此処はお馴染み、人理継続保障機関カルデア。 なんだか早口言葉にも使えそうなこの施設では滅却された人類を救うため、多くのサーヴァントが召喚されています。
それは有名なお話の王様から、有名な童話の作家、果てには西部のお尋ね者から連続殺人鬼まで、世界中の偉人たちがここカルデアで召喚されマスターと共に世界を救うために手を取り合っています。 その中で召喚される英霊の中にはその人物が持っていた側面が強調されて召喚されてしまう場合があり、それによって性格も属性も違う同一人物が同じ空間に存在する。 というなんだかこんがらがった状況になってしまうことがあります。 何処かの王を例にすると黒だったり白だったり槍持ってたり槍持って黒だったり、サンタだったり、暗殺者だったり、果てには水着を着たりする王が同じ空間に存在している状況ができてしまうわけです。 ちなみにこの状況が一般家庭で成立した場合エンゲル係数は100%超えて3000%程度上昇するという結果がバベッジ先生の計算によりはじき出されました。 皆さんは気を付けましょうね。
さてそんな同一人物の別人がいることはそう珍しいことではないカルデア_大体何か月か一度に召喚されてきますからね_にまた一人新しいサーヴァントが召喚されてきました。
彼女はジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィというそれはそれは可愛らしい女の子、張りのある健康的な肌、雪のように白い髪とくりくりとした金色の目、まだ幼く丸い顔つきの彼女はジャンヌ・ダルクのオルタナティブのリリィで、しかもサンタなのでした。 この属性の多さ、記入するだけでも大変です。 好きな物は勿論サンタ行為とトナカイ。 嫌いな物はハロウィンと目の前で黒歴史を作っていくときの未来の自分。 大人っぽくあろうとして逆に子供っぽくなってしまうことが多い彼女は、つい最近カルデアに来た正真正銘の新人さんなのでした。
「ふふん! 中々綺麗になりました!」
そんなジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ_長いのでジャンヌ・リリィに短縮します_がやっていることといえば、マスターの部屋の掃除でした。 雑用をやらされているわけではありません。 たしかにジャンヌ・リリィは戦闘センスはありますが、実戦経験が乏しい彼女はまだまだ訓練段階でありまだマスターと一緒に戦闘に出ることが出来ず、お留守番言い渡されています。 ですが留守番を言い渡されたといって、ただ怠惰を貪ることなんてジャンヌ・リリィはしませんでした。 素直になったジャンヌ・オルタの様な性格をしている彼女は疲れて帰ってきたマスターが喜ぶようにと自主的にマスターのお部屋を綺麗に掃除しているのです。
「これで
疲れて帰ってきた
「おっとっと……と!?」
槍代わりに持っていた箒が棚に当たると、上にあったオブジェクトが揺れ、隣のオブジェクトに当たり、そのまたオブジェクトに当たっていき、バタバタとドミノみたいに倒れて行きます。 そして最後にはマスターが夏にアルトリアと一緒に勝ち取ったブリッツのペンギンカップ優勝トロフィーにぶつかり、そのままトロフィーは床に真っ逆様。
「だめー!!」
ジャンヌ・リリィも慌てて飛び込むようにして手を伸ばしますが、惜しくも身長が足りず、ジャンヌ・リリィの指をかすめてトロフィーは無慈悲にも床にダイレクトに落下してしまいました。 衝撃に耐えられなかったのか、可愛らしいペンギンの姿に似せられたトロフィーは胴体からポキリと綺麗に折れてしまい、見るも無残な姿になってしまいました。
「あ、ああぁぁぁ……」
目の前の惨事にジャンヌ・リリィは顔を真っ青にして震えます。 このトロフィーはいわばマスターとアルトリアとの一夏の絆の証、宝石や財宝よりも人との絆を何よりも大切にするマスターにはどんな財宝よりも価値のある物として大切にされていたものなのです。
「あ、謝らなきゃ……でも、どうしよう……!」
ジャンヌ・リリィは誰よりも真面目であろうとし、実際に誰よりも真面目で自分に厳しい女の子です。_実際にバベッジから無垢で聡明な少女判定を受けています_ こういうことは下手に隠し事をせず、正直に謝った方が相手にも自分にも良いことは分かっていました。 実際にいつもの彼女なら相手に激怒されようとも真摯に正直に謝ったでしょう。 しかし今回はいつも通りとはいきませんでした、相手がマスターだからです。
「ど、どうしよう……
どうしよう、
「そ、そうです。 メディアさんならトロフィーも……」
混乱する中でジャンヌ・リリィが思いついたのは、模型を作るのが趣味な魔女、メディアの事でした。 彼女ならば、この割れたトロフィーも元の状態に直せるだろう。 そうすればマスターだって許してくれるはずだ。 そう思ったジャンヌ・リリィは壊れたトロフィーをカモフラージュの為にゴミ袋に詰めてから、こそこそとメディアがいる部屋へと向かっていきました。
「ご、ごめんください……」
数分後、メディアの部屋の前に立つジャンヌ・リリィが居ました。 途中でゴミ袋を背負ったジャンヌ・リリィを変な目で見てくる人はいましたが、幸運ながら深く追及されることはありませんでした。
「ごめんください……!」
ジャンヌ・リリィは何回か部屋のドアをノックしますが、メディアは出てくる気配はありません。 鍵はかかっておらず、部屋の明かりはついているので、部屋の中にいることは確かなのですが、何回ジャンヌ・リリィがノックしても出てくる気配がありません。 失礼なことですが、今は一刻を争う事態、ジャンヌ・リリィは怒られることを覚悟しながら部屋の中へと入っていきました。
「ごめんください、メディアさん? いらっしゃいますか?」
メディアの部屋の中は魔術師の工房らしく、何かの目玉や奇妙な生き物のホルマリン漬けなどが飾られている一方、セイバーのフィギュアやボトルシップにミニチュアの町、メディアの手作り衣装でしょうか、可愛らしい服やコスプレ衣装などが所狭しと飾られており、それらは部屋の三分の二以上を占領しています。 ジャンヌ・リリィはその異様な光景に、自分が魔境に入り込んでしまったような錯覚を起こしました。可愛いと気持ち悪いが混在したこの空間は、まるで可愛いクトゥルフ神のように矛盾した存在で包まれていました。
「あの……メディアさんはいらっしゃいま……」
「どちら様かしら?」
「きゃあああああ!?」
突然ジャンヌ・リリィの後ろに一人の女性が現れました、マスクとゴーグルをつけて手には何か奇妙な道具を持っており、胸にかけているエプロンは血で染まったかのように真っ赤でした。 控えめに言ってホラー映画に出てくる連続殺人鬼です。
「きゃあああああ!! お、おばけーーー!!」
「人の部屋に入っておいてお化け呼ばわりは無いでしょう。 怒るわよ」
「ぅえ? メ、メディアさん……なんですか?」
聞き覚えのある声に目を丸くするジャンヌ・リリィ。 見ると、何時も意味深げに被っているフードと紫のローブが目につきました。 何時もは凛々しくクールで大人な女性のメディアがこんな連続殺人犯の様な恰好をしているとは露とも思っていなかったジャンヌ・リリィは目をぱちくりとさせながらメディアを見つめています。
「えーっと……本当にメディアさん?」
「此処を誰の部屋と思っているのかしら? ……貴方は私を知っているみたいだけど、私は貴女を知らないわね。 お名前は何かしら? かわいいお嬢さん」
「あ、はい! 名前を聞くときは自分からでしたね、失礼しました! 私はジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィと申します!」
「サンタ・リリィ……? またリリィが増えたのね……サンタ?」
「はい! サンタです!」
目の前のジャンヌ・オルタのリリィだと言い張る少女に、またリリィが増えたのかとメディアは困惑しました。 確かにこの頃新入りが入ったとは聞いていたが、こんな幼子とは、しかもリリィでサンタである。 そろそろリリィ被害者の会が作れるかもしれない。 カーミラの奥さんの所はリリィが合体したらしいし。
「大きくなった私が、メディアさんに抱き枕を極秘で依頼したことがあるはずです! それで、その腕を見込んで一つお願いが……」
「お願い?」
そういってジャンヌ・リリィがメディアに袋の中身を見せます。 中に入っていたぼろぼろのトロフィーを見て、メディアは何が起こったのかを察しました。 そして目の前の少女が俯く姿を見て、確信します。
「そう、これを私に直してほしいのね。 でも私に直してもらう前に、正直にマスターに話した方がいいじゃないかしら?」
「それは……」
「わざとやったわけじゃないのでしょう? あの子も理不尽に怒る子じゃ……」
そういってメディアはジャンヌ・リリィの顔を見て口をつぐみます。 それはまるで必死に泣くのを我慢している子供の様に、ジャンヌ・リリィは唇を噛みしめて俯いて震えていました。 それは大切な人から拒絶されたくないという子供が抱く様な恐れ。 メディアはそんなジャンヌ・リリィの姿に遠い日の自分の姿を思い出し、一つため息をつきました。
「まったくあの子も節操無しね……分かりました、直してあげます。 だからそんな顔をするのはおやめなさい」
「本当ですか!」
ジャンヌ・リリィの顔が咲いた花のように明るくなります。 彼女の白い髪も合わさって
「はい白と黒。 どちらが好きかしら?」
「はい? そのふりふりした服は一体……?」
「まさか、
「え? はい? 黒い方の私は実際見てられないので白の方が好きですが……メディアさん? 鼻息が荒いですよ? メディアさん?」
じりじりと近寄ってくるメディアに何となく身の危険を感じ後ずさりをするジャンヌ・リリィですが、いつの間にか扉はロックされ、部屋の一部が写真撮影をするためのホワイトルームへと変わっていきました。 見れば他にも衣装がばっちり揃っておりジャンヌ・リリィは今になってメディアに頼んだことを後悔してきてきました。
「メディアさん……あの……もうそろそろ……」
そのあと一時間が経ちましたが一向にメディアの撮影会が終わる様子はありませんでした。 フリフリのドレスに続き、小悪魔的衣装、ドラゴンのキグルミ、ブライド衣装、どこかのブリテン王の衣装、大人っぽいドレス、
「う~以前からジャンヌたちにもお願いしていたんだけど白い子にはきっぱりと、黒い子にはがみがみと断れるからほとほと参っていたのよね。 あ、視線こっち頂戴笑顔もね」
ほとほと参っているのはこっちだと出かかる言葉をトロフィーの為と飲み込みながら、ヒクヒクとひきつる笑顔をメディアに向けるジャンヌ・チャイナ・リリィ。 そうしていると部屋に一人の人物が入ってきました。
「やれやれ、毎度耳にタコができるぐらいにゴミの日にはゴミ袋を玄関に出しておくように言っているはずだがね?」
浅黒い肌に白い髪、精悍な顔立ちですが何処か優しい目をして、様々な人生があったことを語る印象的な背中を持つ男。 人呼んでカルデアのおかんといえばこの人、英霊エミヤでした。
ぐちぐちと嫌味を言いながら部屋に入っていくる姿はエプロンを着けて頭巾をかぶり、右手には絡みつくワカメのように部屋の埃を一つも逃さないダ・ウィンチちゃん製まるとりシンジくんというモップを持っていました。 誰がどう見ても部屋を掃除しに来たおかんです。 エミヤは時々他の掃除好きサーヴァントと共にゴミ回収を行っており、特にメディアなどのキャスター勢はそのクラス故に様々なゴミが出てしまうのでエミヤ達も気合を入れなければなりません。 因みに海賊サーヴァント達の部屋はいくら掃除しても三日で元のゴミ部屋の有様になってしまいます。
「分かってるわよ、青少年の部屋に無断で入ってくる母親みたいね貴方。 そこに置いてるからさっさと持って行って頂戴」
「全く……またこんなに散らかして。 っとずいぶん重いな、またイアソンくんが犠牲になったのかね?」
またぶつぶつと言いながらテキパキと部屋の掃除をしながら部屋の整頓までしていく姿はまごうことなきおかんです。
「ん? おや、サンタ・リリィじゃないか、こんな所で何を? あとその恰好はサンタとしては中華的だと思うのだが……」
「あ、エミヤさん。 これは、その……」
「人の部屋をこんな所呼ばわりしないでくださる? お手伝いしてもらってるのよ。 ほら着替えるんだから男は部屋から出ていく!」
「また君は人のリリィをおもちゃに……そのうち訴えられても私は弁護しないからな」
手をひらひらと振ってエミヤを追い出すメディア、嘘が苦手なジャンヌ・リリィがぼろを出さないように助けたのでした。
エミヤは両手にゴミ袋を持つと次は部屋の前に出すようにとメディアに何回目かも忘れた小言を言いながら部屋を出ていきました。 その後ろ姿は歴戦の英霊と言うよりかは歴戦の主夫です。
「あの……ありがとうございます」
「なんのことかしら? さ、あと二、三着よ、がんばりなさい」
「まだ続くんですか!?」
「うん、このくらいかしら、良く耐えたわね。 それじゃあご褒美と行きましょうか」
「や、やっと終わりました……」
そのあと三着と言わず、五着も着せ替えさせられたジャンヌ・リリィ、もう心も体もヘトヘトでした。 しかしながらこれでトロフィーを直してもらえるなら安い苦労だとジャンヌ・リリィは思いましたが、机の上を見て漠然としました。 机の上に置いていた袋が無いのです。
「あ、あれ……? ない、袋がありません……!」
「あら? 可笑しいわね、机の上に確かに……」
そこでふとメディアはジャンヌ・リリィがトロフィーを入れた袋がゴミ袋だったことを思い出します。 そして途中で入ってきたエミヤ、彼が持っていた袋は二つ。 メディアの頬に冷や汗が一つ、伝いました。 ジャンヌ・リリィもそのことに感づいたらしく、顔を青くしてメディアを見つめています。
カルデアの焼却炉、カルデアの電力を補う方法の一つにもなっているこの焼却炉は万物を跡形もなく燃やし尽くすぐらい強力なもので職員たちが「ファヴニールの炎にも負けない」と豪語している程でありました、そんなものにトロフィーが耐えられるわけがありません。
「まさか、先ほどのエミヤさんが……」
「おそらくね……でももうこの時間じゃ焼却炉に……」
「_____っ!」
「あっ! 待ちなさい! 」
メディアの制止を振り切り、ジャンヌ・リリィは部屋を飛び出していきました。 目指すは焼却炉、通る人たちが皆驚いてジャンヌ・リリィに声をかけますがジャンヌには構う暇はありません。もしかしたらまだ運ばれている途中で燃やされていないかもしれないと一筋の希望を持って、カルデアの廊下を走っていきます。 必死に走って、息が荒くなって、不安でいっぱいになり目がうるんできます。 まだ間に合うはずだ、まだ。 足がもつれて転んでも、必死に焼却炉を目指すジャンヌ・リリィですが……
「嘘です……嘘……」
やっとのことでたどり着いた焼却炉は無慈悲にもその地獄の様な業火で様々なゴミを燃やし尽くしている所でした。 眩しいぐらいの炎が有機物、無機物問わず、鉄でさえも溶かしつくして蒸気へと変え、最終的に魔力へと還元していきます。 その炎を見つめながら、ジャンヌ・リリィは呆然と立ち尽くしました。 彼女の眼からは涙が一つ、また一つと零れ落ちて床を濡らしていきます。
「おしまいです、おしまいです。 折角願いを持てて、友達だって出来たのに……ひぐっ、うぐっ……ぐすっ……」
とうとうジャンヌ・リリィは手で顔を覆い、その場に崩れ落ちました。 もはやただ一人孤独に泣き崩れる彼女に希望は残されていないように見えました。
「______無様ですね、まるでただ哀れに泣き伏せる童子の様。 まったくこんなものが私の幼少期とは……」
「______どなたですか?」
「あら? 自分の声も忘れたのかしら?」
突然の声にジャンヌ・リリィが顔を上げると、そこには黒い衣装に身を包んだ白髪の美女が立っていました。 それはジャンヌ・リリィの本来の姿、彼女の未来の姿。 本来は存在しない復讐に身を落とした聖女の姿。 ジャンヌ・ダルク・オルタです。 つまらないという様な表情でジャンヌ・リリィを見下し、右手には何かの袋を持っています。
「ぐずっ、大きい方の私……どうしてここに、私を笑いに来たのですか?」
「もちろん! と言いたいところだけれど……」
ジャンヌ・オルタは右手に持っていた袋をジャンヌ・リリィの前に投げます。 袋の中をジャンヌ・リリィが見てみると、炎に照らされた袋の中身が反射してジャンヌ・リリィの顔を照らしました。 ジャンヌ・リリィの顔が驚きに満ちました。
「これ……トロフィー……!」
「とりあえず泣き止みなさい。 自分と同じ顔で泣きじゃくられると気味が悪いったらありません」
「ど……どうしてこれを……」
「どっかの魔女が火急の用だって連絡してきただけよ、私が居てよかったわね、もう少しで灰も残りませんでしたよ? ……別に罰で焼却炉の当番をさせられたわけじゃないからそのつもりで」
「メディアさん……!」
メディアが機転を利かせて、ジャンヌ・オルタに連絡して回収させてくれたのでしょう。 なぜジャンヌ・オルタなのかジャンヌ・リリィには分かりませんでしたが、これでトロフィーを直して貰えます。 ジャンヌ・リリィは袋を持ってメディアの元に戻ろうと走っていこうとしましたが、ジャンヌ・オルタの旗がその進路を遮るようにジャンヌ・リリィの前へと突き出されました。
「____っ! 何故邪魔するのです! 成長した私!」
「アンタが縮んだのよ……こほん、一つ、聞きたいことがあります。 _____なんでアンタこれを隠そうとするの」
「そ、それは……」
「私が縮んだ癖に、まるで白い方の私の様に馬鹿正直。 そんなアンタがなんであいつに隠し事をするワケ?」
「それは! それは……私は、その……」
ジャンヌ・リリィは言いよどむと、ジャンヌ・オルタは彼女の眼を覗きます。 その眼から見えたのは、孤独への怯えと拒絶の恐怖。 ジャンヌ・リリィが何を恐れているかを察したジャンヌ・オルタは、一瞬だけ悔しそうに顔を歪ませた後大声で笑い始めました。
「な……何が可笑しいのですか!!」
「はははっ! 私が! 仮にも復讐の魔女である私になる者が! 幼子であるがサーヴァントであるにもかかわらず! 一人の人間の拒絶を恐れていると!? ふふ、ふふふ! これが笑わずにいられますか! いいえ、いられませんとも!!」
「……っ! それのどこが悪いのですか!! 好きな人に嫌われたくないという思いがそんなに可笑しいですか!」
「いいえ? ちっとも! 可笑しいのは貴方はまだマスターを信じてはいないということ! 貴方はマスターから
ジャンヌ・オルタの笑い声が、ジャンヌ・リリィの心にいくつもの棘となって刺さります。 リリィは胸の痛みを感じながら、必死に言い返す言葉を探しますが一向にでてきません、論破が得意なのに、反論が得意なのに、オルタが言った言葉にはまったくもって言い返すことが出来ませんでした。
「な……に、を。 貴方、だって、怖がっている、くせに! 一人に、なる、のが、怖い、くせに! 愛、される、のが、怖いくせに!」
話をすり替える様に出てきた言葉も、途切れ途切れで出すのがやっと。 ただ立っているだけなのに息がぜぇぜぇとまるで全力疾走した後のように苦しく、頭も朦朧としていました。
「怖いわよ? でも、怖くない」
「は、あ?」
「いつか消える身だってことも、この魂が地獄行きってことも怖い。 でも怖くない」
「意味が、分かりません」
「怖くないのよ。 だって、アイツがいるんだから」
「あ……」
「アイツが一人にしてくれないから、地獄までついてくるって言ってくれたから、拒絶なんかしてやるもんかって言われたから。 そんなアイツを私が信じている限り何にも怖くないのよ、地獄だって二人だったら怖くない」
そういうジャンヌ・オルタの眼は真直ぐと自信に満ち溢れていました、ジャンヌ・リリィはその眼を見て心の底から羨ましいと感じました。 自分が見捨てられないと胸を誇れるのがとてもとても羨ましかったのです。 リリィの心苦しさが融ける様に消えていきました。
「だ・か・ら、その袋は私が貰う」
「えっ!?」
ジャンヌ・オルタは強引にジャンヌ・リリィから袋を奪うとずんずんと部屋から出て行き、何処かへと向かい始めました。 慌ててジャンヌ・リリィが付いていき何処に行くのか訳を聞き出そうとしますが、オルタは一言
「アイツがそんなことでアンタを見捨てないってことを信じさせてあげる」
と言ったきり一言も喋りません、リリィはあたふたしながらただついていくことしかできませんでした。
此処はおなじみカルデア食堂、レイシフトから帰ってきたマスターが夕飯を食べに来たこともあり、様々なサーヴァントが食堂にごった返しています。 今日のご飯はブーティカさんの濃厚シチューです、牛乳にもこだわった母の味に皆舌鼓を打っています。
「それで、男性の扱いにも長けている貴女ならどうにかいい方法を思い付かないかと思いまして……」
「うーん……いえ確かに長けているけど、マシュちゃんとランスロットさんの仲を良くするのはちょっと難しくないかしら……」
「おっ、アルトリア! シチュー減ってるよ? おかわり持ってきてあげよっか! 君もほら遠慮しないで、男の子はいっぱい食べなきゃね!」
「_____!」
「お願いします」
今日マスターはアルトリア(聖剣)とブーティカ、それとマタ・ハリという珍しい組み合わせで夕飯を食べていました。 アルトリアが相談があるということで連れてきたメンバーですが、その悩み事と言うのがマシュとランスロットを仲良くさせたいというものでした。 しかしながら特異点修正よりも難易度が高いこの相談事に三人とも首を捻るばかりで、良い案なんて一つも浮かびませんでした。
「ほ、ほら! あれでも仲は良いと思うのよ、私! 何回か口説いてくるような女癖が無ければ!」
「そ、そうそう! 何にも心配いらないよっ! あのナンパ癖が無ければ」
「______……」
どうやら絶望的でした。
「ささっ! おかわりのシチューが冷めないうちに……あれ? マスター、あの子マスターに用が……あら、隣の小っちゃい子かわいー!」
「あぁ見ると姉妹みたいね……あら、何かしらあの袋……」
「あれは、聖女のオルタでしたね。 あちらもまた増える運命にあったのですか……」
マスターが見ると食堂の入り口から、ジャンヌ・オルタとジャンヌ・リリィがこちらに歩いてきていました。リリィの方は帰りたがっているように見えます。
オルタはマスターの近くまで来ると、持っていた袋を勢いよく机に叩きつけました。 驚いて袋の中身が見えた時、マスターとアルトリアは驚愕しました。
「これは……私とマスターが夏の大会で優勝した際の……! 貴様これをどうした!」
「______?」
「うぁ……
「はぁ? 見てわからないの? バッラバラにしてやったのよ、この私が!」
「成長した私!? 一体何を……!」
目を丸くしたジャンヌ・リリィを遮るように、完全に憤怒の表情のアルトリアとなんだか合点のいかない表情のマスターを嘲笑います。 食堂は皆ジャンヌ・オルタに注目し、何人かは「オイオイオイ」「死んだわアイツ」とまるでこの後凄まじい惨状が起こってしまうことを予測しいそいそと食堂から避難するものまでいました。
「まったく、サーヴァントとの絆がなんだといい加減五月蠅いのよね、和気藹々とまぁ目障りな。 だから壊してやったわけ、アンタ達の絆なんてその程度のものだってね」
「そうか、それを私の前で堂々とやるということは私に宣戦布告した同義と捉えていいのだな。 貴様はマスターとの信頼に泥を塗った!」
聖剣を構えるアルトリア、食堂は誰も止めようとはせず、むしろ円卓の方々が鬼の形相でそれぞれの武器を抜いていますし、何かに感づいた作家サーヴァントたちは必死にペンを走らせています。
「________」
「マスター、止めないでください。 彼奴はマスターの事など……マスター?」
「______?」
「はぁ? 私がやったってさっきから言ってるじゃない、目だけじゃなくて耳まで悪いわけ?」
マスターはアルトリアの肩に手を置くと、ジャンヌ・オルタの眼をじっと見つめました。 青い目がジャンヌ・オルタを捉え、なんだかオルタは心を見透かさられるような気がして頬を赤くしながらそっぽを向きます。 マスターには怒りの感情は一切なく、只々困惑するばかりでした。 マスターはジャンヌ・オルタがこんな無意味に悪どいことをするような人物ではないと信じて疑わないので合点がいかず困惑しているのです。
「_____」
「ひぅ! 私は、その……あの……!」
その後、マスターはジャンヌ・リリィを見つめました。 そしてリリィの何かを怖がっている様な反応を見て、やっと何か合点のいった様子を見せて、一時何かを考えると、アルトリアの肩から手を離しました。 それは戦闘を許可することと同義でした。 檻から放たれたライオンのように、ゆっくりとアルトリアが間合いを詰めていきます。
「ちょ、ちょっとマスター! 許可しちゃっていいの? あの子たち本気でやり合うわよ!?」
「______……」
「賭け? 賭けってどういう……」
「(どうしよう……どうしよう……)」
いよいよ始まりそうな戦闘にジャンヌ・リリィは葛藤していました。 このままで十中八九ジャンヌ・オルタは切られてしまうでしょう。 相手はセイバーの中でも円卓を率いているあのアーサー王。 他の円卓もいるこの空間でオルタが勝ち残るのは絶望的でした。 止めるには、自分がやったのだと白状するのが一番なのですが、それではマスターが自分を見捨てる。 言わなければ見捨てられないが大きい自分が切られてしまう。
リリィは究極の二択に、胸が締め付けられるようでした。
「覚悟は良いか?」
「いいからさっさと来なさいよ。 憤怒の炎で燃やしてあげる」
しかしリリィが悩んでいる間にも戦いの火蓋は切られようとしています。 それが余計にリリィを焦らせます。 もういっそこの場から逃げ出せばどうだろうか、それが良い。 袋を持って、メディアさんの所まで逃げるのだ。 そうすればトロフィーも治って戦いだって……
『信じさせてあげる』
ですが、ジャンヌ・リリィが一歩下がろうとすると、ジャンヌ・オルタが言った言葉が頭の中で響きます。 目の前の軽蔑していたはずの
「(マスターを信じていないのは私の方……わからない、そんな難しい話は分かりません。 分かりませんが……)」
体が熱くなります、マスターに拒絶されるかもしれないという恐怖が目頭を熱くさせます。 ですが足は前へと進み始めました。 息を大きく空気を肺へと詰め込みます。
「(でも、将来の私の言葉ぐらい信じないと、私はどこにも行けません……!)」
そうしてジャンヌ・リリィは二人の間に入るように足を進めると、食堂が響くくらい大きな声で言いました。
「私が! 壊しましたー!!」
「なっ……?」
「……ふん」
食堂が静まり返り、今度はジャンヌ・リリィを皆注目します。 アルトリアでも呆気にとられて剣を下ろし、マスターは安心した様に息を吐いて今更大量の冷や汗を流していました。
「私がやったんです! 大きい私ではありません! 私がマスターの部屋の掃除をしているときに割ってしまったんです! 悪いのは私なんです!」
足が震え、声が上手く出なくなってきました。 ジャンヌ・リリィの目線はマスターに一心に注がれています。その眼も潤んで大粒の涙が一つ、また一つとこぼれていました。
「成長した私は一切悪くありません! だから、
ついに耐え切れずにジャンヌ・リリィはその場で大声で泣き始めてしまいました。 もうこれでおしまいだ、マスターからも嫌われると思うと涙が止まりませんでした。 ですが、ふとリリィは誰かに優しく抱きしめられました。 深い森の様な落ち着く匂いがリリィを包み、大きな手でリリィの頭を優しく撫でています。 リリィはこの匂いと手を良く知っていました。
「ぐすっ……
「______」
辛かっただろう、怖かっただろうとマスターは言いました。 良く正直に言ってくれたねとマスターはジャンヌ・リリィに微笑みながら抱きしめ続けました。 マスターから叱咤されると、見放されると思っていたリリィは驚いた表情でマスターを見つめます。
「私、マスターの宝物を……あんなに大事にしていたのに……怒らないんですか、見放さないんですか?」
「______」
そんなことするもんかと笑いながらリリィの頭を撫でるマスター。 アルトリアも察したのか困ったように笑いながらリリィに近づきます、ジャンヌ・オルタはなんだか曖昧な表情をしてそっぽを向いていました。
「確かにトロフィーは残念ですが、なに、来年も取ればいいのです。 その代り貴女にも手伝っていただきますが」
「アルトリアさんまで……あいたっ……!?」
「それでも。貴女が罰を欲するというのならば、さきほどのデコピンが罰です。 王のデコピンですから貴重なのですよ?」
そういって微笑みながら食堂の席へと戻っていくアルトリア、ジャンヌ・リリィはデコがひりひりするのを感じながら、再度マスターへと問いかけます。
「
「_______大丈夫、君を一人にはさせないよ」
「……ぐすっ、なんで、でしょう、悲しくないのに、涙が……とまらないんです……どうしてでしょう、ぐすっ、うぁぁぁぁぁぁ!」
そのまままたマスターの胸の中で大声で泣き始めるジャンヌ・リリィ。 しかし今度は不安ではなく安心から出る涙のようでありました。 それを見てジャンヌ・オルタはやれやれと言った様な優しい表情でリリィを見つめていました。 泣きじゃくる中、リリィはやっと信じることができたのでした。
「______」
「別に、そこの騎士王とやり合いたかったから利用しただけよ。 それ以外なにもありません」
その後中々泣き止まないジャンヌ・リリィを膝の上に乗せながら、マスターはジャンヌ・オルタと話していました。 ジャックたちがいいなーとマスターの服をひっぱって自分もと催促しています。
「てっきり、アンタも顔を真っ赤にすると思ったんだけど、どうしてあんな疑いも無いような目で私を見てたわけ?」
「_______」
「信じてた。 ね、まったく馬鹿が付くほどお人好しよねアンタ……ありがとう……」
「______?」
「何も言っていません! というか、いい加減泣き止まなさいよ、自分の事みたいにみっともないじゃない!」
「ぐずっ……だって嬉しくて……」
「これは騎士王様のデコピンが痛すぎたかもしれないわね~マスターちょっと耳を拝借しますね」
「わ、私ですか……?」
アルトリアをからかう様にマタ・ハリは冗談を言いながら、女の子を泣き止ませる良い方法があるとマスターの耳元で話しかけました。 その内容にマスターはマタ・ハリに本当か尋ねますが、マタ・ハリは大丈夫とでも言う様に指で丸を作るだけです。 マスターはなんだか乗せられてるような気がしながら、リリィの顔を上げさせるとアルトリアがデコピンをしたところを指で撫でると、顔を近づけ______
「______っ」
「…………え?」
「……はい?」
「あぁーそれ私の子供達にもやってあげたことあるなぁー……」
「ふふふ、躊躇なくやる所もマスターの良い所よね」
再び食堂が静寂に包まれます。 突然のマスターのデコチューにマタ・ハリとブーディカの二名以外反応が遅れ、そして大爆発が起きました。
「いま、マスターさん私のおでこにキスを……うーん」
「んなななななな! 何やってんのアンタ!? ロリコン! 変態! 色欲魔人ーー!!」
「おかーさん、わたしたちにもー」
「私にも! ずるいのだわ! ずるいのだわ!」
「
「母は悲しいです……まさか本当に我が子が幼子に……これは早急に再教育を……」
「おでこにですか……たしかにそこになら毒も……」
「_______!!」
ジャンヌ・リリィは確かに泣き止みましたが顔を沸騰させて気絶し、オルタの方は顔を真っ赤にしながら旗でマスターの頭を叩きだし、二名の幼女がデコを広げてぴょんぴょんマスターの周りと飛び跳ね周り、二名のサーヴァントからは身以外の危険を感じる視線を受け、一名からは毒々しい視線を受けました。 男性サーヴァントは笑いながらその光景を見つめ酒の肴にしています。
何時もと変わらぬ、オチにマスターは溜息をつきながら今日も平和だと現実逃避をするしかありませんでした。
_________マスターの明日はどちらでしょうか?
ひぃー試験だったり、七章始まったり、四十度から下がらない熱引いてそれどころじゃなくなったりで、更新が遅くなってしまったー!! ケツァルさんかわいいー! ティアマトちゃんかわいー! だがラフム貴様は駄目じゃ、塵だけおいてけ。
今回は新入りのジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィちゃん編です。 熱でうなされながら書いていた所もあるのでどこかおかしい所もあるかもしれません。 許してください。
感想、誤字報告毎度ありがとうございます、貴方様達がもはや私の編集者だといっても過言ではありません。
今回は遅くなった分、すこし長めです。 ゆっくりと読んでいただけると嬉しく思います。
ではこれで。