今、頭の中で『真夜中のオーケストラ』が流れてる・・・
俺達が家に戻ると、万理華さんが布団から身体を起こしていた。その周囲で、一織姉達が心配そうな表情で見つめている。
「万理華さん・・・」
「・・・七瀬か」
力なく笑う万理華さん。
「無事で良かった・・・」
「一番無事じゃない人が何言ってんの」
万理華さんの側に座る俺。
「身体はどう?」
「一織のおかげで何ともないさ。ありがとう、一織」
「良かった」
笑顔を見せる一織姉。一方、万理華さんの表情は冴えなかった。
「・・・すまなかったな」
「え・・・?」
「零香が言っていただろう。私は・・・嘘で塗り固められた存在なんだ」
俯く万理華さん。
「私は・・・お前達の伯母なんかじゃない。千里の姉なんかじゃない。私は・・・星野家の人間じゃないんだよ」
「・・・どういうことか、説明してくれる?」
俺は万理華さんの背中に手を添えた。
「正直俺は、まだ何が何だか分からなくて・・・ちゃんと事実を聞いた上で、しっかり判断したいんだ。だから・・・これまでのことを教えてほしい」
「・・・分かった」
溜め息をつく万理華さん。そしてポツリポツリと語り出した。
「私はな・・・昔の記憶が一切無いんだ。いわゆる記憶喪失ってやつだな」
「ッ!?」
息を呑む俺達。万理華さんが・・・記憶喪失・・・?
「気がついた時、私は山の中で倒れていた。そこを通りかかった千里と百愛に発見されて、私はこの家へと連れてこられた」
淡々と語る万理華さん。
「二人は私を手当てしてくれた。だが、その過程で分かってしまったんだ・・・私が妊娠しているということを」
「まさか・・・それが零香お姉ちゃん・・・?」
「あぁ」
四糸乃姉の言葉に、万理華さんが頷く。
「最悪なことに、私はそれまでの記憶を一切無くしているからな・・・自分の名前や家族、今まで何処で生活してきたか・・・何も思い出すことができなかった。当然、お腹の中の赤ん坊の父親のことも。だから私は未だに、零香の父親を知らないんだ」
父親不明、か・・・万理華さんが記憶を失っている以上、探し出すことは出来そうにないよな・・・
「行く当ても帰る当ても無い私は、千里と百愛の厚意でここに住むことになった。『星野万理華』という名前をもらい、やがて零香を産んだ。私は二人に頼んで、零香を二人の子供として育ててもらうことにした」
「どうして・・・?」
十萌の疑問に、万理華さんが苦笑する。
「父親が誰か分からない・・・そんな事実、零香には口が裂けても言えないと思ったからだ。辛い気持ちにさせてしまうだろうし、何より・・・母親の方も本名じゃないしな。それなら、二人の子供として育った方が幸せだと思ったのさ」
「万理華さん・・・」
万理華さんなりに零香姉の幸せを願って、零香姉を二人に託したのか・・・
「そこからは穏やかな暮らしが続いたよ。千里と百愛の間には、一織・二葉・三咲・四糸乃・五和・六月が生まれた。零香も二人の子供としてすくすく育ち、妹達の面倒を見てくれるいい姉になった。私は千里の姉・・・お前達の伯母ということにしてもらい、お前達の成長を見守っていた。だが・・・」
万理華さんの表情が歪む。
「五和と六月が生まれて一年ほど経ったあたりから・・・私はまた記憶が無いんだ」
「え・・・?」
「・・・万理華さん、急に姿を消してしまったの」
困惑する俺に、一織姉が説明してくれる。
「『少し家を空けるけど、心配しないでくれ』っていう書き置きを残して、ある日突然いなくなってしまったのよ。それから一年以上、万理華さんは帰ってこなかったわ」
「一年以上も・・・?」
それ程の期間、万理華さんはどこで何を・・・
「万理華さんがいなくなって、一年以上が過ぎたある日の朝・・・万理華さんが家の前で倒れてたの。慌てて介抱して、万理華さんは目を覚ましたんだけど・・・」
「・・・目が覚めた私は、その期間の記憶が無かったんだよ」
唇を噛む万理華さん。
「私の最後の記憶は、一織達と一緒に布団に入って寝るところまで・・・目が覚めたら子供達が大きくなってて驚いたよ。一年以上姿を消していたことを聞かされた時は、とてもじゃないが信じられなかったくらいだ」
「じゃあ万理華さんは、その間のことは全く覚えていないんですか?」
「あぁ、何もな」
万理華さんが八重の質問に頷く。
「そしてさらに衝撃を受けたのは・・・私のお腹に、また命が宿っていたことだった」
「ッ・・・まさか・・・」
つまりそのお腹の中の子供っていうのが・・・
「あぁ・・・七瀬だ」
「・・・そういうことか」
やはり俺も、父さんと母さんの子供ではなかった。
にも関わらず、二人の子供として育てられてきたのは・・・零香姉と同じ理由だろう。
「父親が分からないという事実を伏せる為、父さんと母さんの子として育てることになったってわけか・・・」
「・・・すまない」
万理華さんの目に涙が浮かぶ。
「その方が七瀬にとって・・・幸せだと思ったんだ・・・」
「・・・後は知っての通りよ」
二葉姉が後を引き継ぐ。
「その後に八重・九美・十萌が生まれた。そしてあの日・・・あの女が、父さんと母さんに手をかけた」
「・・・ずっと疑問に思っていました」
三咲姉が俯く。
「何故あの女は、お父様とお母様を手にかけたのだろうと。しかしその事情を聞いて、何となく察しました。恐らくあの女は・・・」
「自分が父さんと母さんの子ではないことを何らかの方法で知り、裏切られた気分になった・・・そんなところだろうね」
拳を強く握りしめる五和姉。
「そんなの・・・そんなの自己中すぎだよッ!父さんと母さんは、私達を全員愛してくれてたッ!大切に育ててくれてたッ!それなのに・・・ッ」
「だからこそ・・・じゃないかな」
俺の発現に、皆が驚いたような顔でこちらを見る。
「最初に言っておくけど、俺は零香姉を庇うつもりは一切無いから。その上で推測を言わせてもらうけど・・・大切に育ててもらったからこそ、零香姉はショックだったんじゃないかな・・・自分が父さんと母さんの子供じゃないっていう事実が」
俺でさえこれほどショックを受けているのだ。零香姉はああ見えて繊細なところがあったし、俺以上にショックを受けてもおかしくない。
ましてや零香姉は・・・星野家の長女として生きてきたわけだしな。
「もしあの時、血の繋がりさえ無いという事実を知っていたのなら・・・ショックはより一層大きかったと思う」
「七瀬・・・」
「・・・まぁそれでも、零香姉の犯した罪は決して許されることじゃない」
育ての親を手にかけたんだ・・・罪としてはあまりにも重すぎる。
「零香姉は・・・俺がこの手で殺す」
「ッ!」
息を呑む皆。
「それが・・・あの人と血の繋がった者として、俺ができる唯一の償いだ」
「償いって・・・七瀬兄さんは何も悪くないでしょう!?」
九美が慌てて身を乗り出してくる。
「七瀬兄さんに罪はありません!悪いのは零香姉さんじゃありませんか!」
「・・・罪ならあるさ。俺にもな」
溜め息をつく俺。
「父さんと母さんは、実の子でもない俺を大事に育ててくれた。なのに俺は・・・あの二人にたくさん迷惑をかけてきた。力を暴走させ、周りの人を傷つけ・・・俺はあの二人に、何も返すことが出来なかった」
俺の存在が、どれほどあの人達を困らせたんだろう・・・それを考えると心が痛い。
「挙句あの二人は、実の子でもない零香姉に命を奪われた・・・俺達がいたから、あの二人は死んだんだ」
「それは違う!」
万理華さんが叫んだ。
「全て私のせいだ!私が記憶を失い、千里と百愛に甘えたからこんなことに・・・!」
「それでも、こうなったのは俺と零香姉に責任がある」
淡々と答える俺。
「結果として二人は死んだ。それが全てだ」
「七瀬・・・」
「だからこそ俺は・・・この手で零香姉を殺す」
俺は拳を握った。
「父さんと母さんから受けた恩は、結局本人達には何も返せなかったけど・・・せめて仇だけはとる」
俺の言葉に、皆何も言えずにいた。力なく笑う俺。
「俺、明日アスタリスクに戻るよ。これ以上ここにいると、また皆に迷惑かけそうだから。零香姉の狙いは俺だしな・・・ユリス、それで良いか?」
「わ、私は構わないが・・・」
いつになく歯切れの悪いユリス。だいぶ気を遣わせてしまったようだ。
「シルヴィはどうする?」
「・・・私はもう少し残ろうかな。シノンと一緒に帰るよ」
「そっか・・・それじゃ、早いとこ荷物を纏めないとな」
そう言って、俺は部屋を後にした。自分の部屋へと向かう俺の頭の中には、先程の皆の沈痛な表情が浮かんでいた。
「・・・これで良かったんだよな」
一人呟く俺なのだった。
*****
《ユリス視点》
七瀬が出て行った後、部屋は重苦しい雰囲気に包まれていた。誰も口を開かず、俯いたり唇を噛んだりしている。
私も動けないでいると・・・
「・・・本当にこれで良いの?」
シルヴィアが口を開いた。
「ななくんの口ぶりからして、もうこの家に帰ってこないつもりだと思うよ?アスタリスクに戻っても、皆とは距離を置こうとするんじゃないかな」
「・・・でしょうね」
溜め息をつく三咲さん。
「あの子は昔から、他人を巻き込むのを嫌いますから」
「・・・皆はそれで良いの?」
「・・・良いわけないじゃない」
二葉さんが拳を握りしめる。
「血の繋がりなんて関係ないわ。七瀬も万理華さんも、私達の大切な家族だもの。私達の想いは変わらない。でも・・・」
「今のなーちゃんに、どんな言葉をかけるべきなのか・・・分からないんだよ」
涙ぐんでいる四糸乃さん。
「いくら私達が、血の繋がりなんて関係ないって言ったとしても・・・なーちゃんにとっては、やっぱりショックだったと思うから」
「私達の言葉じゃ、今の七瀬の心には響かないだろうね・・・」
「首肯。かける言葉が見つかりません・・・」
五和さんと六月さんもうなだれている。
皆それぞれ、七瀬のことを大切に思っている。だからこそ、今の七瀬に言葉をかけられない。
もどかしいな・・・
「・・・すまない」
万理華さんが頭を下げる。
「私がしっかり事情を説明していたら・・・いや、そもそも千里と百愛に甘えなかったらこんなことには・・・」
「それ以上はダメだよ」
十萌が後ろから万理華さんの口を塞ぎ、そのまま抱き締めた。
「二葉お姉ちゃんも言ってたけど、お兄ちゃんも万理華さんも私達の大切な家族だよ」
「十萌・・・しかし・・・」
「・・・確かに零香お姉ちゃんは、お父さんとお母さんを殺した。そのことを許すつもりはない。でも・・・万理華さんがいなかったら、なんて誰も思うわけないよ」
「どうして・・・」
「そんなの決まっているでしょう」
微笑む八重。
「万理華さんが家族だから、ですよ。家族に対して、そんなこと思うはずありません」
「そうですよ。当然じゃないですか」
九美も頷く。
「それに万理華さんがいたから、お父さんとお母さんが亡くなった後もこうしてやってこれたんです。感謝こそすれ、恨むなんてとんでもありません」
「・・・万理華さん」
一織さんが万理華さんの手を握る。
「万理華さんの気持ちを教えてほしいな。万理華さんは・・・私達と一緒にいるのは、嫌かな?」
「っ・・・そんな聞き方・・・ずるいじゃないか・・・」
万理華さんの目から、涙がとめどなく零れ落ちる。
「私は・・・お前達と一緒にいたい・・・これからも・・・ずっと・・・!」
「・・・うん。私達もだよ」
ニッコリ笑う一織さん。
「万理華さんも、七瀬も・・・あの人だって、私達の家族。だからこそ、七瀬にあの人を殺させてはいけない。あの人にこれ以上、罪を犯させてはいけない。私達・・・星野家全員で、この問題を解決しないといけない」
一織さんが立ち上がり、皆を見回す。
「これ以上、七瀬が一人で背負ってしまわないように・・・私達も向き合いましょう。家族の犯した罪、そして・・・私達自身の気持ちに」
その言葉を聞いて、顔を見合わせた皆は・・・意を決したように立ち上がった。
私とシルヴィアを顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。きっと私とシルヴィアの思ったことは同じだろう。
(七瀬、お前は本当に・・・素敵な家族を持ったな)
七瀬が羨ましいと心から思う私なのだった。
二話連続投稿となります。
シャノン「シリアスな流れが続くね・・・」
もうちょいで終わるよ。ってか早くボケたい。
シャノン「それが本音か・・・」
このままだと、シャノンも出番ないよ?
シャノン「早く終わらせよう作者っち!私の出番プリーズ!」
清々しいほど正直だなオイ・・・
それではまた次回!以上、ムッティでした!
シャノン「私の出番はまだかあああああっ!」