そうだ、映画館へ行こう。
ホームルーム終了後。
「・・・谷津崎先生、メッチャ怖かったな」
「・・・同感。普通の先生は、釘バットなんて持ってない」
紗夜と二人、ぐったりと机に突っ伏していた。
担任の谷津崎匡子先生は、容姿が完全にレディースの総長といった感じの怖い女性だった。手には釘バットを持ち、生徒達を睨みつけながら話をするというスタイル・・・
何であんな人が教師やってんの?
「・・・そもそも『谷津崎』という苗字が怖い。『八つ裂き』とも変換できる」
「確かに・・・ってか、もう『八つ裂き』としか変換できないわ」
そんな会話をしていると、ユリスが鞄を持って席を立ち上がった。
「お、ユリス。帰るのか?」
「それ以外、何をするというのだ?ホームルームが終わった以上、今日の予定は終了した。ここにいる理由も無い」
「まぁな・・・じゃ、また明日」
「ふん・・・何度も言うが、私に気安く話しかけるな」
ユリスはそう言い放つと、さっさと教室から出て行ってしまった。
「・・・不愉快。あんな言い方は無い」
顔をしかめている紗夜。
「まぁそう言うなって。口の利き方はともかく、悪い奴じゃなさそうだしさ」
「・・・私が七瀬なら、一発ぶん殴ってるレベル。一体何様のつもりなのか」
「お姫様だよ」
俺達の後ろから、そんな声が聞こえた。振り向くと、俺の後ろの席の男子生徒がニヤリと笑っている。
「お姫様?」
「おうよ。彼女はリーゼルタニアって国の第一王女なのさ。ヨーロッパの王室名鑑にも載ってる、正真正銘のお姫様なんだぜ?」
「マジで!?」
「マジで。しかも彼女は、希少な《星脈世代》の中でも更に希少な《魔女》なんだ」
「お姫様で《星脈世代》で《魔女》・・・凄いな」
肩書きが豪華すぎるだろ・・・ユリス凄くね?
「・・・そんなお姫様が、何故こんな場所にいる?」
紗夜が首を傾げた。
確かに疑問だよな・・・そんな立場にある人間が、わざわざ戦いの中に身を置く必要も無いだろうに・・・
「それは俺にも分からん。何せあのお姫様、他人を近づけないからな」
ため息をつく男子生徒。
「彼女は中等部三年の時に転入してきたんだが、ここの連中がお姫様を放っておくわけもない。あっという間に人だかりができて、お姫様を質問攻めにしたんだ」
「あー・・・何となくユリスの対応が予想出来るわ」
「その予想、多分当たってるぜ。お姫様、連中に向かってこう言ったんだ。『うるさい。黙れ。私は見世物ではない』」
「・・・うん、予想以上に辛辣だったな」
もう少し愛想よくできないものだろうか・・・
「それで大半の連中は引いたんだが、当然面白く思わない奴もいた。そんな奴らがこぞって決闘を挑んだわけだが・・・まぁ見事に返り討ちにされてな。あれよあれよという間に序列五位、《冒頭の十二人》入りを果たしたわけさ」
「・・・あの女が序列五位?」
これには紗夜も驚きを隠せず、口をポカンと開けていた。
「おうよ。二つ名は《華焔の魔女》、その名の通り炎の力を操る《魔女》さ」
マジかよ・・・ユリスってそんなに強かったのか・・・
「ってか、ずいぶんと詳しいな」
「まぁ新聞部だしな。ってか、自己紹介がまだだったな。俺は夜吹英士朗。よろしく」
「俺は星野七瀬。七瀬でいいから。よろしくな、夜吹」
「おう、よろしく七瀬。俺のことも親愛を込めて英士朗と呼んでも・・」
「嫌だ。長い。夜吹の方が呼びやすい」
「すげぇ拒絶されたんだが!?」
「私は沙々宮紗夜。よろしく夜吹。あ、紗夜って呼んだら殴るから」
「何で!?何で七瀬は良くて俺はダメなの!?」
「信用できないから」
「泣いていい!?」
早速イジられキャラと化した夜吹なのだった。
*****
「それにしても、ルームメイトが夜吹だったとは・・・」
「俺は知ってたぜ。それでお前に声をかけたんだからな」
俺と夜吹は紗夜と別れ、男子寮への道を歩いていた。
先ほど寮の部屋の振り分けを確認したところ、俺のルームメイトが夜吹だったのだ。何てこった・・・
「俺のプライバシーが侵害されるのは確実だな・・・」
「七瀬は俺を何だと思ってんの!?」
「マスゴミ」
「俺お前に何かした!?」
夜吹がギャーギャー騒いでいるが無視。と、俺はあることを思い出した。
「あ、そうだ夜吹。ユリスがお姫様ってことは、クローディアもそうなのか?」
「クローディアって・・・生徒会長のことか?え、名前で呼んでんの?」
「本人がそう呼べっていうから」
俺がそう言うと、夜吹の目がキュピーンと光った。
あ、マスゴミ魂が騒いでるな・・・
「おい七瀬、会長とはどういう関係なんだ?」
「言っておくが、お前が考えてるような関係じゃないぞ。普通に友達だ」
「何だ、つまんねーの」
ため息をつく夜吹。
「で、どうなんだ?」
「会長はお姫様ってわけじゃねーよ。ま、立場的にはお姫様と似たようなもんだが」
「と言うと?」
「会長の両親は、統合企業財体『銀河』の上役なんだ」
「マジで!?『銀河』って言ったら、星導館の運営母体じゃねーか!」
「あぁ。中には、『親のコネで星導館に入った』『親のコネで生徒会長になった』なんて言ってる奴もいるが・・・大声でそんなことを言える奴はいない」
「親が『銀河』の上役だから?」
「それもあるが、何より会長の強さが恐れられてるんだ。何せ会長は序列二位、《千見の盟主》の二つ名を持つ実力者だからな」
「序列二位!?クローディアが!?」
ユリスよりも上かよ・・・どんだけ強いんだクローディア・・・
「ってか、何で二つ名が《千見の盟主》なんだ?」
「由来は会長の持つ純星煌式武装《パン=ドラ》にある。《パン=ドラ》には未来視の能力があって、保有者に数秒~数十秒先の未来を見せると言われているんだ」
「なるほど、それで《千見の盟主》か・・・」
「そういうこった。まぁ会長は、純粋な近接戦闘能力もメッチャ高いけどな。《パン=ドラ》の能力がクローズアップされがちだが」
「へぇ・・・」
近接戦闘能力が高い上に、未来視の力を持つ純星煌式武装を所有・・・無敵じゃん。
「俺、クローディアとは絶対決闘したくないわ」
「同感だな」
そんな会話をしていた時だった。
「ふざけるなッ!」
男性の怒鳴り声が聞こえる。それもすぐ近くからだ。
「何だ?喧嘩でもしてんのか?」
「この声、聞き覚えがあるな・・・」
夜吹が呟く。すると・・・
「ユリス、テメェ俺を舐めてんのか!?」
またしても怒鳴り声が聞こえた。
って、今ユリスって・・・
「やっぱり・・・またやってんのか・・・」
呆れた顔をしている夜吹。
「おい夜吹。ひょっとしてこれ、ユリス絡みか?」
「正解。ついてきな」
夜吹が手招きをして、声のした方へと歩いていく。後をついていくと、やがて夜吹はしゃがんで草むらの陰に隠れた。
俺も隠れると、夜吹が草むらの向こうを指差した。
「見てみな」
言われた通り、そっと覗いてみると・・・開けた場所にある四阿に、ユリスが座っていた。
ユリスの前には、大柄な男子生徒が仁王立ちしている。男子生徒の一歩後ろには、痩せている男子と小太りの男子が立っていた。
「いいから俺と決闘しやがれ!」
怒鳴る大柄な男子生徒。一方のユリスは平然としていた。
「断る」
「何故だ!?」
「レスター、私は貴様を三度も退けている。これ以上やっても無駄だ。お前は私には勝てない」
「まぐれが続いたからって調子に乗るんじゃねぇ!俺の実力はあんなもんじゃねぇぞ!」
「そうだ!レスターが本気を出したら、お前なんか相手にならないんだぞ!」
小太りの男子の言葉に、ユリスはフンッと鼻を鳴らした。
「つまり今までのレスターは、本気を出していなかったと?負けた相手に本気を出さずに勝とうとするとは・・・愚かだな。呆れてものも言えん」
「き、貴様・・・!」
歯軋りする大柄な男子生徒。何この状況・・・
「・・・夜吹、説明プリーズ」
「あいよ」
夜吹が小声で説明を始めた。
「あの大柄な男子はレスター・マクフェイル。序列九位で、二つ名は《轟遠の烈斧》。俺達の同級生だ」
「同級生なんだ・・・」
とても高一には見えないんだが・・・
「ってか、序列九位?ユリスやクローディアと同じ、《冒頭の十二人》じゃねーか」
「その通りだ。体格を生かしたパワーファイトが得意で、近接戦闘では無類の強さを誇る。ただ一方で、《魔女》や《魔術師》といった能力者は苦手としているんだ」
「なるほど、それでユリスに三回も負けたと・・・ってか、何でそこまでユリスに執着するんだ?」
苦手な相手なら、わざわざ三回も戦う必要なんて無いだろうに・・・
「きっかけは去年の公式序列戦さ。当時レスターは序列五位、お姫様は十七位だった」
「あー・・・その試合で勝ったから、ユリスは序列五位になったのか・・・」
「ご名答。その試合でお姫様は《冒頭の十二人》入りを果たし、レスターは《冒頭の十二人》から外れたのさ。レスターにとっては、屈辱の一戦だったろうな」
「それでユリスに勝つことに執念を燃やしてるわけか・・・」
呆れる俺。気持ちは分からなくもないが、あの態度はいただけないな・・・
「そんなにユリスと戦いたいなら、公式序列戦で・・・あ、まさか三回って・・・」
「お察しの通りさ」
苦笑する夜吹。
「最初にお姫様に負けた後、レスターは公式序列戦でお姫様を二回指名してる。二回とも負けたがな。ルール上、同じ相手は二回までしか指名できない。つまりレスターは、もうお姫様を指名できないんだよ。ま、お姫様はレスターを指名できるが・・・」
「自分より序列は下、その上三度も負かした相手を指名する意味もないだろ」
「仰る通り」
夜吹がため息をつく。
「だからレスターがお姫様と戦おうと思ったら、お姫様に決闘を受けてもらうしかないわけさ。それで毎日のように、ああやって絡んでるわけだ」
「うわー、メッチャ迷惑だな」
あんな暑苦しいのが毎日迫ってくるとか・・・ゾッとするな。
「ってか、後ろの二人は?」
「あぁ、レスターの取り巻きだよ。ランディ・フックとサイラス・ノーマンだ。《冒頭の十二人》ともなると、取り巻きがいてもおかしくないのさ」
「そっか、序列九位だもんな・・・一度は外れた《冒頭の十二人》に返り咲いたってことだよな・・・」
それは素直に凄いことだよな・・・実力で這い上がってきたわけだし。
そんなことを考えていると・・・
「とにかく、私は貴様と決闘するつもりなどない。悔しかったら、私より上の序列になることだな。その時は、私が貴様を公式序列戦で指名してやる。せいぜい頑張ると良い」
そう言ってユリスが立ち上がり、その場を立ち去ろうとする。
「待ちやがれ!」
ユリスの肩を掴むレスター。
「俺は認めねぇぞユリス!ただの道楽で戦ってるような奴に、いつまでも負けてられるか!」
その言葉に、ユリスの表情が変わる。
「ただの道楽・・・だと?」
「だってそうだろうが」
嘲笑を浮かべるレスター。
「お前、一国の姫なんだろ?そんな奴がこんな場所に来る理由なんざ、道楽以外にねぇだろうが。金持ちの王族さんよぉ」
「・・・黙れ」
「迷惑なんだよ、そんな軽い気持ちで戦場に立たれたらよぉ。少しは自分の身分を考えろや。あ、考えてるか。常に人を見下してるもんなぁ、お前」
「・・・黙れと言っている」
「そんなんだからダチがいねぇんだろうが。お前みたいな奴が姫だなんて、お前の国がどんなもんか見てみたい・・・」
「黙れえええええッ!」
瞬間、ユリスの身体から炎が巻き上がる。
「道楽!?軽い気持ち!?ふざけるなッ!私がどんな思いでここへやって来たか、貴様に分かってたまるかッ!」
激昂するユリス。
「良いだろう、レスター!貴様の決闘を受けてやる!どちらが強いか、今一度ハッキリさせてやろう!」
「ハッ、そうこなくっちゃなぁ!」
ニヤリと笑うレスター。
「テメェのプライドをズタズタに引き裂いて、もうアスタリスクにいられねぇようにしてやるよ!」
「望むところだ!貴様こそ消し炭にしてやる!」
バチバチと火花を散らせる二人。
「マジか!ここで《冒頭の十二人》同士の決闘かよ!こりゃ大スクープだぜ!」
はしゃぐ夜吹。ハァ・・・
俺は立ち上がって草むらを出ると、ユリス達の方へと歩いていく。
「ちょ、七瀬!?」
夜吹が慌てて止めようとするが、完全に無視した。
その声にユリスが気付き、俺が歩いてくるのを見て驚いた顔をする。レスターも俺に気付き、訝しげな表情をしていた。
「あん?誰だテメェ?」
そんなレスターに、俺は告げたのだった。
「ユリスの・・・ダチだ」
こんにちは、ムッティです。
今回の話を、自分で読んでみて思ったこと・・・
レスターが悪役すぎる(笑)
レスターファンの皆様、スミマセン。
あと、夜吹がだいぶ不憫な扱いされてるなぁ(他人事)
ま、夜吹だし良いやww
それではまた次回!