「あ、比企谷君だ」
ショートカットの美少女は俺の方を見ると、トコトコと駆け寄ってきた。……誰だったかしら。記憶にないんだけど。
その謎の美少女は、ある程度近づいてきたところで滑ったのか、こちらに倒れ込んでくる。
「わわっ!」
「っと」
受け止める、というより巻き込まれた形だが、何とか堪えた。
「ご、ごめんね」
「ああ……大丈夫だ」
顔を上げた美少女がはにかんだ。
それと同時にふわりと甘い香りが漂ってくる。絵里さんのより甘めの香りだ。胸は……ないな。間違いなく雪ノ下よりも小さい。そう思いながら雪ノ下を見ると、何故かきつく睨まれた。
「今、物凄く不愉快な視線を感じたのだけれど」
「気のせいだろ」
胸のせいだろ。
「あ、あの……」
少し固めの声が聞こえて、美少女の肩に手を置いたままなのに気づいた。
「あ、悪い!」
「いや、こちらこそごめんね」
「むむっ!」
「エリチ。どうどう」
後ろのやり取りはとりあえず置いておこう。
「え~と、誰だっけ?」
俺の言葉に由比ヶ浜が反応する。
「嘘!?信じらんない!!同じクラスになってもう何ヶ月も経っているんだよ!」
「いや、ほら……俺、クラスの奴らあまり知らないし」
「八幡君……」
「可哀想に……」
「はあ……まあ、知ってたけど」
「は、八幡さん!元気出してください!」
「ぐっ……ほ、ほっとけっての」
余計にダメージを受けた気がする。からかい役の東條さんまでドン引きしている辺りが特に……。
忸怩たる思いを胸の奥底に仕舞い込み、俺は全力で話を先へ進めた。
「いや、ほら男子ですら大して知らないのに女子とか……」
「さいちゃんは男の子だよ」
「男の娘?」
そっかぁ。最近流行りだからなぁ。盲点だったわー。
「何やら視線がいやらしいわね」
「んな事ねーよ」
「あはは。僕、男の子です」
「そ、そうか。え~と?」
「戸塚彩加です」
「……ひ、比企谷、八幡だ」
「あたしの時より緊張してる……」
あ、危ねえ。マイナスイオン全開の笑顔にちょっとときめいてしまった。
すると、絵里さんが俺と戸塚の間に割って入ってきた。
「初めまして。絢瀬絵里です」
戸塚に対抗してか、己の美貌をフル活用した笑みを向けている。はっきり言って嫌な予感しかしない。
「は、初めまして。比企谷君の彼女さん、ですよね?」
「妻よ!」
な、何だってー。
……いや、何かしょうもない事言うとは思ってたけどさ。あまりにも嘘くさすぎる。
「あ、おめでとうございます」
「いや、信じなくていいから」
「え?」
「い、いや、事実ではないし……」
「あはは……絢瀬さん、相変わらずだね」
「……凄いわね。色々と」
くだらないやり取りを交わしていると、再び視線を感じた。
さっきと同じように辺りを見回すと、やはり……
「おい、見ろよ」
「女が増えてやがる」
「あの黒髪の子、めっちゃ美人だよな」
「いや、あの茶髪の子のスタイル見ろよ」
「ショートカットの子、最高だよな」
「……ったく、ぼっちのくせに」
「やっぱり、はやはちだよね」
あいつ、まだいたのかよ。
いや、それよか『はやはち』とかいう謎の単語も気になる。
「何なら一緒にどう?」
絵里さんの提案に三人は顔を見合わせ、すぐに頷いた。
まあ、別に5人も8人も変わりはない。男女比はあれだが。嫉妬の視線は気になるが。
「八幡君、行きましょ!」
絵里さんに促された俺は、これから訪れる出来事に特に思いを馳せるでもなく、どうやって時間を潰そうかを考えていた。