「お姉ちゃん、早く!」
「亜里沙。あんまり急ぐと危ないわよ」
私は亜里沙に連れられて千葉に来ていた。
おそらく廃校の問題で悩んでいる私を気遣ってくれたのだろう。
知り合いに会う可能性の低い場所を選ぶ気遣いがいじらしい。まったく誰に似たのかしら?……私かしら?
「わ~、綺麗な方ですわ~」
「本当だね、お姉ちゃん」
声がした方を見てみると、中学生と小学生くらいの姉妹らしき二人組がこちらを見ている。一人は長い黒髪が、もう一人は赤みがかったツインテールが印象的で可愛い。
私は周囲を念入りに見回し、その褒め言葉が自分に向けられたものかどうかを確認する。昔、自分に向けられたものだと勘違いして手を振ったら、背後のポスターの女性に対してのものだ、なんて黒歴史がある。ああ、思い出すだけでも恐ろしい…………。亜里沙も同じ目に合わないように教えておいた方が良さそうだ。
自分を褒めてくれたのだと確信した私は、姉妹に向かい、小さく微笑んだ。我ながら上手い控えめスマイルだ。しかし……
「……いない」
そこにはもう誰もいなかった。
…………。
ま、まあ、いいわ……気を取り直そう。
ていうか、亜里沙に何を言われるか……いえ、先に話しかけて、別の話題で畳みかけよう。
「亜里沙」
返事がない。
「亜里沙?」
あれ?おかしいわ。さっきまでその辺りに……はっ、まさか!
「亜里沙が……迷子になった」
*******
「ほら、お兄ちゃん。シャキッとして」
「……おう」
休みの日の惰眠すら許されない俺は、小町の三歩後ろを恭しく歩く。まさに未来の専業主夫に相応しい立ち振る舞いである。
「ん?どうしたのかな?」
「いや、眠いんだよ」
「違うよ。ゴミぃちゃんじゃなくて」
「さりげなくゴミぃちゃん言うな」
見ろよ、この扱い。これでたまにメチャクチャ可愛いから始末に負えない。いや、いつも可愛いな。うん。
「ほら、あそこ」
「……外国人観光客か?」
小町の視線の先には、金髪のポニーテールが特徴的な、外国人と思われる女性がいる。年は少し年上くらいだろうか。辺りをキョロキョロと落ち着かない。
「お兄ちゃん、GO!」
「いや、何言ってんの、お前?」
俺はポケモンじゃねーぞ。
「何言ってんの、女の子が困ってるんだよ?チャンスだよ」
「何のチャンスだよ」
俺が声をかけても、不審者扱いされるのは目に見えている。ピンチはチャンスという名言があるが、状況次第でチャンスがピンチに早変わりする事をそろそろ学校で教えた方がいい。地味系の可愛い女子と教室で二人きりになった時に、いけると思い、声をかけたが、リア充系女子とは比較にならないくらいの拒絶をされた事がある。うっかり死ぬところだった。
「俺は日本語しか喋れんぞ」
「そんな時はボディタッチだよ!」
「…………」
おそらくはボディランゲージだろう。初対面の女子にボディタッチは割とガチで嫌われそう。
小町にぐいぐいと押し出された俺は、金髪美女の真ん前に立たされた。
彼女は俺に気づき、何故かはっとした表情になる。
そして、覗き込むように俺の目をがっつり見つめてきた。
そのまま、ぽーっとしたような表情で呟いた。
「……ハラショー」
え?ロシア語?