Fate/XXI   作:荒風

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ACT2:『女帝』の出陣

 

 古き魔術の名門の居城、結界に閉ざされた深山に建つ古城、アインツベルン城。その外は、一面の白雪に覆われていた。積もった雪の肌に足跡を踏みつけながら、幼い少女と、まだ中学生の域を脱していない少年とが、雪玉を投げながら走り回っていた。

 

「待ちなさいよー! 当たんないじゃないかぁ!」

「日本語じゃねえから何言ってるかわかんねーけど、文句言ってるんだろーな多分。けどこれも勝負だからよぉ手加減はできねドヒャ!」

 

 幼女相手に胸を張り、はたから見ると大人げない様子の少年の顔面に、少女とは別方向からの雪の玉が命中した。

 

「キリツグ!」

 

 雪玉を投げたのは、顎に髭を残した、日本のドラマに出てくるハードボイルドな刑事か、探偵を思わせる男性であった。

 衛宮(えみや)切嗣(きりつぐ)。少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの父親である。

 

「ここからは僕が加勢させてもらう。勝負のルールに、1対1でなくてはいけないという取り決めはなかったろう?」

「いや、それはそうッスけど、そもそもやり出した時が二人だけだったからそれは当り前でってちょっと待ってブワファッ!!」

 

 そんな3人の様子を城内より見守る、3対の視線があった。

 

「切嗣のああいう側面は、意外だったかしら?」

 

 一人は外ではしゃぎまわっている少女と同じ、白く長い髪の持ち主。イリヤスフィールの母であり、切嗣の妻、アイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 

「忌憚なく言わせていただければ、私のマスターはもっと冷酷な人物だという印象があったので」

 

 もう一人は、金の髪の、美しさと可愛らしさ、凛々しさを見事に兼ねそろえた容姿を持つ、男装の少女。清涼な威厳とでも言うような、その場にいるだけで邪気を払うような、そんな鮮烈な気配をまとっている。

 彼女は『セイバー』。聖杯戦争にて召喚される七体のサーヴァントの一体である、剣の英霊である。

 

「もとを正せば優しい人なの。ただ、あんまり優しすぎたせいで、世界の残酷さを許せなかったのね。それに立ち向かおうとして、誰よりも冷酷になろうとした人なのよ」

「そういう決意は、私にも理解できる。決断を下す立場に立つのであれば、人間らしい感情は斬り棄てて臨まなければならない」

 

 彼ら二人の目的。それは『救済』である。切嗣とアイリスフィールは、この世界を。セイバーは、ブリテンの王、性別を隠した『女帝』、アーサー王として、過去に滅びた自国の救済を望んでいる。己を犠牲にして他者を救う。その目的と行動の一致ゆえに、彼らは手を取り合っていた。

 ただその目的に達するためのやり方については、かなり異なっていたけれど、それをセイバーが知ることになるのはまだ少し先の話だ。

 それとは別に、ここにはもう一人、彼らと手を取り合うものがいた。

 

「苦労性なことだな。持ち切れないものを勝手に背負い込んで、そのうえで身動きとれなくなって潰れていては世話無い」

 

 もう一人は男。今、二人から雪玉を投げまくられ、雪だるま同然の有様にされている少年の兄。彼もまだ高校生程度の歳であるのに、まだ子供っぽい外の少年とは違い、幾度も修羅場をくぐってきたことを思わせる凄味が、明確に感じられた。

 今回、アインツベルンが雇った戦争の補助を行う人員である。しかし、彼らに与えられた役目は、どちらかというと衛宮切嗣の監視だと考えられる。油断ならない凄腕の魔術師殺しである切嗣を見張り、場合によっては殺すための。

 彼らは魔術師ではないが、特殊な異能を持っている。切嗣でも危ういかもしれない。これは切嗣自身が言っていたことだ。

 

『僕は彼らの能力が見定められない。彼らの異能は、どうやら眼に見えないが形のある守護霊のようなものを出現させて操るものらしい。彼らはこの守護霊を【スタンド】と呼んでいる。それを使うがゆえに彼らは自らを【スタンド使い】と称している』

 

【スタンド】――『私の傍に立つ(スタンド・バイ・ミー)』からとって名付けられた能力であり、幾つかのルールに則って存在している。

 

『霊視の術を施せば、白くぼやけた程度に見ることはできるが、兄の方は無数の小人、弟の方は等身大の人間の大きさと形をしたものが1体、わかるのはその程度で、細部はわからない』

 

【スタンド】は、【スタンド使い】にしか見えない。

 

『それに、そのスタンドとやらは物理的な攻撃や魔術では傷一つつかず、防御を無視した壁抜けなどもできるという』

 

【スタンド】は【スタンド】でしか傷つけられない。

 

『その上更に、炎を操るだの、顔の造形を変えられるだのといった、個別の力も備えている。彼ら二人の能力も聞いているが……かなり厄介だ』

 

【スタンド】にはそれぞれ固有の能力を持っている。

 

『弟の方はまだ力を使いこなせていないから大したことないが、兄の方は既に戦いに慣れている。二人が組んで、兄の指揮で弟の力を有効に活用できることになれば、厄介どころか危険というレベルになりうる。味方でいる分には心強いが、敵に回したくは無いな。アハト翁も面倒なことをしてくれる』

 

 彼ら二人の目的は魔術の知識であるという。特に『不死者の殺害方法』『死徒の滅消方法』といったものを知りたがっていた。死徒に対して恨みでもあるのかもしれない。

 どこから表世界では秘匿されている魔術の知識を得たのか知らないが、嗅ぎまわっていたところを、協会から派遣された魔術師の隠蔽工作員と戦闘になり、これを叩きのめしてしまったという。この情報を得たアインツベルン家が、利用価値ありと判断して彼らに接触。魔術も機械も使わずに、スタンドによって切嗣に気付かれずに、その行動を監視できると考えたのだろう。魔術知識と引き換えに、聖杯戦争への協力を依頼し、契約が成立した。

 最初は催眠によって無理矢理言うことを聞かせようとしたらしいが、催眠は効かなかった。スタンドの力の源は精神力らしいので、スタンドを発現させられる彼らは、常人より精神力が強く、結果として精神に影響を与える魔術への耐性があるのかもしれない。

 しかし、たとえアインツベルン家が聖杯戦争に勝ち残ったとしても、彼ら二人に報酬が支払われることはないだろう。用済みとして始末されるのがおちだ。魔術師でもない者に魔術知識を渡すことを、アインツベルンが良しとすることは無いし、魔術師でもない者との約束を破ることに、罪悪感を抱くとも思えない。

 しかし、アイリスフィールは考える。あの切嗣をして危険といった二人に対し、アインツベルンのやり方は杜撰すぎやしないか。魔術師でないがゆえに、監視としては役立てても殺害は容易であろうと、彼らを侮っているが、酷いしっぺ返しをくうことにはならないか。

 アイリスフィールは不安を覚えていた。今にしても、兄の方の男はアインツベルンに対しても、切嗣に対しても、セイバーに対しても、敬意を払ってはいない。

 セイバーは彼の言葉に応じることは無かったが、その顔つきには不愉快であることが明確に表れていた。彼女も思っているのだろう。

 信頼をおけない、わかりあえない相手を味方にしていていいのだろうかと。

 しかし、男はふと、雪に戯れる3人の姿を見て、今まで見たことない眼をして呟いた。

 

「父親……か」

 

 男がポツリと漏らした一言が、アイリスフィールの胸を突いた。その声音は非常にさびしそうで、今その時だけ、男の姿が迷子の子供のように見えたのである。

 

「……あなたのお父さんはどんな人だったの?」

 

 アイリスフィールは思わず聞いてしまったが、答えが返ってくるとは思わなかった。しかし、意外にも答えは返ってきた。

 

「……俺たち兄弟をよく殴っていた、人生の負け犬だったよ。まあ、人間のクズの方に分類されるべき男さ。だが……」

 

 男は自分の表情を見られたくないかのように、アイリスフィールたちから背を向けてその場を歩き去りながら言う。

 

「それでも、俺の、俺たちの父親だった。だから、だから、俺は……」

 

 そこまでだった。彼はその場から姿を消す。アイリスフィールは追いかけたりはしなかった。これ以上、踏み込んでいい問題ではないと、人生経験に乏しい彼女でもわかったから。

 

「……誰にでも過去があり、事情があり、欲する物がある、ということなのでしょうね」

 

 セイバーもまた、去りゆく男の背中に何かを感じ取り、哀しげに呟いた。

 アイリスフィールは、なんだか非常に胸が苦しくなりながらも、少しだけ重荷が軽くなったような感覚を覚えていた。あの男は、目的も何も話してはいないし、こちらの目的を重要とも思っていないし、こちらを信頼してもいないし、こちらの信頼を求めてもいない。

 けれど、親を持ち、情のある、当たり前の人間であって、わかりあえないということはないのではないかと、勝手に思い込むことに、アイリスフィールはしたのだった。

 たとえ当たり前の人間ではないのは、自分の方であるとしても。

 

 

 次の日、5人の人影がアインツベルン城から姿を消し、日本の冬木に向けて出立した。

 

 衛宮切嗣。

 アイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 セイバー――アルトリア・ペンドラゴン。

 

 そして虹村(にじむら)形兆(けいちょう)と、虹村(にじむら)億泰(おくやす)

 

 全員が、何かの『救済』を求める5人は、一つの死地へと旅立った。

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 


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