「…………!」
今起こっている出来事にようやく理解が追いつき、慌てて体を離す。
目の前には潤んだ瞳を真っ直ぐに向けてくる絢瀬さんがいる。さっきまで重なっていたぷるんとした柔らかい唇は、微かに震えていた。雪のように白い頬は、何かが噴火しそうなくらいに紅く染まっていた。
そんな絢瀬さんを見ながらも、自分の顔が熱くなっている事に気づく。多分、俺の顔も赤くなっている事だろう……つーか……。
な、なななな何やってんの、この人!!?
周りの生徒達はただただ呆気にとられていた。
突然目の前で起こった昼下がりの情事(?)に口をパクパクさせたり、顔を真っ赤にさせたり、隣の奴と頬を抓りあったりと動きは様々だが、表情はどこか呆けている。まだ現実が飲み込めていないみたいだ。
……これは逃げ出すチャンス……ではないな。
さすがにこのキュアハートをここに置いていくのは気が引ける。この恰好をしているのは俺には一切関係ないが、一応俺に会いに来たのだ。…………やっぱり帰りたい。
まあ、今より状況が悪化する事はないだろう。さて、頭が冴えてきたところで、この状況をどう切り抜けようか……。
「あ、おった!エリチ~!」
GameOver。
頭の中にそんな文字が浮かんでくる。
「あ、比企谷君!」
破壊神オーラのある紫がかった長い黒髪を揺らしながら、東條希さんが小走りでやってくる。
うわぁ……この人苦手なんだよなぁ。普段から人の裏を読もうとする習性があるせいか、この手の何を考えているかわからないタイプに対しては、より強い警戒心を抱いてしまう。
そんな俺の心情を察してか、東條さんはイタズラっぽく笑いながら、速度を緩め、こちらに近づいてくる。一応断っておくが、プリキュアじゃない。
「ま、まじかよ。もう一人美人が……」
「あんなグラマーな……ちくしょうっ!」
「あんのぼっちがぁ!」
「まだ彼女がいるなんて……」
東條さんはチラリと周囲の反応を確認し、絢瀬さんの肩を叩く。
「すっごい恰好やね♪」
「の、希……」
いきなりのご登場に気を取られて気づかなかったが、絢瀬さんは固まっていたようだ。そして、今我に返ったと見える。
「ち、違うの!ふざけてるわけじゃないのよ!」
むしろこれを真面目にやれるメンタルの方がやばい気がするのですが……。
「……はぁ」
東條さんは呆れたような溜息をつき、こちらへつかつかと歩み寄る。……その笑い方恐いからやめて!全く良い予感がしないの!
「じゃ、比企谷君。プリキュアさんはほっといて帰ろっか」
……悪い予感ほどよく当たる。