人理継続保障機関フィニス・カルデアはその名の通り人理を守るために作られた様々な研究施設、実験施設、その施設を支える発電施設からなり、一部露出している出入り口から想像もつかないほどの巨大な施設である。
無論そこに配属される人数は百から二百に上り、一時はレフ・ライノールのテロによってその人員は二十名数名までに減ってしまったが元々は最大で五百名を収容できる施設なのである。
さまさまな人種が年齢を問わず集められているカルデアは一部の人間はそこを小さな時計塔と表現するがそれは間違いである、カルデアでは魔術だけではなく科学も取り入れているのだ。
なので時計塔とは違ってその思考はどちらかというと現代的、過去へ向かって進化していく基本的な魔術とは違い、魔術さえも利用して人理を救おうと未来を目指すのがカルデアの指針なのである。
と、なんだかまじめな話になったが、そんな建前を立ててもやはりカルデアというのは閉鎖空間、窓から見えるのは雪だけの景色であり、温かい光景を見られるのはディスプレイに映し出される景色のみで、やはりどこか気を病んでしまう時もあるだろう。
そこでカルデアに取り入れられたのは様々な娯楽施設である、日々汗を流すことができるトレーニングルームや、ビリヤードなどを楽しめる娯楽室、果てには大人な空間を演出したバーまである。 職員たちはこの娯楽室のおかげで外出もできないカルデアの中で心も体も元気に過ごせているわけである。
その中でも一番人気なのは、大国の一般的な料理から、一国のちいさな田舎にあるマイナーな郷土料理まですべてを網羅しているといっても過言ではない食堂であった、三ツ星レストランのシェフ百人とメル友と豪語するおかんを筆頭にそこに召喚されたサーヴァントとその講習を受けた弟子たちから繰り出される料理はまさに絶品、故郷の母親を思い出すと涙を流すものさえいるのだ。
そんなカルデアの食堂ではしばしばイベントと称して国々の料理を作る体験会や、規模は小さめであるが祭りを再現したりすることがある。 もちろん参加は誰でも可能、サーヴァントだって参加できる。
そして今回食堂で開催されているイベントはある意味、男女どちらにとっても重要な催しであった。
いつもは食事が並んでいるテーブルにはいろんな容器とチョコレートが並び、食べる側である職員やサーヴァントもエプロンを着てせっせとお菓子作りに励んでいる。
そのほとんどが女性だが、ちらほらと男性の姿も混じっており、それぞれ思惑があって動いているようであった。
ある者は恋人に、ある者は大切な友人に、ある者はお世話になっている人に、そしてある者は恋人になってもらうために。 皆思いをそれぞれに、自分のお菓子に思いを込めている。
そう今日はバレンタインデーである。
バレンタインデー、恋人たちのために祈った聖バレンタインの名をとったこの日は、大切な人とこれからも過ごせるようにと感謝をこめて贈り物をする日である。
一般的には花やアクセサリーなどを贈るが、食堂の料理長が日本人なこともあって、比較的安価でそして思いも込めやすい(料理長談)チョコレートを贈るという日本式のバレンタインをカルデア食堂では取り入れることになり、カルデア中の女子たちが集まることになった。
ちなみに去年は人数も少なく、各人が個々でチョコを作っていたのではっちゃける人が、というかはっちゃけるサーヴァントが多かったのでそれを抑制するためイベントでもあるのだが、全く意に介さず今年も好き放題やっている。
「ね、ね。 誰に贈るわけ? 」
「カルナさんでしょ、李書文先生、それにベオウルフさんにクーフーリンさんに……」
「イケメンサーヴァントばっかじゃないの! もうちょっと自分に合った出会いを探しなさいよ」
「うっさい、そういうそっちは誰に送るのよ?」
「ギル君、アレキサンダー君、アンデルセン先生に……」
「そっちはショタサーヴァントばっかじゃない! 余計に性質悪いわ!」
「今日こそはあの人に一歩近づくチャンス……」
「へー、誰に贈るの?」
「デオンさん!」
「へぇ、デオン……さん? あの子男の子なの? 女の子なの?」
「可愛いからどっちでもOK!」
「カルデアも大概ね……」
女子同士で集まりながら賑やかにお菓子作りが進んでいく、どうやら届け先のほとんどはサーヴァントたちであり残念ながらカルデアの男性職員たちは見向きもされてはいないようであった。 確かに美男美女でも最上位に来るようなサーヴァントたちと一般人を比べるのは酷というものであるが、ただ男性職員たちも只目の前を通り過ぎていくチョコをそのまま指を咥えて見送るような男たちではなかった。
「えーっとチョコを溶かした後は……生クリームと混ぜればいいんだっけか」
「これでマタハリちゃんからチョコを……」
「悲しきかなチョコを貰えぬ男の集まり……」
「うるせぇ、お前ももらえねーからここにいるんだろ!」
お菓子作りに励む女性たちに交じり隅の方で不器用ながらも協力してお菓子を作っているのはカルデアの男性職員であった。 特に決まりはないものの、バレンタインデーで男性から女性にチョコを贈るということは珍しいことであったため、女性職員たちは皆不思議そうな目で男性職員たちを見ていた。
「ぐふふっ、今年こそアストルフォちゃんからチョコを……」
「アストルフォ……ちゃん?」
「しっ……世の中には知らない方が良いこともある」
そんなこんなで男性職員がお菓子を作るのは、チョコを贈ってお返しとして女性から義理でも何でもチョコを貰おうとする苦肉の策であった。 もちろん男性職員も女性職員に見向きもせずサーヴァント狙いである。 狙いは人それぞれであるが、周りに配っているブーティカやマタハリの宝石になるチョコの他に美人サーヴァントから貰いたい欲深な男性職員はなんだか人に見せられない笑い顔でチョコを作っている。 一見すると魔術師が怪しい薬を作っているような光景に周りの女性達は変なものを見る様な目をしながら距離を置き始める。
「しかし、チョコを贈る代わりにお返しチョコを強請るなんてな……いいアイデアだとは思うが……」
「俺たちじゃあ良くて義理確定、悪くて受け取り拒否まであるぞ……」
「そんなのやってみなきゃ分からないだろ! ほら、もっとペース上げろ! 俺たちは数で勝負するんだ!」
「男って何歳になっても子供よねー」
「あそこまでされるとなんだか可哀想よね、作ってあげようかしら?」
意外なところで同情票ならぬ同情チョコが贈られる可能性が芽生えている中、一人の女子職員が男子達の中にある一人の少年の姿を見つける。
「あれ? あの子……マスター君じゃない? いつ帰ってきてたの?」
「あら、知らなかったわけ? ダ・ヴィンチちゃん博士があっちでの研究結果持ち帰って解析してるから数日間だけ戻ってきてるのよ。 なんでも残留魔力から聖杯の……なんだっけ、とにかくまたあっちに戻るらしいけどその間だけあの子もついでに帰ってきてるってわけ、丁度バレンタインだしね」
話しかけられたもう一人の女性職員が人形型のクッキー生地を型抜きしながら答えた。
「へー、それでなんであの僕ちゃんまでチョコを作ってるわけ? 言っちゃ悪いけど……作らなくても貰えるわよね、チョコ」
「馬鹿ねぇ、そりゃサーヴァント達の皆さんに日々のお礼ってことでしょ、うちの男どもと一緒にしてもらっちゃ困るわ。 人気は出るべくして出るってわけ」
二人が見ると、エプロン姿のマスターのテーブルには多くのチョコが並んでおり、その数は三十を超していた。 それでもマスターの手は休まることは無くお菓子を作り続けている。
「皆さんって、もしかして英霊たち全員分作ってるの? 今日中に作れるわけ?」
「まっさか、此処に帰ってきた時から夜なべで作って半分以上は朝に渡しているみたい。 お姉さんの分も作ってもらっちゃってたときは思わず抱きしめてなでなでしちゃった」
話し合っていた女性職員の中に妙齢の美人が間に入ってくる、赤い髪と凛々しい顔とは裏腹に溢れる母性を備え持ったこの美人はサーヴァントの一人であり、名前をブーディカと言った。
手には作り終えたお菓子を入れたバスケットを持っており、これから配りに行こうとしていたらしい。
「わわっ、ブーディカさん!? もう作り終わったんですか?」
「んー、これでも追加で作ってたぐらいだよ? 前よりも人が増えたから大変大変!」
「そ、それよりももしかしてあの子サーヴァントの人たち全員分作ってるんですか!? 男女含めて!?」
驚く女性職員を見てブーディカは小さく笑うと、マスターの方を指さす。
「……? 普通にお菓子を作ってるようにしか……」
「あ、違う違う、その後ろ。 マスターの背中からずーっと真直ぐに指を動かしていくと……ほらいた」
「うーん……んん!?」
女性職員たちが目を凝らすと、マスターから少し離れたテーブルで情熱的な視線を投げかけているいくつかの顔が見えた。 無論全員サーヴァントである。
自分の分はまだかとまだかと待ち望んでいる姿は御馳走を目の前に出されて涎を垂らしている犬の様だが、犬との違いはそのままマスターを食い散らかす危険性を孕んでいることである。
「すっごい見てる……」
「これでわかったでしょ、 誰か一人だけになんて特別なチョコとかあげれないのよ。 だから全員の分作って皆に渡しているの、誰にも上げない方が楽なのにね。 ま、それがあの子の良い所なんだけど!」
「あー、あの子の分のチョコも作ってあげよっかなぁ……」
「あはは、喜ぶだろうけどそれもやめた方が良いかも。 ほら」
ブーディカがまた指を指すと、一人の女性職員がマスターに向かってチョコを渡そうと近づいている所であった。 可愛らしい包装にハート型のチョコは本命チョコ以外に考えられず、渡す本人も中々の美人であった。
「あー、あの子この頃入った降霊科の……」
「男から結構人気な子なんだけど、意外な趣味していたのねー」
だが、そのまま女性職員は、マスターの後ろに立って声をかけようとした瞬間に床から穴が開いてそのまま地面に引きずり込まれるように音もなく落ちて行った。 正に一瞬。 落ちた本人も何がなんだか分からないまま声を出せずに落ちていくしかなかった。
「____?」
マスターは誰からか声を声をかけられたような気がして振り向くが、当然そこには誰もおらずそのまままたチョコ作りに戻っていく。 控えめにってホラーであった。
「え、えぇ……」
「ね? 絶賛抜け駆け禁止結界展開中。 あとで助けにいかななくちゃ」
「過保護ってレベルじゃないわよ……」
因みにこの神代の魔術師がマスターの安全のために最高峰の魔術結界を無駄に使用したこのマスターに張られている抜け駆け禁止結界は、抜け駆けしようとした物体を自動的にレオニダスチョコレートブートキャンプ室に転送し、飛ばされた相手はそこで一日トレーニングに励むことになる。
「まぁ、いろいろとあの子も大変ってわけ。 それじゃあ私は行くから良かったら手伝ってあげてね、狙いを付けられない程度に」
そういってブーディカはバスケット片手に食堂から出て行ってしまった。
「手伝うったって……」
「ねぇ……」
マスターの後ろ姿に熱い視線を注ぐサーヴァントたちを見ながら女性職員たちはマスターの女難の相に同情をすることしか出来なかった。
当のマスターは何も気づかず平和にお菓子をただ何事もなく作り続け、もう少しで全員分が完成するという所であった。
「デュフフフwwwさっきはふぁーらーおーされて記憶が吹き飛んだでごじゃるが、今回は安全! アストルフォきゅんはもちろん、ラーマきゅんやデオンきゅんの男モードを満載にしたある意味マスターには安全な秘蔵ファイルであります! 借りを返さないのは海賊の流儀に反しますからな。 男の娘の楽園が今、ここに!」
「うーん、でも女の子の様な男の子とか、女装している男の子とか、女になれる男の子とか言っても結局全部衆道なんじゃ……?」
「なんだァ? てめェ……」
「えっ、えっ? 新免武蔵守藤原玄信です……」
__黒髭、キレた!
それは翌日昼過ぎのカルデアの廊下、黒髭と武蔵という珍しい組み合わせが二人が一緒に歩いていた時の出来事であった。
武蔵の何気ない一言が黒髭ことティーチの心に突き刺さり、小刻みに震えながら青筋を立てている。
「そーじゃねんだよ! 何と言うか男の娘は……尊いんだ! 美少年好きの癖に、美少年の絡み合いが見れないとはとんだ弱者! ふーんだ、恋愛クソザコ剣豪!」
「なっ!? 誰よそんな失礼極まる名前付けたの! そもそも所帯持つと剣が鈍るって仏様がですねぇ!」
「拙者でごじゃる!」
「斬るぅ!」
対する武蔵もティーチの悪意ある煽りに顔を真っ赤にしながら剣を抜く。 無論、峰打ちであるが受ける傷が致命傷から重症に変わるだけで痛いことには変わらない。
「け、剣豪が鉄の棒振り回して不殺って馬鹿みたいだよネ! せめてたけのこにしてほしいでごじゃる!」
「たけみつ! 問答無用とりゃー!」
「ぎゃーお助けー! また記憶消去されるー! 物理で!」
そのまま武蔵の剣は大きく振りかぶられるとティーチの頭へと一直線に振り下ろされる。 さすがの逃げ足の速いティーチも剣豪の音速に近いスピードで振り下ろされる剣を間合いに入られては避けれるはずもなく、武蔵の剣はティーチの頭を砕くであろう。
「_____!」
「へっ? マスター?」
だが、その剣は黒髭の頭を砕くすれすれで止まる。 まさに黒髭危機一髪であった。
「おぉぉぉぉ! マスターわが友よー! 拙者を助けに来てくれるなんて……やはり拙者たちはソウルブラザー!?」
そんな黒髭の危機を救ったのは意外にもマスターであった。 手にはチョコレートを持っており、頭と肩には三匹の猫の様な銀河が映し出された様な体を持つ不思議な生ものを乗せていた。
「_____」
「へっ、お返し? この前の? い、いいよ! あんなのだったら何時だって連れてってあげるし……」
感激している黒髭を華麗に無視しながら、マスターはちょっと赤面しながら手に持っているチョコを武蔵の目の前に差し出す。 クッキーにチョコをコーティングしたそれは刀の形をしており、四本セットでラッピングされていた。
本来ならホワイトデーというお返しの日に送るのだが、マスターはホワイトデーにはまた日本に戻るので、こうやって事前に作っておいたチョコレートをお返し代わりとしてサーヴァントたちにあげていた。
「うわっ、これ小っちゃいけど私の刀になってるんだ……もしかして手作り?」
「_____?」
「う、ううん! うれしい……すっごく……うん……」
「あのー拙者にはぶべっ!?」
マスターの頭に乗ってる謎の生き物が顔からビームを出して黒髭に直撃させ、丸こげにしている中、武蔵は赤くなった顔をさらに赤くしながらチョコを受け取る。
マスターの照れくさそうに笑いながら上目がちで武蔵の様子をうかがう姿は、なんだか子供みたいで思わず武蔵はマスターのその姿に唾を飲んでしまう。
「チョコっていうんだっけ、大切にするよ、うん! 宝物にする!」
「_____」
「えっ? あっ、そっか食べなきゃ意味ないか! あは、あははは!」
ひとしきり笑った後、武蔵は人差し指を合わせながら少し恥ずかしげにこう続けた。
「そ、それでさ。 明日ぐらいに帰っちゃんだし、そのお礼のお礼って変だけど私の部屋にでも来てゆっくりぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
否、続けようとした。 武蔵の言葉が抜け駆けと判断されたため、結界が発動して一瞬にして落とし穴に落ちて行ってしまったためである。 この抜け駆け禁止結界にかかってしまったサーヴァントはこれで二ケタに上る。 恐るべしは男子にも発動してしまった事ではあるが。
「ちょっとー! 折角いい所だったのにー!!」
呆れ顔で笑うマスターの前で、落とし穴に落ちていく武蔵の声が廊下に響いていた。
「あっ、マスターコレ拙者の男の娘これくしょおぉぉぉぉぉぉぉ……」
不意にマスターにプレゼントを贈ろうとした黒髭の声も響いた。
__
「やれやれ、私がいない間にずいぶんと埃が溜まっているんじゃないかと思ったが、綺麗に掃除されているじゃないか」
それは賑やかなバレンタインデーの夜。 一人の女性が誰にも使われていない薄暗い部屋の中で一人、片手に包装されたチョコを持って佇んでいた。 その姿は何かを懐かしむかのようであり、その眼も何処か過去を思って遠い目をしていた。
「君にも人望があったってことだ。 まったく、感謝しなくちゃいけないよ?」
その女性はゆっくりと部屋の机を指でなぞりながら誰にも聞こえないような声で、だが誰かに語りかける様な口調で一人呟く。
「そうそう、今日はバレンタインデーだってね。 どうせ誰にも貰え無さそうだから、そら、作ってあげたよ。 天才のチョコだ、有難く食べると……」
女性はチョコを机の上に置こうとして、手が止まる。 既に机の上には二つ同じようにチョコレートが置かれていたからだ。 一つは青色の包装をされており、もう一つは桃色の包装をされていた。
「なんだ、あの子たちからも貰ったのかい。 幸せ者だね、まったく……まったく。 ディア・ドクターと来た。 泣かせるじゃないか、なぁ?」
女性は苦笑しながらそのままそのチョコの横に自分のチョコを置くとそのまま部屋から出ようと足を進める。
「それじゃまた来るよ、その時まで味の感想でも考えていてくれたまえ。 ……それじゃ」
女性は誰もいない部屋に微笑みかけると、そのまま扉を閉めた。
この部屋はかつて皆にとって掛け替えのない友人が使っていた部屋ということは限られた者達しか知らない。 カルデアの中でも謎の空き部屋と呼ばれるこの部屋の住人に何があったのかを知る者も限られている。
ただ誰かが住んでいたという記録があるだけである。
おくれに遅れたバレンタインデー回!
すいません、いろいろと用事が重なってしまい、なかなか書ける機会が無くてかなり遅れてしまいました。
……うーそーでーすー! すいません某戦国死にゲーと某名誉のためゲーをやっていましたー! 許してください。
感想、誤字脱字毎度ありがとうございます! アルトリウム送りますね! 銀河アマゾソで!
次回は学校でのバレンタインデー回! マシュは先輩に学校でチョコを渡せるのか!
※ホワイトデーは来月と言うことを忘れていたので、ちょこっとだけ延期します。 チョコだけにネ!(人理を救う激ウマギャグ)