「着いた・・・」
俺は《歓楽街》へとやって来ていた。俺が待ち合わせ場所として、《歓楽街》にあるビルの屋上を指定したのだ。
もしイレーネの推測通りフローラがいるなら、ここからすぐ向かえるしな。
「お待たせ」
タンッという着地した音と共に、聞き間違うはずのない声がした。振り向くと、帽子をかぶった栗色の髪の女性が立っていた。
「・・・ずいぶん凝った変装だな」
「あ、やっぱりななくんには分かっちゃう?」
「そりゃあな・・・」
どんなに変装したって、俺がコイツを見間違うはずがない。五年前まで、ずっと側で過ごしてきたんだから。
「お前と再会するのは、もっと先だと思ってたよ・・・シルヴィア」
「私は早く再会する気満々だったけどね・・・ななくん」
ヘッドフォン型の髪飾りの機能をいじり、紫色の髪に戻すシルヴィア。帽子を取り、俺にニッコリ笑いかけてくる。
「身体、もう大丈夫なの?」
「あぁ、止めてくれてありがとな。おかげで助かったよ」
「・・・今度は、ちゃんと止められたね」
どこか嬉しそうな表情のシルヴィア。
「あの時は・・・止められなかったから」
「っ・・・」
あの時・・・俺が《神の拳》の力に呑まれ、暴走した時だ。周りの人達を傷付け、シルヴィアを殺しかけてしまった・・・
忘れられない、忘れてはいけない出来事だ。
「・・・止めてくれたさ」
首を横に振る俺。
「お前は身体を張って、俺を止めてくれた。あの時の決闘が無かったら、俺は力に呑まれ続けてた。お前がいたから、俺は正気に戻れたんだ。あの時も・・・今回もな」
俺はシルヴィアに頭を下げた。
「ありがとう、シルヴィア。それと・・・ゴメン」
「・・・だったら」
シルヴィアが俺に近付いてくる。
「だったら何で・・・何で私から距離を置いたの?正気に戻れたのに、私はななくんを許したのに・・・何で私から離れていったの?」
「・・・お前が許してくれても、俺が許せなかったんだよ」
唇を噛み締める俺。
「お前は何度も止めようとしてくれたのに、俺はそれを無視して・・・挙句の果てに、お前を殺しかけた。そんな自分が許せなかったし、お前の側にいる資格なんて無いと思った。だからお前と距離を置いたんだ」
「そんなの・・・勝手すぎるよ」
シルヴィアの声が震えている。顔を上げると・・・シルヴィアは泣いていた。
「私はななくんに・・・側にいてほしかった。離れてほしくなかった。一緒にいたかった。なのにななくんは・・・私を一人にした」
シルヴィアの目から、次々と涙が零れ落ちる。
「アスタリスクに来ても、ななくんのことを忘れた日なんて無かった・・・ただ、ななくんに会いたかった・・・ななくんがアスタリスクに来るってシノンから聞いて、私がどれだけ喜んだか分かる・・・?」
「シルヴィア・・・」
・・・知らなかった。そんなに俺を想ってくれていたなんて・・・
「ようやく・・・ようやくななくんに会えたんだもん・・・私もう、ななくんと離れたくない・・・一緒にいたいよ・・・っ!」
「ッ!」
もう我慢が出来なかった。目の前のシルヴィアを、思いっきり抱き締める。壊れてしまいそうなほど強く、強く抱き締めた。
「ゴメン・・・ゴメンな、シルヴィア・・・本当にゴメンな・・・!」
「うぅっ・・・ひっく・・・ぐすっ・・・!」
俺の胸にしがみつき、泣いているシルヴィア。俺も涙が止まらなかった。
「シルヴィア・・・!」
「ななくん・・・!」
感情に身を任せ、俺達は抱き締め合いながら号泣したのだった。
*****
「なるほど、《悪辣の王》がねぇ・・・」
ようやく落ち着いた俺は、シルヴィアに事情を説明していた。全てを聞き終えたシルヴィアは、苦い顔をしていた。
「全く、ロクなことしないんだから・・・」
「ホントだよな・・・」
二人揃って溜め息をつく。
「でもまぁ、ななくんが私を呼んだ理由は分かったよ。フローラちゃんの居場所を特定してほしいんでしょ?」
「あぁ、お前の力なら可能だろ?」
シルヴィアは《魔女》であり、歌を媒介にすることでイメージを様々に変化させることが出来る。『万能』と称されるその能力は、特定の人物の捜索まで出来てしまうのだ。
「勿論。フローラちゃんの特徴、詳しく教えてもらって良い?」
「あ、それならこの前撮った写真があるぞ」
五和姉や六月姉に、一緒の写真を撮ってくれって頼まれて撮ったんだが・・・まさかここで役立つとはな。
「それと、捜索は《歓楽街》に絞ってくれ」
「え、良いの?」
「あぁ。イレーネの推測通りなら、恐らく何処かにいるはずだ」
「・・・ふーん」
何故か不機嫌な様子のシルヴィア。あれ・・・?
「ど、どうした?」
「イレーネさんって、レヴォルフの《吸血暴姫》でしょ?仲良いんだ?」
「ま、まぁな・・・」
俺の答えに、シルヴィアがますます不機嫌になる。
「噂じゃ、《千見の盟主》と同居してるとか・・・」
「だ、男子寮に部屋が無くて・・・」
「《華焔の魔女》の胸を揉んだとか・・・」
「じ、事故でたまたま・・・」
「《疾風刃雷》に手を出してるとか・・・」
「オイ誰だそんな噂流した奴!?それは完全にデマだからな!?」
「その他諸々の噂・・・シノンから聞いてるんだけど?」
「四糸乃姉えええええええええええええええっ!」
一番まともな姉さんだと思ってたのに!
「ちなみにシノンは、一織さん達から聞いたみたいだよ」
「シルヴィア、何であの時俺を止めたんだ・・・もう少しで姉さん達の息の根を止められたのに・・・」
「急激に殺意が芽生えてる!?」
あのバカ姉共・・・一人残らず駆逐してやる・・・
あ、四糸乃姉は除外しておこう。
「まぁ話を元に戻すけど・・・頼んだぞ、シルヴィア」
「・・・シルヴィ」
「え・・・?」
「昔はシルヴィって呼んでくれたじゃない・・・」
いじけているシルヴィア。おおう、マジか・・・
「・・・頼んだぞ、シルヴィ」
「うんっ!」
満面の笑みを浮かべるシルヴィ。まぁ最高に可愛いからいいや・・・
《歓楽街》のマップを広げ、準備を整える。
「それじゃ、いくよ・・・」
シルヴィは真剣な表情を浮かべると、目を閉じて歌を口ずさみ始めた。
シルヴィの身体が淡く光り、その光が周りへと広がっていく。その光景はあまりにも幻想的で、俺は思わず目を奪われていた。
そして何より・・・
「・・・相変わらず、綺麗な歌声だな」
ポツリと呟く。これほどの美しい歌声を持つ人物など、そう滅多にいるもんじゃない。シルヴィが至高の歌姫と絶賛されるのも、大いに頷ける話だ。
そんなことを考えているうちに、シルヴィの光が収まっていく。そして何処からともなく現れた羽根が、《歓楽街》のマップのとある一部分を指していた。
これはつまり・・・
「そこにフローラちゃんがいるってことだね」
歌い終えたシルヴィが、羽根の指す場所を見つめる。
「この場所は・・・カジノだった場所だね。今は使われてないけど」
「今は使われていない・・・?」
どうやら、ドンピシャのようだな。
「うん。この間ここで、客の一人が大暴れしたみたい。カジノは営業出来なくなって、今は工事中みたいだよ」
「・・・何か最近、そんな話を聞いた気がする」
そういやイレーネの奴、カジノで暴れたって言ってたよな・・・
「・・・よし。イレーネにはお礼として、今度会ったら拳骨をくらわせてやろう」
「何で!?」
シルヴィのツッコミが入る。ってか・・・
「シルヴィ、お前ずいぶん《歓楽街》に詳しいな。ひょっとして遊び好き?」
「ち、違うもん!ちょっとここに来ることが多いだけだもん!」
「やっぱり遊び好きじゃん」
「ち、違うの!今は詳しく言えないけど、遊びに来てるわけじゃないの!」
必死に否定するシルヴィ。ま、最初から分かってたけどさ。
「とにかく助かった。ありがとな、シルヴィ」
「・・・フローラちゃんを助けに行くの?」
「あぁ」
あの子は巻き込まれてしまっただけだ。必ず助けないとな・・・
「なら、私も一緒に・・・」
「ダメだ」
シルヴィの提案を、キッパリ断る俺。
「お前が関わっていることが知られたら、《悪辣の王》はお前・・・ひいてはクインヴェールにまで手を出してくる恐れがある。どうやらアイツは、俺とお前の繋がりを危険視しているみたいだしな」
「で、でも・・・」
なおも食い下がろうとするシルヴィ。俺はシルヴィを抱き締めた。
「・・・大丈夫。フローラを助け出して、必ず帰ってくる。そしたら・・・また会ってくれるか?」
「ななくん・・・うん、分かった」
小さく頷き、俺の背中に手を回すシルヴィア。
「ちゃんと無事に帰ってきてね」
「あぁ、必ず」
しばらく抱き合った俺達は、やがて名残惜しみながらそっと離れた。
「終わったら連絡するから」
「・・・分かった。待ってるからね」
「あぁ、また後でな」
「うん、また後で」
シルヴィは笑顔を見せると、屋上から飛び降り去った。
俺はそれを見届け、端末を操作して綺凛に電話をかけた。空間ウィンドウに、綺凛の顔が映し出される。
『七瀬さんっ!』
「悪いな綺凛、連絡が遅くなった」
『七瀬!?』
『お前大丈夫なのか!?』
綺凛の後ろから、紗夜とレスターが現れる。
「二人ともお疲れ。俺は大丈夫だ。心配かけてゴメンな」
『そうか・・・良かった・・・』
『ったく、心配かけさせやがって・・・』
ホッとした様子の二人。俺はそれを嬉しく思いつつも、本題に入ることにした。
「フローラの居場所が分かった。今からマップを送る」
『え!?』
『は!?』
『何だと!?』
驚愕している三人をよそに、俺は綺凛にマップを送った。
「その印が付いてる場所だ。《歓楽街》にある、カジノだった場所らしい。今すぐそこへ向かってくれ。俺もすぐ向かうから、現場で落ち合おう」
『ちょ、ちょっと待って下さい!どうやって突き止めたんですか!?』
「説明は後だ。それじゃ、また後でな」
綺凛達の反応を無視して、通話を切る。
さて・・・
「待ってろよ、フローラ・・・!」
駆け出す俺なのだった。
どうも~、ムッティです。
今日は一話のみの投稿となります。
シャノン「作者っち、まだアスタリスクの新巻買えてないの?」
そうなんだよ・・・早く読みたい・・・
そういや、『クインヴェールの翼』も読んでないんだよね。
シャノン「え、マジで?」
うん。本編だけ読んで満足しちゃって・・・
でも、柚陽ちゃんとソフィアが可愛いから読みたいなって。
シャノン「目当てはそこか・・・」
モチのロンだぜ。
あ、次の投稿は水曜日か木曜日になるかと思われます。
それではまた次回!
シャノン「またねー!」