次回から新章に入ります。
部屋には重苦しい雰囲気が漂っていた。クローディアは俯き、俺の言葉をジッと待っている。
さて、何から話そうか・・・
「クローディア」
目の前で今にも泣き出しそうな顔をしている、大切な仲間の名前を呼ぶ。
「俺は《パン=ドラ》の悪夢を見たことが無いから、『お前の気持ちが分かる』なんて軽々しく言えないけど・・・俺も昔、死のうとしたことがあるんだ」
「え・・・?」
驚いているクローディア。俺は話を続けた。
「両親を失ったあの日・・・零香姉に刺された俺は、しばらくして意識を取り戻した。目が覚めて、泣いて喜んでくれた皆に・・・俺は何て言ったと思う?」
「・・・何を言ったんですか?」
「『あのまま死にたかった』って」
「っ・・・」
ずっと味方でいてくれたシルヴィを殺しかけ、ずっと支えてくれていた両親は零香姉に殺された・・・
俺はあの日、全てに絶望してしまったのだ。
「特に一織姉には、ずいぶん酷いことを言ったよ。『一織姉が治癒能力に目覚めなかったら、あのまま死ねてたかもしれないのに』って」
「・・・一織さんは何と?」
「・・・ただ一言、『ゴメンね』って。泣いて謝ってたよ」
本当に、あの時の自分をぶん殴ってやりたいわ・・・
「で、その日の夜中・・・俺は自殺しようとした。《断罪の一撃》を、自分に向けて放とうとしたんだ。まぁ、寸前で一織姉に止められたんだけど」
「一織さんが・・・?」
「あぁ。ずっと俺の様子を見てたらしくてさ・・・思いっきり平手打ちされたよ」
あの時の一織姉の怒りようは凄まじかったな・・・あんなに怒った一織姉を、今まで見たことが無かったし。
「散々説教された後、俺にしがみついてきてさ・・・『お願いだから生きてくれ』って。『今は絶望してるかもしれないけど、死んでしまったら本当に希望なんて無くなってしまう。私達の為だと思って生きてくれ』って・・・号泣しながら言われたよ」
『七瀬が死んだら、私も後を追う』とも言ってたっけ・・・
一織姉にそこまで言わせてしまった自分が、本当に情けないと思った。
「こんな俺でも、死んだら悲しんでくれる人がいる・・・それほど大切に思ってくれる人を、悲しませたくない・・・そう思ったから、俺は生きることにした。自分の為というより、俺を大切に思ってくれる人の為に」
「七瀬・・・」
「・・・まぁその考え方を、お前に押し付けるつもりは無いよ。考え方なんて人それぞれだし、夢を実現させようとしたお前の覚悟は相当なものだと思う。だから・・・俺の気持ちだけ伝えておく」
クローディアを見つめる俺。
「俺はクローディアに死んでほしくない。今の俺にとっては、クローディアのいる生活が日常になってるから・・・いなくなったら寂しい」
「っ・・・」
「生きることに価値が見出せないなら、俺がその価値を作る。『生きてて良かった』って思ってもらえるように、精一杯頑張るよ。だから・・・もう少しだけ生きてみないか?っていうか今すぐ価値を作るのは無理だから、マジでちょっと時間を下さい」
「・・・フフッ」
笑うクローディア。その目には涙が滲んでいた。
「バカですね、七瀬は・・・私にそこまでする義理など無いでしょうに」
「バカって言ったヤツがバカなんですぅ」
「フフッ、子供みたいですね」
クローディアはひとしきり笑うと、俺の手を握ってきた。
「ですが・・・初恋の相手にそんなこと言われたら、私もそう簡単に命を投げ出せませんね」
「クローディア・・・」
「ですから・・・もう少しだけ生きてみることにします。七瀬が作ってくださるという『生きる価値』にも興味がありますし」
「・・・ヤベェ、ハードル高くね?」
「えぇ、高いです。エベレストより高いですよ」
「そんなに!?」
俺のツッコミに、面白そうにクスクス笑うクローディアなのだった。
*****
《ユリス視点》
「・・・どうやら大丈夫みたいですね」
微笑みながら小声で言う綺凛。
私達は病室の前で、七瀬とクローディアの会話に耳を傾けていた。二人には悪いと思ったのだが、どうしても様子が気になったのだ。
「全くあの子ったら、あんな昔話までしちゃって・・・」
溜め息をつく一織さん。
「一織さんでも、七瀬に平手打ちとかするんですね」
「まぁ、あの時はねぇ・・・」
綾斗の言葉に苦笑する一織さん。
「どうにか思い留まってくれたけど・・・『私達の為だと思って生きてくれ』っていうのは、言うべきじゃなかったかもしれないわね」
「どうしてですか?」
「それからの七瀬が、ますます自分のことを考えなくなっちゃったからよ。いつも私達を優先して、自分のことは後回し・・・もっと自分の為に生きてほしいんだけどね」
「一織さん・・・」
「だからこそ私達家族が、七瀬のことを考えてあげようって・・・そう決めたの。七瀬にとっては、余計なお節介かもしれないけどね」
照れ臭そうに笑う一織さん。やはり、星野家の絆は深いな・・・
「ただ、ここからが問題だと思う」
紗夜がポツリと呟く。
「エンフィールドは七瀬に恋をしている。だが七瀬には、既にリューネハイムという恋人がいる。これは修羅場の予感がする」
「あぁ、それなら大丈夫よ」
何でもないことのように言う一織さん。
「シルヴィは器の大きい子だもの。これぐらいで修羅場になったりしないでしょう。後は七瀬次第よ」
「心配じゃないんですか?」
「全然」
私の問いに、一織さんは笑顔で答えるのだった。
「だって私の自慢の弟だもの」
*****
「まぁそんなわけで、銀河との交渉は上手くいったよ。ありがとな、皆」
『全く、ななくんったら無茶するんだから・・・』
『ハハッ、七瀬らしいじゃないか』
『銀河を脅迫するとは、やりおるのう』
溜め息をつくシルヴィに、笑っているアーネストと星露。
星導館へと戻ってきた俺は、三人と空間ウィンドウ越しに通信で会話をしているのだった。
「人聞きが悪いぞ星露。脅迫じゃなくて交渉だ」
『相手が呑むしかない交渉など、脅迫同然じゃろうて』
「それは迂闊なマネをした銀河が悪い。俺はそこに付け込んだだけだ」
『ななくん、それを世間では脅迫って言うんだよ?』
『まぁ良いじゃないか。ミス・エンフィールドも七瀬も無事だったんだから』
苦笑するアーネスト。
『チーム・エンフィールドの面々の身の安全も保障されたんだろう?これでもう、銀河から命を狙われることもないわけだ』
「まぁな。ただ、今日の戦闘で皆ずいぶん疲弊しててさ・・・このコンディションで明日の準決勝を迎えるのは、正直ちょっと辛いわ」
『それはご愁傷様じゃのう』
星露も苦笑している。
『暁彗達はやる気満々じゃぞ?コンディションもバッチリじゃ』
「だよなぁ・・・まぁ、こっちも負けるつもりは無いけど」
皆の願いを叶える為にも、クロエを助ける為にも・・・絶対に負けられないな。
「そういやアーネスト、レティシアはどうした?」
『先ほどミス・エンフィールドから通信があったから、楽しく会話してる最中だと思うよ。何だかんだ言いながら、凄く心配していたからね』
「やれやれ、レティシアも素直じゃないな」
レティシアって、何となくユリスに似てるよな・・・
本当はとても心優しいのに、それを必死に押し隠そうとするところとか・・・
「とりあえず、報告は以上だ。ホントにありがとな」
『ホホッ、気にするでない。とにかく、明日に備えて早めに休むと良いぞ』
『僕としては、是非七瀬と戦ってみたいからね。勝ち進むことを望んでいるよ』
「おう。じゃ、お休み」
星露とアーネストの空間ウィンドウがブラックアウトする。
と、シルヴィだけ通信が繋がったままの状態になっていた。
「シルヴィ?どうした?」
『ねぇ、ななくん』
俺を見つめるシルヴィ。
『《千見の盟主》の気持ちに、どう応えるつもりなの?』
「・・・どうすべきなんだろうな」
実はクローディアとの会話後、シルヴィには全てを話していた。クローディアの行動の動機や、俺に恋をしていたという事実・・・
それらを話し終えた後で、アーネストや星露に連絡をとったのだ。
「先に言っておくけど、俺が好きなのは間違いなくシルヴィだよ。クローディアのことは、本当に大切な仲間だと思ってる。ただ・・・」
『ただ・・・?』
「・・・クローディアは、少し特別なんだ。一緒に暮らしてたからかもしれないけど、愛しさを感じるっていうかさ・・・」
『つまり好きってこと?』
「自分でもよく分からないんだよ。勿論クローディアのことは好きだけど、それが異性に対する好きなのかどうか・・・ゴメンな、こんな曖昧な答えで」
『仕方ないよ。人の心は複雑なんだから』
苦笑しているシルヴィ。
『ただ、ちゃんと答えは出さないとね。向こうはずっとななくんに恋してるんだし』
「・・・そうだな。ちゃんと答えは出すよ。ただ、これだけはハッキリ言っておくぞ」
シルヴィを見つめる俺。
「俺のシルヴィに対する想いは変わらない。だからシルヴィの手を離すことは有り得ない。それは絶対だから」
『フフッ・・・つまり《千見の盟主》の気持ちを受け入れたら、ななくんは二股をかけることになるわけだね』
「・・・そう言われると、何か自分がゲスい男に思えてきたわ」
『冗談だよ』
笑っているシルヴィ。
『私はななくんの側から離れたりしないし、ななくんの決定に従うつもりだよ?もし《千見の盟主》の気持ちを受け入れるなら、重婚の認められてる国に移住したら良い話だし。あ、でも正妻の座は譲れないからね!』
「・・・シルヴィには敵わないわ」
苦笑する俺。
「・・・ありがとな、シルヴィ。ちゃんと答えは出すから」
『うん。それと、明日の準決勝頑張ってね』
「あぁ、絶対に勝つよ」
『フフッ、期待してるね。それじゃ、お休み』
「お休み」
シルヴィの空間ウィンドウがブラックアウトして、今度こそ全員と通信が切れた。
俺はベッドに寝転がり、天井を見上げた。
「とにかく今は、明日の準決勝・・・そこに全力を注ぐべきだな」
暁彗、セシリー、虎峰、沈雲、沈華・・・界龍で世話になったヤツらと、全力で戦う時が遂にきた。
そして・・・
「八重・・・」
愛しい妹の顔を思い浮かべる。
星露の教えを受けている以上、かなり強くなっているはずだ。油断など出来ないし、俺も全力でいかないといけない。
妹や親友達が相手とはいえ、絶対に負けるわけにはいかないのだ。
「クローディア、ユリス、綺凛、綾斗、紗夜・・・」
大切な仲間達と、それぞれの叶えたい願い・・・
「クロエ・・・赫夜の皆・・・」
どうしても助けたい人と、その仲間達から託された思い・・・
「四糸乃姉・・・ルサールカの皆・・・」
全力で俺に向かってきた愛する姉と、その仲間達の思い・・・
「シルヴィ・・・」
そして最愛の彼女・・・俺は力強く拳を握り締めるのだった。
「待ってろよ黄龍、そしてランスロット・・・勝つのは俺達だからな」
どうも~、ムッティです。
シャノン「ななっちは、まだ答えが出せないみたいだね」
まぁすぐにはね・・・
おいおい答えは出る予定です。
シャノン「ゲスの極み七瀬の誕生かな?」
おい止めろ。
某キノコ頭とは違うんだよ。
そして今回でこの章は終了です。
次回からはいよいよ《獅鷲星武祭》の続きです。
シャノン「いよいよかぁ・・・果たして優勝できるのだろうか・・・」
さぁ、どうでしょう?
それではまた次回!以上、ムッティでした!
シャノン「またね~!」