どうでもいいけど、早く涼しくなってほしい・・・
辺り一体が静寂に包まれた。綾斗の身体が震えている。
「貴女が・・・姉さんを斬った・・・?」
「えぇ」
頷く零香姉。
「私は《蝕武祭》の選任参加者だったのよ。ちなみに、この男は専任闘技者だったわ」
零香姉が《処刑刀》を指差す。コイツも《蝕武祭》の関係者か・・・
「六年前、私はこの男に命令されたのよ。『天霧遥と試合をしろ』ってね。結果は私の勝ち、彼女は重傷を負ったわ」
「『身体が動かせなくなるくらい痛めつけろ』とも言ったはずなんだがね」
やれやれといった様子の《処刑刀》。
「遥は重傷を負ったものの、まだ余力が残っていた。君がちゃんと私の言うことを聞いてくれていたら、あんなことにはならなかっただろうに・・・」
「そんなこと知らないわよ」
素っ気無く返す零香姉。
「私が斬った時点で、彼女は倒れて動かなくなったんだもの。あれで余力が残ってるなんて・・・」
「はああああああああああっ!」
零香姉のセリフの途中で、綾斗が鬼のような形相で零香姉に斬りかかった。
すかさず《処刑刀》が間に入り、《黒炉の魔剣》を《赤霞の魔剣》で受け止める。
「おっと・・・危ないな」
「お前達が姉さんを・・・詳しく話を聞かせてもらおうか・・・!」
「ははっ、流石だな」
嬉々として綾斗の相手をする《処刑刀》。
あの《処刑刀》とかいう男、何処かで見たことが・・・声も聞き覚えがあるような・・・
「止めておけ」
俺の様子を見て、ヴァルダが静かに語りかけてくる。
「ここは既に私の結界内・・・《処刑刀》に関する認識は阻害されている。《処刑刀》の正体を見破ることはできない」
「・・・そこまでするってことは、間違いなく俺の知ってるヤツだよな」
あんな物騒な男、知り合いにいたか・・・?
「まぁいいや・・・三人まとめて倒す」
「フフッ、貴方達二人にやれるのかしら?」
「誰が二人ですって?」
零香姉の言葉に、聞き覚えのある声が問い返す。俺が後ろを振り返ると・・・
「三咲姉!?」
「七瀬、無事ですか?」
《聖王剣》を構えた三咲姉が立っていた。鋭い目で零香姉を睨んでいる。
「まさかアスタリスクで会えるとは・・・僥倖ですね」
「・・・ヴァルダ、人払いはしていなかったの?」
「認識阻害に力を注いでいる以上、人払いはどうしても疎かになってしまうのだ。常人ならともかく、ソイツのような力強き者を防ぐことはできん」
「・・・あの男のせいってわけね」
溜め息をつく零香姉。と・・・
「ぐあっ!?」
「綾斗!?」
綾斗がこちらへと吹き飛んできた。あの綾斗が圧されている・・・?
「まぁこんなものか」
余裕の表情で歩いてくる《処刑刀》。
「さぁ、どんどんかかってきたまえ。相手になってやろうじゃないか」
「それでは、相手になっていただこうかな」
またしても聞き覚えのある声。綾斗の持つ《黒炉の魔剣》と、《処刑刀》の持つ《赤霞の魔剣》が振動している。
これはもしかしなくても・・・
「大事な試合を明日に控えた選手を、こんなところで闇討ちとは・・・感心しないね」
ガラードワース生徒会長、アーネスト・フェアクロフが悠然と現れた。その手には既に、《白濾の魔剣》を起動させている。
「アーネスト!?」
「やぁ七瀬」
アーネストは俺に挨拶すると、《処刑刀》へと鋭い視線を向けた。
「僕の友人を闇討ちしようとした罪・・・今ここで償ってもらおうか」
「《絶剣》と《聖騎士》が参戦か・・・流石に分が悪いな」
《処刑刀》はそう呟くと、零香姉とヴァルダへ視線を向けた。
「どうやら潮時らしい。撤退だ」
「させるかっ!」
綾斗が地面を蹴り、《黒炉の魔剣》で斬りかかるが・・・
「零奈」
「あいよ」
光と共に現れた零奈が、《黒炉の魔剣》を受け止めた。
「なっ!?」
「悪いな。アタシも純星煌式武装だから、その剣と打ち合えるのさ」
零奈はニヤッと笑うと、綾斗の腹部へ蹴りを放った。
「がはっ!?」
「天霧くんっ!」
吹き飛ぶ綾斗を、アーネストが咄嗟に受け止める。
「では諸君、明日の決勝を楽しみにしている」
《処刑刀》が大きくジャンプし、その場から離脱しようとする。
「待ちなさいッ!」
三咲姉が後を追おうとするが、その前に零香姉が立ち塞がった。
「悪いわね、三咲。追わせるわけにはいかないのよ」
「っ・・・貴女は何故、あの男の仲間になどなったのですかッ!」
「貴女に教える義理は無いわ」
零香姉は冷たく返すと、ヴァルダへと視線を向けた。
「ヴァルダ、もう認識阻害は良いでしょう?」
「あぁ」
ヴァルダが頷いた途端、強烈な黒い輝きが放たれる。頭を掻き回すかのような苦痛が走り、全員動きが止まってしまった。
「またしても勝負はお預けね・・・残念だわ」
零香姉の声が響いてくる。
「また会いましょう、七瀬。私は貴方を諦めないから」
やがて輝きが収まった頃には、零香姉達の姿は何処にも見当たらなかったのだった。
*****
「悪いな、アーネスト」
「気にしないでくれ」
俺の言葉に笑顔で返すアーネスト。
俺・三咲姉・アーネストの三人は、ガラードワースの送迎用の車で星導館へと向かっていた。
あんなことがあった後では危険だからと、アーネストが星導館まで送ることを申し出てくれたのだ。
「いや、ホント助かったよ。危うく星導館に帰れなくなるところだったし」
溜め息をつく俺。
三咲姉が二葉姉に連絡していたらしく、あの後すぐ星猟警備隊がやってきた。
二葉姉は泣きながら俺を抱き締め、『今日から私の家で暮らしなさい。七瀬には指一本たりとも触れさせないわ』などと言い出したのだ。
最終的にヘルガさんが拳骨で黙らせ、アーネストの申し出もあって二葉姉はしぶしぶ折れた。
「二葉姉様は、七瀬のことになると見境が無くなりますからね」
「分かってるなら二葉姉に連絡するなよ・・・」
面白そうに笑う三咲姉に対し、再び溜め息をつく俺。
ちなみに綾斗は《処刑刀》との戦いで軽い怪我を負ってしまった為、治療院で手当てを受けている。
手当てが終わり次第、星猟警備隊の車で星導館まで送ってもらえるそうだ。
「でも助かったよ。アーネストと三咲姉が来てくれてさ」
「見舞いの為に治療院へ向かう途中で、ただならぬ殺気を感じてね。急いで駆け付けて正解だったよ」
苦笑するアーネスト。
「三咲から話は聞いていたが、あの女性が零香さんか・・・戦いはしなかったが、相当な強さだろうね。彼女から感じるプレッシャーは、尋常ではなかったよ」
「腐っても我が家の長女ですからね」
忌々しそうな表情の三咲姉。いや、腐ってもって・・・
「ところでアーネスト、さっき見舞いって言ってたけど・・・ソフィアのことか?」
「あぁ。時間もできたことだし、兄として顔を見に行こうと思ってね」
「・・・悪い。邪魔しちゃったな」
「七瀬のせいじゃないさ」
アーネストは肩をすくめると、表情を少し曇らせた。
「・・・まぁ、今さら僕が兄だなんて言えた義理ではないんだけどね」
「え・・・?」
「ソフィアがアスタリスクに来たのは・・・僕の為なんだ」
溜め息をつくアーネスト。
「《星武祭》で優勝して、僕の代わりにフェアクロフ家を継ごうとしていたらしい。そうすることで、僕を家のしがらみから自由にしたかったみたいだよ」
「・・・それがソフィアの願いだったのか」
フェアクロフ家は、欧州でも有名な名家らしい。名家ともなると、それ相応のしがらみ等も存在するのだろう。
そこからアーネストを自由にすべく、ソフィアは頑張っていたのか・・・心の優しいヤツだな・・・
「昔、ちょっとした事故があってね。ソフィアは僕の大切な友人を傷つけてしまったんだ。それ以来、その友人の家とフェアクロフ家は疎遠になってしまって・・・ソフィアはそのことに対して、未だに責任を感じているらしい。だからせめてもの罪滅ぼしとして、僕を自由にしようとしているんだろうね」
「じゃあ、ソフィアが人を傷付けられないのって・・・」
「あぁ、その事故が原因だよ。トラウマになっているみたいなんだ」
剣の腕前は、アーネストを上回るかもしれないと言われているソフィア。
だがソフィアには、相手を傷付ける攻撃が出来ないという致命的な弱点があるのだ。その弱点がある以上、一人で相手に勝つことはとてつもなく難しい。
だからこそ今回、美奈兎達とチームを組んで《獅鷲星武祭》に参加していたのだ。
「僕は家のしがらみを受け止めているし、不自由さだって飼い馴らしている。それが負担になっているように見えたのなら、僕の至らなさだろうね」
「・・・負担になっているように見えないから、じゃないかな」
「え・・・?」
俺の呟きに、アーネストが驚いたような表情を見せる。
「家のしがらみを受け止めていることも、不自由さを飼い馴らしていることも・・・アーネストにそれだけの才覚があるってことは、ソフィアが一番よく分かってるはずだ。それでも、アーネストをそこから自由にしようとしているのは・・・自分自身を当然の如く犠牲にしようとするのを、見ていられなかったからじゃないのか?」
「っ・・・」
息を呑むアーネスト。
「その事故とやらで、責任を感じているってこともあるんだろうけど・・・一番の理由はそこじゃないのか?多分ソフィアは、アーネストに自分の意思で生きてほしいんだと思う。家や周りの意思じゃなくて、他ならぬアーネスト自身の意思で」
「僕の意思・・・」
「まぁあくまでも推測だ。本当の意図は違うかもしれないけどな」
考え込むアーネストを見て、思わず苦笑する俺。
「だからまぁ、今度ソフィアとゆっくり話してみたらどうだ?お互いの思いをぶつけ合ってみたら良い」
「・・・それだと喧嘩にならないか?」
「喧嘩したって良いだろ。五和姉と六月姉なんてしょっちゅう喧嘩してるけど、お互いの考えを遠慮なくぶつけ合えるからこそ仲が良いんだぞ」
「まぁあの二人の場合、五和が六月に丸めこまれるパターンが多いですけどね」
三咲姉が苦笑している。まぁ確かに・・・
「・・・そうだね。良い機会だし、一度ソフィアと話してみるよ」
「あぁ、その方が良い。ソフィアもきっと喜ぶだろうし」
そんな話をしていると、車がゆっくりと停車した。窓の外を覗いてみると、星導館の正門前に到着していた。
「着いたか・・・じゃ、二人ともありがとな」
「礼を言うのはこっちの方さ。ソフィアの件、助言をくれてありがとう」
笑みを浮かべるアーネスト。
「やはりソフィアには、七瀬のような男性と一緒になってもらいたいものだ」
「止めとけ。俺みたいな男じゃもったいないくらい良い女だよ、アイツは」
苦笑しながらそう返す俺。と、三咲姉が真剣な表情で俺を見つめていた。
「七瀬・・・明日はお互い全力で戦いましょう」
「勿論だよ、三咲姉」
こちらも真剣な表情で、三咲姉の目を見据える。
「優勝は譲れない。絶対に勝つ」
「私だって譲れません。勝つのは私達です」
お互いに勝利を宣言した後、二人でフッと笑みを零す。
何だかんだ言いつつ、明日の決勝を心待ちにしている俺と三咲姉なのだった。
どうも~、ムッティです。
シャノン「いよいよ次回は決勝戦が始まるのかな?」
その予定だよ。
やっとランスロット戦が書けるよね。
シャノン「途中で会長の話を挿んだから、結構長く感じるよね」
それな。
とりあえず、早く《獅鷲星武祭》を終わらせたいところです。
それではまた次回!以上、ムッティでした!
シャノン「またね~!」