蓋を開けると、良い匂いが周囲を満たした。 中には肉やら野菜やらが詰まっており、まるで箸でよそわれ、その口に入れられるのを待っているかのように浮いている。
寒いときにはこれ、家族、友人、一人より二人、二人より大勢。 食事だけではなく皆で温まることにも特化した料理。 鍋である。
おなじみエミヤ率いるお母さんズが率いるカルデア食堂では、今日はお鍋デーであった。 エミヤプロデュースのジャパニーズ鍋料理である。
そしてその中でも周りの目を引くグループがあった。
「なるほど、これがニッポンの鍋……スープとはまた違うのですね……潰したポテトは入れなくても良かったのですか?」
「やめなさいガウェイン卿、既に具材は煮込まれている。 追加の食材はまず食べ終わってから入れるのだ」
「トリスタン、まだ食前の祈りも済んでいないのですから。 その器を食卓に置きなさい。 箸もです」
「私は悲しい……なぜベディヴィエール卿は私の行動を先読みしてくるのでしょう……」
「日本の料理なんだしよ、手を合わせて頂きますで良くねぇか? オレ、アレずっと待つのめんどくさいんだよなぁ……」
「確かにモードレッドさんの言うことも分かりますが……ランスロット卿どちらを御向きで? あちらは鍋ではなく調理しているブーティカさんでは?」
「さ、さぁ! 頂こうではないか! 手を合わせて頂きますで宜しいのですか? マスター?」
「_______!」
丸型テーブルに座っているのは、かのアーサー王伝説出てくる騎士たち、
「うむ、なるほど。 確かに旨い。 王が日本食を贔屓する理由も分かるな……」
「確かに濃過ぎもせず、薄すぎもせず……なるほどこれは中々……」
「野菜も味が染みてて美味ですね……」
「私は悲しい……なぜベディ卿は私が取ろうとした野菜をすべて持っていくのか……」
「マスター、その肉オレにくれよ!」
「モードレッドさん、お肉はまだおかわりがありますから……」
マスターに合わせて各々が手を合わせて頂きますをした後、皆が箸を進めていく。 さすがカルデアの誇るオカン、すこぶる好評である。 有名なシェフ百人とメル友というのも冗談ではないのかもしれない。 味が染みた野菜を食べながらマスターはそう思った。
今回の円卓との食事はマシュが提案したものである。 折角再会できたのだから当時の諍いなど関係なく昔のように食を囲むのはどうかというなんだかマシュらしい提案であった。 アルトリアは自分がいると皆畏まってしまうという理由で辞退してしまい、今はセイバー顔超決戦首がポロるよ~私以外のセイバー死ね~大鍋早食い対決! で食事をしている。 無論担当はエミヤである。
「なるほど……これは肉をミンチにして丸めているのですね……なるほど私のマッシュに近い所があります……丸めた野菜は無いのですか?」
「お前肉食わないのになんでそんな筋肉あるんだよ……おっ肉見っけ! うーん、やっぱ肉だよなぁ!」
「モードレッド卿、野菜もお食べないと体に悪いですよ」
「サーヴァントが体を悪くするもんかよ! さっさと食わねぇとお前の分まで食っちまうぞ」
「私は悲しい……モードレッド卿にまで横取りをされるとは……」
「______!」
「私は嬉しい……あと美味しい……ありがとうございます、マスターはお優しいですね……」
「ま、マシュ。 良かったら私の肉を」
「いりません。 先輩、お豆腐がいい感じに染みてますよ。 良かったらどうぞ」
ブーティカさんの「ご飯の時ぐらいは鎧を脱ぎなさい!」というお叱りの元、この場では皆が鎧を脱いでおり、軽装の状態である。 ここカルデアでは生涯その兜を取らなかったというモードレッドも兜を取って過ごしているので、王以外の円卓の騎士たちは大いに驚いた。 トリスタンとランスロットは禁句を口に出してしまい、マスターから止められるまでクラレント片手に追い回すという事態が起きた、片方が円卓最強の騎士なのでなんなくいなしてはいたが。
「しかし、またこのようにして食を囲めるとは思いませんでした。 英霊として召喚されても戦い合う身だと思っていましたから」
「そうだな、卿達とまたこのように食事ができるのは正に奇跡としかいいようがない」
ガウェイン達の頭に昔の光景がよぎる、木漏れ日の中、王に忠誠を誓い、共に語り合い、励みあった仲間たちとの記憶。 この身はすでに死すともこの輝かしい記憶だけは魂に刻まれている。 結末があんなことになってしまったとしても、それを無いことにしてしまうことはその輝かしい記憶達もなかったことにしてしまうということ。 それだけは自らの魂にかけて阻止しなければいけない、だからマスターの召喚に答え、魔術王との戦いに加わっているのだ。 今はみんなで鍋囲んでるけど。
「それと、具材が少なくなってきたことですし。 入れますか? マッシュしたジャガイモと人参の団子」
「いや、それは次の機会にお願いしよう……というかいつの間に作ったのだ」
それとガウェイン卿の潰してきた野菜の記憶も無かったことにしてはいけない。
「あー! マスター、それオレが狙ってた肉団子だぞー略奪だー反逆するぞー」
「いい加減にしないか、子供みたいに具材を取られたぐらいでいちいち……トリスタン卿、いま私の器から肉を盗らなかったか?」
「おお、
「嘘をつけ! 口がもごもご言ってるではないか!」
「_____……」
まぁまぁとランスロットとトリスタンを落ち着かせながら自分の肉団子をモードレッドまで持っていくマスター、器にではなくそのままモードレッドの口にまで持っていくあたりトリスタン達を笑えないように思えるが、こっちは天然である。 つまり余計性質が悪い。
「おまっ、そういう事をするから……ったく……あーむ!」
呆れたような表情と照れている様な表情を混ぜ合わせたような顔をしながら肉団子を頬張るモードレッド。 ぶつぶつと小言を言っているがなんだか嬉しそうでもある。
「これは驚いた。 あのモードレッドが……マスターはサー・アグラヴェイン並にじゃじゃ馬の手綱を握るのが得意なのですね……」
「誰がじゃじゃ馬だ! ぶった切るぞ!」
「先輩、私も肉団子を……その……」
「_____……」
「え、もう無い? そう、ですか……」
「ならばマシュ、私の肉団子をとりたま」
「いりません」
なんだか少し不機嫌なマシュ。 ほーらこうなったと言わんばかりのモードレッドと、ハートが壊れそうな円卓最強の騎士、それを苦笑しながら見ているベディヴィエール。 その隙に具材を集め始めているトリスタン。 お堅い職場でも和気藹々というか、フリーダムな空間になるのも鍋の魅力だろうか。 そのまま騒がしく鍋の時間は流れて行った。
だが、鍋の具材も尽きてくる頃に事件は起こった。
「お、ロールキャベツっていうんだろこれ、おもしれーな。 へへっもーらぃい!?」
モードレッドが鍋に残っていたロールキャベツを取ろうと箸を伸ばした瞬間、そのキャベツを三膳の箸が同時に掴んだ。
「ん?」
「おや?」
「おお……?」
見ればモードレッドのほかに三人の騎士がロールキャベツを掴んでいる。 どうやら皆それを狙っていたらしく、離す様子は無い。
「おい、誰の物に手ぇつけてんだ?」
「無論私のキャベツだ、貴様の物ではない」
「いいえ、サー・ランスロットそれは私のロールキャベツです。 十五分前から目を付けていました。 因みにキャベツだけいただきます、あとは好きにどうぞ!」
「じゃあ普通にキャベツだけ食ってろよ!」
「ああ……私は悲しい……そのロールは私のキャベツです……十六分から目を付けていましたから」
騎士道精神は何処に行ったと言いたいような連中であるが、今は無礼講。 引いたものから飢えるのみである。 後トリスタンが妙にせこい。
「皆さん、騎士道精神をお忘れですか。 そういった物は分け合うものと」
「うるせぇ、草食系男女!」
「おん……っ!? 訂正しなさいモードレッド卿! 私は身長百八十以上ありますし声も低音です! 何処かのインドの王子と一緒にしないでいただきたい!」
あの温厚なベディヴィエールが声を荒らげる。 以前なんだか得体のしれない髭から女物の服を薦められて以来、彼にそういった話は円卓内ではタブーであった。 因みにその服は髭と一緒にデッドエンドったらしい。 南無。
「そのロールキャベツは争いの根源! 私が処理します!」
「あぁ、円卓の良心であるベディ先輩まで……どうしましょう……」
「________?」
お鍋のしめは何にしようかといって厨房へと自分の器を持ちながら向かうマスター、どうやら巻き込まれたくないらしい。 マシュも慌ててついていった。
「______
「あっ手前ェ! 宝具はずりぃぞ!」
ランスロットのナイト・オブ・オーナーによって宝具化した箸が三人の箸を巧みにはじき、ロールキャベツを持ちあげた。 そのままランスロットの器へ入れようとするが________
「ぬんぬんぬんぬんぬんぬん!!」
「オラオラオラオラオラオラ!!」
流石は円卓の騎士、諦めずガウェインとモードレッドは目にも留まらぬ速さでキャベツを掴もうと箸を伸ばす。
「くっ……だがまだまだ!」
しかしランスロットも円卓最強と謳われた騎士、その二人を相手取りながら獲物を簡単には渡そうとはしない。
結果、ロールキャベツが空中で浮かんでいるように見えるくらいにその攻防戦は激しさを増していく。
「確かに二人がかりは少し厳しいが、私が何の考えも無しに
「なにっ!」
ガウェインの箸にひびが入り始める、モードレッドの箸はすでに一本が破損している状態だ。
「まさかランスロット卿! 初めからこれが狙いでしたか!」
「今更気づいても遅い、ぬん!」
そう、ランスロットは獲物を取るために宝具を使ったわけはない。 相手の
「この戦い、私の勝利だ______何!?」
そう確信した瞬間、ランスロットの箸が二つに折れた。 ロールキャベツが下へと落ちていく。 そしてその先には________
「おお……わひゃふぃはかなふぃ……このひょうなけちゅまふゅになるなど……」
最早何を言ってるか分からないトリスタンがスライディングでロールキャベツの落下地点に口を開けたまま待機していた。 足にはフェイルノートがあり、それでランスロットの箸を真っ二つにしたのだ。 それでいいのかフェイルノート。 というかアツアツのロールキャベツは中々に一口で食べるのは厳しいと思うのだが。
「______取りました。 そこまでです」
伏兵は油断している敵に特に有効である。 トリスタンの口にロールキャベツが入ろうと落下してきたところを銀の腕が掴んだ。 ベディヴィエールである。
「まったく、円卓の騎士たるものがロールキャベツ一つに争ってどうするのです。 此処は正々堂々とじゃんけんかなんか……どうしました?」
平和的に解決しようとしたベディヴィエールであったが、自分の銀の腕の性能に気付いていないらしく、キャベツが自分の腕で焼き焦がれていることに気付いていなかった。 その結果……
「
「
「
怒りに燃えた三人が宝具を開帳していく、突然の宝具の使用にマスターの体の力が抜けてマシュに倒れ込む。
「ちょ、ちょっと待ってください! 宝具はさすがにやり過ぎでしょう!? トリスタンからも何か……」
「……スヤァ」
「寝ている!? 待ってください話せばわかります!」
「知るかー!!」
異口同音の三人の叫びが響き、食堂に光が満ちた。
「まったく貴方達は何をしているのですか!」
鍋とは時に人を暴走させてしまう呪いがかけられている。 時々そうエミヤ先輩はニヒルな笑みをこぼしながらそう言っていた。 なるほどその通りかもしれない。
半壊した食堂で、アルトリアから説教を受けている円卓の騎士四人を見ていると心からそう思うマスターであった。 ちなみに説教はアルトリアシリーズが出向いた豪華マンツーマンのお説教である。 一番きついのはリリィである。 なんだか泣きそうになりながらお説教されると心が壊れそうになるのだ。
「まったく、なんだこの有様は……おいマスター無事か?」
ラムレイに乗りながら、厨房へと入っていくアルトリアのランサーオルタナティブ。 なんだかんだで様子見が良いのがオルタさん達である。
「いるなら返事______おぉ……」
「あ、いや! 違うのです! これは事故で……」
厨房で見たのはマシュを抑え込みその胸に頭を埋めているマスター。 どう見ても事案であった。
「ふむ……まぁギルティだろうな」
ランサーオルタの槍がゆっくりと回転を始める。
「ま、待ってください! 本当に事故なんです! ま、マスターも早く起きてください!」
だがマスターは意識が朦朧としたままマシュの胸から動かない。 というか動けない。
「せ、先輩ーー!!」
マシュの声が厨房に響く。 翌日有様をみたエミヤが絶望しかけるのだが、それはまた別のお話。
______マスターの明日はどっちだ?
結構ネタで話に上がっていた、円卓の話なのですが。 あまり伝承をしらないこともあり、中々キャラにぶれが出ていると思います。 許してください。 あとオチも雑です許してください。
てか皆ウチのカルデアに来てくれてないんだよ!!(血涙) 許して。
ベディが180以上あると知って驚いた思い出。 でも美人だよね。
感想やネタを書いていただいている皆様いつもありがとうございます。 本当に励みになります。
誤字脱字の報告をしていただいている皆様。本当にお世話をおかけしています。 評価を貰えているのは貴方様がたのおかげでございます。 ありがとうございます。
こんな話がみたいなどリクエストやネタがあったらどしどし感想などに書いていってください。 出来る限り書いていきたいです。
追記 うん、ガウェインがね。 ベジタリアンだってこと忘れてました。 少し文章変えております。 申し訳ねェ……