並盛町妖奇譚   作:雪宮春夏

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 この話ではおよそ三年ぶりです、雪宮春夏です。
 すっかり離れていたジャンルに何の前振りもなく戻ってきました(*ゝω・*)ノ
 いつもとは少し短めですが、それでも久々に読んでやろうという心の広い方はどうぞご覧下さい。
<(_ _)>


第六譚 回った先には……

 

 声が聞こえる。その声は俺に向けて、何かを喋っていると、何故かそう思った。

「……どうした?」

 傍に座り込んでいた山本に首を傾げられる。

 そこで漸く、俺が振り向いた方向にあったのが単なる壁しかなく、俺の聞いたと思った声も、俺にしか聞こえていない可能性にも思い当たった。

(あれ? もしかしてさっきのって、俺を狙っている妖怪の声? 探されてたとか?……いや、でもあれは……)

 いつもの習慣でそこまで思考して、しかしなんとなくそれを否定する。

 明確な理由はでないものの、今し方俺に向けられた声に殺意の色がなかったように感じたからだ。

 それに俺の「なんとなく」は高確率で的中すると言うことを、俺は今までの経験上から事実としてしっていた。

 しかしそんな俺の一連の思考からなる表情の変化は端から見ているだけの山本では訳が分からなかっただろう。

 一見するといきなり何の前触れもなく、くるくると表情を変えているようにしか見えない俺に、流石に心配が先にたったのか、しきりに様子を問いかけてくる。

「なぁ? 大丈夫か? どっか具合悪ぃのか?」

 どうやら突然俺の奇行……確かにそう言われても否定は出来ない……を具合の悪さと判断したらしい山本の言動に、大丈夫と訴えながら俺は念のために、己に異変が無いのかを一通り調べる。

 そう言っても、俺には専門的な知識など無いのだから焼け石に水のようなものだろう。

 俺にも分かる程の異変が起きるのは、おそらく手遅れとも言える状態になった時であろうし。

(でも、一体あの声は何を喋っていたんだろう?)

 俺を呼んだ声を、幻聴や気のせいとは考えない。

 しかしその内容が分からない事に俺は、妙な不安を覚えていた。

 

 

 

 人混みの中でそれとなく会話を拾い集めた結果、本日この学び舎ではスポーツ大会なる物が開かれているらしい。

 そしてその中でも優勝候補とされていたのが剣道部の現主将、持田という男と、部活こそ野球部なものの、父親が剣道の有段者だと言われているスポーツ万能少年、山本武。

 しかしながら制限時間まで残りわずかとなっている現在、未だに彼は出てこないらしい。

 いきなり消えたという教え子と、出てこないらしいといわれる優勝候補の一角。

 穿ち過ぎと考えられなくもないがこのトラブルの要因が妖怪でないと仮定する以上、考えられる可能性は片っ端から潰していくことが一番確実だった。

「……さて、どこからあたってみるかな?」

 生徒が生徒を隠しそうな場所と、着眼を変えてリボーンは直ぐさま行動に移った。

 

 

「どうしたぁ? もう挑戦する奴はいないのか!? ならば笹川京子の初デートの相手は、俺で決まりだなぁ!!?」

 ぬぁっはっはっはっ!!

 副音声でそのような高笑いまで聞こえてきそうな男の姿に身の置き場も無さそうに小さく縮こまっている一人の少女の姿があった。

「大丈夫ですか? 京子ちゃん」

「全く。あいつは偉そうに……京子を何だと思ってんのよ……!」

 左右を固める友人の一方からは心配と共に憐れまれ、一方は憎々しげに男を睨む。

 その少女こそがこのスポーツ大会で景品として扱われている少女、「笹川京子」だった。

「……ったく、了平さんがいればこんな馬鹿馬鹿しい蛮行、させやしなかったのに!!」

 己の激情を表すように片手でぎゅっと拳を握る。

 相手に殺気混じりとも言える視線を投げる少女の名前は黒川花だ。

「……了平さんがいない時を狙ってたから今日になるまで何も言わなかったんですよ! しかも男子にはしっかりと根回しまで済んでいるなんてっ!!」

 悪辣以外の何者でもないと、京子を心配する風の友人も憤慨の色を濃く言い募る。

 彼女の名前は三浦ハルと言った。

「二人とも……もう良いよ」

 憤慨しつつもなんとか打開策を見いだそうとする友人二人に対して、少女自身の顔には諦観の色が濃い。

「別にデートって言ったって、単なるおでかけと変わらないよ? 私が少し我慢すればそれで済むんだし……ね?」

「済むわけないでしょ!?」

「済むわけありません!?」

 それに対して左右二人は、殆ど同じ言葉で反論する。

「京子……あんたは男って奴をなめすぎよ!」

「京子ちゃん! 男の人はそうじて狼なんですよっ!!」

 意図せずに同じような言葉で反論する彼女たちを当人であるはずの笹川京子は、どこか他人事のような視点で、仲が良いよなぁと、何故かずれた思考を巡らせる。

 別段京子とて、男の人をなめていると言われるほど、世間知らずではない。

 男は狼と言うことは昔の歌のフレーズでもあるが、それを否定するほど世の中にいる男の人がいい人ばかりではないことは、ニュースを見ていれば嫌でも分かる。

 テレビ越しに伝えられるニュースを単なる他人事で済ませるには中学生である彼女は大人だったし、この世界がきれい事だけで成り立っている訳ではないことを、彼女は一つの体験から、既に良く理解している事だった。

 その上で、彼女は正直に己の感情を吐露したのだ。

「……だって、だれでもそんなに変わらないもの」

「……え?」

 事情を知らないハルは首を傾げるが、花は思い当たる節があったのだろう。

 目の丸くしてから、僅かに唇をかむ。

 しかしどう答えるべきか、その言葉が見つからないのか僅かに目線を動かした時に、外側に異変は起こった。

「……見ろっ! 時間だっ!! この大会の優勝者は……」

 男が高らかに宣言しようとした時、ズズンと突如、地面が揺れた。

 地震と呟かれた言葉に周囲は騒然となる。

 しかし次いで聞こえた騒音は、はっきりとそれをかき消した。

 バンと、まるで近くで爆竹がはじけるような音と共に、コンクリートで出来ている筈の倉庫が壊れたのだ。

 跡形もなく。

「……え?」

 最初に声を上げたのが誰だったのか。

 それは誰にも分からない。

 そしてその直後、何かおきたのか、正確な事を全て、直ぐに判断できたのは、果たしてこの場に何人いたのだろうか。

 高笑いをしていたはずの持田が何事かを叫んだ。

 これがまず一つ。

 笹川京子が目を丸くしていた。

 これが二つ目。

 そして、見知らぬ少年が、ラケットで持田の頭をぶっ叩いていた。

 これが三つ目である。

「……え?」

 シーンと、音が出るかと思うほどの、無音。

 それを破ったのは、目を丸くしていた少女の声で。

「ふへ?」

 次いで言葉を発したのは乱入してきたと思われる少年。……しかも彼は黒の着流しに裸足というかなり訳の分からない格好をしていた。

「え?……あ、あの、そのっ……」

 漸く現状を理解したのだろう。

 ざあっと音を立てるほどに顔を青ざめさせた少年はわたわたと慌てた様子で周囲を見渡し。

「す……すみませんでしたっ! ごめんなさいいいいいっ!!」

 そんな言葉を残しながら一目散に失踪していったのである。

「……なにあれ?」

 思わず風のように去って行ったとしか形容できない相手に言葉を漏らした黒川花と。

「なんか……凄かったですねぇ」

 心なしか感嘆の声を漏らした三浦ハルに挟まれた少女はただ、呆然としていた。

「……つーくん?」

 零した言葉を聞き止めたものは未だいない。

 

 

「犬……いまの」

 言葉少なに、呟かれたことはそのまま千種の動揺を示しているように感じた。

 ギリリと歯を食いしばり、「分かっているびょん」と、返した相棒も、少しばかり動揺したのだろう。

 語尾がおかしくなっている。

「直ぐにここを出て骸様に連絡する! ついでにあいつも回収しねぇと……!!」

「……確かに。ここで雲雀に見つかったら、下手したらかっ浚われかねない」

 そんなのゴメンだ。ややこしいと続けた千種に、犬も頷いておく。

 事情を知らない相手からすれば大げさなと思われるかもしれないが、こと相手は傍若無人が地の雲雀だ。

 今までは状況証拠から可能性が示唆されていただけであるから半信半疑の面が強く、注視をしていても己の手で囲おうとはしなかったものの、このような形で……よりにもよって彼の領域内で確定してしまった以上、間違いなく手中に収めようとする。

 純粋な奪い合いになれば、実力違いな自分達では敗色は濃厚どころか確定だった。

「……っうかアルコバレーノ……もう少しやり方、考えろっての!!」

「仕方ないよ。こっちのややこしい事情は教えてないし……第一あいつ、多分知らないでしょ?」

 敢えて主語を省いて返答しつつ、千種はこれから急激に動くであろう事態に、そこの中心にいるだろう自分達に心底うんざりする。

「こっちだって思わねぇびょん! 今まで何をやってもうんともすんとも言わなかった“宇宙(そら)“が『死ぬ気弾』撃たれて出てくるなんてーっ!!」

 しかしその言葉に返す、言葉はない。

 全くの同感だったからだ。

 

 その場に偶然居合わせてしまった草壁は、恐怖に震えていた。

 窓越しに見えるのは、内側から爆発したように崩壊した体育用具倉庫。

 これも問題だがそれは良い。

 所詮は部品だ。

 壊れてものは直せば良いし、無くなったものは補充すれば良い。

 騒然となっている生徒達。

 そちらも今は後回しだ。

 必要なのは殺気だっている雲雀を鎮める事。

 そして雲雀の興奮状態を少しでも抑えることだ。

(あぁ……でも、無理だろう)

 それは予感ではなく、実感だった。

 あの地震とともに周囲に広がった()()を草壁は知っている。

 その人物をどれだけこの人が求めていたかを、草壁は分かっている。

 その相手を見つけて、手の届く場所にいると自覚して、興奮を抑えることが出来ないことも。

(……せめて被害が出ないようにしよう)

 そう覚悟を決めるしか、今の草壁に出来ることはない。

 

 体育用具倉庫の中から脱出した山本武はふうと一息をついて、思い返した。

(……すげぇなぁ。あいつ)

 いや、()()()()か。

 直ぐさまそう思い直して、笑みを零す。

沢田 綱吉(さわだ つなよし)……山吹 鯉繋(やまぶき りつな)……かぁ」

 全く同じ顔で同じ声。

 しかし全く雰囲気の異なる二人を思い浮かべて、山本武は楽しそうに笑う。

「……友達になりたいのなぁ!」

 

 




 次回予告! (しかし次回の更新予定は未定)
 鯉繋の存在を視認した駆裳(くも)夜薙(よなぎ)姫の神域、並盛神社を襲撃するよ!!
 ……君ら、()()味方同士じゃなかった?^_^;

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