「・・・ふぅ」
ドアの前で息を吐いた俺は、意を決してチャイムを鳴らした。数秒経ってからロックが解除され、ドアが静かに開く。
その室内では・・・
「ひっぐ・・・えぐっ・・・」
「ほら、そんなに泣かないで」
「称賛。よく頑張りました」
号泣するチームメンバー達を、五和姉と六月姉が励ましていた。
先ほどの試合・・・トリスタンはルサールカに敗れ、今大会から姿を消すことになったのだ。
「・・・七瀬さん」
エリオが歩み寄ってくる。恐らく、ドアを開けてくれたのはエリオだろう。
「お疲れ。急に来たりしてゴメンな」
「いえ・・・謝らないといけないのは僕の方です」
「え・・・?」
エリオは目に涙を滲ませ、唇を噛んでいた。
「七瀬さんから、五和先輩と六月先輩を頼むって言われてたのに・・・僕は結局、何の力にもなれませんでした・・・申し訳ありません・・・」
「エリオ・・・」
頭を下げてくるエリオ。覚えててくれてたのか・・・
「・・・謝ることなんて何一つ無いだろ。エリオはよくやってくれたよ」
「ですが・・・!」
「お前がいたから、トリスタンはここまで来れたんだよ。何も恥じることなんて無い。堂々と胸を張れ」
エリオの頭に手を置く。
「お疲れさん。ありがとな、エリオ」
「っ・・・」
俯いて涙を流すエリオ。俺は泣いているノエルの側に歩み寄った。
「っ・・・七瀬さん・・・」
ノエルの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっている。俺はハンカチを取り出し、優しく涙を拭いてやった。
「ほら、可愛い顔が台無しだぞ?」
「っ・・・七瀬さん・・・!」
俺の胸にしがみついてくるノエル。
「ゴメンなさい・・・本当にゴメンなさい・・・!」
「だから謝るなって」
苦笑しながら、ノエルの頭を撫でる。
「ノエルは頑張ったよ。五和姉も六月姉もエリオも、ノエルが後衛にいてくれたから思い切って戦えたんだ。もっと自分の活躍に自信を持って良いんだぞ」
「でも・・・負けちゃいました・・・!」
肩を震わせるノエル。
「五和先輩も・・・六月先輩も・・・最後の《星武祭》だったのに・・・!」
「あー・・・やっぱり気にしてくれてたんだね」
申し訳なさそうな五和姉。
「確かに、今回が最後だけどさ・・・その最後の《星武祭》をこのチームで戦えて、凄く幸せだったよ。ね、六月?」
「首肯。良い思い出になりました」
微笑んで頷く六月姉。
「何より、六月達の為に泣いてくれる後輩達がいる・・・先輩として、これほど嬉しいことはありません。本当にありがとうございました」
「五和先輩・・・六月先輩・・・」
表情を歪め、涙を溢れさせるメンバー達。
と、来訪者を告げるチャイムが鳴った。五和姉がロックを解除すると、開いたドアからレティシアが入ってきた。
「あら七瀬、いらしてたのですね」
「あぁ、可愛い後輩達を労う為にな」
「え、私達は!?」
「おっつ~」
「軽っ!?もっと労いの言葉とか無いの!?」
「ざまぁみやがれ」
「労う気ゼロかっ!」
「・・・相変わらず仲良しですわね」
苦笑するレティシア。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。貴方達トリスタンの思いを背負って、我々ランスロットが必ず優勝してみせますわ」
「いや、優勝するのは俺達だから」
「七瀬!?励ましの言葉を邪魔しないでくださいまし!」
「だって五和姉と六月姉は、打倒ランスロットを目指してここまで頑張ってきたんだぞ?もしこれでランスロットが優勝したら、ぶっちゃけ二人とも複雑じゃね?」
「「・・・確かに」」
「五和!?六月!?」
五和姉と六月姉の様子に、レティシアが慌てている。
「我々は同じ学園の仲間ですわよ!?応援するのが当然でしょう!?」
「いや、ランスロットに限っては敵対心しか無いわ。ぶっちゃけ早く負けてほしい」
「五和!?」
「首肯。四糸乃姉様のいるルサールカ、七瀬のいるエンフィールド、八重のいる黄龍、九美のいる赫夜のいずれかに優勝してもらいたいです」
「六月!?」
「『【悲報】《銀翼騎士団》が内部分裂なう』っと・・・」
「七瀬!?何を呟いていますの!?」
ツッコミを連発するレティシア。相変わらずのツッコミ上手だな・・・
「とにかく帰りますわよ!アーネストも学園で待っていますわ!」
「・・・レティシア、三咲姉は大丈夫なのか?」
心配になってレティシアに尋ねる俺。
家族に対する愛情が人一倍深い三咲姉は、今回の結果をちゃんと受け止められているんだろうか・・・
「・・・大丈夫ではありませんわね」
溜め息をつくレティシア。
「実は今日、三咲と一緒に試合を観戦していたのですが・・・先に帰らせましたわ。泣きすぎて酷い顔でしたから」
「あー、やっぱり・・・」
四糸乃姉が勝った嬉しさと、五和姉と六月姉が負けた悲しみ・・・
二つの相反する感情がごちゃ混ぜになって、涙が止まらなかったんだろう。
「さぁ、帰りますわよ。ただ・・・」
五和姉と六月姉に視線を向けるレティシア。
「五和と六月は、後で帰ってきなさいな。せっかく七瀬と会えたのですから、色々と話したいこともあるでしょうし」
「レティシア・・・」
恐らく、レティシアなりに気を遣ってくれているのだろう。この部屋を、俺達だけにしようとしてくれている。
「・・・ありがとな、レティシア」
「礼には及びませんわ」
微笑むレティシア。
「ほら皆さん、帰りますわよ」
「っ・・・七瀬さん、お先に失礼します」
「おう、またなエリオ。ノエルもまたな」
「っ・・・はいっ」
涙を拭い、俺に一礼して部屋を出て行く皆。
最後にレティシアが出て行こうとしたところで、こちらを振り返った。
「七瀬・・・クローディアに伝えて下さいまし」
「ん?何を?」
「今すぐその愚かしい夢を捨てなさい、と。本気で叶えようというのなら・・・必ずや私が木っ端微塵に打ち砕いてみせます、と。そう伝えて下さいまし」
レティシアの表情は、いつになく険しいものだった。
「レティシア、お前・・・何か知ってるのか?」
「・・・申し訳ありませんが、教えるわけにはいきませんの。ただ、これだけはハッキリ言えますわ」
俺を見つめるレティシア。
「クローディアを救えるとしたら・・・それは七瀬、貴方だけですわ」
「俺だけ・・・?」
どういう意味だ・・・?
俺が考え込んでいると、レティシアが柔和な表情に戻った。
「では七瀬、今度は決勝の舞台でお会いしましょう。それと・・・五和と六月のこと、任せましたわよ」
「・・・あぁ。ありがとな、レティシア」
レティシアは微笑むと、控え室から出て行った。
「全く、レティシアったら・・・一人前に気を遣っちゃってさ」
「驚嘆。すっかり良い女になってしまいました」
苦笑する五和姉と六月姉。俺は二人に向き直った。
「二人ともお疲れ。負けちゃったけど、良い試合だったよ」
「ちょっと、急にどうしたのよ?」
笑っている五和姉。
「負けた私達をからかいに来たんじゃないの?」
「・・・そんなわけないだろ」
俺はそう言うと、五和姉と六月姉を抱き締めた。
「ちょ、七瀬!?」
「どうしたのですか!?」
「・・・二人とも、最高にカッコ良かったよ」
俺は素直な言葉を口にした。
「これまで二人が戦ってきた姿を、俺はずっと見てきた。その姿を見る度に思ったよ。やっぱり五和姉は凄い、六月姉は凄いって」
「七瀬・・・」
「三年前の《獅鷲星武祭》も、昨年の《鳳凰星武祭》も、今回の大会も・・・二人の活躍を見る度に嬉しくなった。二人の弟であることが・・・本当に誇らしいと思った」
「「っ・・・」」
二人が俺の顔を見て驚く。
俺の目からは・・・涙が溢れていた。
「正直、ホントに寂しいよ・・・二人がもう《星武祭》に出られないなんて・・・叶うならもう一度・・・二人と戦いたかったな・・・」
俺は泣きながら笑うと、二人の背中に回す手に力を込めた。
「今までお疲れ様。五和姉、六月姉・・・よく頑張ったね」
「っ・・・ありがとね・・・七瀬・・・ひっぐ・・・!」
「六月達も・・・えぐっ・・・七瀬ともう一度・・・戦いたかったです・・・!」
限界だったのか、嗚咽を漏らす二人。
俺達は抱き合いながら、涙が枯れるまで泣き続けたのだった。
*****
「送ってくれてありがとね」
「感謝。ありがとうございます」
五和姉と六月姉が、笑顔でお礼を言ってくる。
俺達は控え室を後にして、ガラードワースの正門前へとやってきていた。
「質問。四糸乃姉様のところへは顔を出しませんでしたが、よかったのですか?」
「・・・四糸乃姉には、どんな言葉をかけていいか分からないからな」
溜め息をつく俺。
「試合が終わった後、マフレナから連絡がきたけど・・・試合に勝ったっていうのに、もの凄く落ち込んで泣いてたみたいだぞ」
「あー・・・何と言うか、四糸乃姉らしいね」
苦笑する五和姉。
「四糸乃姉は優しすぎるんだよ。試合に勝ったんだから、もっと喜んで良いのに・・・」
「割り切れないんだろうな。俺も次は四糸乃姉と対戦するけど・・・正直ちょっと気が重いよ。四糸乃姉にとって、最後の《星武祭》なんだから」
勿論勝利は譲れないけど、最後の《星武祭》で頑張ってほしい気持ちもあるしな・・・
「・・・嘆息。ここにもいましたね。底無しのお人好しが」
六月姉は苦笑すると、俺の右手を握った。
「請願。七瀬はいつも通り、全力で勝利を掴みにいって下さい。きっと四糸乃姉様も、それを望んでいると思います」
「六月姉・・・」
「そうだよ、七瀬」
俺の左手を握る五和姉。
「優勝したいんでしょ?だからこそ四糸乃姉は、全力で勝ちにきてたよ。誰が相手であれ、七瀬もそうしなきゃダメだと思う」
「五和姉・・・」
そうだよな・・・
ここで俺が迷ったら四糸乃姉にも、一緒に戦ってくれてる仲間達にも申し訳ないよな・・・
「・・・ありがとな、二人とも。次の試合、全力で勝ちにいくわ」
俺の言葉に笑みを浮かべる二人。と・・・
「五和っ!六月っ!」
校舎の方から三咲姉が走ってくる。そのまま二人に抱きついた。
「ちょ、三咲姉!?どうしたの!?」
「私・・・頑張りますから・・・貴女達の分まで・・・頑張りますから・・・!」
「・・・感謝。ありがとうございます」
三咲姉の頭を撫でる五和姉と六月姉。
「それじゃ七瀬、私達はこの辺で」
「激励。次の試合も頑張って下さい」
「おう。三咲姉をよろしくな」
五和姉と六月姉は俺に手を振り、号泣している三咲姉を連れて校舎へと歩いていった。
さて・・・
「隠れてないで出てきなよ・・・四糸乃姉」
「・・・やっぱりなーちゃんにはバレてたか」
物陰から出てくる四糸乃姉。泣き腫らしたのか、両目が赤くなっていた。
「俺達が控え室で泣いてた時から、ずっと隠れて様子を窺ってただろ」
「そこからバレてたんだ・・・なーちゃんには敵わないね」
苦笑する四糸乃姉。
「いっちゃんとむっちゃんに、どんな顔して会ったらいいか分からなくて・・・盗み聞きするつもりは無かったの。ゴメンね・・・」
「・・・そんなことだろうと思ったよ。最後まで声をかけなかったけど、良いのか?」
「うん。また改めて、二人とはちゃんと話すよ」
四糸乃姉はそう言うと、真剣な表情で俺を見つめた。
「・・・零香お姉ちゃんのこと、あれから色々考えたの。でも、私の気持ちは変わらなかった。やっぱり私達は、零香お姉ちゃんを連れ戻すべきだと思う」
「・・・俺もそう思うよ」
頷く俺。
「連れ戻して、きちんと罪を償わせる・・・それが俺達家族に出来ることだと思う」
「うん・・・色々と話も聞きたいしね」
「・・・そうだな」
何を思って《蝕武祭》なんかに参加したのか、何を思って父さんと母さんに手をかけたのか・・・
正直、聞きたいことはたくさんある。
「まぁとりあえず・・・今は次の試合だな」
「そうだね」
見つめ合う俺と四糸乃姉。
「悪いけど優勝は譲れない。俺達が勝たせてもらう」
「いっちゃんとむっちゃんに勝った身として、負けるわけにはいかないの。たとえ相手がなーちゃんでもね」
お互い譲れないものがある以上、戦って決着を着けるしかない。
自分の意思を貫き通したいなら・・・勝つしかない。
「なーちゃんと真剣勝負って、今までしたことないよね?」
「そういやそうだな・・・四糸乃姉とは、模擬戦もやったことないし」
四糸乃姉は優しいから、俺や妹達とは戦いたがらなかったんだよな・・・
まさかその四糸乃姉と戦うことになるとは・・・
「フフッ、お姉ちゃんの力を見せてあげるよ」
「楽しみにしてるわ。じゃ、またな」
「うん。次の試合でね」
四糸乃姉と別れ、星導館へと歩き出す俺。
「さて・・・ここからが正念場だな」
次の準々決勝の相手は、ルサールカに決まった。
もしそこで勝ったら、準決勝の相手は恐らく黄龍になるだろう。そこでも勝ったら決勝は、ランスロット・赫夜・へリオンのいずれかになるはずだ。
どこと当たるにせよ、強敵なのは間違いない。
「ここからは総力戦・・・温存とか言ってられないな」
俺が決意を固めていると、不意に端末に着信が入る。相手はクローディアだった。
「もしもし、クローディア?」
『七瀬、今お時間よろしいでしょうか?』
空間ウィンドウに、クローディアの申し訳なさそうな表情が映る。
「大丈夫だけど・・・何かあったのか?」
『実は大事な話がありまして・・・今から私の部屋に来ていただけないでしょうか?』
クローディアの言葉に、首を傾げる俺なのだった。
二話連続投稿となります。
シャノン「次の相手はルサールカだね」
うん。いよいよ四糸乃との戦いになるよ。
その前にちょっと、クローディアとの話があるけど。
シャノン「会長を救えるのはななっちだけ・・・意味深だね」
果たしてどうなっていくのか・・・
それではまた次回!以上、ムッティでした!
シャノン「またね~!」