ギルモア・レポート 黒い幽霊団の実態   作:ヤン・ヒューリック

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第二章 アイザック・ギルモア 後編

悪魔のささやきと共にギルモア博士はブラックゴーストに足を踏み入れた。そこで彼が最初に抱いた印象は「楽園」であったという。

 

「当時、冷戦期であり、まだWW2が過去の話にするには重すぎた時代とは思えないほど、ブラックゴーストにはさまざまな国からスカウトを受けた科学者達がいた。彼らは祖国同士が敵となっても、親友、あるいは恋人となりそのまま生活を送っていた」

 

当時のブラックゴーストをギルモア博士はそう評価していた。大祖国戦争において、家族を皆殺しにされたロシア人の男性科学者と、ベルリン占領で家族を皆殺しにされたあげく強姦された女性科学者がそうした恩讐を乗り越えてカップルになるなどのケースがあったという。

 

故にアインザッツグルッペンにて悪名を轟かせたブラウン博士が研究を行う中で、誰一人として彼に反抗する者が居なかったそうである。

 

「時には議論が加熱し、口論となることもあったが、それでも結局は皆同じ研究者として協力していた」

 

少々懐かしげな顔になりながら、ギルモア博士はその時の光景について語ってくれた。

 

世界中が冷戦という緊張した空間に生きている中で、ブラックゴーストという組織は国家という枠組みを超越し、人種に問わない人材収集を行っていた。

 

後にミュートスサイボーグをガイア博士と共に開発した、南アフリカ出身の生化学者であるロア・ウラノス博士は自国での黒人差別に耐えきれなかったことでブラックゴーストへと参加したという。

 

先進国出身でありながらも、地位や名誉を失った科学者や、発展途上国出身で自国に見切りをつけた科学者など、どこか社会のレールから逸脱した共通点を持つ科学者達を集めたことも、この結束力の高さを物語っている。

 

当時としてはある意味理想郷たり得る組織とも思えるほどであり、どこがブラックなのかが分からないほどであるが、次第にギルモア博士は彼らの暗黒面を知ることになる。

 

当時サイボーグ研究と共に行われていた「ミュータント計画」と呼ばれる研究と、その部門の最高責任者であった男、自らの息子を実験体とした狂気の科学者。

 

ガモ・ウイスキーとの出会いが待っていた。

 

 

ミュータント。英語にて「突然変異体」を意味する言葉ではあるが、現在の安全保障関連においては超能力者のことを意味している。

 

超能力の定義については今回のレポートの対象ではないので深入りは避けるが、冷戦期においては超能力兵士の研究が大まじめに行われていた。

 

ほとんどが空想科学、眉唾な疑似科学として扱われていることがほとんどであり、成功に至ったケースは現在のところ確認されていない。

 

だがそれはあくまで表向きの話であり、非公式ではあるが超能力兵士が実践投入され、相応の戦果を出している。

 

ブラックゴーストはサイボーグ戦士製造計画と同時に、超能力者を人工的に生み出す「ミュータント計画」を実行していた。

 

ブラックゴーストが特に執心だったのは当時の研究レベルでは未開の領域であった脳の研究である。

 

当時の医学では、脳の研究、シナプスなどの神経系の研究は進んでおらず、これらの分野においてはさまざまな憶測が飛び交っており、お世辞にも実証された研究が行われてはおらず、極めて間接的な実験や観察が行われていた。

 

最大の理由として、当時には磁気共鳴断層撮影装置、MRIのように生きた人間の脳をリアルタイムに解析できるだけの装置が存在せず、臨床的な実験を行うには生きた人間の脳そのものを解剖する以外に方法が無かった。

 

だが、ブラックゴーストはそうした倫理に囚われるような組織ではない。科学者達を世界中からスカウトした手段よりも、もっと単純な手段、拉致や人身売買などの手段により政情不安な国家、あるいは戦場などよりモルモットとされた人間をかき集め、彼らの生きた脳をそのまま実験に使うことで最先端の研究を行っていた。

 

「ブラックゴーストでは人間の脳、シナプスの研究として利用されるモデル生物であるヤリイカが存在しなかった。当時の研究者はヤリイカを使うことでシナプスの研究を行っていたが、私はこれだけの技術を持ったブラックゴーストが何故ヤリイカを使わないのか疑問に思ったことがある。

だが、それを必要としないのは当然だろう。ヤリイカなどよりもよっぽど研究を行うにふさわしい材料が豊富にあるのだから」

 

それまでどこか懐かしげに語っていたギルモア博士は、表情を曇らせながらそう呟いていた。

 

だが彼らがこうした研究を行っていく中で徐々にブラックゴーストでは脳に対するアプローチ、脳の研究成果において、現在の科学水準よりも上を行っていたことが確認出来ている。

 

そうした仮定の中で、ブラックゴーストは脳研究を行い、超能力兵士を育成するべく一人の男をスカウトした。

 

00ナンバーサイボーグ、001ことイワン・ウイスキー氏の父親であり、当時の脳医学の権威とまで言われたガモ・ウイスキー教授である。

 

そして彼は従来の人間とは違う突然変異体、すなわちミュータントを生み出すことを提唱したのであった。


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