Fate/XXI   作:荒風

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ACT7:汝ら、その『力』を示せ

 

 

 状況はもはや誰にも予想がつかないことになっていた。

 サーヴァントは目に見えるだけで5体。ただ監視のみを行っているアサシンを含めれば6体。キャスターを除くサーヴァントすべてがここに揃っていた。誰もが周囲の動向を見定めんとする中、ただ一人、そんなことは気に掛けず、どこまでも我が道を行く者がいた。

 

「誰の許しを得て、我を見ておる? 狂犬めが……」

 

 黄金のサーヴァントは、理解していた。黒騎士の怨嗟に満ちた視線が、自分に向けられていることを。

 

「せめて散りざまで我を興じさせよ。雑種」

 

 浮かんでいた16丁の宝具、その今までにも増して凄まじい魔力の波動からするに、ほぼ全てAクラスの宝具が、一斉にバーサーカー一人目がけて発射される。対するバーサーカーは、一歩も退かずに右手を上げた。そして、高速で飛来する最初の一撃目たる槍を、掴み取った。

 音速を超える速度の弾丸を、素手で掴み取ると同じ所業、それを昨夜のアサシンに続いて、このサーヴァントもやってのけた。しかし、このサーヴァントはそこから更に、初めて握ったその武器を鮮やかに振り回し、2撃目、3撃目の宝具を打ち払った。4撃目に飛んできた剣は空いている左手で掴み、右手の槍を捨て、5撃目の鎚を掴み、得物を持ち替えた。

 その調子で、続く宝具を弾き飛ばし、より強力な宝具が飛来した時には新たにそれを掴み取り、己の物にする。そしてバーサーカーは、まったくの無傷で正面から、16の宝具による爆撃を防ぎきったのだ。

 そして、バーサーカーは声にならぬ獣の如き雄叫びを轟かせ、右手に鎚、左手に剣を握り、走り出した。暴走する機関車よりも荒々しく突進し、瞬く間にアーチャーの立つポールにまでたどり着くと、アーチャーから奪い取った剣で、ポールを切り裂いた。

 ポールは倒れ、その先端に立つアーチャーが落下し、腕組みをして胸を張った体勢のまま、着地した。そのアーチャーに向け、バーサーカーはもう一方の手に握られたハンマーを振り上げ、叩きつける。アーチャーは腕組みをした姿勢を崩すことなく、今度は盾を取り出した。

 しかし、その鎚もAクラスの宝具、しかも雷を周囲に飛び散らせていることから考えて、それは北欧神話における最強の神、雷神トールが振るった、神話最強の武器『ミョルニル』の原形であろう。巨人たちを震え上がらせたその一撃は、アーチャーが咄嗟に出したその盾には、荷が重い物だった。

 

 バゴワァッ!!

 

 盾がひび割れて粉砕された。盾を失い無防備になったアーチャーに、更にバーサーカーは剣を振るった。

 

「この痴れ者がぁっ!」

 

 アーチャーはこの戦いで初めて、自らの手に武器――2本の東洋風の剣――を握り、バーサーカーの斬撃を受け止める。アーチャーとて、怪物フンババを屠った経験のある英雄である。戦闘は不得手ではない。だが、今回は相手が悪かった。

 バーサーカーは初めて握ったはずの2つの武器を、その扱いに熟達しているかのように巧みに使い、アーチャーの握る剣を、2本同時に砕き散らした。そして攻撃の手を緩めることなく、アーチャーにとどめの剣を向けた。だが、その剣がアーチャーの心臓を抉るよりも前に、バーサーカーに向けて、何十もの刃物が降り注いだ。

 

「!!」

 

 バーサーカーは反射的に剣を返した。ただ一振りで凄まじい風圧を起こし、刃の群れを薙ぎ払った。刃が大地に転がり、音をたてる。刃はどれも魔力で編まれたナイフだった。サーヴァントが纏う鎧や衣服同様、宝具ではないが、サーヴァントに対しても効果のある武器である。つまり、これを放ったのはサーヴァントであるという解に行き着く。

 

「――――ッ!!」

 

 唸りをあげ、バーサーカーは顔を上げ、そのナイフが飛んできた方角を見る。そこに人影を認め、片手の剣をお返しとばかりに投げつけた。ミサイルさながらの速度と威力のある魔剣だったが、その切っ先が人影を貫かんとした瞬間、人影は剣の射線から少しずれた場所に立っていた。

 剣は人影の脇を素通りし、空中へ高く高く飛んでいき、それだけで終わった。人影がいつどのように避けたのか、そこにいる、武の達人である英霊たちの眼にもわからなかった。

 

「ふむ。一振りで空気と空気の間に断層をつくり、豪風を生むほどの斬撃か。【銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)】にも劣らない見事な腕だ。称賛しよう、バーサーカー」

 

 穏やかな声だった。クレーンの上に、月明かりを浴びて美しく輝くその男は、バーサーカーを見下ろして評価した。次に騎士王に視線を向けた。

 

「セイバー、そしてランサー」

 

 その場にいる全員が、その存在に憶えがあった。

 姿に、ではない。使い魔を通して見ていたマスターたちには、アサシンの姿が妙に暗く映っていて、細かい顔の造作や表情などはわからなかった。シルエットから男性である理解できる程度であった。ある種の妨害がなされていたのだろう。今こうして見ていても、ステータスが読み取れない。しかし、妖気ともいえる、何か異様な気配が、昨夜のアサシンと同じ存在であることを、察知させたのだ。

 

「ライダー、か。誰もが眩い力の持ち主だ」

 

 昨夜、アーチャーによって焼き滅ぼされたアサシンに違いない。

 それが生きている。いや生きていただけなら、どうにかして逃げ延びたというだけだが、敵対していたはずのアーチャーを助けるタイミングで現れたということは、昨夜のあれは芝居だったということ。

 アーチャーのマスターと、アサシンのマスターは、手を組んでいる。その場の全員が、そう推察した。だが、次のアーチャーの反応に、サーヴァント同士はそう簡単でもないようだと、考えた。

 

「貴様……よくも我の前に姿を見せたものだ。いいだろう。血吸いの蚤めが。今宵こそ、完全に葬り去ってくれる!!」

 

 ライダーやバーサーカーに対するよりも、遥かに濃い憤怒を燃やし、アーチャーは周囲の空間から、更に無数の宝具を出現させた。それらが放たれようとした瞬間、アーチャーの視線が東南に向く。高級住宅街、遠坂邸の方角である。

 

「貴様ごときの諫言で、王たる我の怒りを鎮めろと? 大きく出たな、時臣……」

 

 アーチャーは忌々しげに吐き捨て、周囲の宝具を消し去る。この時、遠坂時臣が令呪を使い、アーチャーの退却を命令したのだ。アーチャーと言えど、さすがに従わぬわけにはいかない。

 

「命拾いしたな、蚤に狂犬よ。そして雑種共、次までに有象無象を間引いておけ。我をまみえるのは真の英雄のみで良い」

 

 どこまで傲岸不遜に言い放った後、アーチャーはその身を霊体化させ、夜闇へと消えた。

 

「フムン。どうやらアレのマスターは、アーチャー自身ほど剛毅なタチではなかったようだな」

 

 ライダーは気楽にそう評したが、そんな呑気なことを言っていられる状況ではなかった。まだこの場には、サーヴァントが揃い踏みしているのだから。

 特に、現れたばかりのアサシンは、まだバーサーカー以上に得体が知れない。彼もまたバーサーカー同様、ステータスを隠す何らかの力があるらしく、マスターたちにもその力を見切れない。

 誰もが気にする中、アサシンは軽やかにクレーンから飛び、その場のサーヴァントたちの誰からも、ほぼ同じ程度の距離をとれる地点に、着地した。

 

「なぁ征服王。あのアサシンには誘いをかけんのか?」

 

 ウェイバーを護りながら、ランサーはライダーを揶揄する。受けたライダーは顔をしかめた。

 

「誘おうにもなぁ。見てわかるだろう。あれは、我らとは相容れぬものだわ」

 

 かつて英雄として生きてきた者たちは、皆、このアサシンのサーヴァントの根底が、『悪』であることを感じ取っていた。それも、彼らがかつての生においても、出会ったことがないほどの。

 セイバー、アーチャー、ライダーにも劣らぬ、王のカリスマに満ちた魔人。そこまで輝きながらも、なお闇そのものたる邪悪の化身だ。

 

「私はアサシンのサーヴァント。されど、ハサン・サッバーハにはあらず。我が真名はディオ・ブランドー……セイバーが騎士(きし)(おう)。ライダーが征服王(せいふくおう)ならば、私は『世界(せかい)(おう)』と名乗るとしよう」

「世界王……とな?」

 

 ライダーの反応に、アサシンは力強く頷く。

 

「そうだ。我が力は、世界を支配できる力だからな」

 

 傲慢に微笑むアサシン――DIO(ディオ)

 

 ライダーに続き、またしても真名を名乗るサーヴァントに対し、それぞれが反応する。ウェイバーは知人から聞いたような気がすると首を傾げ、ケイネスはその名に思い至り嘲笑を浮かべ、切嗣は顔をより険しくする。だが最も強い反応を示したのは、

 

「DIO……だと?」

 

 虹村形兆だった。

 その表情にアイリスフィールは目を見張る。今まで、威圧感を纏いながらもその思考は冷徹に保っていた彼が、初めて激情に任せ、怒りを露わにしている。

 

「ディオ・ブランドー……【世界(ザ・ワールド)】のスタンド使い。不老不死の吸血鬼。そうだな?」

「確かにそうだが……君は誰だ?」

「……虹村。この姓に聞き覚えは無いか?」

 

 声は低く抑え込まれているが、溢れる殺意は微塵の容赦もない。形兆は言葉を紡ぎながら、激情の引き金を引く瞬間を見定めているのだ。

 

「虹村……ああ、かつての我が部下に、そのような者がいたな」

「憶えていたか。俺の名は虹村形兆。貴様の知る、虹村の息子だ!」

 

 形兆が唐突に腕を上げる。すると形兆の周囲に、迷彩服を纏った小人の軍隊が出現した。歩兵60名、戦車7台、戦闘ヘリ『アパッチ』4機からなる、スタンド軍隊。

 

極悪中隊(バッド・カンパニー)

 

 それらは一糸乱れぬ動きで、アサシンを囲むように扇状の陣形を組み、素早くアサシンへと銃口を向ける。

 

「ほう……しかし、父の後を継いで私に仕える、という雰囲気ではないな」

「当たり前だ……貴様の、貴様のせいでッ、俺たちの親父はぁぁぁぁぁあ!!」

 

 怒りの絶叫と共に、【バッド・カンパニー】が一斉に集中射撃を開始した。まともに浴びれば人間など、原形をとどめずに吹き飛ぶ攻撃であった。数や精密性ではアーチャーの宝具による爆撃を上回る集中砲火が、アサシンに襲いかかる。

 

「【世界(ザ・ワールド)】!!」

 

 対するアサシンは、自らの隣に異形の人型を顕わした。その人型、アサシンのスタンド【ザ・ワールド】は、逞しい筋肉の盛り上がった両腕を振るった。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!」

 

 拳一発一発がトラックを殴り飛ばすほどの威力が込められた、突きの連打(ラッシュ)が、【バッド・カンパニー】の弾丸を叩き飛ばしていく。モーゼが海を割って道を切り開いたように、アサシンは銃撃に対し、むしろ踏み込んで前進する。

 

「なっ!?」

「少々、このDIOを舐めていたようだな!」

 

 一歩一歩、とても弾丸の雨を押し返しながらとは思えぬ、速やかで自然体な歩みであった。アサシンは見る見るうちに間合いを詰めていき、あと少しで形兆自身へ拳を打ち込むことができる距離にまで迫った。

 

「兄貴ぃ!!」

 

 億泰が兄の危機を前に、スタンドを顕わした。四肢のある人型ではあるが、ロボットのような異形。『$』や『\』のマークが、各部を装飾していた。そのスタンドは、右腕を上げ、手の平を開いて掲げた。だが、スタンドがその次の行動を起こす前に、

 

「そこまでだ!」

 

 駆け寄ったセイバーの剣が、アサシンに向けて振るわれていた。アサシンは地を蹴って跳躍し、弾丸の射線からも、剣の間合いからも外れた場所へ着地する。更に周囲のコンテナの内の一つに飛び乗った。

 

「大丈夫ですか、形兆」

「ああ……すまん。少々、頭に血が昇った」

 

 形兆の過去に、彼の父とやらに何があったか、セイバーは聞こうとはしなかった。アインツベルンにいた時、彼が少しだけ見せた『心』が、父に関わることであったことを考えるに、そう簡単に触れてはならないと思えたからだ。

 

「だ、大丈夫かよ兄貴ぃ」

 

 億泰が泣きそうな顔で形兆の傍に寄る。

 

「そんな面をしてんじゃねえ。まだこれからだぞ」

 

 形兆は弟をたしなめ、コンテナの上からこちらを見下ろすアサシンを睨んだ。

 

「フム……しかし、君らに私の相手をしている暇があるかな?」

 

 アサシンはそう言い放ち、セイバーたちの背後へと視線を送った。遅ればせながら、セイバーも背後から伝わる、濃厚な殺気と怨念に気付く。

 

「ア……ア……」

 

 さきほどアーチャーとの立ちまわりを見せた黒きバーサーカーが、じっとセイバーを見つめていた。バーサーカーの手の中の鎚は、激しい放電を見せている。主の胸の内の狂気を、語るかのように。

 

「……ア……ア……ッ!!」

「! 形兆、億泰! 来ます!」

 

   ◆

 

「ぐ……が……がぁぁあ!!」

 

 地上での戦闘より少し離れた地点の下、鼻の曲がる臭気に満ちた下水道にて、一人の男が悶え苦しんでいた。

 頭髪には色が無く真っ白で、肌は皺が浮かび、土気色に染まっていた。だが老人というわけではない。そのすべては、過度に急速に彼を魔術師へと『改造』した結果だ。その体内には今も擬似的な魔術回路となっている刻印虫が、その命を食らいながら魔力を放出し、それをバーサーカーへと与えている。それが宿主の激痛を生むとしても容赦なく。

 

「がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 男の名は、間桐雁夜。聖杯戦争を生み出した御三家の一つ、間桐に身を置くマスターである。そして、バーサーカーをアーチャーにけしかけた男だ。

 なぜけしかけたか? それは彼の、聖杯戦争に参加する動機に理由がある。

 

 間桐家には現在、一人の少女がいる。間桐桜、かつての名は遠坂桜。遠坂の家に生まれながら、間桐の家に養子として出された少女だ。現遠坂家当主、遠坂時臣と、そして雁夜の三つ年上の幼馴染であり、片思いの相手である女性、遠坂葵の間に生まれた娘。

 そして、今は後継者の絶えた間桐の、そのおぞましき『蟲使い』の魔術をその身に刻みこむために、毎日のように魔蟲に嬲り犯され続けている、あまりに残酷な身の上の少女。

 その事態を雁夜が知ったのは、ほんの一年前のことだった。彼は魔術の道を厭い、魔術師の世界から身を引き、一般人として、魔術師たちからしてみれば、落伍者として生きていたから、桜が間桐に引き取られてしばらく後、葵に会うまで、そのことに気付かなかった。

 気付いてから後悔した。もし雁夜が魔術の道から逃げずにいれば、代わりに桜が犠牲になることはなかった。葵が、桜の姉である凛が、悲しむことはなかった。だから、その贖罪のために雁夜は聖杯戦争に参加した。聖杯を手に入れた暁には、桜を解放することを条件に。

 

 マスターとして相応しい魔術師となるために『改造』されたその体は、もう一カ月と生きられない。だがそれでもいいと思っていた。ただ、桜を解放する以外に望みが叶うとすれば、それは復讐であった。

 相手は遠坂時臣。桜を、我が子である少女を、間桐という地獄の鍋底に落とした魔術師に対し、雁夜の愛した女性を娶っておきながら、幸せにしてやらなかった男に対し、限りない嫉妬と憎悪を向けていた。

 ゆえに、遠坂のサーヴァントであるアーチャーに、いの一番にバーサーカーを差し向けた。結果は上々だ。バーサーカーはアーチャーに十分対抗できると、雁夜は見た。後はもう、バーサーカーを引きあげさせるだけ、と言うところで、バーサーカーは更なる戦闘を開始してしまった。

 

「やめろ……戻れ! 戻ってこいバーサーカー!!」

 

 悲痛なる絶叫をあげるが、バーサーカーは、聞きはしない。雁夜から魔力を奪い取り、彼に地獄の苦痛を与えるのみだった。

 

「バーサーカーァァァァ!!!」

 

   ◆

 

 バーサーカーはまず、片手に残った雷神の鎚をセイバーに向かって投げつけた。幾多の怪物を殺し尽くしてきた、北欧神話最強の武器。雷の轟音を撒き散らして飛び来るそれは、セイバーであっても剣で弾き切れるか、躊躇するほどのものだった。

 しかし、結局それをセイバーが相手をすることはなかった。

 

「【ザ・ハンド】!!」

 

 ガオンッ!!

 

 億泰のスタンドが、力強く右腕を頭上から股下まで、虚空を抉るように、弧を描いて振り下ろした。すると、右手が通過した辺りの空間が、奇妙に跡になり残っているように見えた。

 

「おっと、このままじゃ俺に当たっちまうな」

 

そして億泰がちょいと避けると同時に、右手が通過した軌跡に、突如、ハンマーが出現した。

 

「瞬間移動ってやつだぜ」

 

 そう億泰が呟いた通り、ハンマーはセイバーへと向かう進路から、億泰へと向かう進路へと移動させられた。しかし、ハンマーが瞬間移動する前に億泰が避けたために、ハンマーは誰にも当たらずに、コンテナの一つに衝突した。

 ハンマーは爆音をあげながらコンテナを貫き、建ち並ぶコンテナを更に3列も貫通した後、大地に着弾し爆発を巻き起こした。爆発は周囲のコンテナを100ほども粉砕し、破片を天高く吹き飛ばし、地面を覆うアスファルトを抉り、大穴を開けた。

セイバーと言えど、もし当たっていたら消滅していてもおかしくはなかった。

 

 初撃は失敗したが、バーサーカーはめげることなく、次の手段に出た。先ほど切り倒した街灯のポールを拾うと、バーサーカーはそれを捩じ切る。2メートル余りの長さになったポールを槍のように構え、セイバーに走り寄ると、ポールを叩きつけた。

 セイバーはポールの一撃を剣で受けながら、眼を見開く。ただのポールが、強力な神秘の籠った聖剣と互角に戦えているのだ。驚くなと言う方が無理というもの。そして驚きから覚めると、セイバーは互角である理由を知った。

 そのポールには、バーサーカーの手から流れ込む黒い魔力が、筋となって浸み込み、全体に広がっていたのだ。

 

「そういうことか。あの黒いのが掴んだものは、何であれヤツの宝具になるわけか」

 

 それが、アーチャー所有の宝具が、ああも簡単に使用できた理由。アーチャーの宝具はバーサーカーが触れた瞬間、バーサーカーの宝具となっていたのだ。そして、ただの鉄の棒でさえ、聖剣とも打ち合える霊的武器としてしまう。それはもはやスキルの領域ではない。その力こそが彼の宝具なのだろう。

 

「ぐうっ!」

 

 だがそれだけではない。いくら魔力をまとおうと、ただ武器の力で騎士王と打ち合い、あまつさえ優勢に立つことなどできはしない。このバーサーカーはその技量においても、凄まじいまでの達人だった。

 

「セイバー!」

 

 イリヤスフィールがセイバーの劣勢に切迫した声を上げる。それに応えるように、隣に立つ少年が腕を伸ばし、バーサーカーを指差した。

 

「【バッド・カンパニー】ッ! 狙い撃てぇ!」

 

 ザッ! ドドドドッ!!

 

 小人の軍隊60名。それらが一斉にM16カービン・ライフルを発射した。それらは狙い過たず、バーサーカーの鎧を叩く。

 

 バグォンッ!!

 

 鈍い音がして、バーサーカーが弾け飛んだ。後方に吹っ飛び、大地を転がる。それでも起き上がるが、衝撃は受けたらしく、やや動きに鈍りがあった。スタンドの攻撃は幽霊にも通用する。ゆえに、元来が霊であるサーヴァントにも通用する。

 

「鎧は完全に撃ち抜けなかったか………。人間の手足や、家の壁くらいだったら楽にぶっ壊せるんだが、そう甘くは無いか」

「すみません。そして感謝します、形兆」

「何、先ほどの借りを返したまでだ」

 

 形兆の戦闘力、判断力は頼りになるものと見ていい。億泰の能力も、その一端を見ただけだがサポートとして中々だ。そう判断したセイバーは、剣を構え直す。傷を負ったとはいえ、まだ戦うことはできる。

 

 敵が1人であれば。

 

「くっ!」

 

 セイバーは、飛来したナイフを剣で振り払う。

 

「油断は無いか……。しかしこうして生存を明かした以上、ただ逃げかえると言うのもつまらない。多少の戦果は欲しい所だ」

 

 アサシンは指と指の間に何本ものナイフを挟んで、ズラリと並べ、『残弾』はいくらでもあることを示して見せていた。

 

(サーヴァントの二人がかり……いくら形兆たちのサポートがあるとはいえ、さすがにまずい)

 

 サーヴァントの相手は、サーヴァントにしかできない。そもそも英霊とは、人でありながら人を超えた存在が成ったものだ。魔術師であれ、スタンド使いであれ、総合的な力において勝ち目はない。

 いや、億泰の【ザ・ハンド】の右手には、サーヴァントを倒しうる力が秘められているが、サーヴァントの身体能力を考えると、その切り札を上手く当てられる可能性は低いと言わざるを得ない。

 ゆえに、セイバーは覚悟を決める。

 

「アイリスフィール。この場は私が食い止めます。その隙に、離脱してください。出来る限り遠くまで。形兆、億泰、彼女を頼みます」

 

 自ら犠牲となって、その命と引き換えにアイリスフィールをこの窮地から脱出させようというのだ。だが、アイリスフィールは首を振る。

 

「大丈夫よセイバー、貴方のマスターを信じて」

 

 アイリスフィールは信じていた。この場にいるはずの衛宮切嗣が、必ずこの窮地をもチャンスに変え、自分たちを救ってくれると。

 

   ◆

 

 衛宮切嗣は、確かに行動を開始していた。アサシンが動き、切嗣から距離を広げた以上、狙撃に対する憂いはなくなった。

 

「舞夜。僕のカウントに合わせて、アサシンを攻撃しろ」

 

 インカムの向こう側から、『了解』という返答が届く。

 

「億泰。舞夜がアサシンを攻撃し、奴が一瞬でも戸惑っているうちに、奴を『引き寄せろ』」

 

 億泰は数秒硬直し、そしてやや震えた声で『りょ、了解』と返事してきた。不安はあるが、今はもう任せるしかない。

 

「形兆。億泰がアサシンを引き寄せたら、すかさず攻撃しろ。アサシンを殺せはしないだろうが、突然のことで防御ができなければ、衝撃で吹き飛ぶだろう。アサシンが一瞬でも動けなくなった隙に離脱だ。セイバーに令呪を使い、力を底上げする。このことを形兆、君からセイバーに伝えてくれ」

 

 形兆は指令を聞き、行動するのに良い位置にまでそっと移動しながら、おそらくはアサシンに対する憎悪の籠った声で『了解』と答えた。

 

「――6」

 

 そして切嗣は狙撃銃を構える。攻撃対象はライダーのマスターだ。強敵を仕留めるというだけでなく、予期せぬ攻撃によって、戦場にいる全員の注意を引き、集中力を分散させる狙いだ。

 

「――5」

 

 だが、切嗣の策が実行される前に、事態は変わることになる。

 

   ◆

 

「ライダー。バーサーカー、アサシンと呼応し、セイバーを殺せ」

 

 切嗣が指示を出す前に、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、戦況を見て命令を下した。

 

「うん? セイバーをか? しかしなぁ、余としてはあのアサシンを倒した方がいいと思うぞ。あれはやばい奴だ。早めに片付けておいた方がいい」

 

 ライダーの提案を、ケイネスは嘲笑った。

 

「奴を? 笑止だなライダー。奴は自分の名をDIOと名乗ったが、それは数年前に滅ぼされた死徒の名だ。たまたま情報を聞いたのだが、何でも『スタンド』なる特殊な能力を使い、同じ『スタンド使い』を束ねて、世界征服を企んだとかいう話だ」

 

 だが、とケイネスは話を続ける。

 

「しかしそれも、別のスタンド使いの一団によって阻止され、自らも殺されたという。表の世界にも裏の世界にも、ろくに影響を与えなかった。所詮、その程度の男だ。スタンドとやらも、一人一つの力しか持つことができず、魔術ほどの威力も汎用性も持たない、卑小な力だ。恐れることなどまったくない。ハサンではないアサシンを呼び出すとは、何らかのルール違反を行ったようだが、その結果呼び出したのがアレとは、まったく損をしたものだ。あんないつでも潰せる小物を潰すより、ステータスの高いセイバーを早めに倒しておくことが先決だ」

 

 どうやらケイネスは、最初からあのアサシンを雑魚と決めてかかっているようだ。しかしライダーには到底そうは思えない。あのアサシンは、生前戦ったダレイオスよりも強壮で、スピタメネスよりも狡猾な相手であると、ライダーは察していた。理屈ではなく、王としての、英雄としての魂で理解したのだ。

 

「しかし、昨夜アーチャーとやりあっておった時の力と速さは、並み大抵ではなかったぞ。さきほど、【バッド・カンパニー】とやらに撃たれた時も、正面から殴り返しおった」

「はっ! 何を言うかと思えば、死んだはずのアサシンが生きていた時点で、あんなものは芝居に決まっているだろう。さきほどのアインツベルンの援軍に対しての攻防も、所詮は非力なスタンド使い同士の競り合いに過ぎぬ。論ずるに値せぬ」

 

 これはいかん、とライダーは思った。

 このケイネスのような手合いを、ライダーは何人も知っている。

 

 古い伝統ばかりを信じ、新しい時代を認めぬ者たち。

 自分の考えのみを正しいと思い、他者の思想を拒絶する者たち。

 己が価値観にこだわるあまり、それ以外の世界を否定する者たち。

 

 敵にも味方にも、そう言った者は多かった。だが、そういった者たちの末路はいつも決まっている。自分たちが役に立たぬと嘲笑い、愚かなことと切り捨てて、野蛮な屑と見下したものに、その身を滅ぼされるのだ。

 ケイネスが間違いなく、天才の名に値する魔術師だ。だが、問題はそこではない。

 どれほど優秀で、才覚に溢れていても、否、なまじ強すぎるがゆえに、己に自信がありすぎるがゆえに、足元をすくわれるのだ。

 

「おい落ちつけよマスター。頭っからそう決めつけず、一度奴の実力を探ったうえでだな」

「もういい!!」

 

 まず情報を手に入れることが重要だと諭そうとしたライダーに、ケイネスはとうとう激昂した。

 

「何が征服王だ! 貴様が臆病風に吹かれたというならばもう頼まぬ! 令呪を持って命じる!! 『バーサーカー、アサシンを援護し、セイバーを殺せ』!!」

 

 ケイネスの手の甲から、令呪が一つ消え、そしてライダーの身を強力な強制の呪いが縛る。ライダーは自分の体が、自分の意に反して動くことに不快感を覚えながらも、もはやどうにもならぬと諦めた。

 

「ああもう、余は知らんからな!!」

 

 宝具【神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)】が音を立てて浮かび上がる。雷を弾けさせて、一直線にセイバーへと突進を開始した。

 

    ◆

 

 ランサーは、バーサーカーとアサシンが二人がかりでセイバーを襲っているのを、険しい表情で見守っていた。騎士としての1対1の勝負を邪魔されて、気分を害さぬわけがない。だが、この場を離れるということは、マスターであるウェイバーを無防備にするということになる。この身が一つしかないことに、ランサーは歯噛みした。

 そんなランサーを見て、ウェイバーは苛立たしげに髪の毛を掻きむしる。ウェイバーは、ランサーの気持ちが概ね読めた。騎士道と現状を重ねて考えれば、そう難しい推測ではない。魔術師としての価値観しかないマスターならばわからなかっただろうが。

 

(どうするか……)

 

 最上の選択はこのまま逃げることだろう。今やウェイバーとランサーに注意を払う者はいない。労せずに逃げ出せるだろう。後は誰が傷つき、誰が脱落しようと、ウェイバーたちにとって得になる。

 

(しかしなぁ……ランサーは納得するか……?)

 

 この場でセイバーを置いて逃げることは、ランサーの心の中でしこりとなり、後の戦いに影響を及ぼすだろう。

 多くのマスターたちは、サーヴァントをあくまで自分の道具としか思っていない。英霊を特別な存在として見ることは感傷と切り捨て、どこまでも冷徹に下僕として扱っている。

 だがウェイバーはそういった考えはしていなかった。サーヴァントといえど、心を持った存在である。それを道具として見れば、必ず破綻する。逆に信頼を結ぶことができれば、実力以上の結果を出すことができる。

 それをウェイバーは、青臭い精神論をして『信じている』のではなく、経験した事実として『知って』いた。だから、出来る限りランサーの望むようにしてやりたい。幸い、ランサーは好感の持てる良い人柄の持ち主だ。無理をする必要はあまり無い。

 とはいえ、この状況はさすがに厳しい。セイバーに加勢し、アサシン、バーサーカーを敵に回す。2対2で互角になるとはいえ、果たして勝てるか……。そう考えて、しかしすぐに答えは出た。

 

(……割と勝てそうだ)

 

 そしてウェイバーはランサーに語りかけた。

 

「ランサー……あのバーサーカーの能力、魔力を物質に通わせ、己の宝具とする『力』。あれ、お前の【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】なら対処できるよな?」

「は、はい。我が魔力を断つ槍ならば、疑似宝具の効力を打ち消すことも可能です」

 

 いきなり話を振られ、若干戸惑いながらもランサーは答える。

 

「わかった……ランサー。セイバーに助力して、バーサーカーを、そしてできれば、アサシンを討て」

「!! よろしいのですか!?」

 

 ウェイバーは確信を込めて頷く。

 

「セイバーはお前が手傷を負わせた。ここでではなく、後で戦っても優位に戦える。それに、折角僕らが弱らせたセイバーが、何もしてない奴らに漁夫の利でやられるのは面白くないだろ? それよりお前の槍はバーサーカーと相性がいいし、セイバーと協力すればかなり優位に戦える。問題はあのアサシン……僕の考えが確かなら、かなり危険な奴だ」

「知って、おられるのですか? DIOという英霊……聖杯から与えられた知識では、かなり特殊な能力を持つ死徒ということしか。人々に知れ渡っていないせいか、詳しい知識を得られていないのです」

 

 ウェイバーだってアサシンの能力は知らない。ただ、ディオ・ブランドーの名は、友人からほんの少し聞いたことがある。彼らがかつて戦った、悪のスタンド使いを束ねる、悪の中の悪であったと。

 友人たちをして、語りたくもないほどに恐ろしい相手であったようで、ウェイバーも踏み込んで聞かなかった。今はもっと聞けば良かったと後悔しているが、今更仕方ない。

 

「スタンドっていうのは、魔術ほど色々できるものじゃあないが、スタンドはスタンド以外で攻撃できないし、一見弱い能力でも、使いこなせば一流の魔術師でも勝てない力になる。成功の未来を予知したり、末期癌(まっきがん)を昼食一つで完治させたり、鏡の世界を作り出して行き来したり」

 

 暗い空気漂う少年や、とあるギャングの一員の顔を思い出し、そのとんでもなさに身を震わせる。運よく、その誰とも敵にならずに済んだが、誰一人と敵になっても、ウェイバーの命は無かっただろう。

 

「まして奴は、そんなスタンド使いを支配していた王。どんな力を持っているかわからないが、きっと魔法に匹敵するようなとんでもない能力のはずだ。セイバーと共に2人がかりでやれるなら、今のうちにやってしまった方がいい。少なくとも、あのアサシンはセイバーのように正々堂々の勝負をしてやる義理は必要ない。能力を使われる前に倒せ。あれは……正真正銘の悪だ」

 

 残念ながら、この時点でウェイバーはまだアサシンを過小評価していた。能力を使われる前に倒せと言ったが、それほど甘いものではないのだ。

 

「心得ました。そして、ありがとうございます。マスターの心遣いには、万の感謝をしても足りませぬ」

「……別に、お前の為にセイバーを助けろって言ったんじゃない。それが、一番僕の利益になりそうだからだ。ああ、僕はもう逃げるぞ。お前が戦うんじゃ、護衛は期待できないし、今なら誰も追ってこないだろうからな」

 

 少し頬を赤くし、荷物を探って退却の準備をするウェイバーに頬笑み、ランサーは戦意を込めて槍を握り締めた。しかしその時、

 

「何が征服王だ! 貴様が臆病風に吹かれたというならばもう頼まぬ! 令呪を持って命じる!! 『バーサーカー、アサシンを援護し、セイバーを殺せ』!!」

 

 ケイネスの強い怒声が、夜の空気を震わせた。そしてライダーの戦車が宙に浮くのを見て、ランサーは顔色を変える。ウェイバーも急ぎ命令を下した。

 

「ランサー! ライダーを抑えろ! このまま3対2になったらやばい! せめて1対1で対処しろ!!」

「し、しかしマスターがこの場を退く前に」

「構うな! 急げ!」

「――わかりました!」

 

 ウェイバーの目に覚悟を見て、ランサーもこれ以上の問答は無粋とし、駆け抜けた。

 

   ◆

 

 切嗣の作戦が実行に移される前に、ライダーがこちらに向かってくるのを目にし、セイバーはもはやこれまでかと思った。この場から避ければ、背後に立つアイリスフィールに戦車が直撃する。迎え撃つしかないが、ライダーの突進、【遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)】は片手のまま立ち向かえるような甘いものではない。

 

「くうっ!!」

 

 悔しさに震え、セイバーが無念の声を漏らした時、ライダーの戦車が側面から痛烈な一撃を受け、軌道が逸れた。

 

「ぬお!」

「な、何だ!?」

 

 予想外の衝撃に、戦車が転がりそうになるのを踏みとどまるも、惰性のついた戦車は容易には動きを止めず、車体を引きずり、アスファルトを削りながらコンテナの一つに衝突してようやく止まる。

 

「これ以上、横槍を入れるのはやめてもらおうか。ライダー」

 

 赤き長槍を持って戦車を強襲したランサーは、冷やかに宣言した。

 

「セイバーとは俺が先約だ。これ以上、勝手に手を出すのはこのランサーが許さん!」

「ランサー、貴方は」

 

 セイバーは、感極まる想いでランサーを見つめた。別に女性として胸高鳴らせるわけではないが、その誇り、その騎士道に、感動を抑えられなかった。その想いが、声に出る。

 

「セイバー、このライダーは俺が抑える。それまで、アサシンとバーサーカーの相手をしておいてくれ。すぐ駆け付ける。全てを片づけてから、改めて勝負をつけようぞ!」

「……望むところ。不覚をとるなよ、ランサー!」

 

 セイバーの顔に生気が戻り、その剣の冴えもいや増す。バーサーカーの攻勢を押し返していく。バーサーカーは敵の士気が高まったことを感じ、いったん退き、距離をとった。

 

「……アッ…………ッ!!」

 

 しかし、まだ戦いをやめるつもりはまったく無いらしい。怨嗟の声を響かせ、ポールを握り直す。セイバーが意気を高めるごとに、バーサーカーの士気もまた燃え上がっているようだった。

 

   ◆

 

「ふん……」

 

 アサシンはそれを眺めながら鼻を鳴らす。セイバーの背中に隙はない。ナイフを投げても防がれるだけだろう。

 

(【世界(ザ・ワールド)】の真の『力』を出せば容易に勝てるが、今は綺礼や時臣にこの力を明かしたくは無い。危険視されていつ令呪で自害させられるかわからん。これ以上は……無駄か)

 

 本気を出さずとも負ける気はないが、ここでセイバーを倒しても彼自身にあまり益は無い。むしろあまり力を見せつけすぎて、危険視されるのは困る。既にするべきことは終えた。

 

(セイバー、ランサー、ライダー、バーサーカー、それに彼らのマスターたち。その人物像はまあまあ知れた。彼らの中に、我が運命と繋がる者はいるか……)

 

 かつて、切り裂きジャックや、エンヤ婆、ンドゥール、ヴァニラ・アイスといった部下と巡り合ったように、運命は自分を誰かと繋げると、アサシンは確信していた。強い力を持つ者は、運命の中心となり、他の力を引き寄せるのだ。

 

(この中にはいないか……サーヴァントとはどれも合わない。マスターは……ランサーのマスターは論外だな。ジョースターたちと似た匂いがする。ライダーのマスターも、あまり使えそうにはないな。セイバーのマスターは………)

 

 アサシンはアイリスフィールをちらりと見て、次に、衛宮切嗣が隠れている辺りに視線を向ける。吸血鬼としての鋭敏な感覚を持つ彼は、既に切嗣の存在に気が付いていたのだ。

 

(手を取り合えるとは思えぬが……綺礼も気にしていることだし、少し目を向けておくか。さて、収穫はあまりなかったが、まだ一日目だ。焦ることはあるまい。それに……)

 

 アサシンは確信している。所詮、この聖杯戦争は、他者を犠牲にしてでも、己の欲する物を奪い取らんとする者の集う、『悪の祭典』。誰もが、他人を殺してでも己が願いを叶えようとしている、煮えたぎった欲望の釜の底。ならば、きっと、このDIOに相応しい『友』が見つかるはずだと、彼は確信している。

 

「今宵はここまでとしよう。それでは、今夜を生き抜けたらば、また会おう」

 

 アサシンは霊体化し、その姿をかき消した。

 

 ライダーはアサシンが消えたのを横目で見ながら、ふうとため息をつく。これでケイネスの目論見はご破算だ。セイバーVSバーサーカー、ランサーVSライダーの、二組の1対1が成り立っただけで、もうセイバーを一方的に袋叩きにはできない。

 

(ま、そういうのはあまり余の趣味ではないし、いいんだがのぉ。だが自分の思い通りにことが運ばんかったこと、表面には出さんが、内心さぞ荒れ狂っておるだろう)

 

 隣で沈黙するケイネスの様子をうかがっていると、ケイネスは静かにライダーに言った。

 

「……ライダー、あのランサーを殺しておけ。私はランサーのマスターを始末しておく」

 

 そう言って、戦車から降り、視線をウェイバーへと向ける。この戦いで重なった鬱憤を晴らすつもりだ。

 

(あー、あの坊主もかわいそうに。しかし、あの坊主も中々やりそうだしなぁ。足をすくわれんよう、注意は向けておこう。だが何より)

 

 槍を両腕に握り、こちらを見据えるランサーに対し、ライダーは戦いの愉悦を味わい、胸を高鳴らせる。

 

「では、じかに楽しませてもらおうか。余も足を踏み入れたことのない国で鍛えられた、槍の冴えを!」

「言ったな征服王。我が誇りの象徴たる武の力、その眼にしかと焼きつけよ!」

 

   ◆

 

 切嗣は狙撃銃の構えを解く。もはやケイネスは臨戦態勢に入っている。生半可な狙撃は通用しないだろう。切嗣には理解できないが、ランサーが味方になり、アサシンも消えた今、セイバーに任せて問題はないだろう。

 

(しかし……あのDIOというアサシン、あれは何を目的としていた?)

 

 ただ敵を倒すためにこの場にとどまっていたわけではない。そうだというならここで戦線離脱する意味が無い。

 

(あの目は、何かを観察しているような、鑑定しているような………見定めが目的? ならば何を見定めた?)

 

 情報がいる。形兆はあのアサシンと因縁があるらしい。よく知っているだろう。詳しく聞かねばならない。とにかく、あのアサシンは危険だ。切嗣はスタンド使いの危険性をそれなりに知ってはいるが、それだけではない。

 たとえスタンド使いでなかったとしても、死徒でなかったとしてもなお、あの男は怪物だ。マフィアのボスや、邪教の教祖といった、今まで切嗣が暗殺してきた大物の悪党たちと似ている。ただの悪ではなく、周囲の悪を呑み込みより大きくなっていく巨悪。それも、今まで見たことが無いほどに強く、おぞましい。次元が違う。

 

(……今はまだ奴について考察しても仕方ない。現状に集中しなくては)

 

 切嗣はスコープを覗き、セイバーとランサー、二組の戦いに意識を向ける。

 

 今宵の戦い、いまだ終わらず。

 

 

 ……To Be Continued

 


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