「・・・んっ」
気が付くと、目の前に見知らぬ天井があった。どうやら俺は、ベッドに横たわっているらしい。
・・・ベッド?
「ッ!?」
一気に意識が覚醒し、俺は飛び起きた。部屋を見渡した俺は、愕然としてしまった。
「病室・・・だよな・・・?」
俺が覚えているのは、綺凛が校章を破壊されたところまで・・・
そして俺が意識を失ったということは・・・
「・・・負けたのか、俺達」
唇を噛み締める。その時、部屋のドアが開いた。
「っ!?七瀬っ!」
入ってきたのはクローディアだった。駆け寄ってきて、俺を抱き締めてくる。
「良かった・・・目が覚めたんですね・・・!」
「クローディア・・・」
呆然としていた俺だったが、ゆっくりとクローディアの頭を撫でた。やがて俺から離れたクローディアは、目元の涙をそっと拭った。
「本当に心配しました・・・丸一日、目を覚まさなかったものですから」
「そんなに寝てたのか・・・」
どうやら今は、試合の翌日らしい。俺はクローディアに尋ねた。
「クローディア、試合は・・・俺達の負け、だよな?」
「・・・残念ながら」
やっぱり・・・
「俺、綺凛が校章を破壊されたところまでしか覚えてなくてさ・・・あの後どうなったんだ?俺は意識消失で負けたのか?」
「・・・覚えていらっしゃらないんですね」
「クローディア・・・?」
クローディアの表情が暗くなる。首を傾げていると、クローディアは空間ウィンドウを展開した。
「酷だとは思いますが・・・昨日の試合映像を見て下さい。全てが分かると思います」
「全て・・・?」
引っかかりを覚えながらも、俺は空間ウィンドウを見た。そこに映っていたのは・・・
「・・・嘘・・・だろ・・・?」
俺が暴走した映像だった。ユリスと綾斗を殴り、一織姉と二葉姉を傷付ける姿・・・三咲姉達が、何とかユリス達を助けようとしている。
「そんな・・・俺が・・・」
そして最後には・・・シルヴィアに止められ、俺は倒れこんでいた。
シルヴィアに助けられたってことかよ・・・あんな無様な姿を晒して・・・
「・・・心中お察し致します」
俯くクローディア。こんなの・・・あんまりだ。
「・・・一織姉と二葉姉の容態は?」
「治療院で治療を行った為、既に回復済みです。念の為一晩入院して、お二人とも今朝退院されました」
「・・・ユリスと綾斗は?」
「二人は手当てを受け、昨日のうちに星導館に戻りました。今日は明日の準決勝に向けて、軽く身体を動かすそうです」
「・・・綺凛は?三咲姉達は?」
「刀藤さんも手当てを受け、同じく星導館に戻っています。三咲さん達は怪我も無かったので、それぞれ学園に帰られました」
「・・・シルヴィアは?」
「七瀬を止めた後、治療が終わるまで七瀬に付き添っていましたが・・・治療が終わった後、仕事があったようで帰られました」
「・・・そっか」
俺はベッドに倒れこんだ。
「っ!七瀬!?」
「・・・大丈夫。ちょっと目眩がしただけだ」
腕で顔を覆う俺。皆への罪悪感に、押し潰されてしまいそうだった。
「・・・今は休んで下さい。傷は治癒能力者の方が治してくださいましたが、精神は能力じゃ回復できないんですから」
俺の頭を撫でるクローディア。だが、今はその優しさが辛かった。
「・・・クローディア、俺の処分はどうなる?」
俺の言葉に、クローディアの手が止まった。
「・・・今、運営委員会が話し合っている最中です。そこで処分が下されてから、星導館としてどうするか判断することになるでしょう」
「・・・治療院や警備隊、ガラードワースやクインヴェールも何か言ってきそうだな」
「それはないでしょう」
首を横に振るクローディア。
「今回一織さんと二葉さんは七瀬の姉として、そして星導館のOGとしての立場が適用されるでしょうから。ですが念の為、お二人とも治療院と警備隊に口添えしておくと仰っていました。三咲さん達は怪我もしていませんので責任は問われないでしょうし、特にクインヴェールはあの方が生徒会長ですから」
「シルヴィアか・・・」
アイツがいなかったら、俺は本当に・・・
「・・・やっぱり、俺にはアイツと会う資格なんて無かったな」
「七瀬・・・」
「これじゃ・・・五年前と何も変わらないだろうが・・・!」
自分への怒りや、失望感がこみ上げてくる。
「俺みたいな奴が・・・アスタリスクに来ちゃいけなかった・・・俺のせいで・・・傷付く人を増やしただけだ・・・!」
目から涙が零れ落ちる。クローディアは、黙って聞いてくれていた。
「・・・悪いクローディア。一人になりたいんだ。席を外してくれるか?」
「・・・分かりました。では、医療院側には面会謝絶を要請しておきますね」
「・・・よろしく頼む」
クローディアは俺に背を向け、部屋のドアに手をかけた。
「・・・七瀬」
振り返らないまま、クローディアが俺の名前を呼んだ。
「自分のことを責めるな、などと言うつもりはありませんが・・・私は七瀬と出会えたこと、友人になれたことを心から良かったと思っています。アナタがアスタリスクに来てくださって、本当に良かったと思っています。どうかそれだけは、覚えておいて下さい」
そう言い残し、部屋を出て行くクローディアなのだった。
*****
異常が無いか検査を受けてもう一晩入院した後、俺は医療院を退院して星導館に戻ってきた。
クローディアの話によると、一織姉達やユリス達がお見舞いに来てくれたらしい。もっとも、面会謝絶状態だったので会うことは無かったが。
「悪いなクローディア。わざわざ迎えに来てもらっちゃって」
「いえいえ、私と七瀬の仲ですから」
ニッコリ笑うクローディア。星導館に帰ってきたのが、久しぶりな気がするな・・・
「私はこの後、準決勝二試合を観戦しに行きますが・・・七瀬はどうされますか?」
「・・・そっか。今日は準決勝だっけ・・・」
第一試合では紗夜とレスターが、エルネスタとカミラと戦う。といってもエルネスタ達は、擬形体のアルディとリムシィを代理出場させているが。
そして第二試合はユリスと綾斗が、ガラードワースの《輝剣》と《鎧装の魔術師》のタッグと戦う。
それぞれの試合で勝ったタッグが、明日の決勝で戦うわけか・・・
「・・・俺は部屋でのんびりしてるよ」
「・・・そうですか」
心配そうな表情のクローディア。今はユリス達に会いたくないことを、見抜かれてるんだろうな・・・
「試合は中継で見てるから。遠慮せず行ってきてくれ」
「・・・分かりました。ゆっくり休んでいて下さいね」
「おう、行ってらっしゃい」
俺が手を振ると、クローディアは微笑んで部屋を出て行った。それを見届けると、俺はソファに深く腰掛けた。
「・・・ハァ」
深い溜め息をつく。一晩経って少し落ち着いたとはいえ、凄く憂鬱な気分だった。
友達や姉さんを傷付けた俺に、この場所にいる資格があるんだろうか・・・そんな想いが、ずっと頭から離れない。
「・・・帰ろうかな、実家に」
「本当にそれで良いんですか?」
「ッ!?」
突然の声に驚き、咄嗟に振り返る俺。そこにいたのは・・・
「き、綺凛!?」
「全く・・・ようやく会えました」
苦笑している綺凛だった。
「な、何でここに!?」
「今日退院するって、会長から教えていただいてましたから。会長が七瀬さんを迎えに行く前に部屋に入れてくださって、お二人が帰ってくるまで待機してました」
「・・・あの腹黒女」
恐らく、俺が試合観戦に行かないことも計算の内だったんだろう。
その上で、こうして綺凛と二人の状況を作ったってことか・・・
「・・・何で私達を避けるんですか?リースフェルト先輩達や一織さん達・・・皆さん七瀬さんのことを心配されてるんですよ?」
「・・・どの面下げて会えって言うんだよ」
綺凛の顔をまともに見ることが出来ない。我ながら重症だな・・・
「ユリスや綾斗、一織姉や二葉姉を傷付けたんだぞ?綺凛や三咲姉達のことだって、シルヴィアが止めてくれてなかったら・・・」
「だから何ですか?」
強い口調で言う綺凛。
「そうやってまた『側にいる資格なんて無い』とか言って、私達の前から消えるおつもりですか?シルヴィアさんの時と同じように」
「・・・っ」
「甘えるのも大概にして下さいよ。本当は怖いだけでしょう?ただ逃げたいだけでしょう?」
「・・・かもな」
力なく笑う俺。
「俺はもう、大切な人を傷付けたくない・・・それだけだ」
「ふざけないで下さい!」
綺凛が怒鳴る。
「何で七瀬さんはいつもそうなんですか!?誰にも相談しないで、自分だけで解決しようとして!自分が消えたら、全て丸く収まるとでも思ってるんですか!?だとしたら、七瀬さんはバカです!大バカです!」
綺凛の目から、ポロポロと涙が零れ落ちる。
「私はっ・・・七瀬さんがいない日常なんて嫌です!七瀬さんのいないアスタリスクなんて嫌です!私だけじゃなくて、皆同じ気持ちなんです!どうしてそれを分かってくれないんですか!」
「綺凛・・・」
綺凛が俺の側にきて、俺の胸を何度も叩く。
一人の女の子のか弱い力なのに・・・どうしてこんなに重いんだろう・・・どうしてこんなに響くんだろう・・・
「これからも、側にいてくださいよ・・・でないと私は・・・私はっ・・・」
俺の胸を叩いていた綺凛の手が止まる。そのまま、俺の胸に顔を埋める綺凛。
肩を震わせて泣く綺凛を、俺はそっと抱き締めた。
「・・・ホント、情けないわ。お前と知り合ってから、何回お前のこと泣かせたんだろうな・・・」
何で忘れていたんだろう・・・綺凛はいつだって俺を慕ってくれていた。
いつだって俺を心配してくれていた。いつだって俺を信じてくれていたんだ・・・
「なのに俺は・・・お前を信じられなかった。お前が俺を責めるんじゃないかって、俺から離れていくんじゃないかって・・・それが不安だった」
それはユリスや綾斗、一織姉達にも言えることだ。そして・・・シルヴィアにも。
「ホント・・・五年前と何も変わってないな、俺は。いや、昔からか・・・周りを全然信じられてない。向き合えてない」
それじゃダメだよな・・・変わらないといけないんだ。
「なぁ綺凛、俺は・・・変われるかな?」
「・・・何言ってるんですか」
俺から離れ、袖で涙を拭う綺凛。
「変われるか変われないかではなく、変わるんです。それ以外の答えは認めません」
「・・・前から思ってたけど、意外と鬼だよねお前」
「七瀬さんには気を遣わず、思ったことを言えますから。心を開いている証拠です」
「・・・ものは言いようだな」
俺は苦笑すると、もう一度綺凛を抱き締めた。
「・・・ありがとな、綺凛」
綺凛は返事の代わりに、黙って俺を抱き締め返してきたのだった。
二話連続での投稿となります。
シャノン「綺凛ちゃんがカッコいい・・・」
それな。ホントそれな。
シャノン「でもこれ、綺凛ちゃんがメインヒロインみたいになってない?」
綺凛は七瀬の相棒みたいな立ち位置でいこうかなと。
お互い叱咤激励しながら進んでいく、みたいな。
シャノン「え、ななっちの相方は私じゃないの?」
自惚れんなモブキャラ。
シャノン「酷い!?」
それではまた次回!
シャノン「私だって目立ちたいよおおおおおっ!」