誰も入り込まない山の奥地、まさに秘境の地にそれはあった。 日本人とローマ人なら無くてはならない物、身を清め、疲れを癒し、心を潤させる。 白い湯気に、風情のある光景。 酒があればなお良し。 そう、風呂である。
「いやぁ、レイシフトの帰りにこんなところがあるとは。 いいねぇ、オジサンこういう所大好き」
「んん~……良いお湯ですなァ! 良い、実に良い! 私の頭も冴え渡るようですムァスタアアア!!」
「この温泉もまたローマから生まれしもの……故にこの温泉もまたローマなのだ」
「■■■■■!」
「ちょっと人増えすぎじゃありませんかね? 一応トラップ張ってますけどね、獣とか来たらめんどくさいことに……」
「まぁ、日頃の疲れを癒すためにも、肩の荷を下ろしたらどうだね? ここにはバーサーカーもいる、獣も寄りつけないだろう」
そんな秘境の温泉にマスターとサーヴァント達が日々の疲れを癒すように浸かっていた。 中々の人数が入りに来ており、なかなかに賑やかである。
発端は、マスターが特異点になりそうな怪異を潰しにレイシフトした帰りの事だった。 元凶であったドラゴンを倒してみると、洞窟の奥から湯気が出ていることを発見したマスター達が探索してみると、そこには湯気立ち込める温泉が湧いていたのだ。 カルデアでは滅多に入ることのできない自然の温泉に興奮したマスターは、サーヴァントと共に柵を立て、脱衣所を立て、僅か三十分程度で風呂場を立ててしまった。 _ほぼスカサハのルーン魔術のおかげだが_ そしてせっかくなのでカルデアのサーヴァントたちも誘って疑似温泉旅行としゃれこむことにしたのである。
「______」
「なんだなんだ、オジサンよりオジサンぽくなっちゃってるじゃないの。 老け顔になってもしらないぞー」
ゆっくりと温泉に浸かりながら温泉の暖かさに思わず大きく息を吐くマスター、既にオジサンのヘクトールからオジサン呼ばわりされてもこの何とも言えない感覚には抗えないのだ。
「うぅむ……体から力が抜けるようだ、奇妙な感覚だが、うむ、悪くは無い! これで酌をしてくれる良い女でもいれば最高なのだが、柵の向こうとはなぁ……」
「アンタそればっかりだな……しかしこういうのも悪くねぇな。 あったけぇだけでここまで違うとな……」
「遠い赤枝の戦士たちとこのような……俺は幸せ者だ……所で我が王よ、なぜそんなお湯をすくったり、こぼしたりを繰り返しているのです?」
「いや、今度こそ失敗しないようにとね……」
ケルトの戦士たちも酒を持ち出し湯浴み酒と洒落こんでいる。 そんなケルトの戦士たちをじっと凝視するマスター。 なるほど良く見るとやはり皆一流の戦士、全く無駄のない戦いのための体つきをしている。 とくに目につくのがフェルグスである、体中に戦傷はあるものの背中には傷一つついていない。 まさに彼の体がその勇猛さの証明となっているのだ。
「なんだ、マスターそんなに見つめられると照れるぞ。 俺の愛に応えたくなったか?」
「______!!!」
それは勘弁だと必死に否定するマスター。 やめて顔を少し赤らめないで。
「ウオオオオオオオ!! フロオオオオオオオオ!!」
「止めないか騒々しい、しかしなるほど日本のテルマエとはこういった物か、どうだマスターここを担保に一儲けするつもりは」
「______」
「速攻で拒否とは、さすがはマスター。 私の扱いに慣れてきたようだな」
「……? 偉大なるカエサルの腹は水に浮く……水面に浮かぶひよこもまた同じ……つまり……?」
ローマ勢は公衆浴場などが文化に組み込まれていたこともあり、慣れた様子で温泉に浸かっている。 バーサーカーであるカリギュラも湯に浸かった途端に大人しくなり、なんだか考え事を始めている。 他にもスパルタクスやダレイオスも連れてきているが皆大人しく湯に浸かっている、温泉はバーサーカー特攻でもあるのであろうか?_ヘラクレスに至ってはタオルを頭に乗せて髪も湯に浸からないようにしている、何処出身だ貴方_
「ふふっ、楽しんでいるようだね。 どうだろうマスター、背中でも流そうか?」
「____!?」
と、後ろからマスターに寄り添ってきたのは、フランスのサーヴァント、シュヴァリエ・デオンである。 自己暗示スキルによって男にでも女にでもなれる彼、もとい彼女はマスターにとって、男女どちらの扱いにしてもなんだか距離が近くて困るサーヴァントであり、男の時も女の時もからかう様な仕草でマスターを惑わせる。 からかい上手のデオンさんなのだ。
「____!?」
「女湯に入ったんじゃなかったって? 失礼だな、私はこう見えてもれっきとした男だよ? 気になるのならほら、こっちを向いてみるといい……」
デオンの滑らかな肌が触れて、思わず心臓が高鳴るマスター。 男湯に入ってきているということは男なのだろうが、振り向いてもしデオンが女だったらどうしようという思いがあり、中々振り向けない。 デオンの方もそれが分かっているのか悪戯な笑みでもっと肌を密着させてくる。 やめて、フェルグスさんが何かを思いついた顔をしている。 止めて。
「ふふ、私はこのままでもいいけれど……うん?」
「あー! 此処にいた! 君はこっちだってば! 」
「え? な、なんだ! アストルフォ!?」
入口の方から体にタオルを巻いて入ってきたのはアストルフォである、男湯を見回してデオンを見つけると、捕まえて引きずるようにして連れて行ってしまう。
「僕たちには特別なお風呂が用意されているんだから! こっちこっち!」
「まて! 私はデオン風呂なんてものには入らないぞ! なんで私達だけ個室なんだ!! 可笑しいだろう!? せめてマスターかマリー様をぉぉぉぉ……」
デオンの声が遠ざかり、入り口の扉が閉まる。 いつの間にかデオン風呂と、アストルフォ風呂が出来ていたらしい。 助かったような残念なような、何とも言えない気持ちになりながらマスターはデオンが引きずられていった入り口を見続けていた。
「ふぅむマスターは美少年にも耐性が無いと見えるな。 よほどの堅物なのか、ただ手を出す勇気が無いだけか。 一つ転べば私のようになれたかもしれんが……」
ローマのプレイボーイが鼻を鳴らしながら言うが今のカエサルから言われても何も悔しくない、太る前のカエサルはそれは甘いマスクに細身の筋肉質の体でそれはもう惚れない女はいなかったとクレオパトラは言っていたが、今では団子と見分けがつかない体である。 時の流れは怖い _それでもクレオパトラは素敵だと言っていたが_
「そもそも、女を見慣れてないというのが可笑しい。 貴様は何処かの牢獄にでも繋がれていたのか?」
「____!」
「は? なに? 男子校? 何だそれは?」
「_____!」
「男子だけが許される学び舎? そこで生活? ……なるほど
「____?」
なんだか聞き覚えのない単語に首をかしげるマスター。 カエサルはなんだか納得した様子だが、なんだか可哀想な目でこちらを見ていた。 なんだかとんでもない勘違いをされている様な気がするので、あとでネロかマシュに聞いてみることにしたマスターであった。
「それよりもさ、マスターはどんな女の子が好みなわけ? いい加減決めないと暴動が起こりそうな気がするんだよね、オジサン」
「おーそれだな、いい加減坊主にも女の一人や二人覚えさせとかないとな」
「いい加減ほっといてやれよアンタ方……それでマスターにロリコン疑惑が付いてヤバいことになったこと覚えてないんすか……」
「僕はアビジャクかな?」
「無論、余はシータだ!」
「ディアナ……ネロ……」
ふとマスターが周りを見ると、騒ぎを聞きつけたサーヴァントたちがマスターを囲むように集まってきて、いつの間にかそれぞれの好みのタイプを議論し合う場になっていた。 かのテルマエでは哲学を語り合う場としても使われていたらしいが、こんな高校生が修学旅行で語り合う恋話のような議論になるとはさすが日本の温泉、テルマエとは違う意味で一歩先を進んでいた。
「やはり私は年下でしょうか、精神的にではなく肉体的に」
「拙者は~やっぱりロリロリで~つるぺたな~BBAと真逆の様な~」
「クリスティーヌ……」
「んで、坊主の好みは何なんだ?」
「______可愛い娘なら誰でも好きだよ、オレは」
死んだ魚の様な目でぽつりと漏らすマスター、傍にいたエミヤが思わずずっこけてしまう。
「待て待て待て! なぜそこで私のセリフを出すんだ!?」
「まぁ確かにここは美人が勢ぞろいだもんな……あの清姫とかいう嬢ちゃんはどうだ?」
「_____」
「ストーカー癖が無ければいい子か……私が言えた義理ではないが女運が悪すぎやしないかね? 」
「と、いうかまともな女の方が少ない気がするがな……」
「マスター! 女性には気を付けるべきなのです! でなければ私のように……」
「____イケメンは黙っとれ_____」
「マスター!?」
カルデアの女子たちの話題で騒がしくなっていく男たち、何処の国、どんな時代になっても男という物は変わらないものらしい。
こちらは塀の向こうの女湯。 男子たちと同じように、大勢の女性サーヴァントたちが湯浴みに訪れていた。 見よ、この桃源郷を、幼いから妙齢まで、可愛いから美しいまで、大きいから小さいまですべてが揃っている。 これを天国と言わずしてなんと言うか、しかし注意せよ、一つ覗こうと思えば直感スキルを持ったサーヴァントが察知し、三秒で迎撃されあの世行きである。
「う~ん、久しぶりの露天風呂! 前回は無人島で入ったきりでしたから、ゆったりと日頃の疲れを癒すとしますか……うーん尻尾もだらんとなっちゃいますね~」
「うむ! 余のテルマエとはまた違った趣! マスターも後で誉めてやろう、余は嬉しい!」
「ちょっとジャック! 動いたら髪が洗えないでしょう!」
「ナーサリー洗うの下手ー」
「風呂ですか、なんだか懐かしく感じます……ところで槍の私よそれは重たくないのですか? 」
「重たくはありませんが、邪魔ではありますね。 剣の私を羨ましく思います、そちらの方が戦いやすいでしょう」
「光を飲め……エクスカリバー……」
「わー!? 黒いアルトリアさん!? こんなところで撃っちゃダメー! クロも止めてぇー!!」
こちらも男湯と変わらないくらい賑やかであった。 フランケンシュタインの漏電が心配されたりもしたが、ほとんどのサーヴァントが入浴できている状態である。 それぞれ一緒に湯浴み酒を楽しんだり、乙女の話に花を咲かせたり、背中の洗いっこに憧れたマリーに付き合って輪になって背中を洗い合っていたりしていた。
「あら……虫風情がなんでこんなところにいるのかしら。虫が我が子と一緒の湯に入るなんて汚らわしい」
「ほうかほうか、その虫風情はその旦那はんから誘われたんやけどなぁ……一緒に入るか? 言うと顔を真っ赤にしてはってなぁ、愛いこと愛いこと、ほんまかなわへんよなぁ……」
「……私も誘われました。 一緒に入るかと誘うと顔を真っ赤にして走っていってしまいましたが……金時も……」
「ほーん、それって顔を真っ青にしての間違うちゃう? 牛女は人の心が分からへんさかい」
「……虫が潰されたいのならそういえば良いのですよ?」
「ふふふ、見よこの団子を……中身が餡子ではなくちょこなのだ! マスターと白髪の日本人に作らせた特注の団子よ……ふふ、彼奴もたまにはやくにたぬおおおおおおお!?」
が、一部は一触即発の雰囲気を醸し出しており、その字の通り濃い殺気を放っている二人の間に居た茨木が団子を触った途端団子が破裂していた。
「ふう、たまにはこんな風に皆さんと一緒にお風呂に入るのも、良い物ですね……先輩はどうしているでしょうか?」
「ふぅ、
塀の近くでゆっくりと温泉に浸かっている清姫とマシュ、マスター関連では襲う方と守る方で対立している二人だが、平時ではお互いに食事に誘い合ったり、お茶をしたりと仲の良い友人同士である。
「男湯の皆さんも盛り上がっているみたいですね、先ほどから賑やかな声が聞こえてきます」
「殿方というのは、集まると子供に返ってしまわれますからね。 子供っぽい
「ええ、不思議ですね、みなさん英雄といわれている人達なんですが。 ふふっ」
笑い合う二人、男の子供心が何時まで経っても変わらない様に、女の笑顔の美しさもまた変わらないものである。
「……じゃあ清姫の嬢ちゃんは悪くは思ってねぇわけだ」
「……_____」
「あら?」
塀の向こうから自分のことを言われていると気付いた清姫は、耳を澄ましてみる。 自分がいないところでとやかく言われるのは嫌いなのだが、マスターが自分の事を言っているのなら話は別である。
「______」
「まぁ、確かにマスターの言う通り、美人で気配りも出来るが……マスターの安全引き換えと言われたらな……」
「_____」
「まぁ……まぁまぁ!」
それを含めても良い女の子だというマスターの言葉に頬を染めて嬉しがる清姫。 普段逃げられてばかりのマスターがそんなことを思っていたとは、これはもはや遠回しの告白ではないかと思い始めている。
「そんな
「むぅ……」
恍惚の表情の清姫だが、なんだか面白くないのはマシュである。 自分でもよくわからないモヤモヤとした感情がマシュの胸で渦巻いて、清姫を羨ましく思う感情と混ざり合う。
「じゃあマシュの嬢ちゃんはどうだ?」
「______?」
「あっ……」
自分の名前が上がったことに胸が高鳴るマシュ。 いつも期待に応える様に努力してきたが、自分の先輩は自分の事をどう思っているのだろうか。 足手まといに思われていないだろうか。 様々な不安と期待がマシュの頭の中を駆け巡る。
「_____……」
「うん? そんな目では見れないと? 意外だなてっきり君は……」
「そう、ですよね……」
そんな目では見れない。 その言葉にマシュは心は深く沈んだ。 それはそうだ、自分は周りの女性の様な魅力もない、自分のマスターが見向きもしないのは当然だとそう思いながらお湯に顔を沈める。 それでも、少しぐらい期待したってよかったはずだ、マシュは誰にも聞かれないようにお湯の中で溜息をつく。
「________」
「大切な、後輩か……」
「……えっ?」
大切な後輩。 そうマスターは続けた。 驚いた様にマシュは顔を上げる。
「_________」
「……そういうのは、本人の前で言いたまえ」
「だな。 マシュの嬢ちゃんも喜ぶぞ」
「……先輩」
その後もマスターはマシュの活躍や、マシュがいなければできなかったことをサーヴァントに話した。 マシュが居てくれたから、マシュが頑張ってくれたから、と嬉しそうにそれを話すマスターはまるで無邪気の少年の様で、それを遠くで聞いているマシュは恥ずかしいが、とても誇らしく思えた。 先輩が自分を誇りに思っていてくれている、その思いだけで先ほどまで沈んでいた心が天にも浮かぶようであった。
「マシュさんが羨ましいです」
「いえ、でも私は……」
「だって、あんなにますたぁから思われているんですもの。 妬けてしまいます」
妬いているという割には穏やかな表情でマシュを見る清姫。 いくら同じ人に恋する乙女でも仲の良い友人の沈んだ表情を見るのは清姫だって辛いのである。
「ですが! 私は
「せ、先輩はお嫁にしたいんじゃなくて良いお嫁さんになると言っただけです!」
しかしそれはそれ。 清姫だって友人のために思い人をあきらめることはしない。 タオルが外れるのも構わず勢いよく立ち上がりマシュに指をさした。
「
「そ、そもそも先輩は清姫さんの物はありませんし、わ……渡しません!」
マシュもつられて立ち上がる。 この気持ちがどんなものかは分からないが、清姫には渡したくないのだけは分かる。 二人は胸がくっつきあう距離まで接近して目を合わせる。
「ふふっ、負けませんよ? ふふっ……」
「こちらだって負けません! ふふふっ……」
そしてお互いに堂々と宣言した後に笑い合う。これで立派なライバル、マスターがどちらを選んでも恨みっこなしである。 二人は前よりも固い絆を作って、この話はおしまい……となればよかったのだが。
「何を怒っているのですか黒い剣の私!? 私はただそちらの方が動きやすいので羨ましいと言っただけでは……」
「モルガーン!!」
「あら?」
「はい?」
向こうからアルトリア・オルタが放った黒い極光が堀に激突する。 スカサハがルーンで作った堀であるが、さすがにエクスカリバーの光には耐えられない。 よって、堀の一部が破壊され、ゆっくりと男湯側に倒れた。 結果____
「_____?」
「……はい?」
「……え、えっと」
マスターとマシュ達が、対面することになった。 マシュと清姫は先ほどの出来事でタオルを外しており、またマスターも男だけの温泉に浸かっていたのでタオルは外していた。
よって、三人とも一糸纏わぬ姿であり……
「きゃああああああああああああ!!」
三人の悲鳴と歓声と叫び声が風呂場を満たすことになった。
_______三人の明日はどっちだ。
ごめんなさい、イベントが……イベントがしたくて急ぎ足で話を終わらせてしまいました。
だってジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィが可愛いんだもん……あれ?ジャンヌ・サンタ・オルタ・リリィだっけ?
とりあえず、今回は温泉と感想でありましたマスターの好み問答を少し入れたお話となっております。 急ぎ足で終わらせたので話がかみ合って無かったりしますが、許してください。 報告いただきましたらちゃんと改訂いたします……
次の外伝は誰が良いですかね……?
感想コメントありがとうございます。 日々の燃料になっています。 本当にありがとうございます。
誤字報告も毎度毎度申し訳ございません。 精進致します……
それでは今回も楽しんで読んでいただけると光栄でございます。