「久しぶりだな、この感じ・・・」
女子寮を壁伝いに登り、クローディアの部屋のベランダへやってきた俺。
もうクローディアの部屋に住んでいないので、本来は女子寮へ入る為の手続きをしないといけないのだが・・・
クローディアから、『面倒なので登ってきて下さい』と言われてしまったのだ。それで良いのか生徒会長・・・
開いていた窓から中へ入り、リビングへと向かう。
「クローディア、来たぞ」
「あぁ七瀬、わざわざスミマセン」
ソファから立ち上がり、頭を下げるクローディア。
その向かい側には、見知らぬ女性が座っていた。しっとりとした金髪を結い上げ、仕立ての良い黒のスーツを身にまとっている。
どことなくクローディアに似てるな・・・
「・・・クローディアのお姉さん?」
「まぁ、お上手ですね」
クスクス笑う女性。クローディアが溜め息をついた。
「こちらは私の母です」
「マジで!?」
「初めまして、星野七瀬さん」
ソファから立ち上がり、俺に一礼する女性。
「イザベラ・エンフィールドと申します。以後お見知りおきを」
「あ、どうも・・・星野七瀬です」
一礼する俺。
ってか若いな・・・一体いくつぐらい・・・
「フフッ、女性の年齢を探るのはマナー違反ですよ?」
「何で俺の思考って簡単に読まれるんですか?」
そんなに分かりやすいのかな・・・
「それで、どうしてクローディアのお母さんがここに?」
「イザベラで結構ですよ。母が娘に会いに来るのに、理由が必要ですか?」
「あ、じゃあ俺のことも七瀬で。イザベラさんの場合、立場が立場ですからね」
イザベラさんは銀河の最高幹部・・・そしてクローディアは、現在進行形で銀河を敵に回そうとしている。
普通に考えて、まず間違いなくクローディアの望みの件で来ているはずだ。
「そう警戒しなくても、少し話を聞きに来ただけですよ」
溜め息をつくイザベラさん。
「説得が無意味だということは、私もよく分かっています。ですので、何故このような愚行に走ったのか・・・それを聞きに来たのです。するとこの子が、七瀬さんを交えて話をしたいと言い出しまして」
「俺を・・・?」
「七瀬にも聞いていただきたい話ですので。どうぞお座り下さい」
クローディアに促され、俺はクローディアの隣へと腰掛けた。
「私の目的も動機も、お母様に教えるわけにはいきませんが・・・多少の手の内は晒してあげましょう。銀河が絶対に私の行動を阻止しないといけない理由、というのはいかがでしょうか?」
「・・・それは興味深いですね」
眉をピクリと動かすイザベラさん。
クローディアのヤツ、何を話すつもりなんだ・・・?
「ラディスラフ・バルトシーク教授は、《翡翠の黄昏》の精神的指導者です。星導館に在籍していたことが世間に知られてしまうと、銀河のイメージは大きく損なわれてしまいます。だからこそ銀河は教授を拘束し、他の統合企業財体に小さからぬ権益を譲ってまで裁判を凍結した・・・それが他の統合企業財体の認識でしょうね」
「ちょっと待て!?他の統合企業財体は、教授の件を知ってんのか!?」
「えぇ、既に手打ち済みです」
「初めて聞いたんだけど!?銀河が他の統合企業財体に弱みを握られたくないから、教授との面会を求めるクローディアを何とかしようとしてるんだと思ってたぞ!?」
運営委員会に望みを告げるということは、全統合企業財体に望みの内容が伝わるということだ。
そうなると、教授の件が銀河以外の統合企業財体に知られてしまう。だから銀河は、クローディアの行動を阻止しようとしてるんだと思っていたが・・・
既に手打ち済みだというのなら、話は全く変わってくる。
「他の統合企業財体が教授の件を知ってるなら、お前が世間に教授の件を伏せりゃ良かっただけの話じゃないのか!?世間にさえバレなきゃ、銀河だってお前の命を狙おうなんて考えなかったんじゃないのか!?」
「それがそう単純な話でもないんですよ」
苦笑するクローディア。
「銀河としては、私と教授を面会させるわけにはいかないんです。何しろ教授は、銀河にとってとてつもなく不利益な情報を持っていますから。銀河は万が一にも、その情報を外部に漏らしたくないんですよ」
不利益な情報という言葉に、再びイザベラさんの眉がピクリと動く。面白そうに笑うクローディア。
「銀河が本当に隠したかったのは、教授ではありません。教授が創り出してしまった、《星脈世代》さえも自在に操る力を持つ純星煌式武装・・・《ヴァルダ=ヴァオス》の存在を隠したかったんです」
「ッ!?」
息を呑む俺。
《ヴァルダ=ヴァオス》・・・ヴァルダ・・・まさか・・・!
「・・・何故それを知っているのですか?」
イザベラさんも、若干声が震えている。
「銀河の最高幹部にしか知らされていない、最上級の機密情報ですよ・・・?」
「幼い私に貴女が与えてくださった、この子のおかげですよ」
《パン=ドラ》の発動体を取り出すクローディア。
「《パン=ドラ》の代償は、夢の中であらゆる己の死の可能性を体験することです。あくまでも不確定の未来ではありますが・・・その知識を基に、確定している過去の情報を推測することは可能なんですよ」
ニッコリと笑うクローディア。ただし、目は全く笑っていない。
「話を戻しますが・・・《翡翠の黄昏》は、《ヴァルダ=ヴァオス》の能力によって引き起こされた事件なんですよ。これは銀河にとって致命的となる真実です。何しろ《ヴァルダ=ヴァオス》は、人間を洗脳して自在にテロリストを量産できるのですから。世界中で起きているあらゆる事件に、《ヴァルダ=ヴァオス》が関与している可能性を否定できない・・・しかもそれを創ったのが教授だなんて知られたら、銀河がどれだけの責任を追及されるか・・・他の統合企業財体に知られたら、銀河は間違いなく終わりでしょうね」
クローディアの説明に、俺は言葉を失っていた。なるほど、銀河が教授との面会を阻止しようとするわけだ。
だが、銀河にとって最大の誤算は・・・自分達が一番知られたくない真実を、既にクローディアが知っていたということだろう。
「・・・よく分かりました」
深く長い息を吐くイザベラさん。
「どうやら貴女は、我々の想像よりもずっと危険な存在のようです」
「フフッ、ようやくお気付きですか?」
二人の視線がぶつかり合う。と、イザベラさんが俺へと視線を向けた。
「ですが・・・この場に七瀬さんを呼んだのは、どういった了見ですか?彼は今、意図せず銀河が知られたくない真実を知ってしまった・・・このままだと貴女だけでなく、彼まで命を狙われることになりますが?」
「ご心配には及びません」
笑みを浮かべるクローディア。
「七瀬は既に、《ヴァルダ=ヴァオス》と接触しているのです」
「何ですって・・・?」
そう、俺はクローディアに実家でのことを話している。四回戦の前のミーティングの時に、チームメンバーには一通りのことを話した。
特に綾斗と紗夜には、色々と心配をかけたしな・・・
「現在《ヴァルダ=ヴァオス》は、ある女性の身体を乗っ取っているそうですよ。ですよね、七瀬?」
「あぁ、ウルスラ・スヴェントっていう女性らしい」
これはシルヴィから聞いた名前だ。
どういう経緯で、ウルスラさんが身体を乗っ取られたのかは分からないが・・・
「そして現在《ヴァルダ=ヴァオス》は、七瀬の一番上のお姉様と行動を共にしているとのことです。名前は星野零香・・・しかも七瀬はその零香さんから、一緒に来ないかと勧誘されているそうですよ」
「・・・本当なのですか?」
「本当です。まぁ受けるつもりはありませんが」
俺は万理華さん達と、零香姉を連れ戻すと決めている。零香姉についていくつもりなどない。
「つまり零香さんは、それほど七瀬に関心を抱いているということです。その七瀬が銀河に命を狙われていると知ったら、恐らく黙ってはいないでしょう。そして零香さんが動くということは、行動を共にしている《ヴァルダ=ヴァオス》も動く可能性があるということです。そのようなリスクを背負ってまで、銀河に七瀬の命を狙う理由がありますか?」
「・・・全て計算済みですか」
イザベラさんは嘆息すると、俺の方を見た。
「七瀬さん、先ほどの話は口外しないことをオススメします。でないと《ヴァルダ=ヴァオス》の動向に関わらず、銀河は貴方の命を狙うことになるでしょう」
「・・・口外するつもりはありません。姉が関わっている以上、俺としてもヴァルダの問題は他人事ではありませんから」
「・・・よろしい。貴方の言葉を信じて、今の話は私の胸の内に留めておきます」
「お心遣い感謝します」
もっとも、俺が口外したら即座に命を狙われるハメになるんだろうけどな・・・
「ですがクローディア・・・貴女については看過出来ません。今日の話について、他の最高幹部達にも報告させていただきますよ」
「ご自由に。銀河が私にとって、望ましい結論を導き出してくれることを願います」
クローディアがそう返すと、イザベラさんは俺に一礼して出て行った。
「・・・大丈夫か?このままだとお前、マジで命を狙われるんじゃ・・・」
「私は大丈夫ですよ」
笑みを浮かべるクローディア。
「七瀬をここに呼んだのは、《ヴァルダ=ヴァオス》の話をする為です。ミーティングの時は皆さんがいましたから、このことは話せなかったんですよ。ちょうど今日お母様がいらしたので、ついでに七瀬にも話しておこうかと」
「・・・ついでにしてはヤバい話だよな。危うく銀河に命を狙われるところだったぞ」
「そこも計算済みです。現にお母様は、胸の内に留めてくださったでしょう?」
「そうだけどさぁ・・・この話、流石にシルヴィにはできないよな・・・」
「オススメはしません。彼女を危険に晒したくはないでしょう?」
「そりゃ勿論」
シルヴィには悪いが、ヴァルダの正体については伏せておくべきだな・・・
「なぁクローディア・・・お前、何を企んでるんだ?」
「はて、企んでいるとは?」
「惚けるなよ」
クローディアを睨む俺。
「教授と面会するまでもなく、お前は銀河にとって最も不利益な情報を持っている。銀河はそれを知られたくなかったから、教授との面会を阻止しようとしてたわけだ」
「えぇ、そうですね」
「ならそもそも、お前が教授との面会を求める理由は何だ?しかもどうしてイザベラさんに、バカ正直に真実を知っていることを教えたりしたんだ?あんなの、自分の命を狙ってくれって言ってるようなもんだぞ」
そう、クローディアの行動はあまりにも不可解すぎる。この間の勝利者インタビューの時もそうだ。
黙っているべきことをあえて話し、どんどん自分に不利な状況にしているようにしか見えない。
「お前の目的は何だ?何処に向かって動いてる?」
「・・・申し訳ありませんが、話すことは出来ません」
キッパリと拒絶するクローディア。
「何度も言いますが、全て計算済みです。今のところ、全てが上手くいっています。ご心配には及びません」
「・・・そっか」
これまでの付き合いで分かったが、クローディアは頑固な性格だ。
勿論その状況に応じて柔軟な思考は出来るが、基本的に一度決めたら最後まで自分の意思を貫き通す。俺が今何を言ったところで、クローディアが考えを改めることはないだろう。
それでもせめて、クローディアの目的ぐらいは教えてほしかったが・・・こうも拒絶されるとはな・・・
「少しは信頼してくれてると思ってたけど・・・俺の思い上がりだったみたいだな」
「七瀬・・・」
「・・・帰るわ。邪魔したな」
リビングを出ようとしたところで、あることを思い出して足を止める。
「あぁ、そういや・・・レティシアから伝言を預かってるぞ」
「レティシアから・・・?」
「『今すぐその愚かしい夢を捨てなさい。本気で叶えようというのなら、必ずや私が木っ端微塵に打ち砕いてみせます』だとさ・・・じゃ、また明日」
今度こそリビングを出る俺。
恐らくレティシアは、クローディアの真の目的を知ってるんだろう。だからこそ、それを阻止しようとしてるんだろう。
「何が『クローディアを救えるのは七瀬だけ』だよ・・・俺よりレティシアの方が、よっぽどクローディアに信頼されてんだろ・・・」
力なく呟く俺なのだった。
三話連続投稿となります。
シャノン「ななっちと会長、大丈夫かな・・・」
二人の仲に、ちょっと亀裂が入ったよね・・・
今後の展開の為ではあるんだけど・・・
やっぱりこういうシーンを書くのはちょっと心が痛いわ・・・
シャノン「作者っちにも人の心があったんだね・・・」
おいコラ、今すぐこの作品から消してやろうか。
シャノン「すいませんでしたあああああっ!」
それではまた次回!以上、ムッティでした!
次回からシャノンは消えます。
シャノン「勘弁してええええええええええっ!」