吸血暴姫
≪イレーネ視点≫
「ハァ・・・腹が減った・・・」
あたしはため息をついた。
ここはレヴォルフの懲罰教室・・・目に余るようなことをやらかした奴が、制裁の為に入れられる牢獄みたいなところだ。
ったく・・・
「カジノで暴れたぐらいで、何でこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ・・・」
腕に繋がれた手枷を、恨めしげに眺める。
と、急に壁が消えた・・・いや、正確には透過機構が働いた。
透明な壁の向こうに立っていたのは・・・
「よう、阿婆擦れ女。生きてるか?」
ディルク・エーベルヴァイン・・・レヴォルフの生徒会長だった。ディルクの背中に隠れているが、秘書の樫丸ころなもいる。
「・・・何の用だい?」
ぶっきらぼうに聞く。
「お前に頼みたいことがある」
「ハッ、頼みたいことだぁ?命令の間違いじゃねぇのか?」
ディルクの言葉に、あたしは鼻で笑った。
「アンタが本気で言ってんなら、あたしに拒否権なんざねぇだろ」
「聞いてくれりゃあ、今すぐそこから出してやるよ」
「へいへい・・・で、何をすりゃ良いんだ?」
「大したことじゃねぇ。《鳳凰星武祭》に出場しろ」
「は・・・?」
ポカンとするあたし。何を言い出すのかと思ったら・・・
「ころな、出場登録は済ませてあるな?」
「は、はいっ!」
慌てて返事をする樫丸ころな。やっぱ最初から言うこと聞かせる気だったのか・・・
「《鳳凰星武祭》はタッグ戦だろ?あたしのパートナーは?」
「お前の妹しかいねぇだろ」
「・・・マジで言ってんのか?」
ディルクを睨みつけるあたし。
「プリシラを危険な目に遭わせるつもりか・・・?」
「お前のパートナーなんざ、他に務まる奴いねぇだろうが」
睨み返してくるディルク。
「それに危険といっても、あくまで試合だ。命の危険なんざねぇよ。どうしても心配なら、お前が守ってやるんだな」
「・・・言われなくてもそうするさ」
悔しいが、あたしに拒否権は無い。プリシラを巻き込みたくはなかったが、あたしが守るしかねぇな・・・
「で、《鳳凰星武祭》に出てどうしろってんだ?優勝して、アンタの望みを叶えてもらおうってか?」
「優勝する必要なんざねぇよ。星導館の小僧を二人、叩き潰してくれりゃあ良い。再起不能になるくらいにな」
「・・・なるほど。決闘は拒否される可能性があるが、《鳳凰星武祭》なら嫌でも戦うことになるってわけか・・・」
と、ここであたしは疑問に思った。
「目標が小僧二人なら、《猫》で十分だろ。何であたしに仕事を振る?」
「《猫》は手が空いてねぇし、動かすとなると餌代がかかんだよ。しかも片方の小僧は、星導館の序列一位でな。《猫》を使って万が一にも足がつくと、こっちがヤベェ」
「序列一位?星導館の序列一位っていやぁ、《疾風刃雷》だったはずだろ?」
「お前がここにぶち込まれてる間に変わったんだよ。今はコイツ・・・《叢雲》だ」
空間ウィンドウを見せてくるディルク。
天霧綾斗・・・知らねぇ顔だな。
「ってことはコイツ、《疾風刃雷》に勝ったってことだろ?そんな奴にあたしが勝てるって、本気で思ってんのか?」
「言ったはずだぞ。再起不能になるくらい、叩き潰してくれりゃあ良いってな」
「いや、勝つことより難易度高いだろそれ」
「出来ねぇ仕事なら振らねぇよ」
マジかよ・・・やるしかねぇってか・・・
「で、コイツを狙う理由は?」
「・・・お前に教えてやる義理はねぇが、まぁ良いだろう。《黒炉の魔剣》っていう、星導館の学有純星煌式武装があるんだが・・・《叢雲》はその使い手でな。今はまだ使いこなせちゃいねぇが、放っておくと厄介の種になりそうなんだよ。だから今のうちに潰しておきてぇのさ」
「ふぅん・・・アンタが言うなら、よっぽど強力な純星煌式武装なんだろうな」
「・・・あれを目の当たりにすりゃあ、誰だってそう思うだろうぜ」
吐き捨てるように呟くディルク。
あたしに向けてというより、自分自身に言い聞かせるような口調だな・・・
「で、もう一人の小僧は?」
「コイツだ」
空間ウィンドウが切り替わる。そこに映っていたのは・・・
(七瀬!?)
そう、あの時あたしが助けた男・・・星野七瀬だった。
「あ?どうした?」
「・・・何でもねぇよ。コイツ、序列五位の《覇王》だろ?」
「お前がここにぶち込まれてる間に、コイツも序列三位に上がったぞ」
「マジか・・・」
七瀬の奴、あたしと同じ順位まできやがったな・・・
「で、《覇王》を狙う理由は?コイツは純星煌式武装の使い手じゃなかったはずだが?」
「俺もそう思ってたんだがな・・・」
ディルクが操作すると、空間ウィンドウに映像が映し出された。
「ついこの間行われた、星導館の公式序列戦の映像だ。戦っているのは《覇王》と序列三位・・・いや、元序列三位か。《覇王》に負けたから、今は序列五位だな」
七瀬の両手には、金色の煌式武装が装着されている。
そして試合が始まった瞬間・・・七瀬の拳から放たれた極太の光の柱が、相手を飲み込む。光が消えた時、相手は倒れていた。
おいおい・・・
「一撃かよ・・・どんだけ強力な純星煌式武装なんだ・・・」
「《神の拳》っていう名前らしい。星導館の学有純星煌式武装ではなく、《覇王》自身の所有物だそうだ」
「へぇ・・・そりゃ珍しいな」
大半の純星煌式武装は統合企業財体が管理していて、一部がデータ収集を兼ねて各学園に提供されているが・・・
個人で所有してるってのは、あまり聞かねぇな。
「で、この純星煌式武装が危険だから潰せと?」
「・・・まぁそれもあるな」
「あ?他にもあんのか?」
「どうやらコイツ・・・《戦律の魔女》と関わりがあるらしくてな」
「《戦律の魔女》って・・・あのシルヴィア・リューネハイムか?」
「あぁ。しかも六花園会議で代理を任されるほど、かなり近しい関係のようだ」
「他学園の生徒に代理を・・・?」
七瀬の奴、《戦律の魔女》とどんな関係なんだ・・・?
「小娘の方はどうでも良いが、《覇王》が権力を持って出張ってくるのは厄介なんでな。会ってみて分かったが、コイツは要注意人物だ。頭もキレるし・・・上手く言えねぇが、何か底知れねぇ力を持ってやがるような・・・そんな気がする」
心なしか、ディルクが七瀬を畏怖しているように見える。
あの《悪辣の王》に、こんなことを言わせるとはな・・・
「・・・話は分かった。つまり《鳳凰星武祭》に出場して、《叢雲》と《覇王》を潰せってことだな」
「そういうこった。可能なら両方潰してもらいてぇが、トーナメントの組み合わせにもよるからな・・・まずは先に当たった方を全力で潰せ」
「はいはい・・・って、小僧達はタッグじゃねーのかよ?」
「あぁ。《叢雲》は《華焔の魔女》と、《覇王》は《疾風刃雷》とタッグを組んでる」
「うわ、マジかよ・・・勝てる気がしねぇ」
「ま、最低でも片方潰してくれりゃあ良いさ。もう片方を潰すのは、別のやり方を考える」
「あいよ。で、確認なんだが・・・」
あたしはディルクを睨みつけた。
「プリシラには、誰にも手出しさせてねぇだろうな・・・?」
「当然だ。俺は絶対に契約は守る」
だろうな・・・でなきゃコイツは、今頃死んでるだろうし。
「・・・分かった。その仕事、引き受ける」
「さっさとそう言いやがれ」
ディルクが光学キーボードを操作すると、あたしの腕に繋がれていた手枷が外れた。
プリシラを守る為には、こうする他に無いんだ・・・
「・・・悪いな、七瀬」
小さな声で呟くあたしなのだった。
*****
「《叢雲》の天霧綾斗先輩ですよね!?」
「え?そうだけど・・・」
昼休み・・・学食で昼食を取っていると、一人の女子生徒が話しかけてきた。目当ては綾斗のようだ。
「サインもらっても良いですか!?」
「あぁ、うん・・・」
差し出された色紙とペンを受け取り、戸惑いながらサインをする綾斗。
「これで良いかな・・・?」
「ありがとうございます!《鳳凰星武祭》、頑張って下さいね!」
サインを受け取った女の子は、笑顔で手を振って去っていった。
「人気者は大変だな」
「茶化さないでよ・・・」
ニヤニヤしている俺を見て、ため息をつく綾斗。
「綾斗はちょっと愛想が良すぎる」
「全くだ。色々と心配になるぞ」
呆れている紗夜とユリス。綾斗が序列一位になってからというもの、こうやってサインを求められるケースが増えていたのだった。
「まぁそう言うなって。序列外の生徒が、いきなり一位を掻っ攫ったんだ。そりゃこうなって当然だろ」
「だな。入学初日に《冒頭の十二人》入りした七瀬や刀藤も凄かったが、それよりもっとセンセーショナルだと思うぜ」
夜吹の言葉に、レスターが同意する。
「んー、俺はあまり騒がれた記憶も無いんだけどなぁ」
「私も無いですねぇ」
並んで座り、呑気にうどんをすする俺と綺凛。
「あ、でもサインを求められたことはあったかも」
「それはありましたね。あと、写真を撮っても良いですかって」
「あー、あったなぁ」
「・・・いや、それは十分騒がれてるだろう」
ユリスのツッコミ。そうかなぁ・・・
「まぁ俺、序列一位じゃないし。そこまで騒がれてないだろ」
「いや、序列三位が何を言ってんだよ」
呆れている夜吹。
「この間の公式序列戦がネットに流れてから、話題沸騰中なんだぞ?」
「え、マジで?」
「元序列三位を一撃で倒すなんて、話題にならない方がおかしい」
紗夜もため息をついている。あー、あの試合ね・・・
「ふぅん・・・ま、序列に拘りも無いしなぁ」
「あの試合も挑まれたからであって、七瀬さんが挑んだわけじゃないですもんね」
苦笑している綺凛。
そうなんだよなぁ・・・こんな時期に挑んできやがって・・・
「そういう刀藤はどうなんだ?また序列一位に返り咲きたいんじゃねぇのか?」
「いえ、私も序列に拘りはありません」
レスターの問いをキッパリ否定する綺凛。
綾斗に敗れた為、綺凛は今序列外だ。だが、本人は特に気にしていないらしい。
「私の目標は、七瀬さんと共に《鳳凰星武祭》で優勝することですので」
「出場が決まって良かったね」
「それな」
綾斗の言葉に頷く俺。
他のペアの欠場による空きがあった為、予備登録組の俺・綺凛・紗夜・レスターも出場が決まったのだ。
「この三組の中から、必ず優勝ペアを出そうな。当たった時は全力で戦おうぜ」
「あぁ、勿論だ」
「負けるつもりは毛頭無い」
不敵に笑うユリスと紗夜。綾斗・レスター・綺凛も笑っている。
と・・・
「フフッ、頼もしいですね」
後ろから誰かに抱きつかれる。まぁ声で分かるけどな。
「おー、クローディア。仕事の方は大丈夫か?」
「一段落したので、少し休憩中です。《星武祭》が近付くと、仕事が増えて大変ですよ」
ため息をつくクローディア。ここのところ本当に忙しそうで、部屋に帰ってくるのも夜遅くだったりする。
「七瀬のおかげで助かってます。朝と夜の食事の用意だけでなく、昼のお弁当まで作っていただいて・・・何だか申し訳ありません」
「良いって。俺の方が時間あるし」
「七瀬、何だか主夫みたいだね」
苦笑する綾斗。まぁ一緒に暮らしてる以上、俺もクローディアを支えないとな。
「そうそう、先ほど《鳳凰星武祭》のトーナメント表が発表されましたよ」
テーブルの上に、巨大な空間ウィンドウを展開させるクローディア。全員で覗き込む。
「す、凄い参加人数ですね・・・」
圧倒されている綺凛。
参加人数は五百十二人、二百五十六組か・・・確かに凄いな。
「ふむ、我々はCブロックだな」
「あ、ホントだ」
「私達はLブロック」
「ふん。何処のブロックだろうが、負けるつもりはねぇよ」
ユリスと綾斗がCブロック、紗夜とレスターがLブロックか。
俺と綺凛は・・・
「あ、Fブロックですね」
「予選じゃ、ユリス達とは当たらないみたいだな」
《鳳凰星武祭》の開催期間は、およそ二週間だ。前半の一週間は予選で、ベスト三十二までが選出される。このトーナメント表は予選のものだ。
ベスト三十二まで残ったペアは、抽選で新しいトーナメント表に振り分けられる。それが本戦だ。
「星導館にポイントを入れる為には、本戦に進む必要があるんだっけか?」
「えぇ、ベスト三十二以上ですからね」
頷くクローディア。
《鳳凰星武祭》、《獅鷲星武祭》、《王竜星武祭》・・・この三つの《星武祭》の成績上位者とその学園にポイントが与えられ、《王竜星武祭》終了時点で総合成績が確定するらしい。
三年で一シーズンということになるわけだが、近年の星導館は成績が低迷しているそうだ。
「前シーズンは総合五位・・・六位のクインヴェールは総合成績を度外視していますから、実質的には最下位に等しいのです。今シーズンは巻き返したいところですね」
「へぇ・・・ちなみに、総合一位はどの学園だったんだ?」
「ガラードワースです。六花園会議では、前シーズンの総合一位の学園の代表者が進行役を担うことになっています」
「あ、それでアーネストが仕切ってたのか」
納得する俺。
「えぇ。ですから皆さん、今回の《鳳凰星武祭》は頑張って下さいね」
「安心しろクローディア、この中から優勝ペアが出るから」
「だね。みんな本戦には進むだろうし、ポイントも稼げるんじゃないかな」
俺の言葉に頷く綾斗。
「ま、望みを叶えるついでだ。ポイントも稼いでやろうじゃないか」
「《鳳凰星武祭》がシーズン最初の《星武祭》だしな。スタートダッシュといこうぜ」
「私達は勝ち進むだけ」
「えぇ、他の学園に負けるつもりはありません」
ユリス・レスター・紗夜・綺凛もやる気満々だ。クローディアが嬉しそうに微笑む。
「フフッ、期待していますよ」
「ま、お前ら強いもんなぁ・・・この三組の中から優勝ペアが出てもおかしくないと思うぜ?」
夜吹がトーナメント表を見ながら言う。と、少し驚いたような顔になった。
「へぇ・・・出てきやがったか」
「誰が?」
「コイツだよ」
夜吹が指差した名前は・・・ん?
「あれ?イレーネじゃん」
「え、知り合いか?」
「まぁな。レヴォルフの序列三位・・・《吸血暴姫》だろ?」
「あぁ。純星煌式武装・・・《覇潰の血鎌》の使い手で、重力を操ることが出来る」
「あれ凄いよなぁ」
レヴォルフの不良共が、一瞬で気絶したもんなー。あの鎌、純星煌式武装だったのか。
「イレーネは誰とタッグを組んでるんだ?」
「えーっと、プリシラ・ウルサイス・・・妹だな」
「へぇ、姉妹で出るのか・・・ってことは、会う機会もありそうだな。ちゃんとこの間のお礼をしないと」
イレーネが俺を潰すことを命令されているとは、この時はまだ知らない俺なのだった。
明けましておめでとうございます、ムッティです。
シャノン「新年だねー、作者っち」
ねー。良い年にしたいねー。
シャノン「今年こそ!今年こそ出番を増やs・・・」
それではまた次回!今年もよろしくお願い致します!
シャノン「人の話を聞けえええええ!」