「・・・何でこうなった?」
仏頂面のユリス。
俺・ユリス・クローディア・紗夜・レスター・夜吹の六人は、星導館総合アリーナの特等席に座っていた。
ステージでは、綾斗と綺凛が対峙している。
「仕方ないだろ。綾斗が希望したんだから」
苦笑する俺。
一昨日の決闘、綾斗としては不完全燃焼だったらしい。それで昨日、綾斗は綺凛に再戦を申し込んだのだ。綺凛がそれを快諾し、現在に至る。
「だからと言って、わざわざこんなステージを用意する必要はあるまい」
「注目の一戦なんですから、これくらいは当然でしょう?」
ステージを用意した張本人・・・クローディアが笑みを浮かべる。
「序列一位の刀藤さんと、その刀藤さんと互角にやり合った綾斗の再戦ですよ?誰だって見たいはずです」
「むぅ、しかしだな・・・」
「そんなに心配するな、リースフェルト」
落ち着き払っている紗夜。
「綾斗はもっと強い相手と戦い慣れている」
「何だと?誰だそれは?」
「ハル姉・・・綾斗のお姉さん」
紗夜の答えは簡潔だった。へぇ・・・
「綾斗のお姉さんって、確か《魔女》なんだろ?そんなに強いのか?」
「強い。剣術の腕もかなりのもの」
マジか・・・
そういや、綾斗のお姉さんも《黒炉の魔剣》を使ってたんだっけか。相応の実力が無いと、アレは扱えないもんな。
「ま、アイツにも何か考えがあるみてぇだぜ。ただではやられねぇだろ」
「レスター、何か知ってんの?」
「あぁ、予備の煌式武装を貸してくれって頼まれてな」
「あ、俺もだぜ。天霧の奴、何するつもりなんだろうな?」
夜吹も手を上げる。綾斗の奴、《黒炉の魔剣》を使わないつもりか?
と、綾斗の身体から爆発的に星辰力が解放される。それを合図に、二人の決闘が始まったのだった。
*****
「二人ともお疲れ」
「マジで良い試合だったぜ!お疲れさん」
試合後・・・控え室にて、綾斗と綺凛に労いの言葉をかける俺と夜吹。
試合は綺凛が校章を破壊され、綾斗が勝利を収めたのだった。
「まさか序列一位に勝ってしまうとはな・・・」
「流石は私の綾斗だ」
感心しているユリスと、誇らしげな紗夜。綾斗が苦笑する。
「ははっ・・・ギリギリの戦いだったよ」
「いえ、私の完敗です。参りました」
清々しい表情をしている綺凛。やりきったんだろうな。
「刀藤さんも素晴らしかったですよ」
「あぁ、マジで凄かったぜ」
クローディアとレスターが、綺凛を賞賛する。
レスターと夜吹の予備の煌式武装を囮に使った綾斗が一枚上手だったが、綺凛も綾斗を途中まで追い詰めてたもんな。
「あ、ありがとうございます・・・」
先輩二人に褒められ、顔を赤くする綺凛。
と・・・
「綺凛!出て来い!ここを開けろ!」
部屋のドアを殴りつけるような音と、すさまじい怒声。間違いなく綺凛の伯父さんだ。
「・・・うわ、厄介なのが来たな」
あのジジイ帰れよ・・・
と、綺凛がきゅっと唇を噛み締めていた。俺は綺凛の手をそっと握った。俺を見上げる綺凛。
「七瀬さん・・・」
「大丈夫、側にいるから」
「・・・はいっ」
微笑む綺凛。よし・・・
「クローディア、開けてくれ」
「了解です」
ドアの側にいたクローディアに声をかける。クローディアがロックを解除すると、伯父さんが雪崩れ込んできた。
「綺凛!この愚か者めが!勝手に決闘した挙句、序列外の小僧に負けおって!計画が全て台無しではないか!」
「・・・ごめんなさいです、伯父様。ですが申し上げた通り、これからは私のやり方で戦っていきます。伯父様の力は借りません」
「ええい黙れ!私の言うことを聞け!」
綺凛に手を上げようとする伯父さん。
だが・・・
「・・・止めろ」
低い声で言う俺。伯父さんがピタリと動きを止めた。その顔には、冷や汗が浮かんでいる。俺が全力の殺気を向けているからだ。
他の皆も、伯父さんのことを睨みつけている。
「綺凛を傷付けることは、俺が絶対に許さない」
「な、何だお前は・・・私は《星脈世代》ではないのだぞ・・・?」
「だから?」
「わ、私に手を上げたらどうなるか・・・」
「だから?」
もう一度繰り返す俺。口をパクパクさせている伯父さん。
「そ、そうだ綺凛!お前の父の所業を隠蔽してやったのは私だぞ!?私の下へ戻らぬと言うのなら、全てをぶちまけてやる!そうなったら、お前も刀藤流もどうなるか・・・」
「あら、面白いことを仰りますね」
今まで黙っていたクローディアが口を開く。笑みを浮かべてはいるが、目が全く笑っていない。
怒っている時のクローディアだ。
「なっ!エンフィールドの・・・!」
「『刀藤綺凛というブランド』は、あなた一人のものではありません。星導館・・・ひいては統合企業財体の財産です。あなたと姪御さんの関係に口を挟むつもりはありませんでしたが、私情で我々の財産を汚そうというのなら・・・見過ごすわけにはいきませんね。恐らく、母も同じ判断を下すでしょう」
完全に何も言えなくなってしまう伯父さん。
「そもそもアンタのプランは、綺凛を無敗のまま《王竜星武祭》の優勝へ導くことが前提だったんだろ?でも綺凛が負けた以上、そのプランはもう成り立たない。綺凛のことは放っておいて、自分の保身を考えるんだな。アンタの下に綺凛が戻ったところで、もうメリットなんて何も無いんだ。アンタにも、綺凛にもな」
俺の言葉がトドメになったのか、ガックリとうなだれて踵を返す伯父さん。
「お、伯父様っ!」
綺凛の呼びかけに足を止める伯父さん。しかし、振り返ることはしなかった。
「伯父様には感謝しています。それは嘘じゃありません。今まで・・・本当にありがとうございました!」
頭を下げる綺凛。
「・・・幸せ者だよ、アンタ。姪にこんなこと言ってもらえるなんて。刀藤流を継ぐことより、銀河の幹部になることより・・・もっと大事なことを、アンタ自身の力で見つけるんだな」
俺の言葉に答えることもなく、伯父さんは静かに部屋を出て行った。
「伯父様・・・」
悲しそうな顔で俯く綺凛。俺は綺凛の頭を撫でた。
「・・・きっと悪い人じゃないよ、あの人は」
「え・・・?」
「《星脈世代》じゃないけど、かなり鍛えられた感じだったし。多分、よっぽど刀藤流の剣術に打ち込んでたんだと思う。それほど剣術に打ち込めるなんて、純粋な熱意を持った人じゃなきゃ無理だ」
「七瀬さん・・・」
「でも刀藤流を継げなかったことで、ちょっと心がねじれたんだろうな。それで綺凛のお父さん、ひいては《星脈世代》を憎むようになった・・・誰しも少しのきっかけで、心がねじれたりするもんだよ。でも・・・」
笑みを浮かべる俺。
「元々が純粋なら、どんなにねじれたって元に戻れる。綺凛の伯父さんだって、きっと元に戻れるよ。だから・・・早くお父さんを助け出して、伯父さんと和解してもらおう。綺凛が間に入ったら、きっと和解できる」
「私に・・・出来るでしょうか・・・?」
「出来るさ。むしろ綺凛にしか出来ないことだと思う。頑張ろうぜ」
「七瀬さん・・・はいっ」
涙を浮かべながら、ニッコリ笑う綺凛なのだった。
*****
「三十九式煌型光線砲ウォルフドーラ・・・掃射」
紗夜が呟いた瞬間、低い唸りを上げて光の奔流が迸る。俺は逃げることなく、拳を構えた。
《神の拳》を装着した拳を。
「・・・《断罪の一撃》」
拳がぶつかった瞬間、極太の光の柱が一瞬にして消え失せる。
「なっ・・・!」
驚愕する紗夜。俺は一瞬で間合いを詰め、紗夜の顔面に拳を叩き込む・・・寸前で止めた。
ニヤリと笑う俺。
「勝負あり、だな」
「・・・参った」
両手を上げ、降参の意を示す紗夜。
「ったく、紗夜の銃は威力が凄まじいな」
「・・・それを完全に掻き消した七瀬の方が凄まじい」
ため息をつく紗夜。
俺達は、ユリス専用のトレーニングルームで模擬戦を行っていた。
「全く、そんな純星煌式武装を持っていたとはな・・・それを封印した状態の七瀬に、我々は負けたということか・・・」
「ユリスは善戦してたじゃねぇか・・・俺なんざ一撃だぜ?」
明らかに落ち込んでいるユリスとレスター。
「ドンマイ。元気出そうぜ」
『お前のせいだろうが!』
ハモる二人。綾斗が苦笑していた。
「仕方ないって。七瀬が《神の拳》を封印してた理由は、二人とも聞いたでしょ?」
「それはまぁ・・・」
「そうだけどよぉ・・・」
口ごもる二人。ここにいるメンバーとクローディアには、事情を説明したのだ。
「・・・俺さ、怖かったんだよ」
《神の拳》を見つめる俺。
「コイツを使ったら、また誰かを傷付けるんじゃないかって。みんな俺から離れていくんじゃないかって・・・それが怖かった」
「七瀬・・・」
神妙な面持ちの綾斗。俺は微笑んだ。
「でも・・・あの綺凛が、自分の力で一歩を踏み出したんだ。俺が足踏みしてる場合じゃないよな。ちゃんとコイツと向き合わないと」
と、俺の手を紗夜が握った。
「・・・私は、七瀬から離れたりしない。断言する」
「紗夜・・・」
「七瀬は、私の背中を押してくれた。だから今度は私が、七瀬の背中を押す番だ」
微笑む紗夜。紗夜が笑うところなんて滅多に見ないけど・・・可愛いな、お前。
「沙々宮の言う通りだ」
ユリスが俺の頭を撫でる。
「そんなことで、私がお前から離れるわけがなかろう。お前はもっと私を信用しろ」
「ユリス・・・」
「・・・お前と出会っていなかったら、今の私はいない。本当に感謝しているのだ。だから、その・・・もっと頼ってくれて良いのだぞ?」
照れくさいのか、頬を染めているユリス。
「そうだよ七瀬。もっと俺達を信用してよ」
「そんなことでお前から離れるようなら、最初からダチになってねぇっつーの」
「綾斗・・・レスター・・・」
笑っている二人。お前ら・・・
「クローディアも、同じことを言っていたのではないか?」
「・・・何か怒られたわ」
ユリスの問いに苦笑する俺。「七瀬は私が信用できないんですか?」って、説教タイムが始まったもんな・・・
まぁ最終的には頬を染めながら、「私が七瀬から離れるなんて有り得ませんから」って言ってくれたけど。
「・・・友達に恵まれたよ、俺は」
そう呟いた時、チャイムが鳴って空間ウィンドウが開かれた。綺凛の姿が映る。
「刀藤?」
ユリスが操作し、開いたドアから綺凛が入ってきた。ペコリと一礼する。
「こ、こんにちは」
「おー、綺凛。どうした?」
「七瀬さんがこちらにいるとお聞きして」
「・・・誰から?」
「会長です」
「だから何で分かるのアイツ!?」
マジで怖いんだけど!?
と、綺凛が《神の拳》に気付いて微笑んだ。
「・・・使うことにしたんですね」
「あぁ。お前のおかげだよ」
「い、いえ!私はそんな!」
顔を赤くし、ぶんぶん首を振る綺凛。
「ところで、何かあったのか?」
「はい。七瀬さんにお話がありまして」
真面目な顔をする綺凛。
「私、《鳳凰星武祭》に出場しようと思います」
「・・・そっか」
微笑む俺。一刻も早く、お父さんを助けたいんだろうな・・・
伯父さんと決別した以上、《王竜星武祭》まで待つ理由も無くなったし。
「パートナーはどうするんだ?」
「実は、お話というのはそのことでして・・・」
俺を見つめる綺凛。
「七瀬さん、私とタッグを組んでいただけないでしょうか?」
「え、俺!?」
マジで言ってんの!?
「私は、七瀬さんのおかげで前に進むことが出来ました。伯父様の言いなりになることをやめ、自分のやり方でやっていこうと思えたんです」
「綺凛・・・」
「優勝を狙うなら、パートナーは七瀬さん以外に考えられません。それに・・・七瀬さんとタッグを組んで戦ってみたいんです。ですから・・・お願いします!」
頭を下げてくる綺凛。勿論、力にはなってあげたい。
でも《鳳凰星武祭》に出るということは、ユリスの敵になるということで・・・
「ハァ・・・何を迷っているのだ」
俺の様子を見て、苦笑するユリス。
「刀藤の力になってやりたいのだろう?なら、迷う必要など無いではないか」
「でも、そうするとユリスと・・・」
「・・・私はな、七瀬。お前が戦いを避けていることに気付いたから、お前にパートナーになってくれとは言わなかったのだ。だが・・・」
微笑むユリス。
「お前はもう、向き合うことを決めたのだろう?だったら迷わず突き進め。その方が、私としても嬉しいのだから」
「ユリス・・・」
「無論、私にも譲れない願いがある。お前達と当たることになったとしても、負けるつもりは毛頭無い。だが・・・お前が私を心から応援してくれていることは、きちんと分かっているつもりだ。恨んだりなどしないから、もっと自分の気持ちに素直になれ」
笑顔で俺の背中を叩くユリス。ホントにコイツは・・・マジで良い女だよ。
俺は綺凛の方に向き直った。
「・・・パートナー、引き受けるよ。よろしくな、綺凛」
「・・・ッ!はいっ!よろしくお願いします!」
綺凛がパァッと顔を輝かせる。新タッグ結成だな。
「良かったね、刀藤さん」
「どうやら、ライバルが増えたようだ」
「ハッ、面白くなってきたじゃねぇか」
綾斗、紗夜、レスターも笑みを浮かべる。俺はみんなを見た。
「ユリスと綾斗、紗夜とレスター、綺凛と俺・・・優勝をかけて勝負だな」
「我々は負けるつもりなど無いぞ」
「うん、狙うは優勝のみだね」
「私達も負けない」
「おう、優勝は俺達のもんだ!」
「な、七瀬さん!頑張りましょう!」
「あぁ、勿論だ」
こうして俺達は、《鳳凰星武祭》へ向けて動き出したのだった。
二話続けての投稿となります。
これにて綺凛編は終了です。
そしてこれが年内最後の投稿となります。
この作品を読んで下さっている方々、本当にありがとうございます。
来年もどうぞよろしくお願い致します。
それではまた来年お会いしましょう!
皆様、良いお年を!