四ヶ月後
「んー、よく寝たぁ・・・」
俺は大きな欠伸をしながら、廊下を歩いていた。
すると・・・
「やぁっ!」
「はぁっ!」
柱の陰から二人の男が飛び出し、両側から俺に拳を放ってきた。
だが・・・
「よっと」
その場にしゃがみ、拳をやり過ごす俺。二人の拳はそれぞれ相手の顔面に直撃し、二人は同時に倒れた。
「おはよう宋、羅。朝から元気だな、お前ら」
「当然のごとく避けられたな・・・」
「もうお前に攻撃が当たる気がしないぞ・・・」
溜め息をつきながら起き上がる二人。前回の《鳳凰星武祭》でも戦ったこの二人には、界龍に来てから色々と世話になっていた。
「宋、羅、無駄だ。七瀬に不意打ちなど通用しない」
二人の後ろから、一人の男子生徒が現れた。容姿は非常に中性的であり、女子と言われても信じてしまうだろう。
俺も最初、女子だと思ってたっけ・・・
「趙師兄、おはようございます」
宋と羅が包拳礼の構えを取る。
趙虎峰・・・界龍の序列五位であり、武術を得意とする《木派》のトップだ。二つ名は《天苛武葬》で、前々回の《鳳凰星武祭》では準優勝を果たしたほどの実力者である。
「おはよう虎峰、性転換しない?」
「しませんよ!何度言わせるんですか!」
「いや、男にしておくのは勿体ないなって」
「どういう意味です!?」
「お前が女だったら、俺は放っておかなかったな」
「じゃあ男で良かったですよ!」
「えー」
界龍の良心である虎峰は、このように完全なツッコミキャラと化していた。おかげで俺もイジりやすく、こんな風に仲良くなれているのだ。
「まぁいいや。後で手合わせしようぜ」
「良いでしょう。全力でやらせてもらいますよ」
「二人とも朝から元気だねぇ・・・」
俺の背中にぐでーんともたれかかってくる、一人の女性。
やれやれ・・・
「おはようセシリー、相変わらず朝には弱いんだな」
「どうも朝は苦手でねぇ・・・七瀬ー、食堂までおぶってー」
「はいはい」
苦笑しながらおぶる俺。
セシリー・ウォン・・・界龍の序列四位で、星仙術を得意とする《水派》のトップだ。二つ名は《雷戟千花》で、前々回の《鳳凰星武祭》で準優勝を果たした虎峰のパートナーだった人物である。
「ちょ、七瀬!?何をしているんですか!?」
趙が慌てている。
「え、何って・・・おんぶ?」
「女性の身体を気安く触ってはいけません!セシリーも女性なんですから、男性に対してもっと節度を持った接し方をして下さい!」
顔を真っ赤にしている趙。おやおや・・・?
「セシリー、虎峰が妬いてるぞ」
「あら、ゴメンね虎峰。お姉ちゃんを取られたのが悔しかったの?」
「なっ!?そんなわけないでしょうが!」
「安心しろ虎峰、俺とセシリーじゃそんな仲にならないから」
「だから違うって言ってるでしょうが!」
「ちょっと七瀬、こんな魅力的な女を前に何てこと言うんだい?」
「自分で魅力的とか言ってんじゃねーよ、ズボラ女」
「酷くない!?」
「人を無視しないで下さい!」
ギャアギャア騒ぐ俺達。何事かと、他の生徒達が集まってくる。
「《木派》のトップと《水派》のトップを相手に、ここまでフレンドリーな関係を築くとは・・・恐るべしだな、七瀬」
「師兄も師姉も楽しそうだしな・・・こんな光景、初めて見るかもしれん」
苦笑している宋と羅なのだった。
*****
「はっ!」
虎峰の拳が迫ってくるが、それをいなしてこちらも拳を放つ。
腕を掴まれそのまま後ろに投げられるが、空中で一回転して着地。距離を詰めてくる虎峰を迎え撃つ。
「あの趙師兄と、体術で互角にやり合うとは・・・」
「たった四ヶ月でこれって・・・ヤバいわね・・・」
「あたしはもう、体術じゃ七瀬に勝てないねぇ・・・」
見学している沈雲・沈華・セシリーが何か言っていた。
界龍に来てから、早いものでもう四ヶ月が経とうとしている。もう年末だし、各学園も明日から冬季休暇に入る時期だ。俺も年内で謹慎が解けるので、年明けからは星導館に復帰出来る。
クローディア達とは連絡を取り合ってはいるが、界龍に来てから会ってはいない。
会いたいな・・・
「考え事ですか?」
蹴りを放ってくる虎峰。しゃがんで避け、腹部に右ストレートを叩き込む。
「ぐっ・・・!?」
呻く虎峰に再び拳を放つが、後方に跳んで距離を取られた。
「ここに来てから四ヶ月かと思うと、時間の流れは早いなと思ってさ」
「それを言うなら、七瀬の成長も早いですよ」
痛そうに腹部を擦る虎峰。
「初めて手合わせした時は、僕の方が上手だったはずですが・・・雷による身体強化も無しでこれとは、恐れ入りますよ」
「お前だって《通天足》使ってないだろ」
「アレは滅多に使いませんから」
《通天足》とは、虎峰が使用する純星煌式武装だ。
《通天足》を使った時の虎峰の強さといったら・・・封印解除状態の綾斗と互角にやり合えるだろうな。
「ほっほっほっ、やっておるの」
愉快そうに笑いながら、星露がやってきた。後ろに一人の男を従えている。
「おー、星露に暁彗じゃん。暁彗がいるなんて珍しいな」
「・・・明日で星導館に戻るのだろう?その前に、一度お前と手合わせしたくてな」
淡々と話す男・・・武暁彗。
界龍の序列二位で、二つ名は《覇軍星君》だ。体術で虎峰を、星仙術でセシリーを凌ぐほどの実力者である。
「マジか・・・俺、初日にお前にボコボコにされたんだけど・・・」
「・・・あれから四ヶ月経っている。虎峰と互角にやり合えている以上、初日のようなことにはなるまい」
「どうだかな・・・ま、精々頑張るわ」
「・・・期待している」
コイツの強さ、マジでヤバいんだよな・・・
四ヶ月の鍛錬で、虎峰やセシリーとは互角にやり合えるようにはなったが・・・暁彗には、未だに勝てる気がしない。
と、星露が潤んだ瞳で俺を見ていた。
「明日で最後か・・・寂しいのう」
「今生の別れじゃないだろ。また遊びに来るし」
「まぁそうじゃが・・・今夜は七瀬の送別会を開く。暁彗、茶を用意しておくのじゃ」
「御意」
いや、送別会って・・・まぁありがたいけどさ。
「ところでさぁ、七瀬」
後ろで見ていたセシリーが話しかけてくる。
「明日から星導館も冬季休暇だろう?なら、別に明日帰る必要も無いじゃん。冬季休暇が終わるまで、こっちにいちゃダメなのかい?」
「冬季休暇は予定があってな。リーゼルタニアに行くことになってるんだ」
「リーゼルタニアというと、《華焔の魔女》の故郷ですよね?」
「まぁな」
虎峰の問いに答える俺。
「リーゼルタニアの国王であるユリスのお兄さんが、是非遊びに来てくれって招待してくれてるみたいでさ。ユリス達は明日出発するんだって」
「なるほど・・・あれ?でも七瀬、明日は予定があるって言ってませんでした?」
「あぁ。ユリス達は明日出発して、一晩紗夜の実家に泊まってからリーゼルタニアに行くらしい。俺は明日予定があるから明後日出発して、向こうでユリス達と合流予定だ」
「そうでしたか・・・七瀬はご友人の実家に泊まらなくて良かったんですか?」
「いや、本来は俺もお邪魔するつもりだったんだけど・・・色々あってな」
「「「「「「?」」」」」」
遠い目をする俺に、首を傾げる虎峰達なのだった。
*****
「宴じゃあああああっ!」
「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」
星露の音頭と共に、俺の送別会が始まった。
星露の弟子達が色々と準備してくれたみたいだし、何だか申し訳ないな・・・
「七瀬ー、楽しんでるかーい?」
何故かセシリーの顔が真っ赤だった。足元もおぼつかない様子・・・
っておい!?
「セシリー!?お前まさか酒呑んでんの!?」
「大丈夫だよー、これジュースだからさー」
「セシリーは雰囲気で酔える人なんですよ」
虎峰が呆れている。いや、雰囲気って・・・
「酔うような雰囲気でも無いんじゃ・・・」
そう言って辺りを見回していると、片隅に明らかに場違いなバーカウンターがあった。そこだけ照明が暗く、静かな音楽が流れている。
バーテンダーの格好をした暁彗が、沈華のグラスに飲み物を注いでいた。
「オレンジジュースだ」
「うふふ、大師兄ありがとー」
明らかに酔っている沈華。
「何やってんだあああああっ!」
「ぐはっ!?」
暁彗の頭を引っぱたく俺。
「何でバーテンダーやってんのお前!?どうやってバーカウンター用意したの!?」
「これも師父の期待に応える為だ」
「そんなこと期待してねーわ!茶を用意しろとしか言ってなかっただろうが!」
「無論用意してある。飲むか?」
「苦いから要らん!俺にもジュース寄越せ!」
「御意」
「あの大師兄とここまでフランクに・・・凄いですね、七瀬」
虎峰が若干引いていた。沈華の右隣の席に座ると、酔った沈華が腕に抱きついてくる。
「うふふ・・・七瀬ぇ・・・」
「お前まで雰囲気酔いかよ・・・」
頭を抱える俺。沈華は俺の肩に頭を載せ、そのまま寝てしまった。
やれやれ・・・
「悪いね、七瀬」
苦笑している沈雲。
「沈華は一度寝るとなかなか起きないから、少しそのままで頼むよ」
「・・・ったく、面倒なヤツだな」
「ほっほっほっ、仲が良さそうで何よりじゃ」
俺の右隣の席に、笑いながら座る星露。
「沈華も、七瀬が帰ってしまうのが寂しいんじゃろうな」
「どうかな。清々するとか言いそうだけど」
「口ではそう言うだろうけどね。本音は違うと思うよ」
沈雲がそう言う。ま、分かってるけどさ・・・
「まぁ、皆とは毎日顔会わせてたからな・・・俺も少し寂しいよ」
「いっそ界龍に転校・・・」
「しないわバカ」
「ほっほっほっ、それは残念じゃのう」
愉快そうに笑う星露。
「ところで七瀬、お主は来年の《獅鷲星武祭》には出るのかえ?」
「出るよ。クローディアのチームに参加することになってる」
「ほう、正直じゃのう・・・アーネストには明言しなかったというのに」
「あの時はまだ、返事を保留してたんだよ。でも参加するって決めたし、俺とクローディアの仲が良いのは周知の事実だしな。隠したとしてもバレバレだろ」
「それもそうじゃのう」
苦笑する星露。
「他のチームメンバーは決まったのかえ?」
「綺凛は確定だな。ユリスは勧誘するって言ってたから、ほぼ確定だろう。当然綾斗も勧誘するだろうし、あと一人は・・・紗夜じゃないかな」
近接戦闘が出来るメンバーは揃ってるし、あとは後衛で援護してくれるメンバーが必要だ。そうなると、紗夜はうってつけの存在と言える。
《獅鷲星武祭》で優勝を狙うなら、恐らくこのメンバー構成だろうな。
「そういや、虎峰とセシリーは《獅鷲星武祭》に出るのか?《鳳凰星武祭》から鞍替えしたって聞いたけど」
「えぇ、出ますよ」
頷く虎峰。
「我々は今回、本気で《獅鷲星武祭》を制するつもりです。チームリーダーとして、大師兄にも出ていただきますから」
「え、暁彗が!?」
「うむ。出るぞ」
重々しく頷く暁彗。確かコイツ、一度も《星武祭》に参加してないんだよな・・・
ここに来て参戦してくるか・・・
「ちなみに、あとの三人は?」
「僕と沈華も出るよ」
沈雲が手を上げる。
「もう一人は今のところ未定だね。そこが悩みの種なんだよ」
「まさしくそうなのじゃ」
顔を顰めている星露。
「こやつらの実力に引けを取らず、尚且つチームの和を乱さぬ人物・・・難しいのう」
「どっかの性悪兄妹がいる時点で、チームの和も何も無いと思うけど」
「このメンツじゃ、僕らも迂闊なことは出来ないさ」
肩をすくめる沈雲。性悪っていう自覚はあるんだな・・・
「ってか、冬香は出場しないのか?序列でいえば、暁彗に次ぐ実力者だろ?」
梅小路冬香・・・≪神呪の魔女≫の二つ名を持つ、界龍の序列三位だ。普段は専ら黄辰殿の奥で、術の研究に勤しんでいる。
数日前から所用で留守にしている為、今この場にはいないが。
「冬香は正式には客分の扱いじゃからのう。儂の弟子で結成するチームには入れぬのじゃ」
溜め息をつく星露。
「それに冬香の術は、まだ完全には復活しておらぬ。本人もそちらに集中したいじゃろう」
「あー、梅小路家の秘術ってやつか」
梅小路家は特殊な血族で、独自の技術体系を千年以上も受け継いできているらしい。
しかし過去に失われてしまった秘術があるらしく、冬香はそれを復活させたいのだそうだ。
そっか、じゃあ冬香は出場しないのか・・・
「ま、誰が来ても強いチームには変わりないか・・・勿論、誰が来ても負けるつもりは無いけどな」
「それは我々も同じです」
不敵に笑う虎峰。
良いねぇ・・・楽しみになってきたわ。
「七瀬ーっ!」
背中に抱きついてくるセシリー。まだ酔っているみたいだ。
「・・・おい暁慧、アルコール呑ませてないよな?俺達未成年だからな?」
「安心しろ。れっきとしたジュースだ」
「ホントかよ・・・」
疑いの眼差しで暁慧を見ていると、セシリーが頬を膨らませた。
「ちょっと七瀬ー、あたしを無視するとはいい度胸じゃないかー」
「酔っ払いの相手は面倒だからな」
「ふーん・・・《戦律の魔女》以外の女に興味は無いってことかい?アンタ達、付き合ってるんだろう?」
ニヤニヤしながらからかってくるセシリー。
シルヴィが暴走した俺を止めた時にキスをしたことが、メディアを通じて世界中に伝わってしまったことから、一時期熱愛騒動が連日報道されてしまった。
俺もシルヴィも無言を貫いたことで、四ヶ月経った今はある程度落ち着いたが・・・
俺達が幼馴染であることもバレてしまい、多くの人々が俺達の関係を疑っているのが現状だ。
今のセシリーみたいに。
「少なくとも、女としてのお前に興味が無いことは確かだよ」
「なぁっ!?これでも容姿には自信があるんだけど!?」
「容姿が良いのは認める。ただし性格が残念すぎて差引きゼロだ」
「そこまで!?」
俺は哀れみの目でセシリーを見ると、視線を虎峰に向けた。
「あーあ、虎峰が女だったらなー」
「だから僕は男ですって!」
「容姿も性格も申し分ないのに・・・ハァ・・・」
「露骨に溜め息つかないでもらえます!?」
「何で股間に余計なものをぶら下げてきちゃったんだよ」
「そんなこと言われたってしょうがないでしょうが!」
本当に残念でならない。初めて見た時に女だと思って、ちょっとドキッとした俺の気持ちをマジで返してほしい。
「七瀬、気持ちは分かるぞ。儂もそれは常々思っておった」
「師父!?」
「虎峰、今からでも遅くはない。取れ」
「取りませんよ!?大師兄まで何を仰るんですか!?」
「趙師兄、僕の知り合いにその手の専門の医者がいますよ。紹介しましょうか?」
「しなくて良い!っていうか沈雲、お前そんなキャラだったか!?」
「あー、まどろっこしい!虎峰、お姉さんがソレ引きちぎってあげる!」
「ちょ、セシリー!?止めてええええええええええっ!?」
虎峰の悲鳴が響き渡るのだった。
どうも~、ムッティです。
ここから新章でございます。
シャノン「おーっ!私の出番はまだかーっ!」
次の話で出るよ。
シャノン「ですよねー、出ませんよねー・・・えっ?今何て?」
いや、だから次の話で出るって。
シャノン「・・・マジ?」
マジマジ。まぁたまには出したいなって思って。
シャノン「作者っちマジ愛してる!」
ちょ、抱きつくなっての!?
それではまた次回!
シャノン「私の活躍ぶりに刮目せよ!」
いや、活躍は・・・まぁ良いや・・・