ハリー・ポッターと十六進数の女   作:‌でっていう

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第15話 バジリスク

「箒を使うなんてずるいぞ」

 

三階の女子トイレ、手洗い場があったはずのところに空いた穴の先。ポッターとウィーズリー、そしてロックハートが湿った地面に投げ出されているところにゆっくりと着地する。

 

「あたし、スカートはいてるのよ?」

「君でもそんな女々しいこと考えるんだな」

「なっ……失礼ね」

 

あたしたちの予想通り、『秘密の部屋』の入り口は、やはりその被害者であった『嘆きのマートル』がいるトイレにあった。蛇語で『開け』と言うだけで開いてしまうのはいかがなものかと思うが。

 

「ギルデロイ・ロックハート。怪物の奇襲に遭いたくないのなら一言も口をきかないこと。呼吸をやめてもらっても構わないけどね」

 

無言で杖に明かりを灯すと、再び意識を空間に集中させる。遠くの方にかすかに強い魔力が感じられるので、そちらが怪物の隠れている『部屋』そのものなのだろう。

怪しげな湿った空気に包まれた地下通路は、杖明かりの視程がわずかしかないせいもあってか、限りなく続いているようにも思われた。地面に明かりを向ければ、そこには恐怖を煽るように白骨化したネズミの死骸やらなんやらが転がっている。

そして、しばらく先の角を曲がったとき、一際大きな物体が現れた。

 

「……何かあるわ」

 

通路を塞ぐように、大きな何かが佇んでいる。ロックハートはとっさに手で目を覆ったが、そうする必要がないことは分かりきっていた。強力な魔力の発生源はそこではない。おそるおそる近づいてみると、それは巨大な蛇の抜け殻だった。

 

「……でかい」

「そうね。三メートルはあるわよ、これ」

 

怪物のものと思われるそれを観察していると、ふいに後方から派手な爆発音が飛んできた。慌てて振り返ると、呆然とした顔のウィーズリーとその場に倒れているロックハートが見えた。

しかし、それは一瞬だけ。足を一歩踏み出したときには、崩れてきた天井が通路を塞ぎ、二人から隔離されてしまった。

 

「ロン! 大丈夫か!」

「ああ、ぼくは大丈夫。でも、こっちの馬鹿は——」

「一体何があったのかしら?」

 

壁の向こうのウィーズリーの話によれば、腰を抜かしたふりをして油断を誘ったロックハートが、正常に動かない彼の杖を奪って『忘却術』を発動してしまったのだという。結果、杖は爆発しこの有様、というわけだ。

 

「手で掘ってそっちに行くには何年もかかりそうだけど……」

 

ハリーはちらっとこちらを見ながら口ごもるように言うが、首を横に振るしかなかった。

 

「残念だけれど、何十センチもある岩の壁を穏やかに突破できるような魔法は教わってないわ。下手に衝撃を加えて、さらに天井が崩れたりしたら大惨事よ。

あとウィーズリー、さすがにロックハートを蹴飛ばすのはやめてあげなさい。音が聞こえてるわよ」

「大丈夫、死ぬほどは蹴ってないよ。……ぼくは出来るだけここをどうにかする。そっちはハリーとキキに任せるよ」

 

仕方なく二人を置いてしばらく進むと、長かったトンネルも終わりが見えてきた。終端の壁には、二匹の蛇が絡まりあって円を描くような彫刻が施されていた。目の部分には宝石が埋め込まれ、本物の蛇さながらの生命感を演出していた。

 

「ポッター」

「うん」

 

これもまた、トイレの入り口にあったのと同じ類の扉だ。ポッターが蛇の声のような音を出すと、絡み合っていた蛇は解け、壁は真ん中から二つに割れた。現れたのは、やはり蛇の装飾が施されている、薄暗く細長い部屋だった。一直線に石柱の立つ太めの通路、といったところ。

暗闇に目を凝らしながら忍び足で進むと、石柱の列は終わりを告げた。通路の端はちょうど大通りの端にあるロータリーのように円形の部屋に繋がっていて、真ん中には高い天井すれまである石像がそびえていた。

そして、その足の間には——。

 

「ジニー!」

 

赤毛の小さな姿が、うつ伏せで横たわっていた。

ポッターはジニー・ウィーズリーに駆け寄ると、肩を掴んで仰向けに起こした。

 

「ポ、ポッター! 頭は揺すっちゃ駄目!」

「でも、ジニーが!」

「助かるものも助からなくなるわよ」

 

ジニーの元へ急ぎ、おそるおそるその肌に触れた。呼吸はあるが、体温はほとんど失われているようだった。『袋』から二枚の毛布を取り出し、横向きに寝かせたジニーをそれで挟み込む形にした。

 

「無駄だよ。その子はもう目を覚まさない」

 

唐突に、背後から声がした。どこかで聞いた声だ、と思いつつ膝をついたまま振り返ると、そこには一度だけ見たことのあるその姿があった。

 

「トム・リドル……。なんであんたがここに」

「しかも、目を覚まさないってどういう……」

 

こいつが姿を現すには、ゴーストにしか扱えない『霊力』が必要だ。しかし、この場にはパメラを含めゴーストのいる気配はない。ふと、魔力の発生源を探してみると、石像の足の近くに例の『日記』が転がっていた。理屈は分からないが、あっちが本体なのは間違いない。

 

「その子はまだ生きている。が、もうそう長くはない」

「ジニーを助けてくれ! すぐにここから運び出さないと、『バジリスク』が——」

 

そう言いながらポッターは杖に手を伸ばそうとするが、無くなっているようだ。そういえばさっき放り投げたか、と部屋の入り口のほうに目を向けるが、その必要はなかった。……杖は目の前にあった。リドルの手の中に。

 

「呼ばれるまで、そいつは来ない」

「とにかく、杖を返してくれ!」

「君には必要にならない」

 

不気味な笑みを浮かべながらリドルが言った直後、その体を赤色の閃光が突っ切った。あたしが放った『武装解除呪文』だ。

 

「弱々しい。『無言呪文』に慣れていないのがバレバレだ」

「……実体は無いのね」

 

アルに無言呪文を教わってはいたが、本人は全く使えておらず、自分もこの通りであった。

こうなると、正確に杖を射抜かなければそれを奪い返すことはできない。静止物ならまだ望みはあるが、相手は人間よりは動けそうな実体のない何かだ。ひとまず引き下がり、おとなしく杖を下ろした。

 

「ジニーに何をしたんだ」

「特に何も。ただ、しつこい悩みを辛抱強く聞いてあげただけだ。

向こうの方から、自分を分かってくれようとしている相手——それが目にも見えず、誰だかもわからないような相手でも、心を開き秘密を漏らしてくれただけさ。『ポケットに入るお友達みたい』ってね」

 

リドルは見た目に似合わぬ甲高い声で笑う。背筋の凍るような、邪悪な笑い声だ。

 

「自分で言うのもなんだが、僕は必要があらばいくらでも他人を惹きつけることができる。だから、愚かなジニーは僕に魂を注ぎ込んだ。

——『霊力』の源は、魂が削れた時にそのカスから発生するものだ。それ故、原則は魂を失いかけたゴーストにしか扱えない。

僕が主に使う力も『霊力』だ。ジニーのおかげで、僕は彼女に自分の魂を注ぎ込むだけの力をつけられた」

「それって、まさか——」

 

自分の顔から血の気が引くのが分かった。ポッターのほうはまだ理解が追いついていないらしく、さらにリドルに問い詰めた。

 

「そのまさかだ。『秘密の部屋』を開いて壁に文字を書いたのも、雄鶏を絞め殺したのも、そして出来損ないの飼い猫や穢れた血に『スリザリンの使い蛇』を差し向けたのもジニーだ。

……『日記』が怪しいと気づいて捨てるまでに、随分時間がかかっていた」

 

ポッターたちが『嘆きのマートル』のトイレで拾った日記は、リドルに身体を乗っ取られたジニーが捨てたものだった、ということか。

そして、それはその後アルたちの元に渡り、パメラの霊力により姿を現したリドルはハグリッドについての記憶を——。

 

「ハグリッドを犯人に仕立て上げた記憶を見せたのはどうしてかしら?」

「僕はハリー・ポッター、君に会って話をしたかったんだ。素晴らしい経歴をジニーが教えてくれたのでね。事実、君はさっきまで狙いどおり僕のことを信用していた。

僕が『日記』を遺したのは、当時唯一真実を察していたダンブルドアのもとでは遂げられなかった、サラザールの崇高な願いを叶えられると思ったからだ。しかし、君を知ってからは、穢れた血を排除することなどどうでもよくなった。

僕はこのまま君のことを知ることができると思っていたが、邪魔が入った。君が『日記』を持っているところを見かけたジニーは、僕に預けた色々な秘密が漏れてしまうことを恐れて、君たちから奪い返してしまったんだ」

「そう。だいたい理解したわ。それじゃあ、とっととその話とやらを終わらせてちょうだい。

話が長いのよ。もし文字になってたら、とても目の滑る文章になってるわよ」

 

強気でそう言うと、リドルは少し表情を歪めた。恐怖を感じていないと言ったら嘘になるが、相手に弱みを見せるのは得策でない。魔法の行使は精神力も重要なので、口撃だけでも致命傷になりかねない。

 

「それじゃあ、単刀直入に聞こう。特別な魔力を持っているわけでもない赤ん坊が、偉大なヴォルデモート卿の力を打ち砕きつつも、傷跡ひとつで逃れられたのはなぜだ?」

 

そんなことはこっちが聞きたい。ヴォルデモート卿は、五〇年前にはまだその名を世間に知らしめてはいなかったはずだ。

 

「なんでお前が、ヴォルデモートのことなんて気にするんだ?」

「質問を質問で返すのは感心しないね……。まあいい、教えてあげよう。ヴォルデモートは、僕の過去であり、現在であり、そして未来なのだ」

 

よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりの表情でポッターの杖を取り出すと、空中に文字を書き始めた。

 

『TOM MARVORO RIDDLE』

 

そして、杖の一振りでその文字は並び替えられた。

 

『I AM LOAD VOLDEMORT』

——私はヴォルデモート卿だ。

 

「僕は親しい友人との間だけだが、在学中からこの名前を使っていた。汚らしいマグルの父親の姓など、僕がいつまでも使うはずがないだろう。サラザール・スリザリンそのものの血を継ぐ母から産まれた僕が!

僕は知っていた。自分が、ヴォルデモート卿が、世界一偉大な魔法使いになるその日を!」

「——お前は、世界一偉大な魔法使いなんかじゃない。お前以外、みんな知っている。それはアルバス・ダンブルドアだ。全盛期のお前も、この城に手を出すことすらできなかった!」

 

ポッターが叫ぶと、嘲笑に満ちていたリドルの表情が崩れた。やはり、彼にとってダンブルドアは最も恐ろしい魔法使いなのだろう。リドルは険しい顔で続けた。

 

「ダンブルドアは、記憶にしか過ぎないものに追放された!」

「残念ね。実質、彼を追放したのはルシウス・マルフォイの権力よ。それに——」

「それに、ダンブルドアは君が思ったほど遠くには行ってない」

 

とりあえず適当なことを言ってリドルを追い詰めようとすると、ポッターが被せてきた。本当のことかどうかは知らないが、リドルの顔は凍りついていた。

 

「あれは……」

 

どこからともなく、鳥の鳴き声のような音色の旋律が響いてきた。——いや、それはまさに鳥の鳴き声だった。

 

「ダンブルドアの不死鳥——」

 

リドルの睨んでいる方向から、真紅の大きな鳥が長い黄金の羽を輝かせながら飛んできた。不死鳥は足に持っていたボロボロの布を落とすと、そのままポッターの肩に止まった。

 

「フォークス?」

「知り合いかしら?」

「うん。校長室で会ったことがあるんだ」

 

リドルは次に、フォークスが落とした汚い布に目をやった。これ、どこかで見たような気がするんだけれど……。

 

「……老いぼれの『組み分け帽子』か」

 

なるほど、横倒しになっているので分かりづらいが、言われてみればそう見える。フォークスが何を思ってこれを持ってきたのかは謎だが、リドルはそれを見てまた笑いはじめた。

 

「それが『世界一偉大な魔法使い』が味方に送るものか! 歌い鳥にボロ帽子、さぞ心強いだろう!」

 

なんというか、感情の緩急の激しい人である。そして、話が長い。やっとのことで、リドルは話の本題に踏み込んだ。いや、遮ったのはポッターだったか。

 

「さて、君は過去に二回も——僕にとっては未来だが——僕に会っている。そして、二回とも僕は君を殺し損ねている。何故だ」

「何故助かったか。それは僕にも分からない。でも、これだけは分かる」

 

ポッターは会話を続けることを選んだ。あたしは一応まだ杖を持っているので、どうにか止められないかと思案する。

 

「はじめ、お前が僕を殺せなかったのは、お母さんが、僕を庇って死んだからだ」

 

ジニーの魂が削られて霊力源となっているのか、リドルの姿はだんだんはっきりしてきている。早くどうにかしないと、ジニーは……。

 

「そして一年前、お前の未来の姿を見た。お前はただ辛うじて生きているだけの、汚らしい残骸と化していた!」

 

リドルの顔がまた歪んだ。無理やり笑みを作り出し、醜い顔で叫ぶ。

 

「そうかそうか! 身代わりは、いかなる魔法も防げる強力な反対呪文だな。でも、お前自身にはなんの力もない! 今度はそこにいる女を身代わりにするとでもいうのかね?」

「あたしを殺せるものなら、やってみなさい!」

 

とりあえず虚勢を張る。側から見たらなんとみっともないことかと思うが、まあポッターよりは戦えるという程度の自信ならあった。

しかし、リドルはポッターの杖をポケットにしまった。そして、また歪んだ笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、サラザール・スリザリンの継承者、ヴォルデモート卿と、ハリー・ポッターと巻き込まれたかわいそうな女子生徒、ダンブルドアが寄越した精一杯の武器とで、お手合わせ願おうか」

 

リドルは馬鹿にするようにフォークスと『組み分け帽子』に目をやり、像の近くまで後ずさりすると、『蛇語』で喋りはじめた。すると、スリザリン像の口が音を立てて開いた。

 

「ポッター、あいつがなんて言ってるか分かる?」

「『バジリスク』を呼んでいるみたいだ……」

 

それはまずいことになった。目を合わせるだけで死に至ってしまうような怪物。目をつぶって、つまり、視覚を使わずに戦わねばならない。眼で死ななくたって、こんなところで石化してしまえばすぐに毒牙の餌食だ。

 

「上から降りて来たわ。とにかく後ろに下がって」

 

魔力を察知すれば、ある程度はバジリスクの位置は分かる。とても戦闘に役立つとはいえない情報量と精度だが。そして、もうひとつ重要なことを忘れていた。

 

「痛っ……」

 

目を閉じて後ずさりをしていると、後頭部が何かにぶつかった。魔力の位置は相対的に察知できても、壁や部屋の中の自分の絶対的な位置は分からないのだ。そのまま壁伝いに入り口まで行って逃げようともしたが、バジリスクの魔力はもうすぐそこまで迫っていた。

今にも猛毒の牙に貫かれるかと思ったその時、不意にバジリスクが向きを変えた。視線の魔力も反対方向になったので、おそるおそる目を開け——

 

「アル……なんで……そんな……」

 

医務室で眠っていたはずの親友が何故かバジリスクの視線上に浮いていて、変わり果てた姿になってしまっていた。とても直視できず、夢ではないかと頬をつねるが、痛みはあった。これは現実だ。

激しい爆発音が響く。バジリスクは姿勢を崩していない。硬い地面から舞い上がった土ぼこりの中から、アルが吹き飛ばされてくる。慌てて落下地点を予測して急ぎ、アルを受け止める。

 

「アルっ!」

「キキちゃん、わたし……」

 

 

 

「……眼鏡似合いすぎよ!」

「えっ……?」

 

アルに飛びついて叫んだ。アルは訳が分からなさそうな顔をしていたが、すぐに両手をそれぞれあたしとポッターに差し出した。

 

「……とりあえず、はい、これ。キキちゃんとハリーも」

 

そう、アルは何故か細い黒縁の眼鏡をかけていた。その眼鏡は似合っているという尺度では足らぬほどにその主の魅力を引き立てている。

——女同士なのに、一瞬、一目惚れの恋愛感情に近い何かが湧き上がって来たような気すらしたが、あたしを責める女はきっといないだろう。しかも、本人に全くその自覚はないようだった。鏡を見なさい、鏡を。

何事もなかったかのように立ち上がって、自分のと同じような眼鏡をあたしに、彼がかけているのとほぼ同じような丸い眼鏡をポッターに渡す。

そういえば、相当な視力を持っているはずのアルが何故眼鏡などかけているのか。その理由は聞かなくとも本人が得意げに語ってくれた。

 

「これをかければ、あと二時間ぐらいはバジリスクの眼を見ても大丈夫。パメラにありったけの霊力を込めてもらったんだ。ハリーのはこっち。ちゃんと度が合ってるといいけど……」

「大丈夫だ。今までのよりむしろ見やすい」

 

この状況に一番驚いているのはトム・リドルだった。『姿現し』はできないはずの校内で少女が唐突に現れ、さらに『バジリスク』の最大の武器であり、物理的に回避するより対抗手段はないはずの眼。それが文字通り真正面から無効化された。二つの常識が、音を立てて崩れ去ったのだから無理はない。味方のこちらだって理解が追いついていないのだ。

呆然としているリドルを見て、アルは言った。

 

「それで、リドルさん。スリザ——いや、純血主義の誇りのかけらもない、今回の事件の犯人はあなた、ってことでいいんだよね」

「その通り。察しが早くて助かるよ。もっとも、今は『穢れた血』なんてどうでもいい。かのハリー・ポッターが目の前に現れてくれたんだからね」

 

リドルの言葉を聞いて、アルは顔をしかめる。唾を飲み込むと、意を決したように話し出す。

 

「……リドルさんは、そんなので『スリザリンの継承者』って言えるの?」

 

恐怖か怒りか、それは察しがたいが、アルの声は少し震えていた。リドルは笑みを取り返すと、蔑むように答える。

 

「どういうことだ? お前にスリザリンの何が——」

「『バジリスク』の眼を見ればわかるよ。この蛇の意思——ううん、そのなかに遺されたスリザリンの意思が」

 

リドルの表情はすぐに崩された。混乱した様子で、早口にそれを否定しようとする。

 

「眼を見て? 出鱈目を言うな。君のような子供が『開心術』を使えるはずがない」

「『開心術』なんて使ってないよ。眼を見たら、向こうから伝わって来るような仕掛けになってたみたい。まあ、眼を見たら死ぬ蛇の眼を生きたまま見る人なんて、わたしが初めてかもしれないけど……」

 

アルはうろたえることなく続けた。リドルは追い詰められたかのように思われたが、狂ったように叫びだした。

 

「馬鹿馬鹿しい! スリザリンの意思が分かったところで『バジリスク』は操れない! こいつの武器は眼だけじゃない! お前は楽に死ねるチャンスを逃したというだけだ!」

 

再びリドルに指示を受けたバジリスクは、口を開いて牙を見せつけながらこちらの方に這ってきた。

 

「ハリー! キキちゃん! とりあえず逃げて!」

 

どうやら、アルにとってもこの大蛇を倒すのは簡単なことではないらようだ。何回か魔力塊を発射しているが、それは全てその鱗で弾かれていたのだ。最初の爆発も、あらかじめ溜め込んだそれをぶつけた際のものだったらしい。だからこそ、リドルの誤りを説得して正し、平和に解決しようとしていたのだろう。

 

「どうした! 偉そうに言っておきながら、手も足も出ないか!」

 

しかし、それは不可能な話だった。トム・リドルは、陳腐な言葉で表現するなら『壊れて』いた。

 

「アル、魔法が効かないなら物理で殴るしかないわよ」

「やっぱり、そうだよね……」

 

アルは『袋』から一眼レフカメラ用の大きめの三脚を取り出すと、杖を一振りしてそれを強化した。もう一振りで加速させ、バジリスクに突っ込ませる。

去年度のハロウィンにも、こんな戦闘をしていた気がする。去年と違うのは、怪物はまだ動きを止めていないということだった。三脚を回収しながら、アルはため息をついた。

 

「魔法よりは手ごたえあるけど、とても倒せる感じじゃないね……」

「魔法ダメ、物理微妙……。あっ、パメラは?」

 

もう一つの力、『霊力』ならバジリスクをどうにかできるのではないかと考えたが、アルは首を横に振った。

 

「わたしの復活とこの眼鏡で霊力を使い切っちゃったみたいで、しばらく休まないとって」

 

石化の解除も霊力でできたらしいが、それは代償の大きいことだったようだ。何か策はないかと若干の加速魔法を使って逃げ回っているが、もう何十分も耐えられそうにない。

ハリーは蛇語で何か語りかけているようだが、それに応じる様子もないようだ。

あと切り札が残っているとすれば、そのフォークスが持ってきた『組み分け帽子』だけだが、この帽子は喋る以外に何かできるようには見えない。蛇語が喋れるという話も聞いたことはない。いくらグリフィンドールの遺したものだといっても、所詮帽子は帽子だ。

 

「ここから逃げることもできないわけじゃないけど、それじゃあジニーちゃんが……。やっぱりこの蛇を止め……止めさせる? そっか、指示を出しているのはあいつ……!」

 

何を考えついたのか、アルはリドルに杖を向け、黄色の閃光を放った。

 

「無駄だ……。うん?」

 

閃光はリドルの体をすり抜け、地面にあった『日記』に当たった。ただの紙の束程度なら消し飛ばせそうな威力に見えたが、『日記』はそれを弾いた。そして、リドルは『日記』に攻撃が加わったことに少し動揺しているようだった。

——そういうことね。

 

「キキちゃん、しばらく防護呪文かけといて」

「了解よ。『プロテゴ(護れ)!』」

 

言われるまま、大声で叫んで杖を振った。アルは杖をいつもより強く握りしめ、そちらに意識を集中させているようだった。意図は分からないが、とりあえず応じておくしかない。

何回かバジリスクの攻撃を受けたが、何十かに重ねがけした『盾の呪文』はなんとかそれを凌ぎきった。

 

「キキちゃんありがとう。もういいよ」

 

もう何回も耐えきれそうになかったが、ギリギリのところでアルの意識はこちらに戻ってきた。

 

「えぇいっ!」

 

そして、杖を思いきり振りかざし、白い光線を『日記』に放つ。どうやら、魔力をそのままぶつけたらしい。準備に時間がかかるものの、もっとも威力が出て、去年も使ったというアレだ。

 

「……あれ?」

 

しかし、『日記』は無傷だった。最大威力のこの方法でも歯が立たないとなると……。

 

「うそ……。これ、結構マズいかも……」




ヴィオラートのアトリエのBGM『はやて』『疾風』が好きなのですが、そういえば、そういった戦闘BGMが似合いそうなシーンを書いたことがありません。
合うBGMを考えながら書くのも面白いかも。
あと雪やべえ。

応急処置をするキキ
 呼吸はあるので、回復体位をとらせ、体温の低下を防ぐ。リドルの言うとおり、魔法に対しては何やっても無駄なんですけどね。
 人工呼吸を期待していた方、残念でした(?)

実体のないリドル
 パメラと同じで任意に物に触れられる……?

霊力
 完全独自設定ですが、原作での現象と多少つじつまが合うように考えています。書いてる方は面白いですが、読む側からはいかがなんでしょう……。

吹き飛ばされるアルーペ
 魔法で大ジャンプして退避しただけです

眼鏡が似合うアル
 個人の主観と偏見に満ち溢れた描写です。別にそういう性癖を持っているわけではなく、純粋に好き。

三脚で殴る
 重いカメラを安定させるため、しっかりとした三脚はそれ自体にけっこうな重さがあります。

Google日本語入力がiOSでも使えるようになりましたが、バッテリーをあまりに食うので標準IMEに戻しました。文章が打ちやすくなる、なんてことも大してなかったです。残念。

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