「確かにここなら、密談には向いているでしょうけど・・・」
呆れているレティシア。
「ビルの屋上を指定されるとは思いませんでしたわ・・・」
「仕方ないだろ。ここぐらいしか思い当たらなかったんだから」
俺とレティシアは、《歓楽街》にあるビルの屋上に来ていた。以前フローラが誘拐された時、シルヴィと待ち合わせした場所である。
どうやらこのビルは長いこと使われていないらしく、中には入れないが屋上なら人の目を気にすることも無い・・・って、前にイレーネが教えてくれたんだよな。
シルヴィとの待ち合わせにこの場所を使ったのも、イレーネの助言があったからだったりする。
「まぁ良しとしましょう・・・それより、クローディアは見つかりましたの?」
「・・・どうやら遅かったらしい。クローディアは、既に襲撃を受けたみたいだ」
「ッ!?」
息を呑むレティシア。
先ほどユリスから連絡があり、クローディアの部屋の内部を見せてもらったが・・・酷い有り様だった。
メチャクチャに荒らされており、ところどころ血痕が飛び散っていたのだ。恐らく、多人数でクローディアを襲ったのだろう。
「では、クローディアはもう・・・」
「いや、逃げた可能性が高いらしい」
絶望の表情を浮かべるレティシアに対し、首を横に振る俺。
「もし実働部隊がクローディアの暗殺に成功したなら、現場の後始末ぐらいはしていくだろう。それをしなかったということは、それをするだけの余裕が無かった・・・つまりクローディアに逃げられ、後を追うことを優先した結果である可能性が高い・・・って、これは現場を見た綺凛の推測だけどな」
血の量も多くなかったらしく、致命傷を負ったとは考えにくいそうだ。
それなら、まだクローディアは生きていると考えて良いだろう。
「良かった・・・まだクローディアは生きているのですね・・・!」
「あぁ。ただ、一刻も早く見つけないと危険だ。実働部隊から逃げてるだろうしな」
綾斗からも連絡があったが、生徒会室の方にはいなかったそうだ。
まぁ、星導館の内部にいる可能性は低いだろうな・・・恐らく、学園の外まで逃げているはずだ。
「俺も早くクローディアを探しに行きたいけど・・・その前に聞いておかないとな」
レティシアを見つめる俺。
「レティシア、教えてくれ。クローディアの目的は何だ?アイツは何が目的で、こんな自殺行為みたいなことをしてるんだ?」
「・・・誰にも口外しないという約束でしたが、この状況では致し方ありませんわね」
溜め息をつくレティシア。
「順を追って話しましょう。私とクローディアは子供の頃から、欧州の武闘大会で毎年のように優勝を競い合うライバルでした・・・まぁ、私は一度も勝てなかったのですが」
悔しそうなレティシア。
それでレティシアは、クローディアに勝つことに執念を燃やしてるわけか・・・まるで一時期のレスターだな・・・
「ところが、ある年の武闘大会でのクローディアは・・・いつもと様子が違いました。明らかに調子が悪そうであるにも関わらず、珍しく浮かれた表情を見せていたのです。どうやらその時、彼女は《パン=ドラ》を手に入れた直後だったようですわね」
「・・・《パン=ドラ》って、星導館の学有純星煌式武装だよな?まだ星導館の学生じゃなかったクローディアが、その時にはもう《パン=ドラ》を保有していたのか・・・?」
「えぇ。まぁ彼女の場合、母親が母親ですから。娘に純星煌式武装を渡すなんて、容易いことだったと思いますわ」
「・・・俺には理解出来ないわ」
イザベラさんが、《パン=ドラ》の代償を知らなかったはずが無い。
それを知ってて娘に渡すとは・・・とてもじゃないが、母親のやることとは思えない。
「まぁそれは置いておくとして・・・クローディアはその時、こう言っていたのです。『やっと私にも、叶えたい望みというものが出来ました』と」
「叶えたい望みって?」
「私も聞いたのですが、教えてもらえませんでしたわ。そこで私は、決勝戦で勝利したら教えてくれと賭けを持ち出したのです」
「結果レティシアは負けて、結局何も教えてもらえなかったと・・・お疲れさん」
「ちょっと待ちなさいな!?」
クローディアを探しに行こうとした俺の襟首を、レティシアが掴んだ。
「何故私が負けたと決め付けるのですか!?」
「だって一度も勝てなかったって言ってたじゃん」
「それはそうですが!引き分けという可能性もあるでしょう!」
「・・・フッ」
「あっ!?鼻で笑いましたわね!?」
「寝言はそのモッサモサの髪を刈ってから言えや」
「私の髪は羊の毛ではありませんわよ!?とにかく話を聞いて下さいまし!」
レティシアは一通りツッコミを入れると、真剣な表情で話し出した。
「明らかに体調を崩していたクローディアとの決勝戦は、引き分けという結果になりましたの。これは本当のことですわよ!?」
「大丈夫、疑ってないから・・・フッ」
「明らかにバカにしてますわよねぇ!?」
「そんなわけないだろ。ツッコミとか良いから、早く続きを話してくれよ」
「・・・納得いきませんが、まぁ良いでしょう。試合終了後、クローディアは私にこう言ったのです。『誰にも口外しないなら、私の望みを半分だけ教えて差し上げましょう』と」
「半分・・・?」
つまりクローディアの望みは二つあるのか・・・?
「それで、クローディアの望みって?」
「運命の相手に身を捧げること、だそうですわ」
「・・・クローディアってそんなキャラだったっけ?」
「私もポカンとしてしまいましたわ。しかもその運命の相手とやらを聞いても、『まだお会いしたことがない』とのことでしたから」
「いや、会ったことがないって・・・」
そこまで言いかけたところで、俺は一つの可能性に思い至った。
《パン=ドラ》・・・運命の相手・・・会ったことがない・・・
「おい、まさか・・・」
「そのまさかでしょうね」
溜め息をつくレティシア。
「クローディアは、《パン=ドラ》の悪夢の中で運命の相手に出会った・・・そう考えて間違いないでしょう」
「その相手に身を捧げる為、アイツはアスタリスクへ来たのか・・・?」
ちょっと待てよ?そういやクローディアのヤツ、綾斗を『先見の明』とか言って特待生として星導館に迎え入れてたよな・・・
生徒会長としての権力を使って、スカウト陣の猛反発を押し切ってまで・・・
「まさか、クローディアの言う運命の相手って・・・綾斗か!?」
「私も最初はそう思いましたが・・・違いましたわ」
首を横に振るレティシア。
「確かにクローディアは、天霧綾斗を強引に特待生として推挙しています。ですが、もし天霧綾斗が運命の相手だとするなら・・・辻褄が合わないのです」
「どういうことだ?」
「クローディアはどのような相手に対しても、一定の距離を置く傾向にあるのですわ。身内や友人に対しても、ある一定の距離から先へは踏み込もうとしません。相手にも踏み込ませず、常に一定の距離を保つ・・・天霧綾斗も、その例外ではありませんでした」
「・・・まぁ確かにアイツ、そういうところがあるよな」
常に笑顔で愛想は良いが、心の奥底は誰にも見せない・・・それがクローディア・エンフィールドという人間だ。
「ですが・・・ただ一人だけ、クローディアが心を許している人物がいるのです」
俺を見つめるレティシア。
「七瀬、貴方ですわ」
「俺!?」
思わず驚きの声を上げてしまう。そんなバカな・・・
「えぇ、貴方です」
レティシアが頷く。
「クローディアの七瀬に対する態度は、他の方々に対する態度とは違いますわ。私が初めて七瀬と出会った時のことを覚えていて?」
「あぁ、《鳳凰星武祭》の開会式の後だろ。アーネストと一緒に、俺と綺凛の控え室に来てくれて・・・確かあの時、クローディアもいたよな」
「そうですわ。あの時のクローディアの笑顔・・・『望みができた』と言って、珍しく浮かれていた時のクローディアの笑顔そのものでしたわ」
「・・・そうか?いつもと変わらなかったと思うけど・・・」
「クローディアとは子供の頃からの付き合いですから、これでも表情の違いくらいは分かりますわ。いつものクローディアの笑顔は、あくまで外面を良くする為のもの・・・要は作りものの笑顔なのです。ですが七瀬と一緒にいる時のクローディアは、本当の笑顔でした。七瀬がクローディアの言う運命の人なのだと、あの時分かりましたわ」
「・・・その運命の相手が俺だったとして、だ。それならそもそも、銀河を敵に回すような行動を取る意味は無いはずだよな?」
「そこがクローディアの望みの、残りの半分の部分だと思いますの。七瀬、何か心当たりはありませんの?」
「・・・全く無いな。クローディアに本当の目的を聞いてみたけど、『教えられない』の一点張りでさ・・・」
クローディアの望みの半分は、運命の相手に身を捧げる・・・
・・・身を捧げる?
「なぁレティシア、身を捧げるってまさか・・・命を捨てるってことじゃないよな?」
「っ・・・運命の相手の為に、自分自身の命を投げ出すということですの・・・?」
「でもそれだと、銀河を敵に回す意味が無いよな・・・わざわざそんなシチュエーションを用意するなんて、自殺行為にもほどがあるし・・・」
「自殺・・・」
そこでレティシアが、ハッとした表情を浮かべる。
「まさか、クローディア・・・《パン=ドラ》によって何度も死を体験させられて、生きる価値を見出せなくなってしまったのでは・・・」
「でもそれだと、運命の相手とやらはどうなるんだよ?」
「もしもクローディアが、運命の相手が出てきた夢を再現しようとしているのだとしたら・・・その夢の結末が、クローディアにとって幸せな死だったとしたら・・・」
「確か《パン=ドラ》の見せる悪夢は、不確定ではあるけど有り得る未来・・・つまりクローディアの行動次第で、それを現実に出来る可能性がある・・・」
つまりクローディアは、本気で命を捨てようとしているってことか・・・?
「・・・あくまでも推測の域を出ませんが、有り得ない話ではありませんわ」
顔が青ざめているレティシア。
「そう考えると、これまでのクローディアの行動に辻褄が合います。あえて自分を不利な状況に追い込んでいたのも、最初から命を捨てる気だったから・・・」
「・・・嘘だろオイ」
じゃあアイツは、死ぬ為にアスタリスクへやって来たっていうのかよ・・・
「もしそれが本当なら・・・俺はクローディアを許せないわ」
「七瀬・・・」
「・・・とにかく今は、クローディアを探すことが先決だな」
深く息を吐く俺。
「ありがとな、レティシア。後は俺達に任せて、お前はガラードワースに戻ってくれ。お前が動いていることがバレたら、運営母体のE=Pが黙ってないだろうから」
E=Pを含めた他の統合企業財体は、恐らく今回の銀河の動きを静観するだろう。銀河がクローディアの暗殺に成功しても失敗しても、銀河の弱みを握ることができるのだから。
その意向に逆らったら、レティシアに何かしらの処罰が下されてもおかしくない。レティシアもそれが分かっているようで、悔しそうに唇を噛む。
「・・・申し訳ありませんわ」
「いや、謝るのはこっちだよ。クローディアとの約束、破らせちゃってゴメンな」
レティシアは静かに首を横に振ると、俺に小さなお守りを渡してきた。
「これは・・・?」
「昔、クローディアから誕生日にプレゼントされたお守りです。何でも、幸運が巡ってくるのだとか・・・彼女を見つけたら、それを渡して下さいませ」
真剣な表情のレティシア。
「七瀬・・・クローディアを頼みましたわ」
「あぁ、任せとけ」
レティシアは俺に一礼すると、ビルから飛び降りて姿を消した。
さて・・・
「盗み聞きとはいい度胸だな・・・夜吹」
「ありゃ・・・バレてたか」
物陰から姿を現す夜吹。
「いつから気付いてた?」
「最初からだよ。俺が学園を出た時から、ずっと後をつけてただろ」
「おいおいマジか・・・じゃあ何でずっと黙ってたんだよ?」
「お前に聞きたいことがあったからだよ・・・《影星》のエージェントであるお前にな」
「ッ!?」
驚愕している夜吹。
「お前・・・何でそれを・・・」
「その反応・・・やっぱりそうか」
俺は溜め息をつくと、夜吹を睨むのだった。
「クローディアは何処だ・・・『ナイトエミット』」
どうも~、ムッティです。
シャノン「会長にとって、ななっちが運命の相手だったと・・・」
この設定は最初から考えてたんだけどね・・・
問題は、ヒロインがシルヴィということなんだ・・・
シャノン「ここでヒロイン複数化構想が再燃するわけか・・・」
まぁどうなるか分からないけどね。
とりあえず話を進めていきたいと思います。
シャノン「私にもヒロインになれる可能性が・・・」
それだけは絶対に無い。
シャノン「断言!?」
それではまた次回!以上、ムッティでした!
シャノン「どうせモブキャラだよおおおおおっ!」