≪エルネスタ視点≫
「嘘・・・だろう・・・?」
隣でモニターを見ていたカミラが絶句している。あたしもすぐには言葉が出なかった。
あの巨大な竜が、拳一つで一瞬にして消し飛ぶなんて・・・
「・・・なるほどね」
あたしは、ようやく言葉を絞り出すことに成功した。
「七瀬くんがどんな時でも素手で戦い続けたのは、あの純星煌式武装を使いたくなかったから・・・つまり、本気を出してなかったってことか」
「あの純星煌式武装で、他にどんな技が繰り出せるのかは分からないが・・・序列一位になることなど容易いだろうな」
「だろうね。《疾風刃雷》がいかに速くても、あれで攻撃されたらひとたまりもないでしょ。もう化け物レベルじゃん、あれ」
正直、予想を遥かに超えていた。データうんぬんどころの話じゃない。
でも・・・
「・・・優しいね、七瀬くんは」
「・・・だな」
カミラが頷く。
「あの純星煌式武装は、必要以上に相手を傷付けてしまう・・・だからこそ七瀬は、使わないという選択肢を選び続けたんだろう」
「まぁ今回は、《疾風刃雷》を守る為に使わざるを得なかったようだけど・・・仕方ない状況だったよね」
「あぁ。だが・・・」
「どうしたの?」
言葉に詰まるカミラの顔を覗き込む。
「あれを目の当たりにした《疾風刃雷》が、七瀬のことをどう思うだろうと思ってな。七瀬から離れるようなことになったら、焚き付けた側としては申し訳ないなと・・・」
「なーんだ、そんなことか」
「そんなことって、お前な・・・」
非難するような目であたしを見るカミラ。あたしはニッコリ笑った。
「心配しなくても大丈夫。《疾風刃雷》は、七瀬くんから離れたりしないよ」
あたしには確信があったのだった。
*****
「・・・助け、早く来ないかな」
「・・・ですね」
お互い下着姿で座り込んでいる俺達。濡れた服を着たままだと冷えるので、脱いで乾かすことにしたのだ。
重苦しい雰囲気が漂う。
「・・・ずっと疑問でした」
綺凛が口を開いた。
「どうして七瀬さんは、煌式武装を使わないんだろうって。あれだけの星辰力量があるなら、煌式武装を最大限に生かせるのに・・・」
「いや、むしろ逆だよ」
「逆・・・?」
「星辰力量が多すぎて、普通の煌式武装じゃ耐えられないんだ。煌式武装が力を発揮する前に壊れる。生かす以前の問題だよ」
苦笑する俺。
「純星煌式武装なら、俺の星辰力量でも問題無く耐えてくれる。でも・・・」
「あの純星煌式武装・・・《神の拳》を使いたくないんですね?」
綺凛の言葉に、力なく頷く俺。
「確かに強力な純星煌式武装だと思いますが・・・それを言うなら、天霧先輩の《黒炉の魔剣》だって危険な代物じゃないですか。リースフェルト先輩の炎だって、普通の人が食らったら・・・」
「・・・そういう問題じゃないんだよ」
俺はため息をついた。
「俺は《神の拳》で・・・大切な人を殺しかけたんだ」
「・・・ッ!」
息を呑む綺凛。
そう、忘れもしない・・・五年前のことだ。
「当時《神の拳》を手に入れた俺は、その力に溺れた。自分こそが最強だと自惚れ、歯向かってくる奴には容赦なく力を振るった。そんな時、俺を止めようとしてくれた女の子がいたんだ。その子は俺にとって、恩人でもあって・・・凄く大切な人だった」
当時のアイツは、必死で俺を止めようとしてくれたっけ・・・自分が勝ったら言うことを聞いてくれって、泣きながら勝負を申し込んできたんだ。
「俺はその子と戦うことになった。今まで何度も戦ったことがあったけど、俺は一度も勝てたことがなくてさ」
「七瀬さんが・・・一度も・・・?」
唖然としている綺凛。アイツ、強かったもんなぁ・・・
「《神の拳》を手にした以上、もう負けたりしないって思ってたんだけど・・・予想以上に苦戦を強いられてさ。段々と歯止めがきかなくなった結果、決して人に使ってはいけない禁断の技・・・《断罪の一撃》を、その子に使ってしまったんだ」
「・・・ッ!そ、それで・・・その方は一体・・・」
「・・・幸い、一命は取り留めたよ。咄嗟に全ての星辰力を、防御に回したんだ。それが無かったら・・・間違いなく死んでただろうな」
あの時ほど、自分の愚かさを後悔した日は無い。
自惚れていた自分を、必死で止めようとしてくれたアイツを殺しかけた自分を・・・殺したくなるほど後悔した。
「何よりも辛かったのは・・・アイツが俺を許してくれたことだった。回復して面会が出来るようになって、ただ謝ることしか出来なかった俺に・・・アイツは笑顔を向けてくれた。『私が気にしてないんだから、君が気にする必要は無いんだよ』って・・・」
自分を殺しかけた相手に、何でそんなセリフが言えるのか・・・俺には理解することが出来なかった。
「俺には、この子の隣にいる資格なんて無い・・・そう思った俺は、その日からその子とは距離を置いた。そして・・・《神の拳》も封印した。さっきは五年ぶりに使ったけど」
「・・・ごめんなさいです」
俯いている綺凛。目には涙が滲んでいる。
「私に力が無かったから・・・七瀬さんに、《神の拳》を使わせてしまいました。ごめんなさいです・・・ごめんなさいです・・・」
泣きじゃくる綺凛。俺は綺凛の頭を撫でた。
「・・・さっきの綺凛を見てたら、アイツのことを思い出してさ」
「え・・・?」
「アイツも、最後まで諦めない奴だったから。日本刀を構える綺凛を見て、何かアイツの姿と重なったんだ。綺凛を死なせたくない、守りたい・・・そう思った」
「七瀬さん・・・」
俺は綺凛の涙を、指でそっと拭った。
「・・・アイツに言われたんだ。『君の力は、人を傷付ける為にあるわけじゃない。大切な人を守る為にあるんだよ』って・・・俺はお前を守る為に力を使ったし、後悔なんてしてない。だから、謝ることなんて何もないよ」
俺は俯いた。
「それより、俺が謝らないと・・・ゴメンな、怖い思いさせて。こんな化け物みたいな奴が側にいるなんて、恐怖でしかないよな。側にいたくないよな・・・」
そこまで言った瞬間、俺の頬に強烈な痛みが走った。綺凛が俺の頬を引っぱたいたのだ。
「き、綺凛・・・?」
「どうしてそんなこと言うんですか・・・ッ!」
俺を睨みつける綺凛。
「自分のことを化け物だなんて・・・七瀬さんを侮辱する発言は、私が絶対に許しません!それが例え、七瀬さん本人であってもです!」
綺凛の目から、再び涙が零れ落ちる。
「私、そんな薄情な女に見えますか!?こんなことで七瀬さんから離れていくような、そんな女に見えるんですか!?だとしたら心外です!凄く不愉快です!」
「綺凛・・・」
「七瀬さん、私に言いましたよね!?自分の前では、我慢しないで素直になれって!あの言葉、凄く嬉しかったんですよ!?我慢しなくても良いんだって!七瀬さんには本音を聞いてもらえるんだって!凄く救われる思いでした!それなのに・・・」
ボロボロと涙を零す綺凛。そのまま、俺の胸に顔を埋めてくる。
「なんでそんな悲しいこと言うんですか・・・七瀬さんに恐怖なんて、感じるわけないでしょう・・・」
「・・・ゴメン」
綺凛、そんな風に思ってくれてたんだな・・・と、綺凛が俺を見上げた。
「私・・・七瀬さんのお側にいたいです。ダメですか・・・?」
「・・・本当に良いのか?」
「勿論です。天霧先輩やリースフェルト先輩、会長だってそう思うはずです」
「綺凛・・・ありがとな。これからもよろしく頼むよ」
「はいっ」
笑みを浮かべる綺凛なのだった。
*****
「全く・・・どれだけ心配をかけたら気が済むんですか?」
「すいませんでした・・・」
頬を膨らませて怒るクローディアに、平謝りしている俺。
あの後、俺と綺凛は無事に助け出された。事情聴取や念の為に精密検査を受けた後、昼過ぎにようやく寮の部屋に戻ってきたのだが・・・
待っていたのは、激おこぷんぷん丸状態のクローディアだった。
「ってか、学校はどうしたんだ?」
「サボりました」
「生徒会長なのに!?仕事あるよね!?」
「下っ端の生徒会役員に押し付けました」
「何してんの!?最低かお前!?」
「誰のせいだと思ってるんですか?」
「返す言葉もございません・・・」
何も言えねぇ・・・
と、クローディアがため息をついた。
「まぁ、そういう事情なら致し方ありませんね・・・まさかアルルカントが、またしても仕掛けてくるとは・・・」
「懲りない連中だよホント・・・まさかとは思うが、またエルネスタが絡んでるんじゃないだろうな・・・」
「彼女が関与しているかは分かりませんが・・・恐らく実行犯は、アルルカントの《超人派》でしょう。あそこは生体改造技術が専門ですから」
「なるほど・・・ま、いずれにしても証拠が無いよな」
「えぇ・・・申し訳ありません」
「クローディアは悪くないだろ」
俺は苦笑しながらクローディアの頭を撫でると、そのまま優しく抱き締めた。
「な、七瀬・・・?」
「・・・心配かけてゴメン。俺は大丈夫だから」
突然のことに驚くクローディアだったが、俺の言葉を聞いて背中に手を回してくる。
「・・・ご無事で何よりです。お帰りなさい」
「ただいま」
笑い合う俺とクローディアなのだった。
*****
「そんなことがあったのか・・・災難だったね」
「全くだよ・・・」
苦笑する綾斗に、ため息をつく俺。
学校を休むことになってしまったので、俺は放課後に谷津崎先生の下へ謝罪に訪れた。珍しいことに、先生は俺の身体を気遣ってくれたのだった。
今はユリス専用のトレーニングルームに立ち寄り、トレーニングしていた二人に事情を説明したところである。
「アルルカントの奴らめ・・・許せん」
メラメラ燃えているユリス。
「懲りずに七瀬を襲いおって・・・タダでは済まさんぞ」
「落ち着けユリス」
苦笑する俺。
「サイラスの一件と違って、今回は証拠が無いんだ。何も出来ないさ」
「それは分かっているが・・・!」
悔しそうなユリス。俺はユリスの頬に手を添えた。
「ありがとな、俺の為に怒ってくれて。その気持ちだけで十分嬉しいよ」
「と、当然だ!大切な友人が襲われたのだからな!」
顔を赤くするユリス。
と、チャイムのような音が鳴った。少し遅れて、空間ウィンドウが展開される。そこに映っていたのは・・・
「え、綺凛?」
そう、間違いなく綺凛だった。どうしてこんな所に・・・
「ユリス、入れてもらって良いか?」
「あぁ。構わんぞ」
ユリスが操作すると、トレーニングルームの扉が開いた。そこから綺凛がおずおずと入ってくる。
「し、失礼します・・・」
「おー、綺凛」
手を上げる俺。綺凛がニッコリと笑う。
「どうしてここに?」
「七瀬さんがこちらにいるとお聞きしたので」
「え、誰から?」
「会長です。お部屋に伺ったら、こちらにいるのではないかと」
「・・・アイツエスパーなの?」
何か怖いんだけど・・・
と、綺凛が綾斗とユリスにぺこりと一礼した。
「天霧先輩、リースフェルト先輩、こんにちは」
「やぁ、刀藤さん」
「話は聞いたぞ。災難だったな」
「い、いえ・・・七瀬さんのおかげで助かりました」
苦笑している綺凛。
「ところで、何かあったのか?」
「はい。七瀬さんにご報告がありまして」
「報告?」
「私・・・もう伯父様の言いなりになるのはやめました」
覚悟を決めた表情の綺凛。
「先ほど、伯父様にもお話させていただきました。これからは、私のやり方でここで戦っていくと」
「マジか・・・で、伯父さんは何て?」
「怒ってらっしゃいましたが・・・無視してきました」
「・・・そっか」
笑う俺。
あのジジイはさぞ怒り狂っているだろうが・・・これは綺凛が決めた道だ。あのジジイがとやかく文句を言う資格など無い。
「・・・刀藤さん、どういう心境の変化だい?」
驚いている綾斗。綺凛が微笑む。
「伯父様の言いなりになっていたら、いつかきっと後悔する・・・そう思ったんです」
「綺凛・・・」
「私は私のやり方で戦います。父に対して、胸を張れる自分でいたいんです」
言い切る綺凛。うん、良い表情だ。
「よし、一緒に頑張ろうな」
「はいっ」
笑顔で頷く綺凛なのだった。
こんにちは、ムッティです。
シャノン「作者っち、今日で2016年も終わりだねー」
ねー。もう2017年になるねー。
シャノン「来年こそ私の出番を・・・」
それではまた次回!
シャノン「ちょ、無視するなー!」