら小声でケツァルに話しかけた。

 

「オタク、マスターに何かやったんですか?」

 

「ハーイ、ちょっとロマンチックになる様にいくつか仕掛けを……と思ったけど何だか他の神様からも干渉を受けてるような……気のせいでしょうか?」

 

「あれ、俺にもかけられます? ちょっと町娘を口説くのにいい感じで……」

 

「ノーデース」

 

「ですよねー」

 

 そのやり取りにいけないと思いつつも笑いがこぼれてしまう呪腕のハサンだが、ハサンもこの夜何者かから見られているような感覚があった。 それは自身のシャイターンの腕があるからこそ感じることが出来る、一種の同族感知の様な者であった。 深く暗い世界の底にいる様な、まるで冥界にいる様な……それゆえに全く悪意を感じないこの気配に困惑していた。

 結局この気配の持ち主にマスターはすぐに出会うことになったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

「……きなさい、起きるのです。 ……起きなさいったら! 」

 

「_____?」

 

 マスターが起きるとそこは何とも奇妙な空間であった、薄暗い洞窟の中にいくつもの青い焔が宙に浮いており、しかしながら地面には美しい花が咲き乱れ美しい花園を作り出していた。

 その生と死が混ざり合った様な空間を見渡していると、突然マスターの目の前に一人の女性が現れた。

 

「やっと起きた。 寝坊助な所は変わってないみたいね」

 

 それは、美しい女性だった。 流れる金の稲穂のように美しい金髪をなびかせ、冷たく冷徹な表情とは裏腹にその赤い目は情熱に燃えており、その佇まいは気品のある女王を思わせた。

 

「____?」

 

「~っ! すーはー……そう冥界の主、全ての生き物が最後にたどりつく場所、その女主人。 エレシュキガルです。 カルデアのマスターよ久しぶりですね」

 

 エレシュキガルと言ったその女性は、マスターから名前を呼ばれた瞬間沸騰するように頭を赤くしたが、深呼吸をして落ち着かせた後、まるで冷酷な女神のようにマスターにその微笑みを持って接した。

 

「_____?」

 

「そう、私は冥界から出られぬ身です。 そしてこの身も……ごほん、しかしながら貴方がこのバビロニアに来たことで、貴方の記憶と魂を利用して、貴方の夢を冥界の一部に浸食させて私を一時的に召喚させました。 まぁうたかたの夢のようにほんの少しだけでしか貴方の夢にいられませんが……」

 

「_____!」

 

「~~っ! そ、そうよね! もっと褒めたっていいのよ! こんなチャンス滅多に訪れ……ごほん。 ええ、世界を救ったマスターの顔でも見てやろうと思いまして……感謝しなさい?」

 

 エレシュキガルはクールに接しているつもりなのだろうが、マスターから凄いと褒められた時から口がにやけるのを必死に止めるために口の端がプルプルと震えている。

 

「(よし、よしよし! 第一印象はばっちりなのだわ! クールな女神と思われてる! しかも二人っきり!)」

 

 エレシュキガルは心の中で思いっきりガッツポーズをする。 冥界でも最終決戦でも、マスターから甘ちょろ系女神と思われていると思っていたエレシュキガルは何とか印象を変えようと、クールで冷酷な女神ぶる練習を何回も練習していたのである。 やっと成功したと喜んでいたが、肝心のマスターには冥界の可愛い女神としか思われていなかった。

 

「_____」

 

「え? あの時の礼? べ、別に冥界を壊されては堪りませんから……人が来ない冥界なんて何の意味もありませんから」

 

「_____」

 

 それでも有り難うといって笑うマスターにエレシュキガルはまたまた顔を赤くするが、こんどは深呼吸をしてもその顔は戻ることは無かった。

 二人は近くに座ると、喋ることもなくしばらくじっとしていたが、またしばらくするとエレシュキガルが話を聞きたいと、いつかのバビロニアの夜みたいにマスターに願った。

 マスターはその願いに笑顔を持って答えると、新宿幻霊事件のことを話しはじめた。 新宿で起こった様々な出来事に、エレシュキガルは時に目を輝かせ、時に顔を青ざめさせながらマスターの話にのめり込んでいった。

 

「なんて悪党なのかしら! 最初から人をだますために人を信じるなんて、冥界では信じられないほどのひねくれ具合なのだわ! きっとすごい悪の組織の親玉なのね!」

 

 マスターが話をひとしきり終えた後、エレキシュガルは胸に手を当てて目を閉じる。

 

「いいなぁ……自分もそんな夜でも明るい所に行ってオシャレを楽しんでみたい……ってこれじゃああの時と同じね。 ふふっ」

 

「____?」

 

「良いじゃない死にかけたって。 もしも死んじゃったら私の所に招いてあげる。 そうしたら一人じ……こほん」

 

 そういって笑うエレキシュガル、もはやクールで冷酷な女神のイメージはどこにもなかった。

 

「いいわね、カルデアって。 私も召喚されたかったな……」

 

「_____!」

 

「うん、楽しみに待っているのだわ。 きっとよ?」

 

 マスターが小指を立てると、そのままエレシュキガルの前に持っていく。 エレシュキガルは何をしているのか分からず首をかしげるのみで、マスターはそんなエレシュキガルに気付くとその意味を説明した。

 

「指切りげんまん? ハリセンボン? へー約束の証なのね……分かったのだわ、はい」

 

 エレシュキガルが小指を立てて、マスターの小指と絡ませる。 そのまま笑ってマスターに続いて誓いの言葉を口にした。

 

「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます! ゆーびきっ……」

 

 だが、最後まで言ってマスターが指を離そうとすると、エレシュキガルはその指を硬く繋いで離そうとしなかった。

 

「あれ、可笑しいわね……離そうとしたのに……貴方に触れられたと思うと、なんだろう、なんでだろう」

 

 エレシュキガルはただ困惑するようにそういうと、あとは何も言わずただそのままマスターの小指と絡めたまま、ずっと俯いていた。

 マスターもその姿に少しだけ微笑むと、もう片方の手をエレシュキガルの手に重ねる。 マスターの暖かい手が、彼女の冷たい手を包むと氷が解ける様に徐々に彼女の手にも暖かみが伝わっていく。

 そしてまた、静かな時間が過ぎていった。 気付くと背景は崩れ始め、花は舞い散り花吹雪となって二人の周りを舞い踊る様に飛んでいく。

 

「現実の方で何か起こったみたいね。 もうそろそろ起きなきゃいけないみたい」

 

 エレシュキガルが名残惜しそうに、マスターに微笑みかけた。

 

「有り難う、貴方の手、暖かったのだわ。 さようなら、貴方のこと、待ってるから」

 

 そういって繋いでいた小指を離そうとする。

 

「さようならじゃない」

 

 だが、離れない。 今度はマスターがエレシュキガルの小指を離さず繋ぎ続いていた。 それは楔の様であり鎖の様であり、彼女との心をつなぐ絆であった。

 

「え?」

 

「こういうときは、またねって言うんだ」

 

「……そうね、またね! また会いましょう! 」

 

 そういって笑い合う二人、マスターの視界が白色に染まり、意識がまた遠のき始めても、その小指は繋がったままであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■……」

 

 それは誰かから見られている感覚からか、それとも頬を擽る柔らかい感触からか、マスターが目を醒ますとマスターは白い毛布の様な物体に包まれていた、しかも妙に暖かい。

 

「マスター、動くな」

 

 しかし、物凄い形相で弓をこちらに構えるアタランテを見て今度こそマスターは驚いて息を飲む。 今にもこちらに向かって弓を放たんとするアタランテに必死に落ち着くように呼びかけるが、当のアタランテは聞き耳を持たず、その狩人の眼をまっすぐこちらに向けている。

 

「____!」

 

「動くなと言っている!」

 

 気付くと、アタランテだけではない、ロビンも、呪腕のハサンも、ケツァルも武器を構えてこちらに体を向けている。

 もしかしたらスープが不味すぎたのかと、自分でも馬鹿だと思う考えが頭よぎる中、マスターの疑念は上を向くと即座に解消された。

 

「グルル……」

 

 それは巨大な狼であった、三メートルもあろうその巨大な狼と共に首なしの騎士がその背中に乗り、その禍々しい気配と共にどこか神聖な、気高い雰囲気を醸し出している。

 狼王とその乗り手である微睡の騎士である。

 復讐者である彼らは今まさにマスターを手にかけんとその刃をマスターの首筋に当てて、周りのサーヴァントに威嚇していた。

 まさに一触即発、誰かが動こうとするならば即刻殺し合いが始まりそうな雰囲気にマスターは慌てて止めようとするが皆応じる気はない。

 カルデアに連絡を取ろうとも、何かにジャミングされて連絡が取れない状態である。

 

「マスター、お願いだから動くなよ……」

 

「_____!」

 

「駄目です。 私たちが武器を下ろした瞬間魔術師殿の首を彼奴は掻っ切るでしょう。 そやつには矜持などはありません」

 

 だがこのままでは結局争いが起こってしまう。 そうなっては最悪の状況であり、マスターが生き残ってもお互い深い傷が残ってしまう。 それだけはマスターは避けたかった。

 

「____……」

 

「グル……」

 

 マスターが狼王の方へ顔を向けると、その青い目同士がぶつかる。 その眼は怒りや憎しで燃え盛っており、マスターと言う人間を強く憎んでいる眼であった。 傍にいる微睡の騎士は首さえないものの、その体の仕草から狼王を止めるつもりはないらしい。 だが、マスターから見られていることに気付くと持っている鎌で空を指す。

 

「_____?」

 

「……!」

 

 その時であった、マスターがその鎌につられるように上を向くと空に満点の星空が映し出された、その星々がマスターの眼に吸い込まれ映っていることに気付いた狼王は驚くように、目を見開くと、マスターと同じように空を見上げる。

 

「マスター! 」

 

「待ちなさい、待ってください。 そう、あの子は空を見上げることを忘れていたのね……」

 

 かの狼はこの時代に連れてこられてから、否、召喚されてから空を見上げることは無かった。 地面の匂い、空気までが故郷とは違う、同族はおらず、いるのは奇妙な魔獣だけ。 そんな場所に連れてこられ、ただ狼はマスターへの殺意を膨らませるだけであった。

 だが、夜空を見てその狼は思い出した。 浮かぶ大きな月、輝る満点の星々、位置は違えどそれは故郷を思い出させるには十分であった。 忘れていた、星の輝く美しさを、星よりも強く光る街にいてその輝きは失われたとずっと思っていたが……

 

「____……」

 

 マスターが、狼王に故郷に連れてこれなかったことを謝る。 その言葉を聞いてアタランテたちはマスターがなぜ周りの反対を押し切ってまでかのアヴェンジャーをこのレイシフトのメンバーに加えたかを理解した。 故郷の風景を見せたかったのだ。

 

「アオォーン……」

 

 その言葉を聞くと狼王は一つ遠吠えをした、その声は遠く遠く自分の故郷にまで届かせるような声であり、自分は此処にいると何処かに呼びかける様な声であった。

 その後狼王はマスターの拘束を解くと、そのまま歩いて立ち去っていった。 その背中は何を思うのか分からなかったが、ただ、微睡の騎士が感謝を示すようにマスターに向かってその胸に拳を当てていた。

 

「まったく、肝が冷えたぜ……」

 

「この馬鹿者が! その右手の令呪は何のためについている!」

 

 危険が去ると、大股でアタランテが近寄り、マスターを叱りつける。 その顔は冷や汗で濡れており、彼女もまたマスターの危機に相当肝を冷やしたらしい、そもそも襲われそうなのに優雅に寝るな、しかも気持ちの悪いほど寝ながらにやけるなと散々お叱りを食らったが、マスターがアヴェンジャーの為にも令呪を使いたくなかったというと、そのまま呆れたように閉口した。

 

「まったく、お人好しめ……いやお人好しではないな、獣好しだ汝は、なんせ獣にまで情けをかけるのだからな! 今日は私と一緒に寝ろ、また襲われるとも限らん」

 

「____!?」

 

「(体よく連れ込んだな)」

 

「(連れ込みましたな)」

 

「(意外と攻めるタイプデース……)」

 

「なんだ汝ら、何か私の顔に着いているのか?」

 

「「「いえ、別に」」」

 

 大丈夫だと騒ぐマスターを黙らせながら、同じ毛布に入り込むアタランテを見ながら、今この時だけはカルデアの通信が妨害されてよかったと思う三人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、一晩寝かせたスープも美味しいデース」

 

「寝かせるって程の時間でもなかった気がしますがね……カレーじゃあるまいし」

 

「魔術師殿、しゃんとしないと。 スープがこぼれそうですぞ。 はい? あまり眠れなかった? 」

 

「おかわりだ」

 

 次の朝、マスター一行は朝食をとりながら、今回の狩りの作戦を確認していた。 妙に耳や尻尾の動きが速いアタランテと目にクマが出来ているマスターを除けば皆準備は万端であり、いつでも出発は出来る状態であった。

 

「結局、あの狼は何処に行ったのでしょうか」

 

「さぁな、あれでマスターに危害を加えないなら俺たちは安心して作戦に集中できて楽でいいんだが」

 

「私は大丈夫と思いマース……だってあの子……ワオ?」

 

「そうとはいかないようだな、マスター! 」

 

 マスターとケツァルを除くサーヴァントたちが唐突に武器を構えると、マスターの近くの茂みに体を向ける。 それからしばらくすると何者かの足音がゆっくりとマスター達に近づいてきたと思うと、狼王と微睡の騎士が姿を現した。

 

「さてと、またうちのマスターを狙いに来たわけか? 前回は上手く行ったが今回はそうとも限らないぜ?」

 

「グルル……」

 

 瞬間アタランテが文字通り目にも留まらぬ速さでマスターを抱き寄せると、狼王から引き離す。 これでマスターの危険性は無くなったが、当の警戒されている狼王はもう一度茂みに姿を消したと思うと、謎の物体をマスターの目の前まで投げつけてきた。

 

「なっ……? これは……」

 

「魔獣……?」

 

 それはマスターたちが目標にしていた魔獣であった。 そのあとも狼王は何回もマスターへ魔獣を投げつけると、その量は討伐目標にしていた数を大いに超えて一つの死骸の山がその場に出来上がった。

 

「これを昨日の夜から短時間で……?」

 

 それは狼王の類稀なる知能がなせる技であった。 サーヴァントたちが張っていた罠を把握し、逆に利用して、全ての魔獣をその微睡の騎士と共に狩りつくしたのである。 人間の罠を尽く看破した狼王のその逸話の再現とも言えた。

 その光景にただただ驚くマスターに狼王は一鳴き、

 

「ワンっ!」

 

 と吠えるとまるで微笑むような表情を作ると、少しだけ尻尾を振った。 それはまるで昨夜のお礼だとも言っているかのようで、マスターはただ目の前の誇り高い狼とその乗り手に笑い返した。 それはまるでサーヴァントとマスターと言うより、只の友人のようであり_____

 

 _____マスターの明日はどっちだ




今回は、リクエストされた事を色々とごった煮した回でした。
狼、狼走る。
エレシュキガルちゃん、ガチャ追加を今か今かと待っています。 出来れば配布で来て……お願い……
リクエストはいつでも募集中です! ネタ切れとか言わないで。

誤字報告、感想ありがとうございます。 励みになります。 今度隕石を送りますね(新宿ネタバレ)

それでは今回も楽しく読んでもらえると嬉しく思います。

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