Fate/XXI   作:荒風

1 / 35
プロローグ

 

 

 いまだに夜明けが来ない漆黒の中、文明の気配もしない広い広い草原の中に、一人の少年が仰向けになり、大地に倒れていた。全身に傷を負い、汚れにまみれている。苦しげながらも呼吸をしているところを見なければ、死体と見間違えそうだ。

 歳はもうすぐ20歳に届く頃、少年と呼べるのも今のうちだけという辺りだ。黒髪を首筋まで伸ばしており、顔つきは中々整っているが、カッコいいというより可愛らしい(本人に言えば怒るだろうが)、というタイプである。

 

「思ったより酷いことにならなかったな。良かった良かった」

 

 その少年の傍らで、まったく元気でピンピンしている、より年若い少年が笑っていた。こちらは童話に出てくる王子様もかくや、というほどの金髪の美少年であり、貴族的なカリスマさえ漂わせている。だが、その美しさには、毒を塗った刃のような怪しい魔の気配が内包されていた。

 まさに『魔少年』であった。彼の正確な年齢を黒髪の少年は知らない。始めて会った数年前から、ずっと姿が変わらないのだ。人間としての時間を生きていない人外であるのか、あるいは何らかの魔術薬を服用しているのか、とにかく彼はずっと『少年』のままなのだ。

 

「この……有様の……どこが……酷く、無いって…………言うん、だよ……!」

 

 苦痛に喘ぎながらも、意地を振り絞って、怒りの声をあげる黒髪の少年に、魔少年は余裕で答えた。

 

「腕の一本さえ失くしていないじゃないか。五体満足なんだから何も問題ない。3日も泥みたいに寝てしまえば、どうってことないよ。それよりちゃんとお目当ての物が手に入ったことを喜べよ、ウェイバー」

 

 ウェイバーと呼ばれた黒髪の少年は、自分の右手に握られた『モノ』にチラリと目をやる。彼はそれを手に入れるために、地獄じみた冒険を成し遂げたのだ。

 さすがにそれを見ていると、ウェイバーの胸の中にも、達成感がこみ上げてくる。だが同時に、これは真の戦いへの挑戦権を得たにすぎないということを、己に戒める。

 

「これ……からだ……」

「ふうん。しかし、本当に僕が手伝わなくてもいいのかい? 聞くところによると結構面白そうだし、参加してみてもいいんだけどな? 聖杯とかっていうのは別にいらないからさ」

 

 魔少年は、純金製のメダルを鑑定しながら言う。彼の周囲には、金細工や宝石、はたまた魔力の籠った秘具や、怪しげな文様の刻まれた石板など、たった今、この草原の下に眠る地下遺跡で手に入れたお土産が幾つも転がっていた。

 金額的にはそれだけで3代は遊んで暮らせる財産になるだろうし、魔術的な見方をすれば、更にもっと巨大な栄光となる。だが魔少年にとってはどちらも興味は無い。ただ昔から集めていたコレクションが増えたというだけだ。

 これらの戦利品は、ギロチンの小型模型や、煙草屋の片眼の犬から取ったダニ、博物館から盗んだ恐竜の化石などの横に並ぶことだろう。

 魔少年はどこまでも気まぐれで、突拍子もないことをやってくれる。だが、その実力は圧倒的だ。彼が手伝うとなれば、いかなる困難であっても笑って乗り越えられそうな気さえする。しかし、

 

「いや……一人で……やる……」

 

 ウェイバーは断固として断った。今回は、魔少年が行こうとしていた冒険が、自分の目当ての物を手に入れるのに都合が良かったために、便乗しただけだ。だが次の戦いばかりは、一人でやりたいのだ。

 この魔少年の実力は良くわかっている。今回の冒険も、自分はほとんど足手まといになっただけだ。

 この冒険で巡り合った幾つもの試練―――残虐なる罠、危険な野獣や毒蛇毒虫の群れ、悪霊の怨念、刻まれた呪い、絶滅したはずの幻想種の牙、宝を守る守護者の一族による妨害、宝を狙う別の魔術師たちによる死の手―――それらを描写しただけで文庫本にすれば上中下の3巻セットになりそうな危険の数々を、この魔少年は乗り越えたのだ。

 彼の知性も運動能力も、それこそ『英雄』と言っても過言ではない。だが、彼の助けを得るわけにはいかない。ウェイバー一人の力でやらなければ、自分の力を周囲に知らしめることにならない。

 だから、今回手に入れた『宝』――中には、かなりの力を誇る魔力を秘めた武具もあるし、神代の魔術を得られる古代文書もある。けれど、彼が使うのは今、自らの手に握られたものだけだ。

 神代の英雄である男が振るった武器の一つ。それだけでもそこいらの魔術師や怪物程度は、軽々と倒せる宝具足りうるが、この先の戦いのためには、ただ武器として以上に重要な意味を持つのだ。

 

「そうかい。わかったよ。君も頑固だから、今回は引き下がるよ。けど、気をつけろよ」

 

 魔少年はウェイバーのプライドを尊重し、身を引いてくれた。

 

「けどまあ、今はまあこの景色でも見て、心を休めるといいさ」

 

 その言葉にウェイバーが辺りに視線を巡らせると、ゆっくりと昇ってくる太陽が見えた。イギリスの空に、また輝きが戻ってくる。その美しさに素直な感動を胸に抱きながら、ウェイバーは疲れ切った心身を闇に落とし、更なる戦いを前に、休息の眠りにつくのだった。

 

 

 

 ――――魔道の歴史に刻まれて当然とさえ言える大冒険が、人知れず繰り広げられたその一週間後、舞台は日本の冬木市へと移る。

 

 

   ◆

 

 

 冬木市にはマッケンジー夫妻の家があった。

 カナダから移り住んで20年以上、この地で暮らしてきた彼らは、今日も1階のダイニングキッチンにて朝食を迎える。

 

「ウェイバーちゃ~ん、朝御飯ですよ~う」

 

 マーサ・マッケンジーの声が、2階へとかけられる。その声に応えて、黒髪の少年が速やかに着替えをすませて降りてくる。

 

「おはようウェイバー。よく眠れたかね?」

 

 グレン・マッケンジーが顔を見せた少年に挨拶をした。

 

「うんお爺ちゃん。朝までグッスリだったよ」

 

 そう返答する少年。しかし、ここまで見る限りは普通の老夫婦と孫にしか見えぬ、この朝の風景は、実のところ異常事態であった。

 何せ、この少年はマッケンジー夫妻の孫でも何でもない、赤の他人なのである。

 

 ウェイバーは、この夫妻に魔術による催眠暗示をかけ、彼らに自分を孫であると思いこませて、この家を宿としているのである。

 なぜ彼がここにいるのかというと、それは近々、この地で始まる魔術の大儀式『聖杯戦争』のためだ。

 七人の魔術師が、それぞれ一体ずつ、人にして人を超えた存在である『英霊』を使い魔である『サーヴァント』として召喚し、戦いを行う。そして勝ち残った者に、あらゆる願いを叶える『万能の釜』たる『聖杯』が与えられる。

 魔術師として、その戦いに勝ち抜くことで与えられる栄光は計り知れない。そんなものに、ウェイバーは挑もうとしている。

 

 彼は魔術師の教育機関にして研究機関である時計塔の、学生の一人であった。魔術師としての自分の才能を信じて入門し、その道に殉じる強い覚悟を固めていた。

 とはいえ、ウェイバーの家である、ベルベット家の魔術師としての血統は、まだ三代しか続いておらず、祖母は魔術師の愛人として、ほんの少し魔術を教わっただけであり、母は思い出を大切にしたいという程度の感覚で、魔術を受け継いだだけだ。

 だから本格的に魔術師となったのは、ウェイバーが最初だ。魔術を使うために必要な魔術回路の数も、それに伴う魔術師としての力も、技も、知識も、時計塔に集う他の学生たちの中では、底辺になって当たり前なのである。

 それでもウェイバー・ベルベットは、魔術師の世界では、血統の良さで優劣が決まるという考え方を断固否定した。生まれついて持った魔術回路の差程度、魔術に対する理解と工夫を持ってすれば覆せる。そもそも、魔術は常識というものを破るものではないか。それがウェイバーの持論であった。

 もっとも、そんな彼の理論は、周囲の魔術師からは負け犬の遠吠えとしか見られていなかった。彼はより良い血統の者たちと比べ、魔術の伝承どころか、魔道書の閲覧さえ渋られた。

 彼の周囲にいるほとんどの者は勘違いしていたが、ウェイバーは決して『血統』を軽んじているのではない。むしろ、真に誇り高い、『偉大な血統』と『受け継がれる精神』というものを知るがゆえにこそ、先祖の栄光を当然の如く受け取り、ぬるま湯に浸かっているような者たちが我慢ならないのである。

 

(あの『星の痣の一族』とまでは言わないが、もっと気高く在れないのか!)

 

 その無理解に対する憤懣を、彼は論文にして提出した。

 

 題名を『新世紀に問う魔導の道』。

 

 構想3年、執筆1年に渡る成果。魔導、すなわち『魔術を教え導く』ことに対する新たな形、教育の在り方についてを記した論文だ。

 

 だがその渾身の論文は、一人の講師によって、目の前で破り棄てられた。

 降霊科の講師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。9代を重ねる魔術師の名家アーチボルトの嫡男、学部長の娘の婚約者、若き天才『ロード・エルメロイ』と呼ばれる男の手によって。

 

(絶対に許してたまるか!)

 

 19年間の人生の中で、ウェイバーが味わった最大級の屈辱と怒り、それに対する復讐のために、彼はここまで来た。ロード・エルメロイが、『聖杯戦争』に参加するという話を聞いて、彼と戦い、勝利することを誓って。そのために悪友の冒険に参加させてもらい、『サーヴァント』召喚のための触媒を手に入れた。あとは、召喚の儀式を行うだけだ。

 

 彼は安物の食パンを噛み締めながら、今夜行うことにしている、召喚の儀式を思い描く。

 少年には、目当ての英雄を召喚できるという確信があった。今は2階のクローゼットにしまい込まれている歴史的遺物は、ある英雄と強力な繋がりがあるのだ。

 

 イギリスに伝わる、誇り高き騎士。

 ケルト神話にて輝く英雄。フィオナ騎士団、随一の戦士。

『輝く貌』のディルムッド・オディナを、ウェイバーは今宵、召喚する。

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。