Fate/XXI   作:荒風

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ACT9:もはや『隠者』はいない

 

 

「大丈夫……かな? 兄貴」

「……もしもの時は、セイバーが何とかするだろう」

 

 虹村兄弟は、前方を走る白いメルセデス・ベンツ300SLクーペを見ながら言う。アイリスフィールによって運転される最高級クラシックカーは、時速100キロを超える速度で疾走していた。

 彼らアインツベルン勢は、冬木に用意された、アインツベルンの領地、彼らの陣地へと向かっていた。

 

「引き離されないようにするのがやっとだぜ。ミセス・アイリスフィールも中々大した肝してやがる。お前も見習いな、億泰」

「お、おう」

 

 猛スピードにあてられ、気分を悪くしていた億泰は、薄く開けた目で前を見る。そして、その目に何やら奇妙な男の影が映った。

 

「……億泰。シャキッとしな。どうやら一戦、始まりそうだぜ」

 

 形兆も、その影に気付く。アイリスフィールとセイバーの乗る車は、一足先に止まっている。

 人影をよく見れば、漆黒のローブをまとい、道化師のようにも見えるが、立ち昇る瘴気が笑いを封じていた。顔立ちはそう悪くも無いが、血色は悪く、その両目は深海魚のように大きくぎらついている。

 

「サーヴァント。残る最後の一人、となればキャスターか。だが、キャスターといえば自分の工房に閉じ籠って『隠者』を決め込むものだと聞いていたがな」

 

 形兆は【バッド・カンパニー】を出しながら、その異様な敵を警戒する。しかし、キャスターは虹村兄弟や、車を降りたセイバーたちの警戒をよそに、邪気の無い無垢な笑顔で、恭しく頭を下げ、跪いたのだった。

 

「お迎えに上がりました。聖処女よ」

 

 セイバーはそう呼ばれ混乱する。彼女がアーサー王として過ごした生涯、聖処女などと呼ばれたことはなかった。

 

「セイバー、この人、あなたの知り合い?」

「いえ、初対面です。何かの勘違いではないでしょうか?」

 

 そのセイバーの言葉に、キャスターは血相を変えた。

 

「なんとご無体な! この顔をお忘れになったと仰せですか!? 貴方の忠実なる永遠の(しもべ)、ジル・ド・レェにて御座います! 貴女の復活だけを望み、貴女との再会だけを求めて、こうして時の果てに、キャスターのサーヴァントとして現界したので御座います!! ジャンヌ!!」

「ジル・ド・レェ……!?」

 

 アイリスフィールが、キャスター自ら名乗った真名に、驚きの声をあげる。

 

 ジル・ド・レェ。

 

 狂気と殺戮の伝説に彩られた、歴史の怪物の一人。

 フランス王国ブルターニュ地方ナントの貴族。レェとは所領の名であり、本名はジル・ド・モンモランシ=ラヴァル。

 フランス救国の英雄として元帥の座に登りつめながら、黒魔術の道に狂い、数百人の少年を虐殺した『聖なる怪物(モンストル・サクレ)』。

 

「ジャンヌ……? 私はジャンヌではない。我が名はアルトリア。ウーサー・ペンドラゴンの嫡子たる、ブリテンの王だ」

「オォオ! オオオオオオオッ!! なんと傷ましい! なんと嘆かわしい! 記憶を失うのみならず、そこまで錯乱してしまうとは……おのれぇぇッ!! 我が麗しの乙女に、神はどこまで残酷な仕打ちを!!」

 

 ジャンヌ、それは『聖処女(ラ・ピュセル)』ジャンヌ・ダルクのことであろう。かつてこのジル・ド・レェが影の如くつき従い、崇拝したという英雄。

 ジル・ド・レェが邪悪の道へと堕ちていったのは、ジャンヌが魔女として捕らえられ、屈辱的な宗教裁判を経て、死後の復活のための肉体を滅ぼされる、宗教的に最も恐ろしく苛烈な火刑へと運ばれる時と同じであった。そのため、両者を関連付ける伝承は多い。

 そして今、ジル・ド・レェがジャンヌ・ダルクへと向ける想いは、狂気としか呼びようがなかった。

 

「ジャンヌ、貴女が認められないのも無理は無い。己を見失うのも無理は無い。目覚めるのですジャンヌ! これ以上、神ごときに惑わされてはならない! 貴女はオルレアンの聖処女、フランスの救世主たるジャンヌ・ダルクその人だ!!」

 

 これは駄目だと、形兆は首を振る。どうやらキャスターは、完全にセイバーをジャンヌ・ダルクと思い込んでおり、それを自分の勘違いだとは考えもできないらしい。狂っているのは自分ではなく、周囲の方だと思い込んでいる。

 もはや何を言っても聞きはせず、己の思いたいように判断を歪めるだけだろう。

 

「セイバー、もう斬っちまってもいいんじゃないか?」

「……平伏した者を斬るのは、主義に反する。さぁ立て。貴様も武人のはしくれならば、妙な詭弁を弄するのではなく、尋常に戦うがいい。最初の一人はこのセイバーだ。今ここで相手になってやるぞ、キャスター!」

 

 そこで、キャスターの顔から熱が消えた。その狂気は発散をやめ、内側に深くため込まれる。時が来た時、その狂気は今以上の爆発を見せるだろう。

 

「もはや言葉だけでは足りぬほど……そこまで心を閉ざしておいでか。ジャンヌ。致し方ありますまい。それなりの荒療治が必要、とあらば――次は相応の準備を整えて参りましょう。次に会う時は必ずや……貴女の魂を神の呪いから解放して差し上げます」

 

 魔術師のサーヴァントは立ち上がると、黙礼を一つした後、実体化を解いて夜の闇に消えた。

 話の通じない相手との会話に疲れ切ったアイリスフィールたちを残して、アインツベルン勢とキャスターの最初の邂逅は終了した。

 

   ◆

 

 そのセイバーたちの様子を、遠くから見つめていた者がいた。

 邪悪の化身、アサシンのサーヴァントである。あの戦闘の終了後、彼は言峰綺礼の命令で、アインツベルン勢の詳細を調べるため、その後を追っていたのである。

 

「ふーむ、なるほど……あのキャスターがね……面白い。彼はジャンヌの為ならば命さえ投げ出すだろう。その覚悟……それは重要な要素だ。クク、今のところ、私と同調できる数少ない存在だ。大事にしないといけないな」

 

 言いながらも、そろそろキャスターの情報を、綺礼と時臣に流さなくてはならないと、アサシンは感じていた。

 

 アサシンには、遠く離れた場所を見たり、自分でも知覚できていないものの居場所を探ったりする力――念写能力がある。

 

 その名は、【尊敬すべき宿敵の残り香(ハーミット・パープル(偽))】。

 

 茨の形をしたスタンド。正確にはアサシンのスタンドではなく、アサシンの肉体――かつて、アサシンを打倒した男のスタンドである。

 アサシンは生前、宿敵であった男によって頭部のみの姿となったが、逆襲を果たし、宿敵の体を乗っ取ることに成功した。【尊敬すべき宿敵の残り香(ハーミット・パープル(偽))】は、その宿敵の肉体に宿っていた能力であり、宿敵の孫である男も使っていた能力だ。アサシン本人の能力ではないため、本来あるべき力を全て発揮することはできない。物理的影響力を与えることはできず、砂一粒動かすことはできない。だが、念写能力は十分に有用であった。

尊敬すべき宿敵の残り香(ハーミット・パープル(偽))】の力は、そこまで高い精度はなく、魔術で防御した場所は写しにくい。しかしキャスターはその行動を隠す気がほとんど無いため、掴みやすかった。だが、その情報をアサシンは、綺礼たちに伝えていない。

 

(キャスターを補足され、倒されてしまっては勿体ないと思ったが、これ以上隠しておくのも不自然。キャスターの行動くらいは教えねば。工房の位置は、まだしばらく隠しておくが………)

 

 アサシンが思案していると、メルセデス・ベンツが、またエンジンを轟かせはじめた。アサシンは、時速100キロ超の速度で先を急ぐマシンを追い、自らもまた疾風の如く走り出した。

 

   ◆

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、冬木ハイアットホテル客室最上階、地上32階に設置した己の工房に戻っていた。その内心はさきほどの戦いに対し、怒り狂っていた。

 今まで、何一つ上手くいかなかったことなどなかった。どんなことでも他者の上を行き、どんなものでも手に入った。それがケイネスにとって当然。ケイネスにとって、自分が求めるものを手に入れ、成したいことを遂げるのは、物理法則同様、当たり前のこと。否、そうならないことは、絶対に間違ったことなのだ。

 にもかかわらず、今夜の戦いは、ケイネスにとって成功とは到底言い難い。自分のサーヴァントであるライダーは、一体のサーヴァントも倒せず、自分は愚かな弟子を相手に負傷した。負傷自体は既に完治しているが、傷の痛み、熱、恐怖はまだかすかに残っている。その記憶が、彼の心を荒らし続けていた。

 

「ライダーよ。なんだ、あのざまは。勝手に戦場にしゃしゃり出たかと思えば、己の真名をさらし、そのくせ戦いに尻込みした揚句、私の令呪を一つ殺いだうえで、ランサーを倒せぬとは、貴様、私を馬鹿にしているのか!!」

「うん、すまんな、つい思わず。だが安心せい。わしはやるからには全力だぞ。ただな、戦いなんてそう簡単に終わらせられるもんではない。わしもペルシアを倒すまで色々苦労したもんだ。一回や二回、上手くいかんかったからって、そう苛立つもんじゃない。最後の最後で勝てばいいんだ。どーんと大物らしく構えておけ」

 

 ライダーはケイネスの癇癪を柳に風と受け流しながら、そう諭すが、ケイネスは他人に諭されるという体験がそもそも不快だった。

 

「よく言えたものだ。せいぜい速度程度しか上回るものの無い相手に、あれほど手こずっておいて」

「戦いというのは、単なる数値で決まるもんじゃないぞ? あのランサーとセイバーは、最初の戦いからもわかるように、まさに戦場の華、武人の星だ。さすがはケルトの戦士というところか」

 

 かつて、イスカンダル大王がケルト人の使者と会見した時、『ケルト人が最も恐れるものは何か?』と訊ねたことがある。大王は、ケルト人の最も恐ろしいものはイスカンダル自身であると答えることを期待していたが、ケルトの使者はこう答えた。『ケルト人が最も恐れているのは、いつか天が落ちてこないかということだ』と。

 そんな恐れも媚びもせぬ堂々とした態度を快く思い、イスカンダルは、ケルト人と友の契りをかわしたのだ。

 

「あの誇り高く、勇猛な連中の英雄だ。一筋縄ではいかんだろうさ。何、わしの最強の宝具はまだ温存されている。そう焦るものでもないさ」

 

 心を落ち着かせろと促すライダーであったが、ケイネスはなおもライダーへの怒り収まらず、声をあげようとするが、そこに第3の声がかけられた。

 

「いい加減にやめなさい、ロード・エルメロイ」

 

 それは、ケイネスの許嫁、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリだった。彼女はケイネスに対し、冷たい、見下した視線を向ける。

 

「ねぇケイネス。ライダーの乱入や名乗りに関してや、セイバーを討とうとした貴方の判断についてを論ずる気は無いわ。けど私に言わせてもらえればね、今の貴方は見苦しいわ。あまりに余裕が無さ過ぎて、器が小さいとしか評価できない。貴方には、他のマスターには無い、アドバンテージがあるというのに」

 

 そのアドバンテージとは、マキリが完成させた、サーヴァントとの契約システムの改変。本来ならサーヴァントとマスターの間を繋ぐ、一本だけのパスを分割し、魔力供給のパスをソラウが、令呪による束縛のパスをケイネスが受け持っている。まさに天才にしかできぬ技、聖杯戦争のルールを根底から覆す驚愕の術。

 普通、マスターは魔力をサーヴァントに流しながら、自分もまた行動し、時に魔術を行使しなければならない。だが、このアドバンテージにより、魔力供給はソラウに任せ、ケイネスはサーヴァントの束縛を受けず、自由に力を振るうことができる。他のマスターより、遥かに強い魔術を使えるのだ。ライダーにしても、それほど高度な魔術は使えなくとも、名門の、常人を遥かに上回る魔術回路を持つソラウならば、魔力供給相手として不足は全くない。

 

「なのに、少し目論見が上手くいかなかった、自分が少し傷を負った、それだけのことであんなに喚き立てて……情けないったらありゃあしない。貴方は魔術師としては一流でも、戦士としては二流よ、ケイネス」

「あー、ソフィアリ嬢よ。そのくらいで勘弁してやってくれんか。おぬしの批判はもっともだが、こやつの評価は次の戦いを見てからにしても遅くはあるまい」

 

 ライダーが口を挟み、ケイネスに汚名返上のチャンスを与えてほしいと願う。ソラウはその視線の冷たさを変えぬままなれど、ライダーの言に頷いた。

 

「いいでしょう。ケイネス、次の戦いに、期待しているわ。裏切らないでほしいわね」

「……無論だ。私が戦士として二流だという指摘、撤回してもらうよ、ソラウ」

 

 ひとまず場が収まったことに、ライダーは一息つく。しかし、少々ソラウの様子に疑問を抱いた。

 

(あの娘、確かにきつかったがあそこまでのモンだったかのぉ? ケイネスに対してあそこまで痛烈ではなかったと思うんだが)

 

 ソラウの態度のわずかな変化。それは、彼女がランサーに心奪われたがため。想い人ができた彼女にとって、ケイネスはもはや邪魔者でしかない。この時既に、決定的な亀裂は生まれていたのだ。

 

   ◆

 

 切嗣は次の戦いのための準備を進めていた。

 

 まず、誰よりも排除しなければならないのはランサーだ。セイバーの傷を癒すために、一刻も早く【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】を破壊しなくてはならない。

 だが、ランサーの追跡は上手くいかなかった。マスターを抱えて遁走する彼を、使い魔で追ったが、その気配を察知したのか、多くをその槍で貫かれ、振り切られた。

 ランサーは、その伝承において、大英雄フィン・マックールの追撃を、かわし続けただけあって、逃げ隠れは意外なほどに上手い。知恵の鮭の油を受けて、手の親指を口に入れることで、この世に何が起こっているかを全て知ることができるという力を得たフィンでさえ、彼を捕えきれなかったのだ。

 だがあのランサーの性格からして、逃げ隠れし続けることはないだろう。そのうち、切嗣からすれば愚にもつかない『騎士の誇り』のもとに、セイバーとの決闘に現れるだろう。その時、セイバーの意思など無視して、切嗣の流儀でランサーを討てばいい。

 しかしマスターの方はまだ読み切ったとは言い難い。情報では三流の魔術師だということだったが、アイリスフィールをマスターでないと見切った観察眼、ライダーと戦うランサーへの的確な助言、ケイネスを追いつめた魔術かどうかもわからない特殊技術、どれも三流にできることではない。危険とまではいかないが、油断していい相手ではない。あるいは、時臣やケイネスよりも注意すべき相手かもしれない。

 

 ライダーのマスターである、ケイネスの位置は把握している。本拠地のホテルを爆破して破壊すれば、簡単に工房は崩せるだろう。しかし、飛行能力のあるライダーがいる限り、逃亡は簡単だ。殺すことはできまい。工房を破壊する以上のメリットがないため、攻撃を仕掛ける優先順位は低い。

 

 キャスターは今しがた、アイリスフィールと形兆から話を聞いた。相当、おかしなことになっているようだが、ひとまずシル・ド・レェについての情報を集めておくとしよう。

 

 バーサーカーはほとんど何の情報もない。しかし、手にしたものを宝具にする力は恐るべきものだ。しかし、最初にアーチャーへ飛びかかっていったことから、バーサーカーか、バーサーカーのマスターには、遠坂家のサーヴァントにこだわりがあるらしい。潰し合わせることが可能だろうか?

 

 アーチャーもまた謎が多い。あれほど大量の宝具を使えるサーヴァントなど、ありえるのか。だが、マスターがわかっている以上、サーヴァントを相手にすることはない。遠坂時臣さえ殺せば片がつく。相手は正統派の魔術師だ。切嗣にとっては最も組みしやすい。

 

「最後はアサシン……そして言峰綺礼か」

 

 切嗣は顔を険しくする。

 アサシン――ディオ・ブランドー。形兆から聞いた彼の情報は、いまだに切嗣をして背筋を冷たくさせる。

 

「時間停止……信じがたい力だ」

 

 時間操作に関しては、魔術でも可能だ。特定の空間の内側のみを外界の“時の流れ”から切り離し、意のままにする『固有結界』の一種であり、大魔術の類に区分されるが、決して再現不能な“魔法”の域にあるものではない。それも因果の逆転や過去への干渉といった“時間の改竄”に比べれば、過去化の停滞、未来化の加速といった“時間の調整”は、さほど極端に困難な術ではない。

 切嗣が受け継ぐ衛宮の家系は、特にこの時間操作の魔術を探求してきた。切嗣の背中の魔術刻印にも、その成果が蓄積されている。これを利用し、切嗣は、自分の体内に結界を設定し、自分の肉体のみを時間操作する術『固有時制御』を編み出している。

 しかしだからこそ、切嗣は誰よりも、アサシンの力の異常さが理解できる。本当かどうかわからないが、この世界の全ての時間を止めて、感覚にして十秒に満たない程度であろうと、自分だけが自由に動けるなど、ありえない。しかも何の代償も無いというのだ。

 

「スタンドとは、そんなことまで可能とするのか。それでは、対峙したらもはや勝ち目は無い……」

 

 勝利の可能性があるとすれば奇襲だが、よりによって相手は気配を消すことを得意とするアサシンだ。奇襲を受けることはあっても、逆は不可能だろう。だとすれば、あとはマスターを狙うしかないが、これもまたよりによって、アサシンのマスターは言峰綺礼なのだ。

 切嗣が、最も警戒し、危険視する敵。何を求めているのか、何を考えているのか、まったく人物像が読めぬ相手。どのように対処すればいいのかわからぬ相手。決して強くは無く、敵の裏をかき、隙を突いて、その実力差を覆してきた切嗣にとって、理解できない相手と言うのは、最も恐ろしいものであった。

 どちらも相手をしたくない最悪のコンビ。切嗣にさえ、攻略法が見つからない。

 

(唯一の幸運は、アサシンが全力を出していないことだ)

 

 もし時間停止を今夜の戦闘で使っていれば、あの場のサーヴァント全員が、あの時点で殺し尽くされていた。

 

(サーヴァントになったことで、時間停止に何かしらのデメリットが生じたのか。より可能性が高いのは、マスターたちに時間停止能力を秘密にしているということ)

 

 アサシンのマスターである言峰綺礼が遠坂時臣の部下であることを考えると、アサシンはアーチャーを勝利させる捨て駒として召喚されたのだろう。無論、アサシンがそれを納得しているはずがない。

 

(いずれは裏切る。その時の切り札として、時間停止を隠しているんだ。つまり、彼らの結束には不備がある。その不備の合間に、付け入る隙が生まれるかもしれない。上司である時臣が、綺礼をこの戦闘から外す命令をするように仕向けるという手もある)

 

 切嗣が思考する中で、夜は明け始めていた。新たなる一日、新たなる闘争の幕開けであった。

 

   ◆

 

 その日、王国は暗く沈んでいた。

 常に輝きを身にまとう王も、王国を護るために心血を注ぐ騎士団も、この時ばかりは、沈痛な表情を浮かべている。

 王妃ギネヴィアが、殺人の疑いをかけられている。訴えるは、死んだ騎士の弟である騎士メイダー。

 その事件の真相は、太陽の騎士ガウェインに恨みを持つギネヴィアの従者が、最も立派な林檎に毒を混ぜたことにある。最も名のある騎士であるガウェインこそが、最も立派な林檎を食べると考えて。しかしその日、客として訪れた騎士に、礼儀としてギネヴィアが最も立派な林檎を与えてしまった。

 その騎士は苦しんで死に、残るはギネヴィアへの疑惑のみ。騎士メイダーは、王妃の名誉を証明するため、決闘に応じる騎士が出てこなければ、王妃の命をもらいうけると強請した。だが、誰もがギネヴィアを疑い、彼女の為に戦おうという者はいなかった。

 もはや、王妃が火炙りになるは避けられぬと思われた時、広間の中へ、黒馬に跨った一人の騎士が乗り込んできた。その騎士は装束もすっかり黒づくめで、兜は顔を覆い隠している。この騎士が誰かもわからなかったが、彼が王妃の名誉のため、命をかけて戦う、ただ一人の騎士であることは誰もが理解した。

 かくて、メイダーと黒騎士の決闘が始まった、そして、黒騎士の剣の美しさ、鋭さ、凄まじさに誰もが目を奪われる。メイダーとて、響き渡る雷のように雄々しい騎士であるのに、黒騎士にかかっては赤子も同然だ。

 ああ、誰もがその顔を見られなくとも、その剣の輝きだけで、黒騎士が誰なのかがわかる。

 

 彼こそは、名高きバン王の息子。湖の妖精に育てられ、祝福を受けた『湖の騎士』。

 

 彼こそは、姿ばかりか心も美しく、友の為に身代わりとなるほどに友情に篤い、騎士の中の騎士。王の司廚長ケイを助けるために、鎧を借りてケイに成り済まし、ガウェインたち4人の騎士を相手に勝利を収めた者。負傷したパラミディーズの代わりに、トリストラムとの決闘を引き受けた、かの騎士に他ならぬ。

 

 彼こそは、円卓の騎士の中でも並ぶ者なき腕を持つ、最強の騎士。北ウェールズ王の配下の騎士フェロットの罠により、武具を帯びぬままに戦うことになってなお、むしり取った木の枝を武器として勝利を掴んだ、かの騎士以外に考えられぬ。

 

 いやそもそもが、この状況でなお王妃ギネヴィアのために戦う者など、あの男以外に誰がいよう。

 

 ついにメイダーは剣を置き、膝を突いて降参し、命ばかりはと懇願する。降伏を受け入れた黒騎士は、兜へと手をかけた。その兜の奥の顔は――

 

 

   ◆

 

 そこで、夢から覚めた。

 

「目は覚めたか?」

 

 雁夜を揺り起してそう訊いたのは、昨夜会った少年だった。

 ブローノ・ブチャラティ。雁夜は彼と共闘することになったことを思い出す。

 

「……ああ」

 

 まだ昨日の戦いで、魔力を吸い上げられた苦痛は残っているが、甘えてはいられない。少しではあるが睡眠をとったおかげで、いくらかはマシに動ける。

 

「では早速行くとしよう」

 

 ブチャラティの言葉に促され、雁夜が外に出ると、少しずつ太陽が顔を見せ始め、光が差し込んできている。既にブチャラティの仲間たちは、臨戦態勢を整えて待っていた。聖杯戦争は夜にやるものという暗黙のルールがあるが、ブチャラティたちはそんなものを守りはしない。

 堂々と破って、戦いへと向かう。

 

 目指すは、冬木ハイアットホテル。

 敵はケイネス・エルメロイ・アーチボルトと、征服王イスカンダル。

 

 

 

 ……To Be Continued

 





 参考文献
・中世騎士物語/ブルフィンチ作・野上弥生子訳/岩波文庫
・アレクサンドロス大王東征記(上下)/アッリアノス著・大牟田 章訳/岩波文庫

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