「七瀬ええええええええええっ!」
俺の名前を叫びながら抱きついてきたのは、五和姉ではなく一織姉だった。
「本戦出場おめでとう!流石は私の弟ね!」
「今日の一織姉、ホント五和姉みたいだな・・・」
あれから俺達は二回戦・三回戦を順調に勝ち進み、無事に本戦への出場を決めていた。今日は休養日で本戦の組み合わせ抽選会があり、そちらにはクローディアが行ってくれている。
なので俺は綾斗と共に、アスタリスク中央区にある治療院を訪れていた。
「綾斗くんもおめでとう!本戦も頑張ってね!」
「ありがとうございます、一織さん」
「ってか一織姉、テンション高すぎだって。まだ予選を突破しただけなんだから」
「だって凄いじゃない!三咲、四糸乃、五和、六月、七瀬、八重、九美・・・皆が予選を突破してるのよ!?姉として鼻が高いわ!」
ランスロット・ルサールカ・トリスタン・黄龍・赫夜も、無事に予選を突破して本戦に進んでいた。
まぁ、勝負はここからなんだけどな・・・
「・・・私にとって、《獅鷲星武祭》は苦い思い出なのよ。三連覇がかかってたのに、負けちゃったからね」
悔しそうな表情の一織姉。《王竜星武祭》と《鳳凰星武祭》を制していたのに、《獅鷲星武祭》でランスロットに敗れたんだよな・・・
一織姉の中では、それがずっと心残りとしてあるんだろう。
「しかも最後は、リーダーの私がアーネストくんに校章を破壊されちゃって・・・悔しかったなぁ、あの時は」
「一織姉・・・」
「試合終了後は大号泣しちゃって、二葉や三咲に情けない姿見られて・・・ホント苦い思い出になっちゃったわ。だからね、七瀬・・・」
俺の頭を撫でる一織姉。
「死ぬ気で勝ちにいきなさい。たとえ相手が家族でも・・・全力でぶつかりなさい」
「・・・あぁ、分かってる」
俺はそう答えると、一織姉を抱き締めた。一織姉の無念を晴らす為にも、絶対に優勝してみせる・・・
改めて心に誓った俺なのだった。
*****
一織姉と別れた俺達は、綾斗が持っていたパスを使って専用通路を歩いていた。
やがて綾斗が部屋番号らしきプレートの前で立ち止まり、光学キーボードを操作する。すると壁が透過して、向こう側が見えるようになった。
「七瀬、あの人が俺の姉さんだよ」
綾斗がガラスの向こう側を指差す。その部屋の中央のベッドで、一人の女性が眠っていた。
あの人が綾斗のお姉さん・・・天霧遥さんか。
「綺麗な人だな・・・五年前から眠ってるんだって?」
「うん。どうやら自分の能力・・・禁獄の力を自分自身に施したみたいなんだ」
複雑な表情で遥さんを見つめる綾斗。
「五年前・・・治療院の院長に、姉さんを目覚めさせるように依頼してきた人がいたんだって。ダニロ・ベルトーニって名前、聞いたことある?」
「あぁ。マディアス・メサ委員長の前に、《星武祭》の運営委員長を務めてた人だよな?確か事故で亡くなったんだっけ?」
「うん。どうやらその人、色々と裏でやってたみたいで・・・《蝕武祭》の主催者も、その人だった可能性が高いらしいよ」
《蝕武祭》・・・《星武祭》と違って非合法な、ルール無用のバトルゲームだ。ギブアップは存在せず、選手が気を失うか命を落とすまで試合は続く。
まぁそんなものをヘルガさんが見逃すはずもなく、既に潰されているわけだが。
「で・・・その《蝕武祭》に、遥さんが出てたんだって?」
「どうやらそうみたい。《悪辣の王》もそう言ってたし」
俺も後から聞いたのだが、去年の《鳳凰星武祭》の最中に綾斗は《悪辣の王》からの接触を受けたらしい。その時に遥さんのことを聞いたそうだ。
あのブタ野郎、一体何を考えてるんだ・・・?
「《悪辣の王》が見てた試合で姉さんは負けて、その後のことは知らないって言ってたけど・・・多分何らかの事情があって、姉さんは自分に封印を施したんだと思う」
「なるほど・・・で、何でここに遥さんがいるって分かったんだ?」
「それは私が説明しよう」
背後から声がする。振り向くと、ヘルガさんがこちらへ歩いてくるところだった。
「ヘルガさん?どうしてここに?」
「彼女の様子を見に来たんだ。少しでも変化は無いかと思ってな」
遥さんを見つめるヘルガさん。
「それより、どうしてここに彼女がいることが分かったかについてだが・・・私がダニロと《蝕武祭》について再調査をした結果、資金の流れが見つかったんだ。その一つが、ここの院長と繋がっていたのだよ」
「あぁ、なるほど・・・表沙汰にしたくないから、裏で金を支払って依頼していたと」
「そういうことだ。我々としては甚だ不本意ではあるが、これは珍しいことではない」
不機嫌そうに鼻を鳴らすヘルガさん。
「ここは極めて秘匿性の高い場所なんだ。一度引き受けた患者に関しては、一切秘密を漏らさないし詮索もしない。だから彼女が運ばれてきたことが、誰にも分からなかった」
「そういうルールだ。文句を言うな」
今度は前方から、白衣を着た老人がやってきた。あぁ、この人が・・・
「ヤン・コルベル院長ですね?いつも姉がお世話になってます」
「一織の弟か・・・お前の姉には、むしろこっちが助けられている。あれほどの治癒能力者が来てくれて、本当に助かっとるわ」
「こっちはエースを引き抜かれて、大変な思いをしたがな」
「治癒能力者に関しては、既に取り決めがされておる。グチグチと文句を言いおって、見苦しいにもほどがあるぞ」
睨み合う二人。どうやらこの二人、あまり仲がよろしくないようだ。
「とりあえず経緯は分かりましたが・・・ヘルガさん、質問いいですか?」
「ん?何だ?」
「《星武祭》の運営委員長を務めていたということは、ダニロ・ベルトーニは統合企業財体の幹部だったってことですよね?」
「あぁ、ダニロはソルネージュの幹部だった」
「それなら、精神調整プログラムを受けていたはずですよね?幹部になる為には、徹底的に我欲を排除する必要があるはずです。なら普通、私利私欲には走れないですよね?」
「ほう、よく知っているな・・・あまり表沙汰になっていない話なのだが」
感心しているヘルガさん。
「精神調整プログラムは、部署や立場によって調整レベルが異なるのだ。《星武祭》関連の部署はクリエイティブな判断が求められる為、比較的調整が緩いのだよ」
「じゃあ、マディアス・メサ委員長も?」
「あぁ、彼は《星武祭》優勝の望みとして運営委員会入りしているからな。名目上は銀河に所属しているが、もしかすると調整そのものを受けていない可能性もある」
へぇ、そういうものなのか・・・
「つまりダニロ・ベルトーニには、我欲が残っていた可能性があると?」
「あぁ。それともう一つ・・・精神操作系の能力者が関与していた可能性もある」
「っ・・・もしそうなら、とんでもないことですね・・・」
精神操作系の能力を持つ《魔術師》や《魔女》なんて、治癒能力者と同じぐらい極めて少ない。その脅威から、治癒能力者以上に管理が徹底されていると聞く。
もしそんな能力者が、ダニロに協力していたのだとしたら・・・
「我々も現在、全力で捜査中だが・・・やはり彼女から事情を聞くのが、一番手っ取り早いだろうな」
遥さんをチラリと見たヘルガさんは、今度はコルベル院長に視線を移した。
「どうにかならないのか?能力の解除はお前の専門だろう」
「わしとて万能ではない。この五年間、思いつくかぎりの治療は試してみたが・・・結果はご覧の通りだ」
拗ねたように口を尖らせるコルベル院長。
「悔しいが、わしにはどうにも出来ん。一番可能性があるのは・・・やはり《大博士》だと言わざるをえない」
「・・・やっぱりそうですか」
険しい表情の綾斗。
《大博士》ことヒルダ・ジェーン・ローランズは、アルルカントの《超人派》の代表だ。綾斗に接触してきて、遥さんを目覚めさせることが出来ると言ってきたらしい。
その代わり《獅鷲星武祭》で優勝して、自身に課せられたペナルティを解除してほしいのだそうだ。何でも数年前に事故を起こし、その責任を取らされたらしい。
そういや《超人派》は、数年前に大きく勢力を減退させたってクローディアも言ってたな・・・
「《大博士》なら、遥さんを目覚めさせられるんですか?」
「あぁ。《大博士》が話していたという、彼女を目覚めさせる方法を聞いたが・・・理論的に可能だ。そしてその方法をとることが出来るのも、やはり《大博士》だけだろう」
俺の問いに頷くコルベル院長。マジか・・・
「でも・・・《大博士》は信用できない」
拳を握りしめる綾斗。
「アイツは・・・ユリスの親友を変えてしまったヤツなんだから」
「・・・《孤毒の魔女》か」
前にユリスが話してくれた、後天的に《星脈世代》を作り出す研究・・・その研究の主任を努めていたのが、《大博士》だったらしい。
つまりオーフェリア・ランドルーフェンが《孤毒の魔女》になってしまったのは、《大博士》のせいということだ。ユリスにとって《大博士》は、決して許すことの出来ない相手なのである。
「・・・でもユリスは、《大博士》と取引しても非難したりしないって言ったんだろ?」
「確かにそう言ってくれたけど・・・でも俺はやっぱり、あんなヤツ頼りたくないよ」
綾斗が唇を噛み締める。
「アイツは《孤毒の魔女》のことを、人間じゃなくて研究対象としてしか見ていなかった。人間らしい感覚が著しく欠如してるんだよ。会話していて、本当に不愉快だった」
吐き捨てるように言う綾斗。あの綾斗がここまで言うとは・・・
「だから俺は、《大博士》の力を借りずに姉さんを目覚めさせたいんだよ。統合企業財体の力なら、きっと可能なはず・・・だから俺は、絶対《獅鷲星武祭》で優勝したいんだ」
「・・・なるほどな」
笑みを浮かべる俺。
「ユリスの国を変える為、綺凛の父親を助ける為、クローディアの望みを叶える為、そして綾斗のお姉さん・・・遥さんを目覚めさせる為。こりゃ絶対負けらんねぇわ」
「七瀬・・・」
「絶対優勝しような、綾斗。俺も全力で力を貸すから」
「っ・・・あぁ、ありがとう!」
拳を合わせる俺と綾斗。と、そこへ・・・
「七瀬ええええええええええっ!」
「ぐはっ!?」
後ろから走ってきた二葉姉が、勢いよく俺に抱きついてくる。
「本戦出場おめでとう!流石は私の弟ね!」
「空気読めやバカ姉!あとそのくだり二回目だわ!」
「えぇっ!?何で怒ってんの!?」
戸惑う二葉姉に、苦笑する綾斗・ヘルガさん・コルベル院長なのだった。
二話連続投稿となります。
次の投稿は、来週の半ばになりそうです。
是非お待ちいただけると幸いです。
シャノン「そう言ってまた七ヶ月も待たせるんですね。分かります」
いや違うから!ちゃんと執筆して投稿するから!
・・・・・多分(ボソッ)
シャノン「おいいいいいっ!?そこは言い切ってよ!?」
それではまた次回!以上、ムッティでした!
シャノン「またね~!」