Fate/XXI   作:荒風

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ACT22:三十枚の『硬貨』

 

 

 ウェイバーは周囲を伺う。いくら家が少ない農地とはいえ、イスカンダルの轟音に何の反応もないのはおかしい。ケイネスが術をかけているのだ。つまり、サーヴァントだけではなく、この場に魔術師が潜伏しているということだ。

 

(姿は隠しているけれど、油断をしたら狙われる)

 

 プロの暗殺者から貰ったナイフを握り、ランサーから教わった集中力を高める呪歌を、唇から発する。

 

(ランサーの傍にいればケイネスは攻撃できない。対魔力と、魔力を消す槍を持ったランサーは、魔術師の天敵だ。けれど、ランサーから離れたらすかさず攻めてくるだろう。このままランサーの傍にいるということは、ライダーとの戦いに巻き込まれるということだし……)

 

 あちらを立てれば、こちらが立たず。あのプライドの高い男のことだ。圧倒的格下と思っている相手、ましてや前の戦いで傷をつけられた相手に向かって、不意打ちをするようなことはあるまい。

 前回の借りを返す意味でも、正々堂々正面から全力で叩き潰しにくるだろう。搦め手を使われるよりは気楽だが、前回と同じ手は通じまい。

 

(ケイネスには【他が為の憤怒(モラルタ)】のことは知られていない。使うしかないが、いくら宝具とはいえ剣の素人である僕の攻撃が、通用するだろうか……?)

 

 正確には『剣の素人』ではなく『剣においても素人』なのであるが、そこはウェイバーの微妙なプライドが見て見ぬふりをする。

 

(やるしかない。いざとなれば令呪もある。やってやる!)

 

 気合いを入れるウェイバーに、イスカンダルは頃合いよしと見たか、声をかけてきた。

 

「ランサーのマスター、ウェイバー・ベルベットよ。戦の前に今一度問う。このイスカンダルを王と認め、共に野望の戦場を駆ける気はないか。余はおぬしを、ここで散らすには惜しい精神の持ち主だと見込んでおる」

 

 その眼差しは、強く熱く、心に浸透してくるように真っ直ぐウェイバーの方を見ていた。ウェイバーは、自分が今まで生きていた中で、最大級の栄誉を受けていることを確信していた。正直、心が動いた。ウェイバーが求めていたものがここにある。友と並びたてるものでありたいと、必死で前へ進んできた彼を、認め、受け入れてくれる者がここにいる。

 けれど……

 

「……それはできない。酒盛りのとき、あんたも言っただろう? ランサーを従えている以上、僕も小規模ながら一人の王だと。王というのがどういうことか、僕にはよくわからないが、少なくともついてきてくれる部下が、他の奴に自慢にできるような人間でありたいんだよ。簡単に降伏するような王様なんて、自慢にならないだろ?」

 

 それがウェイバー・ベルベットの答え。少年の意地。

 才能も経験もない彼が持つ、唯一のもの。それだけは捨てられない。

 

 とはいえ、この答えも、ライダーより前に自分を認めてくれた者が、自分に生涯最大級の称賛を贈った者が、今隣に立っていなければ言えたかどうか。

 

「そうか……よかろう。その意地、その誇り、余が認めよう。おぬしは余が今まで戦ってきた王たちに劣らぬ、見事なる王よ。ゆえに、余の全力を持って征服することを、誓うとしよう」

 

 勝利し、聖杯を掴むためにケイネスの命令に従ってはいるものの、ライダーにとって、自分を見もしない者に使われることは大変な屈辱だ。だから、もしもウェイバーが傘下に入ることに頷くなら、ケイネスからウェイバーの陣営に移るつもりだった。

 マスターであるケイネスは、隙を見て令呪の宿る手を切り落とせばいい。命まで取る気はない。そこまでするほどの興味さえ持てないとも言えるが、敢えて殺すほどの悪意をケイネスに対して持ち合わせていないのは確かだった。

 ウェイバーの魔力で、ランサーとライダーの2体を維持することはまず無理だが、ケイネスから令呪を奪って使えば、多少はなんとかなる。

 

(こやつらとであれば、憂うことなく存分に再びの現世を楽しめたであろうに……)

 

 ライダーは本当に残念に思ったが、これ以上の問答は無意味どころか、ウェイバーの誇りへの侮辱だろうと考え、キュプリオトの剣を抜き、まとう王気を強くする。

 その闘志に呼応し、ウェイバーの隣に立っていたランサーが前へと踏み出す。

 

「そう容易くは征服させぬぞ、ライダーよ。俺の槍は一度として、侵略者に敗北したことはないのが自慢でな。この自慢は、これからも貫かせてもらう」

 

 右腕のみで紅き長槍を構え、ランサーはウェイバーを背に護って、立ちはだかる。

 

「うむ……かつて、トレント島の三人の王の軍勢を相手に、一人で戦い通したディルムッド・オディナの武勇。しかし、余の軍勢の前にはどうであろうな」

 

 それは一瞬であった。

 ライダーが、固有結界【王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)】を発動させるか、させないかという一瞬。

 宝具を発動させる直前の、攻撃に体勢が移り変わる一瞬に生じる、『隙』。その絶妙なタイミングで、ランサーは仕掛けていた。

 

「ハッ――!!」

 

 槍を握っていない側の手。その手に握られた、鎖のついた鋼の輪。

 それをランサーは、鮮やかに投擲した。鎖がブーメランのように弧を描いて伸び、蛇のように滑らかに、ライダーへと襲来する。

 

「ッ!!」

 

 防ぐよりも避けるよりも速く、鎖のついた輪はライダーの首に嵌り、その体を捕らえていた。

 

「く、首輪だとぉ!?」

 

 困惑するライダーに言葉をかけるのも後回しにし、ランサーは鎖のもう一つの端に、やはりあった輪を、自らの首につける。これにより、ランサーとライダーは、首輪と首輪を結ぶ鎖によって、一つに繋がったのだ。

 

「これぞ、【双首竜の鎖(デスマッチ・チェーン)】! 今回の戦いにおいて、タルカス殿から貰いうけた我が新たな宝具。この首輪をはずす鍵は、相手側の首輪についており、相手の首を落とし、鍵を手に入れなければ、自由になることはできないというものだ。ただそれだけの宝具だが……なぜ使ったか、わかるな? 征服王!」

 

 ランサーの言葉に、ライダーは低く唸る。ランサーの意図がわかったからだ。こうして鎖で繋がってしまった以上、固有結界に引きずり込んでも繋がったままである。固有結界の利点の一つである、敵味方の位置関係を、自由に調整できるという点がこれで潰された。

 鎖の長さは十数メートル程度。軍勢で取り囲んだとしても、ランサーの身体能力を持ってすれば軍勢の頭を跳び越えて、容易くライダーに到達できる距離だ。いかに征服王の兵とはいえ、個々の総合戦闘能力でランサーを超える者はいない。強力な宝具を使う者もいるが、あまり強過ぎる攻撃はライダーをも巻き込んでしまう。ランサーの行動を阻むことはできない。

 それどころか下手に軍勢がいると邪魔になって、ライダーが攻撃をかわせなくなる。

 

「今、軍勢を展開したところで、いきなり本陣に斬り込まれる状態になるわけか。取り囲んで袋叩きにできるほど、甘い相手ではないし、このまま1対1で戦った方がマシか。考えたものよ」

 

 ゴリゴリと頭を拳でいじり、ライダーは渋い顔をする。だが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、

 

「しかし、だ。こうして繋がっている以上、おぬしも余からは逃げられん。おぬしの最大の武器である俊敏な動きが、大幅に制限されているということであるぞ?」

 

 言い終えたと同時に、ライダーは手綱を引いた。神の加護を受けた牛たちは、雄叫びをあげて大地を蹴る。敵陣を破り、城壁をも砕く、容赦なき突進がランサーへと向けられた。

 

「行くぞ【遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)】!!」

 

 触れただけで対象を焼き焦がす、雷をまとう突撃。掠っただけで標的の身を抉り散らす、もはや雷そのものに等しい猛進。以前の戦いのそれより更に強力で、本気の攻撃。今度ばかりは牛と牛の間に、槍を突き出す余裕もない。突き出せばそのまま【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】をも圧し折られかねない。

 ゆえに、

 

「フッ!!」

 

 呼気を吐き、互いの首を繋ぐ鎖に手をかけ、ランサーはこれを振るった。鎖がしなり、跳ぶ。

 

「!!」

 

 ランサーと戦車の間の距離2、3メートルというタイミングで、右側の神牛の首に鎖が巻き付いた。ライダーの表情に『驚』が浮かぶ。一瞬よりも短い時間で、神牛のまとう雷が鎖を流れる。雷が自身に注ぎ込まれ、焼かれる苦痛に歯を食い縛りまがら、横に跳んで牛の角と蹄を避ける。横目にはライダーがランサーと同様に、雷を浴びて顔をしかめている。

 直後、ランサーは神牛に引きずられ、大地に身を削れさせる。

 

「くうううッ!!」

 

 その間にも稲妻がその身を駆け巡っている。英霊として、即死はしないまでもダメージが蓄積されれば消滅する。さほど猶予はない。

 だがそれはライダーも同じこと。すぐに雷を止めるだろう。それとも、ランサーとどちらが消えるのが先か、我慢比べをするつもりか。

 

(対魔力の格の差で、ある程度は俺に優位なはずだが、マスターからの魔力供給による、回復力では向こうが上。こちらも動かなくては!)

 

 槍を大地に突き刺してストッパーにし、身を引きずられぬように踏ん張る。槍が折れそうなほどに軋む中、鎖を握り締める手に力を込める。かつて猛毒犬を素手で投げ殺し、巨人を殺した膂力を持って、鎖の絡んだ牛の首を締めつける。

 牛の器官が潰れ、首の骨が圧され、聖獣が苦しみの唸りをあげた。

 

   ◆

 

「何をやっている……ライダー!!」

 

 まばらにある農家のうちの一軒に入り、窓から外の戦闘を窺っていたケイネスが、忌々しさを込めて声をあげる。

 

 ケイネスは、ウェイバーが教会から、キャスター討伐の褒章である令呪を受け取り、戦力を増強する前に、仕留めるつもりだった。教会への道に使い魔を放ち、見張り、そして獲物を見つけた。後はただ、正面から押し潰すだけの、はずだった。

 ステータスは、敏捷以外全て同格以上。宝具も知名度も、何もかもこちらが上のはずなのに、なぜ瞬殺するどころか、抗われ、攻められているのか。

 

「なぜこの私に勝利を献上できない!? 征服王というのは名ばかりか! あのような低級魔術師のサーヴァントにてこずるとは!」

 

 自分の言うことを聞かず、好き勝手に行動し、とやかく口を挟むうえに、肝心のことを行おうとしないサーヴァント。いかに力があっても、自分の指示を全うできないのであれば意味はない。

 もしもウェイバーが召喚したようなサーヴァントを、自分が召喚していたら、こうはなっていなかっただろう。力量はライダーに劣るとはいえ、マスターの命令には忠実なサーヴァントだ。きっと自分の指示に応え、自分の望む結果を出してくれたに違いないのにと、ケイネスは後悔していた。

 

「ウェイバーを狙おうにも、サーヴァント同士の戦いからつかず離れず……こちらを意識しているのだろう。小賢しいが、下手に近寄るわけにはいかぬ」

 

 歯がゆく思いながらも、ケイネスは下手な行動をとることなく、隠れ潜みながらチャンスを待つこととした。

 

   ◆

 

 ランサーの身を灼いていた雷撃がやむ。どうやらライダーは、我慢比べを選択しなかったようだ。代わりに、より確実な手を打ってきた。

 

「天を翔けよ、ゼウスの仔らよ!!」

 

 ライダーの声を受け、神牛たちの蹄は大地を離れ、空を踏み締めて昇っていく。ランサーは地面に差し込まれた槍を握り締めるが、槍は折れずとも、地面の方が耐えきれずに砕け、土台を失った槍はストッパーたりえなくなった。

 戦車に引きずられて、ランサーの肉体もまた宙へと昇る。

 

「ちっ、まったく、バン・ブルベンの魔猪並みに強壮だな!」

 

 かつて自分と相討ちになった、義弟の化身を思い出し、ランサーは呻いた。足が完全に地から離れる前に、ランサーは地を蹴って跳ね、ライダーの戦車の後方に、槍を持っていない方の手をかけ、しがみつく。

 

「おっと、そいつはいかんな!!」

 

 だがライダーは、ランサーが戦車によじ登ってくる前に、一度手綱から手を離して立ちあがった。戦車を走らせたまま後ろに身を捻り、同時に剣を振り下ろした。

 剣が当たる前に、ランサーはやむなく戦車から手を離し、剣を避ける。ランサーは支えを失い、宙吊りになった。すかさずライダーは手綱を取り、神牛を操作する。

 

「廻れ、【飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)】!!」

 

 巧みに牛を回転させ、ライダーは牛の首にかかった鎖を外し、牛を苦痛から解放する。

 

「うむぅ、しかし多少ダメージは残っているようだな。やってくれる」

 

 首に鎖がかかっていた側の牛の、足取りが重く、吐息も荒い様を見て、ライダーは眉をひそめる。

 

「だがしかぁし! この状況では多少の傷は関係ない!!」

 

 ライダーは更に戦車を回転させる。ライダーがランサーの真上に廻り込み、牛の角をランサーに向ける。

 

AAAAAALaLaLaLaLaie(アァァァァァララララライッ)!!」

 

 軍神に捧げる雄叫びと共に、足場無く、動くすべのないランサーに、ライダーが突進をしかける。重力による落下速度をプラスした突進力が、ランサーへと迫る。雷こそ消えているが、その威力は十分以上に殺傷力がある。足場が無ければ踏み込むこともできず、槍で撃退することもできない。

 

「…………ッ!!」

 

 もはや一撃を受けて、耐えぬいてから、攻撃に移るしかないと、ランサーが身構えたとき、

 

「『令呪を持って命じる! ライダーの頭上にかわせ! ランサー!!』」

 

 ウェイバーの手から、第一の令呪が消費され、その力が発現した。

 ランサーの体が一瞬にして移動させられ、ライダーの攻撃が空かされる。

 

「! 令呪か!」

 

 ライダーはランサーの瞬間移動の理由をすぐに理解し、すぐに次の行動を選択する。

 

(こう加速がついてしまっては、すぐに方向転換はできん。大地スレスレでなら方向転換できそうだ。大地に激突する前に急上昇すれば、後から引きずられてくるランサーは大地に叩きつけられる。まずはそれでダメージを与え、しかる後、もう一度突進をしかける。令呪が使えるのはあと2回。それさえ使わせれば――!)

 

 そう思考するライダーの目に、こちらに走り寄ってくる人影が映った。

 

「ぬ!?」

 

 その名はウェイバー・ベルベット。ライダーの表情に『驚』が浮かぶ。マスターが英霊同士の戦いに乗り込むなど自殺行為である。戦闘におけるマスターの仕事は、あくまでサポートだ。たとえ一流の魔術師であろうと、サーヴァントの前には小鼠同然。それを行う、ウェイバーの意図が、征服王には読めなかった。

 だが既にライダーの戦車は急上昇の体勢に入っていた。急上昇をやめれば大地に激突してしまう。やむなくライダーは当初の予定通りに動く。

 戦車が大気をかき回したことで発生した風が、ウェイバーの髪をざわめかせる。その風の中、ウェイバーは引きずられ落ちてくるランサーをしっかりと見据え、

 

「使えランサー!!」

 

 手にした【他が為の憤怒(モラルタ)】を投げた。

 

「! 頂戴いたします!! 主よ!!」

 

 空中で投げられた剣を受け止める。大地には叩きつけられたが、剣も槍も手放しはしない。衝撃に耐えきった後、また空中に引き上げられる。

 

「むう! 何を渡された?」

 

 ライダーは背後を振り向き、ランサーの目を見て、不味いと判断する。

 

「……『狩る者』の目だのぉ、アレは」

 

 もう一度同じことをやっても通用しないと勘で察知し、ライダーは腹を据える。

 

「今一度受けよ……【遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)】!!」

 

 雄牛たちが雷を発する。その雷は先ほどよりも更に強力で、放電が鎖にも飛び、雷のダメージがライダーとランサー両方に流れ込む。

 

「ぐぬううううう!! AAAAAALaLaLaLaLaie(アァァァァァララララライッ)!!」

 

 雷の痛みを浴びながらも、この聖杯戦争で放った中で、最強最速の突進を解き放つ。

 

「ううぅぅぅぅぅ……さすがは征服王。その身を灼こうとも攻め入ろうとする闘志、我が渾身の剣を持って迎え撃とう……!!」

 

 ランサーは、己の剣を振りかぶる。

 

「一振りで全てを倒す……【他が為の憤怒(モラルタ)】!!」

 

 そして、雷神の戦車へと、百の斬撃が降りかかる。狙いは出鱈目で、見当外れの場所、方向へ向いている斬撃もあるが、半数以上ライダーに向かって切りつけていれば十分だ。斬撃の檻どころか、斬撃の暴風雨。逃げ場を逡巡すること自体、意味が無い。

 ライダーはその光景を見て、どうにもならないことを知ると、覚悟を決めて、スピードを緩めることなく突き進む。神牛も、斬撃を浴びながらもなお突き進む。

 戦車が刻まれ、車輪が欠ける。ライダーも神牛も切り刻まれ、血が吹き出る。だがそれでも、

 

AAAAAALaLaLaLaLaie(アァァァァァララララライッ)!!」

 

 轟き渡る雄叫びと共に、ついにランサーへとその角を突き立てた。

 

「ぐ、ううっ!!」

 

 角がランサーの腹を抉り、大重量の突進が、肉体の芯まで衝撃を響かせる。

 

「おおおお……」

 

 だが、ランサーもまた、歴史にその名を刻みつけた英霊であった。

 

「【他が為の憤怒(モラルタ)】!!」

 

 一振りで全てを倒す剣の、二振り目。

 更なる斬撃の暴風雨が【神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)】を襲う。神牛はその身を切り刻まれながらも走り続け、戦車は大地へと突き進み、そして激突した。

 

 もはや爆音。落雷の轟音。耳が吹き飛び、眼さえも眩む。そんな炸裂が、落下地点に生じた。

 

「ランサー!!」

 

 ウェイバーは、爆音と暴風に怯みながらも、忠臣に呼び掛ける。

 落下地点となった畑は巨大なクレーターとなり、戦車の残骸がバラバラになって散乱している。破片の幾つかは農家に被弾し、壁に罅を入れている。地に塗れた二頭の雄牛が、もはや動くこともなく、横たわっているのも見えた。

 

「ぐ……主よ……」

 

 残骸の中から、満身創痍の有様で立ちあがったのはランサーだった。腹に穴を開けながらも、なんとか生き延びることはできた。

 

「ランサー!」

 

 ウェイバーはランサーに駆け寄ろうとするが、それをランサーは手を掲げて制する。

 

「お待ちを……まだ勝負は、ついておりませぬ……」

 

 ランサーの首輪に結ばれた鎖が伸びる方角で、動く気配があった。こちらもまた、傷だらけではあったが、剣を握ってこちらを見据えている。

 

「まったく見事よ……このような負傷、遠征帰還中でマッロイ人にやられたとき以来だわい」

 

 そう言っている間に、ゆっくりとだが傷が癒えていく。ケイネスによる治癒魔術だろう。あの負傷ではすぐに完全回復は無理だろうが、かなりマシにはなるはずだ。

 ウェイバーもまたサラミを投げ渡す。こちらも傷を完全に治しきるのは難しい。ダメージに関しては五分というところであった。

 

   ◆

 

「おのれ……戦車を失うとは、どこまで無能なのだ。あのライダーは!!」

 

神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)】を失ったライダーに、治癒を施しながらも、ケイネスは怒りに震えていた。しかも、ライダーたちが落下したのは、ケイネスが隠れている農家のすぐ脇であった。下手をすれば、ケイネスにまで被害が及んでいたかもしれない。

 

「こうなれば、令呪を使うか……?」

 

 槍騎士との直接戦闘は分が悪い。令呪によって戦闘力を底上げしなければ危ういだろう。消費した分の令呪は、ランサーが消滅する前にウェイバーから奪うという手もある。

 

(としても、どういった命令をしたものか……)

 

 的確に勝利に繋がる命令を思案するケイネスだったが、

 

「いや、もういい。私が望んでいたことは概ねわかった」

 

 ケイネスのすぐ耳元で声がした。ケイネスが反射的に振り向くよりも前に、ケイネスの右手が斬り落とされ、令呪を失ったケイネスの胸に、強い衝撃が突き込まれた。

 

   ◆

 

 突如湧いた破砕音と、吹き飛んできた物体に、ウェイバーたちは目を向けた。

 民家の壁を突き破り、地面で一度バウンドした後、力無く転がりウェイバーの足元にまで飛んできたソレに、ウェイバーは目を見開く。

 

「ケ、ケイネス!?」

 

 この聖杯戦争に参加する原因となった敵の有様に、ウェイバーは息を呑む。

 右手は切断され、胸部には深い穴が開き、肺や胃が破れて出た血を、口から吐いている。脊髄も折れているだろう。もう、長くは持つまい。

 

「おや、即死しなかったとは運がいい。いや、下手に苦しむ羽目になるのだから、運が悪いのかな?」

 

 そう口にしながら、黄金の頭髪をなびかせる邪悪の王が、壁の穴から姿を現した。

 

「アサシン――!!」

「やあ諸君、君らの戦いぶりは見せてもらった。特にランサー、君は槍騎士でありながら剣も使えたのだね。その男を始末せずにおいた甲斐があった」

 

 その口ぶりに、ライダーが斬りつけるように言う。

 

「まるで、この戦いが貴様の仕込みであったかのような言い草だのう。余とランサーを戦わせ、その手の内をさらけ出させることを目的として、戦いを起こさせたというのか?」

「いや、別に私がその男を操っていたわけではないよ。ただ、そのライダーのマスターが何をするかは知っていたから、それを私にとって有意義に使わせてもらっただけのことさ。どちらかが倒れるまでやらせてもよかったのだが、そろそろ他の陣営にも気付かれそうなのでね。情報を知っているのは、このDIOだけでいい」

 

 その他の陣営というのには、勿論、遠坂時臣の陣営も入っている。教会周辺の使い魔は状況を知られるのを嫌ったケイネスによって、事前に始末されているが、そろそろ新たな使い魔が放たれる頃合いだ。

 綺礼を完全に取り込んだとはいえ、すぐに自由に暴れるほど、アサシンは慎重を軽んじてはいなかった。時臣がこちらを味方だと思っているうちは、その立場を利用すべきである。時臣の下についている内は、アーチャーと戦わずともよく、警戒対象を減らせるのだ。

 

「この場では君ら二人が、同士打ちになったということにしようと思う。まだ自由に戦うには準備ができていなくてね。君らと戦ったこと、君らと顔を合わせたことは、秘密にしておきたいんだ……だから、ここで全員始末させてもらう。彼女と共にな」

 

 アサシンが親指を立てて、背後を指し示す。すると、壁の穴からもう一人、背の丸まった老婆が一人、杖をついて現れる。彼女もまたサーヴァントであることが、マスターであるウェイバーにはわかった。

 

「元のキャスター、ジル・ド・レェを生贄に召喚した、我がサーヴァント、新たなるキャスターだ。彼女も私と共に戦うことになる」

 

 2対2。数の上では互角だが、力が有り余っている向こうに比べ、こちらは傷だらけで手の内もばれている。酷く不利な状況だ。

 絶望的なウェイバーだったが、そんな彼のズボンの裾を引っ張る感触があった。視線を向けると、ケイネスがウェイバーのズボンに手をかけ、必死の眼差しでこちらを見ていた。

 

「ウェ……わた……魔術…こくい……持ち帰って……」

 

 途切れ途切れだったが、ウェイバーにはケイネスの意志が伝わった。ケイネスは既に自分の死を理解している。だからせめて、自分の身に刻まれた魔術刻印だけでも持ち帰り、自分の家系に継がせてほしいのだ。

 だが、ウェイバーは元教え子とはいえ殺し合う間柄となった敵同士。そうでなくとも、魔術刻印など、その魔術師の家系が代々伝え、強化してきた魔術の集大成というべきもの。そんなものを他人に託すなど、盗まれても不思議ではない。というより、普通はそのまま自分の物にしてしまうだろう。

 だが、ウェイバーは普通の魔術師というには、少しばかり外れていた。持ち逃げされて当然であるとわかっていても、藁をも掴む思いで縋る、ケイネスの思いを察する程度には。1%にも満たない可能性であろうと、自分の魔術師としての人生の痕跡を残し、未来に伝えたいと願い、目に涙を浮かべるケイネスの気持ちを、思いやる程度には。

 

「……わかった。貴方の遺体は、必ず僕が持って帰る。必ずエルメロイ家に届ける」

「……――――――ッ――ッ――」

 

 思いを受け取ったウェイバーに、ケイネスは魔術刻印の譲渡の為の合言葉などを、必死の思いで手短に伝えると、その目を瞑り、永遠の眠りについた。最後に一言、『ソラウ』と呟いて。

 

「ウェイバーよ。すぐにそやつの亡骸と共に、この場を離脱するがよい」

 

 自分のマスターが息絶えたことを感じ取り、ライダーが言う。既に、周囲の空気は、太陽の熱気を含み、焼けた砂が混ざっていた。アサシンたちが攻撃に移らなかったのは、既にライダーが形成する固有結界に半分呑み込まれ、こちらへ攻撃できなかったためだ。

 

「……足止めを買って出るってのか?」

「どうせじきに消滅する身だ。最後に戦果の一つも頂戴していくとするさ。そのケイネスは、全く気の合わん、嫌なマスターであったが、このアサシンはもっと気に食わんことだし、仇くらいはとってやるわ」

 

 ライダーがランサーに向かって手を差し出す。ランサーは頷き、自分の首輪についている、ライダー側の首輪の鍵を、投げ渡した。ライダーは首輪を外すと、キュプリオトの剣を握り直す。

 

「フン、まあよかろう。この戦争が始まってから、まだあまり体を動かしていない。ウォーミングアップとして付き合ってやる」

 

 ライダーは絶大な自信を持つ最強最大の宝具を展開しながら、目の前の男の余裕を訝しんでいた。

 

(こやつは死徒。【王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)】が生み出す、太陽の照りつける砂漠は、奴にとって処刑台も同然のはずだが……何か対策があるのか?)

 

 その対策になりうるもの。以前はなく、今はあるもの。それは、

 

(あの老婆、キャスターか。だがたとえ太陽をなんとかしたところで、やはり余の軍勢は最強である。そこはどうせやることは変わらん。しかし……)

 

 より気になるのは、いつの間にやら、魔力の供給が遮断されていること。魔力の供給はソラウの役割。ケイネスが死んだと言っても、それは変わらないはず。ソラウが害されたという感覚が伝わってこないのだから、魔力が供給できないような状況にあるわけでもなさそうだ。となると、

 

(意図的に魔力を遮断している。つまり、余をこのアサシンに差し出したのだ、あの女は。この状況でと言うことは、ケイネスが殺されることも、計画されていた……愛した女に裏切られたな、ケイネスよ。余の死後に生まれたという『救世主』は、『三十枚の硬貨』と引き換えに、弟子に売り払われたというが、さて、余とケイネスを売った見返りは幾らだったのかのう)

 

 ライダーは流石にケイネスに同情しながらも、もはや詮無いことと切り捨て、現世を去る前にアサシンを打ち倒すことに、全霊を傾けることにした。

 

「征服してやろう。覚悟せよアサシン」

「くだらん挑発だな。だが乗ってやるぞライダー」

 

 互いに不敵な笑みを浮かべ、『王』を名乗る二人の英霊が、この世界から消えていった。

 それを見届け、静寂が戻った夜の中、ウェイバーは一つため息をついた。

 

「……ランサー、ケイネスの体を運んでやってくれ。潜伏している家に持っていくわけにはいかないし……ひとまず林にでも埋めよう。人払いの結界を張って、腐らないように魔術でもかけておけば、聖杯戦争が終わるまでは何とか持つだろう」

「御意のままに」

 

 魔力消費の疲労と、仮にも師であった人物の死に対する痛みに、ウェイバーは影のある面持ちで、ケイネスの望みをいかに叶えるかを考える。

 ともあれ、すぐに移動することにした。もはや教会で令呪を貰うどころではない。ライダーとアサシンの決着がつく前に、この場を離れなければならない。

 

「……やれやれ、だな。まったく」

 

   ◆

 

「やれ、キャスター」

 

 固有結界に取り込まれ、太陽の光を浴びるよりも前に、アサシンの命令が放たれた。

 

「は……」

 

 応えるキャスターは、不気味な笑みを浮かべて天を見上げ、

 

「――【屍人舞踏・暗黒正義(ジャスティス)】」

 

 力を解き放った。

 

 ヒヒュオホホホホホホホ――――

 

 甲高い笑い声のような、温もりを奪い去る冷たい風のような、耳に痛い音と共に、『霧』が浮かび上がり、急速に広がっていく。既に砂漠に並んでいた、ブケファラスに跨るライダーをはじめとする、千人の軍団をあっという間に多い包み、空をドームのように覆っていく。

 

 かくて太陽は塞がれた。

 

 十秒としないうちに、太陽が照りつける灼熱の砂漠は、夕暮れのように薄暗い、霧の立ち込めた世界に変わってしまった。

 

「太陽を消すとはな……なるほど。こいつが貴様の対策か」

「まあそうだな。だが……彼女の力はこれで終わりではないぞ?」

 

 アサシンは楽しそうに言うと、その手に何本ものナイフを出現させる。そして、次の瞬間には『ナイフは消えて、軍勢の何人かに突き刺さっていた』。

 

「…………!! 何だ今のは。速い……いや、違う……?」

 

 最初にアサシンの姿が確認された夜、アーチャーの宝具を回避した能力。瞬間移動か何かと予測していたが、今のを見るに、もっと別のものだと、ライダーは思考する。

 

(だが、傷ついた我が兵士たちは誰もが軽傷。少々の傷は問題にならぬ)

 

 そう思ったのも束の間、周囲の霧が、兵士たちの傷口に絡まりつくように蠢いた。

 

「何だこいつは!」

「ぐ、き、傷が広がって、ぐあ!!」

 

 シュー……シュー……シュー……ボゴォン!!

 

 傷口から流れる血が、霧に吸い込まれるように舞い上がっていったかと思うと、傷のついた部位に、コルク抜きで抜いたような、体を貫通する綺麗な丸い穴が開いてしまった。

 

「これは………これがこの霧の力か!」

「その通りじゃ、古ぼけた王よ。これがわしのスタンド、『正義(ジャスティス)』の力。そしてぇ!!」

 

 老婆がここにきて初めて、自慢げに語り出した。老婆が左の手を一振りする。その左手は、奇妙なことに右手と同じ形をしていた。

 

「う、か、体が勝手に!」

「け、剣を抜いてしまう! よ、避けてくれぇ!!」

 

 体に穴を開けられた兵士たちが、周囲の別の兵士たちに攻撃をはじめた。よく見れば、穴に霧が絡みついている。この霧が兵士たちを、操り人形の糸のように操っているのだ。

 そして、操られた兵士に傷一つでもつけられた別の兵士たちもまた、その傷を穴にされ、霧に操られてしまう。

 

「わしのスタンド、『正義(ジャスティス)』は勝つ!! 通常であれば数が多いことは有利なのであろうが、わしの【屍人舞踏・暗黒正義(ジャスティス)】に対しては最悪の相性よ! どんどん傀儡が増えていくわ!!」

「くっ! 貴様ぁ!! 余の忠実なる部下たちを、よりにもよって同士討ちさせるかぁ!!」

 

 ライダーは憤怒に顔を真っ赤にし、ブケファラスの手綱を引き、走り出す。もはや敵に操られた兵士たちはどうしようもない。まだ無事な者たちだけで攻め、一気に蹂躙しようというのだ。

 

「フン! 無駄だ無駄ァ! 生半可な力や数などでは話にならぬほどに、このDIOは他の存在をブッチギリで超越しているのだァァァッ!!」

 

   ◆

 

 ライダーが【王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)】を展開して、ウェイバーが離脱してから5分ほどした頃、ウェイバーは、冬木教会から離れ、未遠川を渡り、新都の方の森に、ケイネスの遺体を隠すため、移動していた。

 

「! お下がりを!」

 

 防腐剤や殺虫剤を買った方がいいだろうかと考えながら、人の少ない道を選んで動いていると、ランサーの制止の声があがった。敵襲かと身構えるウェイバーの目に姿を見せたのは、古代の甲冑に身を包んだ戦士であった。

 

「どうか、槍をお納めください。イスカンダル大王配下、ヘタイロイが一人、ミトリネスにございます」

 

 ミトリネスと名乗った男は、槍を構えるランサーに向かい、精悍な仕草で礼をする。

 

「ライダーのヘタイロイだって? ラ、ライダーはどうしたんだ?」

 

 ウェイバーの疑問に、ミトリネスは表情を歪め、

 

「……おそらく、もう長くは持たぬかと」

 

 そう答え、ミトリネスはライダー率いる軍勢の状況、キャスターの能力を簡潔に説明した。説明してくれた理由を、ウェイバーは理解していた。ライダーができなかったことを、自分たちがするためだ。そのために敵の情報を、こちらに流してくれているのだ。

 

「そして、貴方がたにこれを」

 

 説明を終えたミトリネスが差し出したのは、一つの指輪。真っ赤に燃えるような宝玉が輝き、輪の部分も黄金づくりで、精緻な細工が施されており、美術品としてだけでも超一級の代物であろう。しかしそれより何より、指輪から感じられる強い神気と魔力。間違いなく、これは宝具の一つに違いない。

 

「ヘタイロイが一人、セレウコス殿の宝具、【太陽神の指輪(アポロン・リング)】です。これを身に着けた者は、太陽神の力を多少なりとも使うことができます。貴方がたを見つけられたのも、アポロン神の占いの力を使わせていただいたからです。これを、貴方がたにお貸しします」

「な……いいのか? こんなものを」

 

 驚くウェイバーにミトリネスは厳粛に頷き、

 

「はい。ただ約束していただきたい。あのアサシンを討ち、我らの王の仇をとることを。あの者は、決してのさばらせておいてはいけない類の悪鬼です。必ずや、勝利してください」

「……わかった。必ず、アサシンは、DIOは、僕らが倒す。だから安心してくれ」

 

 責任感の重さに身を震わせながらも、拳を握りしめて我慢し、ランサーに視線で受け取るように促す。ランサーはミトリネスから指輪を受け取ると、右人差し指に嵌めた。すると、指輪の魔力がランサーと結びついた。本来の持ち主のセレウコスと同様にはいかないまでも、ランサーは仮の所有者として指輪に認められたのだ。

 

「我が宝具は【城塞譲渡(トランスファー・サルディス)】。私は特定の誰かにしか使えない物もある程度には扱うことができます。そして、私が手にした後、他者に渡した物は、その他者の所有物となります。私が使者として遣わされた理由です」

 

 かつてペルシア側の将軍として、サルディスの砦を守護していたミトリネス。イスカンダルに降伏し、サルディスを明け渡した逸話がある彼ゆえの宝具であろう。【太陽神の指輪(アポロン・リング)】は太陽神アポロンの息子とわれる、セレウコスだからこそ使える宝具。ただ宝具を渡されただけでは、このような特殊な宝具は使用できない。それを多少なりとも使えるようにするために、ミトリネスが選ばれたのだ。

 ミトリネスのスキルによってランサーは【太陽神の指輪(アポロン・リング)】の所有者となり、使いこなすレベルには至らぬまでも多少は力を引き出すことはできるようになった。

 

「……確かに頂いた。主のためになる力を授けてくれたことに感謝する。この礼は、勝ち抜くことをもって応えよう」

 

 ランサーが戦士らしい言葉を返し、ミトリネスは微笑んでそれを受け取った。

 

「ええ、そうしてくれなければ困ります……ああ、もう現世から離れる時間のようだ。ではウェイバー殿、ランサー殿、後は……頼みます」

 

 ミトリネスの姿が光の粒子となって消失していく。おそらく、ライダーが遂に倒れたのだろう。ミトリネスはそれ以上、何も言うことなく、微笑みを絶やさずに姿を消したのだった。

 

   ◆

 

「……ちっ、やはり時間停止には制限があるな。生前は10秒以上止められるようになったというのに、今や5秒までか。アサシンとして召喚された制限か? 騎士クラスであれば……。しかも魔力を消費する。マスターからの魔力供給の程度を考えると……多用はできんな」

 

 苦々しく呟くアサシンの足元には、固有結界を張る力も失せ、魔力も尽き、だんだんと消えていこうとするライダーが、仰向けに横たわっていた。

 

「しかしこれで初めて正式に、サーヴァントが消えるわけだ。エンヤ婆を召喚させる供物として利用したキャスターとはまた違う。聖杯への影響がどう違うか、調べるのは臓硯に任せてあるが、クク、興味深い」

「……ご機嫌よのぉ、吸血鬼」

 

 苦しげに、しかしその眼に負の感情はなく、ライダーはアサシンに語りかける。

 

「もう無理に喋る必要はないぞ? 貴様は大人しく、我が野望のための生贄となるがいい」

「貴様の野望は叶わぬであろうよ。余の認めた主従が、きっと貴様を阻む。余の勘は当たるぞ?」

 

 最後にライダーは、意地っ張りの魔術師と、麗しくも強壮なる槍騎士の並び立つ姿を、脳裏に浮かべ、思わず笑う。騎士王も英雄王も気になるが、やはり彼らが征服王を、最も熱くさせた参加者だった。

 

「できれば、奴らとの勝負をもっと楽しみたかったが……仕方ない。此度の戦、勝運にも味方にも恵まれなんだが、敵には恵まれた。それで、よしとするか――」

 

 そして、ライダーも遂に、光の一粒として残さず、この世界から消え去った。

 

「フン、負け惜しみを言いおって。だがこれで2体目。あと4体か。ランサーを逃がしたのは惜しかったが、時間の問題よ」

 

 太陽の輝く空間を展開するライダーは、アサシンにとって危険な敵であった。それでなくとも、時間を止めたあと、次に止めるまでに間を置かなくてはならないアサシンにとって、時を止めている間に倒しきれないような『数』で攻めよせてくるライダーの軍勢は少々相性が悪い。

 運良くエンヤ婆を召喚できたから戦って勝利を得られたが、そうでなければソラウによってケイネスを始末させるといった手段を用いる必要があっただろう。

 

「さて、それではソラウ嬢にはンドゥールをあてがうとしよう。エンヤ婆、お前は臓硯をマスターとして、ひとまずは奴の調べ物を手伝え。臓硯が言うところの聖杯の異常とやら、正確に調べておかんとな」

 

 アサシンは、後方に控えているキャスター・エンヤ婆に命令する。エンヤ婆は恭しく、これに従った。

 

「ははあ、生前は息子を失った悲しみで我を失い、ジョースター一行に敗れた挙句、貴方様の情報を奴らに渡さぬために自ら命を断つことさえできず、始末にさえ手を煩わせてしまうという醜態を重ねた……。そんな無様なこの身を召喚し、大切なお役目を与えてくださることに……どれほど感謝してもしたりませぬ。このエンヤ婆、かつての失態の償いの意味でも……この存在の全てを、貴方様を喜ばせることだけに、費やしますじゃ……!!」

 

 かくて、また一つの夜が終わり、命は散る。だが、想いは他の誰かに伝わり、繋がっていく。命が運び、受け継がれていく流れ、それこそが運命。善も悪も、運命の果てを誰もが目指す戦いの激しさは、ますます勢いを増していた。

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 


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