ハリー・ポッターと十六進数の女   作:‌でっていう

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第三章 アルーペ・ミーティスとアズカバンの囚人
第17話 暗室


キキちゃんの転移が完了したことを確認して、玄関のほうへ足を向けた。

 

「さて、と。パメラの霊力の前では防衛魔法も無意味かもしれないけど、とりあえず登録だけはしないとね」

 

キキちゃんのように客として入るぶんには管理者であるわたしの許可があればよいが、継続的にこの家に出入りする権利を得るには、家の関係者として防衛魔法に登録させなければならない。

『袋』から一枚の紙を取り出し、万年筆とともにパメラに渡した。

 

「パメラ、ここにサインをお願い」

「あら、これだけでいいのかしら? 『パメラ・イービス』っと……」

 

名前を書き終えると、紙はその場で消滅した。ここで爆発したりすれば、そいつは関係者として認めることはできない、というわけだ。ちなみに、二年前にマクゴナガルに名前を書かせた紙も似たような方式だったが、良からぬことを企む者でないかをより詳しく調べるためのもので、これとはまた違っている。

 

「大丈夫みたい。でも、あんまり勝手なことはしないでね」

「わかってるわよ」

 

本当かなぁ。ちょっと心配だが、半年ぶりに我が家の扉を開いた。

 

 

「ねえパメラ。昔のことって、どらくれい覚えてるの?」

「どうしたのよ。急に」

 

自宅の図書館で魔法書を読みながら、ふと気になってパメラに尋ねた。同じく本を漁っていたパメラは、手を止めて答えた。

 

「パメラには言ってなかったけど、もしかしたらわたし、『転生者』かもしれないんだ。

でも、記憶がしっかり残ってなくて、『既知感』があるのが転生前の記憶に手がかりなんじゃないかなって」

 

本からは目を離さずに、淡々と説明した。パメラは、予想していたよりもすんなりと話を理解してくれた。

 

「なるほどね。前も言ったかもしれないけど、生きてた頃のことはもちろん、死んだ後でも昔のことはほとんど覚えてないわ。けど……」

「けど?」

「『既視感』っていうのは共感できるかもしれないわ。思い出せることもあれば、結局なんなのか分からないこともあるけれど」

 

やはり、曖昧な記憶には既視感はつきものであるようだ。そして、場合によっては記憶の復活も期待できると。しかし、ここにはもう一つ問題があった。あまりに日常的に『既視感』を抱きすぎていたせいか、それに対する耐性がついてしまい、その感覚を認識しづらくなってしまっているようなのだ。これについてもパメラに訊いてみた。

 

「そうね……。あたしはそこまで頻繁に感じてたわけじゃないから、その気持ちは分かりかねるわ」

「そっか……」

 

『前世』の記憶へのただ一つの手がかりである既視感がなくなることは、とても大きな問題である。別の手段——存在するのかどうかはわからないが——それが見つかるまでは、一刻も早くその正体を暴き出すことを考えねばならない。そんなことを考えていると、図書室の扉が叩かれる音が聞こえた。

 

「どうぞー」

 

思った通り、入ってきたのはアリスだった。いや、そうでない方が恐ろしいのだが。そろそろ昼食の時間だろうか。

しかし、アリスはパメラの姿を見て固まってしまった。そういえば、パメラが図書館にいる、とは伝えていなかった。多少慣れたとはいえ不意打ちではどうしようもないのだろう。声をかけようとして、ふと、違和感を覚えた。ちょうどアリスの入ってきた扉のほうから、魔力の気配が感じられる。

 

「誰かいる……?」

 

わたしがそう口にしたのを聞いて、アリスもはっと我に返った。

 

「私が見た限りでは誰もいませんが……」

「そう……?」

 

正確に位置を把握しようと魔力探知を使うが、先ほどまであったはずの魔力は消えていた。

 

「あれ? 気のせいだったのかな……」

 

あくまでもさっきの魔力は「察知」しただけだ。感覚に頼るものなので、間違えることもあるだろう。そう納得して、昼食を求めて図書室を去った。

 

 

「ねえパメラ」

「今度は何よ」

 

次の日の同じ時間、パソコンに数式を打ち込みながらパメラに声をかけた。

 

「霊力ってさ、魔動カメラの動力に使えたりしない?」

 

魔動カメラとは一年生のクリスマスのときに作ったもので、高速連写などの機能はあったものの、魔力消費が大きすぎてあえなくボツとなっている。結局、キキちゃんには自分のものと同じマグルのカメラで我慢してもらっていた。

霊力を込められた『対バジリスク眼鏡』を見て、カメラでも同様なことができるのではないか、と考えたのだ。しかし、パメラの答えは微妙だった。

 

「ただ強力なだけでいいのならできるけど、そういう精密なのは難しいわ。もしできたとしても、あたしがいないと霊力の補充はできないわよ。無尽蔵に湧き出てくるわけでもないし」

 

やはり、魔力を使うしか道はないようだ。これを考えるには時間がかかりそうなので、別の問題を片付けることにした。

去年の八月だかにダイアゴン横丁でもらった、『動く写真』の撮れる魔法のフィルム。先日、再びダイアゴン横丁に赴いて、魔法で現像してもらっていた。それを『袋』から取り出すと、手の中でひっくり返したりしながらそれを観察してみる。

 

「魔法の収納は、現実逃避にも役に立つのね」

「げ、現実逃避なんかじゃないよ……。動く写真、パメラも見たいでしょ?」

「そもそもあたし、写真に写るのかしらね」

 

なら試してみる? といつものカメラを取り出した。図書館に日光は入らないため若干暗いが、高感度フィルムを使うことで対処する。

待ってました、とばかりにポーズをとるパメラにカメラを向け、慎重にシャッターを切った。

 

「どうかしら?」

「ちょっと待って、印刷するから」

 

急かすパメラを横目に印刷用紙を取り出し、杖でカメラを叩く。一瞬で現像、焼き付けが終わり、紙に写真が浮かび上がった。

 

「動く写真じゃないけど……。ちゃんと写ってるみたいだね」

「こう見ると割とキレイね、あたし」

 

否定こそしなかったが、出来るだけ見栄えが良くなるように色合いや明るさを調節している苦労も知ってほしいものだと思わないわけではなかった。外見では杖を振るだけでも、頭の中ではとても複雑なことが起こっているものなのだ。

 

「多分、写真を撮ってもらったのは死ぬまでも、死んでからも、これが初めて。久しぶりに新鮮な体験ができたわ。ありがとう」

「ど、どういたしまして」

 

しかし、こんなふうに感謝されると、その程度の苦労ならした甲斐があった、とも思えてくる。

アリスが呼びに来るまで、本来の目的を忘れたまま撮影会が行われていたのはここだけの話——。

 

 

一ヶ月ほど調査を続け、動く写真の現像方法がようやく少し分かってきた。カメラ片手に朝の散歩から帰って来ると、出迎えに出てきたアリスは封筒を持っていた。

 

「お帰りなさいませ。アルーペ、手紙が届いてます」

「ただいまー。お手紙? 誰からだろう」

 

差出人はハーマイオニーだった。封を開けると、文字がびっしり書かれた便箋と、新聞の切り抜きのようなものが入っていた。

 

「その手紙を持ってきた白いふくろう、知らない子でした。ハリー・ポッターさん宛の手紙も持っていて、すぐに飛んでいってしまったのですが……」

 

そのふくろうの正体は、手紙の内容を読むとすぐに分かった。どうやらハーマイオニーはフランスに旅行中で、検閲があるのでマグルの国際郵便では送れない、と困っていたところ、ハリーのふくろうであるヘドウィグが向こうから手紙を受け取りにやってきたらしい。

 

「マリーも少しは見習おうよ」

 

ちょうどハトのマルローネも近くにいたが、こっちは怠けていてそんな気の利くことはしてくれない。

続きを読むと、新聞の切り抜きの内容も明らかになった。封筒からそちらも取り出してみると、ウィーズリー一家が『ガリオンくじ』で七百ガリオンを当ててエジプトへ旅行に行ったことと、ピラミッドを背景に撮られた集合写真(まさに『動く写真』だった)が掲載されていた。

手紙のさらにその後は、フランスでの発見をまとめたら『魔法史』のレポートが全て書き換わってしまっていたこと、休暇のおわりにロンとロンドンに来るので会わないかという誘い、といった内容だった。

 

「ほら、だらだらしてないで、フランスまでひとっ飛び。お願いね」

 

靴箱の上で返事を書くと、マリーの足にそれをくくりつけた。マリーは渋々、といった様子で太陽に向かって飛んでいった。フランスのどこかは分からないが、せいぜい四百キロ、キキちゃんのいる日本で言えば東京から大阪までの距離程度だろう。あの国はずいぶん細長い。

玄関の扉を閉めようとすると、またもやふくろうが飛んできた。

 

「今度はなんだろう……。あ、ホグワーツからだ」

 

毎年恒例の、教科書リストやホグワーツ特急の時刻が書かれた校章のついた手紙だった。ただ、それとは別にもう一枚紙が入っていた。

 

「そっか、三年生になったらホグズミードに行けるんだったね」

 

ホグズミードとはホグワーツの近くにある魔法の村で、上級生から興味深い話をいくつも聞いていた。だが、それには保護者の署名が入った許可証が必要らしい。

 

「保護者……ってことはアリスのサインでいいんだよね」

 

許可証と万年筆を渡すと、アリスは『内容が同期されるホワイトボード』で見るのと同じ、読みやすい字でサインを書いた(真似やすい字はセキュリティ上あまりよろしくないのだが)。

さすがに三通めの手紙は来なかったので、ようやく『動く写真』の研究を再開することができた。パメラの手伝いもあって、昼食をまたぎ、日が暮れる前には試作の魔法が完成した。

 

「できたー! えっと、魔法名は……」

 

悩みながら、パソコンで英独辞典を開いた。理由は分からないが、魔法名はドイツ語でつけることが伝統となっているのだ。

 

「あった、ドンケルカンマー(Dunkelkammer)

「どういう意味かしら?」

「『暗室』だよ。フィルムを現像、プリントするときに使う、真っ暗な部屋」

 

パメラに説明しながら、『袋』からダイアゴン横丁で買い足した魔法のフィルムを取り出した。カメラに装填して、またパメラを被写体にしようとして、ふと思いとどまった。

 

「どうせなら、アリスも一緒に集合写真みたいにしようかな」

「呼んでこようかしら?」

「いや、ここじゃなくて外で撮ろう」

 

ちょうど夕焼けに照らされていい色合いが出る頃合いだろう。パメラの手に触れて大広間に転移し、掃除をしていたアリスを庭まで引っ張っていった。

 

「このへんでいいかな。ポーズとって、出来るだけ体がブレないように……そう」

 

三脚にカメラを固定し、タイマーなどを設定したら、シャッターボタンを押して急いで二人の元へ駆け戻る。自分もポーズをとると、ちょうど十秒たってシャッターが切られた。

 

「露出が合ってるか不安だから、あと二枚撮らせて」

 

同じことをもう二度繰り返し、その後は二十四枚撮りきるまで勝手な写真をいくつか撮った。大広間に戻り、フィルムを巻き上げて取り外す。

 

「流石に再利用まではできなかったから、このフィルムは使いきりだよ」

「まあ、それが普通なんですけどね」

「はやく見たいわ、動く写真」

 

まあまあ、とパメラをなだめながら、杖をフィルムに向けた。作ったばかりの魔法で難易度も高く、成功率は半分を少し上回る程度。失敗しても爆発が起きないタイプなのがせめてもの救いか。呼吸を整えて、魔法名を唱えた。

 

「『ドンケルカンマー(Dunkelkammer)』!」

 

すぐには変化が現れなかったが、少し待つと、うっすらと写真用紙の表面に何かがうごめいているのが見え、やがて二十四枚の紙にだんだんと写真が浮かび上がってきた。

その様子をじっくり眺めていると、いくつかの事実が判明した。ひとつは、『魔法のフィルム』はモノクロフィルムだったこと。そして、それゆえに明るさの細かい気配りは必要なかったということ。また、この魔法は水属性だが、なかなかの消費の激しさなのでさらなる最適化が求められること。

最後に、この写真の最大の魅力となるはずだった淡い赤黄色の日差しは、モノクロなので完全になかったことになり、わずかな時を狙って撮った苦労は水の泡となったこと。

 

「あはは、一枚目。あなた、いかにも今来ましたーって感じになってるわよ」

「十秒で体勢整えろっていうほうが無茶だよ!」

 

「この写真の私、なんだかすっごく儚い感じになってますね」

「これ撮ったのはパメラ?」

「そうよ。光を操作してこう、いい感じに……」

「あぁっ、ずるい! わたしが光系の魔法苦手なの分かってるくせに!」

 

しかし、笑いが絶えることはなかった。写真はモノクロでも、記憶には色鮮やかに残っていたから。

 

 

「こっちのほうが新宿。天気が良ければあっちの方に東京タワーも見えるわ」

「うーん。さすがに望遠レンズ越しでもそこまでは見えないなぁ」

「あっちが向ヶ丘遊園。でっかい観覧車でしょ」

 

せっかく魔法のフィルムが使えるようになったので、キキちゃんにもそれを披露しに来た。結果、渡邉宅の近くの山の展望台から、東京都心? を見下ろすことになっている。

 

「それで、もう少し西のほうに見えるのが多摩川」

「おっきい橋がかかってるね」

「あの向こうが東京都よ」

 

ここで、今までずっと忘れていた『あの』感覚にまた襲われた。山の向こうに見える川を見つめたまま立ち尽くしていると、キキちゃんもそれを察したようだった。

 

「見たことあるのね?」

「うん。確かにわたしは『多摩川』を知ってるはず。どこで、どうやってかまでは……。やっぱり思い出せない」

 

その『多摩川』をしっかりと写真におさめた。そんなわたしを見て、キキちゃんが一つの発見をした。

 

「せっかくの魔法のフィルムなのに、動かない建物を撮っても意味なかったわね。もう少し別の場所に案内するべきだったわ」

「言われてみれば……。うーん、それじゃ……」

 

キキちゃんに展望台の出来るだけ端に立つように言うと、カメラのレンズを付け替え、距離をとった。

マグルに見られていないことを確認し、そこから箒で軽く飛び上がり、街並みとキキちゃんの上半身、カメラが一直線上にくるようにすると、慎重にシャッターを押し込む。

出来上がった写真は、キキちゃんの背景に街並みが広がっている、というぐあいだった。もちろん、キキちゃんはこちらに手を振っているし、木々は風になびかれて揺れていて、たまに電車も通るれっきとした『動く写真』だ。

 

「すごい。マグルの友達に自慢できないのがもったいないぐらいだわ」

「へへ、ありがとう。

普通のフィルムで複製すれば『普通の写真』にできないこともないけど、そもそも撮ってるのが空中からだしね……」

「箒ってほんと自由ね。そういえば、いつのまにか両手離せるようになったの?」

「そうだよ。結構練習したんだからね」

 

自宅の庭に何回か落っこちて、魔法で衝撃を無くしているので怪我こそしていないが、すっかり口の中に入る土の味を覚えてしまった。『百味ビーンズ』の土味はとても再現度が高かったという無駄な発見もあった。それに、上達したといっても、手を離したまま移動することはできっこないのだが。

最終週のロンドン行きについてキキちゃんと話し合いながら、山を下りる。いつのまにか休みも大半が過ぎ去っていた。なんだか、ずいぶんと忙しい夏休みであった。




毎年恒例のおさらい回。読者さんの役に立ってるかは分かりませんが、うp主が設定を見直したいというのもあります。
どちらかというとストーリー的進展はない日常回ですが、普段も程よくそういうのを入れていく方が個人的には好きです。下手の横好き。

既知感、既視感
 見返してみたら、何故か表記が揺れていました。視覚的か否かの違いしかないので同一に捉えてもらって大丈夫です。
 Wikipediaの項目見てみたら要出典だらけで笑った。

既視感耐性
 心理学者?でもないので現実にこんなことがあるのかは分かりませんが、慣れてしまった、ということで。

いつものカメラ
 想定はα-7000+MACRO50/2.8、フィルム感度400、8,9EVぐらいかな?

現像、プリント
 よく「フィルムは補正できるデジタルとは違い現実をそのまま写す」と言う方がいますが、フィルムの場合、それはプリントするお店の人の苦労の末にあるもの……らしいです。

東京から大阪
 日本人にはこの上なく分かりやすい表現。
 ロンドン〜パリって割と近いんですね。

多摩川
 真面目なシーンで出てくるとなんか場違い感ある。

超ハイアングル撮影
 デジタル時代の今なら、ファインダーを覗かずとも液晶画面で確認できるんだなぁと時代の差を感じる。

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