スーパーメタルクウラ伝【本編完結】 作:走れ軟骨
神の暗躍
クウラの目は行き届き、腕は長く、脚は速い。宇宙の端にまで届くくらいに。
それはつまり、クウラはその気になれば宇宙の出来事を何時でも知り得るし、宇宙の端の事件にでも介入できるという事だ。
進化を続けるビッグゲテスターの演算能力はもはや神の叡智の域で、機械の神と言っても過言ではないし、クウラ本人の力も成長を続けて、悟空曰く〝破壊神を超えている〟という事らしかったから、そういう事が出来た。
彼は何時でも気に食わぬ存在を見逃しはしない。
それが、面白い事に繋がるとでも思えば放置…或いは陰ながら介入する可能性もあるが。
それでもクウラの心は悟空との激闘の末の幾度かの敗北と、そして共同生活で変わった。
簡単に言えば心が広くなった。
実弟を半死半生に追い込んだものの治療してやり、そして「後は勝手に生きろ」と宇宙に放逐したのも、かつてのクウラからすれば温情有り余る行為と言えた。
別れ際のフリーザは
「いいのかい?結局僕にとどめをささないでさ…。このまま僕を逃せば…絶対に組織を再興し、さらに強くなって………兄さんを殺すよ?」
そういう
「…随分甘くなったね、兄さん。……フンっ。後悔するよ」
フリーザが最後に吐き捨てた言葉と共に見せたその顔は、何とも複雑な表情だった。
だから、今のクウラが問答無用で攻撃を加える存在というのは他の者から見ても相応に
そのクウラが、何度目かになるビルスの星での悟空との一時を過ごし終えてまたビッグゲテスターへと帰還した。
そして、少しの平穏を過ごす中で突然、呟いた。
「…ハエが飛んでいるな」
機械星ビッグゲテスターの鉄の玉座に静かに響いたその声に、ギョッと反応する者達がいる。
「蝿!?これは申し訳ありません!掃除は完璧と自負しておりましたが、まさかこのビッグゲテスターに不快害虫が入り込みクウラ様の周りに細菌を撒き散らしていたとは!我ら機甲戦隊とロボット兵の警備を掻い潜って、そのような不潔な虫が、この清潔そのものであるべきクウラ様の聖域・ビッグゲテスター中枢に侵入するなどあってはならぬ事…!このサウザー、必ずやその蝿を駆除してご覧に入れます!」
主の呟きに耳聡く反応した残念なイケメンことサウザーが、額から血を流すのかという勢いで土下座しつつ喚いた。
間髪入れず、ドーレとネイズも飛んできて土下座メンバー入りし、共に謝り倒していた。
「クウラ機甲戦隊出撃!クウラ様を煩わす蝿を見敵必殺だ!」
「おう!」
「逃がしゃしねぇぜ!ふてぇ虫けらめ!」
良い意味でも悪い意味でも内面が変わらない忠義者達のバカ騒ぎに、玉座の主…クウラは眉間にシワをよせて深い息を吐いた。
「やるぞー!おおー!」と無駄に盛り上がった部下を一睨みし、
「勘違いをするな」
とピシャリと言った。
機甲戦隊の動きがピタリと止まる。
「大モニターを見るがいい。俺の見たモノを見せてやろう」
「クウラ様の見たもの…?」
クウラの思念を受け取れば、同系統のナノマシンを体内に持つクウラ軍団の者達は、全員が声も映像も脳に直接受け取れるが、それでは味気なかろうとしてクウラはモニターへとそれを送る。
クウラの思念が電気信号となって前方壁面に広がる大モニターに投写されれば、そこに映ったのは一人の界王神が全知のズノーと圧迫面接めいた面会を強いる場面であった。
主の言葉に従い大人しく観ていた機甲戦隊だが、やがてその顔を不愉快そうに歪めていく。
「…あの界王神…今なんと言ったか理解できたか?ドーレ、ネイズ」
サウザーが額に血管を浮き上がらせる。
ドーレとネイズも似たようなものだ。
「あぁ、ハッキリ聞こえたぜ…理解したくはねぇがな」
「奴はこう言ったんだ。クウラ様とテメェの体を入れ替える事は出来るかってな」
ミシッという音が聞こえる程にサウザーの手が握りしめられる。
「第10宇宙の界王・ザマスか…。奴のデータは持っている…たかだか界王から成り上がった界王神見習いの分際で、もはや神をも超えるクウラ様のお体を狙うなど……」
「笑えねぇ冗談だ」
「ケッ、胸くそ悪ィ…にしてもよォ…ギニューの奴ならドラゴンボールに頼らないで出来た事を、わざわざご苦労なこったぜ」
ドーレの体中の血管も怒りから浮き出て切れてしまいそうな程で、ネイズのギョロギョロとした目も酷く血走っている。
だが、怒りに燃える部下達に比べてクウラは冷静そのものだった。
不愉快には思っているだろうが、それだけだった。
極短い思考時間の中で、ビッグゲテスターの時間を超えた視野で因果すら見て取ったクウラは嘲笑しながら口を開く。
「なるほど。神々の道楽の中で、奴は〝破壊神選抜格闘大会〟の記録映像を見たようだな。…………神か。その行動を善と正義故と確信し、その中から災いの種を撒き散らす…。ククク…悪であり邪と知っていながら、同じことをしてきた俺やフリーザと…果たしてどちらの
その笑みは、悟空達地球人と暮らす中では見せないものだ。
かつて星々を荒らし回っていた頃のものに似る。
笑みを消し、機械のように無表情に戻ったクウラがゆっくりと玉座から立ち上がる。
主の気の高まりを当然のように察する機甲戦隊は、出撃を予感し、そしてそれは機甲戦隊も望む所であったがサウザーは敢えて一つの懸念を言語化した。
「このままザマスを抹殺すれば、落ち着いている神々との関係にも再び一悶着起きますが…よろしいのですか?」
答えなんぞ決まっているのはサウザーとて理解しているし、サウザー本人も強くそれを望んでいる。クウラの肉体を狙う奸賊を野放しには出来ない。
そんなサウザーを、クウラの赤い瞳が見る。
その表情からは、やはり怒りも何も感じさせない。
冷たいマシーンのようなその顔は、神々へ向けられた感情そのものだ。
「切っ掛けを作ったのは神共だ。ザマスを殺した結果、神共が俺の排除に乗り出すとすれば…また宇宙全土を巻き込む戦争が始まるだけだ。奴らが無関係の脆弱な生命体を巻き込んででも、今度こそ俺と決着をつけたいと言うなら、それもよかろう」
神も天使も、そしてその後ろに踏ん反り返る全王も、いつかは対処せねばならぬ問題だ。
現段階で事を構えるのは得策ではないと解っていても、天使と神々にいつまでも
温厚になる事とプライドを捨てる事はイコールではないのだ。
「神に…天使に傅いて許しを請うなど、死んでもせん」
未だ入れ替えは未遂であるし、入れ替えた後に何をするかまでは知らないが ――とはいえ、ザマスが何をする気なのかは大体察しがつく―― 己に対する不敬行為の推定犯人のザマスを殺すのに何の躊躇いもない。
その結果、神々がどう動こうとも、クウラは殺意を固めていた。
クウラの忠臣達も、主の力強い言葉を聞いて、まるで自分までが気高くなれたように誇りを漲らせて勇壮な笑みとなる。
「よぉし!久々に戦争になるかもだな!っと、そういやザンギャは何してやがんだ?こんな時間まで姿をみせずによ。まだ寝てやがんのか?」
ドーレが額をポリポリ掻きながら言うと、ネイズが何やら少し慌てた様子を見せ、小声でドーレに言った。
「バカっ、知らねぇのか!ザンギャは…昨夜はクウラ様のお部屋で過ごしたんだよ…!」
「…。な、なにぃ!?ほ、本当かサウザー!?」
話を振られた美青年は、フッと笑いながら前髪を掻き上げて、まるで自分の手柄話のように誇る。
「フッ…その通りだ。ザンギャめ…気配を断ってクウラ様の御部屋に向かったようだが、この俺のクウラ様センサーはごまかせん。ザンギャは…間違いなく昨晩クウラ様の部屋で一夜を過ごした」
「や、やったッ!!!!」
ドーレがガッツポーズをとる。やったとは、果たしてダブルミーニングでもあるのだろうか。
「くくく…これで…これで、我ら機甲戦隊の野望も成就する!クウラ様の御子を………このサウザーがお世話をするのだっ!!」
「う、うおおお!!この俺が…このドーレが…宇宙プロレスの面白さをお世継ぎにお教えせねば!」
盛り上がる二人に、ネイズがやや青褪めた顔で「声がでけぇ!?しかも今の場面を考えろよ二人とも!」と窘めたが時既に遅し。
「はっ!?」
空気が冷たく、そして震えてネイズはより一層青褪める。黄色いカエルから青いカエルになったように顔色は激変していた。冬眠でもするのだろうか。
ハッとしたネイズの背後には、まるで神に向けたような絶対零度の表情を向けてくるクウラがいるではないか。
「神の前に…部下の再教育から始めねばならんようだな」
ポツリと漏らしたその言葉には一切の温かみが含まれていない。
「俺とした事が、最近は少し部下に甘かったらしい」
「お、おお!クウラ様のご指導が…久々に!!」
それでも興奮するサウザーに、ネイズは思いつく限りの罵倒をサウザーに向けて心で叫んだが、一方でどこか達観し諦めきって白い灰のようになっている。
その夜、特別トレーニングルームからはサウザー、ドーレ、ネイズの想像を絶する叫びが何時までも木霊したという。
果たして、本当に機甲戦隊の面々が思うような事が起きたのかどうかは…それは神でさえ知る由もない事だった。
◇
「き、貴様は…!?」
ズノーに詰問を続けていた界王神候補・ザマス。
彼は、自分の背後に突如悪寒を感じて振り返れば、そこにはある意味で目当ての人物が冷ややかな態度で佇んでいた。
「―――ク、クウラ!!」
ザマスも戦慄いたが、それ以上の反応を見せたのはズノーとその側近達。
「ぎゃああああああ!!?クウラだぁーーー!!!」
「わ、わあああ!?星喰だ!星喰がまた来たぞーー!!」
「ひぃぃぃぃ!?い、命だけは!情報はいくらでも渡す…!だから、もうあの
大きな頭をイヤイヤと振って、そして涙と鼻水を流して土下座を始めるズノー。
それだけ、メタルクウラによる生きたままの解体はトラウマになっているらしい。
騒ぎを尻目に、ザマスは腰を落として一歩、ジリ…と摺り足で後ずさる。
「…くっ」
そしてそれをクウラが無感情に見つめている。
「俺の体が欲しいか…?」
「…なるほど、知っているという事か。ふん…分不相応な力だ…。やはり…増長し続ける人間など存在してはならないようだな…!まるで神のように全てを見透かすなど…気に入らない!!それは貴様如きがやっていい所業じゃない!神の!私の!!持つべき力だろう!!!」
「神は、いつか進化を続けた生命によって超えられる。貴様らは、所詮、俺達の
「貴様っ!!!」
端正な顔を怒りに狂わせて、ザマスは跳ねるように飛び出す。
右手に気のブレードをまとわせて、クウラの首めがけて最高速度で駆けた。
「なるほど。界王神の見習い風情にしては…上出来な速度だな」
「ほざけ!!」
振り下ろされる気の刃。しかし、それがクウラの首に届くことはなかった。
ただ力を抜いて無警戒に立っているだけの男の首にまで刃を届かすには、ザマスは幾つも越えねばならぬ壁がある。
「っ、なに!?」
気の刃は、同じような刃によって受け止められていた。
クウラから与えられたナノマシンによる恩恵で、瞬間移動までをもモノにして割って入ったのは、ザマスと似た雰囲気を持つ、端正でクールな美青年。
そして、技までが似る。
「クウラ機甲戦隊、サウザー見参!!クウラ様には指一本振れさせんぞ!」
「な…わ、私と同じ技!?」
「なんだとぉ!?貴様が俺の真似をしているのだろう!?この技は…このサウザーの専売特許だ!!ハッ!!」
「う、ぐ…!ぅおおおお!?」
気の放出で吹き飛んだザマスを、厚く逞しい胸板が出迎える。
「おっとと。へへっ…いきなりクウラ様の首を狙うなんざ、テメェにゃ千年はえー…ぜッ!」
「オぐぉ!?」
深緑色の肌の巨漢が、思い切りよくココナッツクラッシュをザマスの脳天に見舞えば、ズノーの宮殿のような部屋の床が大きく陥没しザマスがめり込んでいくと、あっさりと階下へぶち破って更に下へ。
完全に宮殿を飛び出してズノーの星の土層へと埋もれる。
「ケッケッケッ…!まずは俺らと遊ぼうぜ、ザマスさんよォ!」
そこに、嫌らしい笑みを浮かべた土気色のカエルのような男が待ち受けていた。
ガシッとモヒカン頭を掴むと、締め上げながら彼お得意の電撃攻撃をジリジリと食らわす。
「がっ!?がああああああああ!!!!」
「ひゃひゃひゃっ!このまま苦しんで死んでいきな!」
ネイズの電撃がザマスの肉体を内から焼いていく。
強烈な電気信号がザマスの筋肉を無軌道に動かして、陸にあげられた魚のように跳ねて悶続ける様を、ネイズと、そして宙を滑り降りてきたサウザーとドーレも愉快そうに眺めていた。
「俺に斬り刻まれるか――」
「それとも俺に全身の骨を砕かれるか…」
「このまま俺の電撃で焼け死ぬか、選ばせてやるよ…!うひゃひゃひゃ!」
ザマスが界王神候補としてだけでなく、どの宇宙の界王神と比べても圧倒的な武のセンスを持っていても、所詮は界王神という括りの中での話。
様々な激戦経験を積み続け、そしてビッグゲテスターとクウラの力で爆発的な成長を遂げる機甲戦隊が相手では、相手が悪かった。
「う、うわああああああ!!がああああああ!!!!」
一方的なリンチが続けられ、嬲られる。
肉が焼けて黒墨になり、気弾がザマスの手足を少しずつ吹き飛ばす。
電撃中でも干渉できるサウザブレードが、ザマスの端正な顔を膾切りにしていく。
「馬鹿め!クウラ様にただ挑むというなら、こうまで苦しまずに済んだものを!クウラ様のお体まで狙うという不敬を…永遠に贖い、苦しみ続けろ!!!ハハハハハハハッ!」
狂信的な忠誠心がサウザーの怒りを吹き上げさせる。
猟奇的な宴はそのまま数分も続いて、経験豊富な機甲戦隊は生かさず殺さず、界王神候補生を生殺し続けた。
だがその宴も終わる。
「そこまでにしておけ」
その声に応じて、ビクンと機甲戦隊の面々が反射的に制止した。
機甲戦隊を言葉だけで止めることが出来るのは、宇宙広しとは言えこの男…クウラだけだ。
「クウラ様!し、しかし…この界王神は……!もっと苦しめてやらねば!」
「お前達の息抜きと思って好きにさせたが。…雑魚を嬲るのは俺の趣味ではない。それに――」
クウラの冷たい目が、半死半生のザマスへと向けられる。
「――雑魚を追い込みすぎると、思わぬしっぺ返しを食らうものだ。殺せる時に、敵は殺す」
クウラは温厚になった。
それは、相手が敵か味方か、または無害な第三者かをよく時間をかけ見極めるようになったという事でもある。
しかし、一度敵と見極めれば…その苛烈さは孫悟飯さえ敵わない。
圧倒的に残酷であり冷酷であり、無慈悲だった。
「う…」
呻く半死体と化したザマスへ、クウラの紫の指が向けられると、薄い気の膜が球状に展開し彼を包む。
「このまま消え去るがいい」
クウラの指先がポッと光ったその瞬間。
「―――がっっっっっっ!!!!!」
極度に圧縮されたスーパーノヴァが、球状の気の中に転移し、膨張した。
瞬間的に何もかもを焼き尽くされて、うめき声とも叫び声ともつかぬ短い断末魔を残してザマスは消滅した。
細胞の一欠片も、気の残滓すら残さないで、完全に消滅していた。
実力差から解っていたとはいえ、余りにも呆気ない最期。顛末。
機甲戦隊達は皆、満足そうに頷いている。
しかしクウラは唯一人、つい数秒前までザマスが存在した筈の…何も無くなった空間をジッと眺める。
(…これで終わりか?………いや―――)
まだ終わっていない。
時空間を超えた視野を持つクウラの瞳は、世界の可能性の一つを見出し、そして見つめていた。