並盛町妖奇譚   作:雪宮春夏

5 / 9
 お久しぶりです!雪宮春夏です。

 夏休みも終盤間近。皆様どうお過ごしでしようか?

 日中はまだまだ暑いですが、暑さに負けないよう、お過ごし下さい。

 それでは。


第四譚 果報は寝て待て

「なるほど。やはりアルコバレーノが来ましたか」

 どこか納得したような様子で呟いた男に、夜薙姫は首を傾げた。

「やはりとはまさか……予測しておられたのですか? 鬼罹(きり)様」

 鬼罹(きり)と呼ばれた男は微笑むだけで問いに答えることは無く、ただ周りの風景に目を向ける。

 ここは夜薙姫の社でも、人の行き交う並盛町の町並みでも無かった。

 辺り一面を青々しい草原が包み、それが視界の端から端まで広がっている。現実では先ずお目にかかることの出来ない風景であり……実際これは、現実の世界では無い。

 ここは夜薙姫の精神世界。そこに彼女は自らの上位にいる鬼罹(きり)を招き、今後の指示を仰いでいたのだ。

「それでどういたしましょう? 追い出すのなら、些か不満はありますが()()の協力も取り付けた方が確実かと」

 鬼罹(きり)の答を先回りして、これからの計画……そこには当然、かなりの部分を知りすぎているだろうアルコバレーノの抹殺も含む……を思案しようとする夜薙姫を片手で制して、鬼罹(きり)が、決断したのは彼らの予測と異なるものだった。

「いえ。受け入れましょう。あの依り代への介入を。あの組織のボスに空きが出来てはこちらも困る。それに……」

 そこで僅か何かを迷うように目線をあちらこちらへ飛ばした鬼罹(きり)は、何かに堪忍したかのように、ふうと溜息をつき、頭を抑えた。

「後継者候補が次々死んだという呪いの件、背後におそらく神業(かみなり)がいます」

 神業。その単語に、夜薙姫は目を見開いた。

「何故? もしや裏切りでございますか!?」

 神業とは、鬼罹(きり)と同じく宇宙(そら)にひかれて集った組織の中で幹部格にされている妖怪の一人で、元は中国に数千年レベルで生きる神龍なのだと言っていた。人間の扱う娯楽や食事には面白いものがあると豪語する彼は普段は陽気だが、その分怒ると手がつけられないのだという。最も、夜薙姫が鬼罹(きり)と行動を共にするようになってから、彼が怒った姿など一度も見た事は無いが。

「違いますよ。彼には裏切っているという自覚もおそらくありません」

 厄介なと、小さく呟かれた鬼罹(きり)の言葉に、つまり神業からしてみれば、よかれと思っての行動だと解釈する。鬼罹(きり)の様子から察すると、もしや夜薙姫が知らないだけで、過去にも似たような事があったのかもしれない。

「……依り代の中で眠りについた宇宙(そら)に対してどう接すれば良いのか、それは我々三人、まるで意見が異なる。その事は確か、貴方には話していましたね?」

 確かめる鬼罹(きり)に、確かに聞いた覚えがあったので迷うこと無く夜薙姫は頷く。

 依り代の現状を維持することを選んだ鬼罹(きり)に対して、もう一人のこの国に残った幹部は依り代の破壊を訴えた。

 それに対して、僅かに異を唱えた神業は、程々の期間をおいた後に破壊すれば、その頃には力が回復して居るであろう宇宙(そら)が、ケロリとした顔で現れるだろうと面白い落としどころを探ったのが、凡その概要である。

「……ではまさか、程々の期間が、彼の中では過ぎたと?」

「より厳密に言うならば、これ以上待っても、現状からは変わらないと判断したのでしょう」

(まぁ、その気持ちは分かりますが)

 表情を崩すこと無く内心毒ついた鬼罹(きり)は、しかしながらあまりにも性急すぎる神業のやり方に、どこか危ういものを感じた。

(これは放っておくと……そろそろキレるかもしれませんね)

鬼罹(きり)様」

 思案に暮れていた鬼罹(きり)に向けられた夜薙姫の声に首を傾げた時、鬼罹(きり)の耳にも、犬からの応答が聞こえた。

「……おやおや」

 目を丸くする夜薙姫に反するように、鬼罹(きり)は愉快そうに頬をほころばせた。

「並盛中……ですか」

 

 犬はせわしなく辺りを見回した。

「……どこ行ったびょん!」

 その傍らで、連絡を受けて駆けつけた千種が立っている。

「……何で一人で、置き去りにしたの」

「仕方ねぇらろ! あいつ連れて食料の買い込みなんて出来る訳ねぇらろ!? 頭使えよ柿ピー!!」

 ここは数十分前に犬が子どもを置き去りにしたところである。しかしそこにはいるはずの子ども一人が見あたらない。残されているのは無数の足跡だけである。

「足跡の大きさからして、向こうも子ども。おそらく並盛中の生徒だね」

「子どもが子どもを誘拐びょん!? 目的は身代金びょん?! すぐに警察に連絡するびょ……」

「犬! 落ち着こうか……」

 淡々と言葉を紡ぎながら千種がしたのは鳩尾に一発。

 言葉が途中で途切れた、犬はグラリとそのまま地面へ倒れた。

「……どーすんだ」

 犬から連絡を受けて千種と共にここまで来ていたリボーンが判断を委ねるように彼に指示を仰ぐ。

 行きがけに聞いた話だが、どうやらこの学校を仕切っているのは彼の属する組織の中で鬼罹(きり)と同じ幹部格にいる存在なのだという。

 二人の仲は犬と猿ほどの仲らしく、会う度に衝突しあっているのだとか。

 二人の相性はお世辞にも一癖ありそうなものだが、沢田綱吉の中にいる彼らのボス……宇宙(そら)を外敵から守るという意見だけは一致しているらしい。

「目的はいまいち分からないけど、この学校の生徒が拐かしたのなら、まだ学校にいる可能性は高い。……虱潰しに探すしかない」

 淡々と言葉を紡ぐ千種だが、その目の奥には僅かに焦燥の色が見て取れた。

「夜薙には直ぐに場を直すように伝えてある。僕らは何とかして日暮れまでの間にあれを連れて帰らないと……!」

 くいっと、眼鏡を直しながら千種が見上げた空に浮かぶ太陽は、既に中天を渡っていた。

「夜になったら……出て来る妖怪によっては僕たちもヤバイ……!!」

 

 人気のない物置……サッカーボールや、テニスのラケットなど、スポーツに使う道具が堆く積まれているから体育用具の倉庫だろうか。そこに閉じ込められている子どもはなぜ己にこのような厄災が降りかかったのか、落ち着いて思い出そうとしていた。

 しかし結局分かるのは、眠気に負け寝入っていた子どもが次に目を覚ました時は、見知らぬ場所にいたという現状のみ。それ以外は右も左も分からない有様だった。

(本当に、何でこんな所にいるんだろ? ……そもそもここどこだ?)

 子どもは意識がある間では、保護者である犬から待機を命じられた場所から動いた記憶がない。

 そうなると、ここへは誰かが無理矢理連れてきたと言うことになるが。

(……俺の命を狙う妖怪なら、そんなまだるっこいことはしないはず。俺なんて盾にしたところで人質にもならないし)

 少なくとも、己の認識ではそうだ。

 犬と千種は食べるものに困らない程度にはものを差し入れてくれるが、その理由は子どもを依り代にしている彼の人を生かすため。子ども自身に情を持っている訳では無い。

(あれ? ……まさか人質は俺じゃなくて宇宙(そら)さん!?)

 その可能性に思い当たった時、子どもは己自身の立場も忘れて、ほおっと息を溢した。

(凄い命知らず……いや、度胸がある、のかな?)

 しかも実行した場所が場所である。

 並盛中。子ども自身は詳しくは知らないが、犬と千種曰く、この場所には宇宙(そら)を長とする組織の中で幹部と言われる、鬼罹(きり)の同格者の中で一番の戦闘狂と呼ばれる相手が牛耳っているのだと言う話だった。

 その畏ろしさたるや、同じ幹部である鬼罹(きり)の下についている二人が口ごもる程なのだから相当と言えよう。

 そこまで考えると流石に、攫った相手が気の毒になってくる。「負ける」前提で考えてしまうから仕方ないとも言えるが、そこで、もしもの時は己も道連れに殺される等と可能性を考えない所が子どもの幼い所でもあった。

「とりあえず……どうするかなぁ」

 聞く者がいれば何とも拍子抜けするであろう言葉は、問いの形にすらなっていない。

 途方に暮れる、と言う言葉が一番似合いそうな姿は間違っても子どものものではない。

 はぁと再び溜息をもらした子どもは改めて閉じ込められた部屋……体育用具倉庫の中を見渡した。

 期待していたわけでは無いが、子どもがこの現状に陥った理由のようなものが判明するような物はない。

(だいたい……なんかおかしいんだよな)

 むむっと、無意識にか、子どもの眉間に皺が寄る。

 子どもには子ども自身がこのような拐かしに陥る理由は彼を依り代にしている宇宙(そら)以外は思いつかないのだ。以前実父に襲われた記憶はあるが彼の中ではそれは母に危害を加えられることを恐れた父の一過性な衝動から起きた物という認識が強くあれから数年もたっている今更再び父が子どもに手を下すためだけに遠い日本まで来るとは考えられない。

(そうなると相手は宇宙(そら)やその組織と敵対状態にある妖怪何だけど……何でわざわざこんな所?)

 前述したように、意識を失うまで……子どもが寝入ってしまったのは並盛中学の敷地内で、そこは彼の鬼罹(きり)と同格な幹部が拠点としている場所。そこから子どもを連れ去ると言うのは、どう考えても危険の大きな行為だった。

(……いや、いつもいる並盛神社の神域も、危険が少ない訳では無いけどさ)

 それでも、幹部格よりは神域の主である夜薙姫様の方が、勝てる要素は高いと言えよう。

 鬼女と呼ばれる妖怪から祀られて土地神になったとは言え、それ以前の彼女は単なる人。

 生粋の妖怪からなる幹部格に比べれば力はそれほど強くは無い。

(……にも関わらず、近場に犬さんがいるこの場所で事に及ぶなんて)

 考えれば考えるほど、子どもの脳裏を占めるのは違和感だ。元より、子どもはあまり考えることは得意では無いのだが、彼の中の何かが、考えろと子供に訴える。

(何だろう……この違和感。本当にこんなことしている奴が……)

「妖怪……なのかな?」

「……ったく、真っ当な人間のすることじゃねぇのな」

「……ん?」

「ひっ!?」

 無意識に最後は呟いていた子どもは予想もしていなかった己以外の声に、悲鳴を上げ、身を縮込ませた。

 悲鳴を上げられ、明らかに怯えられた子ども以外の人物は、見たところ子どもと年はそう変わらないだろう。

 何らかの制服なのか、泥だらけになっている上着とズボンと言う軽装で……何故か得点板らしき物の器具の一つに縛りつけられていた。

「……誰?」

 相手が縛られて動けないこと。年が自分とあまり変わらないこと。それらのことが、少しばかり子どもの恐怖心を宥めたのか。若しくは恐怖心よりも状況把握の必要性が上回ったのか。

 恐る恐ると震えながら、子どもはその人物に問いかけていた。

「俺か? ……俺は」

 何の含みも無い、無邪気な笑顔で、少年は笑った。

「俺は山本武! 並盛中学野球部の一年レギュラーなのな!」

 

 




 満を持して登場。
 野球バカです。

 ……うん。
 第一印象で何でこれ?

 原作と全然違うじゃん!

そういうツッコミはどうぞご遠慮下さい。

さてさて。これはどうなるかな?

(・_・;)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。