梅雨が明けるの早すぎだろ・・・
《クローディア視点》
目が覚めると、私はベッドの上に横たわっていました。
「・・・ここは?」
「治療院だよ」
隣から声がします。そちらへ顔を向けると、七瀬がベッドの側の椅子に座っていました。
「ったく・・・気を失った人間を、二人も運ぶことになるとはな」
「二人・・・?」
「お前と・・・あの爺さんだよ」
溜め息をつく七瀬。
「まだ別室で寝てるから、一織姉に見張ってもらってる。まぁ身体は拘束してるし、目が覚めても問題は無いと思うけど」
「あの後、どうなったんですか・・・?」
憮塵斎殿が倒れたとはいえ、他の《ナイトエミット》や《影星》が止まってくれるとは思えませんが・・・
「とりあえずユリス達と合流して、爺さんの身柄を盾に《ナイトエミット》や《影星》を脅迫した。『俺達に攻撃を仕掛けるようなら、爺さんの命は無い』ってな。おかげで連中は手を出せず、俺達は普通に治療院まで辿り着けたよ」
「何してるんですか・・・」
『ナイトエミット』の当主を人質に取るなんて、タダで済むとは思えませんが・・・
「その後夜吹を通じて、あの人に交渉を持ちかけたんだが・・・来たみたいだな」
七瀬がそう言った直後、来訪者を告げるチャイムが鳴りました。七瀬が空間ウィンドウを操作して、部屋のドアを開けます。
そこから入ってきたのは・・・
「お母様・・・」
「こんばんは、クローディア」
にこりともせず挨拶してきたのは、なんとお母様でした。
では、七瀬が交渉を持ちかけた人物というのは・・・
「お待ちしてました、イザベラさん」
「・・・とんでもないことをしでかしてくれましたね」
溜め息をつくお母様。
「七瀬さん、ご自分が何をしたか分かっているのですか?」
「えぇ、よく分かってますよ」
頷く七瀬。
「そして銀河が、こちらの交渉に応じるしかないということも」
七瀬の言葉に、お母様が顔を顰めます。
どういうことでしょう・・・?
「銀河が実働部隊を動かし、自身の運営する学園の生徒会長の抹殺を企んだ・・・この事実は、既に他の統合企業財体も把握済みです。つまり銀河は既に、他の統合企業財体に弱味を握られているということになります」
淡々と説明する七瀬。
「これだけでも、銀河にとってはかなり痛いはずです。さらに実働部隊の一族の長が、自身が運営する学園の一生徒に敗北したなんて知られたら・・・こんな美味しいネタを、他の統合企業財体が見逃すはずがありません。銀河の権威は失墜するでしょうね」
お母様の表情が、見たこともないほど険しいものになっていきます。
お母様でも、こんな表情をすることがあるのですね・・・
「あ、だからって今度は俺達を抹殺しようなんて考えないで下さいね。そんなことしたら、全ての事実が白日の下に晒されますから」
「・・・どういうことでしょう?」
「簡単な話です」
あっけらかんと言う七瀬。
「既に他の学園の生徒会長達に、情報を流したんですよ」
「なっ!?」
驚愕しているお母様。情報を流した・・・?
「クインヴェールのシルヴィア・リューネハイム、ガラードワースのアーネスト・フェアクロフ、界龍の范星露・・・レヴォルフとアルルカントを除く三つの学園の生徒会長達には、今回のことを話しておきました。今は胸の内に留めておいてくれるそうですが、俺達チーム・エンフィールドに何かあったら・・・今回のことを、全て公にするように頼んでおきました。証拠となる写真や映像も送っておいたので、言い逃れは出来ませんよ」
遂に言葉が出なくなってしまったお母様。七瀬、貴方という人は・・・
「『ナイトエミット』当主、夜吹憮塵斎の身柄もこちらの手中にあります。銀河はもう、こちらの要求を呑むしかない・・・お分かりいただけましたか?」
「・・・まるで悪夢ですね」
「クローディアが見てきた悪夢に比べたら、遥かにマシでしょうよ」
お母様の呟きを、バッサリ切り捨てる七瀬。
「そもそも貴女がクローディアに《パン=ドラ》を渡していなかったら、こんなことにはならなかったんですから。自業自得です」
「・・・降参です。そちらの要求を呑みましょう」
溜め息をつくお母様。七瀬は何を要求するつもりなのでしょうか・・・?
「では、金輪際クローディアの命を狙わないことを誓って下さい。俺達チーム・エンフィールドのメンバーについても同様です」
「・・・分かりました」
「それから・・・夜吹英士朗の身の安全を確保していただけますか?」
「はい・・・?」
ポカンとしているお母様。夜吹くんの身の安全・・・?
「今回夜吹には、色々と情報を流してもらいまして。それがバレてしまうと、『ナイトエミット』が夜吹を抹殺しようとするかもしれません。《影星》も黙ってないでしょうし、銀河の力でどうにかしていただけないかと」
「・・・そういうことだったのですね」
呆れているお母様。
「良いでしょう。彼の身の安全は我々が保障します」
「ありがとうございます」
一礼する七瀬。
「とりあえず、今のところ要求は以上です。夜吹憮塵斎の身柄はお返しします」
「・・・それだけですか?てっきりもっと要求されるかと思いましたが・・・」
「まぁ今後何かあったら、力を貸していただくこともあるかもしれませんが・・・俺達は別に、銀河を脅す為に戦ったわけではないので」
七瀬はそう言うと、私の方を見ました。
「クローディアの命が守れた・・・それで十分です」
「っ・・・」
思わず顔が熱くなります。恐らく今の私の顔は、真っ赤に染まっていることでしょう。
「・・・貴女もそんな顔をするのですね、クローディア」
驚いているお母様なのでした。
*****
「そんなわけで、クローディアも俺達も身の安全が保障されたから」
「・・・とんでもない男だな、お前は」
「銀河の最高幹部と交渉・・・っていうか、もう脅迫に近いですよね?」
表情が引き攣っているユリスと綺凛。俺はユリス達に、イザベラさんとの会話の一部始終を話して聞かせていた。
っていうか・・・
「何で一織姉までいんの?」
「七瀬が巻き込んだんでしょうが!」
怒っている一織姉。
「怪我したエンフィールドさんと知らないお爺さんを抱えてきた時は、一体何事かと思ったわよ!?しかも説明も無いまま、『爺さんの見張りよろしく』って酷いじゃない!」
「あぁ、そうだったな・・・」
あの後、爺さんの身柄はイザベラさんに引き渡した。爺さんは既に目覚めており、イザベラさんから俺との交渉内容を聞いて渋い表情をしていた。
だが依頼主の決定に逆らうつもりは無いらしく、大人しく治療院を後にしたのだった。
「まぁ事情はさっき説明した通りだよ。巻き込んでゴメンな」
「全くもう・・・何で七瀬はいつも危ないことに首を突っ込むかなぁ・・・」
「自分から突っ込んでるわけじゃないぞ。向こうから突っ込んでくるんだから」
「トラブルに愛される男、それが七瀬」
「おいそこの一年中迷子」
紗夜の呟きにツッコミを入れる俺。俺はトラブルなんかゴメンだっていうのに・・・
「まぁ良かったじゃないか。これで銀河と敵対しなくて済むんだから」
綾斗が苦笑しながらそう言う。いやホント、良かった良かった。
「・・・申し訳ありませんでした」
ベッドの上に座りながら、クローディアが皆に頭を下げる。
「私のせいでこんなことになって・・・皆さんを危険に晒してしまって・・・」
「・・・そう思うなら、事情をちゃんと説明してくれ。最初から全部だぞ」
俺の言葉に、クローディアが溜め息をついた。
「あの場所で、七瀬の腕の中で息を引き取ること・・・それが私の望みでした。その望みを叶える為に、私はアスタリスクへとやってきたのです」
皆が息を呑む。やっぱりそうだったのか・・・
「《パン=ドラ》の悪夢に苛まれる内に、私は生きていることに価値を見出せなくなっていきました。どうあがいても人は死ぬ・・・それを何度も夢の中で体験している内に、『どう死ぬか』ということの方が重要ではないかと思ったのです」
ユリスが声を上げかけたが、俺が手で制した。言いたいことがある気持ちは分かるが、今はクローディアの話を聞く時だ。
「そんなある時、私は夢の中で七瀬に出会ったんです。私のピンチに駆け付けてくれ、私を守る為に戦ってくれました。そして私は、そんな七瀬を守る為に死ぬ・・・最期を迎えることに対して絶望ではなく、充実感を感じたのはそれが初めてだったんです」
「クローディア・・・」
「私はその夢を見た時から、七瀬・・・貴方に恋をしていたんですよ」
俺を見つめ、微笑むクローディア。
「だからこそ私は、その夢を現実のものにしようと誓いました。高等部の入学式の日、正門の前で七瀬を見た時は・・・感動のあまり泣きそうになりましたよ」
そういや、あの時クローディアが声をかけてくれたんだっけ・・・
あれがキッカケで、俺達は仲良くなったんだよな・・・
「じゃあ、綾斗を特待生として星導館に迎え入れたのは・・・?」
「勿論、その時に見た夢を再現する為です。夢の中にはユリス・沙々宮さん・刀藤さん・綾斗の四人も出てきました。ユリスは中三の時に転入してきましたし、沙々宮さんと刀藤さんは入学者リストに名前がありました。ですが綾斗の名前が無かったので、必死に綾斗を探して星導館に迎え入れようとしたんです」
「そういうことだったのか・・・何の実績も無い俺を、特待生として招待しようなんておかしいとは思ったけど・・・」
納得している綾斗。
「登場人物達も出揃い、後は夢のシナリオ通りに進めていくだけでした。ですが・・・」
俺を見つめるクローディア。
「私が見た夢の結末とは、全く違う結果になってしまいました。七瀬、一体何をしたのですか?」
「特別なことは何もしてないさ」
肩をすくめる俺。
「レティシアからお前の望みの半分を聞いた時、お前が命を捨てようとしている可能性に気付いた。《パン=ドラ》で見た夢の通りにしようとしてるんじゃないかってな。その時に、リーゼルタニアでのことを思い出したんだよ」
「リーゼルタニア?」
首を傾げているユリス。そういや、あの時ユリスは気を失ってたっけ・・・
「初めて七海が人型になって、皆の前に姿を見せた時のことだ。クローディアは七海を見て、驚いてたんだよ。つまりクローディアが見た夢の中に、七海は登場していないということになる。そうだろ?」
「・・・えぇ、七海さんは登場していませんでした」
「だから七海には人型になってもらって、コンテナの陰に身を潜めてもらってたんだ。いざっていう時、すぐに俺達の間に割って入れるようにな。クローディアが命を捨てようとしてるなら、必ずそういった場面が来るはずだと思ったよ」
「マスターの読み通りでしたね」
笑っている七海。
「恐らくマスターの修行成果が、クローディアさんが見た夢のものより大きかったということでしょう。ずいぶん前に見た夢のようですし」
「界龍で修行しといて、マジで良かったな」
星露に感謝しないとな・・・と、クローディアが俯いた。
「・・・以上が全てです。思う存分詰っていただいて構いません。私は自分の夢の為、皆さんのことを利用したのですから」
「クローディア・・・」
皆、何も言えないでいた。
それぞれ怒りたい気持ちもあるだろうが、クローディアの想いを知った今・・・どう言葉をかけるべきか、悩んでいるんだろう。
「・・・皆、一度席を外してもらえないか?」
「七瀬・・・?」
「クローディアと二人で話がしたいんだ。皆も言いたいことを纏めるのに、ちょっと時間が欲しいだろ?」
「・・・分かった。席を外す」
皆が部屋を出て行くのを見届け、俺はクローディアに向き直るのだった。
「さて・・・少し話をしようか」
どうも~、ムッティです。
シャノン「ななっちの脅迫によって、皆の身の安全が保障されたわけだね」
銀河を脅迫する男・・・色々ヤバいな。
シャノン「そして会長の動機が明らかに・・・ななっちはどうするんだろう?」
さて、どうなっていくのやら・・・
早いとこ執筆を進めないと・・・
シャノン「進んでないんだね・・・」
大丈夫、まだ九割しか本気出してないから。
シャノン「九割も本気出しちゃってんじゃん!?残り一割じゃん!?」
やれば出来るとはかぎらない子、それがムッティ。
シャノン「言い切った!?それじゃダメじゃん!?」
まぁ何とかなるっしょ。
それではまた次回!以上、ムッティでした!
シャノン「不安しかないなぁ・・・」