「奇遇ね。まさか千葉で会うなんて」
「奇遇やね~」
「希は買い物に来たの?それとも気分転換?」
「どっちもやね~」
絢瀬さんの変わり身の速さは異常。それとさっきからちらちらこっちに向けられる視線にプレッシャーを感じる。しかし、迫力を感じるのはそこだけではない。胸部に備え付けられた巨大兵器のせいで、目のやり場に困る。こういう兵器はもっと厚着で隠すべきだろう。
「八幡君、何を見とれているのかしら?ちょっと失礼」
「はい?」
頭を掴まれ、視線を絢瀬さん側に固定される。え、何?何なの?
「うん。これでよし」
「あの……」
「これでよし」
「つーか、その、お友達ですか?」
「あ、紹介してなかったわねこの子は……」
「うちは東條希。エリチと一緒に生徒会やってるんよ。よろしく~」
「……比企谷八幡です」
「へ~、比企谷八幡君か~」
東條さんは身を乗り出して、こちらの顔を覗き込んでくる。垂れ気味の目とぽってりと厚いくちびるがやけに色っぽい。絢瀬さんのような健康的で開放的な色気とは違い、しっとりとした仄かに漂うものだ。
……さっきこちらに身を乗り出してきた時に、胸が揺れてたような……!
「むむむ……!」
「ん~♪それにしてもいい天気やね~」
東條さんは絢瀬さんを横目に、思いきり伸びをする。
春物の薄手の生地がさらにその胸を強調し、すれ違いざまに見た男が、連れの女性にどやされていた。俺?俺は紳士なので3秒しか見ていない。3秒ルールである。違うか。違うな。
「の、希?何をしているのかしら?」
「うん?ただ伸びをしただけやよ~」
「そう……」
「ところで、比企谷君はエリチとはどんな関係なん?」
「…………初対面「で恋人になりました」」
「…………」
東條さんがポカンとして、俺達二人を交互に見比べる。
「エリチに恋人?」
「ええ、そうなのよ」
そうなのよじゃねーよ、と言おうとしたら、再び腕を組まれる。あああ、またかよ~!ダレカタスケテェ~!
「ふ~ん、あのエリチに……」
「あ、あのって何よ!私だって恋人くらい……」
「比企谷君は乗り気じゃなさそうやけど」
あれ?もしかしてこれ、逃げ出すチャンスじゃね?
もしかしたらこの人は地上に舞い降りた最後の天使なのだろうか。君の瞳は百万ボルトなのだろうか。
「いえ、そんな事ないわ。むしろ彼の方が乗り気なくらい」
おい。新しい捏造事実作ってんじゃねーよ。火のない所に煙を立たせるとかスゴ技すぎるだろ。
ていうか東條さん。絢瀬さんがこういうリアクションとるのが面白くてやってんだろ。やっぱり悪魔じゃねーか。明らかに絢瀬さんの嘘がばれている。
すると悪魔は微笑みながら、とんでもない事を言った。
「恋人ってことはキスくらいするんやろ?」
「は?」
「…………」
「ふふっ、冗談冗談♪二人はただの初対面なんやろ?」
からかい終わって、実はわかってました-♪みたいな流れになろうとしていた時、隣の絢瀬さんは俯き震えていた。
「……絢瀬さん?」
「エリチ?」
俺はこの後の事は生涯忘れられない。
彼女は真っ赤にした顔を上げたかと思ったら、力の限り俺を引き寄せ……
「…………っ」
「…………ん」
「…………おお」
俺の顔を両手で挟み込み、自分の唇を俺の唇に押しつけていた。
柔らかい唇の感触に理解が追いつく前に2、3秒で彼女からすぐに離れていった。
そして、しばらく見つめ合う。あまりの出来事に思考回路はパンクしてしまっている。潤んだ瞳がさっきとは違う甘やかな輝きを見せていた。
絢瀬さんは、口元に手を当て、ふるふると小刻みに震えていた。さっきまで自分の唇があそこに重なっていたと思うと、こちらもさらに落ち着かなくなる。
やがて彼女の唇が動いた。
「エ、エ、エリチカおうち帰る!」
そのまま回れ右をして逃げ出した。
彼女の言葉は耳の中を通り抜け、虚しく空気を震わせていった。