ギルモア・レポート 黒い幽霊団の実態   作:ヤン・ヒューリック

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第一章 アイザック・ギルモア 前編

「未来は平等に訪れない。その言葉と共に見せられた人工心臓に、私は彼らの元に行く決意をした」

 

目の前にいる老人は悲痛な思いでそう呟いた。

 

ギルモア財団の代表にして、生物工学、ならびに機械工学の権威であるアイザック・ギルモア博士との対談に成功した我々は、改めてブラックゴーストという組織が果たして何者であるかを解析していくこととした。

 

アイザック・ギルモア博士はユダヤ系ロシア人であり、二十歳にしてソ連科学アカデミーに在籍していた天才的な生物工学者であった。

 

彼と共に00ナンバーサイボーグ達が、彼らよりも優れたサイボーグやロボット、そして兵器群に勝利できたのは一重にかの人物の存在によることが大であるが、それは今ここで語るべき内容ではないので改めて解説させて頂く。

 

新進気鋭の青年科学者としてアカデミーの中でも注目を集めており、画期的な人工臓器を開発していたが、副書記長の人工心臓移植手術に失敗、要人を死なせたことで地位も名誉も失われたところで彼はある人物からの勧誘を受けた。

 

それがアイザック・ギルモア博士と黒い幽霊団との最初の出会いであったという。

 

「当時私は自らの研究とその結果、特に自作した人工臓器に対して絶対的な自信を持っていた。それが無惨に失敗し、意気消沈している時に彼はそれを見透かしたかのようにやってきた」

 

当時の光景をギルモア博士はこう語る。エリートとしての地位が失墜したその隙を見計らい、どこか小馬鹿にするような物言いをする老人は、その口調とは裏腹に、まるで適当に書いたメモ用紙を見せるかのように一枚の紙をギルモア青年に見せたという。

 

「あれは当時の医学、というよりも機械工学、生物工学を含めた総合的な科学が生み出したとしか思えないほど、画期的な人工心臓だった。私が自信を持って作った人工心臓は、それに比べればまさしく子供のおもちゃに過ぎなかった」

 

老人が差し出したのはある人工心臓の設計図であった。そしてそれは、あまりにも雄弁に、そして明確に当時の科学水準を超えた何かが作り出したというしかないほどの出来だったという。

 

「あの時のことは今でも思い出せる。仕組み、素材、そして何よりも発想が違っていた。そしてそれはソ連は無論のこと、アメリカですら生み出せない代物であった」

 

その設計図を当時のギルモア博士に見せたのは、ドイツ出身の生物工学者、ロベルト・ブラウン博士であった。

 

当時、ブラウン博士は飛行機の爆発事故にて死亡したという報告が、ドイツ憲法擁護庁ならびにBNDにて確認されている公式見解である。

 

ブラウン博士は生物工学、特に手や足、そして臓器の人工代替技術の第一人者であったが、同時に彼はユダヤ人狩り、スラブ人狩りをやっていた悪名高いアインザッツグルッペンに所属しており、ナチとも関連深い人物であり、死の天使と呼ばれたかのヨーゼフ・メンゲレ博士と双璧を成す危険人物でもあった。

 

彼の研究成果はいずれも突出して優れていたが、そのほとんどが現在ではユダヤ人狩り、スラブ人狩りによる果て無き人体実験によることが確認されている。

 

故にかのアドルフ・アイヒマンと同じくイスラエルからは執拗に狙われており、この飛行機事故に関してはユダヤ過激派、もしくはモサドの手によるものではないかという推測が出ている。

 

本筋に戻るが、彼が見せた人工心臓は悪魔の実験によって生み出された代物であるが、同時にそれだけではない豊富な資金と人員、すなわち国家的な組織によって作り出されたものであった。

 

「未来は平等に訪れるものではない。ガガーリンは宇宙から地球を見ているが、この国では車すら知らない国民がいる。未来とは豊富な資金と技術がある場所に真っ先に訪れるものだ」

 

ブラウンはそうつぶやき、アカデミー、というよりもソ連という国家に身の置き場所を無くした青年に改めてこう言ったという。

 

「君もその未来を見てみないか?」

 

選択肢など無い当時のギルモア博士にとって、それはある意味救いの声であったであろう。だが、彼は同時にその時の選択についてこのように述べている。

 

「あれはまさしく悪魔のささやきであった」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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