Fate/XXI   作:荒風

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ACT12:『運命の車輪』のように

 

 

 水晶球の中に映し出された戦いを、アイリスフィールは見つめていた。

 敵は召喚され続ける怪物の群れ。無制限と言える召喚を可能としているのは、キャスターの宝具【螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)】。魔道書自体が魔力炉として機能し、キャスター自身は魔力を消費せずに術を使用できる。

 キャスターはただ眺めているだけで、ただそうしたいと思っているだけで、魔道書が願いを叶えてくれる。

 そうして召喚され続ける魔物たちが、雪崩のようにセイバーとランサーへと襲いかかっていく。

 魔物自体は決して強いものではなく、セイバーたちは紙を千切り捨てるように魔物を薙ぎ払っていく。しかしどうにも数が多すぎる。セイバーたちが倒す分、同数以上の魔物が召喚される。限が無い。

 それだけならセイバーたちも怯みはしない。だが、今の彼らの後ろにはウェイバーとコトネがいる。彼らを気にかけながら戦わなくてはならない。それは大きな足かせになる。しかし彼らを見捨てることはできない。

 ウェイバーなくしてこの世にはいられないランサーは当然として、セイバーもまた、本来は敵マスターであるウェイバーだけならまだしも、無関係の少女を守れなかったということが、精神的な負傷となってしまうだろう。

 思うように戦えない歯がゆさが、セイバーの表情に浮かんでいた。

 

「まだ他のマスターが森に入ってきた反応はないのか?」

 

 心配そうに水晶球を見つめるアイリスフィールと対照的に、切嗣はセイバーの窮地には全く関心を払うことなく、戦争の準備をしていた。その冷淡さに、さすがに憮然となりながらも、アイリスフィールは『無い』と答えようとした。丁度その時、

 

「!? 切嗣、あなたの目論見通りよ。結界に反応があったわ。どうやら新手がやってきたみたい」

 

   ◆

 

 一人の男が、アインツベルン城の門の前に立っていた。男は片腕に抱えていた陶器の瓶から、大量の水銀を地に流す。

 

沸き立て(Fervor)我が血潮(mei sanguis)

 

 呪文に反応した水銀は、不自然に蠢いて活動を開始する。

 

(Scalp)!」

 

 一喝の直後、水銀は細長い鞭のように形状を変え、分厚い扉に叩きつけられた。高速にして鋭利な一撃は、いとも簡単に扉を斬り裂き、穴を開ける。男はその穴から悠然と、城内に侵入する。

 

「アーチボルト家九代目頭首、ケイネス・エルメロイがここに推参仕る! アインツベルンの魔術師よ! 求める聖杯に命と誇りを賭して、いざ尋常に立ち会うがいい!」

 

 威風堂々と、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは声を張り上げた。

 彼の傍らを蠢く水銀は、ケイネスの魔術礼装の中でも最強の逸品。工房が爆破され、武器などもすべて無くなった彼に唯一残された、肌身離さず常備していた代物。ケイネスの意のままに動く魔術水銀『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』。

 彼は偶然キャスターを発見し、ここまで追って来た彼は、ライダーにキャスターを任せ、自分はアインツベルンのマスターを討ち取り、この城を乗っ取るつもりでいた。

 今、彼が隠れ家としているのは郊外の廃工場。とても、彼のプライドを納得させられるような環境ではないし、ソラウの機嫌も酷いものだ。この城を奪えば、ソラウの前で見せてしまった失点を取り返す成果になるだろう。

 

(あとはライダーがキャスターを倒しさえすれば、何もかも完璧だ)

 

 彼の思考に、自分の敗北という可能性は、微塵も存在していない。そんな彼を、物影から小人の偵察兵がじっと見つめていた。

 

   ◆

 

 ウェイバーは周囲に充満した血臭に、息をつまらせていた。彼は現状があまりよくないことを理解していたし、その元凶が自分と、いまだ意識を取り戻していない少女であることもわかっていた。

 しかしこの場から離脱することも、攻撃に転じることも、腕に少女を抱えたままでは無理だ。かといって少女を投げ出しておくこともできるわけがない。

 打つ手を思いつかぬ悔しさに、少年魔術師は歯を噛み締める。だが、その時背後から、ランサーに薙ぎ倒されたかに見えた魔物が、触手を彼の首に伸ばしていた。

 

「ッ! 主よ!」

 

 それに気付いたランサーが叫び、遅れてウェイバーも気付く。しかし、ウェイバーを助けようとするランサーを周囲の魔物たちが阻む。もはや、ウェイバーの首が破壊されるのは避けられないと思われた。

 

 ガガガガガガガガガッ!!

 

 だが、次の瞬間響いたのは、骨の砕ける鈍い音ではなく、鼓膜を破らんばかりの轟音だった。その音と共に飛来した無数の弾丸が、ウェイバーを殺そうとした触手をズタズタに引き裂いた。

 

「な、なんだ? 何が起こった!?」

 

 助かったことを喜ぶよりも先に混乱する彼の眼に、空中を踊るように飛ぶプロペラ戦闘機の姿が映った。戦闘機は備え付けられた機銃を滅茶苦茶に撃ちまくる。弾丸一つ一つは小さいが、魔物の肉を貫くくらいの威力はあった。ろくに狙いもつけられていない攻撃だが、魔物の数も多いため、撃てばどれかにはあたる状況だ。

 せわしく跳び回りながら、戦闘機は次々と怪物たちを傷つけていく。

 

「何者だ!?」

 

 キャスターが叫ぶと、返す声があった。

 

「………貴様の敵だ」

 

 直後、ウェイバーたちから見て敵右翼陣に位置する怪物たちが、バラバラに切り刻まれながら吹き飛んだ。視線を向けると、怪物たちがそれまでいた場所に、3人の少年が立っていた。

 そのうちの一人に、ウェイバーは見覚えがあった。

 

「お、お前、あの橋で」

「……一度だけだ」

 

 3人の中で中央に立っていた、少女のように美しい顔立ちの少年が一歩踏み出した。その行動に弾かれたように反応した怪物が一体、少年に跳びかかる。少年は襲いかかってくる醜悪な化け物を一瞥し、

 

「【スティッキー・フィンガーズ】」

 

 落ちついた声で呟き、背後に現れた『腕』を振るった。一振りによって、怪物は殴り飛ばされるが、それだけではなかった。殴られたところから裂け目が広がり、真っ二つになってしまう。

 

「スタンド能力……お前」

「俺の名はブチャラティ。あんたは、あの橋で俺の命を助けてくれた。だから一度だけ、一度だけ俺もあんたの命を助ける。これで貸し借りは無しだ」

 

 言葉を口にしながら、ブチャラティはウェイバーに近づいてくる。その後ろを、幾つもの丸い穴が模様のように開いたデザインのスーツを着た少年と、バンダナを巻いた黒髪の少年がついて歩く。その間、何度か怪物たちが彼に跳びかかっていったが、全て彼の出した『腕』に打ち倒されるか、プロペラ戦闘機に薙ぎ倒される。

 

「お、お前も、聖杯戦争の参加者、だったのか?」

「あんたに助けられた時は、まだ違ったんだが……あの糞野郎のマスターに用があって、参加せざるを得なくなった。ところで、この化物どもの群れだが……何とかする手がある。あのサーヴァントたち、こちらに退かせてもらえるか?」

 

 手を伸ばせば触れられる位置まで来たブチャラティに、ウェイバーは不安を感じなかった。超常の能力を持った、ろくに知りもしない相手であったが、今までに会った友人たちと通じる、『魂』を感じたのだ。だから、ウェイバーは彼の提案に乗ることにした。

 

「ランサー、退け。セイバーも!」

 

 その指示に、二人のサーヴァントは戸惑うが、今も増え続ける海魔の軍に、このままでは埒が開かないと認め、いったんウェイバーの傍まで下がった。

 

「どうするというのです、ランサーのマスターよ」

 

 セイバーに問われたが、それはウェイバーにもわからない。どうするかわかっている筈の少年は説明せず、苺の柄のネクタイと、穴開きのスーツを着込んだ少年に視線を向けた。

 

「フーゴ」

「わかっています」

 

 フーゴと呼ばれた少年は、キャスターを汚物に向けるものと同等の視線を浴びせ、

 

「【パープル・ヘイズ】!」

 

 その名を持つ存在を、出現させた。

 

『ぐあああああるるるるる』

 

 獣めいた唸りと共に、異様な人型が現れた。全身を格子模様に覆われ、頭には西洋の騎士のような兜を被っている。口は紐で縫い合わされたようになっており、大きくは開かない。言葉を発さぬ口からはよだれと荒い息が漏れている。

 

「なんですかその醜く下品な代物は。そんなものでこの壮麗なる軍団を倒せるというのですか?」

 

 嘲笑するキャスターに向かい、【パープル・ヘイズ】は突進する。その動きは技術も無く、知性さえあるようには見えない、獰猛な野獣のものだった。

 

『じゅしゅるうるうううう、うばぁしゃあああぁぁぁ!!』

 

 叫びと共に、【パープル・ヘイズ】は拳の連打を、先陣を切る魔物に向けて浴びせかける。猛烈な拳は、攻撃を受けた魔物を宙に飛ばし、魔物の群れの真ん中に落とした。

 

「よし、これで終わりだ」

 

 ブチャラティが呟いた。

 

「終わり? まだ200体は残っているし、まだまだ増えるぞ?」

「数は問題じゃない。それよりナランチャ、まだか?」

「もうちょっと……よし!」

 

 何やら荷物を地面に下ろして作業をしていたナランチャが声を出したと同時に、ウェイバーたちの足元から光が昇る。地面から上へ向けて、強い光のライトが点けられたのだ。

 光は魔物たちには当たらず、ウェイバーたちのいる狭い範囲だけを照らしていた。

 

「何のまじないのつもりか知りませんが、そちらのやることがそれだけなら、次はこちらの番です。諸君、押し潰しなさい!!」

 

 キャスターが号令をかけ、魔物たちはウェイバーたちへと進軍しようとした。しかし、進もうとした魔物たちは動きを止めた。

 

「? ど、どうしたのですか? 早くやりなさい!」

 

 キャスターが急かすが、魔物たちは動かない。動けないのだ。なぜなら、先頭に立つ魔物たちの足は、もはやグズグズに溶けて腐り、砕けてしまっていたから。

 キャスターが戸惑っているうちに、先頭の魔物は足だけでなく全身が腐って崩れ落ちた。その次は、崩れた魔物の後ろにいた魔物が、やはり体から泡を吹かせ、ドロドロに溶けていく。

 

「こ、これは一体どうしたことです!? 何が起きているのですか!?」

 

 キャスターがその異常事態に混乱する。対処できぬまま、魔物は次々と腐れ落ちていく。さきほど、【パープル・ヘイズ】に殴り飛ばされた魔物が落ちた場所を見ると、そこにいた魔物たちもまた、同様に溶けていき、その症状は感染していく。

 魔物たちは鼠算式に感染数を増やしていき、膨大な数を誇っていた魔物たちは、1分と経たぬうちにその数を半数以下にまで減らしていた。

 

「な、なんなんだよこれは……」

 

 見る見る内に汚泥となっていく怪物たちの有様に、ウェイバーは蒼褪める。

 キャスターの所業や、召喚術もおぞましかったが、この光景はそれに勝るとも劣らぬ恐怖を感じた。

 

「【パープル・ヘイズ】の能力、『殺人ウイルス』。散布されたウイルスに感染した生物は、肉体のあらゆる代謝機能を侵害され、内側から腐るようにして殺される。どうやら、あのなんだかわからない怪物どもにも効いたようだな」

 

 ブチャラティの説明に、この光景の理由はわかったが、まだ安心はできない。

 

「ぼ、僕たちは大丈夫なんだろうな!?」

「大丈夫だ。ウイルスは光に弱く、今俺たちを照らしているライトによって滅菌される。それと、キャスターが感染していないところを見ると、サーヴァントには効かないようだな。英霊は生物としての本当の肉体を持っていないらしいからな」

 

 そうやって話している間にも感染は進み、ついに全ての魔物が腐れ果て、辺り一帯は魔物の残骸によって沼のようになっていた。新しく魔物を召喚しても、すぐに感染して死んでしまうので意味が無い。

 

「おおおおおお、おのれおのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇぇっ!! わ、私の軍団を! こ、このような汚らわしいやり方で虐殺しようとは! な、なんという悪辣な所業! 神はどこまでこの私の邪魔をしようというのかぁッ!!」

「まあ確かに……あまり気持ちのいいやり方ではないかもしれんが」

 

 自軍の全滅に白目を剥くほどの怒りを見せていたキャスターだったが、声を掛けられてようやく、ランサーが自分の元に近寄ってきていることに気付いた。召喚される怪物がすべてウイルスにより殺されてしまうこの状況で、まともに戦えるのはサーヴァントのみ。

 そして、ランサーと直接戦った場合、キャスターには万に一つの勝ち目も無い。

 

「ひっ……!」

 

 キャスターは後ずさるが無駄な行為だ。ランサーの速度を持ってすれば、一瞬で詰められる間合い。

 

「貴様を可哀そうだと思う気持ちは、一欠片も湧かん。覚悟を決めろ、外道」

 

 

 その時、キャスターのローブの中で、『ドクリ』と、鼓動するモノがあった。

 

   ◆

 

 アイリスフィールは森に張られたアインツベルンの結界の幻惑作用を利用し、特定人物限定で幻覚を仕掛けていた。標的となる人物は、確かに幻覚に引っかかってはいるようだが、その隙をついて舞弥が銃撃を仕掛けても避けられてしまう。

 さすがは教会の代行者だけのことはある。視覚が信用ならなくとも、向けられる殺気だけで、攻撃に対処している。だがそれも狙いどおり。

 この結界の幻惑作用は、五感だけでなく、気配を感じる第六感をも惑わす。今までは殺気を消していなかったが、次は殺気も消す。今度は避けられないだろう。

 

(これで倒せればいいけれど……)

 

 そう願いながらも、期待はできない。

 何せ相手となる人物は言峰綺礼。切嗣の恐れる、尋常ならざる精神と実力を持った男なのだから。

 

(けれどたとえ強敵であっても、強敵だからこそ、切嗣と戦わせるわけにはいかない!)

 

 切嗣は今、ランサーのマスターを暗殺するために、セイバーたちとキャスターが戦っている場所に向かっているはずだ。今ならランサーもマスターを護りきる余裕はない。第3者の横やりまでは防ぎきれないだろう。ランサーのマスターが死に、ランサーが消滅すれば、セイバーの手の怪我も治癒する。そうなれば宝具を使い、一人でもセイバーは勝利できる。一度に2体のサーヴァントを倒せるチャンスと見たわけだ。

 アインツベルンの城には、虹村形兆と億泰が残り、新たな侵入者を待ちうけている。

 アイリスフィールは舞弥を護衛として、セイバーたちのいる戦場とは逆方向へと逃げていたところだった。

 

 しかし、そこで彼女たちは言峰綺礼と遭遇してしまった。本来は、彼女たちは迂回するべきだった。結界の主であるアイリスフィールは、綺礼の位置がわかっていたし、遭遇を避けるのは簡単だった。

 それでも彼女たちは戦いを選んだ。もしも綺礼が切嗣と出会ってしまったら――そう思うと、逃げることはできなくなった。二人は本妻と愛人という垣根を超えて、愛する男を救うため、彼女たちは力を合わせ、この敵に立ち向かう。

 

   ◆

 

 ライダーがキャスターの姿を見つけた時、その傍では既にランサーが槍を構えていた。

 

「ありゃぁ、もう終わっちまったか。またマスターが癇癪起こしそうだなぁ」

 

 ボリボリと頭を掻くライダー。命令を達成できなかったことで、マスターがどれだけ頭に血を昇らせるか考えると、ため息が出そうになる。

 しかし今更間に合わない。ライダーは、次の瞬間にはキャスターが串刺しになっていることを確信していた。

 

 しかし、

 

「むっ?」

 

 キャスターのローブの内側から、白い何かが飛び出した。手で握ったら少しはみ出す程度の大きさの、デコボコした物体は、さながら『運命の車輪』のように高速で回転していた。

 

   ◆

 

 切嗣もライダーとほぼ同時に、その場所に到着していた。ランサーがキャスターに気を取られている内に、ウェイバーを狙撃しようとしていたが、突如起こった異変に、手を止める。

 回転する白い物体は、一度地面に落ちて跳ね回り、そしてまたキャスターに向かって跳び上がる。それはキャスターの手にある魔道書【螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)】の表紙に付けられた、美少年の形の細工に触れ、めり込んでいく。

 

「な、何が起きているのですか!?」

 

 キャスターにも何が起きているのかわからなかいようだった。誰も状況を理解できない中、白い物体、すなわちアサシンの『骨』は回転しながら、キャスターの宝具と一つに融合していく。

 

 同時に、魔道書がキャスターの意志を離れて勝手に力を放出し始める。稲妻と魔力風が吹き出し、今までキャスターが魔物召喚に使っていた以上の力が放たれる。

 

「ランサー! なんだかわからないけどヤバイ! 早く倒せ!!」

「ッ! はぁッ!!」

 

 突然の光景に目を奪われて立ち止まっていたランサーが、ウェイバーの指示を受けて我に返り、槍を突き出す。だがその穂先がキャスターを貫く一瞬前に、魔道書から一際強い魔力の光が弾けた。

 

 そして、

 

「ワシャァァアアァッーーーー!!」

 

 耳に障る不快な雄叫びがあがり、光の中から、指の一本一本に長い刃の爪をつけた手が伸び、槍の一撃をはじいた。

 

「!?」

 

 明るく周囲を照らしながら、まるで温かみを感じない邪悪な光の中から、『人の形をした者』が姿を現した。

 

「へッヘッヘッへ」

 

 厭らしく笑うのは、ナマズのような髭を一対生やした、東洋人の男。長い眉毛に逆立つ髪、口からは鋭い牙と、突き出た舌が覗いていた。

 

「そんな……」

 

 その男を見たウェイバーは、眼を見開き愕然とする。言葉にはしないが、切嗣もまた戦慄を覚えていた。ウェイバーと切嗣だけが、マスターとしての眼力で、突如魔道書によって召喚されたその男の正体を知ることができたのだ。

 

「サーヴァントだって!? そんな馬鹿な!!」

 

 この第4次聖杯戦争で召喚された、『8番目のサーヴァント』は、醜悪に笑った。

 

KAHH(カァーー)! 貴様ら、あの御方の敵あるね? ならばこのワンチェンが始末して、その血をベロベロ舐めてやるね! ヘッヘッヘェ~~~」

 

 キャスターの前に立ち塞がったその男、ワンチェンはランサーを前に不敵に笑う。その背後では、キャスターの手の魔道書が、いまだその凄まじい魔力を増大させ、放つ光を強めていた。

 

   ◆

 

 既に電気も通わない建物の中で、置き捨てられた作業機械が埃を被っているばかり。暗闇を照らすのは、甘い香りを立ち昇らせる蝋燭の火のみ。

 そこは廃工場の中。ケイネスが仕方なく現在の拠点としている場所であり、今そこにいるのは、ソラウだけのはずだった。

 

(う……うう……)

 

 しかし、今ソラウの傍らには、一人の男が立っていた。男の右手からは透き通った茨のような物が伸びている。茨は数個の水晶球に絡みついて『遠視』の力を発揮させ、幾つもの戦場を同時に映し出している。

 

「ほう、ワンチェンを召喚したか。キャスターに我が骨を与えたのは正解だったようだな」

 

 その男は、誰もが驚愕するであろう、規定数を超えたサーヴァントの召喚と言う事態に、まるで動じていなかった。涼しげに笑い、興味深げに状況を見守っている。

 ソラウもまた映像を見ていた。逃げると言う判断は浮かばなかった。逃げられるわけがない。力が違い過ぎる。いや、それよりも、この男に対しては恐怖しながら、警戒しながら、もう少しだけ、もう少しだけ共にいたいと思わせる何かがあった。

 それは、彼女がランサーに感じる恋愛感情とは別の、美しい絵や彫刻を、少しでも長く見つめていたいと言う感情に似ている。そう、彼女はその男に対して『感動』していたのだ。

 

「君の婚約者の方はようやく戦闘のようだな。彼の霊装はンドゥールの【ゲブ神】に似ているが、使い手の方はどうかな……?」

 

 楽しげなその男――アサシンは、敵陣営の女を攻撃するわけでも誘拐するわけでもなく、友人に対するように親しそうに、ソラウへと語りかけるのだった。

 

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 


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