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それでは今回もよろしくお願いします。
「…………」
音乃木坂学園の近くで、どうしたものかと考える。
突入するべきか否か。
いや、普段の俺ならここで待つし、そうするのが無難だろう。しかし、絵里が別の門から出たら?人に紛れて見えなかったら?……実は来てなかったら?
嫌な想像が次々と頭の中で輪郭を結び、また焦りが生まれる。
それと同時に、侵入が難しいという現状も確認する。
今の俺は総武高校の制服姿。
加えて、ここは女子高。
はっきり言って、このまま突入するのはやばい。勢いだけで行動するとか、俺はぼっち以外にマダオの才能もあるかもしれない。
気を取り直し、校門周辺を見たところ、門番的な誰かもいないし、この辺りは人通りも少ない。
しかし、今日は卒業式当日という事で、校内には沢山の保護者がいるだろう。ヘタすりゃ取り押さえられる可能性がある。
「……絵里」
考えている内に自然と口から名前が零れる。
その瞬間、ポケットの中のスマートフォンが震えた。
縋るような気持ちで差出人を確認してみる。
「……東條さん?」
『卒業式の会場は講堂。場所はここ』
校内の地図が添付されていて、どこからが侵入しやすいかが書かれていた。
「アルパカ?」
東條さんが教えてくれた場所から、金網を乗り越えて侵入して、しばらく歩くと、意外な生き物が出迎えてくれた。
や、やべえ。可愛い……くっ!写真に撮って小町に送りたいが、今はそれどころじゃない。少しだけ後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
東條さんの指定したルートを辿ると、確かに誰もいなかった。これがスピリチュアルの力か。今度神社に、千円くらいお賽銭を入れとこう。
変わったところは特にはないが、女子校というだけで、どこか違って見える。
絵里がここで3年間過ごしたのかと思うと、何ともいえない気持ちになり、歩幅がおおきくなった。
「あれか」
視界の奥の方に、少し大きめの扉があり、中からは少しだけ音が漏れている。
さらにペースを速め、余計な思考を遮断し、躊躇などしないように、そのまま突き進んだ。
講堂の扉を開くと、多くの視線が突き刺さり、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
「な、何?」
「誰?不審者?」
「ねえ、あれどこの学校?」
「ウソ、ここ女子校だよ!」
「なんかのドッキリ?」
案の定、講堂内が微妙な空気になっているが、構わずに前に出る。
どうやら絵里は、今まさに送辞を読もうとしていたところらしく、こちらをポカンと見つめていた。
「は、八幡?」
思いきりその名前を呼ぶ。
「絵里!」
周りの教師達から捕まる前に、全力疾走で絵里の元まで行く。周りの生徒達は、何が起こっているのかわからないような表情だった。
「あら~」
「マ、マジで?」
途中で東條さんと矢澤さんがこちらを見ているのに気づき、軽く頭を下げた。卒業式台無しにして、ごめんなさい!
転びそうになりながらも、何とか壇上の絵里の元へ辿り着く。
「八幡……どうして?」
おい、そんな驚いた顔してんじゃねーよ。
目の前にその姿がある事にほっとしながら、少しだけイラついてしまった。
「……このまま離れたくないから」
「え?」
そのまま一歩踏み出し、
絵里を引き寄せ、
「…………」
「……ん?……っ!?」
総武高校の校門前の時のような、ムードもへったくれ
もない キスを交わした。
会場は割れんばかりの歓声がキャーキャー聞こえるが、それも知ったこっちゃない。
唇を離すと、青い瞳は驚きに揺れていた。
「は、は、はち、八幡!?」
「文句言うな。こっちだって校門前でされたんだから。これでおあいこだ。だから少し黙ってろ」
「は、はい!」
何故か微笑みながら、青い瞳が涙で潤み、小さく輝く。
誰も動きを見せない事に安心して、絵里の手を握る。
「その……どんな事情があってロシアに帰るのかはわからないが……ここまで……好きにさせておいて、黙っていなくなるとか……ふざけんな」
「え?あの……八幡?」
「俺と結婚しろ」
「…………え?え、え?えぇぇぇぇーーーー!!?」
「周りは絶対に納得させる。ロシア語だって覚える。だから、一年待っててくれ」
「あの……八幡?」
絵里が何か言おうとするが、割り込ませる事なく、話を進める。
「それで……プロポーズの返事は?」
自惚れではなく、返事はわかりきっていた。
その瞳も、顔の火照りも見てきたから。
これからも何度だって重ねていくから。
「……はいっ!」
絵里が思いきり抱きついてきたので、こちらも負けじと抱きしめ返す。甘い香りがふわりと弾け、このまま溶けていきそうだ。
「え、絵里ちゃ~ん!おめでと~!」
「言ってる場合ですか!」
「あはは……卒業式……どうしよっか?」
聞き覚えのある声や、拍手の音が会場内をひたすらに飛び交い、気分が高揚するのを感じながら、こうしていられる幸せを噛み締めた。
……はい、こってりと搾られました。
理事長やら何やら、お偉いさん達から、そりゃあもう。
ひたすら謝り倒して、何とか許してもらえた……と思う。
音乃木坂の廊下を二人で歩いていると、絵里が吹き出した。
「もう、いきなりすぎてびっくりしちゃったわ」
「いや、それはこっちのセリフだっての。いきなり何も言わずに帰るとか」
俺の言葉に、絵里はまたさっきのようなポカンとした表情を浮かべる。
「……帰らないわよ」
「は?」
間の抜けた声が出る。
「だって、航空券とロシアの大学のパンフレットが」
「あれは、その……両親から、来年までに何とかしないと、ロシアに戻すぞって言われて……」
「来年まで?どういう……」
導かれるように、一つの答えに行き当たる。
「も、もしかして……」
絵里はしばらく目を伏せ、躊躇う様子を見せたが、やがて、覚悟を決めたように顔を上げて、事実を告げた。
「実は私、浪人生になりました」
読んでくれた方々、ありがとうございます!